この加速する世界で   作:NowHunt

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凶つ夕闇

 加速研究会の秘密を暴くために始まったネガ・ネビュラス対オシラトリ・ユニヴァースの運命を決める領土戦、それは異常事態続きの戦いだった。

 

 守備側のオシラトリ・ユニヴァースはまさかネガ・ネビュラスが攻めてきたとは思わず、そしてネガ・ネビュラス側は戦闘の舞台が領土戦フィールドから無制限中立フィールドへと変化を強制された。

 互いに思い描いた通りに駒や展開は進まず。煮え湯を飲まされる。

 

 しかしながら、これだけなら対応を重ねたオシラトリ・ユニヴァースが幾分有利だろう。 

 

 いくら唐突に攻められたとはいえ本拠地という戦術的有利な立地で戦えることに加え、あちら側が知らない心意技を用いていくらでも状況を整えることは可能だ。

 実際、後手に回っていたが直ぐ様立て直したオシラトリ・ユニヴァースはネガ・ネビュラスを全滅できる寸前まで追い込めた。あと数秒あれば雌雄を決することができた。

 ……はずだった。

 

 それは覆らない事実。変えることのできない筋書きであり現実。どれだけ足掻こうと今いる人たちだけでは決まりきった筋書きを変えられない。

 ……そのつもりだった。

 

 問題は、真の異常をもたらす者が一部を除き誰にも認識されることなく、全てを邪魔するためだけに潜り込んでいたこと。

 ブラック・ロータス、スカイ・レイカーが万が一のために助けを依頼していた皇帝ことダークネス・エンペラーが敵の努力や準備を嘲笑うかのごとく無に帰した。

 

 誰にも見せることなく隠していた相手の心意技と必殺技ゲージの消費を禁ずる心意技《紫電水月黒百合華》に加え、彼の唯一無二である空間を斬る必殺技《エターナル・ブレイク》を用いてネガ・ネビュラスを救出してみせたのである。

 それは誰にも、想像も推測も予想もしていなかったことだった。彼の親のアーダー・メイデン、彼からすれば敵であるアイボリー・タワー、他にもその場にいた全員が信じられない光景。

 

 それでも、エンペラーはオシラトリ・ユニヴァースの手段全てを潰せたわけでもない。ネガ・ネビュラス不利な状況をいくらか元に戻せただけに過ぎない。

 依然としてアイボリー・タワーには隠された手札が複数あり、彼は今の状況もその手札を切っただけ。

 だからこそ、攻めているはずのネガ・ネビュラスは後手後手で対応に回ってしまう。 

 

 

 この瞬間もそうだ。  

 今現在、変化しているステージに対してさすがにエンペラーも動揺を隠せていない。事態を完璧に理解するまでに数秒は要した。

 

「領土戦から無制限フィールドに変化させるってだけでも信じられないしアホほど厄介なのに」

「まさか変遷まで意図的に起こすとはね」

「さすがに狙ったステージまで選べないだろうが」

「ここで地獄ステージを引き当てるのは向こうが豪運なのかこっちが不運なのか」

「さてな。さすがに地獄ステージなんざあっちも大概想定外だろ。デメリット強いステージなんだし」

 

 周りとアイボリー・タワーの動きを警戒しつつエンペラーとレイカーは愚痴を言い合う。

 

「2人共、イチャつくのはあとで。どう動く?」

 

 すぐさまアクア・カレントが咎め2人に意見を求める。

 

「へいへい。……そういうカレントはどう思う。すぐ逃げるべき? 俺の心意技残っているし逃げの一手ならできなくはない」

「私は……まだ現状維持で良いと思う。下手に動かない方がマシかもしれない。なにせ地獄ステージは他のステージより」

「エネミー強くなるもんなぁ。ギミックも厄介ではあるが、あんなヤケクソ強化キツすぎる。エネミー相手に俺の心意って意味為さないし」

 

 他のステージと比較して地獄ステージ一番の変化は何と言ってもエネミーの形態変化である。通常の巨獣級エネミーが《邪神級》に変化する。

 巨獣級ですら1人のバーストリンカーで安全に処理できる人は少ない。複数人で挑まないと無限EKに陥る危険性がある存在。それがエネミーである。

 加え地獄ステージになると強さのレベルが桁違いではあるエネミーがより凶悪な強さに置き換わる。

 

 どう考えてもイレギュラー続きであるこの状態で長居していい場所ではない。しかし、出現していない以上下手に動くべきかどうかも判断付かない。

 

「おいカレントにレイカー、この辺のエネミー出現位置って分かるか? 特に地獄ステージの」

「あまり詳しくは……」

「私も」

「ですよね」

 

 ここでエンペラーは思考を回す。

 心意技は理由は不明だがエネミーを引き寄せてしまう。ネガ・ネビュラスを助ける際に心意技を複数使った現在、エネミーはまだ出現していない。周囲を確認しても寄ってくる気配は今のところない。

 

 地獄ステージは地面に接しているだけでダメージを受けてしまう場所もあるが、今自分たちがいる場所は幸いにも地面がトゲだらけであり動かなければダメージは負わない。

 

「エンペラー、一瞬だけ心意技を解除してちょうだい」

「えー」

「あちらもすぐには必殺技や心意技を出してこないでしょう。動くだけ地獄ステージは危険なのだから」

「俺の剣でトゲくらいなら破壊できるぞ。まぁ、そっちのが手早いか。しゃーない」

 

 レイカーの頼みを訊いてからエンペラーは発動中の心意技を解除。その瞬間、ショコラ・パペッターがでチョコレートの沼を作り、ミント・ミトンの《ヴェイパー・コンプレッション》という必殺技で気化冷却を行い、ダメージゾーンを無効化する安置を作成。全員固まったチョコレートの上に避難している。

 

 ショコラから合図をもらい、すぐさまエンペラーは心意技《紫電水月黒百合華》を再展開。その間、オシラトリ・ユニヴァースからの干渉はなかった。

 この心意技は発動中の必殺技や心意技は解除されるが、既に効果を発動しきった現象やモノは解除されない。つまり、チョコレートの沼は固まったまま存在している。

 

 固まった沼の上で再度考える。

 クロウたちが事態を解決するまでここに留まるべきかもしれない。しかし人任せというのも好転しなかったらムダになる行為だ。何かしらアクションを起こす必要があるかもしれはい

 

「……ん?」

 

 安置に避難している際にエンペラーはショコラ・パペッターをつい見る。チョコレートの沼を生み出す技は汎用性があり便利だなと思いつつ、ふとある違和感を見付ける。が、言及するのは無粋だと思い無視をする。

 

 色々と考えた結果。

 

「やっぱバイス殴るか。俺だけでいくからお前らは援護と警戒頼む」

 

 当初の目的に戻るという本末転倒。ただ地獄ステージへと変化したため、様々な事態を考慮しエンペラー単独で挑むことになる。レイカーもカレントも異論はない模様。

 

 

 ――――そう判断した刹那、小さく断続的な地響きを感じる。何かが近付いてきていると直感的に理解してしまう。

 

 

「げっ……」

 

 思わずエンペラーから声が漏れる。

 周囲からまだ何も来ていない、そう判断していたがそうこうしているうちに。

 

「……来ちゃったわね」

「ヤバいな」

 

 建物の裏側からとあるシルエットが見えた。

 途轍もなく巨大な人型。身長は10メートルを超える。前傾姿勢で両腕も長く頭には螺旋状の角が生えている。 

 影に沈む顔の中で両眼だけがただただ紅い。その巨人の頭上にはグリーンの横線が4本重なっているのが誰が見ても分かる。

 

「エネミーが……あれは神獣級?」

 

 ショコラが呟きカレントが反応する。

 

「いいえ。あれは邪神級、地獄ステージにだけ出現する超高位エネミー」

 

 その声色には緊張の響きが含まれている。続けてカレントはネガ・ネビュラスが絶望するであろう情報を震えながら話す。

 

「エネミーは本来バーストリンカーの誰にとっても敵。でもあれは絶対アイボリー・タワーを襲わない」

「ど、どういうことですか……!?」

 

 今度はプラム・フリッパーからの疑問。エネミーはごく一部を除き誰であろうとテリトリー内に入ってきたバーストリンカーを襲うようになっている。

 カレントの発言はエンペラーにとっても想定外であり彼女な同意する。

 

「見て、あのエネミーの頭上。銀色の冠が見てるでしょ」

 

 カレントが全員に視線を動かすよう促す。そう言われた通り、巨人の姿をしている邪神級エネミーの捻れた角の頭上には金属製の冠が嵌っている。

 

「分かる? あれはオシラトリがエネミーをテイムするときに使うアイテム。メタトロンにも使われていた。だからあれはアイボリー・タワーを攻撃しない」

「なにそれ絶望? いやあのレベルをテイムって可能なのか」

「エンペラー……アイツの持つ杖を見なさい。今まで半信半疑だったけど、あの冠と杖の輝きが同じなのよ」

 

 レイカーが追加で語る。

 あのエネミーが出現した同時にアイボリー・タワーの持つ強化外装である杖が鈍い銀色の輝きを帯び始めた。それは邪神級エネミーに嵌っている冠と同じ輝きを放っている。

 

 確信を持ってレイカーが呟く。

 

 

 

 

 

「間違いないわ。神器《ザ・ルミナリー》ね」

 

 

 

 

 

 

 加速世界における神器。

 

 それは最強の強化外装であり、七星外装と呼称されている。

 

 現在所有者が確認されているのは7つのうち5つのみ。

 ブルー・ナイト、パープル・ソーン、グリーン・グランデたちそれぞれの王が所有している。加えてネガ・ネビュラス所属トリリード・テトラオキサイドもとある事情から所持し使いこなしている。

 他にもかつてクロム・ディザスターの元になった神器も存在する。これは既に封印されており誰も手が出せない状態。

 

 そして、神器の一角《ザ・ルミナリー》は加速研究会が所有しており、過去には大天使メタトロンをテイムしISSキットを守護させていたという実績があるほどの代物。

 

 

 

 

 

 

 神器として性能は他の強化外装としては当然破格であり邪神級エネミーをテイムできるというのは末恐ろしく、牙は確実にエンペラーたちに向いている。

 

 もしエネミーがテイムされてなければオシラトリ・ユニヴァースにも襲いかかり共闘という形もあっただろう。しかし、その未来は潰えたばかりかエネミーも敵であり、アイボリー・タワーも出来であるこの状況はネガ・ネビュラスが不利になるだけでしかない。

 

 故に選択する手段は逃走。

 

「レイカー、カレント。状況が変わった。全力で後退だ。1人でも多くポータルへ目指す」

「分かった」

「そうね。アッシュを先導させましょう」

 

 明確な理屈は分かっていないが、心意はエネミーを引き寄せる。使用すればするほど誘蛾灯の如くエネミーは集まる。

 エンペラーたちはザ・ルミナリーがどれだけの数のエネミーをテイムできるか判断できない。これ以上の数を率いてネガ・ネビュラスを襲ってくる可能性を否定できない。

 

 シスル・ポーキュパインが地面に生えているトゲを破壊し道を作ろうとしている最中、エネミーはまだ距離が離れており攻撃モーションをしてこないのが不幸中の幸いか。

 

 現在、エンペラーの心意はまだ継続中。解いてしまったら、アイボリー・タワーからの未知である攻撃が飛んでくる可能性が高く解除はできない。先ほど解除した際には攻撃は来なかったとはいえ。

 だが、このまま味方も必殺技も心意技も使えない状況は好ましくない。

 

 どうにかして逃げる必要がある。それも1人でも多く。そのためには別に誰か犠牲になっても構わない。むしろ、1人を生け贄にその他全員が助かるのであれば安く済むだろうと考える人がいる。

 

 となるとこの場の最善は――――

 

「ここは俺が残る。お前らは早く去ってくれ」

 

 後退準備を急ぎ整えているメンバーにエンペラーは忽然と言ってのけ、とある行動を取ってからチョコレートの沼である安置から出ていく。

 

「エンペラー、ムチャよ!」

 

 すぐさまレイカーは静止するが、まるで聞く耳持たないエンペラーはネガ・ネビュラスから離れていく。その場に留まるとダメージを負うトゲが周りに多く生えているが、エンペラーの剣で薙ぎ払いながら構わず進む。

 

 それはただ死地に向かう行動。

 たとえレベル9である王でさえ単独では邪神級エネミーに勝てる見込みはない。そもそも上位になるにつれエネミーはより強くなる。それほどの規模を持っている存在。エンペラーはレベル7。とてもではないが勝つビジョンは見えないだろう。

 

 充分理解している。

 そんな当たり前なこと口にしなくても理解している。レイカーもカレントも、行く末を見守っているネガ・ネビュラスの面々も。

 

「俺の心意技が継続している以上、近くにいたらお前らが必殺技やら使えんだろ。一定の距離離れないと戦えないからな。ここは俺が残るのが最善」

「でも貴方が危険……」

「カレント、危険がどうとか今は関係ない。ここは全滅して全員が加速世界から退場することが負けなんだよ。だからメイデンたち先遣隊出したわけだからな。コイツら食い止めるために残る奴は必要……そんで退場してもダメージ少ない人物が好ましい。なら俺しかいねぇだろ。新人に気を遣う必要ねぇぞ」

 

 一方的に自身の意見を言い反論は受け付けない姿勢にレイカーとカレントはこれ以上は言っても訊かないと判断する。

 

「……ダークネス・エンペラー、ネガ・ネビュラスサブマスターであるスカイ・レイカーが命じます。…………できる限り時間を稼いで」

 

 それはある種死ねと命じているようなモノ。

 苦渋の決断、それしかできない自身にレイカーは悲しげに目を伏せる。

 

 ただただ自分たちを救ってくれた恩人に対して死ねと告げるしかない、そのような状況に追い詰めらている。僅かにあった希望など徐々になくなりかけ、再び底なし沼に浸かるかのごとくドロっとした不快な感覚に陥ってしまうネガ・ネビュラス。

 それでも、とダークネス・エンペラーの短い返答は――

 

「任せろ」

 

 それを訊いたエンペラーはそれだけ返事し不敵に嗤う。その声色は明るいわけでもないが微塵も暗くなく平常を貫いている。

 

「あとでケーキ奢りな」

 

 エンペラーを除くネガ・ネビュラスが走り去る直前にさらっと零した彼の一言にレイカーは不躾ながら口元に笑みを浮かべてしまう。

 その大胆な態度にも、何気なく取り付けた未来の約束もここで死ぬ気は毛頭ないとでも言いたげだ。 

 であれば彼を信じよう。そして託してくれた想いを胸にまずはここにいる全員で逃げ延び生き残ることに全神経を尖らせ集中することに、楓子は意識を切り替えた。

 

 

 

▽▽▽

 

 

 

「にしても」

 

 そうしてネガ・ネビュラスの面々が素早く離れてから小さく呟く。その間にもアイボリー・タワーと邪神級エネミーは追撃を仕掛ける様子は見せない。

 なぜ、と理由を考える。邪神級エネミーを使えば全滅させることは容易い。しかし、そのエネミーはというと、ゆっくりとまるで自由気ままかの如く歩きアイボリー・タワーの元まで来るまでこれといってアクションは起こさなかった。

 本来、ここでネガ・ネビュラスを逃せば決定的な証拠を握らせていないとはいえ立場が不利になることはあるだろう。それを分かっていないアイボリー・タワーではない。

 

 とくれば、ネガ・ネビュラスの行く先に他にもエネミーを忍ばせているか、はたまたオシラトリ・ユニヴァースの幹部などが闇討ちする手筈になっているか。

 様々な考えが頭を過る。

 

 若しくは……。

 

「計画をめちゃくちゃにした俺に対してクッソ……イライラしているからまず俺を殺してから追いかけたい、とか」

 

 独りのバーストリンカーを邪神級エネミーの力を使いさくっと殺してから追いかける、難易度は高くない。むしろ低いと断言してもいいだろう。

 

「時間を稼ぐのはいいが……って言ってみたいがさすがにキツいよなぁ。そもそもあれ死亡フラグだし。そもそもレイカーたいもう見えんしな」

 

 呑気に呟く。

 

 そうこうしているうちにアイボリー・タワーは10メートルはある人型エネミーの肩へと移動し、エネミーもとっくにエンペラーを今すぐ仕留めることができると言いたげな距離……自身の有効射程まで捉えている。

 

 そう認識しているエンペラーは彼の持つ強化外装《フュージョン・オブ・ブレード》をしっかり握りしめ敵を見据え。

 

「今から防戦で蹂躙してやるよ。ただひたすらに、アイツらの進む道を阻むモノ――俺が全て食い止める」

 

 皇帝と邪神は互いに構える。白の副官もさらに警戒心を強めているのが分かる。

 全員が全員、攻撃可能範囲になった。

 

「徹底抗戦だ。俺も全力で抗うからお前らも全開で踊ってくれよ」

 

 ひたすらに黒く、どこまでも黒い過剰光を纏い始める皇帝は静かに語る。

 

 

 

 

 

「改めて――――延長戦(エクストラ・ステージ)を始めよう」

 

 

 

 

 

 

 

 

▽▽▽

 

 

 まず口火を切るのは邪神級エネミー。10メートル近い体躯でエンペラーとの距離を瞬時に詰め、小さい躰を握り潰すかの如く拳を振るう。

 

「…………ふむ」

 

 その結果にアイボリー・タワーはふと呟きをもらす。想定通りと言わんばかりに。

 

 エネミーが殴った跡は既に虚空であり、その姿は幻影。

 

 以前港区でブラック・バイスと戦った際に使用したエンペラーの心意技の1つ《鏡花(きょうか)の舞(まい)》。

 自身の幻影をその場に留まらせ、相手に幻を見せる心意。それは水面に映る月のようにゆらゆらと触れることができない。

 その幻影は何かしらの攻撃を受けるかエンペラー自身が攻撃をしようとすると自動で消えてしまう。

 

 先ほどの幻影が消えた際にまた別の場所にエンペラーの姿が現れる。エネミーは続けてその瞬間に攻撃を行うが、またも空振ってしまう。心意は続いておりまた幻影を見せる。

 似たような光景が数度続く。エネミーが攻撃し、エンペラーは心意を使って回避する。最短最速でエンペラーが現れた刹那に攻撃を繰り出す。が、それは全部夢幻である。実体がなくひたすら空振りに終わる。

 その繰り返しの中、徐々にエンペラーは距離を詰める。止まることなく走り回避し続け、エンペラーより巨大な姿に加え人型であるため足元が死角であると判断し、巨躯の足元まで近付く。

 

「――ッ!」

 

 一閃。

 エンペラーは剣を振り抜く。足首に狙いを定めて確実に溶解の剣で斬るために。

 しかし――――

 

「クッソ……」

 

 彼の初撃は大きく弾かれる。

 邪神は羽虫を振り払うかの如く脚を蹴り上げる。斬り付けている途中だったエンペラーは回避は到底間に合わず、抵抗できずに吹っ飛ばされる。

 空中で体勢を整えダメージを最小限に抑え着地する。

 

「チッ……さすがに一発で決まらないか」

 

 皇帝の持つ強化外装《フュージョン・オブ・ブレード》の持つ効果はその刀身を熱くすることができる。

 それはかつて金属の中で最も高い融点を持つタングステンをも溶かし斬るほどの性能。どのようなモノでも斬る《溶解の剣》だ。攻撃力だけで言えば相当な性能を誇るだろう。

 

 だが弱点もある。

 黒の王であるブラック・ロータスは彼女唯一無二であるアビリティ《終末之剣(ターミネート・ソード)》のように《絶対切断属性》を所有しており、彼女の両手両足の剣であれば何であれ即座に斬ることができる。

 エンペラーも何でも斬る剣を有している。しかし溶解の剣はあくまで《物体を熱し、溶かして斬る》という工程が挟まる以上、そこには少なからずラグがある。

 ロータスのように一瞬で斬るということは相手によってはできない。そのため高位のエネミーや分厚く強固な盾を斬るには多少なりと時間は必須だ。

 

 今回はその時間を狙われいとも容易く振り払われた。少しは邪神にもダメージは入っているが微々たるもの。剣での攻撃はたしかに通じるとはいえ、少しでも隙を見せるとそこを突いてくる。今回は運良くダメージは最小限に済んだけど、次はそうはいかないだろうと。

 

 エンペラーの目的は目前ののエネミーとアイボリー・タワーを倒すことではない。時間を稼ぎ通行止めにすること。下手に突っつべきではないかと考え、現状を再確認したととある行動を取ったと同時に――

 

「……っ」

 

 走る。

 

 ガァァァン! と彼の周囲にあった建造物が壊され崩れる。

 

 まだ皇帝の必殺技と心意技を禁ずる心意技《紫電水月黒百合華》は続いているが《鏡花の舞》は攻撃した瞬間解除してしまっている。この心意は攻撃しようとすると自動的に解けてしまう。

 そのため走る。先ほどまで着地した地点には攻撃が飛んできていた。

 

「ハッ!」

 

 彼を襲った攻撃の正体を確認するとニヤッと妖しく嗤う。

 

「おうおう。ついに出てきたな」

「もうバレている以上、隠しても仕方ありませんからね。あちらの姿は貴方を倒せるほどの攻撃力は有しておりませんしね」

 

 エンペラーは見上げる。

 邪神の肩にいるのは象牙色のバーストリンカーではない。そこにいたのは闇の皇帝に似ているほど黒く、薄い板の集合体の姿。

 それは《拘束者》の異名を持つ加速研究会・副会長――――ブラック・バイスだった。

 

 つまり、ブラック・バイスの正体はアイボリー・タワーということがエンペラーの目前で証明された。

 彼の推測は正しかったと。

 

 バイスは態度を変えず悠々自適に語る。

 

「どうします? いくら私が必殺技や心意技を使えないとはいえ、このまぁ……便宜上は板としましょう。この板は必殺技ゲージを消費しないアビリティ。以前ほどの強度はないにせよ貴方を攻撃することは容易いですよ。加えて邪神級エネミーに一介のプレイヤーが勝てるとでも?」

「なら逃げ回るわ。捕まえてみろ」

 

 再度《鏡花の舞》を発動。

 黒い過剰光を発した直後にバイスと邪神の眼に幻を映す。

 

「む」

 

 バイスは迷う。

 このままエンペラーを仕留めるか逃走したネガ・ネビュラスを追撃するか。

 一瞬逡巡し前者を選択する。

 

 ダークネス・エンペラー――コイツを確実に倒さなければいけない。それは先ほどまでの攻防で充分理解している。

 

 エンペラーは不意討ちが得意であるスキル構成をしている。

 姿そのものもを隠蔽するアビリティ《ハイド》に加え、ビヒモスやフェアリーを倒した必殺技、極め付けにはバイス含むバーストリンカーの必殺技や心意技を無効にする心意技。

 そして、現在使用している幻を見せる心意技《鏡花の舞》……その全てが奇襲性能として一級品。皇帝の名には似合わない技の持ち主。

 このままエンペラーの自由にしてしまえばいずれこちらが不利になるとバイスは思考を回す。

 

 だからここで仕留める。

 

「……」

 

 単発の攻撃ではこの心意技を崩すのは相当厳しいだろう。既に皇帝は自身の視界にはいない。

 本当の居場所を探ろうにも心意技の副次的効果なのだろうか彼の技術なのか分からないが、足音も一切させない。気配もまるで掴めないほど消えている。

 総じてどこにいるのか判断が付かない。

 

「であれば……」

 

 バイスは《ザ・ルミナリー》の支配下にある邪神に指示を下す。

 単発での攻撃の効果が薄いのからば全体攻撃を仕掛ければいい。そう単純明快な回答だ。

 

「――――」

 

 邪神の口が開く。エネルギーが集まる。その収束が終わった途端に口から光線が発射される。それは太く速くあまりにも巨大な攻撃範囲。それはかつてネガ・ネビュラスを苦しめたメタトロンのレーザー攻撃にも匹敵するだろう。

 

 光線は邪神を中心に周囲一帯を薙ぎ払う。

 エネルギーの奔流はとてもではないが独りの力では防ぎ切れないであろう威力。心意で防御を強化した緑の王ですら喰らえば殺られるであろう光線。

 一介のバーストリンカーでは到底出せない、エネミーだから使える攻撃が何もかもを襲う。

 

 地面やステージの建造物に着弾した瞬間、強大な爆発音が連鎖し轟音がひたすら鳴り響く。

 

 

 その証拠に邪神の立っている場所だけ無事であり、邪神を中心にし半径500メートルに広がるは焼け野原。

   

 地獄ステージの地面にはトゲであったり毒であったりその場にいるだけで恒常的にダメージを負うギミックが仕込まれているが、それすらも存在できないほど地面を大きく抉っている。

 

「……」

 

 煙が晴れてからバイスはエンペラーの生死を冷静に確認する。

 

 これほどの規模であれば生き残っていたとしても大ダメージを負っているはず。もしくは邪神には逆らえず力に呑み込まれ死亡マーカーが存在しているかもしれない。

 いくら幻を見せ姿を隠す心意技を使用していても回避不能である範囲技であれば関係ない。ちっぽけな存在を振り払うことなど容易だ。

 

 しかしながら――――

 

「……どこだ?」

 

 いない。邪神の肩から地面を見下ろし何度も確認するもエンペラーがいない。死亡マーカーもない。 

 

「まさか……そんなはずは」

 

 あれだけの攻撃を正面から受けて無傷? 若しくは完全に回避した? そのような有り得ない思考がバイスの頭を過る。 

 もしその可能性が有り得るのであれば――

 

「地下? それとも空中へ? 射程外へと逃げた……?」

 

 隈無くになってエンペラーを探そうと、意識を更に周囲へと散らしたその刹那。

 

 

 

「残念外れ」

 

 

 

 ――――バイスの隣から、つまり邪神の肩から、嘲笑うかのうように語りかける声が聞こえる。

 

 

 

 

「――ッ!?」

 

 咄嗟にバイスは振り向き飛び退いた。

 

 が、時既に遅し。

 

 皇帝と共に姿を現し溶解の剣はバイスをたしかに斬った。《白夜》で範囲が強化された巨大な斬撃からは避けることができるずに喰らってしまう。

 一撃で即死を避けるために首はどうにか守れたが、防御に使った両腕の板は斬り裂かれその役目を奪われた。

 

「くっ……!」

 

 かなりのダメージを受けたバイスは思わず邪神の肩から滑り落ちそうになるところを堪える。

 

「っと……ここ安定感ねぇな。あぶね」

 

 そう呑気に呟くエンペラー。

 

「まぁ避難先の安地選ぶならここだわな。なにせ操っているお前がいるんだし安全だろ」

「このエネミーに気付かれず登るとは思いませんでしたよ」

「登ったっていうか跳躍な。前にも高速移動の心意見せたろ? エネミーの死角からあの力で跳んだだけ。跳ぶ直前に幻影解いて跳んだ瞬間にまた発動して……随分面倒だったわ」

 

 気怠そうに告げるエンペラーはふとエネミーの肩から下を覗く。

 

「にしてもスゲーな今の。あんなの喰らったら一瞬で蒸発すんなぁ――ってヤベッ」

 

 適当な感想を述べていると邪神はエンペラーを払おうと自身の肩を勢いよく叩く。

 操っている主のバイスはさらりと影の中に潜り隠れ、エンペラーは瞬時に飛び降り勢いを殺しながら着地する。不幸中の幸いは邪神がダメージを与える床を全部薙ぎ払ったおかげで自由に動けることだろう。

 

 エンペラーは周囲、特に邪神の動きを警戒する。隙を狙われないために何が来ても対応できるよう意識を張り巡らせる。

 

「アイツの体力7割は削ったと思うが……仕留めれきれなかったのが痛いな」

 

 彼の懸念通り、両腕を切断されたバイスはたしかに残り体力半分は切っている。しかし黒く強固な板を操り攻撃する特性上、バイスは両腕を失ったとはいえ不利な状況には陥っていない。

 このまま体力を削り倒せれば最高だが、それはムリだとエンペラーは悟っている。

 

 まだバイスは邪神の肩におりエンペラーとは距離が離れている。既に心意を織り交ぜた奇襲を見せた以上、警戒されており2度目は通じない。必殺技《エターナル・ブレイク》も知っている相手には避けやすい部類に入る。

 さらにバイスは影に潜り回避することができる。先ほどは奇襲が成功したため逃げる前に攻撃できたが、今はそうはいかない。

 攻撃や奇襲できる隙はもう見せてくれないだろう。

 

 どう動くか逡巡しているとバイスは上から語りかけてくる。

 ――周囲から感じる地響きと共に。

 

「時にエンペラー、貴方今の状況を分かっていますよね」

「……」

「貴方は見事にも独りで我々を追い詰めた。その点については認めましょう。事実、ネガ・ネビュラスが私たちの領土を攻めてきた際の作戦をこうして単独で荒らしに荒らしたのですから。イレギュラーと呼んでもいい。ですが、当然しっぺ返しは来るものですよ」

 

 機嫌良く告げる。

 睨む。

 地鳴りがする。

 

「今の今まで貴方は心意を使いすぎました。私たちの心意を封じる心意技、回避や奇襲する際にも。数多く、我々にも劣らない……もしくはそれら以上に強い心意を。そして心意を扱う者であれば誰でも知っている――――エネミーは心意技を使うとその地点へ集まってくる」

 

 地響きが大きくなる。

 徐々に、しかして事実としてたしかに。

 

「そして、こうしてやって来るエネミーを私は操ることができると」

 

 エンペラーを取り囲むのは既にいるエネミー含め7体の邪神。

 人型、四足歩行の異形種、肉食獣のような姿、正しく悪魔と評するべき怪物……様々な邪神が集合する。その邪神には銀色の冠がありバイスが神器《ザ・ルミナリー》を用いて操っているのが見て取れる。

 

 邪神一体ですらこうしてエンペラーが立っている地面を、建造物を全て薙ぎ払い荒れ果てた更地へと変貌させているのだ。加え、今のエンペラーは一撃しか入れることができず、微々たる体力しか削ることができていない。

 せめてテイムの主であるバイスを倒そうと奇襲をかけたがそれも完璧に決まらず。

 

「打つ手なし、ですか。このまま貴方を無限EKにでもさせて、邪魔者である皇帝を退場させますか。この世界から永久に」

 

 淡々とそうできると事実として口にする。

 

 エンペラーもエネミーが複数来ることは考慮していた。だからこそいち早くバイスを倒そうとしたが、それも敵わず。

 たしかにバイスの言う通り絶体絶命だろう。このままであれば成す術もなく殺されるだけ。

 そう運命に決められている。味方はいない。頼れる人はいない。いつだって独り。希望はなく、奇跡もない。

 

 

 

 

 だが――――

 

 

 

 

「言ったはずだぞ。防戦で蹂躙するってな」

 

 それでも、皇帝は絶望することなく高らかに嗤う。

 

「これは使いたくなかったけど……仕方ない。やるか」

 

 

 

 突如、剣が、躰が、闇色に染まる。心意の過剰光が輝く。

 

 

 先ほど使用した《紫電水月黒百合華》と同等かそれよりも深く暗く黒く――それでいて鮮やかな闇色に。

 それはフェアリーを斬り裂いた必殺技と合わせた《白夜》でもない。幻影を見せる《鏡花の舞》でもない。

 

 告げる。

 皇帝はその名を。

 

 

 

 それは怒りや憎しみに根ざす負の心意。

 

 それは第一段階では収まらないほどの規模いやイメージを具現化させた第二段階――ではない心意。

 

 それは広範囲に拡大させたイマジネーションを一点にり集中させる心意。

 それは高次元からの事象操作である心意。

 

 

 

 

 ――――この場を支配するは第三段階の心意。

 

 

 

 

 

 

 

「心意解放――――《惨禍(さんか)ノ呪(まじな)イ》」

 

 

 

 

 

 

 

 ――――突如、刀身の周囲に焔が廻る。

 

 

 ――――黒い焔と白い焔か螺旋状で延々とと廻る。

 

 

 

 

 起きている変化はそれだけ。今まで見せてきた心意と比較すると非常に穏やかなモノ。

 

「む……?」

 

 バイスは眉を顰める。

 圧倒的な情報量である過剰光を発した割には少ない変化。スノー・フェアリーなどが使う心意とは比べる必要はないほど微々たるモノ。

 矮小な心意と表現していいかもしれない。少なくともそう映る。

 

 だが今まで使用してきた心意技を鑑みるにあの皇帝を侮るわけにはいかない。そう判断したバイスはエネミーに追加の指示を下す。

 その膂力で確実にエンペラーを潰せ――と。

 

 邪神が迫る。命令通りに操っている邪神が瞬時に距離を詰める。大きく拳を振り上げ、振り下ろす。

 

「――――」

 

 エンペラーはそれを黙って呆然と目前に迫る死を眺めていたかのように映る。と思えば刹那、最低限の動きで邪神の攻撃を避ける。今まで《鏡花の舞》を使用し大きく回避していたとは思えないほど、ギリギリかつ絶対に攻撃を喰らわない完璧な位置取りで。

 同時に剣で邪神の腕を斬り付ける。軽く撫でるように。

 

「なっ……」

 

 あまりにも自然な動作にバイスも邪神も反応が遅れる。エンペラーが回避し攻撃したと認識が遅れる。それほど滑らかであり穏やかな流れ。

 たしかに反応はできなかった。とはいえ、黒の王の持つ剣ではないのだ。軽い攻撃で邪神を斬れるとは思えない。

 そう思っていた。その通りではある。邪神の腕は切断とまではいっていない。せいぜい数ミリの切り傷といった程度。

 

 ただその切り口から……。

 

 

 黒と白の焔が――焼き尽くすかの如く燃えている。焼けている。廻っている。

 

 

 

 焔は切り口からさらに拡がり、邪神全体を焼き尽くすほど勢いが強まっている。

 バイスも邪神もその焔を消そうと試みるが全く消えない。勢いは衰えない。皇帝が焔の心意を使ってからもう《紫電水月黒百合華》の花畑は忽然と姿を消している。

 この焔を使用する際、別の心意のための意識は割けない。

 故にバイスも心意技を使って焔を消しにかかる。が、全く消えない。その気配すらない。

 

「ならば」

 

 エンペラーがフェアリーを倒したように心意は使用者が倒れれば心意は消える。それに倣い確実に殺そうと、邪神は地獄ステージの地面を抉りに抉り破壊した光線を叩き込む。

 

 再び口にエネルギーが集まる。

 人独りなら余裕で呑み込めるエネルギーの奔流が皇帝を襲う。他の心意技を使えないと判断したバイスは、今度こそエンペラーは先ほどのように他の心意で回避できないから殺せる――と。

 

「さて……」

 

 光線がエンペラーの眼前に迫る。彼は焦る様子なくポツリと呟く。

 前回はこの攻撃を回避するため、バイスに奇襲をかけるため、2つの心意技を使用し大げさに回避した。だが、もう間に合わない。3秒後には光線がエンペラーを呑み込んでいる。

 

「殺るか」

 

 再度一閃。 

 剣を薙ぐ。

 

 

 

 焔を纏った溶解の剣で――――邪神の光線を燃やし斬った。

 

 

 

 

 エネルギーの奔流は皇帝を呑み込むことはなく、黒と白の焔に焼き尽くし、周りを何も破壊することなく終わった。傍から見ればその光線は消え去ったように見える。

 皇帝はその場から一歩も動かず佇んでいる。何事もなかったかのように平然と。

 

「は?」

 

 バイスはいつもの平静さを崩し、予想に反したエンペラーの姿を信じられず気が動転する。

 

「何を……焼き払った? 可能なのか? どんな心意なら……」

 

 様々な可能性に頭を巡らせるが、バイスは皇帝の心意に行き着かない。

 

 

 

 

 ダークネス・エンペラーが扱う第三段階の心意技《惨禍ノ呪イ》その効果は――――全てを燃やす焔を生み出す。

 

 

 

 第三段階の心意技とは、第二段階で広範囲に拡大させたイマジネーションを極限まで一点に集中させるモノ。すると高次元からの事象操作が可能となる。

 いわゆる結果のゴリ押し。見た目の派手さは第二段階の心意技が上だろう。しかし、射程距離や攻撃力、防御力を一切無視して事象を書き換えることも可能となる。

 

 そして、皇帝の《惨禍ノ呪イ》が生み出す黒と白の焔で焼かれるとその対象全てを燃やし尽くすまで消えることはない。

 一度燃えたら、皇帝を殺しても終わらない焔。

 

 因果を無視し、全てを燃やすという結果が終わるまで焔は続く。もしも消したいのであれば皇帝を上回る心意を用いて消すしかないだろう。

 

 バーストリンカー相手に使えば数十秒あれば燃やし尽くせる。

 対するエネミーの情報量はバーストリンカーよりも圧倒的に多い。特に邪神級ともなれば体力を削り切るまで数時間はかかると言っていい。

 いくら強い心意でもエネミーはすぐには倒せない。燃やす速度であればその程度のモノ。そんな心意。

 

 だが、まだ終わらない。先ほどエネミーの光線を斬ったように焔が燃やすことが可能なのは物体に限らない。

 

 

 

 

 皇帝の《惨禍ノ呪イ》の焔の燃やすモノは物体だけで終わらず――――その現(・)象(・)にまで及ぶ。

 

 

 

 

 故に先ほどのエンペラーは光線という本来触れることのできない、実物のないエネルギーという現象を焼き払った。

 光線を防ぐのであればシルバー・クロウの持つ《光学誘導》やかつてアーダー・メイデンの兄が所持していた《理論鏡面》といった光線に対する反射や無効化かといったアビリティなどが必要になる。

 

 いくら心意であろうと火炎系の攻撃で防ぐなどまず不可能。事情に干渉する第三段階の心意技でなければ。

 

 

 

 

「ふぅ……次」

 

 一息ついたエンペラーは剣を構える。焔が廻っている刀身には三度蒼い輝きを纏う。

 

「《エターナル・ブレイク》」

 

 皇帝は唯一無二の空間を薙ぐ必殺技を放つ。自身の背後に迫っていた邪神群に対して不可視の斬撃が襲いくる。

 俊敏さがより高い邪神に不意討ちではない必殺技は不可避というレベルではない。決して無傷とまではいかないものの、大きなダメージは与えることなく終わった。ただ、与えた全エネミーの切り傷から焔が広がる。

 

 あと数時間すればエネミーの体力は削り切ることができるかもしれない。バイスにとっては貴重な戦力であり、本来たかだかバーストリンカーでは太刀打ちできない存在を。

 

「だがその前に」

 

 エンペラーを殺してしまえば何の問題もない。

 いくら第三段階の心意を使うエンペラーが強力であろうと独りでしかない。ここで殺したら、遅れは取り戻せる。

 

 問題は最初からそれを狙っているが、達成できないほど困難だということ。

 

 

 

 

 ――――5分経過。

 

 皇帝は未だに倒れない。

 

 邪神の攻撃を紙一重で回避し、僅かな隙を狙い斬り、燃やす。回避不能な広範囲の攻撃は黒と白の焔で焼き尽くし、焼き払う。

 その繰り返し。

 ひたすらその行為を繰り返している。

 

 ブラック・バイスと、既に全身に焔が燃え広がっている邪神級エネミー7体相手にこれほどまでに長く耐えている。

 このような耐久戦をできる人物は数少ないだろう。

 だが、エンペラーは粘っている。あれからは《エターナル・ブラック》を使うことなく基本的に回避に徹している。隙があれば反撃、若しくは焔を用いて迎撃。

 

 たしかに防戦での蹂躙と言っていい。

 バイスの、ひいては加速研究会の計画を単独で狂わせ、どうにか抑えているのだから。

 

 ――――それでも、均衡は少しずつ崩れる。

 

「ハァ……ハァ……」

 

 エンペラーが使う第三段階の心意を用いると、気力集中力共に著しく消耗が激しくなる。それだけ高いイマジネーションが必要となる。加え、これは負の心意に分類される。長く使えば使うほど心の闇に引っ張りてしまうモノ。

 

「チッ……」

 

 邪神の攻撃1つ1つに対応し、確実に焔を使用している。邪神の攻撃を焼き払うための焔は常に最大出力で放っている。

 そもそも長年引退していたエンペラーはこれほど長く実戦で《惨禍ノ呪イ》を使用するのは初めてに近い。消耗はより激しくなる。

 

「クソッ……」

 

 息が乱れ、視界が歪む。

 手足が重く感じる。

 だが、焔は途切れさせてはいけないと想像力を維持させようと踏ん張る。

 

 時折勝手に発動するエンペラーの持つ未来を視るアビリティ《未来推定》を用いつつ攻撃をひたすら回避する。

 

「…………」

 

 エンペラーも理解している。ここまでして自分を殺そうとしている理由に。自身のスキル構成はある意味不意討ちに特化している。その性能は加速研究会との戦いで数度発揮しているのだ。

 だがらこそ、ここで自分を逃すと次何をされるか分からないからバイスはここまで戦力を仕向けている。

 なにせ当たれば防御不可能な空間を斬る一撃がエンペラーにはあるのだ。常にどこからか攻撃が飛んでくる、という可能性は動きを鈍らせる。

 

 理解しているからこそ、1秒でも長くここに――

 

「居座ってやるよ……!」

 

 斬る。

 燃やす。

 避ける。

 焼き尽くす。

 斬る。

 未来を視る。

 回避する。

 燃やす。

 焼く。

 燃やす。

 避ける。

 避ける。

 焼き尽くす。

 燃やし尽くす。

 

 他の心意は使えない状態で、ひたすら粘る。耐える。

 

 だが、無傷では済まない。

 徐々に、しかして確実にエンペラーの体力は減少する。その減り具合は耐えるほど着実に早くなる。最初は全て焼き払ったとはいえ、時間が経過するにつれ零すようになっていた。

 少しずつ削れダメージが自分を蝕む感覚に舌打ちしそうになる。

 

 

 ――――そうして、しばらくしてエンペラーは追い詰められる。

 

 

 迎撃しながらも逃げ惑い回避した先は、瓦礫が四方に高く積み上がっており袋小路になっている。見た目通り逃げ場がない。

 目前には7体の邪神が漸く追い詰めた自分を見下ろす。

 剣に廻っている焔の勢いは最初に比べかなり落ちており心許ない。疲弊した今の自分にはこれ以上の焔はもう出せないだろう。

 

「ふぅ――……」

 

 深く息を吐く。

 

 必殺技ゲージはせいぜい1割。何も使えない。心意も消耗し基礎の心意すらもう覚束ない。全てが底に突いている状態だ。

 

 自身の消耗具合を理解し、どうやらここまでかと悟る。

 疲労から膝を付きそうになるがせめてもの抵抗の証とし踏ん張る。

 

「……ったく」

 

 最後の焔で1秒でも長く抵抗しようと剣を突き出す。ただ、その程度では邪神の攻撃を防ぐことなど到底敵わない。

 

「――――」

 

 疲弊しきっているエンペラーを見下ろすバイスは特に恨み言は発しない。すぐに恨み辛みが出てこないほど彼に狂わされたのだ。

 最早バイスに煽りなどは存在しない。それほどまでに早く終わらせたかった。

 

「……」

 

 満身創痍のエンペラーは邪神の攻撃を回避もせず受け止めようとした。せめて弱々しくなった焔で受け止めほんの少しでも生きようと――

 

 

 

 バイスの、邪神の背後から――――

 

 

「《フレイム・ボルテクス》!」

「《奪命撃(ヴォーパル・ストライク)》!」

「《ライトニング・シアン・スパイク》!」

「《ヘイルストーム・ドミネーション》!」

 

 

 彩りであり鮮やかな光が走る。

 その光は邪神へとぶつかり熱を生み、衝撃を与える。不意を与えた一撃は邪神は姿勢を大きく崩すほどの力。

 

「エンペラー!」

 

 その隙を逃さないよう、エネミーの隙間からエンペラーの元へと駆ける女豹がいる。一度離脱したはずの――――ブラッド・レパードが自身の体型を豹のようなビーストモードに変化させる《シェイプ・チェンジ》を使い、邪神級エネミーが7体も集まっている地獄へエンペラーを救うために脚を踏み入れる。

 

 とてつもないスピードで駆け寄ったレパードは止まる間もなく尾を器用に操りエンペラーを自身の背中で固定させる。

 

「…………」

 

 逃げろと言ったはずなのになぜいるのか、危険だから来なくていい、などレパードたちに思わず文句を言いたくなるエンペラーだが、既に言葉を発する余裕すらないほど弱っている。

 それほどまで戦っていた彼を慮るように優しい口調で語りかける。

 

「しっかり捕まっていてね」

 

 エンペラーの元へ駆け付けたとき同様、ビーストモード時に最大時速250kmで走行するアビリティ《ファースト・ブラッド》で離脱する。

 

 

 またもや不意を突かれたがこれに慣れてきたバイスも現れたレパードと共にすぐに殺そうとした突如――――辺り一面の空が虹色に輝く。

 

 

「……時間、ですか。引き上げましょう」

 

 悔しそうにバイスは告げる。苦虫を噛み潰したような口調だ。

 

 それは無制限中立フィールドから領土戦フィールドへと、イレギュラーな空間が元通りになる合図だった。

 シルバー・クロウたちがこの異常事態を起こした原因を特定し解決したと同義だった。

 

 ブラック・バイスはしばらくしたら消えるエネミーを放置し影へと潜りその場から去っていく。これ以上いても意味がないと。

 

 と同時にレパードはメイデンたちの元へと到着する。そこにいたのはロータス、レイン、パイル……レパードとメイデンの5名だった。

 レパードの尾から解放されたエンペラーはその場に倒れる。

 

「エンペラーさん……! 良かった……のです…………」

 

 思わず涙声のメイデンが抱き着く。

 そんなエンペラーは最後の力を絞り出すかのような掠れた声で……。

 

「お前ら、なんでいるんだ……あとで覚えてろよ……」

 

 

 

 

 




長くなりましたが、区切ると中途半端になりそうだったので
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