翌朝、まだ日が昇って間もない頃、ハジメ達は【オルクス大迷宮】の正面入口がある広場に集まっていた。
誰もが少しばかりの緊張と未知への好奇心を表情に浮かべている。カイトとしては、少し興を削がれてしまった。【オルクス大迷宮】の入口がまるで博物館の入場ゲートのようなしっかりした入口であり、どこぞの役所のような受付窓口まであったのである。制服を着たお姉さんが笑顔で迷宮への出入りをチェックしている。なんでも、ここでステータスプレートをチェックし出入りを記録することで死亡者数を正確に把握するのだとか。戦争を控えた現状、多大な死者を出さない為の措置なのだろう。イメージしていたような仄暗く不気味な洞窟の入口では無かったので「なんだかなー」と小声で呟くのだった。
入口付近の広場には露天なども所狭しと並び建っており、それぞれの店主がしのぎを削っている。まるでお祭り騒ぎだ。
浅い階層の迷宮はいい稼ぎ場所として人気があるようで人も自然に集まる。馬鹿騒ぎした者が勢いで迷宮に挑み命を散らしたり、裏路地宜しく迷宮を犯罪の拠点とする人間も多くいたようで、戦争を控えながら国内に問題を抱えたくないと冒険者ギルドと協力して王国が設立したのだとか。入場ゲートの脇の窓口でも素材の売買はしてくれるので、迷宮に潜る者は重宝しているらしい。
迷宮の中は、外の賑やかさとは無縁だった。縦横五メートル以上ある通路は明かりもないのに薄ぼんやり発光しており、松明や明かりの魔法具がなくてもある程度は視認が可能だ。緑光石という特殊な鉱物が多数埋まっているらしく、【オルクス大迷宮】は、この巨大な緑光石の鉱脈を掘って出来ているらしい。
一行は隊列を組みながらゾロゾロと進む。しばらく何事もなく進んでいると広間に出た。ドーム状の大きな場所で天井の高さは七、八メートル位ありそうだ。
と、その時、物珍しげに辺りを見渡している一行の前に、壁の隙間という隙間から灰色の毛玉が湧き出てきた。
「よし、光輝達が前に出ろ。他は下がれ!交代で前にも出てもらうからな、準備しておけ!あれはラットマンという魔物だ。すばしっこいが、たいした敵じゃない。冷静に行け!」
その言葉通り、ラットマンと呼ばれた魔物が結構な速度で飛びかかってきた。
灰色の体毛に赤黒い目が不気味に光る。ラットマンという名称に相応しく外見はねずみっぽいが……二足歩行で上半身がムキムキだった。八つに割れた腹筋と膨れ上がった胸筋の部分だけ毛がない。まるで見せびらかすように。
正面に立つ光輝達──特に前衛である雫の頬が引き攣っている。やはり、気持ち悪いらしい。
間合いに入ったラットマンを光輝、雫、龍太郎の三人で迎撃する。その間に、香織と特に親しい女子二人、メガネっ娘の中村恵里とロリ元気っ子の谷口鈴が詠唱を開始。魔法を発動する準備に入る。訓練通りの堅実なフォーメーションだ。
光輝は純白に輝くバスターソードを視認も難しい程の(カイトからすればslowly)速度で振るって数体まとめて葬っている。彼の持つその剣はハイリヒ王国が管理するアーティファクトの一つで、お約束に漏れず名称は"聖剣"である。光属性の性質が付与されており、光源に入る敵を弱体化させると同時に自身の身体能力。自動で強化してくれるという"聖なる"というには実に嫌らしい性能を誇っている。カイトからすれば、これまでに一度しか確認されてないからお前の技能を補助出来るアーティファクトなんかないわー、なんて理由で何の変哲もないちょっと丈夫なだけの鉄剣を渡された。それじゃ心もとないからと魔力回復薬は少し多めに貰ったが……あんなピカピカと光るのはいらないがやはり羨ましいな、と思う。
龍太郎は、空手部らしく天職が"拳士"であることから篭手と脛当てを付けている。これもアーティファクトで衝撃波を出すことができ、また決して壊れないのだという。龍太郎どっしりと構え、見事な拳撃と脚撃で敵を後ろにとおさない。無手でありながら、その姿はタンク役の重戦士のようだ。
雫は、サムライガールらしく、"剣士"の天職持ちで刀とシャムシールの中間のような剣を抜刀術の要領で抜き放ち、一瞬で敵を切り裂いていく。その動きは洗練されていて、騎士団員をして感嘆させる程である。
そんな感じで光輝達の戦いぶりに見蕩れていると、詠唱が響き渡った。
「「「暗き炎渦巻いて、敵の尽く焼き払わん、灰となりて大地に帰れ、"螺炎"」」」
三人同時に発動した螺旋状に渦巻く炎がラットマン達を吸い上げるように巻き込み燃やし尽くしていく。「キッ────」という断末魔の悲鳴を上げながらパラパラと降り注ぐ灰色へと変わり果て絶滅する。
気がつけば、広間のラットマンは全滅していた。他の生徒の出番はなしである。どうやら、光輝達召喚組の戦力では一階層の敵は弱すぎるらしい。
「ああ〜、うん、よくやったぞ!次はお前等にもやってもらうからな、気を緩めるなよ!」
生徒の優秀さに苦笑いしながら気を抜かないように注意するメルド団長。しかし、初めての迷宮の魔物討伐にテンションが上がるのは止められない。頬が緩む生徒達に「しょうがねぇな」とメルド団長は肩を竦めた。
「それとな……今回は訓練だからいいが、魔石の回収も念頭に置いておけよ。明らかにオーバーキルだからな?」
メルド団長の言葉に香織達魔法支援組は、やりすぎを自覚して思わず頬を赤らめるのだった。
そこからは特に問題もなく交代しながら戦闘を繰り返し、順調に階層を下げていった。
そして、一流の冒険者か否かを分けると言われている二十階層にたどり着いた。現在の迷宮最高到達階層は六十五階層らしいのだが、それは百年以上前の冒険者がなした偉業であり、今では超一流で四十階層越え、二十階層を超えれば十分に一流扱いだという。
光輝を筆頭に生徒達は戦闘経験こそ少ないものの、全員がチート持ちなので割とあっさり降りることができた。
もっとも、迷宮で一番恐いのはトラップである。場合によっては致死性ほトラップも数多くあるのだ。たしかに激流葬一枚でソリティアして固めた盤面がいっきに覆されるのかもしれないのだから、トラップは本当に恐ろしい。
この点、トラップ対策として、フェアスコープというものがある。これは魔力の流れを感知してトラップを発見することが出来るという優れものだ。迷宮のトラップはほとんどが魔法を用いたものであるから八割以上はフェアスコープで発見できる。ただし、索敵範囲がかなり狭いのでスムーズに進もうと思えば使用者の経験による索敵範囲の選別が必要だ。
従って、カイト達が素早く階層を下げられたのは、ひとえに騎士団員達の誘導があったからだと言える。メルド団長からも、トラップの確認をしていない場所へは絶対に勝手に行ってはいけないと強く言われているのだ。
「よし、お前達。ここから先は一種類の魔物だけでなく複数種類の魔物が混在したり連係を組んで襲ってくる。今までが楽勝だったからといってくれぐれも油断するなよ!今日はこの二十階層で訓練して終了だ!気合を入れろ!」
メルド団長のかけ声がよく響く。
カイトは、何か得体の知れない寒気に襲われた。メルド団長が言っていたように、確かにここまでは楽勝だった。足元の石を爪先で触れればそれで勝負は終わる。ちょっと操作して魔物の頭部に当てれば全ての魔物が脳漿を飛び散らせて絶滅するのだ。周りからはグロいグロいと不評だったが。これしか出来ないのだから仕方ないだろう、とカイトは内心愚痴を零した。昨日言ってたようにハジメに頼んで丁度いい大きさの石を作ってもらうまでも無かった。だが、ここが何かを決定的に変えるターニングポイントになる、そんな気がしてやまないのだ。
小休止に入り、魔力回復薬を飲んでおく。目を瞑り、何が起こるかもシミュレーションするが、まるで何が起こるか検討もつかない。これが杞憂になればいいが、全身に走る悪寒がその考えを許してはくれないのだ。カイトは深々と溜息を吐き、なにが起こっても良いように身構えた。
一行は二十階層を探索する。
迷宮の各階層は数キロ四方に及び、未知の階層では全てを探索しマッピングするのに数十人規模で半月から一ヶ月はかかるというのが普通だ。
もっとも、現在では四十七階層までは確実なマッピングがなされているので迷うことは無い。トラップに引っかかる心配もないはずだった。
二十階層の一番奥の部屋はまるで鍾乳洞のようにツララ状の壁が飛び出していたり、溶けたりしたような複雑な地形をしていた。この先を進むと二十一階層への階段があるらしい。
そこまで行けば今日の実践訓練は終わりだ。神代の魔法の一つである転移魔法のような便利なものは現代にはないので、また地道に帰らなければならない一行は、若干、弛緩した空気の中、せり出す壁のせいで横列を組めないので縦列で進む。
すると、先頭を行く光輝達やメルド団長が立ち止まった。訝しそうなクラスメイトを尻目に戦闘態勢に入る。どうやら魔物のようだ。
「擬態しているぞ!周りをよ〜く注意しておけ!」
メルド団長の忠告が飛ぶ。
その直後、前方でせり出していた壁が突如変色しながら起き上がった。壁と同化していた体は、今は褐色となり、二本足で立ち上がる。そして胸を叩きドラミングを始めた。どうやらカメレオンのような擬態能力を持ったゴリラの魔物のようだ。
「ロックマウントだ!二本の腕に注意しろ!豪腕だぞ!」
メルド団長の声が響く。光輝達が相手をするようだ。飛びかかってきたロックマウントの豪腕を龍太郎が拳で弾き返す。光輝と雫が取り囲もうとするが、鍾乳洞的な地形のせいで足場が悪く思うように囲むことができない。
龍太郎の人壁を抜けれないと感じたのか、ロックマウントは後ろに下がり仰け反りながら大きく息を吸った。
直後、
「グゥガガァァァアアアア───!!」
部屋全体を震動させるような強烈な咆哮が発せられた。
「ぐっ!?」
「うわっ!?」
「きゃあ!?」
体にビリビリと衝撃が走り、ダメージ自体はないものの硬直してしまうロックマウントの固有魔法"威圧の咆哮"だ。魔力を乗せた咆哮で一時的に相手を麻痺させる。
まんまと食らってしまった光輝達前衛組が一瞬硬直してしまった。
ロックマウントはその隙に突撃するかと思えばサイドステップし、傍らにあった岩を持ち上げ香織達後衛組に向かって投げつけた。咄嗟に動けない前衛組の頭上を超えて、岩が香織達へと迫る。
香織達が、準備していた魔法で迎撃せんと魔法陣が施された杖を向けた。避けるスペースが心もとないからだ。
しかし、発動しようとした瞬間、香織達は衝撃的光景に思わず硬直してしまう。
なんと、投げられた岩もロックマウントだったのだ。空中で見事な一回転を決めると両腕をいっぱいに広げて香織達へと迫る。その姿は、さながらルパンダイブだ。「か、お、り、ちゃ〜ん!」という声が聞こえてきそうである。しかも妙に目が血走り鼻息が荒い。香織も恵里も鈴も「ヒィ!」と思わず悲鳴を上げて魔法の発動を中断してしまった。
それを見たカイトは慌てて地面に足を叩きつけ、いくつかの石を操作してロックマウントへ飛ばした。
石がロックマウントとぶつかり、グチャンと気持ち悪い音を立ててロックマウントが肉塊となった。
「カイト!今のはいい判断だ!お前達は戦闘中に何やってる!」
メルド団長がロックマウントを切り捨てようと剣を振り上げていたが、それ以前にカイトが出番を奪ってしまったようだ。
香織達は、「す、すいません!」と謝るものの相当気持ち悪い悪かったらしく、まだ、顔が青褪めていた。そんな様子を見てキレる若者が一人。正義感と思い込みの塊、我らが勇者天之河光輝である。
「貴様……よくも香織達を……許さない!」
どうやら気持ち悪さで青褪めているのを死の恐怖を感じたせいだと勘違いしたらしい。彼女達を怯えさせるなんて!と何とも微妙な点で怒りをあらわにする光輝。純白の魔力が噴き上がり、それに呼応するように聖剣が輝き出す。
「万象羽ばたき、天へと至れ、"天翔閃"!」
「あ、こら、馬鹿者!」
メルド団長の声を無視して、光輝が大上段に振りかぶった聖剣を一気に振り下ろした。
その瞬間、詠唱により強烈な光を纏っていた聖剣から、その光自体が斬撃となって放たれた。逃げ場などない。曲線を描く極太の輝く斬撃が僅かな抵抗も許さずロックマウントを縦に両断し、更に奥の壁を破壊し尽くしてようやく止まった。
パラパラと部屋の壁から破片が落ちる。「ふぅ〜」と息を吐きイケメンスマイルで香織達へ振り返った光輝。香織達を怯えさせた魔物は自分が倒した。もう大丈夫だと声を掛けようとして、青筋の浮かんだ笑顔で迫っていたメルド団長の拳骨を食らった。
「へぶぅ!?」
「この馬鹿者が。気持ちは分かるがな、こんな狭いところで使う技じゃないだろうが!崩落でもしたらどうするんだ!やるならやるでカイトを見習え!」
「えっ、」
突然話を振られて驚くカイト。メルド団長のお叱りに「うっ」と声を詰まらせ、バツが悪そうに謝罪する光輝。香織達が寄ってきて苦笑いしながら慰める。ついでにとカイトにも礼が言われたがまた禄な反応ができなかった。
その時、ふと香織が崩れた壁の方に視線を向けた。
「……あれ、何かな?キラキラしてる……」
その言葉に全員が香織の指差す方へ目を向けた。
そこには青白く発光する鉱物が花咲くように生えていた。まるでインディコライトが内包された水晶のようである。香織を含め女子達は夢見るように、その美しい姿にうっとりした表情になった。
「ほぉ〜、あれはグランツ鉱石だな。大きさも中々だ。珍しい」
グランツ鉱石とは、言わば宝石の原石のようなものだ。特に何か効能があるわけではないが、その涼やかで煌びやかな輝きが貴族のご婦人ご令嬢方に大人気であり、加工して指輪・イヤリング・ペンダントなどにして贈ると大変喜ばれるらしい。求婚の際に選ばれる宝石としてもトップスリーに入るとか。
「素敵……」
香織が、メルド団長の簡単な説明を聞いて頬を染めながら更にうっとりとする。そして、誰にも気づかれない程度にチラリとハジメに視線を向けた。もっとも、雫ともう一人だけは気がついていたが……
「だった、俺らで回収しようぜ!」
そう言って唐突に動き出したのは檜山だった。グランツ鉱石に向けてヒョイヒョイと崩れた壁を登っていく。それに慌てたのはメルド団長だ。
「こら!勝手なことするな!安全確認もまだなんだぞ!」
しかし、檜山は聞こえないふりをして、とうとう鉱石の場所にたどり着いてしまった。
メルド団長は止めようと檜山を追いかける。同時に騎士団員の一人がフェアスコープで鉱石の辺りを確認する。そして、一気に青褪めた。
「団長!トラップです!」
「ッ!?」
しかし、メルド団長も、騎士団員の警告も一歩遅かった。
檜山がグランツ鉱石に触れた瞬間、鉱石を中心に魔法陣が広がる。グランツ鉱石の輝きに魅せられて不用意に触れた者へのトラップだ。美味しい話には裏がある。世の常である。
魔法陣は瞬く間に部屋全体に広がり輝きを増していった。まるで、召喚されたあの日の再現だ。
「くっ、撤退だ!早くこの部屋から出ろ!」
メルド団長の言葉に生徒達が急いで部屋の外に向かうが……間に合わなかった。
部屋の中に光が満ち、一行の視界を白一色に染める。と同時に、一瞬の浮遊感が襲った。
カイト達は空気が変わったのを感じた。次いで、ドスンという音と共に地面に叩きつけられた。
カイトはすぐさま立ち上がり周囲を警戒する。あの嫌な予感はこれだったのか、と。
どうやら、先の魔法陣は転移させるものだったらしい。現代の魔法使いには不可能なことを平然とやってのけるのだから神代の魔法は規格外だ。
一行が転移した場所は、巨大な石造りの橋の上だった。長さはざっと百メートルはありそうだ。天井も高く二十メートルはあるだろう。橋の下には川などなく、全く何も見えない深淵の如き闇が広がっていた。まさに落ちれば奈落の底のいった様子だ。
橋の横幅は十メートルくらいありそうだが、手すりどころか緑石すらなく、足を滑らせれば掴むものもなく真っ逆さまだ。一行はその巨大な橋の中程にいた。橋の両サイドにはそれぞれ奥へ続く通路と上階への階段が見える。
それを確認したメルド団長が、険しい表情をしながら指示を飛ばした。
「お前達、直ぐに立ち上がって、あの階段の場所まで行け。急げ!」
雷の如く轟いた号令に、わたわたと動き出す生徒達。
しかし、迷宮のトラップがこの程度で済ませるわけもなく、撤退は適わなかった。
橋の両サイドに突如、赤黒い魔力の奔流と共に魔法陣が現れたからだ。通路側の魔法陣は十メートル近くあり、階段側の魔法陣ら一メートル位の大きさだが、その数がおびただしい。
赤黒い、血色にも見える不気味な魔法陣は、一度ドクンッと脈打つと、一拍後、大量の魔物を吐き出した。
階段側の小さな無数の魔法陣からは、骨格だけの体に剣を携えた魔物トラウムソルジャーが溢れるように出現する。空洞の眼窩からは魔法陣と同じ赤黒い光が煌々と輝き、目玉のようにギョロギョロと辺りを見回している。その数は、ほんの数秒の間に百体近くになっており、尚、増え続けているようだ。
しかし、数百体のガイコツ戦士より、反対側の方がヤバイとカイトは感じていた。
十メートル級の魔法陣からは、明らかに他の魔物とは一線を画している体長十メートル級の四足で頭部に兜のような物を取り付けた魔物が出現したのだ。
もっとも近い周知の生物に例えるならトリケラトプスだろうか。但し、瞳は赤黒い光を放ち、鋭い爪と牙を打ち鳴らしながら、頭部の兜に生えている角から炎を放っているという付加要素が付くが……
誰もが足を止め呆然としている中、メルド団長の呻くような呟きがやけに明瞭に響いた。
「まさか……ヘビモス……なのか……」
いつだって余裕があり、生徒達に大樹の如き安心感を与えていたメルド団長が冷や汗を掻きながら焦燥を顕にしている。
そのことに、やはりヤバイ奴なのかと、光輝がメルド団長に訪ねようとした。
だが、王国最高の騎士をして戦慄させる魔物───ヘビモスは、そんな悠長な時間を与えてはくれないようだった。おもむろに大きく息を吸うと、それが開戦の合図だとでもいうかのように凄まじい咆哮を上げたのだ。
「グルァァァァアアアアアッ!!」
「ッ!?」
その咆哮で正気に戻ったのか、メルド団長が矢継ぎ早に指示を飛ばす。
「アラン!生徒達を率いてトラウムソルジャーを突破しろ!カイル、イヴァン、ベイルは全力で障壁を張れ!ヤツを食い止めるぞ!光輝、お前達は早く階段へ向かえ!」
「待って下さい、メルドさん!俺達もやります!あの恐竜みたいなヤツが一番ヤバイでしょう!俺達も……」
「馬鹿野郎!あれが本当にヘビモスなら、今のお前達では無理だ!ヤツは六十五階層の魔物。かつて、"最強"と言わしめた冒険者をして歯が立たなかった化け物だ!さっさと行け!私はお前達を死なせるわけにはいかないんだ!」
メルド団長の鬼気迫る表情に一瞬怯むも、「見捨ててなど行けない!」と踏みとどまる光輝。なんとか撤退させようと再度、メルド団長が光輝に話そうとした瞬間、ヘビモスが咆哮を上げながら突進してきた。このままでは、撤退中の生徒達を全員、その巨体と突進力で圧殺してしまうだろう。
そうはさせるかと、ハイリヒ王国最高戦力が全力の多重障壁を張る。
「「「全ての敵意と悪意を拒絶する、神の子らに絶対の守りを、ここは聖域なりて、神敵を通さず、"聖絶"!!」」」
二メートル四方の最高級の紙に描かれた魔法陣と四節からなる詠唱、さらに三人同時発動。たった一回、一分だけの防御であるが、何者にも破らせない絶対の守りが顕現する。燦然と輝く半球状の障壁がヘビモスの突進を防ぐ!
衝撃の瞬間、凄まじい衝撃波が発生し、ヘビモスの足元が粉砕される。橋全体が石造りにも関わらず大きく揺れた。撤退中の生徒達から悲鳴が上がり、転倒するものが相次ぐ。
そこでカイトはクラスメイトが死ぬ、という最悪の未来を防ぐために声を張り上げる。
「南雲ォ!なんでもいいから寄越せ!」
「う、うんっ!"錬成"!」
ハジメが"錬成"をして人の頭程の石を幾つも作る。大声を出したため一瞬注目されたが、すぐに生徒達は隊列など無視して我先にと階段目指してがむしゃらに進んでいく。
カイトは生徒達に近づいていくトラウムソルジャーに向かって、四つ、自分が操作出来るギリギリいっぱいの数を撃ち込んだ。
「"加速"」
カイト自身も剣を抜いて敵に切りかかる。
階段を目指していたその内、一人の女子生徒が後ろから突き飛ばされ転倒してしまった。「うっ」と呻きながら顔を上げると、眼前で一体のトラウムソルジャーが剣を振りかぶっていた。
「あ」
そんな一言と同時に彼女の頭部目掛けて剣が振り下ろされた。
死ぬ────女子生徒がそう感じた次の瞬間、一瞬で現れた人影に吹っ飛ばされた。ガチャン!とプラスチックのブロックを壊したような音がして何体ものトラウムソルジャーが巻き込まれ粉々になった。
カイトはその女子生徒に近づくと、手を掴み立ち上がらせる。呆然としながら、為されるがままの彼女に、カイトはしっかりと目を合わせて言った。
「大丈夫か?走れるなら早く前へ。無理なら言ってくれ、俺が連れてく。安心しろ、俺達は皆チートを持ってる。落ち着けばあんなカルシウム楽勝だ。見ろ、南雲でさえ戦えてる。いけるか?」
いつものような気配はなく、真剣な顔をして話掛けてくるカイトをマジマジと見る女子生徒は、次の瞬間には「うん!ありがとう!」と元気に返事をして駆け出した。
カイトは一番冷静にトラウムソルジャーを対処しているハジメに近づき、声を掛ける。
「南雲、どうすればいいと思う?」
「……皆が纏まっていつもの力を発揮出来たのなら大丈夫の筈なんだ。何とかしないと……必要なのはリーダー……道を切り開く火力…そうだ、天之河くん!ごめん、木下くん、僕は行くよ。大丈夫、幾つか作っておくから」
錬成を始めようと地面に手を着いたハジメを、カイトは軽く笑って呼び止める。
「いや、大丈夫だ。やるよ、お前はこの事態を何とかしてくれたらいい、使ってくれ」
そう言ってカイトはハジメに幾つか魔力回復薬を渡す。
「! ありがとう、木下くん!」
ハジメは走り出した。光輝達のいるヘビモスに向かって。
「頼んだぞ、ハジメ!」
聞こえたかは分からない。だが、
一体何体のトラウムソルジャーを屠っただろうか。"加速"の弊害で全身が軋む程の痛さに見舞われ、"廻操"のし過ぎで頭痛が酷い。何本もあった筈の魔力回復薬は残り二本しかない。だが、ここまで疲弊するまで戦っているというのにトラウムソルジャーの波は一向に減る兆しを見せない。パニックを起こしているクラスメイトの危うい所をカバーするように戦っているが、そのため全力の攻撃に移れず、トラウムソルジャーは増える一方だ。だからと全力で突破しようとしても、自分じゃ火力が足りず、騎士団員のいなくなった今、クラスメイトは放っておくとすぐに死にそうな危うさがある。呼び掛けみてもまるで連携がとれない。
不味い魔力回復薬をまた飲み干し、最後の一本になった所で、それは来た。
「"天翔閃"!」
純白の斬撃がトラウムソルジャー達のド真ん中。切り裂き吹き飛ばしながら炸裂した。橋の両側にいたトラウムソルジャー達も押し出されて奈落へと落ちていく。斬撃の後は、直ぐに雪崩込むように集まったトラウムソルジャー達で埋まってしまったが、生徒達は確かに、一瞬空いた隙間から上階へと続く階段を見た。今まで渇望し、どれだけ剣を振るっても見えなかった希望が見えたのだ。
「皆!諦めるな!道は俺が切り開く!」
そんなセリフと共に、再び"天翔閃"が敵を切り裂いていく。光輝が発するカリスマり生徒達が活気づく。
「お前達!今まで何をやってきた!訓練を思い出せ!さっさと連係をとらんか!」
皆の頼れるメルド団長が"天翔閃"に勝るとも劣らない一撃を放ち、敵を次々と打ち倒す。いつも通りの頼もしい声に、沈んでいた気持ちが復活する。手足に力が漲り、頭がクリアになっていく。実は、香織の魔法の効果も加わっている。精神を沈める魔法だ。リラックスできる程度の魔法だが、光輝達の活躍と相まって効果は抜群だ。
治癒魔法に適正のある者がこぞって負傷者を癒す。
「木下くん、大丈夫?」
自分の担当はどうやら香織らしい。
「あぁ、ちょっと全身が千切れそうだが大丈夫だ」
「それって大丈夫って言わないよね!?」
「そんな事よりもハジメは何してる?」
「……南雲くんは、一人であれと戦ってるよ。たった一人でヘビモスを食い止めてる」
「そうか。……なら、頑張らないとな」
「そうだね。絶対に皆で戻るんだから」
癒えた体を軽く動かし、調子を確かめる。手をグーパーと開閉したりするのに、支障はない。
「よし、やろう」
声に出して決意を深くする。
治癒が終わり復活した騎士団員も加わり、反撃の狼煙が上がった。チートどもの強力な魔法と武技の波状攻撃が、怒涛の如く敵目掛けて襲いかかる。凄まじい速度で殲滅していき、その速度は、遂に魔法陣による魔物の召喚速度を超えた。
「皆!続け!階段前を確保するぞ!」
光輝が掛け声と同時に走り出す。
ある程度回復した龍太郎と雫がそれに続き、バターを切り取るようにトラウムソルジャーの包囲網を切り裂いていく。
そうして、遂に全員が包囲網を突破した。背後で再び橋との通路が肉壁ならぬ骨壁により閉じようとするが、そうはさせじと光輝が魔法を放ち蹴散らす。
クラスメイト達が訝しそうな表情をする。それもそうだろう。目の前に階段かわあるのだ。さっさと安全地帯に行きたいと思うのは当然である。
「皆、待って!南雲くんを助けなきゃ!南雲くんがたった一人であの怪物を抑えてるの!」
香織のその言葉に何を言っているんだという顔をするクラスメイト達。そう思うのも仕方ない。何せ、ハジメは"無能"で通っているのだから。
だが、困惑するクラスメイト達が、数の減ったトラウムソルジャー越しに橋の方を見ると、そこには確かにハジメの姿があった。
「何だよあれ、何してんだ?」
「あの魔物、上半身が埋まってる?」
次々と疑問の声を漏らす生徒達にメルド団長が指示を飛ばす。
「そうだ!坊主がたった一人であの化け物を抑えているから撤退できたんだ!前衛組!ソルジャーどもを寄せ付けるな!後衛組は遠距離魔法準備!もうすぐ坊主の魔力が尽きる。アイツが離脱したら一斉攻撃で、あの化け物を足止めしろ!」
ハジメが猛然と逃げ出した五秒後、地面が破裂するように粉砕されヘビモスが咆哮と共に起き上がる。その眼に、憤怒の色が宿っていると感じるのは勘違いではないだろう。鋭い眼光が己に無様を晒させた怨敵を探し……ハジメを捉えた。再度、怒りの咆哮を上げるヘビモス。ハジメを追いかけようと四肢に力を込めた。
だが、次の瞬間、あらゆる属性魔法が殺到した。夜空を流れる流星の如く、色とりどりの魔法がヘビモスを打ち据える。ダメージはやはり無いようだが、しっかりと足止めになっている。
よし、行ける。俺達は全員で帰れる!そうカイトが思った瞬間だった。
軌道を変えた火球がハジメの眼前に突き刺さり、その衝撃波でハジメが吹き飛ぶ。フラフラしながら少しでも前に進もうと立ち上がるハジメだったが……
ヘビモスも何時までも一方的にやられっぱなしではなかった。
ヘビモスは、頭部を赤熱化させ、ハジメを攻撃した。
ハジメは何とか回避したようだが、ヘビモスの攻撃で橋全体が振動し、着弾点を中心に物凄い勢いで亀裂が走る。メキメキと橋が悲鳴を上げる。
そして遂に……橋が崩壊を始めた。
「"加速"!!」
奈落へ落ちそうになっているハジメを助けるため、カイトが全力で駆け出そうとする。
だが、駆け出そうと足に力を込めたほんの一瞬にメルド団長に首を掴まれた。
「ッ!?何するんですか!いまなら間に合います!俺なら届きます!」
「駄目だ、お前まで危険に晒すことは出来ない」
「クソッ、"限界突破"!!!」
無理やりメルド団長の手を振りほどき、全力で駆ける。そして、崩壊しかけの橋で、ハジメを掴もうと手を伸ばす。
────だが、その手は届かなかった。
あと十センチ、その距離さえあれば届いた筈なのに。
その瞬間、元々疲弊していた為か"限界突破"の効果が切れる。全身の力が消え、動けなくなる。
(あ……やば……俺も死────)
「馬鹿者!だから言っただろう!」
メルド団長の怒号と同時に橋が崩落する。だが、落ちることはなかった。
首元を掴まれ、ブラブラと揺れている。そのままズルズルと引き摺られるように運ばれる
「こうなるかもしれなかったから許可しなかったんだ!」
「……でも、あの時間が無ければ届いてました」
「それでお前が小僧を引き上げられたのか!?直ぐに"限界突破"の効果も切れただろうが!」
皆の所へ戻ると、香織が何か喚いていた。
「離して!南雲くんの所に行かないと!約束したのに!私がぁ、私が守るって!離してぇ!」
「香織っ、ダメよ!香織!」
「香織!君まで死ぬ気か!南雲はもう無理だ!落ち着くんだ!このままじゃ、体が壊れてしまう!」
「無理って何!?南雲くんは死んでない!行かないと、きっと助けを求めてる!」
その悲壮な声に、心が締め付けられる。
その時、メルド団長がツカツカと歩み寄り、問答無用で香織の首筋に手刀を落とした。ビクッと一瞬痙攣し、そのまま意識を落とす香織。ぐったりする香織を抱き抱え、光輝がキッとメルド団長を睨む。文句を言おうとした矢先、雫が遮るように機先を制し、メルド団長に頭を下げた。
「すいません。ありがとうございます」
「礼など……止めてくれ。さらに一人も死なせるわけにはいかない。全力で迷宮を離脱する。……彼女を頼む」
「言われるまでもなく」
「…………やっぱ、俺のせいだ。俺があと少し、早かったら」
カイトが放ったその声は、思いのほか響いた。
「そうだ木下!お前がちゃんと南雲を助けれて────」
「メルド団長、俺の意識も落として下さい。今は、何も考えたくないので」
「……あぁ、わかった。」
メルド団長に手刀を落とされると同時に意識が落ちた。
このままだと後々にヒロインが一人もいなくなりそうだったのでハジメの見せ場をいただきました。
カイトは一体一なら強いんですよ。多対一には弱いだけで。
あとなんであそこまでハジメを助けようと躍起になっているのかというと、ぼっちだからです。理由としてはまどマギのほむらがまどかの為に何度もやり直すみたいな感じです。あんな重く無いですが。たった一人の友達(になれそうなやつ)だからみたいな感じです。ちなみに、メルド団長がカイトを止めてなかったら二人とも奈落に落ちてました。ハジメの手を掴んでも引っ張りあげられず落ちます。そして一緒にカイトが落ちたせいでハジメのラッキーが打ち消され普通に地面と激突して二人とも死にます。