僕の名前は御剣響夜。
どこにでもいる平凡な男子高校生だ。
いや、平凡な男子高校生“だった”。
僕は今、現実が受け入れられていない。
目の前で青い髪の毛の美しい女性が僕のことについて話している。
その女性曰く、僕は死んでしまったらしい。
「何ですかこれは?何かのドッキリとか?」
当然、自分が死んだなどと言われてはい、そうですかと言える人間などいるわけが無い。
僕もご多分に漏れずその内の1人である。
「そう思ってしまうのも仕方が無いでしょう、しかしもう貴方の人生は終わってしまったのです。これはまぎれも無い事実。悲しいことですが…」
青い髪の、その女性は悲しげな顔でそう言った。
「そんなわけが…だとしたら僕はなぜ今ここでいるんです?」
「それは、ここが死んだ者が来る場所だからです。深い執念や、未練がある人はここに来るのです。あなたは見たところとても若い。未練などいくらでもあるでしょう。だからです。それに、そろそろ思い出すはずです。死の直前のことを…」
その瞬間、僕の脳内に次々と記憶が蘇ってきた。
轟々と頭の中を駆け巡る記憶に、目眩を覚える。頭を抱え、弱々しく膝をつく。映画のフィルムのように連続して思い浮かぶ死のシーンは余りにも鮮明だった。
「うう…そうだった…。僕はあの時、命を落としたんだ…」
とてつも無い孤独感と申し訳なさが、次から次へと込み上げてくる。
そしてそれはもうあの日常には帰れない、そして先に死んでしまったという親に対する気持ちだった。
「悲しいでしょう。しかし、あなたは選ばれたのです」
うなだれる僕に、優しく声が掛けられた。
慈愛に満ちた、透き通るような声。僕の荒れ果てた心に、深緑の芽が芽吹いたようだった。
「え、選ばれた…?」
「そう、選ばれたのです。あなたは、異世界を救う勇者として!」
僕は顔を上げ、希望の声を聞く。目に映ったその声の主は、とてつもなく美しく、なびく青い髪の毛は僕の心を強く打った。
「あ、あなたは、一体…?」
僕がそう言うと、その美しい女性はさっきと同じ様に、慈愛に満ちた笑顔で僕に向かって優しく語りかけた。
「私の名前はアクア。水の女神です」
女神。この方は、女神だったのか。どうりで、こんなに綺麗で、お優しい顔が出来るのか…。
神々しいその姿は後光が射していて、僕のことを導いてくれるのを心から光栄に思える。なんて、僕は幸せなんだろう!
「女神様!僕は、僕は…!」
しかし、言葉は出てこない。なんて言ったらいいのか分からない。言いたい事がいくらでも出てくる。あぁ、アクア様。こんな僕をお許しください…。
「では、あなたにこの魔剣グラムを差し上げます。この魔剣グラムは、貴方以外の者が持つとなまくらと化す神器です。しかし、あなたが持ち、あなたが一度この剣を振れば、この世に切れぬものなどなくなるでしょう」
僕の目の前に魔法陣が現れ、そこから黒い鞘に入れられた美しい一振りの剣が出てきた。
「これが…グラムですか?」
「ええ、そうです。あなたはこの剣でして今から行く異世界を救うのです。魔王を討ち、世界の平和を取り戻すのです!さあ、その剣を取るのです。そしてあなたを異世界へ導いてあげましょう」
「…分かりました」
僕は魔剣グラムをとる。
ズシリとしたその本物の剣は、かつて小さい頃遊んだおもちゃの物とは明らかに別格だった。そして、これが僕の第二の人生の相棒となるのはもうこの時から決まっていた。
「では、あなたを異世界へ送ります。あなたは魔剣グラムに選ばれたのです。異世界では大変なこともあるでしょう。しかし、グラムを信じ、また己を信じ、魔王を討ち倒して下さい。そしてその暁には、なんでも1つ願いを叶えてあげましょう。さあ、お行きなさい。異世界が貴方を待っています…」
「女神様!ありがとうございます!僕は、僕は必ず魔王を倒してみせます!」
送られながら、僕はそう叫んだ。
最後に見えた女神様の顔は、やっぱり美しかった。