マシュ・キリエライトは現在、最愛の先輩を守る力を失っていた。そうして新宿、アガルタでの事件についてはレイシフトで先輩と共に冒険をする事は出来なかった。しかし立花は通信越しでもマシュを頼りにしており、マシュもまたそれを理解していた。だからこそ、精一杯自分の役割を務めようと考え方を変えたのだ。
現在彼女はダウィンチに会う為に廊下を歩いていた。
「ねえ」
その言葉にマシュは足を止め、自らの前方にいる女性に目を向ける。
「ジャンヌ・オルタさん。どうかしましたか?」
「あいつと一緒にいるあの女、あれ誰よ?」
ジャンヌ・オルタの視線の先には立花と少女がいた。
「彼女はカルデアの職員の一人です」
「ふぅん。ま、どうでもいいけど」
少女は立花に対し手振りでジャンヌ・オルタを示し、立花はジャンヌ・オルタに気付くと駆け寄る。
「あ、ジャンヌ・オルタ。ちょっと話さない?」
「そうですね。ちょうど良いです。私も話があります」
その口調は様子は穏やかなものではない。しかし立花は彼女の逆鱗に触れるような事をした覚えが無かった。
オケアノスへとレイシフトすると、素材集めの為にエネミーをジャンヌ・オルタが屠っていく。今回はジャンヌ・オルタと立花のみで訪れており、二人でのレイシフトは異例だった。しかしダウィンチが許可した以上、その異例に目を瞑るだけの利点があるのだろう。
ジャンヌ・オルタは敵を一掃したにも関わらず、敵がいた位置ばかりを見つめており、立花には背を向けていた。
「あなたは人を信用しすぎています」
「それは……そうかも知れない」
立花はそれを否定出来ない。新宿やアガルタでも立花は騙されている。ジャンヌ・オルタは振り返り、立花を睨む。
「前からその傾向はありました。でも最近は病的に信用しています。というより、信用しなければならないというような強迫観念すら感じます」
ジャンヌ・オルタは立花が人を信用するのを美徳だと考えていた。実際彼女もその美徳に救われたのだから。しかし最近の彼は信用し過ぎている。それは美徳にもならない。
例えば人の善性を見て、その人間を信用するのなら美徳だ。しかしその人間を信用する為に善性を探すような考えを美徳とは思えない。しかしジャンヌ・オルタは自らが美徳を語る滑稽を考え、当然のようにそれを口にはしない。
「何故、あそこまで人を信用するんです」
立花は俯く。前髪に隠れた瞳は暗い色を見せていた。
「オレは……一度ロマンを疑った」
それは、いなくなってしまった人の名だった。吐き出したのは、彼が抱える罪だった。
「命を懸けてオレ達を救ってくれた、あんな良い人を疑ってしまった!」
藤丸立花はどうしようもなく平凡で、どうしようもなく善人だ。それ故に罪悪感に対して耐性を持たない。生まれながらに憎悪を抱え、サーヴァントとして成った時から罪を抱えるジャンヌ・オルタとは違う。
加えて、彼の罪は赦される事が無い。赦せる唯一の人間が死んでしまったからだ。それも人として死んでしまった。だからこそサーヴァントとして呼び出す事さえ無い。
「もうこんな後悔は二度としたくないんだ。するくらいなら」
「ふざけないで!」
ジャンヌ・オルタの言葉は立花の声を遮る。
「あなたの罪は消えません。罪悪感も消えません。それを抱えて生き続けるでしょう。でもね、それであなたがそんな考え方をするべきではありません!」
ジャンヌ・オルタの言葉は、ジャンヌのような導きの性質を持っているように思えた。
「私は罪を犯しました。誰が赦してもそれは消えません。けれど私はこうしてあなたの矛として役目を果たしています。きっとその権利は無い。けれど私は勝手にそうしている。同様にあなたに罪があろうとも、勝手に乗り越えなさい。あなたが目を向けているのは罪ばかりで、今自分が何をするべきかに目を向けていません」
どこか横暴で、どこか強引な彼女の言葉に立花は確かに救われる。
ジャンヌ・オルタは立花の胸倉を掴み、顔を寄せる。
「あなたの後輩は、あなたを頼りにしています。なのにあなたがそうも頼りなくてどうするのです! あの医者はあなたに託しました。なのにあなたがそうも俯いていてどうするのです!」
ジャンヌ・オルタは立花を放り投げると背を向ける。そうして、ため息を吐く。
「失望したわ。あなたのサーヴァントはこれで終わりね」
ジャンヌ・オルタはそう言い残すと、森へと駆ける。サーヴァントの脚力は尋常では無く、一瞬にして姿を消した。
「え……」
立花は慌ててジャンヌ・オルタを追って森へと走る。
『待って』
通信越しのダウィンチの声に立花は足を止める。
『森へ単独で行く事は許さないよ。危険すぎる。君をそんな危険な目には遭わせられない。ロマンでもそうするだろうしね』
「でもジャンヌ・オルタが!」
『いなくなったもしょうがないだろう。人理は既に修復されている。今までだって、いつサーヴァントがいなくなってもおかしくは無かったはずだよ』
「ですけどオレは!」
『オレは、何だい? 君の命を懸けるに値する理由があるのなら、追うのを許可しよう。逆に無いのなら、強制的にレイシフトさせてもらうよ』
ダウィンチはいつになく厳しく、立花の足を止める。
ダウィンチを無視して追った所で、強制レイシフトでもう二度とジャンヌ・オルタと会えなくなるだけだろう。彼女を今すぐに追いたいが、その想いを堪えてダウィンチと交渉する事を決めた。
「素に銀と鉄。 礎に石と契約の大公。 降り立つ風には壁を。 四方の門は閉じ、王冠より出で、王国に至る三叉路は循環せよ」
触媒があるとしたら、彼女との思い出、紡いだ縁のみだ。その縁がある以上、理論上は召喚出来る筈だ。けれど目の前に現れるまで、その確証が持てない。
彼は不安に駆られていた。
「
ただ彼女を思い描く。笑って、悔やんで、憧れて、求める姿を。
「―――
きっと大罪だ、と立花は思う。
自分のような人間に英霊が力を貸してくれるだけで有り難い事なのに、その中から一つを選ぼうなんて。彼は思わず笑みを零す。
「――――告げる。――――告げる。汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に。聖杯の寄るべに従い、この意、この理に従うならば応えよ」
けれど、けれど、どうしても会いたい。
彼さえ自覚しない愛の種。まだ隣人愛の範疇を超えない愛が、彼女と彼を繋ぐ。
「誓いを此処に。我は常世総ての善と成る者、我は常世総ての悪を敷く者。汝三大の言霊を纏う七天、抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ―――!」
そうして、彼女は降り立った。金色の瞳に、白の髪は首ほどで短く切り揃えられている。鋭い相貌に邪悪な笑みを浮かべている。
「サーヴァント・
彼女は面を上げ、その表情を見せる。
立花は自分だけが知っているのだろう、と涙を浮かべる。会えて良かったと笑みを浮かべる。
「どうしました? その顔は。さぁ、契約書です」
立花は契約書を受け取る。契約書は達筆で書かれていた。
続きは出来るだけ早めに投稿します。