「二人きりでのレイシフトか。それは難しいなぁ」
ダウィンチの言葉にジャンヌ・オルタは眉を曲げる。
「理由は説明したでしょ!? あいつのあの不用心さは今すぐに矯正するべきよ!」
「勿論、その言い分は分かる。でも二人きりのレイシフトがリスキーなのも事実だ。レイシフトは完全じゃないからね」
「そんなの、何に代えても私が守るわよ」
ジャンヌオルタからすればダウィンチが渋るのは予想外だった。確かにレイシフトは完璧では無い。けれど何度もしていることで、更に立花の人の信用し過ぎる癖をそのまま放置する事は二人きりのレイシフトより危険に思えたからだ。
「でもなぁ……じゃあ、条件を加えよう。そうしたら、レイシフトを認めても良い」
「で? その条件って」
「彼に別れを告げて欲しい。勿論する振りで構わないよ」
「はぁ? 別に良いけど、それが何になるのよ?」
「それで彼の本音を聞けるはずなんだよ」
それで聞ける本音はそれほど価値のあるものなのだろうか。ジャンヌオルタは深く理解もせずに頷いた。
木の陰に隠れながら、ジャンヌオルタは焦りに震えていた。
失望などする筈も無い。しかしダウィンチに提示された条件は守る必要があった。
もしも、このままさようならになったらどうしよう。そんな想いが胸中を暴れまわって、不安に苛まれる。身体を押えてなんどか堪える。
こんな竜の魔女、別れられて喜んでいるんじゃないか。そう思う度に立花の笑顔が浮かび、消してしまおうと頭を振る。
「命を懸けるに値する理由はあります」
その言葉に、ジャンヌオルタは顔を上げる。
今、なんて言ったのか。
「オレは、ジャンヌオルタが好きです。人理を修復した以上、サーヴァントが座に帰るのは理解出来ますし、止める事は出来ません。でも俺は、こんな形でお別れをしたくない。お別れをするのなら、せめて笑顔でお別れをしたいんです」
立花の言葉に、ジャンヌオルタの顔が赤く染まっていく。
何言ってんのあいつは!? とジャンヌオルタは狼狽する。その所為で、草を踏む音がするまで、魔猪の存在に気付かなかった。
『敵性生物の反応です。これは……魔猪!』
通信越しの少女の声に、立花は身構える。
『君の想いは分かった。なら、再契約をしたまえ』
「再契約って、ジャンヌオルタはいないですよ!?」
『君のサーヴァントを信じたまえ。大丈夫、聞いているよ』
ダウィンチのその言葉に、立花は頷く。このマスターは信じる事に懸けては一流で、加えて相手がジャンヌオルタであれば、人類一、信頼をおいている。
「―――告げる! 汝の身は我の下に、我が命運は汝の剣に! 聖杯のよるべに従い、この意、この理に従うのなら―――」
ジャンヌオルタは駆ける。マスターへと猪突猛進する魔猪の横を通り過ぎて、マスターを目指す。身体が軽い。心が軽い。今なら誰だって殺せると思えた。憎悪故では無く、それ以外の何かの感情が彼女を支えていた。
「―――我に従え! ならばこの命運、汝が剣に預けよう……!」
立花が手を差し出すと、ジャンヌオルタは立花へと駆ける。立花はジャンヌオルタの姿が見えて、安堵の笑みを浮かべる。そうしてジャンヌオルタは手を差し出し、立花と繋ぐ。
「アヴェンジャーの名の下に誓いを受けましょう。貴方を我が主と認めます。立花」
ジャンヌオルタも思わず笑みを浮かべていた。
「どうしました? その顔は」
「安心しているんだよ」
「そうですか」
ジャンヌオルタは邪悪な笑みを浮かべると、魔猪を見る。その突進を、旗を持つ手で鼻頭を掴み、留める。立花の令呪が一画消える。
「これは憎悪によって磨かれた我が魂の咆哮……
魔緒が業火に燃え、槍で串刺しになる。その炎に立花が腕で顔を守る。その隙間から、ジャンヌオルタが振り返ったのが見えた。
「たまたま魔猪が見えたから戻って来ちゃったわ。そんな訳で、あんたらの会話は聞こえてないけど。まあ、これからもよろしく」
目を逸らして、ジャンヌオルタが告げた。顔は赤く染まっている。
「うん。よろしく、ジャンヌオルタ」
立花が笑う。そうして、彼らはレイシフトの波に呑まれた。
ある日のマイルーム、ジャンヌオルタは立花の部屋を寝転がっていた。ジャンヌオルタとの再契約以来、ジャンヌオルタは何度もマイルームを訪れてはこうしてぐだぐだとしている。それは全て、とある言葉が言えないからなのだが、立花はそれに気付いていない。ただジャンヌオルタと過ごせるだけで嬉しいからだ。
「しっかしまあ、あんたもなんだかんだ忙しいわね。人理修復したんだがら普通もうちょっと暇になるんじゃないの?」
「うーん、カルデアの立ち位置が割とシビアでね」
「ふーん。面倒ね。あれだけの事をしておいて、英雄扱いもされないなんて」
「あはは、柄じゃないしね」
ジャンヌオルタは立花を横目を見ると、立花の方を向く。
「ふぅん? 柄じゃない、ね。なら英雄じゃないのといる方が良いって訳?」
「英雄といるのも良いけど、ジャンヌオルタといる方が良いかな」
立花はそう言ってはにかむ。ジャンヌオルタはその言葉に、その表情に頬を赤らめてしまう。鼓動を速めてしまう。
貴方といると、憎悪さえ蕩けてしまいそうよ。喜びが胸中を満たしていく。
「それ、誰にでも言ってないでしょうね?」
「言ってないよ!」
立花が慌てて否定する。それが嬉しくて、彼女の頬が緩む。
「そ、そう。なら、なら……さ」
鼓動が速まる。体温が上がって、指先さえ熱を感じる。この身体は人の物では無い筈なのに、まるで生きているような錯覚を覚える。あるいは彼女は、彼といる時だけは一人の女の子になれるのかも知れない。
あなたは自分を普通といるけれど、あなたならきっと容易く告白してしまうんでしょう? 私はそれが、普通とは思えない。こんなに、緊張するのだから。でも、あなたが告白するのが順当だからこそ、私がするべきよ。
ジャンヌオルタは自らを奮い立たせる。
私は呼ばれたから答えたに過ぎない。そんな受け身はもうやめる。
「私と、付き合いなさいよ……」
私があなたを呼ぶ。だからもし、今でもその愛情が変わらないのなら、私の声に答えなさい。
立花は目を見開き、それから歯を見せて笑う。
「喜んで!」
ジャンヌオルタは緊張から解き放たれて、喜びだけでは言い表せない感情の奔流に曝される。そうして、思わず立花を抱きしめる。
「ジャンヌオルタ?」
「馬鹿ね。私は竜の魔女だって分かってるんでしょう?」
「馬鹿なのかな。オレはジャンヌオルタと一緒に地獄の底まで行って、業火に焼かれたって構わないと思うんだ。とっても辛くて、熱くて、痛いんだろうけど……でもジャンヌオルタと一緒が良いんだ」
ジャンヌオルタはその言葉に、更に強く抱きしめる。
「苦しいよ」
立花はそう言って笑う。
ジャンヌオルタは立花から身体を離すと、唇を重ねた。やがて離すと、ジャンヌオルタは邪悪な笑みを浮かべる。
「後悔したってもう遅いわよ?」
「後悔なんて絶対しない。誰より幸せにしてみせるよ」
「期待してるわ。たった一人の、私のマスター」
立花の嬉しそうな顔が恋しくて、ジャンヌオルタは再度唇を重ねる。やがて、夜が更ける。
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