当然、外からカギをかけられた扉は開くはずもない。
となりの響は、何か必至に頭を巡らせていた。
ここから出るために、密室から抜け出すために。
夕立が、スカートが捲り上がるのも気にせずに、ローファーの底で扉を蹴りつける。
私も夕立も、それで開くとは思ってはいないのだが。
響の息が荒くなっているのに気づいてそちらに向き直った。
彼女はこういうストレスとか、恐怖とか、心へのダメージに強くて弱い。
刃で心を切り裂かれる苦しみの中でも、致命傷になるまではそれを押し込めてしまう。
致命傷に至ってからも無理をした結果、響は壊れてしまった。
抱きしめて落ち着かせるように彼女の名前を読んだ。
私は夕立。彼女の最愛の人ではない。
それでもなにもしないわけにはいかない。
私は夕立。彼女を壊してしまった人。
私にできることは、響の隣にいること。それと、少しでも響に負担をかけないように、空気を壊す「夕立」であること。
私がいる。これ以上響を壊させない。
絶対に、タイムリミットまでにここから抜け出してみせる。
もう一度、時雨に会いたい。
もう一度、時雨に会わせてあげたい。
私は夕立。ソロモンの悪夢。
邪魔するものは何だって、誰だって、
悪夢の如く、消し去ってやる。
注釈:本編とはそんなに関係ありません。(ここまで前書き)
となりの夕立が、がんがんと扉を叩いている。
でも、人通りの少ないこの倉庫では、気づいてもらうことは厳しいかもしれない。
「ごめんね、夕立、私が1人でやってれば、」
「それだと響がひとりぼっちっぽい。たぶん、この戸を閉めた誰かさんは響が1人でいても構わず閉めちゃうわ」
だから、気にしなくていい。そう言ってくれても私の中の申し訳なさは消えなかった。
演習に使った道具の片付けぐらい1人でやればよかったのだ。
以前のことでも負い目はあった。
壊れた私を助けてくれて、私のことを許してくれた。時雨を食べずにすんでいるのも、私が今こうして生きていられるのも夕立の優しさがあったからだ。
「そんな顔しちゃダメっぽい」
夕立の両手の指が、私の唇の端をくいっと持ち上げる。
そのまま笑顔の形に固定された私の唇にぺろりと舌を這わせた。
………ああ、どうして。
「甘くて美味しいっぽい。これで私はお詫びを貰ったから響はもう気にしなくていいのよ。響は笑顔の方が似合うっぽい!」
どうしてまた私の心臓は激しく脈動しているのだろうか。
小さく揺れたその瞳に目を奪われた。
表情が歪んでしまった気がして、慌てて手で覆う。
どうしたの、という声に小さく首を振った。
時雨だけではなく、夕立まで私は欲しているのか。
ナニカが壊れた音がした気がした。
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待つ。私達がした選択はそれだった。
夜になっても帰らなければ、時雨か、あるいは白露が気づいてくれるだろうから。
ただ、寒さが問題だった。3時近くの今はまだいいけど、日が落ちるにつれ、どんどん気温は下がるはずだ。
冬にはカーディガンが支給されるが、演習で体を動かした後にそんなものは着ていなかった。
夜まで待つことを考えて、2人で手分けしてどこかにあるはずの毛布を探すことにした。
毛布は確か、ダンボールに詰めて保管してあったはずだが、同じような箱が沢山あって見分けがつかない。
箱を開けてみるとまっさらな袋に入ったシーツだったり、新しい娘が来たときすぐに出せるように纏めてあるティッシュとか小物だとか。
カンパンの缶やペットボトルに入ったミネラルウォーターも出てきた。
10と少し開けたあたりだろうか、棚の向こう側から夕立の悲鳴が聞こえた。
感情的にな面がありながらもどこか落ち着いている夕立の悲鳴だ。
何か大変なことがあったのだろうけど、変な昂りを感じてしまった。
夕立の所まで走っていくと、棚から出された箱、腰を抜かして地面に座り込んでいる夕立、あと地面を這うペンの長さほどのムカデ。
なるほど、不意に隙間から出てきたのがこちらに近寄ってくるのなら随分と怖いだろう。
近寄って行って、夕立との距離を詰め続けるムカデを一息に踏みつけた。
ぱち、と軽い感触が靴越しに弾けた。
1つの命を奪ったのに、軽い。
すり潰すように足首をひねって体重をかけると、ぱりぱりした感触とともに滲み出た体液が倉庫の床に跡を残す。
靴の底は後でペットボトルの水を借りて洗い流そうかなと考えながら、床の残骸から目を離す。
倒れた夕立を助け起こそうと向き直った。
直った瞬間、
「こないでっ!……ぁ、ちがうの、」
私を見た夕立がそう叫んだ。
「ちがうのよ、響、ちがうの」
何かしら表情に出ていたのだろうか。顔に手を当ててみると不自然につり上がった唇に手が触れた。
夕立がやっと立ち上がって、たん、たん、とおぼつかない足取りで私に近づく。
両腕で抱きしめられた。
「ごめんなさい、ひびき、助けてくれたのに、夕立、私は、」
何度も繰り返す夕立の唇に、人差し指をそっとあてた。
「夕立…怖かったかい…?」
口を止めたまま、夕立は小さくうなずいた。
「誰かを欲しくなるたび、私は壊れていくように感じるんだ。壊れて好きな人に迷惑をかけるのなら、…私はもう、誰かを求めない方がいいのかな」
「ちがう、それはちがうわ」
「…私にはもう、わからないよ」
夕立の背中に手を回し、力いっぱい抱きしめた。
すぐに、やんわりと夕立の腕を払って、先ほど見つけたペットボトルの水で靴についた命の残り香をコンクリートの床に落とした。
もう一度毛布を探そうとすると、夕立が最後に出したのがそれだった。
中から適当に毛布を取り出し、立ち尽くしたままの夕立に手渡して自分は扉の前まで行って座り込んだ。
冷たい床の上で何をするでもなく待っていると、夕立が追ってきて、毛布で2人の体を包み込んだ。
2人でまたくっついて、温もりを感じたけれども。
日が落ちてしばらくして、時雨が提督を連れてきてくれるまで2人は何も話さなかった。
そばにいた夕立の体温も、提督の気遣いも、時雨の声も、この暖かさをいつか壊してしまうのだろうかと考えると、怖かった。
怖いのは、嫌だ。
長らくお待たせ…待ってる人いるんですかね。
次はもう完成してるんで時間があれば明日にでも。
響が思ってたより壊れちゃうのは予想外。
告白っぽいセリフ言っちゃってますが動揺している夕立2人は気づいてません。