夢を見ていた。
そう、これは夢だ。
明石さんから自分がそういう力を持っているという話を聞いたからだろうか。
いつもの夢より意識ははっきりしていた。
僕は、暗い場所にいた。
床は冷たいコンクリート。
壁はあるのかわからない。
視線がそこにたどり着く前に暗闇が光を遮っている。
これが、明石さんが言っていた予知夢なら。
ここはどこ?
肌には冷たい空気が触れている。
靴の底で床を蹴ってみるとこつん、という音が反響して聞こえた気がした。
動いてみるか迷っていると、後ろに何かの気配を感じた。
誰かがいる。
2人、
黄色の髪と、冷たい白銀のあの娘は、
涙を流しているあの子達はーーー
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
暗転、すぐに明るくなった。
暗い空。激しい雨音と風が僕を包む。
僕は艤装を背負うことなく海の上に立っていた。
その少し先には1つの影が。
目を凝らすと少しずつはっきりしてきた。
陶器のような、色素を感じられない白い肌。
目の色は青かった。
犬の耳のように跳ねた髪。左側で編み込まれた白い髪。
身に纏うセーラー服は襟と袖にあるはずの赤いラインが黒く変色していて、
まっしろになったネクタイが適当に胸に結ばれていた。
僕だ。
僕じゃない僕だ。
滑るように、近づいてくる。
何かを喋っている。
雨と風でよく聞こえないけれど、ぱくぱくと動いた口は。
『はやく、行かなくていいの?』
行く?どこに?
『2人のところ。僕が大事な2人のところ。』
それって、夕立と響?
『倉庫にいるよ。目が覚めたら、提督がいるはずだから、すぐにこの夢のことを話すんだ。 』
まって、
『早く行かなきゃ。せっかく助けてあげられるんだから、なるべく早く助けてあげなきゃ。』
君は、誰?
『僕だよ。…ほら、早く』
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
ばっと身を起こすと、目の前にあった姉さんの頭と衝突する。
「ーっ!」
僕は頭を抑えてベッドの上に。
姉さんはベッドから転げ落ちそうになった所を提督に支えられた。
「だ、大丈夫ですか⁈」
「うー痛い」
僕が寝ている間に来たんだろうか、提督が白露の顔を心配そうに覗き込む。
明石さんが姉さんのぶつけた箇所を小さく撫でたて、大丈夫そうですね、と呟いた。
……違う、今は、
「提督、夢、見たんだ。夕立と響が…早く行かないと、」
「…時雨、夢って、」
「予知夢だよ。助けに行かないといけないらしいんだ。」
「一回落ち着け。……どこだ?」
「倉庫……演習の片付けしてたから3番倉庫!」
「3番は…明石!お前さっきあそこ閉めたって言ってなかったか⁈」
提督が工廠の隅に置いてある冷蔵庫から氷を取り出している明石さんに向けて叫ぶ。
急に名前を呼ばれて、明石さんの肩が大きく跳ね上がった。
「は、はい。カギささってなかったんで、閉め忘れたのかなって南京錠だけかけてきちゃいました。」
「中に夕立と響いたか⁈」
「し、知りませんよそんなの…わざわざ奥まで覗きませんって」
「諸悪の根源お前かよ。…倉庫のマスターお前に渡してたろ、」
明石さんが机の上に置いてあった鍵を掴んで提督に投げる。
鍵を受け取った提督と、ベッドの横に置いてあったローファーを履いた姉さんが駆け出して行く。
今更ではあるが僕の夢が間違っているとは微塵も思っていないようだった。
僕もベッドの横に並べて置いてあったローファーを拾って急いで履いた。
明石さんの方を見るとどこからか取り出した魔法瓶の中にココアの粉とお湯をぶち込んでいる。
紙コップの袋を掴んで走り出した明石さんを追って外に出ると夜の暗闇の中にやせ細った月が浮かんでいた。
僕は何時間寝ていたんだろうか。
3番倉庫まで走って行くと提督がちょうど鍵を開けたところだった。
開かれた倉庫の扉の中には、うずくまって毛布にくるまっている2人がーー
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
塞ぎ込んでいた夕立は村雨が抱えてお風呂に連れて行った。
響は明石さんから貰ったココアを一杯飲み干すと何も言わずに自分の部屋まで一人で帰って行った。
僕は今、海のそばで月を眺めていた。
冬の乾燥した空気は月の光を綺麗に見せてくれると同時に、体の末端からどんどん熱を奪っていく。
先ほどまで夕立と響が使っていたものだろうか。毛布を1枚抱えてきた提督が僕の隣に座り込んだ。
「……提督。月、綺麗だね。」
「…俺は死んだ方がいいんだろうか」
手にしていた毛布を僕の肩にかぶせながら提督が小さく呟いた。
「ダメだよ。僕相手に死ぬって言ったら。ちゃんと姉さんに言ってあげなきゃ。」
「綺麗ですねが俺の台詞なんでよなぁ…」
提督の手が僕の頭を撫でる。
なぜだか懐かしく感じた。
「時雨、お前……」
「……どうしたの?」
提督が僕の髪を少し摘みながら言った。
「お前白髪生えてね?」
「うそ……僕まだ1才と半分くらいなのに」
「ストレスで色落ちたりするらしいぞ。……ストレスの原因俺だったりする?」
僕は静かに首を振る。
「染めたほうがいいのかな」
「別にいいんじゃないか?ちなみに俺は白露に殺されかけたり時雨に殺されかけたりのストレスで薄毛の進行がやばいぞ」
「…ごめんね。提督まだ若いのに」
「元帥みたいにはなりたくねえなぁ…」
僕は元帥さんは見たことないけれど、昔提督が「あのハゲ」と呼んでいたのを思い出した。
「…俺さ、夢の話しに来たんだけどいいか?」
「いいよ。」
「……って言っても何話すか全然考えてないんだがな。どんな夢見たんだ?」
「初めは暗い所……今思えば倉庫だったのかもしれないね。そこで、夕立と響が泣いている夢だった。そしてつぎは……深海棲艦みたいな見た目の僕がいて、早く行かなくていいの?起きたら提督がいるはずだから、提督に言えって言ってた」
「深海棲艦みたいな時雨……いけるな…」
「……失望、するよ?」
「されてみたい気もするけど、信頼無いと提督なんて仕事やってられないからな…」
「大変なんだね」
ああ、と呟いてから提督が大きなため息を吐く。
「夢さ、白露のとは違って色々重いと思うんだよ。未来を知って悲劇を防げなかったら自分を責めないか心配でさ。この前頑張ったら大体のことは上手くいくとか言っちまったし」
「そう、かも。でも多分大丈夫だと思う。」
「ならいいんだけどな」
「どうしてもダメそうなら提督のせいにするから」
「…まあそれでもいいや」
提督がいきなり僕に体を抱えて立ち上がった。
「どうしたの、提督」
「さっさと帰ろうぜ。」
提督は少し早足で駆逐寮に歩いていく。
軽いなぁ、と呟いたのが聞こえた。