10月に入って朝夕だけではなく昼にもふとした拍子に寒さを感じるようになりました。
春雨ちゃん、ちょっとこっちに来てしゅえさんをあっためて………あ、ダメです村雨さん。人間は灯油とライターで直火であっためてはいけません。
僕たち艦娘には大きく2種類あって、夕立や村雨のような、人間が少しの改造を受けて艤装を背負う建造組と、僕や響、姉さんのような戦闘が終わった時に、光と共にどこからともなく出現するドロップ組に分類される。
建造組とドロップ組には、生まれ方の差からくる違いがいくつかある。
建造組には、これまでの人生で得た経験がある。海の上で役立つ知識を持っている娘は少ないけど、鎮守府の中で人として生活し、みんなと笑い合ことは多くの娘が得意としている。
ドロップ組も、出現した時からある程度の知識はある。得ている知識は体験した事があるかのように感じられるけど、船によって得ている知識が違ったり、……この言い方はあまり好きではないけど、同じ船、同じ時雨だったとしても「個体差」がある。
それでも多くのドロップ組に、人として生きた経験は存在しない。よって、人間としての生活に慣れるまで時間を必要とする。
提督が言うには、僕が姉さんに拾われてきて数日の間は随分と泣きわめき、2人になだめられてばかりだったそうだ。ようやく泣かなくなってからもしばらくの間は姉さんの手を握って離さなかったらしい。
僕の場合は極端な例らしいけど、ドロップ組のみんなは多かれ少なかれ、人としてまだ子供な部分がある。
生まれてすぐのことはよく覚えていないからこれも提督から聞いた日付を基にして数えて、僕が拾われてきてからまだ一年と少し。
ある程度知識があるとはいえ、人間として成長するにはあまりに短い時間だった。
夕立なら、あるいは村雨ならすぐに感じとることが出来そうな自分の気持ちすらよくわからない時がある。
ただの兵器としてではなく、艦娘として運用するには大きな欠点を抱えながらもドロップ組にはそれを補えるほどのメリットがあった。
まずは建造組が艤装を背負う為に必要とする人体改造を必要としない。戦闘に関して基礎的な訓練や学習を必要としない。そして稀に、人間としては少しだけ大きな力を持つ個体がいること。
遠くの鎮守府には反射神経が異常なほどいい陽炎がいるそうだ。
僕にも何かあるらしいけど…提督もよくわかってないんだって。
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見ていた夢はよく覚えていない。
僕の根幹に関わる夢だったような気はする。
目が覚めた時すでに夕立の姿は部屋の中に無かった。
いつもの制服に着替えて、左側に垂らした髪を編み込んでいく。
髪をくくるためのリボンを机の上から持ち上げた。
僕はいつからこの赤色のリボンを使っていたのだろうか。
僕が生まれてすぐの記憶はあまり残っていないから、初めから付けていたのか、あるいは誰かから貰ったのかも覚えていない。
そのリボンで、編み込んだかみを固くくくる。
わからないけど、今の僕を作る一部であることは確かだ。
準備を終えて、食堂に向かった。
食欲はなかったけど、朝食を食べてから来てとの事だったので鳳翔さんに頼んでロールパンを1つと、牛乳をコップに一杯だけ貰った。
準備がやけに早かったので話を聞いてみると、先に来た響も同じものを頼んだらしい。
夕立はいつも通り定食を平らげていったそうだ。
口の中に押し込んだパンの味はよくわからなかった。
冷蔵庫から取り出されてすぐの冷たさでそれを流し込んで、コップを鳳翔さんに手渡す。
少し重くなったお腹を撫でて姉さんの部屋に向かう。
もうみんな集まっているだろうか。
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扉を開いた先の空気は予想していたよりずっと柔らかいものだった。
「時雨、いらっしゃい」
昨日はなかった大きな机と椅子。みんなの手元に置かれたジュースの入ったペットボトル。
夕立は大きな袋のポテトチップスをばりばりかじり、姉さんの前にはまだ手をつけていないのと、食べ終わったうまい某お菓子の山があった。手首を少し長めの鎖の手錠で繋がれた響の口にはこんぶが咥えられている。
感覚が麻痺していてあまり違和感を感じないが姉さんの上には単装砲が1つ。
空いた席にはスルメの袋が置かれている。
姉さんに誘われるままにその空いた席に座って、スルメに手をつけるか迷っていると隣から姉さんの手が伸びて来て袋の中から一本持って行ったので遠慮なく一本かじる。
「じゃあみんな揃ったので白露型会議を始めます。」
「私は白露型じゃないんだけど」
「大体白露型会議っぽい」
「そこはまあ……ね?」
姉さんらしい、といえばそうなんだろうけど、もしかしてわざとやっているんだろうか。幾分か気分が楽になった。
「じゃあ時雨、」
「うん」
僕が今日するべきことは2つ。
夕立に話すことと、響を助けること。
「ねえ夕立、……僕は響を助けてあげたい。…許してくれるかな」
「もちろん。…夕立も響が元気ないのはいやっぽい。私も手伝うから」
……これで1つ目は終了。次に2つ目。
夕立を信じることが出来たから、するりと言葉にできた。だから、次は響自身を信じる番。
「姉さん、…響の鍵持ってるの?」
「ああうん、私が持ってるけど」
「じゃあ貸してくれないかな」
姉さんはポケットから取り出した鍵をしばらく見つめてから僕に手渡す。
「だめ、時雨、開けないで、」
鍵を持って近づくと響は僕から遠ざかるように立ち上がって2、3と後ろに下がりながらイヤイヤと首を振る。
今の響にとって、僕を傷つけないために頼りにしているもの。…僕が響と話したいときに少しだけ邪魔なもの。
傲慢かもしれないけど、僕たちを頼りにしてほしい。せっかく側にいるんだから。
「何しちゃうかわからないから、おねがい、」
「姉さん、お願い」
響の声を無視して姉さんに声をかけると、膝の上の単装砲を握りしめた手がゆっくりと持ち上がる。
夕立はジュースと共に口の中身を飲みこんでから僕と響を挟むように移動する。
「響ちゃん、私に…妹の好きな人を撃たせないでね。」
そう告げた姉さんの指は引き金にはかけられていなかった。
「ちょっとだけ、がまんするだけっぽい。何があっても響は響だから、自分の手綱を離さないで」
夕立が響を包み込むように抱きしめる。
小刻みに震える手を繫ぎ止める手錠の小さな鍵穴にゆっくりと鍵を差し込んだ。
「この言い方は多分ずるいと思う。でも…言わせてね。僕は、響を信じたい。」
鍵をひねると、カチリと音がして銀の輪が響の手から外れる
響の方が幾分か小さいので少し腰を落として、僕も正面から抱きしめた。
そのまま、伝えたい事を紡いでいく。
「…ありがとう。僕を好きになってくれて。すごくうれしい。壊されちゃうのはちょっと怖いけど……大好きだよ、響。これからも、僕の隣にいてくれるかな」
「だめ、そんなこと言ったら私は時雨に、」
僕に何かしようとしたのか、それとも僕と夕立から抜け出そうとしたのか、響の手が僕のお腹に押し当てられる。
「いいよ。響のしたいこと何でも言って。僕達はお風呂で直る身体だから、少し痛いくらい大丈夫だよ」
指が曲がって、爪が服越しに痛みを与えてくる。
「でも、夕立が、」
「時雨はね、誰の物でもないの。時雨自身の物。時雨が仲良くしたい人と仲良くして、仲良くなった相手にカラダを使わせてあげるのも自由なの。…幸せだったらいいっぽい」
それには夕立が、いつもより落ち着いた声音で返した。
それでもまだ、響は「でも」と呟く。
次はもはや響に砲を向けることすらしていない姉さんが語りかける。
「いいんだよ、響ちゃん。これで時雨は幸せになるの。……そしたら、時雨が助けてくれるから」
「………みんな、ありがとう」
僕のお腹を掴んでいた手が、頭の上に乗っていた帽子を掴む。
響が僕の顔に口を近づけようとしたのと同時に、夕立が静かに離れる。
失礼な事に、どこかに噛みつかれるのかな、と考えてしまったけど、僕が感じたのは痛みではなく、唇の柔らかさだった。
姉さんの隣に行っていた夕立が、ぱちぱちと拍手する。
姉さんが手に持っていた砲を僕達の上に向けた。
何をするのかと見ていると、ぱん、と乾いた音がして、カラフルな紙吹雪と何本かのテープが飛び出した。
最初から撃つつもりなどなかったのだろう。最初から祝福してくれるつもりだったのだろうか。
白い髪についたかみきれを手で払うと、響の笑顔が目に入った。
守れたのだろうか。
助けれたのかな。
夕立が僕達に飛びついてきて頬に一度ずつ口づけをする。
姉さんが、ずるい、と駆けよろうとして、テープに足を取られてころんだ。
受け止めきれず4人とも毛足の短いカーペットに倒れこんだ。
響が今、幸せなら嬉しい。
ここで言っとかないとこれから言うタイミングを作れないので言っときます。
結論だけ言って時雨ちゃんは人間という観点から見るには大きな力を持っています。
内容は予知。といっても嫌な予感がする程度や、夢の中での何かしらの暗示ぐらい。精度は割と良いです。
前々話で出てきた赤いリボンは、=時雨の髪をとめているリボン。編み込んだ髪(作り上げた時雨)を固定するリボン。
響から逃れられない、ではなく、響から逃げたくない、という自分自身の思いを暗示しています。
響と恋心で書きたいことは多分全部書いたので次はまた1話だけで夕立と時雨の話か「夕立と密室」を書きます。