ダンジョンで数多の魔剣に溺れるのは間違っているだろうか 作:征嵐
陰鬱な気分を振り払うように、乱雑に扉を開ける。鉄と炎の匂いに包まれながら、剣や盾、鎧などが陳列された棚の合間を縫って奥へ奥へと進んでいく。
「失礼しまーす。」
三連ノックをしてから目当ての扉に入っていく。神ヘファイストス専用の工房。魔剣を修理できる
「来たわね、魔剣使い君。」
「魔剣使いって訳じゃないんですけどね。僕。」
片手にハンマーを持った神ヘファイストスに対応するように──という訳でもないが、魔剣グラムを顕現させる。素人目には──あ、いや、魔剣に関しては素人の域は出ているし──鍛冶師ならざる身としては、殆ど損傷が無いように見える。グラムの状態は手に取る様に分かるから、「傷付いている」ということは確実なのだけれど。···手に取るように、って結構上手いこと言った感があるね。
「···。」
グラムのため息が聞こえた。審議拒否って奴ですか。
「それが例の『魔剣』ね。貸して貰える?」
「あ、はい。」
「···ん?」
グラムを受け取った神ヘファイストスが僅かに眉根を寄せた。何か不都合でもあるのだろうか?
「この子たちの事を大切にしている君らしからぬ···いや、彼女が誤魔化したのかな?」
「なんですか?」
どうにも釈然と···いや、待て。そうだ。何故気付かなかった? いや、楽観しすぎただけだ。グラムは、何度か戦闘を繰り返していたのにも関わらずメンテナンスを受けていなかった。そこに冥獣の一撃を思い切り喰らった訳で。そして、僕がハッキリと認識出来るのは半壊レベルの負傷だけで。
「グラム!」
「そんな大声を出さなくても聞こえるわよ···。」
魔剣少女として顕現したグラムの白いドレスは所々に穴が空き、破れ、肌の見える脚や腕にも細かい傷が付いていた。半壊──破損寸前、と言ったところか。表情こそいつもの微笑だが、怒りや痛みがない交ぜになった瞳の色を、僕はハッキリと認識した。
どうして、こんな状態に? ···それは、「この程度の魔物しか出ないエリアで、傷を負う訳がない」と、油断していたから。
慢心したから? ···その通りだ。
誰が? ···他でもない、この僕が、だ。
じゃあ、どうする? ···慢心は捨てる。もう絶対に、魔核崩壊はさせたくないから。
そうだ。彼女たちの最重要基幹、「魔核」が壊れてしまえば、存在そのものが揺らいでしまう。そもそもが規格外な存在なだけに、すぐさま消失、とは行かないが、それでも、今まで積み重ねた技術も、努力して得た力も、記憶さえも、消えてしまう。
「ごめんね···グラム。」
「この程度の損傷、今まで何度もあったじゃない。」
「ここは魔界じゃないんだから···僕の···ん?」
いやいや待て待て。それはおかしい。ここは魔界ではない。当たり前だ。唐突すぎて忘れていたが、なぜ、ここに冥獣がいる? 古代遺跡でも早々お目にかかれない、滅びの獣が、何故こんな、人間界の都市の地下深くにいる?
「分からないな···。」
分からないことがあっても死にたくはならないが、それでもやはり不快なことに変わりはない。その不快さも、僕の苛立ちを増長させている。
このままだと苛立ちを爆発させそうになったので、グラムを神ヘファイストスに預けて早足でホームへ戻る。神ヘファイストスは、「このぐらいの傷なら、二時間も掛からないわ。」と言っていたし、信用しよう。
ホームまで十数分ほど、という辺りで立ち止まる。どうも、尾けられているらしい。僕が歩けば数メートル間隔で付いてくるし、
「今すぐに···あっ。」
「今すぐに出てくれば許してあげますよ。」なんて、上から目線なセリフを吐いてしまう所だった。さっき決めたじゃないか。慢心は捨てる、容赦はしない。と。
「···おいで。ティンダロス。」
クトゥルフ神話体系。見ただけで発狂してしまうようなハードな邪神を数多擁する神話体系だが、その中で追跡に特化した能力をもつ神話生物、『ティンダロスの猟犬』。90º以下の鋭角さえ存在すれば、どこへ逃げようと追跡する、
「マビノギオン? 出番だよ。」
こちらも巨乳のお姉さん。あらゆる知識と魔導を記した、「これだけ持ってれば他の魔導書になんの意味があるの?」と言いたくなる魔典。その中に記された、攻撃補助と防御補助をティンダロスに掛けまくる。そこらの神となら殴り愛ができる(勝てるとは言ってない)レベルにまで強化し尽くす。
見て分かるレベルの脅威だが、認識能力が残念なのか、こちらを格下と侮っているのか、恐怖で動けないのか、尾行者は全く行動に出ない。攻撃も転身も逃走も連絡も、一切の行動を取っていない。
「いや、駄目だね。相手を格下だと思い込むのは下策だった。」
相手が神性を持っている可能性もあるし、ソードブレイカーのような、「武器を壊す」ことに特化した武器を持っている可能性も考慮しなくてはならない。
──故に。
──両手を開く。
──魔力が渦巻く。
──大気のエーテルが集束する。
──起源は龍。
──形状は「腕」。
──拳闘『バハムート』顕現。
僕の両腕を覆う、黒い龍の腕。それを振るうのもまた、龍の身体だ。
他の魔剣とは一線を画した身体の最適化。人の身に龍を宿し、莫大な力で以て地面を蹴る。流石にやばい、とでも思ったのか、尾行者は細い路地へ入り、姿を闇に溶け込ませている。が、それがどうしたというのか。
「ティンダロス。」
「はい、ご主人様。」
語尾にハートマークでも付いていそうな、媚びた声。これが最悪の追跡者? と、僕も当初は首を捻ったものだ。
どろり、と、ティンダロスの猟犬のシェルエットが溶け、大気へ染み込んで消えた。人間では存在できない「向こう側」を通って、相手の元へ転移するのだろう。全力疾走する傍ら、少しだけ見えた「向こう側」は、ネクロノミコンやセラエノ断章といった魔導書を読んだ身でも、あまり直視したくない景色だった。尤も、普通の人間であれば発狂して然るべきなのだろうけれど。
「見つけましたよ。マスターさん。」
脳内へ響く幼い声。バハムートのものだ。視線を正面に投げて見れば、両足に人ならざる「なにか」に喰い千切られたような傷を作った男が倒れ、痛みに悶えていた。
「いや、痛みに···か? 違う気がするぞ?」
男の目は、恐怖と嫌悪で濁っていた。ティンダロスの猟犬と、「向こう側」を見たことで正気度喪失が起こったのだろう。
「よっと···。」
右手で──バハムートの装備された右手で、男の頭を掴んで持ち上げる。浮遊している龍の手のお陰で、それなりの身長のある男の身体を宙に浮かせられた。
「何故、僕を尾けたんですか?」
左手で──バハムートの装備された左手で、男の両腕を胴体ごと握る。これで一切の行動は出来なくなったし、それに──
「あ、ぐぅ····!?」
左手に力を込めることで、拙いながらも拷問の真似事ができる。本職の魔剣たちに任せても良かったけれど···正直、これ以上の魔力消費は避けたい。今日だけで何回顕現させたと思って···8回? いや9回かな? わかんないけど。
「で、貴方はどこのファミリアの方ですか?」
ぎしぎしと骨を軋ませながら悶える男に問う。答えが帰ってくるなんて期待してはいない。ただ、そう。この男で憂さ晴らしがしたいだけだ。魔剣たちを付き合わせる形になってしまったが···ここ暫く実体化していなかった子もいる。久しぶりの運動だ、と、ポジティブに捉えて頂きたい。
「ぉ···ぁ···。」
肺に空気が残っていないからか、殆ど声が聞こえなかった。もう一度言って貰えます?
「···。」
ぐちゃっ。そんな音がして、男は呻くのを止めた。あぁ、しまった。締め過ぎたか。脊髄が逝ったか、肋骨が内臓に刺さったか。死因なんてどうだっていい。問題は。
「ねぇバハムート。今、なんて言ったか聞こえた?」
「ごめんなさいマスターさん。ファミリア、のところしか聞こえなかった。」
「そっか···ティンダロスは?」
「お許しください、ご主人様。私は、ソーマ、までしか···。」
「君たち最高だ。」
マビノギオン含む三人を非顕現状態へ戻し、足取り軽くホームへ戻る。
今日のうちに魔力を回復させておこう。
明日は、戦争だ。
いや、なんで尾行なんてしたのか聞けなかったから、それを聞きに行くだけなのだけれど。
追跡者→尾行者とティンダロスの猟犬
ちなみに、主は以前trpgにてティンダロスと素手でタイマンしました。結果? 惨敗だよ。