私は誰でしょう?   作:岩心

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訂正しました。

屋敷しもべ妖精解雇の部分は無理やりな解釈であると指摘を受け、自分も納得しましたので、ドビーの部分をカットしました。申し訳ありません。




10話

 スリザリンとグリフィンドールの寮対抗戦。

 序盤から全員が最新型箒ニンバス2001で圧倒するスリザリン・チーム。練習量と技量では負けないグリフィンドール・チームは食らいつく。ひとつのブラッジャーが暴走し、他の選手に目もくれずエースのシーカーを終始狙い続けるも怯まず。最後は、腕一本を折られながらもスニッチを掴むという大健闘でチームを勝利に導いた。

 

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 片腕が折れ、もう片方の手でスニッチを掴んだハリー・ポッター。箒の柄を太腿で挟んで姿勢を保つのがそう長い事できるわけもなく、泥の中に滑り落ちるように着地した。

 ――それから、少し気を失って、

 

「すごい! すごいよハリー!」

 

 カシャ、とフラッシュが焚かれ、目が覚めた。熱っぽい声で称賛するのは、コリン・クリービー。今年入ったばかりのマグル生まれの新入生で、今日初めてクィディッチの試合を生で見た。だから、きっといつもよりも興奮している。その気持ちはわかる。でも……

 

「やめて! コリン、こんな写真は撮らないでくれ……」

 

 上半身を起こそうとしたけど、脇腹肋骨の辺りから激痛が走った。これは腕以外も折れてしまっているかもしれない。立てず、姿勢を崩して、また泥の中に顔を……とそこで、倒れかけた体を支えられた。力強い腕。輝く歯。ギルデロイ先生だ。

 

「ナイスファイトだハリー。マクゴナガル先生が惚れこむのもわかる。君は天性の才能を持ってるね」

 

 その称賛に照れて、きっと今僕の顔は赤くなっているだろう。

 『無理に動かない方がいい。すぐにポンフリー先生の所へ連れていきなさい。彼女なら骨折くらいあっという間に直してくれる』と安静にと言いつけ、フレッドとジョージが持ってきた担架に乗せてくれた。

 それから、僕とギルデロイ先生のツーショットのチャンスに狂ったようにシャッターを切るコリンに、カメラのレンズを掌で押さえ覆いながら、いつもよりも厳しめの声で窘める。

 

「コリン・クリービー君。人は怪我しているところを撮られるのをひどく不快に思う。もし、そうだね、君が交通事故で大怪我を負った時に、集まってきた野次馬に面白そうに写真を撮られたらどう思うかい? カメラマンとして最低限のマナーは心得ておかなければならないよ。写真一枚で人に感動を与えることができる、でもそれは写真一枚で人の心を大きく傷つけることがあることでもある」

 

 コリンがしゅんと項垂れた……その時だった。

 ドラコ・マルフォイがハリーの側に着地していた。怒りで血の気のない顔だったが、それでもまだ嘲る余裕があった。

 

「額だけでなく、また新しい傷が増えたようじゃないか、ポッター。写真も撮ってるんだし、特別にサイン入りの写真でも配ったらどうだい」

 

 その身で怪我を周囲から隠すよう、もしくは不快なものを見ないよう視界を遮るように、ケイティとアリシアが担架の両脇につく。それでも、マルフォイの口は止まらない。

 

「ああ、僕はいらないよ。額の真ん中に醜い傷をつけているくらいで、特別の人間だなんて、僕はそう思わないのでねぇ――」

 

「負け犬の遠吠えよ。()っときなさい」

 

 アンジェリーナが、軽蔑し切った目でマルフォイを見た。

 フレッドとジョージもマルフォイが喚いていることには気が付いているも、担架を運んでいるため、我慢している。

 ウッドは、試合終了後も未だに暴走しているブラッジャーを審判のマダム・フーチと一緒に箱へ押さえ込もうと格闘中だ。

 

「――そういえば、君はウィーズリー一家が好きなんだ。そうだろう? ポッター。休暇をあの家で過ごしたんだろう? よくあんな豚小屋でねぇ。だけど、まあ、君はマグルなんかに育てられたから、ウィーズリー小屋の悪臭もオーケーってわけだ」

 

 そんな中、誰に憚ることなくマルフォイは嘲笑う。

 

「そうだ、名案だ、ポッター。君のサイン入り写真をウィーズリーにくれてやると良い。彼らの家の一軒分よりもっと価値があるかもしれないんだからさ」

 

 フレッドはアンジェリーナに、ジョージはアリシア、ケイティに抑えられているけど、僕を移送している最中でなければ飛び掛かっただろう。僕だって腕が折れてなかったら殴りかかっていた。

 そこで、人混みをかき分けて、ロンとハーマイオニーが駆け付けた。

 

「本当に気が知れないね」                                                           マルフォイは二人に気付き意地の悪い目つきをした。                                           「あんな『穢れた血』と平気で付き合う血を裏切る家を気に入るなんて。ああ、そうだ。そういえば、ポッター、君の母親も『穢れた血』だった――」

 

 パン――と。

 乾いた音が響く。その場にいた皆、驚いた。フレッドやジョージ、僕も、怒りを忘れてしまうくらいに。

 

 マルフォイ自身も何が起こったかわからない。

 痛烈な音が響き、滑らかなブロンドの髪が乱れ、青白い頬に赤い手形(あと)が残るほどの一発を貰っても、“自分が叩かれた”と気づいたのはじんじんと頬が痛みだしてからだった。

 その遅れてくる痛み、そして、離れても残る手の熱さ。頬に当てて呻きながら、マルフォイは引っ叩いた教師……ギルデロイ・ロックハートをわなわなと震えながら睨む。

 

「父上にも、ぶたれたことないのに……!」

 

「ああ、ぶった。どうやら君の周りの大人は誰もしないようだから私がぶたせてもらった」

 

「体罰だ! お前、ホグワーツじゃ教師は生徒に体罰しちゃいけないんだぞ!」

 

「言われずとも知っています。懲罰は属する寮の寮監の裁量に任されることも。だが、君のような人間を私は知っている。忠告しよう。後戻りが出来なくなった時に、きっと後悔する。そう思ったらつい手が出てしまった」

 

 マルフォイは痛みと屈辱で薄青い目をまだ潤ませてはいたが、ギルデロイ先生を憎らしげに見上げ、何か呟いた。『父上』という言葉だけが聞き取れた。

 

「負けて悔しい君に説教なんてしたくはなかった。――しかし、故人まで冒涜するとは恥を知れドラコ・マルフォイ!」

 

 でも、そんな弱々しい虚勢も、一喝に震え上がった。

 競技場全体に響き渡ったかのような大声、他所のこちらまでビクっと胆が縮み上がるその怒気を、目の当たりにしたマルフォイは、跳び上がってはたたらを踏んで尻餅をつく。

 そこで、スリザリンの寮監、スネイプが現れた。

 マルフォイはスネイプの到来に引き攣らせながらも笑みを浮かべようとして、でも、険しい顔をしたスネイプはギルデロイ先生と暫し睨み合っただけで何もしない。いつもの厭味ったらしい口調で咎めることもなく、マルフォイが頬を叩かれたと訴えようとも、短く『来い』と引っ張っていくだけ。

 

「ロックハート、ダンブルドア校長が最初にお話ししたはずですが、本校の懲罰は居残り罰を与えるだけです」

 

「はい、わかってますマクゴナガル先生、以後、二度とこのような真似はしないよう気を付けます」

 

「まったく……学生時代からあなたは他人のしないようなことばかりします。その血の気の多さで私の寮に組み分けされなかったのを不思議に思いますとも」

 

「ハハ、レイブンクローのフリットウィック先生は決闘チャンピオンだったんですよ」

 

 その後に、グリフィンドールの寮監で副校長であるマクゴナガル先生が来て、マルフォイを叩いたギルデロイ先生に対し口頭で叱り、学生時代の恩師でもある彼女にギルデロイ先生も低頭で反省を述べた。

 

 

 〇 〇 〇

 

 

「先生は頼りにならない。……父上に……そうだ、父上に報せよう!」

 

 

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「オーッ、素晴らしい、ウィーズリーさん! これほど見事な浮遊呪文を一発で成功させたのは、去年ではグレンジャーさんだけでした!」

 

 『妖精の魔法』のクラスで、ジニー・ウィーズリーは、フリットウィック先生から拍手を送られ絶賛される。

 ここ最近、人が変わったように上達した杖捌きを隣で見てきたコリンも目を輝かせていて、思わずカメラのシャッターを切ってしまうくらいで(授業中なので先生に叱られた)、クラスも称賛する。

 ウィーズリー家の末妹ジニーは、『ハーマイオニーの再来か!?』とも称されるほどの評判だった。

 四男五男のフレッドとジョージが悪戯番長で悪目立ちしているけれども、ウィーズリー家は、長男ビル、次男チャーリー、そして、監督生で首席最有力候補の三男パーシーもみんな成績が優秀(六男のロンもここのところ成績を上げてきている)。

 “血を裏切る者”と蔑まれようとも純血で、魔法族として優秀なウィーズリー家の末妹も優等生なことは特に不思議がられることはない。ホグワーツにやって来て最初のころは調子が悪そうだったけれども、すっかりと慣れた今は魅力的な笑みを浮かべて、授業で好成績を収めている、一年生の人気者(スター)になっていた。

 

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 ――絶好調だ。

 “変な悪夢”を見てからだけど、それからは何事も順風満帆の日々。

 そう、この“指輪”を嵌めるようになってから、とても頭が冴えて、授業の覚えも凄く良くなった。それに、わざわざ人気が殺到しているギルデロイ先生に頼らなくたって、私には“彼”がついてるから、いつでも相談できるし、勉強だけでなく色んなことも教えてもらった。皆からも凄い凄いと褒められるばかり。

 この調子でいけば、この前の寮対抗戦でも活躍したハリー・ポッターに振り向いてもらえるようになるかもしれない――

 

「ふふ、本当に素敵な贈り物をありがとう、トム」

 

 ひとり中庭で、翳した右手の人差し指に嵌めてる指輪を見て、私は微笑む。

 とても綺麗。サファイアのような楕円形の石が嵌め込まれていて、リングの形状も鷲が翼を広げているようなデザイン。こんなに綺麗な指輪だけど、“彼”から『あまり人前に出さないように』と注意されているので、普段は紐を通して首に提げて服の内にしまっている。

 本当は誰かに見せびらかしたいって思うこともあるけれど……家は貧乏だし、誰かのを盗んだと疑われるかもしれない。きっとパーシー兄さんに見つかったら、“朝、起きたら枕元にあった”なんて本当のことを言っても聞いてくれないだろうし、没収するに違いない。

 それは絶対に嫌だ。

 

「……ジニー?」

 

 うっとりと指輪を眺めるのに夢中になっていたからか、気づくのが遅れてしまった。

 一冊の本を抱えたその少女は、ルーナだった。家が近所で、学校に通う前から知り合いだった。よく変なことを言うので、周りから敬遠されてるみたいで、レイブンクローの中でも孤立してる。当人はそんなことあまり気にしてないようだけど。

 

「その指に嵌めてるの、どうしたの?」

 

 見られてた……! 咄嗟に私は手で指輪を隠そうとしたけど、少し考えてやめた。

 

「ルーナも見てみる、私の指輪」

 

 “彼”の忠告もあったけど、その時の私は他人と感動を共有したい気持ちの方がちょっぴり勝った。心配だったけど、ルーナは独りだし、言ってることも誰も信じてくれないし、教えたって大丈夫だろう。

 ルーナは私の指に嵌めた指輪を、その大きな目で、瞬きせずにじっと見る。しばらくして私は感想を求めるように『どう?』と訊いたら、ルーナから頓珍漢な答えが返った。

 

「ジニー、これ指輪じゃない。髪飾りだよ」

 

 何言ってるのこの子?

 呆れたけれど、ルーナの性格を知っている私は、もう一度指輪を見せながらよく言い聞かす。

 

「ルーナ、これは指輪よ。こんなサイズじゃとても頭に乗せられないわ」

 

「違うよジニー。私、いっつも寮で見てるもン。これは、レイブンクローの髪飾り。ほらここに『計り知れぬ叡智こそ、我らが最大の宝なり!』って書いてある」

 

 そしたら、ルーナは指輪の輪の所を指差し、注目させた。

 ルーナは目立つ青い宝石ではなく、その輪に刻まれた、傷としか思えない凄く小さな文字を読み取っていたのだ。

 

 ――まずい。

 

 脳裏に、聞き覚えのない男の人の声が聴こえた気がした。

 

「ねぇ、ジニー。それを付けるのはあまり良くない。ううん、絶対に良くないと思うな。外して、先生に渡すべきだよ」

 

 だめ! 待って! お願い()めて! と私がルーナを()める前に、私の意識はそこで暗転した――

 

 

 〇 〇 〇

 

 

 ルーナ・ラブグッドが死んだように石になっていたのを発見され、医務室に横たわっているというニュースは、瞬く間に学校中に広まった。

 事件現場で第一発見者が見たのは、目を大きく見開いたルーナの石像に、その目の前に大きな雪男の石像……これは、ルーナの教科書である『雪男とゆっくり一年』から投影された幻像が、石になったのである。私はそんな石像(ゴーレム)として実体化する機能など飛び出す絵本につけていない。これは、襲撃者の能力なのだろうか。

 運悪くも第一発見者の(しかも騒がし屋のポルターガイスト・ピーブスに煽られた)ハリーに容疑がかけられて、校長室へと連行されてしまったみたいだけれど、ダンブルドア先生はちゃんと彼が犯人『スリザリンの継承者』ではないとわかっている。ルーナとの関係性がまったくないことから事件の関与は低いと生徒たちにも広まっているけれど、それでもハリーを疑っている者はいるだろう。事前に蛇語・蛇舌について教えておいて良かった。

 

 そして、ルーナのご両親は魔法族で、魔法が使えないスクイブというわけでもない。――なのに、襲われた。

 この報は、純血主義のスリザリンにも少なくない衝撃を与えた。“『秘密の部屋』が開かれても、マグル生まれでないなら、スクイブでなければ、スリザリンの怪物に襲われない”という根拠のない安全神話は崩されたのだ。

 

 さらにこの事件はダンブルドア校長が情報封鎖をする前に、『日刊予言者新聞』に掲載されてしまった。一生徒からのタレコミをネタに、リーター・スキーターが記事を書いた。あの女史は、相手をこっ酷く中傷するのが大得意だ。私も一度お世話になっている(その後、私のファンからスキーター女史は大バッシングされ、大変な目に遭ったらしい)。

 無差別に襲い掛かってくる怪物が校内を徘徊している噂が世間に知れ渡り、おかげで今年のクリスマス休暇は居残り組がほとんどいない。皆避難しようと実家へ帰っている。下手をすると最悪、『スリザリンの継承者』なんて物騒な存在がいるホグワーツへは行かせないという親も出てくるかもしれない。

 

「……ハグリッド、鶏小屋に一匹もいなくなってしまっているけれど、全部チキンにして食べてしまったのかい?」

 

「うんにゃ、今学期になってからいつの間に鶏が()られるようになってな。キツネか『吸血お化け』の仕業だろ。この前、ダンブルドア先生に許可を貰って結界を張ったところだ」

 

 死体は全部食っちまったけどな、と豪快に笑うハグリッド。

 この最近スーツケースを持ち歩くようになった私は、『禁じられた森』の近くに建てられた森の番人ハグリッドの小屋にやってきた。どでかい手でたっぷりとお湯(だけ)を入れたビックサイズのマグカップを、あわや客人(わたし)にぶっかけかけるというドジっ子な同僚と単にお茶をしに来たわけではない。

 

「ハグリッド、君はもうこのホグワーツにいてどのくらいになるんだい?」

 

「そうだなぁ。40年に入学してるから、もうかれこれ五十年以上になるなぁ」

 

 しみじみと語るハグリッド。

 彼は、かなり長い事このホグワーツにいる。そして、怪物好きだ。これは本当にどうしようもないというか、一年前にもドラゴンを飼おうとしてハリーたちに大変迷惑をかけたようだ。そんなハグリッドだからこそ、“過去に起こったというこの事件”も何か知っているのではないだろうか……と思い、話を訊きに来た。

 

「ハグリッド、単刀直入に訊く。――再び開かれた『秘密の部屋』について、何か知ってることはないかい?」

「俺はなんもしちゃいねぇ!」

 

 即答、だ。

 和やかに世間話をしていた時とは一変し、声を荒げて否定する。しかし、わかりやすい態度には私としてもどうしたものかと悩んでしまう。

 

「ハグリッド、私はただこの事件について調べているだけで、ハグリッドが犯人だとは思っちゃいない。……わかるだろう? このまま対策を打てなければホグワーツは存続すら危ういことが。それに生徒たちも危うい」

 

「………」

 

 今このホグワーツに漂う危機感を彼も共有できているはずだが、だんまりを決め込まれてしまう。

 私はチラリと彼の傘を……先端に杖が取り付けられたそれを見てから、

 

「それは、君の杖が折られて、ホグワーツを退学となってしまったことと関係があるのかい?」

 

「…………俺は、何もやってねぇ」

 

「ふぅ……わかった」

 

 席を立つ。踏み込むのは無礼になるのがわかった。おっちょこちょい過ぎるところはあるが、彼は友人だ。話したくないことがあれば、それは仕方がない。

 

「失礼するよ。お茶、今度はちゃんとティーバッグくらいは淹れてくれよ。流石にお湯では味気ない」

 

「ま、待ってくれ!」

 

 小屋を出ようとしたところで、ハグリッドが呼び止めた。

 

「お前さんは……俺の事、本当に疑っちゃいないのか?」

 

「これまで君には非常に迷惑を掛けられているけれども、だからといって、君の人格を見誤ったりはしないよ」

 

「そうか……そうだな……ギルデロイは“あいつ”とは違う。話は聞くし、人に慕われてっけども、お前さんは苦労しちょるからなぁ」

 

「勝手に納得されてもよくわからないが、そう思うなら、あまり迷惑を掛けないように努力してほしいね、ハグリッド」

 

 ハグリッドは“過去の誰か”と私を比べるようにどこか遠い目をすると、深く溜息を吐いて、念押しする。

 

「ギルデロイ、俺はあの時、何もしちゃいねぇし、殺しちゃいない。それだけはわかってくれ」

 

「その前置きは必要かい」

 

 重い口のハグリッドにあえて軽口で返してみれば、ふっと笑う。ぎこちないけれども。

 

「俺がホグワーツを退学した理由は、知っちょるか?」

 

「いいや……つまりは、この事件にはハグリッドも関わっていたってことでいいのかな」

 

「……俺は、学校で怪物を飼っていた。アラゴグっちゅうアクロマンチュラなんだが」

 

「ちょっと待て。君、それ、M.O.M.分類で規定五越えのXXXXXXに指定される危険生物じゃなかったか」

 

 思わず突っ込んでしまった。

 口を挟まずに聴く姿勢だったけど、ちょっとこれは無視できない。

 

「卵も魔法生物管理部の取引禁止品目のAクラスで、普通じゃ手に入らない……流石に私もホグワーツでアクロマンチュラが飼われているようなら問題視しますよ」

 

「ホグワーツにゃもういねぇ! 今は禁断の森の奥で家族と棲んどる」

 

「実験飼育禁止令も出されてると思うのですが……繁殖に成功してるんですか?」

 

「う。ま、まあ……独りじゃ寂しいだろ。だから、アラゴグの時と同じ伝手(ルート)で、相手を見つけてきてやった。モサグっちゅうんだ」

 

「ホグワーツに森の番人に罰則を与えられる校則がなかったのを残念に思います。ハグリッド……趣味とは人に迷惑を掛けないのがマナーですよ」

 

 『禁じられた森』の危険度が自分の中で上方修正された。絶対に生徒は迷い込ませてはダメだ。

 

「“あいつ”に育ててたのをばらされて、女子生徒を殺したって濡れ衣を被せられたけど、トイレになんて行かせていない。ずっと物置で、箱の中に入れていた! アラゴグは賢いし、俺の言葉もわかる。人間の言葉も喋れるんだ。鋭い鋏や猛毒を持っちょったが、約束してくれた。俺への名誉にかけて絶対に人を襲わないってな」

 

「襲うのは種の本能だと思いますが……しかし、ハグリッドは、セストラルにふくろうを襲わないようしっかりと躾けられるだけの手腕があります。それを信じるとしましょう」

 

「……それに、アラゴグは言っておった。城の中に太古の生物が動き回ってる。蜘蛛の仲間が何よりも恐れる気配を感じる。だから、ホグワーツから出たいと必死に頼まれた。俺もそいつが何かと何度もアラゴグに聞いたんだが、その恐ろしい生物は名前を口にするのも嫌みたいでな。教えてもらってない」

 

 ふむ。

 アクロマンチュラについてはとりあえず棚に上げるとしよう。そうしないと話が進まない。とにかく、ハグリッドはアラゴグ(アクロマンチュラ)を、外部から持ってきた。これは城の中に生息するという『スリザリンの怪物』には当てはまらない。そもそも、予想しているのはヘビでありクモではない。

 

「……だいぶ、情報が絞り込めてきましたね」

 

 トントンとこれまでの情報を整理するようこめかみを指で叩いたとき、戸を大きく叩く音がした。

 

「こんばんは、ハグリッド。それに、おお、ギルデロイもいたのかね」

 

 ノックしたのは、ダンブルドア先生であった。今はホグワーツ校長として学外への対応に追われているはずの先生は、深刻そのものの顔で小屋に入ってきた。

 

「ダンブルドア先生、ハグリッドに用件があるのなら、私は席を外しましょうか?」

 

「いいや、居てくれて構わんよ。のう、ファッジ」

 

 先生の後ろからもうひとり男が入ってきた。

 背の低い恰幅の良い身体にくしゃくしゃの白髪頭。悩み事があるような顔をしていて、全体的に頼りなさそうな雰囲気である。

 でも、彼は、私達の魔法界を取り仕切る魔法省のトップである。

 

「これはこれはコーネリウス・ファッジ魔法省大臣ではないですか! マーリン勲章受章式以来です」

 

「おお、ロックハート君かい。君がホグワーツで働き始めたのは話に聞いてたよ。随分、好評なようだね」

 

「ハハ、生徒が皆優秀な子たちばかりですから」

 

「ギルデロイはとても有能な教師じゃよ。一年目とは思えんほど教えるのがすこぶる上手い」

 

「そうか。そうだね。……しかし、ドローレスが何度も魔法省に来てくれないかと打診してるのに、ホグワーツに引き抜かれるとは……」

 

 スリザリンのアンブリッジ()()からのラブコールは、とてもしつこい。粘着質である。フィッグ家に居候させてもらうまで、どれだけ住居特定されたことか。スネイプ先輩といい、スリザリンはねちっこいのが多いのか?

 魔法省からは、卒業後に忘却術師にぜひ来てほしいとスカウトされたし、歴戦の『闇払い(オーラ)』から後継として鍛えてやるから来いと義眼で凄まれたりしたが、この体質(ほくろ)上、あまり人前に立つ必要のない物書きの仕事が性に合っている。今は教師をやっているけれども。

 

「それで、ここにどんな用ですか、ファッジ魔法大臣」

 

 にこやかに問う。問うまでもなく、急に顔を蒼褪めて汗を掻き始めるハグリッドの様子から大まかに予想はついている。

 ファッジはぶっきらぼうに、ハグリッドへ言う。

 

「状況はよくない。ハグリッド。すこぶるよくない。来ざるをえなかった。魔法族の子がひとりやられたのは事実。本省が何かしなくては収拾がつかない」

 

「俺は、決して……ダンブルドア先生様、知ってなさるでしょう。俺は、決して……」

 

 口調が、変な尊敬語となってしまうほどに狼狽えているハグリッド。ダンブルドア先生は眉をひそめてファッジへ抗議する。

 

「コーネリウス、これだけはわかってほしい。わしはハグリッドに全幅の信頼を置いておる」

 

「しかし、アルバス。ハグリッドには不利な前科がある。魔法省としても、何かしなければならん――学校の理事たちがうるさい」

 

「コーネリウス、もう一度言う。ハグリッドを連れて行ったところで、何の役にも立たんじゃろう」

 

 校長の青い瞳に、激しい炎が燃えている。

 私も魔法省大臣を見る目は厳しいだろう。十分な捜査もしないまま冤罪にしている、その二の舞にしようというのだから。

 

「私の身にもなってくれ」

 

 ファッジは山高帽をもじもじと弄り、言い難そうにしていても、主張を曲げない。

 

「プレッシャーをかけられてる。何か手を打ったという印象を与えないと。ハグリッドではないとわかれば、彼がここに戻り、何の咎めもない。ハグリッドは連行せねば、どうしても。わたしにも立場というものが――」

 

「俺を連行? どこへ?」

 

「短い間だけだ」

 

 言いながら、目を逸らすファッジ。

 

「罰ではない。ハグリッド。むしろ念のためだ。他の誰かが捕まれば、君は十分な謝罪の上、釈放される……」

 

「まさかアズカバンではないですよね、ファッジ魔法大臣?」

 

 震え上がって声もかすれてしまうハグリッドに代わって、追及する。

 だが、ファッジが答える前に、また戸が叩かれる。今度は激しく。

 ハグリッドがこの小屋の家主であるも、アズカバン行きの宣告に蒼白になっている。ここも代わって、私が戸を開けると、そこには、ホグワーツの理事がひとり、ルシウス・マルフォイがいた。

 ルシウス・マルフォイは、私の顔を見て、驚いたように目を大きくさせる反応を見せるも、すぐに冷たくほくそ笑んだ。

 

「もう来ていたのか。ファッジ。よろしい、よろしい……」

 

 大股で闊歩して小屋へ踏み入るルシウス・マルフォイにハグリッドは不快感を露にする。

 

「何の用があるんだ? 俺の家から出て行け!」

 

「威勢がいいね。言われるまでもない。こんな家とも呼べない中にいるのは私とてまったく本意ではない。ただ学校に立ち寄っただけなのだが、校長がここだと聞いたものでね」

 

「それでは、一体わしに何の用があるというのかね? ルシウス?」

 

「酷いことだがね。ダンブルドア」

 

 ルシウス・マルフォイは、長い羊皮紙の巻紙を取り出して、物憂げに言う。

 

「しかし、理事たちは、あなたが退く時が来たと感じたようだ。ここに『停職命令』がある――十二人の理事が全員署名している。残念ながら、私ども理事は、前々から勧告をしてあったにもかかわらず、あなたが現状を掌握できていないと感じておりましてな。魔法族の子が襲われたそうですな? それが学校にとってどんなに恐るべき損失か、我々すべてが承知しておる」

 

 ・

 ・

 ・

 

 ダンブルドア校長先生がホグワーツから退くのに百害あっても一利もない。

 この理事会からの『停職』には、魔法省大臣も大慌てだ。最高峰の魔法使いでさえ食い止められなかった事態を、一体誰に任せることができるのか。

 ハグリッドもルシウス・マルフォイを恫喝せんばかりに睨む。当然だ。ダンブルドア先生がいなければ今度は“殺し”になるかもしれない。

 そんな中で、ダンブルドアは、理事会の要請を受けた。

 

「理事たちがわしの退陣を求めるなら、ルシウス、わしはもちろん退こう」

 

 ハグリッドとファッジから否定の声が上がる。

 ダンブルドア先生は、ルシウス・マルフォイを見据えて、こう続ける。

 

「しかし、覚えておくが良い。わしが本当にこの学校を離れるのは、わしに忠実なものが、ここに一人もいなくなった時だけじゃ。覚えておくが良い。ホグワーツでは助けを求めるものには、必ずそれが与えられる」

 

「あっぱれなご心境で。アルバス、我々は、あなたの――あー――非常に個性的なやり方を懐かしく思うでしょうな。そして、後任者がその――えー――“殺し”を未然に防ぐのを望むばかりだ」

 

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 意気揚々大股で出て行ったルシウス・マルフォイに続いて、ファッジが山高帽を弄りながら小屋の外に出て、ダンブルドアが私と目を合わせて、ひとつ頷いてから、私をハグリッドと二人きりにしてくれた。

 

「ギルデロイ……俺のいねえ間、ファングに餌をやってくれ」

 

「ああ、ハグリッドがいない間は私がファングの面倒を見よう。そう長い間ではないだろうけど、代わりに向こうでもし犬にあったら、本の感想を聞いてきてくれないか」




誤字修正しました! 報告してくれた方、ありがとうございます!

ロックハートがマルフォイを叩いた場面ですが、ヒートアップした状況で、一気に目を醒まさせる周囲へのアピールでもありました。原作でも酷い暴言を吐いたマルフォイは袋叩きの目に遭いましたから、一発叩いて、けじめをつけさせるくらいしか事態を収拾させる方法が思いつかず……無論、叩いたのは個人的感情もありましたが、ケナガイタチにするよりは温厚かな、とも思ってました。
しかし彼の人気についての配慮は足りず、気に障る表現で申し訳ありません。


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