私は誰でしょう? 作:岩心
ハリーの蛇語によるヘビの操縦法から、バジリスクは蛇語で指示されるものと推定する。
よって、『マフリアート』でバジリスクに耳塞ぎ呪文をかけて雄鶏の鳴き声を防ぐわけにはいかず、また『シレンシオ』で黙らそうとしても逆に数を増やして鳴くようプログラムされた天邪鬼な『ぐんぐん増える軍鶏』は至極厄介だろう。
また先程の扱っている呪文から推察するに、ジニーの身体では、ヴォルデモート本来の力を発揮できていない。魔法界を支配した全盛期には劣る。
これは、小手調べと時間稼ぎだ。
五十年前でも『闇の帝王』。すぐに小細工を打破してしまうだろう。そして、一度披露した手は二度も通じない。
「先生! トム・リドルはどうするんですか! ジニーはまだあそこに!?」
「声が大きいですよ、ハリー」
壊れた“移動用”の銃身を外し、もうひとつの銃身と取り換えながらハリーを窘める。
「落ち着きなさい。今のジニーに一刻の猶予もないのは私もわかっています。だからこそ、冷静に。世界各地を冒険した魔法動物学者、かのニュート・スキャマンダーは、時にヤカンで魔法生物を撃退した。私はおそらく彼よりも手札は揃っている。その切り方次第で状況は打開できる」
銃身を交換したコンテンダー銃に、特注の銀弾を一発装填。
「ハリー……私は、ここで君に逃げてほしい。正直に言って、杖のないハリーは足手纏いだ」
グリフィンドール生にこのセリフを言えば、ほぼ確実に反感を買う。
しかし、ハリーも馬鹿じゃない。自身の軽率な行動がこの状況を招き、また私の言葉はこの上なく正しいからだ。
杖があってもジニー(トム・リドル)にあっさりとやられた。そんな
唇を噛んで、拳が震えるハリーの頭の上に手を置く。納得のいかない様子の教え子を諭すかのように言葉を続ける。
「なあ、ハリー、そんなに気負わなくても良い。なにもこの『秘密の部屋』がハリーにとって人生最大の見せ場というわけではないだろう?」
「何を――ッ……!」
過去の記憶とはいえ『闇の帝王』。それと対峙する機会が一世一代の大勝負でなくて何なのだ。と言い返したいだろう。
けれど、まだ早い。
「いずれ君がなりたい者になる時こそ、己のための戦いに挑むべきだろう。命を懸ける戦いに赴くなど、もっと自分を見定めてからでも遅くはない。私も、魔法戦争時代で今の君と同じ思いをしたが、それでもこのホグワーツを卒業するまでは己の戦場を求めたりはしなかった」
「……でも、僕は!」
頭の上に置かれた私の手を振り払って、ハリーは私を見る。その緑色の瞳で。
「僕は……あいつから……ヴォルデモートから、逃げちゃいけないんだ! ……去年、ダンブルドア先生は僕に、ヴォルデモートと対決するチャンスを与えてくれた! だから……これは戦うべきなんだってダンブルドア先生は言ってるんだ!」
ダンブルドア先生……。
ハリーが去年、クィレルに取り憑いたヴォルデモートと対決したと話を聞いた時から思っていたが、あの人は彼をどうしようとしているのだ?
教え、育み、そして、話を聞く限り、ヴォルデモートとの宿命を植え付けようとしている。
『闇の魔術に対する防衛術』の教授を受けようと最初に決めたのも、ダンブルドア先生に不安を抱いたからだ。子供にこんな大人の魔法使いでさえ困難である無茶な真似をさせようと仕向けている……そんな疑惑を今の私は抱いている。
ジェームズ先輩、リリー先輩、二人はハリーをヴォルデモートと戦わせるために命懸けで戦ったのではない。生まれてくる我が子を、闇の脅威にさらさせないために、あの魔法戦争で勇敢に闇の陣営と杖を交えたのだ。
そして、私はハリーを
なのに、これでは…………報われないではないか。
「……仕方がない。冷静に考えてみたがここからの脱出経路がわからない以上、君から目を離すのは危うい。一日に二度も勝手をされてはたまらないからね」
戦わせたくなどないが、いくら私がそう望もうとも、ハリーは戦わせられる……私が目を離した途端に、どこからか不死鳥が武器を持って飛んでやってくる、そんな予感さえする。
ならば、ここは、ハリーを……戦わせるしかない。
「ただし、ひとつ交換条件がある。聞いてくれるかい、ハリー」
〇 〇 〇
教授に連れられ、ハリー・ポッターが、逃げた。
バジリスクを煩わせる邪魔な置き土産は、すべて処分したがなかなかに手古摺らされた。
「『こんなのが『闇の魔術に対する防衛術』の教授とはがっかりだ。ホグワーツの教育も程度が知れるな』」
時間は稼がれたが、意味はない。
どうせこの蛇語を開閉のキーとする『秘密の部屋』から逃げられはしないのだから。
「『バジリスク、ネズミ狩りの時間だ』」
埃っぽい床をズルッズルッと、何かを引きずる音。これはバジリスクがそのずっしりした胴体を滑らせる音だ。
そう、音源はこの巨大なる蛇。この生き物はてらてらと毒々しい鮮緑色の、優に六メートルはある樫の木のように太い胴体をくねらせ、その巨大な禍々しい牙を生やした鎌首をもたげさせるのだ。
特にサーベルのように長く鋭い毒牙は、魂をも冒す猛毒。その魔眼は、視線を合わせた者を即死させる。毒蛇の王バジリスク。サラザール・スリザリンの怪物。
あの雄鶏の小細工に対処するために、
ヘビの彫り物がされた柱の間を進んでいき、やがては行き止まりの扉に……
「『開け』」
低く幽かなシューシューという音。それが、
偉大なるスリザリン様ご自身以来、ホグワーツに入学した生徒の中で僕だけしか話せないはずの、蛇語だ。
まさか! そんなはずが……!
走って駆け付ければ、二匹の蛇が絡み合った彫刻が施された固い壁……この『秘密の部屋』の出入り口が、開けられていた。
不快だ。
ハリー・ポッターとギルデロイ・ロックハート、どちらが蛇舌なのかはわからないが、どちらであろうとこのヴォルデモートに歯向かった人間が、蛇語を使うなど、きわめて不愉快だ。
「『急げ。奴らを逃がすな』」
だが、それ以上にここから出られる。逃げられる。その可能性が僅かに出てきた。それは許せるものではない。
『秘密の部屋』を出ると、暗くじめじめとした石造のトンネル。ここから正しく行ければ、三階の女子トイレの出口にまで辿り着けるだろう。しかし僕以外の存在に、この迷宮の如きホグワーツの地下水道の土地勘があるはずがない。
きっと迷って、上手くいかないはずだ。
それに、この墓場のように静まり返った地下水道には、そこかしこにバジリスクが食い散らかした残骸がある。そこらに落ちているネズミの頭蓋骨を踏まずに歩くことはできない。だから、奴らがどこへ行ったのかすぐにわかる。
「『逃がさないぞ、ハリー・ポッター、ギルデロイ・ロックハート』」
骨が踏み砕かれた足跡を辿り、進む。
少しずつ、少しずつ獲物を追い詰める。この感覚に思わずニヤリと笑ってしまう。楽しんでしまう。
ドン! と向こうから爆発音。
トンネルの天井から大きな塊が雷のような轟音を上げてバラバラと崩れ落ち、そして、道が塞がれた。今の塊が固い壁のように立ち塞がっている。
きっとこちらが近づいているのに勘付いて、これ以上追ってこれないように手荒い魔法で道を封鎖させたのだろう。
「『無駄なことを……壊せ。獲物はもうすぐそこだ』」
バジリスクが、岩石の山のような障害を体当たりして突破する。
開けた空間、そして、その先で見つけた。こちらに背を向け、逃げる二人の姿を。
「『あいつらを殺せ。バジリスク』」
向こうも当然、こちらに気付く。
メガネの少年……ハリー・ポッターが、後ろ手にさっきの赤い紙飛行機をバジリスクへ投げ飛ばした。
「『同じ手が二度も通じると思うな。『マフリアート』!』」
先程とは違い、既に命令はした後だ。
バジリスクに耳塞ぎを掛けて、うるさい雄鶏の妨害から防音処理する。バジリスクは命令通りに二人を襲う。
「ハリー、下がって!」
まず、教授が前に出た。
しかし、無駄だ。奴が何かをするよりも早く、バジリスクの邪視は、ギルデロイ・ロックハートを石のように固めさせ、呆気なく絶命させた。
「先生!?」
けたたましく雄鶏が泣き叫ぶ中でも、ハリーの悲痛な叫びは聴こえてくるようだ。
「『これで有名なハリー・ポッターもお終いだ』」
終わってしまえば呆気ないものだ。
僕はうるさい雄鶏どもを黙らせながら、最終通告をする。
「『愚かにも挑戦した闇の帝王に、ついに敗北して、もうすぐ、『穢れた血』の恋しい母親の元に戻れるよ、ハリー……。君の命を、十二年延ばしただけだった母親に……しかし、ヴォルデモート卿は結局君の息の根を止めた。そうなることは、君もわかっていたはずだ』」
そして、ハリー・ポッターは、バジリスクの即死の眼光を放たれ――――――石になった。
〇 〇 〇
自伝『私はマジックだ』の原本を飛び出す絵本にした……ギルデロイ・ロックハートの幻像であるとはいえ、自分の姿をしたものが石にされたのを見るのはあまり気分がよろしくないものだ。
「とはいえ、作戦は成功だ」
『七変化』でハリー・ポッターに化けていた私こと、本物のギルデロイ・ロックハート。服装を制服に変える変身術も学生気分を満喫するために開発してある。
そして、まんまと追い詰められたハリー少年を演じた私は、『どんどん増える軍鶏』から耳塞ぎをされたため蛇語による攻撃中止ができなくなったバジリスクから目を向けられたその寸前に、
敵意を向けて放つバジリスクの眼光は、拡大呪文で身を隠すほど大きな盾となった時計に遮られ、そして、時計の機能のひとつである『敵鏡』に映ったバジリスクの視線がバジリスクを射抜いた。
まさに、ギリシア神話の怪物メドゥーサを嵌めた鏡の盾のように。
そう、バジリスクにも『鏡に映った自らの眼光を浴びて石になってしまった』なんていう伝承も残されている。
「怪物を相手に礼儀作法は教えられないのでね」
自滅し石になったバジリスクへ、私は変身を解いて本来の姿に戻りながら弾丸装填済みのコンテンダー銃の照準を合わせる。
「これは決闘ではなく誅伐だ」
この弾丸は、石にされた私の教え子の分だ。
「『っ! やめろ! 『プロテゴ』!』」
ジニー(トム・リドル)が咄嗟に、バジリスクへ魔法の防護障壁を張るが、それは悪手だ。
“攻撃用”の銃身から放ったのは、魔法を弾く銀の弾丸。
使われているその魔法銀は、義手として使えば、“装着者の意に反して術者の命で自害させてしまう”なんていうプログラムが組むことができ、また大概の魔法効果を弾くという素材。咄嗟に張った『盾の呪文』程度では阻めずに貫通する。
そして、石になったバジリスクの頭蓋に着弾。同時、『煙突飛行紛』を詰めた徹甲弾は炸裂。
轟音と共に噴出した緑色の炎が、バジリスクを呑み込む。
魔法銀に“着弾した対象にどこにもない“向こう側”へ飛ぶ”ように叫ばせる(『吼えメール』と同じく自動音声)……つまりは必ず煙突飛行が失敗するようにプログラムされた特注の徹甲弾は、対象を“ばらけ”させる。
ぎゅるん、と緑炎が逆巻くように空間が一瞬圧縮されたその次の瞬間。
瞬間転移を事故った『スリザリンの怪物』の頭部は、ごっそりと抉られ、この地下空間の染みになった。
〇 〇 〇
「バジリスク!?」
先生が『スリザリンの怪物』バジリスクを倒した!
ジニーに取り憑いたトム・リドルが大口を開けて唖然としている。わなわなと怒りに震え、そして、僕の杖を先生に向けた。
そうはさせない。
先生に姿が透明になる『目くらましの術』を掛けられた僕は、途中から別れて脇にじっと息を潜めて控えていた。
全てはこの瞬間のため。
僕が今手に握るのは、サクラとドラゴンの心臓の琴線、22.5センチ、わずかに曲がる杖……腕時計と交換で貸してくれたギルデロイ先生の杖だ。
先生がくれたこのチャンス……僕は先生の杖を振るって、無言呪文で『武装解除の呪文』の赤い閃光を、ジニーが振り上げた僕の杖に向けて放った。
「『っ、ハリー・ポッター!』」
完全な不意打ちで、『スリザリンの継承者』は、無防備になった。
そして、トム・リドルがジニーに、彼女自身の杖を取らせるよりも早く、先生は目元下の頬を引っ掻いた。
〇 〇 〇
この妖精に与えられた『愛の黒子』は、ヴィーラ以上の性質をしている。
異性であれば輝く貌を視界に入れただけで目を離せなくなり、魅了されてしまう。
「トム・リドル、君は“その気になれば誰でも篭絡ができる”と言ったがね。私は“注意をしないとその気がなくとも女性を骨抜きにしてしまう”」
効果を抑制する軟膏を剥がし、
『愛の黒子』を解放した私から、女性の身体は本能で、目が離せなくなる。そして、杖のない魔法力の抵抗できない状態で目の当たりにしてしまえば、骨抜きにされたように体の自由は失う。
弱点になるまた自由に動けない日記から、指輪(髪飾り)を基点にジニーの身体に依り代を移したトム・リドル。しかし、
これで、ジニー・ウィーズリー……トム・リドルは、しばらくは動けなくなるだろう。
「先生! これで、ジニーを助けられたんですね!」
弾んだハリーの声。命をかけた戦いに勝って、嬉しいのはわかる。
でも、まだ全部終わっていない。
・
・
・
「……ハリー、ジニーは救えない」
「え……」
固まるハリーに、私は解説を続ける。
「トム・リドルの日記、そして、レイブンクローの髪飾りには、ヴォルデモートの分断された魂が収められている。そういう魂の一部を隠されたもののことを、ホークラックス、『分霊箱』という。これは、闇も闇、真っ暗闇の術だ。詳しくは……そうだね、後に説明されるだろう」
レギュラス・ブラックの遺書から調べ始めたが『分霊箱』を知るのにとても時間がかかった。そして、その特性を知った私が見つけ出した『分霊箱』を祓う呪文は……
「その二つの『分霊箱』に侵されたジニーの魂は、ヴォルデモートに浸食されている。今や彼女の身体は二つの分断されたヴォルデモートの魂が再結合した器……『分霊箱』となっているだろう。そして、『分霊箱』となったものを破壊するには、たとえば『悪霊の火』という業火で焼き尽くす。しかし、これでは器になった者もただでは済まず、ジニーは死ぬ。だが、このまま放置してもヴォルデモートの魂に染められ、ジニーの魂は死ぬ」
ハリーは、言葉を失う。
もうこの状況は詰んでいるのだと、ヴォルデモートに勝とうが、既に自分たちは負けている。
そう言ったも同然なのだから。
「普通、ならね」
蒼白な面持ちのハリーへ、私はふっと笑みを零す。
「ハハ、言っただろう。私は涙を流すつもりはない。つまりは、誰も死なせはしないということだ」
「先生!」
目を瞑る。
これまでの事を走馬灯のように記憶を甦らせ……ここが私の正念場なのだと悟った。
「ハリー、私の杖を返してくれないか」
「はい……」
ハリーは貸した私の杖を返そうとして、寸前で躊躇った。
「どうしたんだい、ハリー?」
「あの、先生……いえ、何でもありません。どうぞ」
ハリーは持ち直して、両端に手を添えて丁寧に渡された杖を私はしっかりと受け取る。
……敏い子だ。これからするのは、君の母親と同じ、全身全霊で放つ魔法だ。
「ハリー、ここを出た後、私の書斎机に、“私の呼び名”を唱えなさい」
背中を見せる。
最後まで格好良くあろう。この姿を、彼に強く憶えてもらうために。
「そして、我が一世一代を見届けよ。……ハリーの母が、君にどんな想いで護りの魔法を授けたのかを。きちんと思い出せるように」
全身全霊……つまりはこの決死の覚悟に気付いたハリー。
しかし、彼には杖を渡された直後に、金縛りの呪いをかけた。動きを封じられた彼は、ただ見るしかできない。
ギルデロイ・ロックハートが、一人の少女を救うために、初めて見せた、杖を振るうその姿は、一人の少年に強く刻まれることになる。
「『
全身全霊を賭して放つのは、完全なる忘却の術。
どんなに強力な魔法使いでさえも忘却させる。“向こう側”へと逝ってしまったように中身を……記憶を失わせる。そう、完全に。
トム・リドルは言った。僕は“記憶”だと。
であるのなら、『
これが私の出した、“
そして、目が覚めた時、“私”もまたきっと――
〇 〇 〇
脳の記憶野に焼き付くほどの強烈な光が迸って、消えた時、ハリー・ポッターの身体は自由になった。
目が眩んだ視界が回復すると、そこに力なく倒れるギルデロイ先生と、ジニーの姿があった。
「先生! ジニー!」
急いで駆け寄って……二人が息をしていることを確認し、深く安堵した。いやな予感が過ぎったけれど、みんな生きている。
そして、微かな呻き声。ジニーが反応した。慌てて僕はジニーの身を起こす――ちゃんと触ることができた――と、とろんとした目で、意識を失って倒れている先生を見てから、僕に目をやった。途端にジニーは身震いして大きく息を呑んだ。それから涙がどっと溢れた。
「ハリー――あぁ、ハリー――あたし、あたし……! 全部、あたしのせいなの! ルーナ、を襲ったの――あたしがやったの――でも、あたし――そ、そんなつもりじゃなかった。ウ、ウソじゃないわ――リ、リドルがやらせたの。あたしに乗り移ったの――そして――いったいどうやってあれをやっつけたの――あんなすごいものを? リドルはど、どこ? 本の世界に引き込まれて、その後のことは、お、覚えていないわ――」
「もう大丈夫だよ。ギルデロイ先生が、バジリスク、それにリドルも、皆やっつけたよ」
ちょっぴり僕も手伝ったけど、と苦笑交じりに言う。あれはほとんど先生の活躍だった。見せ場を用意してもらったような感じで、でも、僕はギルデロイ・ロックハートの戦いぶりを余すことなく見届けた。
「先生が……」
「うん。あ、すごく無理をしたみたいだから、そっとしておこう。それより、ジニー。ここを脱出する方法を探さなくっちゃ――」
その時、どこからともなく音楽が聞こえてきた。
音楽はだんだん大きくなる。妖しい、背筋がぞくぞくするような、この世のものとは思えない旋律。
毛がざわっと逆立ち、心臓が二倍の大きさに膨れ上がった気がした。やがてその旋律が高まり、胸の中で肋骨を震わせるように感じたとき、すぐ近くのパイプから炎が噴き上がった。
白鳥ほどの大きさの深紅の鳥が、この暗い地下空間に、その不思議な旋律を響かせながら姿を現した。
孔雀の羽のように長い金色の尾羽を輝かせ、鳥は僕たちの方に真っ直ぐに飛んできた。
ずっしりと僕の肩に止まり、歌うのを止めたその鳥に僕の口は自然に動いた。
「フォークスなの?」
名前を呼ばれて応じるように、金色の爪が肩を優しくギュッと掴んだ。
不死鳥フォークス。校長室で見たダンブルドア先生の使役する動物で、教えてもらった。この鳥は、驚くほどの重い荷を運べることを。
そして、僕たちはフォークスに運んでもらって、この『秘密の部屋』からみんな無事に脱出した。
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それから先生は一週間、目が覚めなかった。
オリジナルの魔法が出ましたが、ハリーの母リリーがやった古き護りの魔法の忘却術版だと思ってください。