私は誰でしょう? 作:岩心
ハリー・ポッターに送った手紙が届かない。
連日、ホグワーツからの入学案内をふくろうがご近所さんのダーズリー家のポストに届けるも、家主に阻止される。牛乳配達の卵の中に忍ばせるなどあの手この手でハリーへ手紙を渡そうとするも、魔法嫌いのマグルは徹底してハリーへは読ませない。
魔法学校側も何としてでも、ハリーにホグワーツへ通わせようと手紙を送り続けるも、これでは無意味。もはや強硬手段に及ぶしかあるまい。その方が向こうの家の為でもある。
奥さんも旦那さんも軽くノイローゼになっている。一人息子のダドリーもなぜ両親がそんなに手紙を恐れるのかと戸惑っているようだが、それよりも居候の従弟に二つ目の部屋を使われることに癇癪を起こしている。
そうして、“バーノンとふくろうの三日戦争”をちょっとした小説風に記した手紙をホグワーツへと送ったその翌日、ついに見張り役に学校長からの依頼が届いた。
〇 〇 〇
どうしても僕宛の手紙が欲しい。
分厚い、重い、黄みがかった羊皮紙の封筒。
裏側には、紋章入りの紫色の蝋で封印がしてあり、周りを獅子、鷲、穴熊、蛇で取り囲まれたその真ん中には大きく“H”……一体この手紙はどこから? 誰から?
そんな心当たりはない。学校でも手紙を送ってくれるような友達なんていないし。でも、あれは僕に送られた手紙。切手は貼っていないけど、エメラルド色のインクには、確かに僕の居る場所と名前が書かれていた。
でも、伯父さんと伯母さんに手紙を奪われ、関わることを禁じられる。家中の隙間という隙間、玄関ポストも含めて板張りに釘打ちがされて。でも、僕に手紙を送りたがっている向こうもまた諦めない。
ついさっきも暖炉から数十枚の手紙が雨あられと舞い込んで……それが手紙を掴み取れたチャンスだったんだけど、またも中身を読む前に伯父さんに捕まってしまった。
「これで決まりだ。みんな出発の準備をして五分後に外に集合だ。家を離れることにする。着替えだけ持ってきなさい。問答無用だ!」
籠城した家を出て、手紙の届かない場所へ。
あれほど僕を乗せるのを嫌がった新車で逃避行が始まろうとした、そのときだった。
ドンドン!
釘で何枚も板が打たれた玄関扉がノックされる。家中大量の手紙だらけでてんてこ舞いとなっていたダーズリーたちも、ビクッと肩が跳ねてドアを見つめた。
「ペチュニア! 早く手紙を見えないところへ片付けるんだ!」
切迫した声で唾を飛ばすバーノン伯父さんに、血の気が引いて顔が真っ青になるペチュニア伯母さん。
強迫観念でもあるかのように“まとも”でありたいこの一家、こんな手紙塗れな非常識な家の中を他人になど見られたくはない。もしこれを指摘されればどう繕うのか考えもつかない惨状なのだ。最悪、このプリベット通りから引っ越すことも視野に入れねばならないだろう。
けれど、そんな必要はなかった。
今、家の前にいるのは、“手紙を送り付けている側”の人間なのだから。
ガチャ、と。
ノックをしても反応が返らないのに痺れを切らしたのか、勝手にドアが開いた。
そう、厳重に厳重を重ねて閉ざされていた扉が、である。自ら鍵が解かれ、扉に打たれた釘もあっさりと抜け落ちた。
こんな真似をしても無駄なのだと、ダーズリー家が激しく嫌悪する“非常識”からの降伏勧告であるかのように。
この異常事態に、ダドリーは目を丸くし、伯母さんは金切り声を上げた。そして、伯父さんの行動は早かった。すぐ自室へ引っ込んだかと思うとその手にライフル銃を持って、銃口をドアに突き付けて、叫んだ。
「誰だ。そこにいるのは。言っとくが、こっちには銃があるぞ!」
そして、扉がゆっくりと開かれて……
戸口には、みすぼらしいボロボロの服を着た男が突っ立っていた。髪も肌も鼠色に薄汚れていて、浮浪者のよう。いいや、これは物語で読ませてもらったグールお化けだ。その手入れがまったくされていないようなぼさぼさ頭で、でもその瞳だけは忘れな草と同じ綺麗な青色をしている。
そして、その思わず眉を顰める姿に伯父さんは息を呑んで、その僅かな間に不審な男は指を鳴らした。
パッチン、と。
杖もなく、また呪文も唱えることなく、でも、まるで魔法のように伯父さんの手からライフル銃がクルクルと離れて、指を鳴らしたその手の内に収まった。
バーノン伯父さんは奇妙な声を上げ、今起きたこの現象にペチュニア伯母さんは失神してしまいそう。ダドリーも父から取り上げられたライフル銃が向こうに渡っているのを見て、悲鳴を上げて部屋の奥に逃げて行った。
でも、僕は、怖くなかった。
だって、彼の銃身を鷲掴みに握る手と逆の手には、欲しかったあの手紙を持っているのだから。
「あなたは……誰、ですか?」
「我が名は……スプリガン。そう呼ぶと良い、ハリー・ポッター」
そう言って、スプリガンは僕へ黄味がかった封筒を手渡す。エメラルド色で自分の名前が宛名に書かれているその中身をついに手にすることができた。
『ホグワーツ魔法魔術学校。
校長 アルバス・ダンブルドア。
マーリン勲章、勲一等、大魔法使い、魔法戦士隊長、最上級独立魔法使い、国際魔法使い連盟会員。
親愛なるポッター殿。
この度ホグワーツ魔法魔術学校にめでたく入学を許可されましたこと、心よりお喜び申し上げます。教科書並びに必要な教材のリストを同封いたします。
新学期が九月一日に始まります。七月三十一日必着でフクロウ便にてのお返事をお待ちしております。 敬具。
副校長ミネルバ・マクゴナガル』
頭の中で、まるで色とりどりの大小さまざまな花火が弾けるように、次々と疑問が浮かぶ。一体何なんだこれは? ありのままを呑み込むのにも時間がかかり、時計の針が二、三周するくらいの時間をかけて、やっと口を開くことができた。
「これどういう意味ですか? 魔法魔術学校って」
「ハリー・ポッター。お前は」
「止めろ! 客人。絶対言うな! その子にこれ以上何も言ってはいかん!」
伯父さんは狂ったように叫び、伯母さんの顔は恐怖で引き攣る。でも、構わずにスプリガンは言い切った。
「魔法使いだ」
その一言で、家の中から音はなくなった。これは魔法ではなく、その言葉の意味によって。
僕は息を呑んでから、もう一度聞き返す。
「僕が何だって?」
「魔法使いだ。ハリー・ポッターの名は生まれた時からこのホグワーツの入学名簿に予約されている。そちらの夫妻は語らんだろうが、お前の父ジェームズも母リリーも魔法使いだったのだ」
スプリガンがまるで現実味のない話をするも、伯父さんたちの反応は劇的で、それで今の話は何よりも真実なのだという裏付けとなった。
「ハリーは行かせんぞ。ハリーを引き取った時、くだらんゴチャゴチャはお終いにするとわしらは誓った。この子の中からそんなものは叩き出してやると誓ったんだ! 魔法使いなんて、まったく!」
「知ってたの? おじさん、僕があの、ま、魔法使いだってこと、知ってたの?」
「知ってたかですって? ああ、知ってたわ。知ってましたとも! あのしゃくな妹がそうだったんだから、お前だってそうに決まってる。妹にもちょうどこれと同じような手紙が来て、さっさと行っちまった……その学校とやらへね。そんで学校であのポッターに出会って、二人ともどっかへ行って結婚した。そしてお前が生まれたんだ。ええ、ええ、知ってましたとも。お前も同じだろうってね。同じように変てこりんで、同じように……まともじゃないってね。それから妹は、自業自得で吹っ飛んじまった。おかげで私たちゃ、お前を押し付けられたってわけさ!」
「吹っ飛んだ? 自動車事故で死んだって言ったじゃない!」
どういうことなの? とスプリガンを見れば、彼はゆるゆると首を横に振る。
「いいや、優れた魔法使いと魔女である二人が、自動車事故などでは死ぬわけがない」
「じゃあ、一体何があったの?」
男の汚れた服に掴み掛かりながら訊ねれば、こちらを見下ろすスプリガンはしがみつく僕に気づかわしげな表情を見せて、低く物憂げな声で語る。
「ハリー・ポッター、お前の両親は『例のあの人』と恐れられる闇の魔法使いの手に掛って、亡くなった」
スプリガンはこれまで僕には隠された、でも魔法界では誰もが知るその
二十年以上前に始まった魔法戦争で、その名を口にすることもしたくないほどに恐れられたある魔法使いに、多くの魔法使いとマグル(非魔法族)が殺された。安住の地は、『例のあの人』も一目を置いていたダンブルドア校長の居るホグワーツのみ。
そして、十年前のハロウィーンに、ハリー一家が住む村に闇の魔法使いが襲撃を仕掛け、僕の両親を殺し……その暗黒時代を他ならぬ僕が終わらせた。一歳になったばかりの赤子が『例のあの人』……ヴォルデモートを倒して。
最後にスプリガンは、僕の額にある稲妻型の傷跡をそっと指の腹でなぞりながら言った。
「お前のその額の傷がその証拠だ。これは並の切り傷ではない。強力な闇の呪いに掛けられたことによる傷だ」
胸の奥に言い知れぬ痛みが走る。スプリガンが語り終えた時、あの目を眩むような緑の閃光が脳裏をよぎる。きっとこれが……冷たい、残忍な高笑いが聴こえてくるこの魔法が、僕の家族を壊したのだと自ずと悟った。
「そのヴォル……あ、ごめんなさい……『あの人』はどうなったの?」
「それは、わからない。消滅したと魔法省……魔法界の政治機関は大々的に発表したが、ただ力を失っているだけだというのが個人的な見解である。これには他にも多くの支持者がいるだろう。それほどに闇の帝王は恐ろしかった。
ハリー・ポッター、あのハロウィンの晩になにがあったのかは、誰にもわからない。ただ、君が闇の帝王を降した」
「スプリガン……きっと間違いだよ。僕が魔法使いだなんてありえないよ」
質問に答えてもらったけれど、喜ぶことも誇ることもできやしない。むしろ、とんでもない間違いだという思いの方が強い。
従弟のダドリーに虐められる僕が、闇の帝王なんて凶悪な魔法使いを倒せる英雄だなんて、受け入れられるには無理がある。
そんな大きな戸惑いを抱え込んでふらついた僕の頭に、彼の手が置かれる。
「舞い上がらず、謙遜するのは美徳だ。ハリー、君の偉業は、君の力によるものではないのかもしれないが、魔法界ではハリー・ポッターの名は歴史に刻まれ、英雄視されるだろう。……今日、初めて魔法使いであることを知った君に、大変なことを言っているのは理解している」
それは、同情に、そして優しさに満ちた声音で。
「でも、君が、魔法使いであることは、私が断言しよう。いずれ、このわけもわからず降りかかった偉業に恥じない魔法使いになれる可能性を秘めているとね」
「本当に……本当に、僕はその魔法学校に行けば、凄い魔法使いになれるんですか?」
「ああ。この私がそれを証明している」
頭に手を乗せたまましゃがみ込み、目線の高さを合わせた青い瞳は、やっぱり魅入ってしまうくらいに綺麗で、その言葉は僕の胸を衝いた。
「バカバカしい」
長話の間に気を落ち着けさせたのだろう。伯父さんは拳を握り締め、スプリガンに噛みつくように暴言を吐き、そして、僕を睨む。
「いいか、よく聞け、小僧。確かにお前は少々おかしい。だが、おそらく、みっちり叩き直せば治るだろう……お前の両親の話だが、間違いなく、妙ちくりんな変人だ。連中のようなのはいない方が、世の中が少しはましになったとわしは思う。――あいつらは身から出た錆、魔法使いなんて連中と交わるからだ……思った通り、常々ロクな死に方はせんと思っておったわ……」
「ええ! 学校とやらへ行って、休みで帰ってきたら、ポケットはカエルの卵でいっぱいだし、コップをネズミに変えちまうし。私だけは、妹の本当の姿を見てたんだよ……奇人だって。ところがどうだい、父も母も、やれリリー、それリリーって、我が家に魔女がいるのが自慢だったんだ。――私は、この家では、そんな非常識、絶対に認めたりなんかしないわ……」
伯母さんも、大きく息を吸い込むと、何年も我慢していたものを吐き出すように一気にまくし立てる。
「わかったなっ? こいつはストーンウォール校に行くんだ。やがてはそれを感謝するだろう。わしは手紙を読んだぞ。準備するのはバカバカしいモノばかりだ……呪文の本だの魔法の杖だの……わしはこんなことのために金なんか払わんぞ!」
「どの道を行くかを決めるのは、お前らではない」
スプリガンが重々しく言う。
「非魔法族である者に、こちらの理解を無理に求めようとは思わん。しかし、だ。如何なる事情があれど、ハリーへしたこれまでの仕打ち……人としての尊厳を踏みにじるものばかりだ」
伯父さんと伯母さんが怯むほど、その瞳に力強い、憤怒の意思が篭められていた。
スプリガンはライフル銃を伯父さんへと放り投げると、その手をキッチンへ向け、クイッと人差し指を曲げる。するとそれを合図にするかのように、汚らしい液体で染められた、灰色のボロ布が飛んできて、スプリガンの手に掴まえられる。
ひどい悪臭を漂わせる、歳をとった象の皮のようなものは、ダドリーのお古で……僕がストーンウォール校で着ることになる制服。
「これは、何だ?」
硬く冷たい声で厳然と問われ、伯母さんは視線を下げ、口を噤んで俯かせる。
「さっき言ったが、魔法界において、“ハリー・ポッター”という名がどの様な意味を持つか理解しただろう。もしも、このような虐待が知られれば、どうなるかはわかっているだろうな?」
厳しさを増した声で言われ、伯父さんは震え上がる。
「これ以上……この子を虐げる真似をするのならば……私は許さん!」
雷のような一喝。
ゴオッ! と突然、汚らしい灰色の布地が燃え上がり、灰と化した。
バーノン伯父さんとペチュニア伯母さんは叫び声を上げ、腰を抜かす。奥の廊下からこちらをこっそり見ていたダドリーも同じようになっているだろう。
ダーズリー家を黙らせたスプリガンは、僕に視線を戻し、再度彼が問いかけを発する前に、僕はその手を取って意思表示をする。
「僕は、ホグワーツに、通いたいです!」
「そうか……」
スプリガンは、僕を抱き寄せて、ひとつ耳打ちをすると、懐から一丁の拳銃を抜いた。
それを見たおじさんたちは声にならない奇声を上げて後退り、炸裂した大音響に目を回して失神した。
……後に、おっかなびっくりと顔を出してダドリーが見たのは、失禁して失神している両親の姿だけがあり、あの恐ろしい訪問者もおかしな従弟の姿もなくなっていた。
「「『漏れ鍋』!」」
引き金が引かれ、空砲が轟いて、銃口からエメラルド・グリーンの火が噴き出す。
途端、スプリガンと一緒に、抱き寄せられている僕の身体が銃弾のように高速回転しながら飛ばされた感覚がして……それが過ぎ去った時、場面は切り変わっていた。
〇 〇 〇
イグナチア・ワイルドスミスが発明した『
距離が遠くなるほど比例して難易度が高くなる『姿現し』に頼らずとも、誰でも指名した指定の場所へ瞬間転移ができる便利なアイテムである。
ただし、これには魔法省の煙突飛行ネットワークで登録された暖炉が必要なのだ。
生憎とこの家主が魔法の使えないスクイブであるフィッグ家には、そのような暖炉など上等なものは設置していない。見張り役の連絡もふくろうがあれば十分である。
居候の都合で、暖炉を設置してもらうリフォームをするのも忍びない。
そこで、このトンプソンセンター・コンテンダー。撃鉄と引き金くらいしか拳銃らしい部品のないシンプルな外観で、近代拳銃にしては珍しい単発式。見る角度によっては、その長い銃身は杖にも見えなくはないこの拳銃は、マグルの父が愛用していたもので、魔法学校を卒業後、世界を旅に出た一人息子へ護身用にと贈られたもの。
コンテンダーは、射的競技用のスポーツ仕様として用いられるのが主であるが、これには“銃身を取り換えることができる”という特徴がある。狩猟用ライフルの大口径弾を篭められる銃身に交換すればハンティング仕様となれるのである。
そして、私がこの魔弾に適応するよう、魔法的処置で施した“移動用”の銃身であれば、“暖炉の代わりになれる”。
中折れ式の薬室にただ一発の、特注の弾丸を装填。この弾に詰められている火薬は、『煙突飛行粉』と同じもの。つまりこれは、煙突を銃身に、暖炉の火を弾の火薬に、と煙突飛行の原理を応用して創り上げた“携帯暖炉”である。
一方通行で、頭だけ移動させるような長時間の使用は無理であるも、どこからでも煙突飛行のできる優れ物だ。
ただし、特製シャンプーと同じように危険なので市販化は夢のまた夢であるが。
(少し脅し過ぎたかもしれんが、これくらいしなければあの一家はハリー君の待遇を改善しようとはしないだろう)
そうして、マグルの家を飛び出して、ハリーと共に辿り着いたのは、見た目はちっぽけな薄汚れたパブ、けれど、魔法界への玄関口のひとつである『漏れ鍋』。
宿泊施設でもあるここに私は予め一部屋借りている。もう夜も遅い。それにハリーも頭がいっぱいであるようだし、休ませた方が良い。それにそろそろ種明かしをしておこう。
「すごい……! これが、魔法なの!」
見るのとやるのとでは感動が別次元だ。瞬間転移という初めての魔法体験に、ハリーのリリー先輩と同じ緑色の瞳は輝いている。
そんな彼の前で、私は私の顔の前を手で覆い、すっと下ろす。すると、薄汚れた男の顔が、艶やかなブロンドの髪に青い瞳をした爽やかなイケメンに早変わりした。
ハリーもびっくり仰天して目を丸くする。
何せ格闘ゲームの2Pキャラのように目と髪の色は違うが、それ以外の顔のパーツは彼も良く知るご近所さんと瓜二つだ。驚かないはずがない。
「ええっ!? ギルデロイさん、何で!? ……あ、もしかしてこれ変身の魔法でギルデロイさんに化けて」
「いいや、これが私の正体だよ、ハリー君。今のは『七変化』という魔法で別の顔に化けていたのさ。この顔が正真正銘私本来の顔さ」
「そ、それじゃあ、ギルデロイさんは、魔法使いだったんですか?」
「ハハ、そうだよ。驚いたかい?」
こくこくと首を振る素直な反応をするハリー。
「でも、なるべく長くご近所付き合いをしたいからね。魔法使いは、マグル……魔法を使えない人に正体をばらされるのはあまり好ましい事ではない。もし私の正体がバレれば、あそこから引っ越さなくてはならなくなるから」
皆には内緒だよ、ときちんと言い聞かせると、またこくこくと必死に首を振るハリー。
監視役の正体を当人にばらしてしまったが、これはこれまでの彼の生活環境を考慮して、一人頼りになる大人の魔法使いの存在を知っておいた方がいいと校長先生もお認めになられている。
「よし。それじゃあ、もう夜も遅い。明日は忙しいからね。ダイアゴン横丁でハリー君の教科書や入学用品を買い揃えないと」
そう言って寝かしつけようとするのだが、ハリーはその言葉にサッと顔を蒼褪めさせる。
「どうしよう。僕、お金ないよ。さっきバーノン伯父さんも、僕が魔法の勉強をしに行くのにお金は出さないって」
「その心配はいらないさ。君のお父さん、お母さんが何も残していないと思うのかい?」
「でも、家が壊されて……」
チチチチ、と指を振る。
「ダーズリー家でも全財産を家の中に置いておいたかい? 魔法界にも銀行グリンゴッツがあるんだ」
「魔法使いの世界には銀行まであるの?」
「ああ。一つしかないけどね。小鬼が経営しているグリンゴッツさ」
「こ・お・に?」
「損得勘定に関して人間以上に五月蠅い小鬼だ。私もちょっと揉め事を起こしたことがあったけどあれは二度と御免だ。銀行強盗なんて狂気の沙汰だろうね。とはいえ、グリンゴッツのセキュリティはホグワーツを除けば世界一安全な場所だよ。そこに君の両親が、君が独り立ちするまでの間の為に貯めた財産がちゃんと保管されている」
心配する必要はないよ、とハリーをベッドへ寝かしつける。
これで一安心。でも、安堵すれば興奮冷めやらぬハリー少年がそう簡単に眠りにつけるわけもなく、口早に次々と質問を投げかける。
「ギルデロイさんは、僕の両親のことを知ってるの?」
「もちろん知ってる。君の両親は、私がホグワーツへ通っていた時の先輩だった。別の寮だったけど二人にはとてもお世話になったよ」
「別の寮? ホグワーツにはいくつも寮があるの?」
「グリフィンドール、ハッフルパフ、レイブンクロー、スリザリンの四つがある。それぞれ特色はあるんだけどこの内、ハリー君の両親、ジェームズ先輩とリリー先輩は、グリフィンドール。私は、レイブンクローだったんだよ。
……と、そうだ。言い忘れていたけど、私のことはギルデロイ・ロックハートではなく、スプリガンと呼んでほしい」
「え? どうしてなの?」
「君ほどではないけど、私も結構顔が売れているんだ。ハリー君と一緒にいるところを見られたら表を歩けなくなってしまう。きっと一面大見出しになるね」