私は誰でしょう?   作:岩心

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7話

 それはハリー・ポッターが、週末の早朝、今期で最初になるクィディッチの朝練を始めようとしたときの事。

 

 グリフィンドールのチームが練習するためにキャプテン・オリバーが今日予約していたはずのグラウンドに、スリザリンのチームが乱入してきた。何でも今期に加入した新しいシーカーのために練習がしたいのだそうだ。わざわざ『私、スネイプ教授は、本日クィディッチ競技場において、新人シーカーを教育する必要があるため、スリザリン・チームが練習することを許可する』という免状まで用意してきた。

 その新人シーカーが、先月出たばかりの最新型ニンバス2001をチーム全員分贈ったスリザリンのOBルシウス・マルフォイの息子ドラコ・マルフォイ。

 僕たちとも因縁あるマルフォイは、ニンバス2001をこれでもかと自慢し、グリフィンドール・チームをこれでもかとバカにした。

 それに競技場乱入に何事かとロンと様子を見に、芝生を横切ってきたハーマイオニーがきっぱりと『少なくとも、グリフィンドールの選手は、誰一人としてお金で選ばれたりしてないわ。こっちは純粋に才能で選手になったのよ』というと、マルフォイは脛でも蹴られたように顔を顰め……吐き捨てるようにこう言った。

 

『誰もお前の意見なんか求めてない。生まれそこないの『穢れた血』め』

 

 その悪態がどんな意味をするものかは僕もハーマイオニーも知らない。でも、最低に酷いことだけはわかった。

 フレッドとジョージはマルフォイに飛び掛かろうとし、マルフォイを守るためフリントらスリザリンのチームが急いでマルフォイの前に立ちはだかった。普段は喧嘩を遠巻きに見る女子選手アリシア、ケイティ、アンジェリーナが、『よくもそんなことを!』と金切り声を上げてマルフォイを非難する。一気に一線を踏み越えて乱闘騒ぎになった。

 そして、かんかんになったロンがローブに手を突っ込み、ポケットから杖を取り出し、

 

『マルフォイ、思い知れ!』

 

 スリザリン・チームとグリフィンドール・チームが乱戦する最中、憎きマルフォイの顔面目掛けて放った緑の閃光は……

 パッチン、と聴き慣れた指を鳴らすその音と共に生じた盾の呪文『プロテゴ』に阻まれた。それからまた間髪入れずにもう一度魔法を行使。今度は妨害の呪い『インペディメンタ』によって体重を数倍にしたかのような重圧で両チームの乱闘を鎮圧してから、駆け付けた彼、ギルデロイ先生は表情を険しくして訊ねた。

 

『これは一体何事ですか? 説明してください』

 

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「……なるほど、わかりました」

 

 どちらの言い分を聞いたギルデロイは、鼻を鳴らし、

 

「スネイプ先生からの推薦状があるのなら、スリザリンのチームは、競技場で練習をしなさい。ただし、マルフォイ君、あなたは練習の後で寮監から罰則を受ける事。いいですね」

 

 手紙を書いて、それを紙飛行機にして飛ばす。魔法省でも採用されている連絡方法だそうだ。

 ギルデロイのお裁きにスリザリン・チームは喝采を上げた。マルフォイも叱られたというのに満面の笑みだ。それもそうだろう。あのスネイプが、マルフォイに罰則なんて与えるはずがない。マルフォイは先生の手前、『はい、わかりましたギルデロイ先生』と粛々とした言葉を述べるも、態度で明らかにますます鼻高々となっているのがわかる。

 当然、僕たちは納得がいかない。クィディッチのキャプテン・オリバーが猛抗議をする。

 

「グリフィンドールのチームは、そのまま箒をもって私についてきなさい」

 

「このような横暴を許してもいいんですかギルデロイ先生!」

「そうです! いくらなんでもこれは勝手だギルデロイ!」

 

 いつでも味方であったはずのギルデロイに裏切られたような気持ちでいっぱいだった僕も声を上げたが、ギルデロイは僕たちにただもう一度『ついてきなさい』としか言わない。

 

「ウッド君、グリフィンドールでも、スリザリンでもない、レイブンクローからの観点から言わせてもらうとどっちもどっちです。ハリー、去年君が校則を違反したけれど、その才能を見出されて一年生の箒所持無許可のルールを曲げさせて最年少寮代表選手となった。それから当時の最新型ニンバス2000を貰ったことはマルフォイ君には、贔屓されているように見えただろうね。これは君を責めているわけではないよ。しょうがない。どの寮監も自分の寮生の肩を持とうとするのはホグワーツの伝統でもある。厳格なマクゴナガル先生もことクィディッチに関しては熱い魔女であるからね。きっと今後このような乱入がないよう取り計らってくれるはずだ」

 

 先導しながら、ギルデロイは僕たちグリフィンドールに諭す。

 とても冷静で公平中立なご意見だろうけど、今のカッカとした頭に入ってこない。

 

「だけど、マルフォイのやつ、ハーマイオニーのこと『穢れた血』って言ったんだよ、ギルデロイ!」

 

 これにはギルデロイも険しく眉間にしわを寄せる。

 ロンが教えてくれた。『穢れた血』、それはマルフォイが思いつく限り最悪の侮辱の言葉だ。魔法使いの中には、例えばマルフォイ一族のように、自らを『純血』と称し、誰よりも尊い存在であると思い込んでいる連中がいる。そいつらが、非魔法族、マグルから生まれたという意味の――つまりは両親とも魔法使いでないことを卑下する最低の汚らわしい呼び方が、『穢れた血』。

 

「わかっています。クィディッチをやっているのなら、スラングの応酬ぐらい必須な技能のひとつだとはいえ、マルフォイ君のハーマイオニーさんへの発言はあまりにひどい。スネイプ先生は、決してマグル生まれの子を卑下するようなことは許さない方だ。彼を適切に諭してくれることを期待します」

 

「スネイプの奴が、マルフォイを叱ってくれるとは思えません」

 

「もしもこれでマルフォイ君に反省の色が見られないようであれば、私からスネイプ先生に文句を言いましょう。あとさっきから“先生”とつけるのを忘れてますよ、ハリー・ポッター君」

 

「……はい、ギルデロイ先生」

 

 さらりと注意をされたけど、ギルデロイ先生はとにかく、もうひとりに対しての反感が顔にありありと出ていたと思う。

 スネイプはいつも僕を目の敵にする。ダンブルドア先生は、僕の父さんと因縁があると言うけれど、スネイプの評判の悪さはスリザリン以外の学生には共通していると思う。そして、きっとその中でもグリフィンドール……僕に対して特にひどい。

 振り返って顔色をわざわざ確認せずとも不満げな空気はわかるのだろう。ギルデロイ先生は肩を軽く竦めて、

 

「ひとつ雑談をしましょう」

 

 と、緩やかに話し始めた。

 

「ホグワーツの創始者、ゴドリック・グリフィンドールは、偉大なる魔法使い魔女の他三人の中でも、サラザール・スリザリンとこの上ない友であった。本来、純血主義とは、マグル生まれを差別するために生まれた言葉ではなかった。魔女狩りで迫害されていた時代で魔法使い魔女を鼓舞するために、魔法族の血が流れることに誇りを持て、と非魔法族からいわれのない誹謗中傷を受けた魔法使い魔女たちにサラザール・スリザリンが教え広めたもの。そして、この思想は、虐げられる弱き魔法族を守るために立ち上がったゴドリック・グリフィンドールの勇敢なる騎士道と合致するものがあった。これは私の想像ですが二人は固い握手を交わしたことでしょう」

 

 同じように語りかけてくるも、今度のそれはするりと頭の中に入ってきた。

 言ってしまえばこれは、死ぬほど退屈な幽霊教師ピンズ先生の魔法史と同じだが、役者が変わればこうも違う。

 ギルデロイ・ロックハートは、作家として書き記すだけでなく、語り手として読み聞かすことも上手いのだ。

 

「またこれは、魔法史ではなく、マグルの文献ではありますが、裸一貫で冒険し、多くの土地と貿易を結んで商人として大成したのち、修道士として聖人の地位にまで上げられた聖ゴドリック卿には、興味深い伝説があります。迫害された蛇を焚き火の下に隠れさせて守ったり、また祈りを捧げる時に蛇を首に巻き付ける習慣があったとか。ついでに、この聖人は毎年ホグワーツに歌を披露してくれる歌バカな組み分け帽子のように多くの聖歌を残しています。

 まあ、これがゴドリック・グリフィンドールの非魔法界での顔かどうかは定かではありませんがね」

 

 つまるところ、マグルの残した歴史資料からの視点では、聖ゴドリックは、蛇とは親しいものだったと。

 

「さて、話を戻しますが、後にゴドリック・グリフィンドールとサラザール・スリザリンはその教育方針から対立します。純血主義を説くスリザリンの寮には、魔法族であることを重んじるあまり、非魔法族をとことん嫌っている者が多く集められた。言っておきますが、当時の魔女狩りの時代背景を思えば、迫害するマグルとはホグワーツにとって共通する敵であり、故に魔法族は一致団結してこのホグワーツという強固な巨城の学び舎を築き上げたのです。そう思う魔法使い魔女がいても不思議ではない。むしろいて当然とも言えます。

 ハリー君、あなたは魔法というのを過度に恐れるマグルのおじおばに受けた扱いを謝罪もなく許すことができますか? また、もしも従弟のダドリー君にも魔法力を扱う素養があり、ホグワーツに通いたいと望んだとして、それを認めることはできましたか?」

 

 訊かれ、僕は口を噤んだ。

 でなければ“絶対に無理”と叫んでいたかもしれない。

 とはいえ、すぐに是と答えられなかった時点で、ギルデロイの話の説得力を増す。簡単に受け入れられるものではないスリザリンの意見は間違ってはいないのだと。

 

 なら、それに同感してしまっている自分は?

 去年、組み分け帽子は僕をスリザリンに入れることを本気で考えていた。大広間で帽子をかぶった時、耳元で聞こえた囁き声を、昨日のことのように覚えている。

 

『君は偉大になれる可能性があるんだよ。そのすべては君の頭の中にある。スリザリンに入れば間違いなく偉大になる道が開ける……』

 

 でも、スリザリンが、多くの闇の魔法使いを卒業させたという評判を聞いていた。必死に心の中で『スリザリンはダメ!』って訴え続けると、帽子は意見を翻して、『よろしい、君がそう確信しているなら……むしろグリフィンドール!』と叫んだのだ。

 そう、僕は、グリフィンドール。自分にそう言い聞かすよう、ギルデロイ先生に大きな声で、

 

「でも、僕はマルフォイみたいなことはしません! 絶対に!」

 

「わかっていますハリー。今のは極論で、それが全てではない。『教育は等しく与えられるべき』というのが他三人の創始者の主義でもあった。

 そして、他とは違うグリフィンドール。彼はホグワーツが二つに割れる前に無二の友を切り捨てることができた。書物によると決闘の末、寮監であったスリザリンが敗れ、ホグワーツを去ることで、排他的な主張は鳴りを潜めるようになり、マグル生まれの魔法使い魔女を受け入れられるようになった。きっと、スリザリンには遺恨があったことでしょうし、グリフィンドールは特に恨まれたことでしょう。

 しかしながら、ゴドリック・グリフィンドールとサラザール・スリザリン、上に立つ二人がこのような追い詰められた環境でなければ、その友情が永遠の物であったと信じたい」

 

 つらつらと、ギルデロイ先生が話す。

 さっきまで不満いっぱいだったというのに今ではみんな静聴している。

 

「さて、世情が安定し、志を同じくした四人の創始者が最初に夢想したものに大きく近づいたこの現代の魔法界。この時代にかつてのように純血主義を振りかざすその大半は、言いがかりに成り果てている。先祖代々の洗脳的な教育もあるでしょうが、“ぽっと出のマグルになど劣る焦り”を、『純血』というステータスに拠り所にすることで優位に立っていると思い込みたいのでしょうね。

 ですが何であろうと非魔法界の出身者を『穢れた血』などと蔑むのは、気高くあれ、という純血主義に反していると私は思います。もっとも彼らには半純血の私の文句になど耳を傾けることはないでしょうけれど。

 とまあ、長たらしく話をしましたが、ハーマイオニーさんは立派な魔女ですよ。生徒を受け持ってまだ一年と経ってない新米教師ですが、同年代の魔女の中でも随一の原石だと断言しましょう。正直に言って、その才能は私も羨むものがあります」

 

「そ、そんな! 私なんて、まだ先生のような……」

 

「ハハ、ハーマイオニーさんのような素晴らしい魔女を受け入れることができた今の魔法界は、きっとホグワーツ創始者が望んだものでしょう。ええ、むしろ、生物学的な見地からすれば、現代の純血を意固地に貫く、閉鎖的な魔法貴族社会の方が危うい。たとえ魔法の資質に優性劣性があるのだとしても、交わる血が近ければ近いほど遺伝欠陥発症のリスクは高まるでしょうし、そもそもの出生率も低下しますね。マグルを受け入れていかなければ魔法界は絶滅していたと思いますよ」

 

 その意見に強く同意するよう一同うんうんと首を縦に振る。

 そこで、パンッ、と雑談はこれで終いというように手を叩くギルデロイ。

 

「ロン、フレッド、ジョージ、君たちの妹のジニーが元気はないのは気づいているかい? ……ハリーも、学校の先輩として、気に掛けなさい。夏休みはウィーズリー家に大変お世話になったのですから、同寮の後輩の面倒を見ないといけませんよ」

 

 なんてその後も、僕たちにギルデロイ先生は話し続けていたので、感覚としてはあっという間だった。

 グリフィンドールのクィディッチ・チームが連れて来られたのは、八階。大きな壁掛けタペストリーに『バカのバーナス』……愚かにもトロールにバレエを教えようとしているバーナスが、容赦なく棍棒で殴られている絵が描かれている。その向かい側の、何の変哲もない石壁にギルデロイは立つ。ここが目的地なのだろうか?

 

「私のいた時代にも競技場の占有権には難儀しました。そう言うときはよくここを頼りましたね」

 

「先生、ここには一体何があるんです?」

 

「ここには私の先輩方さえも知らなかった、『必要の部屋』というのがあります」

 

 必要の部屋?

 みんな揃って首を傾げる。学校内の抜け道を網羅していると豪語していたウィーズリーの双子フレッドとジョージも知らないようで、口元に手を当てるポーズを取っている。

 

「『占い術』の教授がシェリー酒瓶を隠したりしているのにも使ったりしていますが、この石壁……『必要の部屋』の入口の前で、行ったり来たりを三往復するとその望み通りの魔法の部屋が現れます。

 そうですね、ウッド君。ちょっと騙されたと思って、『クィディッチの練習ができるような広い場所が必要だ』と念じながらうろうろしてみなさい」

 

 はあ? と戸惑いながらも、グリフィンドールで、クィディッチのことに関しての熱意になら誰にも負けないクィディッチバカなキャプテンはギルデロイ先生に指示された通りに実行する。石壁の前を通り過ぎ、窓のところできっちり折り返して逆方向に歩き、反対側になる等身大の花瓶のところでまた折り返す。これを三往復すると……

 

「オリバー!」

 

 アンジェリーナが鋭い声を上げた。

 石壁にピカピカに磨き上げられた扉が出現したのだ。ギルデロイ先生は懐かしいものを見るように目を細める。オリバーは真鍮の取っ手に手を伸ばし、せーのっ! で扉を開け放った……目の当たりにしたその光景に、全員目をギョッとさせた。

 

 そこは、大広間よりも拡大された室内空間で、天井には本物の空に見えるように魔法が掛けられている。

 両端には、各々十六メートルの金の柱が三本ずつ立っていて、先端には輪がついている……クィディッチのゴールまである。他にも予備の箒が並べられた箒スタンドに、得点表や作戦ボードなどの備品まで揃っている。

 校内なのに存分に箒で飛べるくらいに広い。練習にはうってつけの場所だ。

 

「先生!」

 

「ちなみにですが、今日は昼頃から急に天気が崩れるそうです。新人教育を雨天決行でするとは中々ハードなことをしますねスリザリンも」

 

「あなたは最高だ!」

 

 感動のあまりクィディッチバカキャプテンが抱き着いた。

 スリザリンと別れてからおよそ十分。

 さっきまでの裏切られた気持ちを、本当にいい意味で裏切ってくれたこの先生は、まったく最高だ。

 

 ・

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 ・

 

 でも、一週間が経っても、ドラコ・マルフォイは、これっぽっちも反省していなかった。

 あいつは自慢げに『生まれそこないのマグルのせいで、反省文を一枚も書かされてしまったよ』と僕たちを笑ってきた。

 

 

 〇 〇 〇

 

 

 どうして、()()()に学生がいる!?

 

 ()()()だからこそ、このホグワーツ城の奥深い神秘に入り込めたんだ。あのサラザール・スリザリンの、崇高な仕事を任された後継者として“あの部屋”を見つけた、()()()だからこそ、“その部屋”を見つけ出せた。

 あのダンブルドアにだって、見つけられない。

 そうだ。きっと()()()()ならあの場所に、“あれ”をひとつ、隠すはずだ。

 だから、見つかるのはまずい。“その部屋”に入った生徒が間違ってそれを見つければ、今、このホグワーツの校長であるダンブルドアにバレるだろう。

 ダンブルドアは、唯一僕を警戒していた。だから、“あの部屋”を開くのは危険だと判断し、ひとりを殺しただけでやめたのだ。

 再び崇高なる仕事を始めようとしたら、このような不測の事態が発生するなんて……。

 こうなれば、別の場所……いや、いっそもうひとつも取り込んでしまえば……。

 

 

 〇 〇 〇

 

 

 クィディッチを観戦して、ギルデロイ・ロックハートの学校時代の記憶が刺激される。

 

 思い浮かんでくる顔は、あいつだ。

 兄と同じく黒い髪で、少し高慢ちきな顔をしている。背は兄よりも低くやや華奢で……率直に言ってしまえば、パッドフットよりはハンサムではなかった。

 

 三年上だったスリザリン寮の先輩レギュラス・アークタルス・ブラック。

 

 あいつは、クィディッチのスリザリンの寮代表選手のシーカーで、つまりは、レイブンクローの寮代表選手のシーカーであった私の同じポジションのライバルであった。

 負けたことは一度もないが、イヤな奴だ。ブラック家の財力と権力でもって生産中止となっていたはずの『銀の矢(シルバー・アロー)』を用意してみせ自慢してくるなど、ドラコ・マルフォイ君と同じことをしている。どこも似たようなものだ。スラグホーン先生はスネイプ先輩のようにあまり過度な依怙贔屓はなさらないから、今回のような競技場への乱入はなかったけれども。

 

 家風に逆らいスリザリンではなくグリフィンドールに入った兄が、母親をひどくバカにし、屋敷を出た影響からか、弟のレギュラスは熱を入れて『純血よ 永遠なれ』というブラック家の純血主義を叩き込まれていた。

 『例のあの人』のファンで、十六歳……そう、シリウス先輩たちが卒業していった翌年に、『死喰い人』……『例のあの人』の配下になったそうだ。

 

 ……ただ、あいつはしもべ妖精の事をよく自慢した。

 このホグワーツの食堂にて働く『屋敷しもべ妖精』たちを見て、ブラック家に仕えるクリーチャーがどんなに優秀かと語った。僕のしもべ妖精はこいつらよりもずっと仕事ができるって、自分のことでもないのに胸を張って言ってくるのだ。

 純血主義者、『闇の帝王』の賛同者のブラック家。年老いてお盆を持つことができなくなったしもべ妖精は首を刎ねて処分するという風習すらあるその名家で、虐げられていた『屋敷しもべ妖精』を大切にし、決して見下さなかった。

 

 そんなバカなことを知ってしまったからか、私はバカなことをしてしまった。

 あれはあいつとした最後のクィディッチの試合中、スニッチを求め、両者譲らず激しく反則紛いの肘や肩をぶつけるラフプレイをしながらもみくちゃになりながら飛行し、観客席の櫓の真下に突っ込んでしまったことがあった。

 その時、私はレギュラスの破けたユニフォームの左袖から腕に髑髏に蛇……『闇の印』があったのを垣間見た。

 『死喰い人』の証。……しかしそれを見間違いだったと自分に言い聞かせて、誰にも言わなかった。

 向こうもそれに気づいたかもしれない。いいや、気づいただろう。レギュラスはそのクィディッチの試合を最後に、ホグワーツを急いで去った。それで私は、『闇の印』に対抗するかのように輝く貌をモデルにした巨大な光る映像を空に打ち上げてやったのだ……レギュラスがひとり駆け込み乗車したであろう、ホグワーツ特急からでも見えるように。

 

 そして、十七歳で、レギュラスは死んだ。

 

 『闇の陣営にある程度まで入り込んだものの、恐れをなして身を引こうとしたため、『闇の帝王』の命を受けた他の『死喰い人』に殺された』となっている。

 でも、私はレギュラスから一通の手紙を受け取った。

 

『『闇の帝王』の秘密を握った。『分霊箱』を盗み出し、私の妖精に預けさせる。お前にしか頼めない。あんな目に遭ったクリーチャーが無茶をしないか心配なんだ。最初で最後の願いだ。できるだけ早く破壊してほしい。

                R・A・B』

 

 ……魔法戦争に参加すらできなかった不甲斐ない己を振り払うよう、とにかく“向こう側”を追い求めることに夢中で、本格的に動き出したのは、卒業してから八年目だった。

 何故、レギュラスが私にこんな“遺書”を送り付けたのかは知らない。『死喰い人』にまで堕ちた人間の言葉をどうして信用できようか。でも、レギュラスがどんな理由で『闇の帝王』を裏切ろうとしたのかは、なんとなくわかった気がした。

 何にしてもこれは七面倒だ。

 これを果たしてやるには、まずブラック家の屋敷に入らなければならないが、グリモールド・プレイス十二番地に掛けられている保護呪文は普通では破れない。

 でも、ブラック家最後の生き残りである、シリウス・ブラックを釈放することができれば、ブラック家へと入ることができる。

 

「まったく、教職についているときの方が筆を取っているような気がしますよ」

 

 教員に与えられた自室でひとり、ぼやきながら書き進める。

 今度、生徒のコネで編集長に送りつけようと考えている原稿を。

 

 ・

 ・

 ・

 

 しかし、世の中というのは誰であっても思うように事が運ばぬもの。

 様子見を終わりにして本格的に動こうとする前、今年のハロウィーンに、妖精が予告した闇の罠がついに牙を剥いたのだ。




誤字修正しました。報告してくれた人、ありがとうございます!

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