学戦都市アスタリスク 本物を求めて   作:ライライ3

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この話には范星露と原作のネタバレが含まれています。

原作未読者、アニメのみの視聴者の方々はご注意下さい。

ネタバレ上等という方はこのままご参照を。
ネタバレするのは嫌だという方はブラウザバックをお願いします。

誤字、脱字、感想等あれば、よろしくお願いします。



第十一話 少年は悩み続ける

 比企谷八幡と范星露の二人の生活は、日の出が上がる前から始まる。

 

「ほれ、遅れておるぞ八幡」

「……分かってる」

 

 早朝、二人は雪山の中を目的地に向かって行進していた。

 八幡は前方からの星露の声に返事をし、両手両足に同量の星辰力を流す。すると、両手足に付けられたリングが星辰力に反応し、マナダイトが煌めく。同時に手足の重みが多少軽くなり、動かすことが出来るようになった。

 雪山の大地を踏みしめ前方の星露を追う。

 しかし

 

「くっ!!」

 

 しばらくするとマナダイトが極度に煌めいていく。すると両手足に重みが増しその反動で片膝を付く。

 

「はぁっはぁっはぁっ」

「苦戦しておるのう。いいか八幡。大事なのは一定量の星辰力を留め続ける事じゃ。おぬしの星辰力はかなり多いが、戦闘において無駄使いはもったいない。必要最低限の量を長時間維持し続けろ。これが出来るようになれば」

「全身の何処にでも星辰力を集中させて、攻防一体の技術が身に付く……そうだろう?」

「そうじゃ。だがこれはあくまで基礎であり本命は次の段階にある」

 

 そう言うと、星露は足に星辰力を集中させ空中に飛び上がる。足に集中させた星辰力で空を縦横無尽に駆け巡り、やがて八幡の目の前に降りてくる。

 

「これが出来れば合格じゃ」

「陽乃さんもやっていたが、凄いなそれ」

「一応、界龍独自の技術で星仙術の一種じゃな。我が校にある純星煌式武装で同じ事が出来るが、あれは星仙術の才がない者が使用する物。おぬしには才があるから、これは必ず取得してもらうぞ」

「ちなみに聞くが、普通どのぐらいで取得できるんだ?」

「う~~む、単に飛ぶだけなら半年から一年。儂のように空を自由に駆けるのは本人の才次第じゃな。ちなみに陽乃は一か月ほどで出来るようになったぞ」

 

 その言葉で雪ノ下陽乃の才能がよく分かった。しかし自分が出来るかどうかは別問題だ。

 

「……難しそうだな」

「大丈夫じゃ」

 

 思わず八幡の口から不安が零れる。それに対し星露が八幡の頭を撫でた。

 

「おぬしには才がある。儂がこれまで見て来た誰よりもじゃ。それを信じる事は出来ぬか?」

「……まあ、やってみるさ」

 

 八幡の返事に満足したのか、星露がさらに頭を撫で続ける。

 

「なあ、楽しいか?俺の頭なんか撫でて」

「楽しいぞ。おぬしだって儂の頭を撫でるではないか。故に儂もおぬしの頭を撫でてもおかしくはあるまい」

 

 共同生活が始まって以降、星露は八幡に対して物理的接触をよくするようになった。

 何かにつけて八幡の頭を撫でるし、逆に自分の頭を撫でさせもした。

 

 そんな星露の行動に八幡の心は揺れ動く。嬉しいような、恥ずかしいような。ただ、嫌ではないことだけは自覚している。

 

 それだけは確かだった。

 

「さて、休憩は終わりじゃ。早くせぬと朝飯がなくなるぞ?」

「……それは困るな。急ぐとするか」

 

 星露を先頭に二人は再び駆け出す。

 

 やがて到着したのは一つの村だった。元いた場所から山を二つ越えた麓にあるこの村は、范星露の知り合いが村長を務めている所らしい。入口に男性が待ち構えていた。

 

「これは万有天羅。お待ち申しておりました」

「おお、村長。今朝も世話になるぞ」

「はい。朝食の準備は出来ております。お連れ様の体調が回復したらお越し下さい」

 

 そう言うと村長は席を外す。

 星露は後ろで座り込んでいる八幡に声を掛ける。

 

「昨日より30分早くなっておる。中々順調じゃぞ、八幡よ」

「はぁっはぁっ、そうっかっ。はぁっはぁっ」

 

 肩で息をする八幡。そんな様子を見て星露は思いつく。

 

「辛そうじゃな……よし、朝食は儂が食べさせてやろう」

「……いや……一人で……食べれる……から」

 

 呼吸を整え、徐々に回復しながら話す八幡に星露は満足そうに頷く。

 

「なら、朝食を食べに行こうか。行くぞ」

「……ああ」

 

 何とか立ち上がり星露の後を追う。

 朝食を食べた後は再び元の道を戻ることになるし、この後も修行は続く。

 無理にでも食べておかないと後がもたないのは、この数日で八幡が実感していた事だった。

 

 

 

 

 

 

「万有天羅、こちらが本日分の食料になります」

「ふむ、助かる。明日も来るのでよろしく頼むぞ」

「はい、分かりました。八幡君持てるかい?」

「大丈夫です。ありがとうございます、村長」

 

 朝食を取り終え少し休憩した後二人は、村長と別れの挨拶を交わしていた。

 村長から渡された物は本日分の食料だ。共同生活が始まって以降、毎朝この村に立ち寄り朝食を取る。そして昼と夜の食料を受取り、また元の場所に帰っていくのだ。

 

 星露曰く、体力作りと星辰力コントロールの修行を兼ねているそうだ。

 

 八幡は自身に取り付けられた煌式武装に目をやる。

 両手両足に取り付けられているのはリング型の煌式武装だ。四か所同時に取り付ける事で効力を発揮し、一つ辺り100kgの重さとなる。手足の四か所に同量の星辰力を流し、留める事で重量を軽減することが可能となる。

 しかし一定以上の星辰力を流せば重さが元に戻り、四か所の星辰力量がバラバラでも重さが元に戻ってしまう。

 多すぎず、少なすぎず、かつ同量の星辰力を流し続け維持しなければならない。まさに星辰力コントロールの修行の為に存在するような煌式武装だ。

 

 修行が始まって以降、風呂と休憩、そして就寝と一部の修行以外は常に取り付ける事を星露からは要求されている。始めはろくに動くことすら出来なかったが、今ではある程度自由に動く事が可能になった。

 

「よし、では帰るとするか。行くぞ八幡」

「分かった。村長さん、明日もよろしくお願いします」

「はい、またのお越しを心よりお待ち申し上げております」

 

 二人に向かって村長が頭を下げる。村長から渡された荷物を八幡が持ち、二人は再び元の場所へと駆け出した。

 

 

 

 

 

 

 

 二人が帰ってきたのは午前11時頃だった。

 修行初日の帰宅時間が13時過ぎだったことを思えば格段に進歩している。

 

「儂は昼食を作ってくるが、八幡はこのまま次の修行にいけるか?」

「はぁっはぁっはぁっ、ふぅぅぅぅぅ………大丈夫だ」

 

 呼吸を整え八幡が返事をする。

 

「そうか、なら」

 

 星露がぱちりと指を鳴らす。

 

 すると八幡と星露を中心とした空間に縦横無尽に線が走る。その線で切り取られた空間がパズルのように組み替えられ、二人は板張りの広間に立っていた。

 そこに壁らしきものはなく、彼方まで板張りの床が続いている闇の空間。床に置かれた無数の蝋燭のみが辺りを照らしていた。

 

「さて、それでは修行の続きじゃ。昼食が出来るまでは座禅じゃな」

 

 そう言うと星露は八幡の隣に座り座禅のポーズを取った。リングを外した八幡も見様見真似でそのポーズを真似し、精神を落ち着かせていく。

 鳥などの生き物の声、風の音すらもない静謐な空間。他者が邪魔をしないたった二人だけの世界。

 通常、座禅が星脈世代の修行として行われることはない。身体を鍛え技を磨くのが修行としての正しい姿だ。

 だが、精神を落ち着かせ鍛えるのにはもってこいと星露は言い、この修行は毎日行われている。

 

 八幡もこの修行は嫌いではなかった。

 

 隣に座る星露を横目でちらりと見る。目を閉じ足と手を組んだその姿は、自身とは比べ物にならない程の完成度だ。まるで世界と一つになって溶け込んでいるかのように八幡は感じた。

 

 今現在、八幡の隣に星露が座っているが正確にはもう一人の彼女が存在している。元の空間にいる彼女は先の言葉通り昼食を作っている最中だ。ここは元の世界と違い位相の異なる空間と星露は言っていた。やろうと思えば複数の位相に同時に自らを存在することができるという事も。

 彼女が使える術の一つらしいが……

 

「ほれ、雑念が入っておるぞ」

 

 こちらの心の葛藤をみすかすように隣から声が掛かる。

 

 余所事を考えるのは後でいいと思い、目を閉じ心を無にしていく。

 座禅を組んでいる間は何も考えなくていい。

 

 

 両親の事も、妹の事も、そして……家族になろうと言ってくれた少女の事も

 

 

 

 あの日の問いかけの答えは……まだ出せていなかった。

 

 

 

 

 

 

 昼食を食べた後は再び修行の再開である。再びリングを身に着け異空間へと足を運ぶ。

 午後の修行は主に能力を使用して行われる。その修行内容はバラバラだ。

 

 例えば

 

『じゃんけんぽん!』

 

 闇で手を生み出して星露とじゃんけんをしたり

 

 

「45……46……47……48……」

「ほう、中々速くなったではないか」

 

 闇の手で箸を掴み皿に載った豆を別の皿に移したり

 

 

「犬…………猫…………鳥…………牛…………盾…………皿…………刀…………槍…………」

「……!っ!!」

 

 星露の言葉に合わせて、闇を瞬時に変化させ様々な物を生み出したりもした。

 

 

 

 その修行内容は闇を色んな形へと変化させることを主としていた。

 これは八幡が自身の能力に対して恐れを抱いているだろうと星露が読み取り、本人の心理的な負担を考慮し能力の制御を狙ったものである。

 

 能力を少しずつ小出しにして思うがままに操作できるようにする。それを目的としていた。

 

 とはいえ、能力を長時間使用するのは肉体的にも精神的にも負担を強いる。数時間もすれば八幡は限界を迎えた。

 

 そうなった時の星露の行動は一つだ。

 

「ほれ、こっちに来るのじゃ」

「いや……でもな……」

「遠慮などするでない、ほれここじゃ」

 

 渋る八幡を座らせ横に寝かせる。そしてリングを外して、その頭を正座した自らの膝に乗せる。

 

 

 続に言う膝枕である。

 

 

「今日もよう頑張ったの」

「………………」

 

 星露は褒めながら八幡の頭をゆっくりと撫でていく。

 八幡が目線を上げると星露の顔が近くに見える。幼い顔に浮かぶその笑みは、まるで母親が子供をあやす様に慈愛に満ちていた。

 

「……………………」

 

 八幡は困惑していた。

 

 

 ―――――もっとじゃ!もっと儂を滾らせよ!比企谷八幡!!

 

 獰猛な笑みを浮かべ襲い掛かってきたその姿を。

 

 

 ―――――すまぬ。思い出させてしもうた

 

 左手を包み込んだ小さな手の温もりを。

 

 

 ―――――八幡よ……おぬし、儂の家族になる気はないか?

 

 真剣にこちらを見つめてきた真っすぐな瞳を。

 

 

「ふふっ♪このアホ毛は中々面白いのう」

 

 そして今、無邪気にアホ毛をいじる子供のような姿を。

 

 

 全てが別人のようで、しかし全てが范星露その人であった。

 

 

 范星露

 界龍第七学院 序列一位 二つ名は万有天羅

 アスタリスクでも一、二を争う実力者だと雪ノ下陽乃は言った。

 

 その実力は自らが体験したので別に疑う事はない。しかしその年齢に見合わぬ強さに疑問が生じ本人に聞いた所、彼女はあっさりと自身の正体を話した。

 

 ―――――儂は妖仙。まあ所謂、仙人の一種じゃな

 

 今日の晩御飯は何かと問われ、それに返事をするように軽く答えられた。

 千年以上生きる彼女は、幾度も身体を交換して生きてきたという。

 

 ―――――儂はおぬしに家族になろうと誘うておる。その家族に対して隠し事はしとうない

 

 純粋な人間じゃなかった事に驚きはない。むしろその強さの理由に納得した。非星脈世代から見れば星脈世代だって十分な化物だ。この世界に神や妖怪や仙人、もしくは精霊や悪魔がいても驚きはしない。

 

「………どうかしたのか?」

 

 じっと見つめていた事に気付いたのだろう。アホ毛をいじる手を止めこちらを見つめる星露。

 

 

 ―――――答えを急ぐ必要はない。ゆっくりと考えてから決めてくれればよい

 

 家族にならないかという問いの後に彼女はそう言った。

 家族になるという事は比企谷の姓を捨てるという事を意味する。そんなに簡単に決められる事ではないし、決めていい事でもない。

 だからこそ今も悩み続けているのだ。

 

「……いや、今日の夕飯は何かなと思っただけだ」

 

 だが本当は分かっている。もう比企谷家には戻れないことを。あの日感じ自覚した殺意と憎しみ。妹を、両親を、奉仕部の奴らを、厄介ごとを持ち込んだ連中を。

 

 今だって考えただけで―――――

 

「……今日は鍋にする予定じゃ。寒い日はやはり鍋が一番じゃからな。そうじゃ八幡よ。おぬしは鍋のしめは何がいい?雑炊か?それともうどんがよいかの?」

 

 撫でる手を再び動かす星露。その手つきは先程までより緩やかに、そして優しく八幡の頭を撫で続ける。

 その手の優しさに何処か懐かしいものを感じ頬が熱くなった。

 

「………………雑炊」

「そうか。では雑炊にするとするかの」

 

 思わず照れてそっぽを向く八幡だが星露の手は止まらない。

 照れる八幡の反応を楽しむかのように、穏やかな笑みで星露は少年の頭を撫で続けた。

 

 

 

 

 

 

 范星露は長き時を生きてきた。それはつまり、人生経験が豊富であり色んな物事を体験したことを意味する。

 二人の生活の中で彼女の体験談が語られることがある。

 

「新選組?新選組ってあの江戸時代末期のあの新選組の事か?」

「そうじゃ。おぬしも剣士なら興味があるじゃろう?」

 

 夕食は宣言通り鍋になった。沢山のお肉と野菜を使用した鍋と雑炊を食べ、二人で皿洗いをしている最中に星露からその話が出た。

 

「この国がまだ日ノ本と呼ばれていた時代に儂はこの地に来た事があった。しばらく各地を放浪としておったが、京の都で奴らと闘ったことを思い出してのう」

「京都で反幕府勢力を取り締まった武装組織だよな、確か」

「その通りじゃ。儂が奴らに出会ったのはある夜の日じゃった。ふらりと出歩いていた儂は、とある建物を奴ら新選組が囲んでいる所を目撃した」

 

 星露は洗った皿を隣にいる八幡に渡す。そして笑みを浮かべ続きを話し始めた。

 

「遠目に見ておったが、奴らの武装と殺気から襲撃を掛けるのはすぐに分かった。厄介ごとに首を突っ込むのもあれじゃから、最初は見学だけに留めようと思っておったんじゃが……」

「……何となくその後の行動が予想できるぞ」

「ほう。儂はどうしたと思う?」

 

 ここ数日共に生活をして、范星露という人物を自分なりに理解していた。

 受け取った皿を拭きながら星露を見る。

 

「乱入したんだろう?新選組と相手方が争っているど真ん中に」

「正解じゃ!心地よい闘気と殺気を感じて我慢が出来なくなってのう。つい身体が動いてしもうた」

「で、その後どうなったんだ?」

 

 話の続きが気になり先を促す。新選組と闘った生き証人の話など、聞こうと思って聞けるものではない。

 

「うむ、いきなり飛び込んできた儂に大層驚いておった。どちらの陣営もしばらく固まっておったぞ」

「……そりゃ驚くだろうな」

「まあ、それを切欠に相手方の一部が逃亡。一部の新選組がそれを追い、残った連中で殺し合いは再開された。儂の目的の人物達は残っておったから問題なかったがのう」

 

 楽しそうに思い出を話す星露。

 

「で、儂の相手をしたのが新選組の近藤勇・沖田総司・永倉新八・藤堂平助の四人じゃ。流石に局長や組長クラスともなれば、その辺の有象無象とはレベルが違う。特に沖田総司の剣の冴えは素晴らしかった。アレこそ天才の名に相応しい剣士じゃったよ」

 

 余程楽しかったのだろう。星露は満面の笑みを八幡に見せる。

 

「その後、土方歳三・斎藤一・井上源三郎などが増援に駆け付けてきた。一通り相手をしたが、皆強き剣士達じゃった……さて、ここで問題じゃ。この事件は今何と呼ばれておるか知っておるか?」

「……池田屋事件だろ。だがあの事件で星露の名なんて聞いた事ないぞ」

「その辺は局長である近藤勇の判断じゃろう。池田屋事件は新選組の名声を轟かせた事件。その事件で新選組の局長や副長、参加した組長全員が一人の女子にやられたとはまさか言えまい」

「……歴史の裏側の真実を知った気がするぞ」

 

 星露が再び皿洗いを再開し、終わった皿を八幡に手渡していく。

 

「あの時代の連中には信念があった。幕府派、攘夷派共にの。覚えておけ八幡。信念のある者は強い。非星脈世代ながら儂に手傷を負わせた新選組の連中がその証拠じゃ」

「凄い連中だったんだな……その後、追手とか掛からなかったのか?幕府側から」

「来たぞ。じゃがあれは……」

 

 手を止め考え込む星露。そして遠くに目をやる。

 

「……今思えば、あれは近藤勇の差し金じゃったのかもしれん。儂と闘って自分では勝てぬと悟ったのじゃろう。化物には化物を。儂の元にやって来たのは夜吹の一族、今は銀河の実働部隊『ナイトエミット』と呼ばれる連中じゃ」

「……夜吹の一族、ナイトエミット」

 

 八幡が呟く。

 

「当時の奴らは表舞台には出てこない存在でのう。儂のような人外の連中を狩る組織じゃった。連中が使う術はちと厄介でのう。特に当主はかなりの実力者じゃった。当時の儂も腕を一本持っていかれたよ」

「……マジか?その時代は落星雨前だから星脈世代はいないはずだろ?」

 

 落星雨は20世紀に地球を襲った未曾有の大災害の事だ。世界中に隕石が降り注ぎ、多くの都市が壊滅状態になった。その結果、既存国家の力は著しく低下し、統合企業財体が台頭してきた。

 

「いや、万応素もマナダイトも星脈世代も昔から存在しておったぞ。極少数ではあるがのう」

「……ちょっと待て。万応素は地球外からもたらされた未知の元素で、マナダイトは隕石から採掘した物だろう。それじゃあまるで」

「そうじゃ。落星雨以前にも同じ現象が起こっていたと儂は睨んでおる。さすれば夜吹の一族の説明も付く」

 

 そこまで言って最後の食器を八幡に渡す。受取った食器を八幡が拭き所定の位置へと閉まって作業が終わる。

 

「さて、片付けは終わりじゃ……どこへ行く八幡?」

 

 片付けが終わると同時にその場から離れようとする八幡を星露が捕まえる。

 

「……部屋に戻って勉強でもしようかなと」

「その前にすることがあるじゃろう。忘れたか?」

 

 夕食後に身体を動かす修行はしない。その代わりに勉強するのが日課になっている。

 しかしそれはある事をしてからの話だ。

 

 じりじりとにじり寄る星露に対し、同じくじりじりと後退する八幡。

 やがて壁際に追い詰められた八幡に、下から上目遣いで覗き込んだ星露が笑顔でその台詞を言った。

 

 

「ほれ、一緒に風呂に入るぞ♪」

 

 

 

 

 

 

 家の裏手に作られた風呂場は露天風呂となっている。洗い場は建物の中にあり、まずはそこで身体を洗う。

 八幡は目の前に座る少女の髪に手を付ける。蝶のように結った髪がほどかれたその姿は、他者が見れば普段とは違う印象を与えるだろう。シャンプーを手に付けて慎重に髪を洗っていく。

 

「そうそう、上手いもんじゃ。やはり八幡に洗ってもらうのは気持ちがいいのう」

「……まあ、昔はよくやっていたからな」

 

 まだ兄妹が幼い頃、妹の髪を洗うのは八幡の役目だった。

 

「流すぞ。目閉じてろ」

「うむ」

 

 シャワーを使い頭に付いたシャンプーを洗い流す。

 

「では、次は身体の方を頼むぞ」

「……自分で洗えるだろう。そのぐらい」

「駄目かえ?」

 

 星露は顔だけ後ろに振り向き八幡に尋ねる。

 

「………後ろだけだぞ。前は自分でやれよ」

「うむ、それが終わったら次はおぬしの番じゃな。儂が洗ってやろう」

 

 星露の発言を拒否しようかと思ったが、多分無駄だと感じ、妥協の意味を込めて八幡は言った。

 

「……後ろだけな」

 

 身体を洗い終わったら二人揃って外に出る。寒空の中急いで湯の中に入ると、身体が芯まで暖まっていくのを感じる。二人で肩を並べてゆっくりと湯に浸かる。

 

「いい湯じゃ~やはり日本の温泉は最高じゃな。アスタリスクもいい所じゃが天然温泉がないのがいかん」

「水上都市には普通ないだろう。しかしこの温泉、源泉100%だっけか……確かに気持ちいいな」

 

 その後しばらく沈黙が続いた。今日は珍しく晴れている為、夜空にはたくさんの星が煌めき輝いている。夜空に浮かぶ大量の星々を見上げていると、心が落ち着いてくるのを八幡は感じた。

 隣にいる星露を横目で見る。

 とてもリラックスした状態で温泉を堪能しているその姿は、無邪気な子供にしか見えない。

 

 比企谷八幡にとって范星露は色んな意味で特別になりつつあった。

 

 星露は八幡に色んな話をしてくれた。こちらの事情は何も聴かず自らの思いと考えを聞かせてくれた。だからといって八幡を蔑ろにしている訳でもない。八幡が話をした時は、余計な茶々を入れずに最後まで話を聞き色んな意見を言ってくれた。

 

 子供の様な大人で、大人の様な子供。相反する二つの答えが比企谷八幡の范星露に対する印象だ。

 

 そんな彼女からの家族になろうとの問いかけ。己の答えはほぼ出つつあった。

 

 だが

 

「……………なぁ星露」

「………何じゃ?」

 

 相手は自身の秘密を打ち明かしてくれたのだ。

 

「……聞いてほしい事があるんだ」

 

 

 ならばこちらも、自身の話をしなければならないだろう。

 

 

 

 

 

 

「……というわけだ」

「なるほどのう」

 

 八幡は全てを話した。剣術の事。妹の事。両親の事。小学校の事。中学校の事。そして奉仕部で起こった数々の出来事を。それらには勿論、文化祭と修学両行の出来事も含まれている。

 八幡が話している間、星露は何も口を挟まなかった。ただ真剣な表情でこちらの話に耳を傾けてくれていた。

 

 それらを話し終えた八幡の胸中は不安でいっぱいだった。

 自身の行動が間違っているのは理解している。だが他に解決方法が思いつかなかった。それ故にあの様な行動を取らざるをえなかったのだ。

 

 本当なら他者に対してこの様な話をすることはなかっただろう。自身の行動を語った所で何の意味もないし、取り返しなど付くはずがないのだから。

 

 だが目の前の少女に隠し事はしたくなかった。自身の重大な秘密を明かし、家族になろうと言ってくれたこの少女に黙っていることなど……出来るはずがない。

 

 だが不安だった。もしも拒絶されたら?罵られたら?信用したい。だが怖い。それらの感情が八幡の中で渦巻いていく。

 そんな八幡の姿は怯える幼い子供となんら変わりなかった。悪い事をした子供が母親の前で悪戯した事を謝るような、そんな印象すら他者には与えるだろう。

 

 八幡は目を閉じ審判を待った。自身の全ては話した。

 後は星露がどんな答えを返そうと―――――

 

「……よくやったのう」

 

 突如、声と共に柔らかい感触が八幡の顔を覆った。

 目を開ければ一面に肌色が広がっていた。声の方向を向こうとしたが顔を動かすことが出来ない。何かが自身の顔を押さえつけていたからだ。

 そこで漸く把握した。星露が立ち上がりこちらの傍まで来て、自身の両手を使って八幡の顔を自身の胸に抱いている事を。

 

「…………何で」

 

 八幡のその言葉には幾つかの意味が込められていた。

 抱きしめられる意味が分からない。褒められる意味が分からない。自分の行ったことは最低のはずだと。

 星露は八幡の頭を撫でながら話を続ける。

 

「確かにおぬしの行動は褒められたものではないのかもしれん。自らを犠牲にするそのやり方を責めるものも多いじゃろう」

「……ああ」

「だが目的は果たしたのじゃ。その事に対しては褒めるのが筋というものじゃろう。だから……泣いてもいいのじゃ、八幡」

 

 その言葉に――――魂が揺さぶられた。

 

「頭のいいおぬしじゃ。自らの行動がどのような結果になるかなどすぐに分かったろう。しかしおぬしは実行した。否、実行せざるをえなかった」

 

 その通りだ。そうしなければ守れないものがあったから。

 

「おぬしは自らを責めているのかもしれん。全てが自分の責だと。だがそんな事はない。儂が断言してやろう。おぬしは間違っていない」

「っ!!」

 

 その言葉に目頭が熱くなった。

 

「勿論、おぬしにも直すべき所はあるぞ。自らを犠牲にするやり方は直した方がよい……今後、何かあったら儂に相談してみよ」

「相……談?」

「そうじゃ。こんな子供の姿ではあるが長生きはしておるでの。相談してくれれば解決策を一緒に考える事ぐらいはできるぞ……だから我慢しなくてもよいのじゃ」

 

 その言葉に目から何かが溢れ前が見えなくなった。

 それは涙だった。一度出た涙はもう止められない。気付けば目の前に少女の腰に手を回していた。

 

「…………信じてたんだ」

 

 吐き捨てるように呟いた。

 

「………あの場所の居心地がよかった。あの場所が……あいつらが……初めて出来た本物だと思ったんだ」

「…………」

 

 星露は何も語らない。八幡の頭をゆっくりと撫で続けているのみだ。その優しさが八幡の本音を引きずりだす。

 

「でも違った!あいつらなら分かってくれると思ったのは、俺の勝手な思い込みだったんだ!」

 

 分かり合えていると思った。無茶な依頼を解決するには、こちらも無茶な手段を取らなければならない。

 絶対に成功してほしい告白と、その告白を阻止してほしいという矛盾した二つの依頼。両者のグループを守りながら解決するなど自分には思いつかなかった。

 

「だから俺は………」

 

 偽の告白をして依頼を解決した。その結果、学校に居場所がなくなろうと、奉仕部の人達が居てくれれば問題なかっただろう。しかしその目論見は外れ、奉仕部の二人に八幡は拒絶された。

 例え八幡が理性の化物と称されていても一人の人間だ。悪意に晒され乏しめられて傷つかないわけがないのだ。表面的には何も変化はなかったが、精神はとっくに限界を超えていた。

 だがそれでも日常を歩み続け――――――妹の件で止めを刺された。

 

 星露が八幡を強く抱き締める。そして優しく宥めるように話しかける。

 

「それでよい。おぬしの想い、おぬしの本心を全て吐き出せ。このような貧相な胸ではもの足りぬかもしれぬが、受け止めてやろう」

「……あぁぁっぁぁあああああああっっ!!」

 

 もう限界だった。

 星露の言葉を切欠に八幡は大声を上げ泣き始めた。

 

 その叫びは少年の心の慟哭を表していた。

 悲しい事。苦しい事。言いたい事。言えない事。その全てが込められているかのように。

 

 少年と幼女はお互いに裸身を曝け出し、少年は幼女の胸に抱き着き号泣している。そして幼女はそんな少年の頭を撫で続けた。

 

 脇目も振らず一心不乱に泣き続ける少年のその姿は、決して美しいものではないのかもしれない。

 

 だがそんな事は関係ない。

 

 

 ―――――自身の思いを全て打ち明かす様に

 

 

 ―――――自身の心の闇を全て吐き出すかのように

 

 

 ―――――比企谷八幡はただひたすら泣き続けた

 

 

 

 

 

 

「ううぅぅうっぅうっぅぅぅ」

 

 比企谷八幡は唸り続ける。

 

「うぅぅぅぅうぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ」

 

 布団にうつ伏せになり顔を枕に埋めひたすらに唸り続ける。その顔を正面から伺うことは出来ないが、横目で見た彼の顔は頬から耳まで全て真っ赤に彩られており、正面から見てもそれは変わらないだろう。

 

 裸の幼女に胸に抱き着き、泣き続ける裸の中学生男子。

 

 事案どころの騒ぎではない。黒歴史どころの騒ぎではない。完全に真っ黒だ、アウトだ、スリーアウトチェンジだ。

 そんな事を考える少年の心は完全に混乱の極にあった。もし自身の横の件の幼女がいなければ、ゴロゴロと布団の上を転がり続けていただろう。

 

 枕に埋めた顔を少し傾け自身の横を見てみる。

 そこには穏やかな笑みでこちらを見つめる范星露の姿があった。

 

「風呂から出たら勉強の時間なのじゃが……その様子では無理そうじゃな」

 

 その問いに頷こうとするも恥ずかしさで動けない。今のこの状態では、勉強した所で碌に頭に入ってこないのは間違いない。

 八幡の返事を待たずに星露は立ち上がり、部屋の電気を消す。

 

「まあ今日の所はゆっくりと休むがよい。おやすみじゃ、八幡」

「…………おやすみ」

 

 何とか返事を返すと星露は八幡の隣にある布団に入っていく。八幡も自身の布団に入りお互いに就寝に入る。

 

 暫し時が経つ。だが眠れない。先程の出来事から左程の時間は経っていない。未だ興奮冷めやまぬ中、眠れるはずがなかった。

 

 ちらりと星露の方を見る。目を閉じたその姿で眠っているかどうかは、八幡には判別できなかった。

 星露の顔を見るだけで先程の事を思い出し、頬が熱くなるのを押さえられない。

 

 八幡は自身の心が軽くなり楽になっているのを自覚していた。星露によって自身の奥底に眠る思いを全て吐き出した影響だろうと分析する。

 相手は年上だが幼女。いや、肉体年齢は一桁なので年下と言っていいのかもしれないが。ともかく、会ってまだそんなに経っていない相手に己の全てを曝け出したのだ。家族にも、妹にも、そんな事をしようとは考えもしなかった。

 

 恥ずかしかった。

 だが今の気持ちは―――――決して嫌なものではない。

 

 そんな己の心の変化に驚く。范星露とは己の中でそこまで大事な存在になっていたのかと。

 

 だから

 

「……もう少しだけ待ってくれ、星露。あとちょっとで答えを出すから」

 

 その呟きに反応するかのように、星露の顔がこくりと頷いたように見えた。

 起きているのか寝ているのかは分からない。だがどちらでもよかった。

 

 八幡は目を閉じて眠りに入っていく。急激な睡魔に襲われ意識が失われていくのが分かった。

 そして完全に意識が失われる直前に

 

「……待っておるぞ、八幡」

 

 そんな声が聞こえた気がした。

 

 

 




今回の話は八幡を泣かせるためだけにありました。
彼の抱えるものと心の推移を上手く表現し、八幡らしさを表せていればいいのですが……

以下設定です。

リング型煌式武装
独自設定です。文中にある通り、4つを同時に装着して発動。同量の星辰力を4つに流す事で重量の軽減が可能。ただし完全に重量をなくすことは出来ない設定です。
星辰力のコントロール技術を短時間で身につけるにはどうすればいいかを考えたら思いつきました。

范星露に関して

彼女の正体である仙人に関してですが、原作であるキャラが范星露の正体に関して語った時に出てきました。ただ本人が明言したわけではないので、本当にそうなのかは現時点では不明です。個人的には間違ってはいないと思いますが。
今作品では仙人という設定をそのまま使用しますので、ご了承ください。

新選組
完全に独自設定です。夜吹の一族が日本にあると仮定し、星露と過去にどう絡んだか妄想したらなぜか新選組が思いつきました。まあ戦闘狂の星露なら新選組がいたら絶対絡むよねという感じで。池田屋事件もwiki等で調べただけなので、おかしい所があったらご指摘をお願いします。


後、UA70000 お気に入り1000突破ありがとうございます。
前回の話で評価とお気に入りが増えて凄く驚きました。

星露の力か、幼女の力か。それとも両方なのか。
一体どれが原因なのか悩ましい所です。

しかしヒロイン星露を書き、皆さんの前話の感想を見て思いました。
年上プレイも可、年下プレイも可、母性もあるしカリスマもある。何だこのヒロイン最強じゃないかと。自分で書いてて何ですが、やばいものを生み出してしまった気がするのは気のせいでしょうか?
読者の皆さんにも聞いてみたい所です。

今回の話は過去最長の11000字を突破。
本来なら答えを出すまでの予定でしたが、それを書くと確実に15000字を突破しそうだったので、区切りのいい所で切りました。

最近思う。書けば書くほど文字数が増えていくと。
あまり描写を細かくしてもくどいだけですが、描写を表現しないと話は進まない。

上手い人は少ない文字で話を構成できるので凄いと思います。
誰か上手いコツがあれば教えてください。

未だアスタリスクにすら到達していないこんな作品ですが、応援してくださると嬉しいです。

では次回もよろしくお願いします。
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