嬉しさのあまり早く更新できました。
今後も頑張ります。
誤字、脱字、感想等あれば、よろしくお願いします。
「はぁぁっ」
部屋の中で一人の少年の溜息が零れる。
目の前に積まれた書類の山を見て現実から逃避したくなるがそうもいかない。
手を伸ばし一枚の書類を取る。そして手元に持ってきて内容を見る。
「……学園内のトラブルの件数の増加とそれに伴った施設の修繕費ですか。予想通りではありますが、やはり増えてきてますね……はぁぁっ」
書類の内容に頭が痛くなってくる。分かっていた事ではあるが実際に確認すると溜息の一つも出るものだ。
この学園、界龍第七学園では今重大な問題が一つ起こっていた。ある意味学園創立以来の危機と言ってもいい問題だ。
それは界龍のトップである万有天羅 范星露がいなくなったのである。
正確にはいなくなったというより戻ってこないというのが正確か。当の本人が弟子の一人に留守にすると伝えたのを最後に、誰もその姿を確認できていないのだから。
万有天羅が姿を消した。翌日にそれが発覚したときは頭が眩んだ。箝口令は敷いたものの、人の口に戸は立てられないのが世の常である。噂はあっという間に学園中に広まった。
まだ他所の学園に漏れていない事だけが唯一の救いだ。この情報がばれた時の影響など考えたくもない。
只でさえ運営母体である界龍からも、万有天羅の所在についての連絡が頻繁に来ているのだ。
今は何とか誤魔化せているがそれもいつまでもつか。
そこまで考えて目の前の書類に視線をうつす。考え事をしていても書類の山は減らない。溜息を付きながら目の前の山を片付けるべく手を動かしていく。
それからしばらくした後、突如部屋の扉からノックの音が聞こえてきた。
「……どうぞ」
返事をすると一人の女性が中に入ってくる。
「入るよ~」
「セシリー。何か用事ですか?」
入ってきたのは顔馴染みだった。
セシリー・ウォン。水派を統括する道士にして万有天羅の三番弟子。薄いブラウンのウェーブがかかった長い髪が特徴の女性である。
「昼ご飯持ってきたんだよ。今何時だと思ってんの?」
「何時って、ああもうこんな時間ですか」
呆れるように言ってきたセシリーの問いに時間を確認してみると時刻は15時を回っていた。
朝から書類の処理をしていたので時間の感覚がなくなっていたようだ。
「忙しいのは分かるけどさ。あんまり無理しない方がいいよ?」
「分かっています。しかし師父と大師姉がいない今、誰かが無理をしなければいけません。それともセシリー。あなたが僕の代わりに書類を片付けてくれますか?」
「うん、無理!」
「……そういう事です。僕がやるしかありませんからね。しょうがありません」
大雑把な性格のセシリーだ。書類の処置など任せてもまともに出来るはずがない。任せて問題が増えるぐらいなら最初から自分一人でやった方がましというものだ。
「とりあえずご飯食べよ。私もおやつ持ってきたからさ」
そう言うと昼食である弁当を少年に押し付け、セシリーは少年の隣の席に座った。
目の前の弁当を見ると急にお腹が空いてきた。書類を脇にどかして弁当の蓋を空ける。
食堂の日替わり弁当は量が多く安い事で有名であり味も中々だ。それ故に学園の生徒にも評判の一品だ。
「いただきま~す」
「いただきます」
自己紹介が遅れたが少年の名前は趙虎峰。
最近女装をして男にナンパされた事がトラウマになった、界龍随一の苦労人である。
二人の食事が始まった。
虎峰が一口箸を進めると更に箸を進めたくなり、衝動に身を任せ箸のスピードが上げる。
あっという間に弁当を食べ終わると、それを待っていたかのように隣にいるセシリーが口を開いた。
「師父がいなくなって二週間か。何処でなにやってるのかなー」
「あの方は気まぐれですからね。想像もつきませんよ」
范星露の性格は一言で表すなら自由奔放である。生真面目な性格の虎峰は、星露の奔放さによく振り回されているのだ。
「しかし凄い量の書類だね~どんな内容なの?」
「学園内のトラブルの報告に予算承認案、来期の推薦者のリストアップ、現時点での受験者の申し込みの一覧など様々ですよ」
「はぁーすっごいねー」
感心したように言うセシリー。
「最近木派と水派のトラブルが増えつつあります」
「知ってるよ。私も何度か目撃してるし」
「このままだと一年前に逆戻りですよ。困ったものです」
「師父に加えて陽姉もいないからね。しょうがないよ」
陽姉とは雪ノ下陽乃の事である。セシリーは陽乃の事を慕っている為こう呼んでいる。
「……せめて大師姉でもいてくだされば」
大師姉、雪ノ下陽乃が帰郷したのは星露が行方不明になる少し前の事だった。これまでも何度か帰郷しているのでそれ自体は珍しい事ではない。
「陽姉も戻ってくるの遅いよね~もう3週間ぐらいだっけ」
「確かそのぐらいですね。早く帰ってきてほしいものです」
雪ノ下陽乃に関しては、実家絡みの問題でもう少し戻るのに時間が掛かると先週連絡があった。彼女が界龍にいれば、ここまでややこしい事態にはなっていなかったはずだ。
「唯一の救いはあの双子が大人しい事だけです」
「よっぽどトラウマなんだろうね。一年前の出来事がさ」
「一年前、ですか」
思い出すのは一年前の春。入学初日に万有天羅に挑んだ雪ノ下陽乃。敗れはしたものの、その実力は万有天羅自らが弟子になる事を求めたほどだ。
そしてその数日後。
界龍にある事件が起こった。万有天羅の二番弟子となった雪ノ下陽乃。その高い実力を木派と水派が見逃すはずもなく、彼女を巡って両者の争いが起ころうとしていた。
睨み合う木派と水派の面々を前に、雪ノ下陽乃は言い放った。
―――――ふ~ん。私が欲しいなら実力を示してほしいわね。かかってきなさい。相手してあげるから。
結果、雪ノ下陽乃 対 木派、水派の戦いが始まった。
しかしこれを戦いと呼んでいいかは微妙な所だ。
「全員やられちゃったからね。私たちも含めて」
「……苦い思い出です」
お互いに苦笑する。あの闘いはそれほどに衝撃的な出来事だった。
最初は一対一で戦っていたが、しばらくすると徐々に相手を増やし一対三へと変化した。
最終的には木派と水派の両者を合わせて五人で相手をした。しかしそれでも雪ノ下陽乃が勝利したのだ。
最終戦には虎峰とセシリー、そして双子の黎兄妹が含まれていた。そしてこの闘いで黎兄妹はトラウマを負った。
「アレは凄かったね~」
「自分たちのやっている事をそのまま返されてましたね」
最終的に黎兄妹が五人の中で最後に残った。いや正確には残されたというべきか。
黎沈雲と黎沈華。双子の兄妹である二人は高い実力を持っているが、揃って傲岸不遜な性格をしており、常に相手を見下し、敬意の一片も払わない。常に、自分たちに有利な状況を構築したうえで徹底的に相手の弱点を突き、一方的にいたぶる戦法をとるほどの性悪な性格をしていた。
「……初めてあの双子に同情しましたよ、僕は」
「……私も」
雪ノ下陽乃は事前に双子の性格と戦い方を調べたようだ。双子のコンビネーション攻撃を敢えて正面から全て叩きのめした。相手の手札を一枚ずつゆっくりと潰していったそのやり方は、最終的にあの双子が人目をはばからず泣いて謝ったほどだ。
―――――さぁどうしたの。かかってきなさい。泣いたからって許されるわけではないわ。降参?させないわよ。自分達が行ってきた行動を少しでも反省して、自らの所業を悔いるといいわ。
号泣しながら謝る二人を前に陽乃はそう言い切った。この事がトラウマになったのか、これ以降双子の性格は多少大人しくなり、むやみに周りと揉める事はなくなった。
そして雪ノ下陽乃は一部の生徒から魔王と呼ばれるようになり、二つ名の切欠となった。
「これでは大師姉に失望されてしまいますね」
「私達だけじゃ片方ずつ抑えるので精いっぱいだよ」
元々木派と水派は犬猿の仲だ。木派は武術を主とし、水派は星仙術に力を入れている。星仙術を収めるには素質が不可欠なので、それを持たない者が木派に流れる事が多い。虎峰でさえ、水派に対し多少のコンプレックスがあったのだ。
しかし雪ノ下陽乃が入学して以降、少し様相が変化した。彼女は木派と水派の両方に顔を出し、両者の仲を取りもとうとしたのだ。そのような人物は今まで誰もいなかった。
界龍の序列一位である范星露と序列二位である武暁彗の二人は木派と水派に基本的に口出ししない。星露は弟子に強さを与えこそするが道を説くことはなく、暁彗も己の強さにしか興味がないからだ。
それ故に雪ノ下陽乃の行動は両派閥にとって驚きだった。純粋に強さを求め他の誰よりも鍛錬に励み、門下生の面倒も進んでみる。そして悩みごとがあれば誰からの相談も受け、両派閥の争いには進んで顔を出し仲裁をしていった。
いつしか彼女は両門下生から大師姉と呼ばれるようになり、木派と水派の両方を統括するようになったのだ。
「この一年で両派の争いも徐々に減って、よい傾向だと思ったのですが」
「師父がいなくて陽姉も帰ってこない。皆不安なんだよ」
「だからと言って争っていい理由にはなりません」
「……そうだね」
二人して溜息を付く。この話題を続けてもいい事はなさそうだ。話を変えるべくセシリーは次の話題を出す。
「そういえば、今日って確か六花園会議だよね?」
「そうですよ。師父が不在ですからアレマが行ってます」
「虎峰はここに居ていいの?いつもは師父と一緒にホテルまで付き添いで行ってるでしょ?」
「付き添いは当の本人に断られました。一人で充分だそうです」
「そっか……そういえばお茶なくなったね。淹れよっか?」
「いいんですか?じゃあお願いします」
「うん、任せて!」
セシリーが椅子から立ち上がる。二人がいる部屋の隅にはお茶を入れる道具は一通り揃っている。セシリーがそこに向かうと慣れた手付きでお茶を入れていく。その後ろ姿を見ながら虎峰は呟いた。
「……そろそろ会議も終わる時間帯ですね。何も問題がなければいいのですが」
星露が欠席した公式行事ではアレマ・セイヤーンが代理を務めることが多い。しかし六花園会議を欠席したことはないので怪しまれるかもしれない。
「お待たせ~」
セシリーが二人分のお茶を持ってきた。右手に持った茶器を虎峰の前に置き、自らも隣の席に座った。
「ありがとうございます、セシリー」
「いいっていいって。さ、どうぞ」
セシリーの言葉に従って茶器を口に含む。暖かなお茶が喉を潤し舌を満足させてくれる。
「……美味しいです」
「そう?よかった~」
正直に言うと虎峰が入れた方が美味しい。只、セシリー自らが入れてくれたお茶は味以上のものを感じられた。
食後に一時を和やかに過ごす二人。一休みをしたので書類の続きを再開しようと虎峰が思った……その時だった。
虎峰の目の前にウィンドウが開いた。
「どうしたの?」
「アレマからですね。どうやら会議が終わったようです」
会議終了後にはこちらに連絡をするように予め伝えていた。虎峰は目の前のウィンドウを開く。
「アレマ。会議は終わりましたか?」
『ああ、うん。一応終わったよ』
目の前のウィンドウに一人の女性の姿と文字が表示された。猫のように大きな瞳と癖の強い短髪、そして顔に無数の傷を持つその女性の名はアレマ・セイヤーン。星露が界龍に現れるまでは、界龍第七学園において最強の座にいた元序列一位だ。彼女の喉元にはチョーカーのように細長い呪符が貼られており、その力で声を封じられている。
「それで会議の方はどうでしたか?今回の議案を教えてください」
『あ~~虎峰。ちょっといいかな?』
いつになくぎこちない感じのアレマ。その様子に嫌な予感を感じる。
「……何ですか?師父ならまだ戻ってきてませんよ」
アレマも星露に負けず劣らずの戦闘狂だ。星露がいなくなってから、彼女を探して六花中を探し回っていることを虎峰はよく知っている。
『うん!先に謝っておく。ごめん!』
「…………内容も言わずにいきなり謝られても困ります。いったい何ですか?」
嫌な予感は止まらないが聞かないわけにもいかない。先を促して続きを話させようとする。
『星露ちゃんいないのバレちゃった』
「…………」
虎峰は無言のまま倒れた。
「ちょっと虎峰!しっかりして!」
セシリーの声が遠くに聞こえる。これからの事態を考え気が遠くなっていく。しかしもうどうでもいいやと心の中で思いながら虎峰は気を失った。
「ああ、そうだ。界龍のクソガキがいなくなったようだ。目的?知らねぇよ。あのクソガキにとって界龍との約定なんざあってないようなもんだろ」
レヴォルフの生徒会長室で一人の男性がウィンドウで指示を出していた。
男の名はディルク・エーベルヴァイン。非星脈世代ながらレヴォルフの生徒会長に座についた男だ。
二つ名は悪辣の王。悪魔的な頭脳と謀略に長けていることからこう名付けられた。
「……まずはそれが本当か確かめる必要がある。猫の準備が整い次第、界龍に探りを入れる。分かったな」
そう言うとウィンドウが消された。男は軽く溜息をつき愚痴る。
「あのクソガキ。いたらいたで厄介ごとの種だってのに、いなけりゃいないで面倒ごとを引き起こしやがる……」
ぶつぶつとつぶやきながら、悪辣の王は複雑な思考に没頭していった。
「万有天羅がいないかもしれない!?」
「ああ、アレマ・セイヤーンの言ったことが正しければだけどね」
聖ガラードワース学園の生徒会長室では二人の男女が話をしていた。
男の名はアーネスト・フェアクロフ。ガラードワースの生徒会長にして聖騎士の二つ名を持つ剣士。
対するのはレティシア・ブランシャール。生徒会副会長で光翼の魔女の二つ名を持つ女性だ。
「それを素直に信じたのですか、アーネスト?」
「少なくとも六花にいない可能性は高いと思うよ」
アーネストは断言した。
「彼女は界龍との約定でむやみに外出など出来ないはずでは?」
「公主にとっては無意味な約定さ。彼女は万有天羅だからね。その気になればいつでも出掛けられるよ」
アーネストの言葉を聞きレティシアは思いつく。
「……つまり外の世界に彼女の気を引く何かがあるということですか」
「だろうね。そうでなくては公主がいなくなる理由がない」
范星露がアスタリスクに来てから一年半あまり経つが、彼女がアスタリスクを出たことはこれまで一度もない。強者との闘いにおいてアスタリスク以上の場所など存在しないはずなのだ。
「上から至聖公会議を動かすと通達があったよ」
「至聖公会議を!」
「上はどうあっても公主の居場所を突き止めたいらしいね。龍生九子との衝突もあるかもしれない」
「界龍に侵入でもさせるつもりですか……最悪死人が出ますよ」
「戦闘力においては龍生九子の方が上だからね。そこまで無茶はしないと思いたいよ」
ガラードワースの諜報工作機関 至聖公会議は情報戦においては六学園随一だが、戦闘力の観点から見ると界龍の諜報工作機関 龍生九子の方が一枚も二枚も上手である。
今回の目的は星露の所在の在処だ。しかし万有天羅直属の龍生九子がそれを簡単に許すわけがない。文字通り命を懸けてでもこちらを止めてくるだろう。
「……どちらにせよ六花はしばらく荒れそうだ。公主の情報が入ったらこちらに教えてくれ、レティシア」
「分かりましたわ、アーネスト」
生徒会長の確認に副会長は大きく頷きを返えすのだった。
「というわけで、夜吹くんには界龍に侵入して公主の居場所を突き止めてもらいます」
「いやいやいや、いきなり呼ばれたと思ったら何言ってるんすか、会長!?」
星導館の生徒会長室に呼ばれた夜吹英士郎は、目の前の生徒会長からの無理難題に叫び声を上げる。
生徒会長 クローディア・エンフィールドは英士郎からの質問に答える。
「今日の会議を公主が欠席しましてね……公主が界龍はおろか、六花にすらいない可能性が出てきました」
「……マジすか?」
英士郎も星露と界龍との約定のことは知っている。クローディアの言う事が本当なら大問題だ。
「どちらにせよ、公主の不在が本当か確かめる必要があります。もしかしたら病気で寝込んでいるのかもしれないし、こちらをからかった只のイタズラの可能性もあります」
「……会長はどう思ってるんですか?」
英士郎の疑問にクローディアは考え込む。
「…………恐らくですが、アスタリスクにいない可能性が高いです。アレマ・セイヤーンの言ったことが本当なら、ですけどね」
「はぁぁぁ、やっぱりそうですか」
「公主の居場所を突き止めるようにと、上から影星が動くよう通達が来ています。夜吹くんにも頑張ってもらいますよ」
にっこり微笑まれてもこんな仕事はやりたくない。
「……睚眦の連中に会ったらどうすればいいですか?」
「見つからないようにお願いします」
「…………アレマ・セイヤーンに会ったら?」
「何とかして逃げて下さい」
状況を好転する材料が一つも見渡らない。
「無理ですって!探るだけならまだしも界龍に侵入だなんて!」
「う~~ん。駄目ですか?」
「勘弁してくださいよ、会長。特に元序列一位のアレマ・セイヤーンに見つかったりでもしたら、冗談抜きで命の危機です!」
「仕方ないですね。では、界龍に侵入というのはなしで、影星には公主の所在を探ってもらいます。無理のない程度で構いませんからね」
「それでも危険な橋を渡ることには変わりありませんけどね……断っていいですか?」
「夜吹くんが直接上に連絡して許可が得られたらいいですよ」
「ですよね~~」
苦笑して諦める。上からの命令に従わなければいけないのが宮仕えの辛い所だ。
英士郎は踵を返しそのまま生徒会長室を出ようとする。そんな英士郎にクローディアは声を掛ける。
「……本当に無理はしないでください。公主はそのうち帰ってくるでしょうから」
「パン=ドラの力ですか?」
「いえ、私の勘です。あの方はこの学戦都市を気に入っておられるようですからね。いなくなった理由は分かりませんが、戻ってくるのは間違いないでしょう」
「……分かりました。では、軽く探る程度にしておきます」
「それで結構です」
クローディアの返事を最後に英士郎は生徒会長室を出ていった。
一人残されたクローディアはウィンドウを開き、動画を再生した。
数日前にある人物から届けられたこの動画を、クローディアはこれまで何回も見返していた。
それは二人の星脈世代の戦いが収められた動画だった。場所はとある地方の銀行の中。監視カメラで撮られた動画だが、カメラの故障により音声は録画されておらず、映像も途中までしか映し出されていない。だがそれでも確認できる箇所はある。
「……何度見ても信じられませんね。魔王とあそこまで戦える人物がいるなんて」
黒炎の魔王 雪ノ下陽乃。界龍の序列第三位である彼女が映っているのは別に問題ない。撮られた場所が彼女の地元で、その実力は広く知られているからだ。
問題は相手の方だ。クローディアは動画とは別にもう一つウィンドウを開いた。そこには一人の男子のプロフィールが映し出されていた。こちらも今まで何度も見返している。
「比企谷八幡……やはり欲しいですね」
魔王とあそこまで戦える人物だ。映像で確認できた限り雪ノ下陽乃は本気を出していた。その事実だけで充分戦力だと判断できる。少なくとも、現時点で星導館の冒頭の十二人に入るのは間違いない。戦力不足の星導館としては何としても欲しい人材である。
だが
「問題は界龍ですか。雪ノ下陽乃は元々彼と知り合いのようですが、二人が戦っている所を見ると仲はよくないようですね……こちらもスカウトが動いていますから、間に合うとよいのですが」
動画の提供者に比企谷八幡のスカウトは委ねることにした。全く無名の人材であるが、上にこの動画を見せれば説得できる可能性は十分にある。
「それにしても刀藤流ですか……分家の方でしたらあの娘とは関係なさそうですね」
八幡のプロフィールの一部に注目する。刀藤流という単語が一人の少女の姿を連想させる。近い将来、星導館に入学することが確定している未来の序列一位を。
「そういえば……彼の所在も確認できていませんでしたね」
突如、別の考えが頭に浮かぶ。范星露と同様に比企谷八幡の所在も確認できないと報告があったのだ。
范星露と比企谷八幡。二人とも現時点で行方不明の人物達。
「……まさか、ね」
脳裏をよぎった一つの考え。
「彼と公主が一緒にいるなんて……ありえませんね」
いくらなんでも突拍子もなさすぎる考えに、クローディアは苦笑しながら否定した。
「それで、どうして師父の不在がバレちゃったのさ、アレマ」
『いやさ聞いてよ、セシリー。あいつらさ、星露ちゃんが何処行ったとか、何かトラブルに巻き込まれたとか、あんまりにもしつこいもんだから。つい、ね』
「つい、どうしたの?」
『いや、そんなのあたいが知りたいわー!って言っちゃった』
「バレてるんじゃなくて、自分からバラしてるじゃん、それ」
虎峰が気絶した後、セシリーはアレマから詳しい事情を聴きだしていた。二人は仲が良いのでお互いに気楽な口調だ。
尚、虎峰はセシリーが保健室へ連れて行ったので、この場にはいなくなっている。
「まあ、バレちゃった以上今後の対応策考えないとね。他所の学園の諜報機関がわんさかと押し寄せてくるよ、絶対」
『来るなら星導館の影星、ガラードワースの至聖公会議、レヴォルフの黒猫機関辺りかな。クインヴェールは歌姫さんが会議に来てなかったからバレてないし、アルルカントは身内で争ってるから大丈夫でしょ』
「……クインヴェールは時間の問題だと思うけどね。アルルカントに関しては同意見だけどさ」
アルルカントでは五つの派閥による勢力争いが活発になっているとの噂だ。現状で他所の学園にちょっかいを掛ける事はないだろう。
『まあ、自分で仕出かした事は自分で責任を取るさ。うちら睚眦が責任を持って連中の対処をするよ』
界龍の諜報工作機関龍生九子の第七府、特務機関《睚眦》の工作員。それがアレマ・セイヤーンの現在の立場だ。
「ホントに頼むよ。こっちも内部のゴタゴタが続いてるのに、これ以上の厄介事はごめんだよ」
『木派と水派ね。私が連中締めてやろっか?陽乃の代わりに』
「……いやそれは止めて。私たちが何とかするから」
一瞬任せるかどうか考えたが拒否する。アレマが出っ張ってくると被害が大きくなりすぎるからだ。
「………少しよろしいでしょうか、ウォン師姉」
そこでセシリーに声が掛かった。セシリーが声の方向に振り向くと二人の男女が机に書類を広げながらこちらを見ていた。黎沈雲と黎沈華の双子の兄妹だ。
「何で僕たちが書類を片付けなければいけないのか」
「納得のいく説明をいただけないでしょうか」
兄である黎沈雲の言葉を妹の黎沈華が引き継ぐ。それままるで一人の人間が喋っているかのように、不自然さがない。この双子の特徴的な喋り方である。
「虎峰が倒れちゃったからね。その代打だよ」
セシリーが軽く答える。彼女は自分が書類仕事が苦手なのは自覚している。ならば話は簡単だ。出来ないのなら得意な人物に手伝ってもらえばいい。セシリーと双子は同じ水派に属しているため、二人に書類を任せるのは今回が初めてではない。
「まあ、それ自体は慣れているので別に構いませんが」
「……大師兄がいらっしゃるのは何故でしょうか?」
双子が視線を向けた先にセシリーも視線を向ける。そこには一心不乱に書類を読みペンを走らす武暁彗の姿があった。
『ああ、あたいが呼んだんだよ。ちょうど暇してそうだったからさ』
「………アレマくらいだよ。そんな理由で大師兄のこと呼べるのは」
『陽乃の奴もやりそうじゃん』
雪ノ下陽乃とアレマ・セイヤーン。押しが強い性格をしている二人は、武暁彗相手でも遠慮のない対応する。
「……終わったぞ」
真横から声が掛かる。いつの間にか武暁彗が隣に立ち書類を差し出してきた。手に持った書類をセシリーが慌てて受け取る。
「ありがとうございます、大師兄。しかし、書類仕事なんて大師兄自ら行わなくても……」
『別にいいんじゃない。暁彗ってば、放っておいたらずっと黄辰殿の奥に篭りっきりなんだから』
武暁彗は星露の一番弟子で序列二位だ。実力も立場もセシリーより上の人間に書類仕事を押し付けるわけにはいかない。
「……構わん」
だが暁彗に問題はないようだ。それどころか、次の書類を寄越せとばかりに手を伸ばしてきた。
「……お願いします」
「ああ」
その圧力に負けたセシリーが次の書類の束を渡した。書類を受取った暁彗が席に戻っていく。
『なぁ暁彗』
「……何だ」
だが席に戻る途中、アレマが暁彗に呼びかける。その場で足を止め暁彗はアレマの方を見る。
『星露ちゃん見たのあんたが最後なんでしょ。どんな様子だったのさ?』
星露に最後に会ったのは暁彗である。その時の様子を知るものは他に誰もいない。
「………楽しそうだったな」
「楽しそう、ですか」
暁彗は思い出す。その時の様子を。
――――――暁彗。儂はちと所用で出かける事になった。
星露は真剣な表情をしていた。
――――――連絡は不要じゃ。後は頼むぞ。
だが、その後は笑っていた。まるで探し物が見つかったかのように嬉しく、そして獰猛な笑みを浮かべながら。
「ああ、とてもよい笑顔で笑ってらっしゃった。あのように楽しそうな師父を見たのは久方ぶりだ」
『へぇ~星露ちゃんがねぇ。それは面白そうじゃん』
「どういう事、アレマ?」
アレマの言葉の意味が分からずセシリーは問いかける。
『分かんない?星露ちゃんが喜ぶなんて強者がいたときぐらいだよ。そいつに会いに行ったんだよ、きっと』
「でも、会いに行ったって師父はアスタリスクにはいないんでしょ?この街以外でそんな人がいるとは思えないんだけど」
『でも、間違いないよ。星露ちゃんが動くなんてそれ以外に理由がないって』
断言するアレマ。だが他に納得できない人達もいる。
「その話が正しければ、師父が興味を持つ程の強さの人物がアスタリスク以外にいて」
「界龍との約定を破ってまで、師父がわざわざ会いに行ったことになります……どんな強さよ、その人」
星露は界龍とアスタリスクの外へは出ないと約定を結んでいた。万有天羅にとっては口約束のようなものだが、一応それを遵守し守ってきた。
だが今回、星露はその約定を破った。統合企業財体との約束を破るリスクよりも、興味が惹かれたものがあるのは間違いない。
「……気にするな」
「大師兄?」
「師父を信じて帰りを待てばいい。俺たちに出来る事はそれだけだ」
暁彗はそう言い切って再び書類に目を通し始めた。
「……ま、私たちが此処でどうこう言っても真実は分かんないか。さて、続きをするとしましょう。アレマ、手伝って!」
『虎峰気絶させたのあたいのせいだしね。しょうがないか。セシリー書類頂戴』
セシリーはアレマに書類を渡す。
「まあ、師父が戻れば分かることですし」
「ここで推測を重ねてもしょうがないわね」
双子もまた書類に目を通し始めた。
「師父は今頃何をしてるのかな~」
セシリーは呟く。
星露の安否は別に心配してない。セシリーの知る限り世界最強の人物なのだから。
「早く帰ってきてくださいよ……虎峰の胃が無事の間に」
しかし彼女の願いは叶わず、星露が界龍に戻ってきたのはそれから二か月以上先の事であった。
閑話の一つ目をお送りしました。
星露がいない影響と各学園の反応、そして陽乃さんの入学当初の話。昔はちょっと荒れてた陽乃さんです。
次はもう一つの閑話。比企谷家と総武のお話ですね。
では、次回もよろしくお願いします。