今回の話で、漸く原作崩壊タグが火を噴きます。
さて、読者の皆さんに受けいれられるかどうか?ある意味審判の回です。
そこに到着したのはお日様が最も高い位置にある時刻だった。
仙台から西へしばらく向かった丘陵部にある屋敷は一言でいえば大豪邸だ。
広大な敷地には日本の建築様式の一つである数寄屋造りの建物が何棟も並び、道場らしき建物も複数見受けられる。その雄大な様は江戸時代の上屋敷と表現していいだろう。
「……凄いですね、この屋敷」
「はっ! 無駄にでけぇのは変わらねぇな、此処は」
質実剛健な門をくぐり、母屋までの道を歩いているのは二人の人物だ。
「なんか棘がありませんか、師匠」
「あんまり此処には来たくねぇんだよ。うるせぇ奴がいるかもしれねぇからな」
周囲の風景に圧倒されているのは范八幡。そして隣でめんどくさそうに歩いているのが彼の師匠の一人、我妻 恭一郎だ。
「じゃあ何で俺を此処に連れてきたんですか。この刀藤流宗家に?」
「……会わせたい子がいるんだよ。本当は親父が連れてくる予定だったんだが、急遽予定が入っちまってな……俺は来たくなかったが親父に脅されてな」
溜息を付く恭一郎。彼が宗家を避けているのはとある人物に会うのを避けるためだ。だが今回は父親で剣聖でもある清十郎に言われたため、渋々宗家に足を運ぶことになった。
そして八幡が一緒に訪れる事になったのは清十郎の希望でもある。刀藤流宗家で修行すれば必ず得るものがあるからと言われ、夏休みに入って間もない彼がこの場所にに来ることになったのだ。
「まあ考えてみれば、アイツが絶対居ると決まったわけじゃねぇしな。嬢ちゃんに顔見せして俺はさっさと帰るとするか」
気持ちの切り替えはすんだようだ、母屋らしき建物の玄関に到着した恭一郎は扉を開け──―そして即座に閉めた。
「よし! 帰るぞ八幡!」
「いや、まだ入ってすらいないですよね。いったい何があったんですか?」
「聞くな! とりあえず今は此処から離れる事は最優先で「入ってきな、恭一郎」……ちっ」
恭一郎の声を遮るように、母屋の中から一人の女性の声が聞こえた。しわがれた、だがとても力強いその声に舌打ちをしつつ、恭一郎は再度扉を開けた。中は予想通りの広い玄関が広がっており、そこには一人の老婆がいた。
「何で居るんだよ、クソババア」
「あたしが居て何が悪いんだ? 相変わらず口の悪い子だよ、お前は」
「へっ! アンタに注意される覚えはねぇよ」
「小さい頃オムツを替えてあげた人に対する態度じゃないね」
「それは大昔の話だろ!」
いきなり言い争いを始まる二人に困惑する八幡。その様子に気付いた老婆は八幡に話しかける。
「で、そっちの坊主がアイツの弟子かい?」
「ああ、そうだ」
老婆がこちらを見定めるように強い視線を送ってくる。
「初めまして、范八幡といいます」
「ああ、見苦しい所を見せちまったね。あたしの名前は我妻代志乃。分家に嫁いだ身だが、今は刀藤流の宗家代理を任されてる。お前さんの知ってる清十郎とは腐れ縁だ」
「……代理ですか?」
分家である我妻の人物が宗家代理を勤めている。その事に疑問が生じ思わず聞き返した。
「……当主は今此処には居なくてね。とりあえず上がりな」
代志乃に案内されて長い廊下を進む。廊下から見える範囲ですら、たくさんの部屋があるのが見て取れる。
廊下に臨む庭園から、建物と建物の間にあるちょっとした坪庭も存在しており、家人らしき人が手入れをしていた。さらに廊下を歩いていると、大人の男性や女性がそこかしらで掃除や片付けをしていた。彼ら彼女らは、代志乃の姿を見ると畏まって頭を下げ、恭一郎の姿を見ると驚きの表情を浮かべた。
「皆、うちの門下生だ。住み込みで手伝ってくれてる」
「……師匠の姿に驚いているみたいなんですが」
「此奴は宗家に滅多に来ないからね。珍しいのさ」
「ふんっ!」
そしてしばらく廊下を歩いていると、前方に二人の女性の姿が見えた。その二人に用事があるのか、代志乃を先頭に三人は近付いていく。
二人がこちらに気付く。その内の一人、長髪で黒髪の女性は笑顔でこちらを出迎える。だが、もう一人の銀髪の少女は、八幡の顔を見ると黒髪の女性の後ろに急いで隠れてしまう。
「ちょうど良かった。二人とも、ちょっといいかい?」
「はい。あら、恭ちゃんじゃない! 久しぶり!」
「……恭ちゃんは止めろっつってんだろ。まあ久しぶりだな、琴葉」
「ええ。あら、もう一人は初めて見る顔ね。お客様?」
「ああ。一週間ほど家で面倒を見る事になった。清十郎の弟子だそうだ」
「まあ! そうなんですね!」
黒髪の女性は優しそうな笑顔でこちらを見る。
「初めまして、刀藤琴葉と申します」
「こちらこそ初めまして、范八幡です」
「清十郎さんのお弟子さんなんだ。八幡くんは高校生? 清十郎さんのお弟子さんって事は千葉県から来たの?」
「今は中学三年です。昔は千葉に住んでいましたが、今はアスタリスクに住んでいます」
「あら、大人っぽいから高校生と思ったわ。それにアスタリスクってアレよね。何か凄い子たちがいっぱいいる所ね。テレビで見たわ!」
「ええと、はい。そうですね」
琴葉のパワフルさに押され気味になる。八幡が困っていると、銀髪の少女が琴葉の服の袖を引っ張る。
「……お母さん。困ってるよ」
「あら、ごめんなさいね。この家に若い男の子が来るなんて珍しいから。私ったらついはしゃいじゃって。ほら、あなたも挨拶なさい」
琴葉に促され、銀髪の少女がこちらに顔を出す。くりくりとした大きな瞳とツンとした鼻が可愛らしい少女だ。その顔立ちから年下であろうと推測できる。少女のこちらを見る瞳は不安げに揺れており、いかにも気弱そうな雰囲気を全身から発していた。
「は、初めまして。と、刀藤綺凛です」
それがその少女、刀藤綺凛との出会いだった。
刀藤流宗家の道場、その中央で木刀を持ち正眼の構えを取る。疲れが生じ肩で息をするが、気力はまだ充実している。そう感じている八幡だが、どうやら相手も同じのようだ。
目の前の少女──―刀藤綺凛を見る。同じ正眼の構えを取り、剣気とも言うべき鋭く冷たい圧力がこちらを襲う。だがそれに気圧される事はない。圧力という点では刀藤清十郎や范星露を筆頭に、アスタリスクで嫌というほど味わっている。
これまでの対戦成績は0勝9敗。現時点で勝ち目がないのは理解している。星露から習った体術や能力を使用すれば結果は変動するかもしれない。だが────そんなものは無粋というものだ。
「──―参ります」
綺凛が短く言った次の瞬間、八幡の胸元に木刀が迫る。その軌道に合わせこちらも木刀を合わせてぶつける。木刀同士が衝突し──―綺凛の木刀が大きく弾かれる。木刀に込められた星辰力の差だ。綺凛の体勢が僅かに崩れる。
「はっ!」
「っ!」
体勢が崩れた綺凛に対して反撃。だが綺凛は迫る木刀を身体を回転しながら横に回避。そしてその勢いのまま横薙ぎを繰り出す。それを辛うじて受け止め、力で綺凛ごと弾き飛ばした。両者の距離が離れる。
力はこちらが上。しかし流れるような剣技、技の鋭さは綺凛の方が圧倒的に勝っている。これが年下の少女なのだから恐ろしい。いや、それどころか尊敬の気持ちすら湧いて来る。八幡より明らかに年下の少女が、これまでどれだけの鍛錬を積んできたか理解できたからだ。
────鍛錬サボってきたツケだな。
己の過去に少しだけ後悔する。比企谷八幡の時から今まで鍛錬を続けていれば、もしかしたらこの領域に到達していたかもしれない。そうすればもっとマトモに打ち合うことだって出来ただろう。それが出来ない自分が、もどかしく、そしてとても悔しい。
太刀筋は見える。だが少女の技が尋常ではない。今は耐えているが、又直に一本取られてしまうだろう。
────守っていても持たない。だったら一か八か!
「はぁぁぁっ!」
綺凛に対抗すべく八幡は連鶴を解き放った。
「連鶴か。技の繋ぎにまだ隙は多いが、一応使いこなせている。いい子を見つけたな、恭一郎」
「親父が仕込んだからな。あれぐらいはやって見せなきゃ弟子失格だ」
「そうか……」
代志乃と恭一郎は目の前の戦いを見守っている。
「……しかしあの坊主は何者だ。あたしはこれまで色んな子を見てきた。才ある者も、才なき者も含めてな……だけどあの成長スピードは尋常じゃないぞ」
代志乃は気付いていた。綺凛とのこれまでの試合。最初は成す術もなかったのに、試合を進むごとに徐々に綺凛に喰らいついているのだ。一試合ごとに、否、下手をすれば剣を交えているこの瞬間ですら、成長してるかもしれない。
「……取り戻してるんだよ」
「どういうことだい?」
恭一郎はその疑問の答えを知っていた。
「アイツがうちの道場に入ってきたのが四歳の時だ。そして僅か一年で大人を含めたうちの門下生を殆ど下した。そして親父の弟子になった。それだけでもアイツがどれだけ異常なのか分かるだろう」
「……それが本当だとしたら、綺凛にあれだけ後れを取っているのはおかしくないか?」
「その後色々あってな。結局道場を辞めちまった。だけどアイツは再び剣を取った」
「ブランクはどのくらいだ?」
「……大体七年だな」
「それでアレか。綺凛とは別の意味で末恐ろしいね」
代志乃はその事実に驚嘆する。
「アイツは自分の剣がどれだけ衰えているか知っている。アスタリスクに刀藤流の剣士がいるのかは知らんが、刀藤流として力を付けるなら同門の、しかもそれ相応の相手をするのが手っ取り早い」
「それでうちに連れてきたと?」
「ああ。それが一番の目的だ。まあ他にも理由はあるがな」
「他の理由?」
恭一郎は目の前の試合を見る。二人の攻防は終盤戦を迎えていた。連鶴で攻めていた八幡だが、繋ぎ目の隙を付かれ木刀を弾かれる。そして一瞬の隙を付かれ、カウンターで綺凛の連鶴を返されていた。攻めの機を逸した八幡は防戦一方となる。
流れるように放たれる連鶴を防ぐのが精一杯となり────そして
「っ! ……参りました」
八幡の喉元に木刀が付きつけられた。
「綺凛の嬢ちゃんにもいい刺激になるんじゃねぇか。お互い年も近いし、いいライバルになると思ってな」
「……その通りかもな。綺凛の方も触発されたのか、いつもより技にキレがあった」
最後の勝負も刀藤綺凛の勝利で終わった。疲れ切ったのか大きく息をする八幡。そんな彼に綺凛はタオルを持って近付く。
「……どうぞ。使ってください」
「すまん。助かる……強いな刀藤は。一矢報いる事すら出来なかった」
「そ、そんな事ありません。范先輩もお強いです。びっくりしました」
渡されたタオルを受取る。綺凛の方も自己紹介をした時の緊張はなく、リラックスした様子だ。それに勝負を通じて八幡に興味を持ったのか、自ら積極的に話しかけている。消極的な彼女には珍しい事だ。
「それにアイツは年下の面倒見がいい……嬢ちゃんも少しは気が晴れるだろうさ」
「……綺凛について知ってるのか?」
「綱一郎のバカが嬢ちゃんを利用しようとしてるって小耳に挟んでな。嬢ちゃんが星導館に行くってのはホントか、クソババア」
「……綺凛が綱一郎にその話を持ち掛けられているのは事実だ」
「自分の姪を出世の道具にしようってか。反吐が出るね、そういう考え方はよ。で、宗家代理のアンタはそれを認めるのか?」
恭一郎の強烈な視線が代志乃を射抜く。
「……あの子がそれを望むなら」
「……そうかい」
いつも凛とした代志乃が苦痛にまみれた声で返答した。
「はい。八幡くん、たくさん食べてね」
「えーと、ありがとうございます」
鍛錬が終わり、道場の傍にあるシャワー室で汗を流した。その後、夕食の時間となったので案内された場所で食事を頂くことになった。
琴葉が八幡の右隣に座り、ご飯が山盛りに盛られた茶碗を渡してきたので、それを受取った。
そして左隣には────
「あ、あの! 范先輩。こちらをどうぞ」
「ああ、ありがとう。刀藤」
綺凛が皿に盛られた仙台長茄子漬けを渡し、八幡がそれを受取る。そんな二人の様子を見ていた琴葉が二人に話しかける。
「あら、八幡くん。この家には刀藤がたくさんいるんだから、名前で呼ばないと区別できないわよ。それに綺凛。あなたも八幡くんのことをちゃんと名前で呼びなさい。赤の他人じゃないんだから」
琴葉は軽く嗜めるように注意する。
「分かりました、琴葉さん。えーと、綺凛でいいか?」
「はい。私は、は、八幡先輩とお呼びしていいでしょうか?」
「構わない。これから一週間よろしく頼む」
「はい! こちらこそよろしくお願いします!」
綺凛は嬉しそうに八幡へ笑顔を向けた。
「あんなに楽しそうな綺凛は久しぶりに見るよ」
「宗家は年上だらけで、しかも跡取りの嬢ちゃんに気を遣う輩ばっかりだろ。そりゃ嬢ちゃんだって気が休まらねぇさ」
恭一郎は酒器を手に取り日本酒を飲む。
「はーうめぇ……実際、綺凛の嬢ちゃんの才能はずば抜けてる。本人もその才能に溺れることなく努力を怠らない。剣士としては正に理想的だろう。だけどあの子はまだ小学6年だぞ。いくら何でも背負わせすぎじゃねぇか」
「……いくら言っても聞かないよ。綺凛を助けるために不可抗力とはいえ、誠二郎は罪を犯してしまった。あの子はそれを助けたいのさ」
「……父親のためか」
二人は綺凛がいる方に視線を送る。
「ほら、八幡くん。お代わりね。はい、どうぞ」
「は、はい……ありがとうございます」
「お母さん! ちょっと多すぎるよ。ご、ごめんなさい、八幡先輩」
「えー男の子なんだからこのぐらい大丈夫でしょ。ね、八幡くん」
「……大丈夫です」
「偉い! 流石は男の子!」
「……無理はしないで下さいね」
「……ああ」
どうやら琴葉が無茶ぶりをしているようだ。
「……楽しそうだな」
「ああ、子供はあれぐらい無邪気な方がいい」
「あたしたちも食べるか」
「そうだな。食事の時にまで暗い話はなしだ」
それを最後に二人も夕食に手を付け始めた。
「あー食いすぎた」
夕食を終えると客間へと通された。その広さは黄辰殿で最初に通された部屋と似通っていた。つまり広すぎて落ち着かない。
琴葉の勧めで夕食を食べすぎた影響で、部屋に入ると直に布団へと直行。しばらく横になっていた。
「おい、八幡。ちょっといいか」
すると襖の奥から、恭一郎の声がする。
「何ですか、師匠?」
「よかったら風呂に行かねぇか。客だから先に入っていいってよ」
「そうですか。分かりました」
立ち上がり部屋から出る。
「ほれ、お前さんの着替えとタオルだ。行くぞ」
「はい」
恭一郎の後に付いて行く。しかし食べすぎの影響でまだ足取りは鈍い。
「……琴葉の奴が大分無理させちまったみてぇだな。まあ、若い男は此処では珍しいからな。許してやってくれ」
「別に構いませんよ。ここの門下生には小さい子はいないんですか?」
「門下生としてならいないこともないが、住み込みの連中にはいねぇな。各支部の中でも認められた連中しか住み込みは許されねぇ。そうなると必然的に年齢は高めになっちまうからな」
母屋から渡り廊下を歩いていく。やがて風呂らしき場所に到着したが────入口がやけに大きかった。
「ここですか?」
「ああ、宗家は門下生が多いからな。風呂も大浴場になってんだ。ちなみに温泉を引いているし、奥には露天風呂もあるぞ」
「……凄いですね」
引き戸を開けて中に入る。そして服を脱ぎ、浴室の扉を開く。
「おおー」
「凄えだろ」
浴室の中を見て思わず声が出る。二十人くらいは同時に入れそうな大きな浴槽があった。材質は檜だろうか。
洗い場も広く、とても個人の浴室とは思えない。これで露天風呂まであれば、本当に温泉旅館に来た気分だ。
とりあえずかけ湯をし、身体を軽く洗ってから湯に浸かる。
「ああー気持ちいいー」
「ふぅー久しぶりに入ったが、此処の風呂はやっぱいいねぇー」
そのまま温泉の気持ちよさに浸っていく。湯の感触は柔らかく、身体がほぐれていくのを感じる。鍛錬の疲れが抜けていくようだ。
そのまましばらく温まっていると奥に露天風呂があるのを思い出す。
「……せっかくなので露天風呂の方にも行ってみますね」
「ああ、俺も行くわ」
二人して外に出る。季節が夏なので寒さは感じない。むしろ吹いている風が、心地よい気持ちよさを与えてくれる。
露天風呂は岩風呂になっていた。そして内風呂よりもさらに広く、中央に巨大な岩が鎮座していた。その岩を背にして再び湯に浸かる。湯の温度は内風呂よりも低く、多少長湯しても大丈夫だろう。
「ああー露天風呂もいいですねー」
「おーそうだなー。しかし八幡。お前、その年で温泉の良さを知ってるとはな。何処かいい温泉にでも入ったか?」
「……ええ。去年の冬はずっと山に居ましたから。毎日温泉に入ってましたよ。すっかり虜です」
「それは羨ましい話だ」
空を見上げれば雲はなく、星空が広がり月がこちらを照らしていた。
そしてそのままのんびりと時間が過ぎる。
「…………なぁ八幡」
「何ですか、師匠?」
「一つ頼みたいんだが、いいか?」
「……伺います」
恭一郎の真剣な声にこちらも身構える。
「……綺凛の嬢ちゃんのことを気に掛けてやってくれねぇか」
「綺凛をですか?」
「ああ。ちょっと話を聞いてやるだけでもいい」
「それは別に構いませんが……理由をお伺いしても?」
「……あの子もあの年で色々苦労しててな。その才能は刀藤家の歴史の中でも一、二を争うほどだ。だがその分、周囲の期待も大きくてな。ストレスも溜まってるはずだ。でもあの子は溜め込む性格だからなぁ。周囲の大人には相談しねぇんだ。だけど年の近いお前さんになら話しやすいと思ってな」
綺凛の様子を思い出す。確かに最初は緊張していたようだが、試合後は向こうから積極的に話しかけてきた。
自分に何が出来るかは分からないが、気に掛けるぐらいは問題ない。
「……俺でよければいいですよ。ただ、大したことは出来ないと思いますよ」
「それでいいさ。お前さんなら自然と何とかしてくれる気がするからな」
「買いかぶりですよ」
「俺は自分の目を信じるさ────綺凛の嬢ちゃんのことを頼む」
「────はい」
八幡はしっかりと返事を返した。
風呂から出ると、恭一郎とは別れ客間へと戻る。風呂の後に行う日課は決まっている。畳の上で座禅を組み、そして瞑想の準備をする。
星辰力を出来るだけ無にするように抑え、思考をクリアな状態へ。周囲の万応素を感じ取り、その流れに自分が溶け込むようにイメージする。
そして目を閉じ、自分が世界と一つになるように────瞑想へと入った。
八幡は目を開ける。環境が変化して集中できないかと思ったが、特に問題なかったようだ。時計を見れば時刻は午後十時を回っている。どうやら一時間以上瞑想していたようだ。
このまま寝てもよかったが、何となく眠れない気がした。疲れているのは間違いないが起きていたい気分だ。
せっかくなので気分転換のために部屋から出ることにした。襖を開け廊下へと出る。廊下は暗くなっているが、常夜灯が点いているから歩行には問題ない。出来るだけ音を立てずに廊下を歩いていく。
しばらく歩くと、縁側へと差し掛かり庭園が見えてくる。月明りに照らされた庭園は昼間とは全く違う様相だ。その庭園はどこか幻想的で、そしてほのかに儚い印象を八幡に感じさせる。
────そんな縁側の中央に一人の少女が座っていた。
「…………綺凛?」
八幡が少女の名前を呼ぶとこちらに振り向く。
「……あ、八幡先輩」
「どうした、こんな時間に?」
「……少し寝付けなくて。八幡先輩は?」
「俺も同じだ。隣に座ってもいいか?」
「あ、はい。どうぞ」
綺凛の許可が出たので、少し間を空けて隣に座る。
「……………………」
「……………………」
何も喋らず二人で庭園を見つめる。八幡は横目でちらっと綺凛の様子を見てみると、彼女はぼんやりと庭園を見つめている。心ここにあらずといった感じだ。何か悩みがあるのかもしれない。
────綺凛の嬢ちゃんのことを頼む。
恭一郎に言われたのもあるが、年下の女の子が落ち込んでいるのは見ていられない。
しかしいきなり悩みを聞いても答える事はないだろう。どうするかと考えていると、先に綺凛が口を開いた。
「あ、あの、八幡先輩。少し聞いてもよろしいでしょうか?」
「あ、ああ。何だ?」
「……八幡先輩はアスタリスクからいらっしゃったんですよね」
「そうだな。正確にはアスタリスクにある六校の一つ、界龍第七学園からだ」
「えーと、その、アスタリスクについて聞きたいのですが、大丈夫でしょうか?」
「別に構わないが、アスタリスクに興味があるのか?」
「はい────とても」
綺凛は真剣な表情で頷いた。
「そうか。俺もアスタリスクに行ってそんなに経ってないから知らない事も多いが、それでもいいか?」
「はい! お願いします!」
綺凛のお願いを聞き、八幡はアスタリスクの事を話し始めた。
「では、基本的には外の学生とあまり生活は変わらないんですか?」
「そうだな。朝から授業を受けて、昼にご飯を食べて、それからまた授業。違うのは授業が終わってからだな。星武祭を目指す学生は、各自鍛錬に勤しむのがアスタリスクでの普通らしい」
「では、トレーニングの場所はどうなっているんでしょうか? 生徒全員が鍛錬するとなると場所の確保が難しいと思うのですが……」
「基本的に各学園に配備されているトレーニングルームだな。ただ人数分は確保されていないから、普通は個人で申請しての許可制だ。そして申請の優先順位に序列制度が大きく関わってくる。綺凛はアスタリスクの序列制度を知ってるか?」
その質問に綺凛は首を横に振る。
「序列制度ですか? いえ、詳しくは知らないです」
「そうか。簡単に言うと学園における強さの順位みたいなものだ。月に一度ある序列戦というものが各学園で行われてな。下位の序列の人が上位の序列の人を指名して試合が行われる。そしてその勝者と敗者の序列、すなわち順位が入れ替わるんだ。他に序列戦以外だと当人同士の合意の元、決闘をしても同様に序列が入れ替わる」
「勝ち続けて序列が上がれば、トレーニングルームを優先的に使用できる、という事ですか」
「ああ、そうだ。特に序列が十二位以内。冒頭の十二人になれば、専用のトレーニングルームや純星煌式武装の貸出手続きも優先的にしてくれるそうだ」
八幡は知っている知識を細かく説明していく。
「……純星煌式武装。聞いたことがあります。強力かつ特殊な能力を秘めている武装のことですよね?」
「ああ。ただ武器と使い手の相性、適合率が一定の数字を越えることが貸出条件だそうだ。それに代償もあるから借りるかどうかは人それぞれだな。ついでに言うと、魔術師や魔女は純星煌式武装との相性が最悪だから、能力者が純星煌式武装を持つことは殆どないらしい……確か歴史上でも十人にも満たないはずだ。魔術師や魔女が純星煌式武装の使用した例は」
「なるほど。参考になります」
綺凛は八幡の話を真剣に聞いている。こちらの話を一字一句聞き逃さないその姿を見ていると、彼女の悩みが何かおぼろげに見えてくる。
「まあ物事には例外がある。冒頭の十二人に知り合いがいるのなら、その人の鍛錬に混ぜてもらうという手もある。ただこれには少々リスクがある。相手の手の内も分かるが、こちらの手の内もバレてしまうからな」
「そうですね。星武祭を勝ち抜く。それがアスタリスクに行く人の目標ですから」
「……全ての人が星武祭を目標としてるわけじゃないぞ」
「え! そうなんですか?」
この辺りは外の人間が思っているイメージと少し違う。
「生徒の中には、入学して早々に実力の差を感じて星武祭を諦める人も多いらしい。そういう人はアルバイトに勤しんだり、部活に精を出したり、後は遊んだりだな。その辺は外の学生と変わらない」
「何か意外です。私の中では、アスタリスクの生徒全員が星武祭を目指しているイメージがありました」
「……綺凛は真面目だな」
その純粋さに癒される。思わず無意識に手が伸びた。
「あぅ…………」
「……あ、すまん」
そして気付けば綺凛の頭に手を乗せ、撫でていた。綺凛の顔がほんのりと赤く染まるのに気付き、慌てて手を引く。
「あ……あの……どうして頭を?」
「いや、深い意味はないんだが……綺凛は凄いなと思ってな。つい撫でてしまった。すまない」
「いえ! 嫌では、ないです……ちょっとびっくりしただけです……でも、八幡先輩は褒めて下さいますが、わたしなんて凄くありません。八幡先輩の方が凄いです」
綺凛は断言する。しかし八幡は納得できない。
「どうしてだ? 今日の試合だって俺が全敗だったじゃないか。終始圧倒されっぱなしだったし」
「いえ、剣を交えて感じました。八幡先輩の剣の腕はとても凄い勢いで伸びてるんです。試合ごとに、いえ、一手ごとに鋭さが増しています。今は私の方が上かもしれませんが、何れ追い越されます」
「……そんな事はないと思うが」
実際には簡単には追い越せないと思う。綺凛は年下でこれからも成長を続けるだろう。むしろこの年でこの実力という方が信じられない。
────現時点の実力でも界龍の冒頭の十二人に入れる気がするぞ。経験を積めば、虎峰とも互角以上に戦えそうだし。
横にいる綺凛は落ち込んでいるのか、顔を少し伏せている。八幡はそんな彼女を見て確信した。
この子は自己評価がとても低い子なんだと。八幡自身も星露にそう言われた事があるが、この子は恐らく自分以上だ。
八幡は行動に移る。今度は意識的に己の手を綺凛の頭に乗せ、優しく撫でる。銀髪の髪はサラサラで撫で心地がとても良い。
綺凛の顔が再びほんのり赤に染まる。だが今度は手を離さない。いつも星露がしてくれるように、自分なりに思いを込めてゆっくりと頭を撫でていく。
「綺凛は凄いと思うぞ。今日初めて会った俺が言っても説得力がないとは思うがな」
「あ、い、いえ。でも……あぅ」
「俺だって剣士の端くれだ。太刀筋の鋭さを、連鶴の凄さを見れば、どれだけ君が努力してきたか分かる。俺のなんちゃって連鶴とは大違いだ、ホントに」
事実、八幡の見立てでは連鶴だけなら清十郎とほぼ同レベルだ。剣聖と呼ばれる清十郎と、この年下の少女が同レベルなのだ。この事実を顧みれば、この小さな少女がどれだけの鍛錬を重ねてきたか、想像を絶する。
「ほ、褒めすぎです! 私は、そんな……」
どうやら納得できないようだ。仕方ないのでもっと褒める事にする。
「自分の努力は認めた方がいい。俺の師匠の恭一郎さんも言ってたぞ。綺凛の才能は刀藤家の歴史でも一、二を争うって」
「我妻の叔父様が……」
「そうだ。だから俺の言葉は信じなくてもいいが、俺の師匠の言葉は信じてほしい」
「う、うぅ……で、でも……」
まだ納得しない。なら今度は別方向から褒めてみよう──―段々楽しくなってきた。
「……こんなに可愛くて、剣を振るうときはあんなにカッコいいのに、何が不満なんだ?」
「か、かわっ! え、えーと、その!?」
「アスタリスクに来たらファンクラブが出来るぞ、絶対に。何なら俺が入るまである」
「あ、あぅ、あぅ……八幡先輩……意地悪ですぅ……」
綺凛の顔は、もうリンゴが熟れた時のように真っ赤に染まっている。その事が恥ずかしいのか、小さく身体を捩って可愛らしく喘ぐ。そして顔を下げこちらを直視しなくなった──―そんな仕草が物凄く可愛らしい。
──―星露の気持ちがよく分かった。人を褒めるのはこんなに楽しいのか。
「うーん。まだ認めないか。ならもっと褒めてもいいが?」
「わ、分かりました!」
「うん。なら自分を認められるか?」
「そ、それは……」
認めたい。でも認められない。そんな気持ちの推移は自分も通過済みだ。なら対処法も一緒でいいだろう。
八幡は最後に綺凛の頭をポンポンと軽く撫でてから手を離す。すると綺凛が顔を上げお互いの視線が絡まる。
「すぐには無理かもしれない。だけど、綺凛を認めてくれる人はきっと沢山いる……だからゆっくりと自分を認めていけばいい、な?」
「…………は、はい」
己を認めない少女は、それでも最後に肯定の返事を出した。
「…………八幡先輩は意地悪です」
「あー悪かった。だから機嫌をなおしてくれ」
綺凛の機嫌が直らない。褒め倒して無理やり己を認めさせたのはいいが、機嫌を損ねてしまったようだ。今は顔を背け八幡の方を見ない状態だ。だがその言葉とは裏腹に、綺凛の顔は未だ赤いままだ。ただの照れ隠しである。
「言い過ぎたのは謝る。何でも言う事を聞くから許してくれ」
「…………じゃあ、言います」
綺凛がゆっくりとこちらを見る。無理やり真剣な表情を作り、八幡に対して要求する。
「……私にもっとアスタリスクの事を教えてください。それで許します」
「ああ、分かった」
その条件で仲直りをすることになった。
「しかし話すと言っても何を話すか。綺凛の方は何か聞きたいことがあるか?」
「えーと、じゃあ界龍第七学園での八幡先輩のことを教えてください。どんな人が居て、どんな日常を送っているか。それが知りたいです」
「俺の日常か。一言でいえば簡単だな。毎日ボコられてる」
「……え?」
八幡の衝撃の一言に綺凛が固まる。
「星露に倒され、大師兄に吹っ飛ばされ、陽乃さんに燃やされそうになる。アレマさんには背後から奇襲を受けて倒され、虎峰には正々堂々勝負を挑んでやられてる。まあ、そんな感じだ」
「そ、それは、何と言ったらいいのか」
「……うん? そういえば今気付いた。俺、界龍でまだ一勝もしてないな」
「っ!?」
八幡は軽く呟いたその事実に、綺凛は驚嘆する。
「あ、あの! 八幡先輩!」
「うん、どうした?」
「八幡先輩ほどの方が勝てないなんて、アスタリスクにはそこまで強者が揃っているんですか?」
「あーそうだな。他の学園は知らないが、界龍だけなら事実だぞ。俺より強い人なんてゴロゴロしてる。さっき上げた名前の人は、界龍でもトップクラスの実力の持ち主でな。俺は毎日ボコられてるぞ」
「そ、そんな……」
綺凛はその事実に絶句する。八幡の実力は低くない。それどころか綺凛の実力を以てしても侮れない相手なのだ。
「あー綺凛。誤解してるかもしれないから一つ言っておくが、界龍のトップクラスは他の学園と比べても、実力的にかなり上らしい。他の学園に同じ実力者がいるとは限らないからな」
「そ。そうですか。少しびっくりしました」
「…………綺凛。こちらも一つ聞いてもいいか?」
「はい。何でしょうか?」
綺凛の様子から察するに八幡の推測に間違いはない。後は切り出すか、否かだ。
少し考えるが、やはり問うことにする。
「……綺凛はアスタリスクに行くのか?」
「! ど、どうしてそれを?」
隠していた事実を指摘され、綺凛は驚愕する。
「まあ、あれだけアスタリスクに興味を持っていたらな。行くと思われてもしょうがないぞ?」
「あ! そ、そうですね。その通りです」
言われて納得する。アスタリスクのことをあれだけ聞いていたのだ。そう思われても仕方がない。
綺凛は納得し、八幡の質問に答える。
「…………綱一郎伯父様からお誘いを受けています。学園は星導館です」
綱一郎。聞いた事のない名前だ。恐らく宗家の人物だろうと八幡は推測する。
そして気になるのは、その名前を読んだ時の綺凛の表情が硬かったことだ。もしかすると良い印象を持っていないのかもしれない。
「アスタリスク行きを希望か。何か叶えたい願いがあるのか?」
「はい──―私の身命を賭しても叶えたい願いがあります」
八幡は綺凛を見る。そこには、己の意志を曲げない強い瞳を持った少女の姿があった。
「……どんな願いか聞いても大丈夫か?」
「はい──―刀藤家の宗家当主。私の父を助けたいです」
「なるほど……」
家族を助ける。それなら納得だ。アスタリスクの情報を必死に聞きたがるのも無理はない。
「父親のためか。病気もしくは事故か?」
「いえ、違います」
八幡の推測を綺凛は否定する。
「父は今、罪人として収監されています。それを助けたいのです」
「っ!」
その答えは八幡の想像を超えていた。
綺凛は八幡に対して説明をした。四年前、綺凛と父親が訪れた店に強盗が入ったこと。綺凛が人質に取られそうになったこと。それを父親が助けようとして──―不可抗力で強盗を殺めてしまったこと。そしてこのままでは数十年は刑務所から出られないことを。その刑の重さで八幡は察する。
「……相手は星脈世代じゃなかったんだな」
「……はい」
綺凛はこくりと頷いた。
星脈世代はどの国でも立場が弱く、人権が制限されていると言ってもいい場合もある。星脈世代が常人を傷つけた場合、正当防衛は認められず過剰防衛とされてしまうことが多いのだ。
「しかし刀藤流の当主が逮捕されたなんてニュース。聞いたことがないな。どういうことだ?」
「……伯父様が手を回して下さったんです。統合企業財体の力で報道を抑え込んでくれました」
「統合企業財体か……予想以上の力だな」
八幡も地元で暴走した際には、星露に力で報道を抑え込んでもらった。権力という力の強さには多少理解している。だが今回の場合、刀藤流宗家の当主が死者を出して、逮捕されてもそのビッグニュースが流れなかったのだ。八幡の時とはレベルが違う。
「しかし星導館か……個人的にはお勧め出来ないな」
「え、それはどういうことでしょうか?」
八幡は星露から聞いた知識を思い出す。
「俺も聞いた話になるが、星導館はここ数年の間、星武祭で活躍出来てないらしい。特に昔得意だった鳳凰星武祭ですら、今はベスト16かベスト8が限界だそうだ」
「それは……」
「そして星導館の前年度の学園別順位は五位。クインヴェールが最下位なのは定番だから実質最下位だ。知っていたか?」
「……いえ、知りませんでした」
綱一郎は綺凛にそんな説明はしなかったし、綺凛もそこまで興味はなかった。
「星武祭で活躍できなければ学園の順位が落ち、そしてその結果、学園自体の人気も落ちる。そうなると入学する学生の質も低下してくる。それが今の星導館の現状だ。クインヴェールみたいなお嬢様学校は別だが」
「……はい」
八幡の説明に綺凛は納得する。至極当然の事を言っているからだ。
「……少々不可解な事があるな。綺凛。一つ聞くが、綱一郎さんはどんな人物なんだ?」
「伯父様は統合企業財体 銀河の幹部候補です。ですが父とは折り合いが悪く、非星脈世代のため星脈世代を嫌ってらっしゃいます。それは長兄であるのに刀藤流を継げなかったことが原因です。わたしに力を貸して下さるのも──私利私欲のためだと思われます」
聞けば聞くほど、綺凛にとって碌な人物ではない。
「つまり綺凛を星導館に入学させ、星武祭で優勝させる。そしてそれを自分の手柄だと吹聴して、銀河の幹部を狙う。恐らく狙いはそんな所だろう」
「……そうですね。多分合っていると思います」
一つ一つ推理を重ねる。そしてその先に、八幡が疑問視する問題が存在する。
「一見すると両者の目的は同じだから、何の問題がないように見えなくもない──―だが綺凛にとって大きな落とし穴が存在する」
「落とし穴、ですか?」
「そうだ。綺凛に一つ質問だが、星武祭の種類と出場人数を知ってるか? 知っていたら答えてくれ」
「えーと、鳳凰星武祭は二人一組。獅鷲星武祭は五人でのチーム戦。そして王竜星武祭は一人での出場です」
「正解だ。さて綺凛。綱一郎さんが君を星武祭に出場させる場合、どの星武祭に出場させると思う? ヒントは、出場人数と綱一郎さんの目的だ」
「は、はい」
八幡から出された問題を綺凛は考え、そして答えに辿り着く。
「…………王竜星武祭、ですか」
「正解だ。何故そう思った?」
「伯父様の目的を考えると、目標を達成するにはわたしだけが活躍することが条件です。鳳凰星武祭や獅鷲星武祭ではその条件を満たしていません」
綱一郎の目的を果たすには、綺凛のみが活躍して優勝する必要があり、それが叶うのは王竜星武祭だけだ。彼は鳳凰星武祭や獅鷲星武祭の出場は認めないだろう。
「ああ。その通りだ。ちなみに綺凛。今の学年は?」
「……小学六年です」
「星武祭の出場は中学一年からだ。つまり綺凛が星武祭に出場できるのは来年からだな。だが、今年はちょうど王竜星武祭の開催年だ。次に綺凛が星武祭に出場するのは最低でも三年後だ」
「で、でも! わたしもまだ星武祭で優勝するほどの力はありません。三年間じっくり力を付けます! それに王竜星武祭じゃなくても、鳳凰星武祭や獅鷲星武祭に出場すれば!」
綺凛は八幡に反論する。伯父の提案に不信を感じていも疑いたくはないのだろう。
優しい子だと八幡は思う。だが此処で現実を見せなくてはならない。
「王竜星武祭以外は複数人数が必要。だからこそ他の学生の質が重要になるんだ」
「…………あ」
そこで綺凛は先程の話を思い出す。星導館は低迷しており学生の質が落ちていると。
その事実に言葉をなくす。
「一昔前の星導館は強豪校だったから、その時なら問題なかっただろう。だが、今の星導館に星武祭で勝てるような生徒はいないそうだ。今後有力な学生が入学する可能性は否定できないがな」
その辺の話は星露や陽乃からよく聞かされているので間違いない。二人とも強い人物には目がないのだ。
それに将来誰が入学するなんて誰にも分からない────それこそ未来を知らない限りは。
「……でしたら、王竜星武祭しかないんですね」
現実的に考えればそれが最適解だ。だがその王竜星武祭こそが一番の地雷だ。
「忘れたか? 前回の王竜星武祭優勝者を」
「え? ……あっ」
綺凛の顔が青褪める。誰が優勝したか思い出したのだ。テレビのニュースで話題になったので、その人物の名前は綺凛も知っている。
「孤毒の魔女。オーフェリア・ランドルーフェン。前回の王竜星武祭を初出場で優勝した最強の魔女。圧倒的な実力で今年の王竜星武祭もぶっちぎりの優勝候補だ。もし綺凛が三年後の王竜星武祭に出場すなら倒さなきゃいけない相手だが……正直難しいだろう」
「……そんなに強いんですか?」
綺凛はオーフェリアの戦闘を見たことはないため、疑問に思うのは当然だろう。
だが八幡は前回の王竜星武祭と彼女の決闘を映像で確認している。結論から言えば、現時点で対抗できるのは范星露くらいだろう。
「強いという言葉で片付けられないな。その強さは化物クラスだ。彼女の攻撃方法は主に遠距離主体だから、綺凛とは相性は最悪だ。そして能力は一度でも触れたらアウト。立ち上がる事すら出来なくなるだろう。事実、前回の王竜星武祭は相手に触れられることなく、無傷で勝利した」
「……そんな、じゃあ、どうすれば」
綺凛はその事実にもう泣きそうになった。自分の歩む道がどれだけ険しいか理解してしまったからだ。
そんな彼女の頭を八幡は再び撫でる。
「あっ……」
「すまん。泣かせたいわけじゃないんだ」
「……いえ、わたしが何も考えてなかったからいけないんです。伯父様の言う事を聞いていれば問題ない。そう思っていた自分自身が、愚かだったんです」
「……今後、綺凛が取るべき道はいくつかある」
嘆く彼女を慰めるように八幡は話をする。今後の彼女の選択肢を。
「一つはこのまま綱一郎さんの言う事を聞いて、王竜星武祭のみ出場する。三年後が難しくても、残り二回のチャンスがある」
「伯父様の提案ですと三年後が駄目となると、六年後か、九年後の王竜星武祭ですね」
「……あっ! 綺凛。六年後と九年後も辞めた方がいい。アイツが出るわ。いかん、すっかり忘れてた」
「他に誰か居るんですか?」
「うちの序列一位。ちなみに今年八歳になるがべらぼうに強い。多分オーフェリア・ランドルーフェンと同じぐらいの強さだ。本人曰くだが」
「……もう意味が分かりません」
その言葉には綺凛もあきれ果ててしまう。しかし紛れもない事実だ。
「で、次の案だ。綱一郎さんの提案通り星導館に入学する。ただし、出場する星武祭は王竜星武祭以外だ。この場合だと、今入学している学生で組んでくれる人を探すか、それともまだ見ぬ強い人が入学するのを待つかという選択になる。鳳凰星武祭に出場するなら他に一人いればいいから、可能性は少なくない」
「それも確実ではないですよね?」
「……そうだな。これはある意味賭けに近い」
「…………でも、それしか、ないんですよね」
綺凛は自分を納得させるように話す。可能性は少なくともゼロではない。もしかして来年強い人が入学するかもしれないのだ。
だが────
「そして最後の案だ」
「えっ? どういう事ですか? 伯父様の案なら二つしか選択肢がないはずです」
確かにその通りだ。星導館に入学するのなら選択肢は二つだけだ。
だが八幡がいるならもう一つ選択肢が増えるのだ。
「なあ、綺凛。界龍に来る気はないか?」
新たなヒロインは綺凛ちゃんになります。そして登場早々スカウト開始です。
二次創作においてキャラの陣営変更は結構ありますが、アスタリスクでは無かったと思います。まあ、無ければ書いてみればいいという事でこうなりました。
次回も綺凛ちゃんの話になります。スカウトは引き続き続行ですね。
一応メインヒロインは綺凛ちゃんで最後の予定です。まあ、予定は未定なので今後変わる可能性は否定できませんが。
誤字、脱字、感想等あれば、よろしくお願いします。