学戦都市アスタリスク 本物を求めて   作:ライライ3

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何とか週一ペースを守れたので投稿します。
来週末は出掛ける予定なので、多分無理ですね。

後、誤字の修正報告ありがとうございます。
気を付けていてもやっぱり出てきてしまうので、とても助かります。


第二十五話 そして少女たちは決断する。

「―――お前、ルミルミ?」

「ルミルミ違う。留美」

 

 話したいことがいっぱいあった。

 

「……どうして此処にいるんだ?」

「見学会に参加してたの。見れば分かるでしょ?」

 

 あの日、あなたがいなくなって私は後悔した。

 

「いや、まあ此処にいるんだからそうなんだろうけど。お前、アスタリスクに興味あったのか。意外だな」

「別に。私だって人並みに興味ぐらいあるよ」

 

 私がもっと強ければ―――あなたを助けることが出来たんじゃないかって。

 

「そういえばお前は治癒能力者だったな。だったら興味が湧いてもおかしくないか」

「違う。それは関係ない」

 

 私が興味があったのはあなたがいたから。だから来たんだよ。

 

「―――そう言えばお礼、言えてなかったな。ありがとう、ルミルミ。あの時は助かった」

「! だ、だからルミルミじゃないってば。バカ八幡」

 

 ……気持ちが抑えれそうにない。

 

「ふふっ、相変わらずルミルミはルミルミだな。ちょっと安心した」

「何よそれ。意味わかんない」

 

 自分の中にある衝動がどんどん膨れ上がっていく。

 

「ねぇ、八幡」

「何だ。ルミルミ?」

 

 もう、限界だ。

 

「……私、少しは強くなったよ」

「ほう。陽乃さんに手ほどきを受けたのか」

「―――うん。陽乃さんにも少し教わった」

 

 もう、我慢しなくていいよね? 

 

「そうか。頑張ったんだな」

「…………うん。頑張ったよ」

 

 自らの衝動に身を任せ、私は八幡の胸に飛び込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 それに最初に気付いたのは誰だっただろうか。刀藤綺凛と范星露の模擬戦が終わり、道場内が騒然とする中、その出来事は起こった。

 一人が気付けば、その周囲もまた気付く。そしてその連鎖反応が道場内の全てに伝わり、ある場所へと視線が集中するようになった。

 

 范星露の背後を取り彼女を持ち上げた少年。その少年の元に一人の少女が話しかけ―――その胸に飛び込んだのだ。

 

 そして飛び込んだ少女は―――少年に縋りついて泣き出した。

 

「八幡!はちまぁん!」

「……ルミルミ?」

 

 鶴見留美は泣いていた。そして突然泣き出した少女に困惑する八幡。

 

「よかった! よかったよぉ!!」

「………………」

 

 感極まった様子で泣き出す留美。その瞳からは涙が溢れ出した。

 

「ごめん。ごめんね! 私がしっかりしてれば、あの時八幡を助けられたのに……」

「……お前」

 

 八幡は気付いた。鶴見留美はあの時の事をまだ気にしているのだと。

 

「助けたかった。でも助けられなかった!」

 

 あの時の悲しみを思い出す。あの時の絶望を思い出す。鶴見留美は何も出来なかったのだと! 

 

「ごめんなさい! ごめんなさいっ!」

 

 八幡に縋りついたま、留美は謝罪の言葉を口にし、そして涙を流し続ける。

 そんな尋常ではない少女の姿を見て八幡は動く。目の前で泣き続ける少女の頭をポンポンと軽く撫でた。

 

「―――八幡?」

「はぁ、いきなり何かと思えば、そんなことを気にしてたのか、お前は?」

「そんなことって、私は!」

 

 八幡の興味なさげな言葉に憤慨する留美。そして思わず声が上ずる。

 それに対し八幡は自身の身体に密着している留美の肩を押し出し、彼女の顔を胸元から離す。そしてお互いに目線を合わせて話し出す。

 

「いいか、ルミルミ。あの時の事はお前の所為なんかじゃない。勿論、陽乃さんの所為でもない。俺が勝手に暴走したのが原因なんだから、お前が気にすることなんて何もないんだ」

「で、でも」

「お前の責任感が強い所は長所だと思うがな。だからって、関係ないことまで背負い込むのは間違ってるぞ」

「……そんなこと、八幡にだけは言われたくない」

「ははっ、確かにな」

 

 留美の台詞に思わず笑ってしまう。

 

「さっきも言ったが、ルミルミには感謝しかない。お前がいなかったら、間違いなく間に合わなかったからな―――ありがとう」

「―――ホント? 私、八幡の役に立てた?」

「ああ。ほら、女の子がそんなに泣くんじゃない。折角の可愛い顔が台無しだぞ?」

 

 八幡はポケットからハンカチを取り出し、留美の涙を拭っていく。そして八幡の言葉に安心したのか、留美も涙が流れるのが止まり、大人しく涙を拭われていった。

 

 そしてハンカチを留美の顔から離すと、彼女は八幡に向かって笑顔を浮かべる。それを見た八幡も一安心し、一区切り付こうとしていた。

 

「あのーお二人さん。ちょっといいかな?」

 

 しかしそうは問屋が卸さない。

 

「―――陽乃さん?」

「うん。久しぶり、留美ちゃん」

「……お久しぶりです」

「えーと、ね。ちょっと言いにくいんだけど……」

 

 挨拶を交わす陽乃と留美。しかし陽乃は何かを言い淀んだ様子で押し黙る。彼女にしては珍しい反応だ。しかしやがて決心が付いたのか、苦笑しながら留美に話しかける。

 

「留美ちゃん。気持ちは分かる。よーく分かるよ」

「は、はぁ」

「でもね……周りを少し気にした方が、お姉さんはいいと思うな」

「…………周り?」

 

 そう言われて、周囲を見渡す留美。

 

 そして気付いた。范星露が、刀藤綺凛が、見学者達が、門下生達が。全ての視線がこちらを向いていることに! 

 

「…………あ」

 

 ―――今、自分は何をしていた? 人がいっぱいの観衆の中で、男の人に抱き着いて、思いっきり泣いていた!? 

 

「!!?!?!?」

「あーやっぱりこうなっちゃうか。ほら、こっちに来なさい。留美ちゃん」

 

 混乱した留美を陽乃は抱き寄せる。すると抵抗なく留美は陽乃に引き寄せられ、彼女の身体に抱き着き顔を隠した。この方が少しは落ち着くだろうという陽乃の判断だ。

 

「うぅぅぅぅぅ、はるのさぁん」

「ほら、大丈夫大丈夫。落ち着いて」

 

 しかし八幡に隠れる場所はない。留美が離れた後も彼に対する視線は変わることはない。いや、留美に視線が行かなくなった分、八幡に対する視線はより一層強くなった。

 

 少女がいきなり抱き着いて泣き崩れたのだ。気になるのはしょうがないだろう。だが、自ら注目の的になりたいとは思わない。八幡は思わず溜息を付いてしまう。

 

 そんな感じで途方に暮れていると、彼に近付き話しかける人物がいた。

 

「くくくっ、中々面白いものが見れたものよ。のう八幡」

「……星露か。綺凛の方はいいのか?」

「うむ、小休止といった所よ。やはり、例の件を片付けなければ無理じゃろうな」

「そうか。所で、さっきのあざとい演技はなんなんだ?」

「うん? 年相応で可愛らしかったであろう?」

「……まあ、否定はしない」

 

 二人が何げないやり取りをしていると、星露の目の前に空間ウィンドウが開いた。彼女がそれを開くと、一人の女性の姿が映し出される。

 

「万有天羅。少しよろしいでしょうか?」

「よいぞ。何かあったか?」

「―――例のお客様が参りました」

 

 女性の言葉に星露は待ちわびたとばかりの表情を見せる。

 

「来たか。では、二十分後に所定の場所へ案内せよ。こちらも直に向かう」

「分かりました」

 

 星露が返事を返すとウィンドウが閉じられた。

 

「……誰か来たのか?」

「うむ、大事なゲストが到着した。存外早かったの」

 

 そう言うと、星露は壁際にいる案内人の女性に話しかける。

 

「おぬしが案内人じゃな?」

「は、はい。万有天羅」

「見学会の本日の日程は此処で終了じゃったな。刀藤綺凛と鶴見留美。この二人は此方で預かる。おぬしは残りの人員を引き連れてホテルに向かえ。いいな」

「それは―――了解しました」

 

 案内人は何かを言おうとしたが、特に異議を唱えることなく了承した。

 星露は次に主要人物に声を掛ける。

 

「虎峰、セシリー。此処の後始末は任せる。頼むぞ」

「分かりました、師父」

「了解でーす」

 

 虎峰とセシリーは了承の意を唱える。

 

「八幡と陽乃。二人は儂と一緒に来い。そして―――」

 

 星露は少女二人に視線を送る。

 

「綺凛と鶴見留美よ。おぬしら二人にも来てもらうぞ。よいな?」

「は、はい。分かりました」

「……分かった」

「よし、では行くぞ」

 

 二人も星露の提案に頷いた。そして星露が道場の出口に向かって歩き出す。

 次いで残りのメンバーもそれに続こうとしたが―――八幡は綺凛が動かないことに気付いた。

 

「大丈夫か、綺凛?」

「えーと、ご、ごめんなさい。まだ、ちょっと……」

「そうか……」

 

 星露との対戦で負ったダメージはまだ回復しきっていないようだ。

 そして綺凛の様子に気付いた陽乃も声を掛けてくる。

 

「あら、綺凛ちゃんはまだ動けなさそうね」

「そうみたいです……どうするかな」

「そうねー。あ、良いこと思いついたわ」

 

 陽乃が何かを思いついたようだ。しかしその表情から八幡は嫌な予感がした。

 

「八幡くんが運んで上げなさい。うん、それがいいわ」

「はー、いきなり何を言うかと思えば。男の俺が運ぶだなんて彼女が嫌がるに決まってるじゃないですか。同じ女性である陽乃さんが運んだ方がいいと思いますよ」

「うーん。わたしは留美ちゃんの面倒を見なきゃいけないからねー。それに」

 

 陽乃が綺凛に近付いてにっこりと笑う。

 

「綺凛ちゃんはどう? わたしより八幡くんの方がいいんじゃないかな?」

「えーと、その……」

「綺凛。遠慮しなくていい。嫌なら嫌とハッキリ断って「わ、わたしは!」

 

 綺凛が八幡の言葉を遮るように大声を出す。

 驚いた八幡が彼女を見ると、顔を真っ赤にした綺凛が八幡を見つめていた。

 

「い、嫌じゃ、ないです。あの、八幡先輩。よろしく、お願いします」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 范星露を先頭に五人は目的地に向かって進んでいく。星露はいつも通り笑顔で歩き、その少し後を陽乃と留美が続く。留美は先程、自身がやらかした事が堪えているのか、ずっと俯いたままだ。そんな彼女を、陽乃は慰めながら隣を歩いている。

 

 そして最後尾には―――

 

「あー、何か色々見られてるな……」

「あぅぅ……」

 

 道行く人々の視線が全てこちらに集まっているのを感じる。特に女子生徒は、八幡と綺凛を見ると黄色い歓声を上げて注目しているのが丸分かりだった。

 

 それが何故なのかは、二人の今の状態を見れば一目瞭然だ。

 

 それは―――

 

「……何でこの恰好なんだ?」

「は、恥ずかしいです……」

 

 八幡が綺凛をお姫様抱っこしているからだ。女の子の憧れの一つであるお姫様抱っこ。それが校内で行われているとあれば注目の的になるのは当然だ。そんな八幡の疑問に答えたのは陽乃であった。

 

「あら、女の子を運ぶのよ。当然、それ相応の運び方をしなくっちゃ」

「だからって。結構恥ずかしいんですよ、これ……大丈夫か、綺凛?」

「ぅぅぅぅ…………は、はい。だ、大丈夫です」

 

 綺凛はもうこれ以上ないほど真っ赤だ。その顔色は完熟したリンゴにすら負けていないほどだ。だが、恥ずかしがってはいるものの、嫌がる様子は特にない。

 

 そして暫く歩いていると、恥ずかしさを堪え綺凛の方から話しかけてくる。

 

「あ、あの、八幡先輩。一つお聞きしてもよろしいでしょうか?」

「うん? どうした?」

「……留美ちゃんとお知り合いだったんですか?」

 

 綺凛は先程の留美の様子を思い出す。いきなり八幡に抱き着き、泣き出した少女のことを。

 何があったかは分からない。ただ、二人の様子からただ事ではない事だけは分かった。

 

「あールミルミは何て言えばいいか……俺が地元でちょっとやらかしてな。ルミルミはそれを救ってくれた。簡単に言えば、命の恩人だ」

「そう、なんですか」

 

 確かに二人が話す内容は深刻だった。

 

「こっちも聞きたいが、二人の方こそ知り合いだったんだな。そっちのがびっくりだ」

「あ、留美ちゃんとはフェリーの中で知り合ったんです。それで見学会の時は一緒にいました」

「そっか……出来ればあの子と仲良くしてほしい。いい子だからな、ルミルミは」

「はい、わたしで良ければ是非」

 

 綺凛はにっこりと笑った。

 

「さて、ここじゃ。皆、中に入るぞ」

 

 話をしながら歩いていると目的地に着いたようだ。目の前には大きな建物が一つ佇んでいる。星露が最初に中に入り、他のメンバーも続いていく。そして一階の奥の方にある部屋へと足を運んだ。

 

 部屋の中は応接室のようだ。高そうなソファや椅子が並んでおり、今いるメンバーが全員余裕で座ることが出来る。

 

「さて、ゲストが来るまで少し時間がある。その前に綺凛の方を何とかするとしよう」

「何とかって、どうするんだ?」

「簡単じゃ。そこに治癒能力者がおるではないか」

「そういえばそうだったね」

 

 陽乃は傍にいる留美を見る。先程よりは少し落ち着いたように見える。

 

「留美ちゃん、大丈夫? ちょっと能力使ってもらいたいんだけど、いけるかな?」

「……うん、大丈夫」

「よし。じゃあ、八幡くん。綺凛ちゃんを其処に寝かして」

「分かりました」

 

 陽乃の指示通り綺凛をソファに寝かせる。

 

「あ、ありがとうございます、八幡先輩」

「ああ。じゃ、頼むぞルミルミ」

「ルミルミ言うな―――任せて」

 

 留美が綺凛の傍まで来る。

 

「……それじゃあ、身体を楽にして。じっとしてて」

「う、うん」

「緊張しなくていいよ。すぐに終わるから」

 

 留美が綺凛の手を取り能力を発動する。すると留美から発生した白い光が綺凛へと注がれ、彼女の傷を癒していく。それは以前に八幡が見た時よりも眩く、そして力強い光であった。

 

 そして能力発動後、数秒が経過し光が収まった。

 

「……終わった」

「え、も、もう?」

「うん。身体動かしてみて」

 

 留美の言う通り身体を起こしてみる。すると先程まで感じた痛みは感じず、模擬戦前の状態へと戻っていた。いや、むしろそれ以上に調子がよくなってる気がした。

 

「す、凄い。痛みが消えちゃった。ありがとう、留美ちゃん」

「ううん、別にいいよ」

 

 綺凛が留美にお礼を言う。

 

「凄いな、ルミルミ」

「ふむ、光の治癒能力か。見事なものよ。話に聞いていた以上じゃな」

「ほんと。以前とは桁違いね。治療院の能力者よりも上じゃないかしら?」

 

 陽乃の言葉に留美は少し遠い目をする。

 

「……陽乃さんに教えてもらった道場で、能力を毎日限界まで使ってたらこうなった……あの人達滅茶苦茶だよ、陽乃さん。私が治せることが分かると、皆実戦ばっかりやって遠慮なく怪我しまくるんだから」

「あはは、相変わらずみたいね先生達は。でも、その代わり強くはなれたでしょ?」

「……うん。最近は合気道を習う子が少ないからって、凄く熱心に教えてくれた……正直死ぬかと思った」

「それは留美ちゃんが努力したからよ。いくら教える子が少なくても、努力しない子には熱心に教えないからね、あの人達は」

 

 陽乃は懐かしそうに過去を思い出す。彼女自身も散々投げ飛ばされ、転がされてきた。そして、彼女の中にある常人が星脈世代に勝てないという固定概念は、その頃取り外されたと言っていい。

 

「さて、綺凛の体調も回復したな。では、陽乃に鶴見留美よ。うぬらは退出してよいぞ。これから迎えるゲストには、直接関りがないからな。その辺りで寛いでいるといい」

「分かったわ、星露。じゃあ留美ちゃん、行きましょうか。折角だからお姉さんが甘いものでも奢ってあげるわ。一緒に食べましょう」

「は、はい! ありがとうございます、陽乃さん」

 

 そして陽乃と留美は部屋から退出した。残されたのは星露と八幡、そして綺凛の三人である。

 当然、残された綺凛はそれを疑問に思う。

 

「あの、わたしはどうして残されたんでしょうか?」

「うむ、今から来るゲストはおぬしにも関係のある輩じゃからな」

「わたしに、ですか?」

「そうじゃ。もう間もなく到着するであろう」

「は、はぁ」

「…………」

 

 綺凛の疑問を星露ははぐらかす。彼女はまだ此処に誰が来るか気付いていないようだ。逆に八幡はゲストの正体が分かっていたが、口を閉じたまま話すことはなかった。

 

 そして陽乃と留美がいなくなって五分後。扉からノックの音が聞こえてきた。

 

「―――入れ」

「失礼します。お客様をお連れしました」

「うむ、ご苦労。下がってよいぞ」

「はい。では、失礼します」

 

 部屋に入ってきたのは、先程星露に連絡をしてきた女性だった。彼女は星露と少し会話をして、そして直に退出する。

 

 そして入れ替わるように一人の男性が入ってきた。見るとそれなりに年を取った中年の男性だった。その人物を見て綺凛が声を上げる。

 

「お、伯父様!?」

「………………」

 

 その人は綺凛の伯父である刀藤綱一郎であった。部屋に入り綺凛の姿を見付けると、真っ先に彼女の元に駆け寄ってくる。そんな彼は憤怒の形相で綺凛を睨みつけており、怒りが爆発する寸前といった感じだ。

 

 そして綺凛の目の前までやって来た綱一郎は腕を振り上げ、そして叫んだ。

 

「何をやっている! お前は!」

 

 叩かれる! そう思った綺凛はビクリと身をすくませ、咄嗟に目を閉じてしまった。

 

 しかし予想していた衝撃がこない。綺凛が恐る恐る目を開けると―――

 

「……いきなり暴力はどうかと思いますよ?」

「は、八幡先輩?」

 

 八幡が綱一郎の腕を掴み、叩くのを阻止していた。

 

「なんだ、貴様は。無関係な輩が口を挟むな」

 

 綱一郎が眉を顰め、邪魔をするなと八幡を睨みつける。

 

「無関係なんかじゃありませんよ、刀藤綱一郎さん。綺凛を此処に誘ったのは俺ですから、立派な関係者です」

「―――何?」

 

 自身の正体が知られている。しかし八幡に身に覚えのない綱一郎は彼に問いただす。

 

「……何者だ、貴様?」

「范八幡。刀藤流の一剣士ですよ。少し前に本家でお世話になりまして、その際に綺凛を界龍に誘わせてもらいました」

「―――余計な事を!」

 

 威圧するかのような綱一郎の視線を、八幡は真っ向から受け止める。しかしその程度の威圧では八幡は何も思わない。綱一郎の睨みつけを軽く受け止めていると、彼は八幡の腕を振り払った。

 

「綺凛はあなたの姪御さんでしょう? こんな小さな少女に手を上げるだなんて、いい大人のやる事ですか?」

「くくっ、笑わせるな。自分の欲のために争いを繰り広げている貴様らが、今さらどの口でそんな綺麗ごとをほざくんだ?」

「欲、ねぇ。確かにアスタリスクの少年少女たちの大半は、自身の欲のために此処にいるのは間違いありません。でも―――あなたがそれを言いますか? 銀河の幹部候補さん」

「―――なんだと?」

 

 八幡の言葉に綱一郎は眉を吊り上げる。

 

「綺凛を使って星武祭の優勝を掻っ攫い、その手柄で銀河の幹部に就任する。そんな事を企んでいるあなたに、どうこう言われる筋合いはありませんよ」

「き、貴様! 何処でそれを!」

「あなたの情報と立場から推測しましたが、どうやら当たっているようですね。しかし自分の力じゃなくて姪御さんの力で出世しようだなんて―――男として恥ずかしくないんですか?」

「くっ! き、貴様ぁ!」

 

 八幡が思ったことを素直に口にすると、図星を付かれたのか綱一郎が怒りを露わにする。どうやら多少自覚があったようだ。そして分が悪いと思ったのか、綺凛の方を睨みつける。

 

「ええい、なにをしている、綺凛! お前は来年星導館に入るんだ! こんな所で油を売っている暇はない!」

「わ、わたしは……」

 

 伯父に怒鳴られ綺凛は言葉をなくす。そして考え込む。父のこと、道場のこと、刀藤流のこと。様々な思いが彼女の心中を巡り、最悪の展開が脳裏を過ぎる。

 

「―――綺凛」

 

 そんな彼女の思考の悪循環を八幡が堰き止める。

 

「―――自分の心に素直になれ。綺凛が望んでることを正直に口にすればいいんだ。後のことはこちらに任せればいい」

 

 綺凛の心を後押しする。彼女が自身の願いを言えるように。

 

「わたしは、わたしは―――」

「ふんっ! なにが素直だ! こいつの望みを叶えられるのは私の計画しかありえない! さあ、さっさと来い!」

 

 綱一郎が綺凛へと手を伸ばす。

 そして彼女の手を掴もうとして―――その手を振り払われた。

 

「……ごめんなさいです、伯父様。わたしは―――行きません」

「な、何!?」

 

 綺凛は綱一郎を拒絶する。

 

「伯父様のご助力には感謝しています。それは本当です。ですが、わたしの道はわたし自身で決めたいと思います。そうじゃないと、わたしは……いつかきっと後悔してしまいますから」

「お、お前。まさか!」

 

 綺凛は綱一郎の目を真っすぐ見つめて―――そして宣言した。

 

 

「わたしは―――界龍に入ります!」

 

 

 その言葉に綱一郎の中でなにかが切れた。

 

「こ、この、う、裏切り者がぁぁ!!」

 

 言葉と同時に拳を振り上げ―――思い切り振り下ろす。

 

 ―――だが

 

「―――そこまでじゃ」

 

 傍観していた范星露がその拳を受け止めた。

 

「なっ!? き、貴様は、ば、万有天羅!?」

 

 綱一郎は突如現れた万有天羅に驚きを隠せず、信じられないといった顔をする。

 

「ど、どうしてここに?」

「始めから部屋におったぞ。おぬしは全く気付かず綺凛に一直線じゃったな。怒髪天を衝くとは正にこの事よ」

 

 星露は受け止めた拳を離し、そして綱一郎と向かい合う。

 

「綺凛は己の意志を示した。ならば、もうウチの生徒も同然よ―――大人しく諦めよ」

「ぐぅっ、そ、そういう訳には」

 

 突如現れた星露に対し綱一郎は動揺を隠せない。しかし彼としても簡単に綺凛を諦めることは出来ない。

 

「そういえば、おぬしは銀河の幹部が望みじゃったな」

「な、何を突然」

 

 己の望みを言われた綱一郎は、星露の意図が読めず動揺する。そんな彼に対し、星露はニヤリと笑いながら話しかけた。

 

「―――儂がその方法を教えてやろう。なに、遠慮はいらんぞ。存分に体感してみるとよい」

 

 

 

 

 

 

 

 

 その後、星露が綱一郎と二人きりで話すと八幡と綺凛に説明し、二人は隣の部屋へ移動することになった。しかし部屋に移って少し時間が経過すると、綺凛は隣の様子が気になっていた。

 

「あ、あの八幡先輩。大丈夫でしょうか?」

「ああ、別に問題ないと思うぞ。星露の様子から察するに、綱一郎さんが来るのは予定通りだ。任せておいて問題ないだろう」

「そ、そうなんですか?」

 

 綺凛の疑問に対して頷く。どのような方法で界龍まで来させたかは知らないが、そこは間違いない。

 

「それにしても―――よく頑張ったな、綺凛」

「―――ぁ」

 

 八幡が綺凛の頭を撫でる。星露に対して一矢報いたこと。苦手と思われる伯父に対し自らの意志を示したこと。今日彼女が起こした行動は本当に称賛に値する。

 

 そして綺凛は、撫でられた頭の感触に心地よさを覚えながら、懐かしそうに呟く。

 

「―――父もよく、こんな風に頭を撫でてくれました」

「……そっか。じゃあ、親父さんを助けるためにこれから頑張らないとな」

「はい……でも、わたしは強くなれるでしょうか?」

 

 これからの生活に不安を感じたのだろうか。綺凛が弱音を口に出す。

 

「その辺りは心配いらない。星露に目を付けられたんだから嫌でも強くなるぞ。むしろ、やられ過ぎで自信がなくなるのを注意した方がいい……界龍の生徒は基本戦闘狂だからな」

「えーと。そう、なんですか」

 

 思わぬ事実を聞き目を丸くする綺凛。一瞬嘘かと思ったが、八幡が遠い目をしているのを見て真実を言っていると感じた。

 

 ―――すると

 

「―――仲良くやっておるようじゃな、うぬら。善きことよ」

 

 突如、部屋の入り口から声が聞こえてきた。二人がそちらを向くといつの間にか星露が部屋に中に入ってきていた。そんな星露に八幡はいつもの事なので何も感じないが、綺凛は驚きの表情を見せる。

 

「相変わらず神出鬼没だな、お前」

「まったく気付きませんでした」

「くくくっ、こうした方が皆の面白い反応が見れるものでな」

 

 皆の反応を楽しむ星露。彼女にとってはこれも娯楽の一種なのだろう。

 

「あの! それで、伯父様とのお話し合いはどうなったのでしょうか?」

「ああ。問題ないぞ。先方との話し合いは終わったぞ。無事にな」

「―――無事に、ね」

 

 八幡は星露の言い方が少し気になり、小さく呟く。先程の彼の様子から見て、とても無事に終わるとは思えなかったからだ。

 

「まだそこの通路におるぞ。会ってくるがよい」

「は、はい。分かりました」

 

 星露に言われるまま綺凛は部屋を飛び出し通路へと出る。すると綱一郎は直に見つかった。しかし見るからに様子がおかしかった。

 こちらに気付かず出口に向かって歩いているのだが、夢遊病の患者のようにふらつきながら歩いているのだ。

 

 ―――明らかに異常事態だ。

 

 綺凛は伯父の近くへと駆け寄り声を掛ける。

 

「あ、あの。伯父様?」

「…………綺凛か」

 

 綱一郎がこちらを見る。その顔を見て、綺凛は更なる異常に気付く。

 先程まで怒り爆発だった態度は鳴りを潜め、その顔色は青白くなっており、今にも倒れそうな顔つきだ。この短時間でこの変わりよう。星露との話し合いで何かがあったとしか思えなかった。

 

 綱一郎は綺凛を見て―――何かを諦めたかのように呟く。

 

「―――好きにしろ」

「え?」

「界龍入学に関して私はもう何も言わん―――お前の好きにしろ」

 

 先程までの態度と一変した答えに綺凛は耳を疑う。すると綱一郎は、話は終わったとばかりに彼女の傍から離れ、力ない足取りで歩き出した。

 

「お、伯父様っ!」

 

 綺凛はその背中に向かって呼びかけた。

 綱一郎は足を止めたものの、振り返らない。

 

「わたしは伯父様に感謝しています。それは嘘じゃありません……本当にありがとうございましたっ!」

 

 そして綺凛は、真摯にぺこりと頭を下げた。

 

「……」

 

 綱一郎はそれの答えることもなく、そして振り返ることもしないまま、静かにその場を立ち去った。

 その様子を綺凛は悲しみの目で見つめた。

 

「……終わったようだな」

「八幡先輩……」

 

 二人の様子を見ていた八幡が綺凛の傍に寄り添う。そして悲しそうな顔でうつむく綺凛の頭に、そっと手を乗せる。

 

「あっ……」

 

 そのまま優しく撫でてあげると、綺凛は泣き笑いの顔で八幡を見上げる。

 

「これからよろしくな、綺凛」

「……はい。こちらこそよろしくお願いします」

 

 目元をぐしぐしと拭いながら、綺凛が小さく頷く。

 そして八幡の後方にいた星露が綺凛に話しかける。

 

「うむ、これで綺凛も正式にウチの生徒じゃな」

「は、はいっ。よろしくお願いします。えーと、わたしは何とお呼びすれば?」

「ふむ、別に呼び方など気にせぬぞ。儂の弟子たちには師父と呼ばれておるが、陽乃は普通に呼び捨てじゃからな」

「では、師父とお呼びします―――師父、これからご指導ご鞭撻のほど、よろしくお願いします!」

「うむ、期待しておるぞ。綺凛」

 

 刀藤綺凛が界龍第七学園への入学が決定した瞬間だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふーん。じゃあ無事に綺凛ちゃんをスカウト出来たわけだね。よかったよかった」

「まあ、色々と疑問は残っていますがね」

「疑問? どんな?」

 

 八幡は横でおやつのパフェを頬張る幼女を見る。

 

「なぁ星露。結局、どうやって綱一郎さんを説得したんだ? そんな簡単に諦める人じゃなかったぞ、あの人」

「うん? ……ああ、簡単じゃよ。統合企業財体の幹部になるための必須事項を、実際に体感させた。それだけの事よ」

「幹部になるための必須事項ねぇ。どんな内容なの、それ?」

 

 内容が気になった陽乃が星露に問いかける。

 

「統合企業財体の幹部というのは、何段階の精神調整プログラムを受けて、徹底的に我欲を排除した者しか到達できぬ代物よ。故に、初期の精神プログラムを実際に体感させた。まあ、耐え切れずに途中でリタイアしおったがな」

「うわー、思ったよりえげつない内容だわ」

「個人という人格を捨てさって初めて幹部になることが出来る。まあ、マトモな人間であればならぬ方が幸せよ。連中は巨大な権力を持ってはいるが、統合企業財体という化物に奉仕するだけの存在じゃからな」

「―――奉仕、ね」

 

 その言葉は嘗ての部活を思い出させる。だが意味合いは全く異なる。個人の人格を消去し、統合企業財体の為に全てを捧げる。そのような存在になるのだから。

 

「その内容、綺凛ちゃんには説明したの?」

 

 陽乃は少し離れたテーブルで、留美と話している綺凛を見ながら聞く。それに対し星露は首を横に振る。

 

「説明する必要はなかろう。伯父は綺凛への執着と己の野望を捨て去り、綺凛は界龍へと入学する。その結果があればよい」

「まあ、確かに余計なことを説明する必要はないか。綺凛の負担になるだけだ」

「そうだね。その伯父さんも後遺症はないんでしょう? だったら問題ないね」

 

 八幡と陽乃は星露の話を聞いて納得した。

 

「―――あの、ちょっといいですか?」

 

 そこに一人の少女、鶴見留美が話しかけてくる。後ろに綺凛も一緒だ。

 

「あら、どうしたの留美ちゃん?」

「その、えーと、范星露、さん?」

「うん? 儂に用事か。何用じゃ、鶴見留美」

 

 どうやら星露に用事があるようだ。留美は真剣な表情で星露を見つめる。

 

「あの、私も界龍に入りたいんですけど、入学は可能ですか?」

「おお! おぬしもウチに入学希望か。よいぞ、優れた治癒能力者は大歓迎じゃ!」

 

 留美が突然入学を希望してきた。それを聞き目を丸くする陽乃。

 

「あら、留美ちゃん。もうウチに入るの? 予定だと来年の春からじゃなかったっけ?」

「……その予定でしたけど、別に二学期からでもいいかなって。それに―――」

 

 留美はチラリと八幡を見る。

 

「どうかしたか、ルミルミ?」

「な、何でもない! 後、ルミルミ言うな、バカ八幡」

「……お前は何をそんなに怒ってるんだ?」

 

 二人の様子を見て陽乃は納得した。

 

「なーるほど。そういう事ね。ねぇ星露。綺凛ちゃんと留美ちゃんの扱いはどうなるの?」

「綺凛は特待生。鶴見留美、いや留美は推薦扱いといった所じゃな。どう思う陽乃?」

「いいんじゃないかな。星露に一撃を与えた逸材が特待生なら、上を納得させるにも十分だし、治癒能力者は存在自体が貴重だからね」

 

 陽乃の言葉を受け留美は笑顔を浮かべる。

 

「よかったね、留美ちゃん」

「……うん。綺凛もおめでとう」

「うん、ありがとう」

 

 同学年の二人がお互いの入学を喜び合う。

 

「では、二人とも二学期からウチに来てもらう。書類等は今後それぞれの実家に送るから、準備を怠らぬようにな」

『はい!』

 

 綺凛と留美は二人揃って元気よく返事をした。

 

 

 

 かくして、刀藤綺凛と鶴見留美。二人の少女の界龍第七学園の入学が決定した。

 

 特に刀藤綺凛の入学は、本来あるべき物語に多大な影響を与えていく。

 

 その影響が物語をどのように変化させていくのか―――それは誰にも分らない。

 

 

 そう―――誰にもだ。

 




はい。というわけで、今回で六花見学編は完結です。

最初は八幡 vs 綺凛も少し考えましたが、このお話では綺凛ちゃんは伯父のいいなりではないのでその案はボツになりました。代わりに、星露が綱一郎を穏便に説得しました。

綺凛ちゃんとルミルミは二学期から入学になります。
と同時に、星導館のハードモードが確定しました。ごめんね、クローディア。

次話からは夏休みのお話。予定では数話ですね。他学園の新キャラも少し出る予定です。
勿論、総武のお話もあります。

誤字、脱字、感想等あれば、よろしくお願いします。

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