一人の少女が喫茶店の中にいた。少女はテーブルに置かれた紅茶のカップを口へと運び、一口飲む。そしてカップを再びテーブルへと戻した。
その動きに淀みはなく、仕草から少女の育ちの良さが垣間見える。そして少女は、窓ガラス越しに外の風景をぼんやりと眺めていた。
少女は人を待っていた。そしてその表情はとても穏やかだ。もし彼女と同じ学園の生徒が少女を見れば、間違いなく別人と断定する所だろう。それ程に少女は普段とは別の顔を見せている。
そして―――
「―――ユリスお姉さま」
「―――ユリス姉さま」
「ああ、来たか。グリューエル、ヒルデ」
待ち人である二人の少女が到着した。少女たちはユリスの向かい側の席に座り、それぞれ笑顔を見せた。
リーゼルタニアの王族であるユリス、そしてグリューエルとグリュンヒルデ。三人の再会は実に四か月振りのことだった。
「久しぶりだな、二人とも。息災だったか?」
「はい、もちろんです。ユリスお姉さまこそ、無茶をしていませんか?」
「ユリス姉さまはすぐに無茶をしますから、私達の方が心配です」
ユリスは双子に対し気遣いを見せるが、逆にユリスの方が心配される。リーゼルタニアに居た頃から、姉のユリスは王族らしからぬ行動で周囲を心配させていたからだ。
だが今回はユリスの方が心配する立場だ。
何故なら―――
「それはこちらが聞くべきことだな。その怪我はなんだ、二人とも?」
グリューエルとグリュンヒルデ。二人の腕には包帯が巻かれ、そして顔にはシップが張られていたのだ。
腕は動かせているようなので、骨は折れていないと思われる。だが、怪我をしているのは間違いない。
「ああ、これですか。少々無茶をしてしまいまして」
「その副産物です。先日、治療院に行って治療してもらいました。怪我自体は大した事がないので、お気になさらず」
双子は問題ないとばかりの態度だ。しかしそれでは納得できない。
ユリスは溜め息を一つ付き、双子を問いただす。
「はぁ、では何故そうなったのかをきちんと説明しろ。場合によっては本国に報告しなければならないぞ」
「……それはちょっと困りますね」
「ええ、出来れば内緒にしておきたいところです」
二人はお互いに顔を見合わせ頷く。
「大したことではありませんよ。この怪我は鍛錬中に負った。ただそれだけです」
「私達を鍛えて下さる方がおりまして、その方によるものです。ギリギリが好きなお方ですから」
「それはまた随分と無茶を……しかし鍛錬だと? お前たちがか?」
ユリスが驚きの表情で二人を見る。怪我の具合からすると鍛錬の苛烈具合が垣間見えたからだ。
「……俄かには信じがたいな。今までその手の類の事をしてこなかったお前たちがいきなり鍛錬などと―――どういった心境の変化だ?」
「変化と言われましても。ここはアスタリスクで私たちは星脈世代。鍛錬するには充分な理由では?」
「そうですよ、ユリス姉さま。何もおかしい事はありません」
「それはそうなんだがな……」
二人の言い分にユリスは納得しきれない。目の前で怪我をしながらも微笑む二人を見て、ユリスはふと過去の記憶を思い出した。
造られた姉妹。
そんな特殊な生まれ方をした二人とユリスが出会ったのは、今から数年前のとある冬の日。彼女がまだリーゼルタニアに居た頃のことだった。
リーゼルタニア。
それはヨーロッパに存在する小国の一つ。建国の歴史はそこまで古くなく、今の時代では珍しい君主制の政治体制で王国として存在している。そしてユリスの兄、ヨルベルト・マリー・ヨハネス・ハインリヒ・フォン・リースフェルトが若輩の身でありながら国王の座に就いていた。
何時もの様に雪が降り積ったある日。ユリスは兄のヨルベルトに王宮へと呼び出された。
彼女が王宮を訪れると、普段の自堕落で飄々とした性格の兄はおらず、何かの書類を真剣に見つめていた。
「……来たね、ユリス」
「どうした、兄上。そのような真剣な表情をして。らしくないのではないか?」
「あははっ、そうだね……ユリス。とりあえずこれを見てくれるかい?」
ユリスはヨルベルトから書類を渡された。怪訝な表情をしながら、ユリスはそれを読み進め―――やがてその手が震え始めた。
「なんだっ! なんだこれはっ!!」
ユリスの怒号が辺りに響く。
「フラウエンロープが進めていた人体実験の詳細。その被害者のリストさ。生き残りはたったの二人。そしてその二人は……」
「リーゼルタニアの王族の遺伝子が使用された二人だと! それなら私達の家族も同然ではないか。こんな計画が堂々とこの地で進められているとはっ!」
憤るユリス。そんな彼女をヨルベルトは諫める。
「落ち着くんだ、ユリス。その書類の最後を見てくれるかい?」
「最後……行方不明?」
その書類の最後。そこには二人が行方不明だと記されていた。
「そう。随分と行動力があるお嬢さん方のようだ。彼女たちが居た施設、その近辺にあるフラウエンロープの別の施設が壊滅し、その影響で二人がいた施設も混乱に陥ったそうだ。その状況を彼女たちは利用し、ハッキング等を駆使して堂々と脱出。その後行方不明となっている。もう二週間前の話だ」
「……フラウエンロープも二人の詳細を掴めていないと?」
「そのようだね。最近は猛吹雪も多かったから、足取りなどはすぐに消えてしまう。それが幸いしたようだ……ただ、二人が無事という保証もないけどね」
「そうか……」
ユリスは二人が捕まっていないことに安堵する。しかし、幼い少女がこの雪国で何の当てもなく生きていけるわけがなく、その事が気がかりになる。
「ところで兄上。この書類は一体何処から入手したんだ? まさかフラウエンロープからではあるまい?」
「……書類の出所は秘密だ。本人からの強い希望で明かすことは出来ない。そんな事より、彼女たちを如何するか考える方が大事だ。違うかい?」
「む、確かにその通りだ。しかし統合企業財体が見付けられない人物を、私達が探せる確率は低いと思うぞ……警察は統合企業財体のいいなりだ。期待できない」
ユリスが住んでいる国、リーゼルタニアは俗に言う統合企業財体の傀儡国家だ。その為、警察や司法がまともに機能していないのは周知の事実だ。
「ユリス。もし彼女たちがフラウエンロープに見付かった場合、二度と陽の目を見ることは出来ないか、処分されるかのどちらかになる可能性が高い」
「……ああ。奴らならやりかねない」
統合企業財体は利益のみを求める企業だ。その為ならどの様な手段でも講じるだろう。
「だがもし、もしもだ。こちらが先に彼女たちを見付けた場合は保護することが出来る。その時は王宮に連れてくるんだ。いいね?」
「それは……私としては望むところだが、本当に大丈夫なのか、兄上?」
ユリスの疑問にヨルベルトは頷く。
「大丈夫さ。彼女たちは元々、戸籍上何処にもいない存在だ。そんな彼女たちを保護するというのなら、表に出した方が返って安全さ」
「しかし、どのような名目で保護をするつもりなんだ? 戸籍もない人物がいきなり出てくれば、それだけで疑う輩が出てくるぞ」
「親父が残した隠し子だと言えばいいさ。彼女たちはリースフェルトの血を受け継ぐ存在だからね。それに戸籍ぐらいなら僕の力でも用意は出来る。問題はないさ」
そこまで話してユリスは一応納得した。
「分かった。もし先に見つける事が出来れば保護してみよう」
「うん。頼むよ、ユリス」
そうして二人の話し合いは終わった。
兄に二人を保護すると約束したユリスだが、その行方に心当たりがあるわけではなかった。何処で統合企業財体の目が光っているか分からない以上、無暗矢鱈に他の人に頼るわけにもいかない。
一先ずいつも通りの日常を過ごしていくユリス。そして今日の午後は久しぶりに孤児院に向かっていた。幼い頃から通い詰めている、ユリスにとって掛け替えのない場所だ。
「あ、ひめさまだー」
「ひめさまーこんにちはー」
「ああ、元気だったか。お前たち」
雪が降る中、外で元気に遊ぶ子供達。ユリスの姿を見ると遊ぶのを止めて、全員が走り寄ってくる。そんな子供たちを見て、ユリスはある事に気付く。子供たちの服装が真新しい物ばかりだったのだ。
「うん? お前たち、その服と手袋はどうした?」
「え? シスターにもらったー」
「うん! さいきん、たくさんふくがきれるようになったんだー」
「かわいいふくもいっぱいあるんだーあとでひめさまにもみせてあげる」
「……そうか。それは楽しみだな」
子供達に相槌を打ちながらユリスは考える。孤児院の経営は難航しており、新しい服を買う余裕などない。皆、年長者のお下がりを着ていたはずだ。
―――まさか、オーフェリアの時と同じようなことが!
ユリスの中で最悪の考えが浮かぶ。借金の肩代わりで誰か売られたのではないか? そんな考えが脳裏を過ぎった。
「お前たち、シスター・テレーゼはいるか?」
「いえのなかにいるよ?」
「そうか。なら私はシスターに会ってくる」
ユリスは先に用事を済ませようとする。しかし子供たちはそれに不満を唱える。
「えーひめさまもいっしょにあそぼうよー」
「みんなでゆきがっせんしたい!」
「そうか。シスターとの話が終わったら一緒に遊ぼう。約束だ」
「やったー! ひめさまといっしょだー」
「はやくかえってきてね?」
「ああ、分かった」
子供達に見送られ、ユリスは孤児院の中へと入っていった。
「こんにちは。シスター・テレーゼ」
「あら、姫様。こんにちは」
出迎えたのは一人の女性。この孤児院兼教会の代表の女性、シスター・テレーゼであった。
「早速で悪いがシスター・テレーゼ。一つ聞きたい事がある」
「はい。何でしょうか?」
「子供たちの服が全員新品になっていた。一着ならまだしも、子供達全員に服を買い与えるほど、此処の暮らしは楽ではなかったはずだ。何があった?」
「ああ、そのことですか」
シスター・テレーゼはユリスの疑問に間髪入れずに答える。
「最近、孤児院に援助をして下さる方がいらっしゃるんです。その方のおかげですね」
「何? 孤児院に援助だと。それは本当か?」
「はい。此処だけではなく他の孤児院にもです。気になったので確認しましたが、リーゼルタニア全部の孤児院に援助しているそうです」
「全部の孤児院にだと? 誰だ? その人物は?」
「それは分かりません。匿名でしたので」
「そうか……」
ユリスはその匿名の人物が気になり、さらに問う。
「シスター・テレーゼ。その人物から援助があったのは何時になる?」
「三日ほど前になります。孤児院の口座に振り込みがあったと同時に、孤児院宛てにメールが届きました。孤児院の現状を嘆き、少しでも力になれればと書かれていました」
「随分と奇特な人物だな。その人物は」
「でもお陰で助かっています。子供たちにお下がりではなく、新しい服を買ってあげられたのですから」
「そうだな。確かにその人物には感謝しなければならないな」
ユリスは話しながらある事が気にかかっていた。孤児院に援助する謎の人物。振り込みがあった時期。そして―――行方不明になった二人。関係があるかは分からない。だが時期を考えると可能性はある。
ユリスは探している二人の写真をシスター・テレーゼに見せる。
「この二人に見覚えはあるか?」
「……いえ、ないですね。この二人が何か?」
「訳あってこの二人を探している。此処二週間で何処かの孤児院に入っていないだろうか?」
「でしたら、私が他の孤児院に聞いてみましょうか? 金髪の女の子二人ですから、聞けば直に分かると思います」
「助かる。だが、表沙汰には出来ない事情がある。それでも頼めるか?」
「ほかならぬ姫様の頼みですからね。お任せください」
ユリスは信頼しているシスター・テレーゼに二人の捜索を頼んだ。二人の少女が生きているなら、何処かの孤児院に助けを求めてもおかしくはない。
「ひめさまーおはなしおわったー?」
「はやくいっしょにあそぼう!」
話が終わると、二人が話している部屋に子供たちが雪崩れ込んできた。
「ああ、分かった」
「では、姫様。何か分かりましたら此方からご連絡します」
「ああ、頼む」
そう言い残すと、ユリスは子供たちに手を引っ張られ外へと向かった。
そして二日後。シスター・テレーゼから連絡があった。
―――お探しの少女の件ですが、居場所が判明しました。一週間ほど前に孤児院に入ったそうです。
二人の場所が判明すると、ユリスはその日午後にその孤児院へと足を運んだ。畏まる院長の女性に案内され、建物の一番奥の部屋の小さな部屋へ。
そして扉を開けると―――そこに二人の少女が居た。
ベッドに座りながら何かの作業をしている一人の少女。よく見れば、彼女の周りには幾つもの空間ウィンドウが浮かび上がり、慣れた手付きでそれを操作している。
もう一人の少女は、作業している少女の膝に頭を乗せ横たわっている。こちらはどうやら寝ているようだ。
「これは……」
思わぬ光景に言葉をなくすユリス。その呟きに反応したのか、少女がユリスへと顔を向ける。
「っ!?」
そして少女の顔を見たユリスは―――その表情に驚愕する。
整えられた顔付き。しかしその表情がまったく動かない。まるで人形の顔付きのように表情に変化がなく、感情がまるで感じられないのだ。少女はユリスを一瞥すると、再び自らの作業へと戻っていった。
そんな少女にユリスは憤りを隠せない。目の前にいる小さな少女。実験体として扱われた、彼女たちの境遇が嫌でも感じられたからだ。
「……少しいいだろうか?」
「………………」
ユリスが躊躇いながらも声を掛ける。しかし少女は反応しない。目の前のウィンドウの操作を止めようとせず、ひたすら手を動かしている。
ユリスは困った。まさかの無反応にどう対応していいのか分からなかった。
「こら! お客様が来ているのですよ! 作業を止めなさい!」
「………………」
院長の女性が少女に声を掛けるも、やはり反応しない。いや、手の動きが更に速くなった。その反応から、こちらに返事をする気はないとユリスは理解した。
「いや、いい。こちらが無理に押し掛けたのだ。彼女に責はない」
「し、しかし姫様。そういう訳には」
「問題ない。此処で少し待たせてもらってもいいだろうか? 作業が終わるまで一緒にいたい」
「いや、しかし……」
「―――頼む」
ユリスが院長へ頭を下げる。これには院長も反応に困り、慌てふためく。
「あ、頭をお上げください、姫様……分かりました。椅子を持ってきますので、お待ちください」
「―――助かる」
そう言い残し院長は部屋を出ていった。残されたユリスは再び少女が作業をする姿を見る。先程と変わらず何かの作業に没頭しているようだ。
ユリスは暫くその様子を眺めていた。
すると寝ている少女が寝言を発し―――少女の手が止まった。
「……ぅぅん」
「…………」
「すぅぅ…………」
寝言に反応し少女が作業を止める。そして自らの左手で、寝ている少女の頭を撫でた。寝ている少女はそれに満足したのか、再び深い眠りに付く。それを確認して少女は再び作業に戻った。
ユリスはその一連の行動を眺め、確信した。造られた姉妹。だがこの二人には確かな絆があるのだと。
そんな二人を―――絶対に助けてみせるとユリスは心に誓った。
そして一時間後、作業を終えたと思わしき少女がその手を止める。そして己の前に展開されているウィンドウを全て閉じ、寝ている少女の頭を再び撫でた。それが終わると、漸く椅子に座るユリスの方へと顔を向けた。
「……まだいらしてたんですか?」
「お前たちと話がしたかったからな」
やはり少女の表情に変化はない。人形のように無表情でユリスを見つめている。
「あなたはフラウエンロープの方ではありませんね。あの方たちでしたら、問答無用で捕まっているでしょうから。ソルネージュかEP、もしくはベネトナーシュ所属の方ですか?」
「どれも外れだ。私はユリス=アレクシア・マリー・フロレンツィア・レテーナ・フォン・リースフェルト。この国の第一王女だ」
ユリスのセリフに少女は目を細める。
「―――そう、ですか。あなたが……目的は私たちの身柄。そう考えてもよろしいですか?」
「ある意味では正解だ。だが誤解をするな。お前たちを統合企業財体へ引き渡すつもりはない」
「では、私たちに何の御用ですか?」
少女が警戒を強めているのがユリスにも分かった。彼女たちからすれば、ユリスは赤の他人だ。警戒を解くわけがない。
「お前たちを引き取りに来た。私と一緒に王宮へ来る気はないか?」
「……………………」
少女が動きを止める。そして微かに目を見開いた。
「お前たちはリースフェルトの血を引くものだ。言い換えれば、私の家族といってもいいだろう。だからこその提案だ」
「―――意味が分かりません。確かに私たちにはリースフェルトの王族の遺伝子が使われています。それは事実です―――でもそれだけです。あなたが私たちを引き取る理由には繋がりません」
「家族は大切にするものだ。そして私はお前たちを家族だと思っている。それでは不服か?」
「私の家族は―――この子だけです」
少女は眠りに付く己の半身を見てはっきりと宣言した。強固な意志と明確な拒絶。少女の意志は固い。現段階での説得は不可能だろう。とりあえず別の話題を振ることにする。
「そういえば名前を聞いていなかったな。教えてもらってもいいか?」
「被検体番号0150。そしてこの子は0151。それが私たちの名前です」
「…………そんなものは名前ではない」
少女の返答に憤りを感じながら否定する。番号を名前と教え込んだ研究者たち。それを何の疑問もなく受け入れる少女たち。その全てにだ。
「悪いことは言わない。他に何か別の名前を考えたほうがいい」
「必要ありません。名前というのは個人が識別できればいいもの。今のままでも問題ありません」
「そういうな。このまま外で生きていくのなら、今の名前では駄目だ。その子を危険に晒したくはないだろう?」
「それは……」
ユリスの言葉に初めて少女が口篭もる。やはり双子の妹のことが大事なのだろう。このまま話を続けようとも思ったが、時間が経ちすぎていることにユリスは気付く。今日は此処までだ。
「今日のところは失礼する。また今度話し合おう」
「―――もう二度と来ないでください」
「それは断る―――また来るぞ」
「……はぁ」
ユリスの断言に少女はこれ見よがしに溜息を付く。それに苦笑しながらユリスは部屋を後にした。そして歩きながら、脳内でスケジュールを確認する。
ユリスは諦めが悪い。彼女を知る人はそれをよく知っている。だが少女は知らない。最も研究所育ちの彼女がそれを知る由もないのだが。
それを証明するかのように―――ユリスは頻繁に少女たちに会いに来るようになるのだった。
「―――さま」
「――リス姉さま!」
「っ!?」
呼びかける声に反応し意識が覚醒する。目の前には双子の二人がこちらに呼べかけている。どうやら物思いに耽りすぎていたようだ。
「どうなさったのですか? そんなにもぼんやりとして」
「お疲れですか。ユリス姉さま?」
「あ、ああ。すまない。少し昔を思い出していた……お前たちと初めて会った日のことをな」
ユリスの言葉を聞き双子はお互いを見る。そして思わず苦笑した。
「そうですか。あの時のことを……懐かしいお話ですね」
「私は寝ていましたから、姉さまと話したのは次の時でしたね」
「ああ。そうだな」
三人が初めて会った日、グリュンヒルデは熟睡し起きることはなかった。
「……あれからユリスお姉さまが孤児院を頻繁に訪れるようになりましたが……まさか二日おきに来るとは夢にも思いませんでした」
「お前たちを説得するには、そのぐらいしなければ無理だと判断したまでだ」
「それにしたって強引でしたけどね。こちらがどれだけ嫌だと拒絶しても諦めない。そして強引に別の孤児院を移されましたね。あれは何時頃でしたでしょうか?」
「最初に会ってから二週間後よ、ヒルデ」
「……そうだったか。そんな事もあったな」
あれからユリスは頻繁に二人の孤児院を訪れた。通う内に分かったことだが、孤児院の院長が二人の扱いを持て余していた事が判明した。そしてその対策としてユリスが一計を講じ、二人をシスター・テレーゼの孤児院へと居住を無理やり移したのだ。
三人とも過去を思い懐かしむ。そんな中でグリューエルがユリスへと視線を向ける。
「……ユリスお姉さま。出会った頃、私はあなたのことを嫌っていました」
「姉さま! 突然何を!?」
グリューエルの突然の告白に、グリュンヒルデは声を荒げる。
「突然人の領域に押し入って強引に私たちを連れ出し、好き勝手するあなたのことが大嫌いだった。ご存じでしたか?」
「……知っていたさ。どう考えても好かれるような行動は取っていなかったからな」
ユリスも勿論自覚していた。あの頃はそんな事より、二人の境遇を何とかするのに一生懸命だったのだ。だから、それによって嫌われるのもしょうがないと思っていた。
「でも、あなたのその行動が私たち二人を救ってくれた―――ありがとうございます、ユリスお姉さま」
「私もユリス姉さまには感謝しています。ありがとうございます」
グリューエルとグリュンヒルデはユリスに向かって頭を下げてお礼を言う。二人の心からの本心だ。
「む、ど、どうしたんだ? 今更そんなことを言い出すなど」
「いえ、改めてお礼がいいたくなった。それだけです」
「ユリス姉さま。顔が赤いですよ。照れてるんですか?」
グリュンヒルデがユリスの顔色を指摘する。その指摘にユリスは渋い顔をする。
「…………年上を揶揄うんじゃない、まったく」
「うふふっ、ごめんなさい。でも、今はユリスの姉さまのことが大好きですよ」
「私も。ユリスお姉さまのことが大好きです」
二人はユリスに対して素直に心中を告白した。そんな二人にユリスは嬉しく思うも少しだけ訝しむ。二人がこんなにも素直なのは珍しいからだ。
「はぁぁ。一体今日はどうしたんだ、グリューエル、ヒルデ? 二人ともやけに素直じゃないか」
「……昔のことが話題に出ましたから。なので、感謝の気持ちを表現してみました」
「昔は色々ありましたからね」
ユリスの話に引きずられるようにグリューエルも過去を振り返る。ユリスとの出会い。頻繁に訪れてくるユリス。孤児院の移住。新しい孤児院での生活。
そして―――あの日のことを。
グリューエルは今でも鮮明に覚えている。ユリスを初めて姉と呼んだ、あの日のことを。
初めて感情を荒げ、他者と言い争った。妹と意見が分かれ、初めて喧嘩した。そして―――差し伸べられた救いの手を受け入れた、あの日のことを。
それは―――ユリスに初めて会ってから、一ヶ月後のことだった。
今回はグリューエルとグリュンヒルデ、そしてユリスの三人のお話でした。
ただ、長くなりましたので、もう一話だけ続く予定です。
オリキャラのお話はつまらないかもしれませんが、お付き合いください。
今作のユリスは原作より少しお優しめになっています。
フローラと話している姿を見ると分かりますが、年下には結構甘いですからね、彼女。
誤字、脱字、感想等あれば、よろしくお願いします。