授業と授業の間には休憩時間が存在する。そしてその時間をどう過ごすかは当人次第だ。次の授業の準備をする者。友人と話をする者。一人で暇を持て余すもの。その行動は人それぞれである。
そんな中、自らの席に座っている一人の少女がいた。少女は目の前の参考書の問題に集中していた。しかし中々解けない。あと少しで解ける気がするのだが、その解き方が思い出せない。少しだけ悩み―――諦めて集中を解いた。
自身の顔を上げ軽く溜息を付く。そして気紛れに周囲の声に耳を傾ける。そんな彼女に聞こえてきたのは、ある一つの話題であった。
「なぁ、見たか。昨日の試合」
「あぁ、見た見た。やっぱ凄え迫力だよなぁ王竜星武祭!」
「シルヴィアさんってカッコいいよね!」
「うん、わかるわかる。綺麗でカッコよくて、しかも強いだなんて憧れるよねぇ~」
それは今、世界中の注目を集めている一つの舞台。学戦都市アスタリスクで行われている星武祭―――王竜星武祭であった。
「今回は誰が優勝するだろう?」
「やっぱ孤毒の魔女じゃね? 前回ぶっちぎりだったじゃん」
「ぶっちゃけ強すぎだろ、孤毒の魔女。可愛い顔して能力えげつねぇし」
「何言ってんの、男子! 今回はシルヴィアさんが優勝して前回の雪辱を果たすわよ」
「そうよそうよ! シルヴィアさんが最強よ!」
「え、いや、その…………」
男子も女子も、カーストも関係なくクラス全体が盛り上がっている。否、このクラスだけではない。学校全体がこの状態なのだ。少なくとも王竜星武祭が終わるまでは続くと予想される。
そんなクラスメイトの状態に一人の少女―――川崎沙希は目の前の参考書から目を離し、小さく溜息を付いた。
―――こいつらに受験生の意識はないのかね? 毎日毎日鬱陶しい。
星武祭が盛り上がるのはまあ分かる。一年に一度のお祭りだからだ。しかし、受験を控えた中学三年生が毎日盛り上がるさまを見ていると、流石に思う所はある。
―――星武祭ね……そういえば大志は好きだったね。わたしは正直どうでもいいけど。
沙希は、弟の川崎大志が星武祭を興奮しながら見ているのを思い出す。それは彼自身も星脈世代であり、国内の星脈世代の大会にも少なからず出場しているので興味津々なのである。
―――しかしあんなに夢中になれるものかね? そりゃテレビで見てると派手だし、カッコいいのは分かるけどさ。
毎年一回行われる大きなお祭り。川崎沙希からすれば星武祭はその程度の存在である。故に周囲の盛り上がりは過剰に感じられた。
―――まあ、わたしには関係ない話か。勉強の続きしよう。
川崎沙希は再び参考書に目を通した。
時が少し過ぎ昼休みの時間に入った。沙希は手荷物を持って一人教室を出る。近くにあった階段を上り屋上へと向かう。
教室は騒がしい為、天気のいい日は屋上で弁当を食べているのだ。昼休みとはいえ、冬のこの季節に態々屋上へと上がってくる酔狂な人は殆どいない。
そんな物好きは川崎沙希を除けば―――
「あ、遅いですよ~沙希先輩~」
少し前に出会ったこの少女、一色いろはぐらいなものだろう。
「あんたが早いんだよ、一色」
「え~そんなことないです~普通ですよ、普通~」
「はいはい。ほら、ご飯食べるよ」
「は~い」
沙希はいろはの隣に座り、弁当箱を取り出して蓋を開ける。
「うわ~相変わらず沙希先輩のお弁当、美味しそう~」
「普通だと思うけど?」
「そんなことないですよ! 特にその煮物。味が染みててとっても美味しそうです!」
「……少し食べる?」
「いただきます!」
沙希は箸を使い隣へ煮物を少し渡す。そして隣の少女は渡された煮物をすぐに自らの口の中へ運ぶ。
「う~~ん。美味しいです!」
「……そう」
喜びの表情を見せるいろは。沙希はそんな後輩の行動に相槌を打ち、ふと思った。
──最初に比べると随分と変わったね、この子も。
一色いろはと初めて会ったのもこの屋上だった。屋上へと上がった沙希は、一人の少女を見付けた。
『何やってんの、あんた?』
『ご、ごめんなさい。わ、わたし』
その少女は蹲っていた。震えていた。そして泣いた後なのか目元が腫れていた。
そんな姿を見た沙希は、少女を放っておけなかった。
『そ、その、い、いいんですか?』
『構わないよ。わたしは昼はここにいるし、来たければ来な』
それからはほぼ毎日昼ご飯を一緒に食べる仲だ。よく懐かれたものだなと沙希は思う。自身の愛嬌のなさはよく理解している。まあ、妹が一人増えたぐらいの感覚だ。
「? どうしたんですか、沙希先輩?」
「……何も。いい天気だなと思ってね」
「そうですね。これで寒くなければ完璧です」
「あんたもわたしも星脈世代なんだから、そんなに寒くないでしょ」
「それでも寒いものは寒いんです~」
彼女に何があったのかは沙希は知らない。彼女には何も聞かないし、彼女自身も何があったか語らない。しかし元気になってくれれば、それにこしたことはない。
頬を膨らませながら話す後輩を、川崎沙希は暖かく見守った。
―――世は正に星武祭の時代!
今の世の中を表すと、そんな感じだと川崎沙希は思った。商店街を歩けば、通りに星武祭の出場選手の垂れ幕が飾られ、個別の店には一押しの応援選手のポスターや、星武祭関連のグッズが売られているのを見れば、そう思うのは無理もないだろう。
必要な食材を買い揃え、家に着くころにはゲンナリとしてしまった。だが、これから夕飯の支度がある。気落ちしたままではいられない。
「ただいまー」
入口の扉を開けて中に入る。すると誰かの走る音が聞こえてくる。家はそんなに大きくない。すぐにその姿が見えた。沙希の弟―――川崎大志だ。
「姉ちゃんお帰り!」
「どうしたのさ? そんなに慌てて」
「ちょっとこっち来て!」
「いや、これから夕飯の支度があるんだけど」
「いいから早く!!」
「……分かったよ。ちょっと待ちな」
いつになく慌てた状態の弟を見れば、流石にただ事ではないと分かる。荷物を手に持ったまま居間の方へと向かった。
そして沙希は居間へと辿り着き―――持っていた荷物を床に落とした。
居間にはテレビがある。そしてテレビには星武祭の映像が流れていた。それは別に問題ない。何も驚くことではない。
―――しかし映された映像が余りにも衝撃的だった。
「……比企、谷?」
転校した少年、比企谷八幡と思わしき少年がテレビに映っていたのだ。
范八幡は現状の自分を早くも嘆いていた。
『そして界龍第七学園の范八幡選手。今年の春に入学していますが、序列戦や公式決闘の記録は未だ一つもありません。その実力は正に未知数。そんな彼がどう戦うか注目です』
『界龍第七学園は序列戦に興味のない生徒も多数いますからね。序列外でも侮れませんよ』
―――いや、俺なんて大したことないから。むしろ侮りまくって御釣りがくるから是非侮ったままでいてほしい。
八幡は実況の解説に心の中で突っ込みを入れる。口には出さないが紛れもない本音だ。
気紛れに周囲に視線を巡らし──周囲の大観衆を見て溜息を付いた。
―――自分で決めたこととはいえ、やっぱ早まったかもしれん。今からでも出場辞退……はいくら何でも出来んわ。ホントはしたいけど! 帰りたいけど!
今更ながらに後悔してきた。マッ缶欲しさに出場を決意したとはいえ、今思えば載せられた感が拭えない。
―――そりゃね。マッ缶は欲しいよ。自販機が設置されれば遠くに買いにいかなくてもいいし、売り切れを心配しないでいいし、メリット満載だよ。でもなー。
メリットは確実にある。だが今の現状がそのメリットに似合うかは、やっぱり考えさせられる。
『さあ! 両者の解説が終了した所で、まもなく試合開始の時間です!』
解説の声に合わせ観客の歓声が会場に響き渡る。注目試合ではないにも関わらず、場内は観客で満員である。その辺りは流石に星武祭といった所だ。
「―――ふぅぅぅぅ」
呼吸を整え、気持ちを切り替える。
体は自然体に、余計な力は抜き、思考を戦闘状態へと切り替える。
敵はガラードワースの男子。序列は六十位。武器は西洋の両手剣の煌式武装が一振り。典型的なガラードワースの生徒だ。名前は―――解説を聞き洩らしたので知らない。
―――こちらを侮る様子はなしか。はぁ、少しは楽が出来ると思ったんだが。
流石は王竜星武祭の出場選手といった所だろう。こちらが序列外でも手を抜く様子はない。しかし残念ではあるが問題ではない。
―――まあ、何とかなるか。課題に関しても、な。
星露とのやり取りを思い出す。
『は? 課題?』
『そうじゃ。試合開始から二分間。こちらからの攻撃を禁ずる。その間は防御・回避に徹底せよ』
『いやいやいや。何でそんな事しなきゃいけねぇんだよ。俺にメリットないじゃん』
『メリットならあるぞ。今のおぬしならそこらの相手は問題ない。序列下位の生徒なぞ鎧袖一触よ。ただ―――派手な立ち回りは目立つぞ?』
『っ!?』
『注目されるのは好まぬであろう? それを緩和するための策じゃよ。一撃で倒すより、時間を掛けた方が目立たなくて済むぞ』
『な、なるほど。確かに一理ある』
『この課題は予選の間だけとする。もし達成出来たら……そうじゃな。報酬としてマッ缶を使ったデザートでも用意して『やる。必ず達成するぞ』ふふっ、そうか』
『―――では期待しておるぞ。八幡よ』
これが先日、二人の間で交わされた取り決めだった。
―――最初聞いた時は頭おかしい条件かと思ったが、確かにこれなら目立たなくて済む。相手を一撃で倒すとか、圧勝するのが一番目立つからな。目立つのダメ、絶対。
『Gブロック1回戦第15試合、試合開始!』
機械音声が鳴り響き―――王竜星武祭への挑戦が始まった。
「どう思う、大志?」
「お兄さんに見えるよ。ただ……」
「そう、だよね。やっぱりそれが気になるよね」
「……苗字が比企谷じゃなくなってる」
川崎沙希と川崎大志。二人の姉弟は真剣な表情で確認する。テレビに映る彼が自分たちの知る彼かどうかを。
見た目は一致する。界龍の制服を着ているが、ダルそうな雰囲気と前方に伸びたアホ毛は彼の特徴そのものだ。故に腑に落ちない。
范八幡。目の前のテレビに映る彼の名前だ。だが苗字が変更されている。もしテレビに映る彼が本当に比企谷八幡なら、二人の想像以上の事が彼の身に起こった事を意味する。
「せめて本人の声が聞こえればいいんだけど」
「星武祭だと勝利者にはインタビューがあるから、勝てば聞けるけど……」
「ちょいと難しいね。この状況だと」
二人はテレビの実況に集中する。
『おおっと! 大剣からの素早い攻撃。フェルナン選手の連続攻撃が范選手を襲う! フェルナン選手、攻撃の手を緩めません!』
『フェルナン選手の特徴は大剣から繰り出すスピード技の数々です。これは先手を取りましたね』
試合開始直後からの状況は明らかだ。ガラードワースの攻撃が続く中、彼と思わしき人物は一切反撃していない。この一方的な展開が続いている。
観戦している人の殆どが思った。勝負は時間の問題だと。沙希と大志もそう判断せざるを得なかった。
だが―――
『試合開始から一分が経過! フェルナン選手の猛攻はなおも続いてます! しかし范選手! これらの攻撃をすべて回避! まったく当たる様子がありません』
『素晴らしい回避能力です。范選手は恐らく相手の太刀筋を完全に見切ってますね。攻撃を最小限の動きで躱していますよ』
最初は自信を持って攻撃を仕掛けたガラードワースのフェルナン。だが己の攻撃を完璧に回避される状況に表情は歪み、焦りが募っていく。
『うぉぉぉっ!!』
『…………』
焦りを吹き飛ばすように雄叫びを上げる。そして先程よりも速いスピードで再び范八幡へと迫り攻撃を仕掛ける。しかし状況は変化しない。先程までと同様に連続攻撃は空を切るのみだ。
「凄い。攻撃を全部避けてるよ」
「……比企谷にこんな動きが出来るなんて」
二人とも驚いているが、同じクラスメイトであった沙希の方は、特に驚いている。
「あっ……」
沙希が掠れた声を出す。とんでもない事実に気付いたのだ。
―――范八幡は、片手に持った己の武器を抜いてすらいないことに。
『くそぉっ! こうなったら!』
ここで状況が動く。必死に攻撃していたフェルナンが、バックステップで大きく八幡から距離を取る。そして着地後、その全身から星辰力が吹き荒れた。
「流星闘技だ!」
「勝負を仕掛けてきたね」
増大する星辰力を見て流星闘技と叫ぶ大志。沙希もフェルナンが大技を繰り出そうとしているのが分かった。その判断は正しい。通常で勝てない相手なら、流星闘技という大技で一撃に掛けるのは理に適っている。
しかし、流星闘技は大技故に発動に時間が掛かる。発動には個人差はあるが、一瞬で発動できるものではないことは確かだ。この場合、発動前に技を阻止すべく動くのが正しいのだが―――八幡はその場に止まったままだ。
「どうして動かないの? 今なら阻止できるのに」
「いくら何でも直撃を受けたら不味いんじゃ……」
二人は焦る。八幡の行動が理解できないから。流星闘技の威力は通常の数倍。それが直撃すれば試合展開がひっくり返されると思った。
『はぁぁぁっ!!』
二人が悩んでいる間に流星闘技の発動が完了。フェルナンの持っている大剣が一回り巨大化した。そしてフェルナンはその大剣を掲げ八幡へと一直線に突っ込む。爆発的に増大した星辰力の影響により、そのスピードは今まで一番速い。あっという間に八幡の近くへと到達した。
しかしそれでも―――八幡に動きはない。
『これでどうだぁぁっ!!』
フェルナンは大剣を両手で振りかざす。大剣に圧縮された星辰力が眩い輝きを放つ。そして己の全てを込め―――フェルナンは大剣を振り下ろした。
放たれる渾身の一撃。思わず危ないと叫ぶ沙希と大志。試合の見せ場に盛り上がる観客。
繰り出された大剣は八幡への頭上へと迫り―――次の瞬間には勝負が付いていた。
フェルナンが苦悶の表情を浮かべる。その目は見開き、口を半開きの状態になっている。その懐にはいつの間にか、八幡が密着していた。そしてフェルナンの大剣は最後まで振り下ろされることはなく、途中で止まったままになっている。
次の瞬間、フェルナンの手から大剣が零れ落ちる。そして八幡が彼の懐から離れると―――
フェルナンはそのまま前方の床へと崩れ落ちた。
『―――バルド=フェルナン、意識消失』
機械音声が会場に鳴り響く。勝者を告げるために。
『―――試合終了、勝者 范八幡』
勝利のアナウンスが告げられると同時に、観客の大歓声が響き渡った。
「……凄かったね、姉ちゃん」
「うん……凄かった」
転校した知り合いと思わしき人物の登場。その人物の王竜星武祭への出場。そして最後に王竜星武祭の試合内容。テレビでそれらを見た川崎姉弟は、驚愕以外の感想は出てこなかった。
「結局、あの人はお兄さん、でいいのかな?」
「……声も話し方も比企谷そっくりだった。間違いはないと思うけど」
インタビューで彼の声を聴いた。確かに比企谷八幡と同じ声と喋り方だった。インタビューにどもっていたのも彼らしい。だが、それでも確証には至らなかった。それは彼女たちの知る彼と、戦っていた時の彼とでは、あまりにもイメージが掛け離れていたからだ。
「……比企谷さんは、この事知ってるのかな?」
「比企谷の妹? どうだろうね? 知ってるかは本人に聞いてみないと分からないよ。大志、アンタ比企谷の妹の連絡先知らないの?」
「……それがいつの間にか番号が変更されてんだ。だから連絡は取れない」
「そっか。どちらにせよ、わたし達が首を突っ込める問題じゃない。分かってるね、大志」
「………うん。分かってるよ」
沙希は大志に釘を刺す。もし彼が比企谷八幡だとしても、これは当事者の問題だ。他人が首を突っ込んでいい問題ではない。その事は大志にも理解できた。
「さて、あたしは夕飯の支度をしてくるよ。急がないとあの子たちも帰ってくるだろうし」
「じゃあ俺はけーちゃんの様子を見てくるよ。今昼寝してるから」
そう言って二人は別々に行動を開始した。大志は別の部屋へ、そして沙希は台所へと向かった。
そして彼女が台所で食材の準備をしていると、ふとある考えが浮かんだ。
「―――学校で誰かに聞いてみるか……比企谷のことを悪く言わない人物に」
比企谷八幡の学校での知り合いは少ない。しかも彼に敵意を持たない人物となると、該当者は殆どいない。しかしまったくいない訳ではないのだ。
「…………比企谷」
ぽつりと彼の名前を呟く。今日の彼は本当に自分の知る彼だったのか。川崎沙希はそれが無性に気になった。
「ああ~~やっと終わったぁ~」
控室に入った八幡はソファに座り体勢を楽にする。自身が予想以上に疲弊しているのを自覚しているからだ。
と言っても、その疲れは肉体的なものではない。先程の試合に疲れる要素などまったくなかった。ただ、二分間回避し続け、最後に一撃を加えただけ。そんな程度で疲れるほど甘い鍛錬はしていない。
疲れたのはその後だ。試合後の勝利者へのインタビューという、自身にとって最強最悪の敵が待ち構えているのは想像の枠外だった。
緊張のあまり何を喋ったかはあまり覚えていない。せめて余計なことを喋っていなければいいのだが……
そんな事を考えながらぼうっとしていると―――控室の外から声が聞こえてきた。
「八幡先輩。今よろしいでしょうか?」
「八幡、いる?」
二人の少女の声が聞こえる。八幡のよく知る声だった。
「いるぞ。入ってくれ」
問いかけた声に許可を出す。すると入口の扉が開き、二人が中に入ってきた。
入って来たのは二人の少女。刀藤綺凛と鶴見留美だった。
「お疲れ様です、八幡先輩」
「お疲れ、八幡」
「おう、お疲れ」
部屋に入ってきた二人を八幡は出迎える。この二人は八幡の応援に会場まで足を運んでいた。
「初勝利おめでとうございます」
「楽勝だったね」
「まあ、今回は相手に恵まれたな」
今日の対戦相手は序列下位。今回の王竜星武祭の出場選手の中では、実力的には下位の方だろう。流石にそんな相手には遅れを取らない。
「でも八幡。何で最初から攻撃しなかったの?」
「それは私も気になりました。攻撃する隙はいくらでもあったのに……」
「ああ、星露からの課題でな。試合開始後、二分間は攻撃禁止だそうだ。だから回避に徹底した」
八幡の言葉に二人は軽く驚き、そして納得した。星露の無茶ぶりはいつものことだ。
「また面倒な課題を言われたね。この大会中ずっと?」
「いや、予選だけだそうだ。まあ、それなら何とかなるだろう」
「でも、大丈夫でしょうか? 本選前でも強敵に当たる可能性も充分にありますよ」
「……まあ、何とかなるだろう。普段相手してる連中に比べれば、な」
「それは、確かに」
綺凛の心配を八幡は軽く否定する。その言葉に綺凛も思わず苦笑しながら納得した。八幡の普段の相手は綺凛も身をもって体験している。
「さて、試合も終わったしそろそろ帰るか。早く帰って休みたい」
「そうですね。じゃあ帰りましょうか」
「うん。じゃあ行こう」
三人揃って控室を後にする。そしてそのまま出口へと向かう。本日行われる試合はすべて終了しているので、残っている観客の数は少ない。苦労することなく会場を出ることが出来た。
次の試合は二日後だ。今日で一回戦は終わったので、明日から二回戦が始まる。
「陽乃さんは明日二回戦だったな。二人は見に行くのか?」
「わたしは無理。明日は治療院で手伝いの予定」
「留美ちゃんは忙しいね。わたしは一応観戦に行く予定です。八幡先輩のご予定は?」
「明日は試合もないし、ゆっくりするかね。大会中に過度な鍛錬はしない予定だし」
「そうですか……じゃ、じゃあ」
綺凛が何か言いたそうにこちらを見る。
「い、一緒に陽乃さんの試合を見に行きませんか!」
「一緒にか?まあ、別に構わんが」
「は、はい!じゃあ、明日よろしくお願いします!」
「お、おう。よ、よろしくな」
気合の入った綺凛に思わず気圧される。そんな八幡をじっと留美は見つめる。
「な、なんだよ。ルミルミ」
「ルミルミ言うな……ちゃんと綺凛をエスコートするんだよ、八幡」
「エスコートって、二人で見学に行くだけだぞ?」
「……八幡は何も分かってない」
八幡の台詞に留美は大きく溜息を付く。そして綺凛を連れて八幡から少し距離を取った。
「頑張ってね、綺凛」
「う、うん。でも、留美ちゃんはいいの?」
「別に気にしない。大会が終わったら何処かに連れてってもらうから」
「そ、そうなんだ」
内緒話をする二人から視線を外し、空を見上げる。時刻は既に夕方。空には夕焼けが広がっている。明日も恐らく晴れるだろう。
星武祭の予選は、アスタリスク各所にある小規模の会場で行われている。そして予選を勝ち残れば、メインスタジアムであるシリウスドームで本選が始まる。
―――どこまで行けるかね?
八幡は内心で疑問を抱く。今日の相手は問題なかった。しかし強者が集う王竜星武祭。どこまで勝ち上がれるかは八幡にも分からない。
「ねぇ留美ちゃん。本選に入っても治療院の手伝いは忙しいの?」
「それは大丈夫。忙しいのは今だけ。本選に入ったら暇になる」
「そっか。なら、一緒に応援に行けるね」
「うん。一緒に行こう」
八幡の前方で仲良く話す綺凛と留美。ルームメイトでもある二人はすっかり仲が良くなった。もう親友と呼んでもいいだろう。
「ま、出来るだけ頑張りますか」
そんな二人を目にしながら、ポツリと呟く。流石に優勝できるとは思っていない。しかし星武祭という舞台は、自分の力を試すのに絶好の場でもある。
こんな自分を応援してくれる人達がいる。期待してくれる人もいる。ならば、その期待に応えようと思っても不思議ではないだろう。
―――俺がこんなこと考えるなんてな。人は変われるって実感するよ。昔の俺からは考えられんな、うん。だけど……悪い気分じゃない、な。
自身の心の変化を感じながら、八幡はのんびりと歩いて行った。
改めましてお久しぶりです。
離職、転職など私生活で色々ありましたが、何とか状況が落ち着いたので、再び投稿再開です。
待っていてくれる方がいてくれれば幸いです。
誤字、脱字、感想等あれば、よろしくお願いします。