学戦都市アスタリスク 本物を求めて   作:ライライ3

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まさかの一万字オーバー。

これが私の全力全開!

誤字、脱字、感想等あれば、よろしくお願いします。



第九話 戦いは終わる。されど想いは届かず

「……凄い」

 

 その光景を見て鶴見留美は一言だけ口に漏らした。

 

 ――――――圧倒的。

 それ以外に表現のしようがない強さであった。

 

 先程まで辛うじて見えていた陽乃の動きは、もう目に付くことさえ覚束ない。

 今までの動きが何だったのかというほどに、陽乃の動きは凄まじかった。

 

 比企谷八幡と雪ノ下陽乃

 

 互いが黒の色を持つ能力者同士の激突は一方的な展開を向かえていた。

 

 

 高速で移動する陽乃に八幡は完全に翻弄されている。

 強烈な打撃で真横に吹き飛ばされた八幡が何とか着地するも、直ぐに下段から上段へ繰り出される蹴りにより上空へ飛ばされる。そして次の瞬間には上空から叩き落され床へ激突。轟音が響き渡たりクレータ上の陥没を作り出した。

 

 留美の目には陽乃の動きが瞬間移動しているようにしか見えない。そして凄いのは速度だけではない。

 黒の炎による打撃の数々が八幡の闇を確実に削り取っていた。

 

 このまま行けば陽乃の勝利は間違いない……そのはずだ。

 だが留美にはある不安があった。一種の予感だったのかもしれない。

 

 ―――本当にこのまま終わるのか?

 

「八幡……陽乃さん……」

 

 鶴見留美は両者の無事を祈った。

 

 

 

 

 

 

 八幡が床に激突した衝撃で轟音が鳴り響き煙が舞う。空中からそれを見下ろした陽乃は、十枚の呪符を取り出し星仙術を発動。同時に星辰力で空中に生み出した足場を逆さの状態で蹴り付けて加速。一気に八幡へ接近する。

 

 闇が膨らみその衝撃で煙が晴れる。起き上がった八幡が上空を見上げそこで見たのは

 

 

 ―――自身に向かってくる十人の雪ノ下陽乃

 

 

 闇の一部が変化し30cmほどの闇の球体が無数に出現する。上空から向かってくる十人の陽乃に対して弾幕として発射。球体の雨を十人の陽乃が虚空を移動しながら躱していく。しかし大量の弾幕の中、全てを避けきれることは出来なかった。五人の陽乃に球体が直撃し闇に呑まれて姿を消す。

 

 残り五人

 

 弾幕を掻い潜り三人の陽乃が直上に出現。漆黒の炎を腕に纏い空中から急降下してくる。

 三人の攻撃が八幡に当たる直前に闇が反応。闇から棘がハリネズミの針の様に飛び出した。それが三人の陽乃を串刺しにして、又掻き消える。

 

 残り二人。

 

 直後、八幡の身に纏う闇の障壁に左右から衝撃が走る。

 いつの間にか地上に降り立っていた残り二人の陽乃が攻撃を仕掛け、障壁に拳がめり込んでいた。埋め込まれた拳から漆黒の炎が放たれる。闇と炎が干渉し互いに反発しあう。

 

 硬直したのは一瞬、勝ったのは……漆黒の炎。闇の障壁が消失し八幡の姿が露になる。左右から二人の陽乃が迫る。

 

 接近戦。瞬時に八幡の右手に漆黒の刀が生まれる。二人の攻撃を紙一重で躱し、すれ違いざまに一人切りつける。切りつけられた陽乃は両断され、やはり姿を消す。

 

 残り一人。

 

 最後の一人がこちらに向け再度突撃。先程までは反応出来なかったスピード。しかし連続で攻撃され続けた影響で目が慣れた。凄まじいスピードだが捉えきれないほどではない。

 

 背後に星辰力の反応を感知。振り向きざまに一閃し刀と拳がぶつかり合い……漆黒の刀が陽乃を切り捨てる。

 

 驚愕の表情を浮かべた陽乃がその場に膝をつき崩れ落ちて―――

 

 

 

 一枚の呪符を残して消え去った。

 

 

 

 

「お見事♪」

 

 真横からの称賛の声。誰かと問わずとも確認するまでもなかった。身体が反応し回避行動に移るもすべてが遅く

 

 

 ―――十一人目の雪ノ下陽乃の黒炎を纏った蹴りが比企谷八幡に直撃した。

 

 

 

 

 

 

 陽乃の蹴りにより吹き飛ばされた八幡が壁に激突し倒れ伏した。何とか起き上がろうとするも、闇が剥がされた状態での直撃は相当堪えたのだろう。足元がおぼつかず中々起き上がることが出来ない。

 それを確認した陽乃が追撃を仕掛ける。ポケットから手袋型の煌式武装を取り出し右手にはめる。

 

「煌式武装 起動」

 

 陽乃の言葉に反応しマナダイトの核が煌めく。右手に極大な星辰力が集中し黒炎と合わさり塊となる。知っている人が見ればそれをある名称で呼ぶだろう。

 

 過励万応現象―――通称 流星闘技《メテオアーツ》

 

 煌式武装に使用者の星辰力を注ぎ込むことで、一時的に煌式武装の出力を高める技だ。

 その威力は通常時の攻撃時のおよそ数倍以上。

 

 それを手に陽乃が足に星辰力を集中し―――駆ける。高速で移動し拳を振り上げ攻撃態勢に入る。それに対し起き上がれない八幡は右手を付きだして闇の障壁を展開。全星辰力を集中し、何とか耐えようとする。

 

 

 しかしそれは無意味であった。

 

 

 陽乃が闇の障壁に触れる直前に地面を殴打。同時に魔法陣が八幡の真下に出現し

 

「……ごめんね」

 

 

黒炎 葬送

 

 

 ―――黒炎の柱が天を貫いた。

 

 

 

 

 

 

 黒の炎が円柱となり天井をぶち抜き闇夜へと昇る。やがて炎は段々と小さくなり消えていき……倒れ伏す比企谷八幡の姿だけが残った。

 

「……ふぅ。やっぱりこの状態は疲れるね。燃費も悪いし」

 

 八幡の姿を確認した陽乃は自身の黒の炎を消す。黒炎の状態は通常時より遥かに強いが、その分燃費も悪い。今の陽乃では全力を出せるのは五分が限界だ。そして他のもデメリットはある。

 

「あらら、やっぱり壊れちゃった」

 

 自身の煌式武装に目を向けると、煌式武装のマナダイトがヒビだらけになっている。もう使用することはできないだろう。

 通常なら一度の流星闘技でマナダイトが壊れる事はありえない。だが陽乃にとっては慣れた事である。今まで色んな煌式武装を使用してきたが、彼女が全力を出して耐えきった煌式武装はない。それ故、彼女にとっては煌式武装は一発限りの使い捨ての物になっている。

 

「……さて、と!」

 

 倒れた八幡に対して懐から取り出した大量の呪符を投げつける。呪符が八幡の身体の全身に張り付いていき全身が呪符で包まれていく。使用したのは封印系の呪符だ。効力としてはあまり強くないが今の八幡の状態なら通用するはずだ。

 

 陽乃は八幡の元に歩き、すぐ傍まで行くと足を下ろす。そして八幡の頭をそっと撫でた。

 

「悪いようにはしないから……今は眠っていて」

 

 

 

 

 

 

 ―――完敗だな

 

「……ああ」

 

 ―――何が足りなかった?

 

「……力も、能力も、星辰力も……全てが相手の方が上だった」

 

 ―――ならどうする?

 

「……どうしようもない……これが俺の限界だ」

 

 ―――いい事を教えてやろう

 

「……何だ?」

 

 ―――能力とは意志だ。自らの思いとその意志の強さでどこまでも変化し、そして強くなる

 

「それぐらい知っている。それが何だってんだ」

 

 ―――お前は甘いんだよ

 

 漆黒の闇が広がっていく。

 

 ―――真正面から挑むなんて馬鹿のすることだ

 

 比企谷八幡に残った僅かな理性すら塗りつぶしていき

 

「……何を…言って……」

 

 ―――力が無ければ強くなればいい。能力が足りなければ増やせばいい。そして星辰力が不足しているなら……

 

「……や…め…ろ」

 

 

 ―――奪い取れ!!

 

 

 闇に堕ちた

 

 

 

 

 

 

 

 

「あああぁあぁぁっ!!」

 

 八幡の叫び声が室内に響き渡る。

 

「比企谷くん!くっ!」

 

 再び這い出た闇が呪符を全て吹き飛ばし陽乃をも飲み込もうとする。しかし紙一重の差で躱した陽乃が八幡から距離を取る。

 

「まだ動けるの!でもその星辰力じゃ大したことは出来ないよ!」

 

 陽乃の猛攻を防ぐのに八幡は星辰力を殆ど使い果たしていた。どんなに強い能力を持っていても星辰力がなければ能力を使用する事はできない。その証拠に八幡から発せられる闇はかなり小さくなっている。

 

 八幡の闇から棘が生まれる。その数はおよそ十本。先程までよりかなり少ない。陽乃が迎撃のために黒炎を再度発生し両腕に纏う。

 

 そして闇の棘が放たれ目標地点へと飛来した。

 

 

 

 ―――倒れていた銀行強盗達に

 

 

 

「……え?」

 

 闇の棘が強盗達を覆っていた結界を容易く貫き、倒れていた彼らを飲み込む。そして予想外の事態に陽乃の動きが一瞬止まり、それは起こった。

 

「ぎゃあぁぁぁああ!!」

 

 

 絶望の始まりだった。

 

 

「やめろぉぉぉ!やめてくれぇぇえ!!」

「あ……あ……ああ」

「……もう……やめ…おねが……しま……」

 

 強盗達の阿鼻叫喚の声が響きわたる。思考停止状態だった陽乃だが、彼らのボスだった男の声で正気を戻す。

 

「てめぇ……俺の……星辰力ぐぉぉぉおっぉぉ!!」

 

 星辰力、その言葉が耳に届いた陽乃は八幡と強盗達の星辰力を無意識に測り、ようやく事態を把握する。

 

 強盗達の星辰力が減り、代わりに八幡の星辰力が回復している事実を。

 

「星辰力の吸収!嘘でしょ!?」

 

 思わず叫び声を挙げる。だが無理もない。世界一能力者が集まるアスタリスクですら、そんな能力者は聞いたことがない。自らの師である万有天羅でもそんな事は不可能だ。

 

「!これ以上はさせない、炎よ!」

 

 陽乃が能力を解き放つ。狙いは強盗達と八幡の間にある闇の棘の中間地点。十人に対して十か所、ピンポイント爆撃で狙いを定め黒炎を一斉射撃。

 

 しかし

 

「弾かれた!」

 

 無情にも闇は黒炎を弾き何の効果もなかった。明らかに能力そのものが強くなっている。ならば直接叩くのみと陽乃が八幡に向かい駆け出す直前……それを見た。

 

 新たに表れた闇の棘が鶴見留美にも襲い掛かる所を。

 

 

 闇の棘が陽乃特製の結界を貫き結界が消失する。留美を守るものは何もなく闇の棘は彼女の目の前だ。瞬き一つ後には留美も闇に呑みこまれてしまうだろう。

 

 

 その時、雪ノ下陽乃の中で二つの心が同時に叫ぶ。

 

 理性は鶴見留美を助けろと叫んだ。あんな小さい子を見捨てる気かと。

 

 しかし本能は比企谷八幡を攻撃しろと叫んだ。今の八幡の能力は未知の領域だ。これ以上被害が増える前にここで止めなければと。

 

 どちらも正しく、どちらも間違っている。

 

 鶴見留美の顔が見えた。彼女の横顔は怯えると同時に覚悟を決めた表情ををしていた。闇に呑まれても彼女はきっと後悔しないだろう。

 

 

 そして陽乃は―――

 

 

 

 ―――理性を取った。

 

 

 

「留美ちゃん!!」

 

 一瞬で留美の傍まで動き両手で抱きかかえ横っ飛び。着地後周りを見渡すと、先程の闇の棘がこちらを追尾してきている。留美を抱きかかえたまま回避行動に移る。右、左、上、下と闇の棘を躱していくも、徐々に追尾する本数が増えていく。気付けば壁際に追い込まれ闇の棘に取り囲まれる。

 

「……留美ちゃん。ちょっと我慢してね」

 

 留美がこくんと頷くのを確認すると彼女を左手で抱きかかえ、右手に黒炎を発生させる。膨大な熱が発生するが留美は健気にも呻き声一つ上げない。

 

 視界いっぱいに映る闇の棘が二人に襲い掛かった。対する陽乃は右手一本でこれに応戦するも、棘を弾くのが精一杯だ。しかも棘を弾くたびに右腕から星辰力が吸われ、黒炎が少しずつ小さくなっていく。それでもさすがと言うべきか、右手一本で闇の棘を全て処理し弾き返す。しかし右腕の黒炎は殆ど残っていない。

 

 その直後、足元に黒の円模様が描かれる。嫌な予感がした陽乃は留美を抱えてその場を離脱。その瞬間、先程の円模様が膨らみ半円のドームとなった。後一瞬判断が遅れていたら飲み込まれていただろう。

 

 離脱した陽乃は周囲を取り囲む棘の一角に僅かな隙間を見つける。右腕でそれをこじ開け強引に突破し包囲網を抜け出す。

 

 

 しかしそれは罠だった。

 

 

 抜け出した直後に真横に気配を感知。回避も防御も不可能と咄嗟に判断。留美を強く抱きかかえ全星辰力を防御に集中し―――

 

「くぅぅっっ!!」

 

 さきほどの意趣返しとばかりに八幡の蹴りをその身に受けた。

 

 

 

 

 

 

 吹き飛ばされた陽乃は地面を何度もバウンドし壁に激突してそのまま倒れこむ。しかし両手に抱いていた留美は放さずに守り切った。陽乃は留美に話しかける。

 

「……留美ちゃん。大丈夫?」

「陽乃……さん……ごめんなさい」

 

 突如留美が陽乃に謝ってきた。その目に涙を溜め込み陽乃に対して許しを請うように。そんな留美に陽乃は優しく問いかける。

 

「どうして?」

「だって……だって……わたしがいるから……陽乃さんが思いっきり闘えない!……わたしの……わたしのせいで!…こんなに……けがして……」

 

 泣き出す留美。そんな留美に陽乃は優しく頭を撫でる。

 

「大丈夫、こんな怪我大した事ないわ。お姉さんはこう見えても強いんだから……比企谷くんはきっと助ける。だから信じて、ね」

 

 鶴見留美は感じた。雪ノ下陽乃は恐らく比企谷八幡に勝てないと。それは本人も理解しており、それでも尚そう言ってのけていると。だから……

 

「……うん」

「……いい子ね」

 

 鶴見留美に出来るのは信じることだけだ。

 

 

 

 

 

 

 起き上がった陽乃は、鶴見留美から離れ歩き出した。八幡の方を見ると倒れた男達から星辰力を吸収中……かと思ったがそれも終わったようだ。闇が男達から離れ八幡へと戻る。そして次の獲物、陽乃の方へと向き直った。

 

「っつぅ!!……肋骨の2,3本は逝ってるわね」

 

 脇腹を押さえながら呟く。先程喰らった蹴りによりどうやら骨折しているようだ。もう長期の戦闘には耐えられない。相手は星辰力を回復可能で、能力が一度でも直撃したらアウト。状況は圧倒的にこちらが不利だ。

 

 だが……

 

 負けられない。負けられない。

 

 自分のために涙を流す少女のためにも。相対する心優しい少年のためにも。

 

「負けるわけにはいかないのよ!!」

 

 陽乃の魂の叫び声に応え星辰力が吹き荒れる。黒炎はもう尽き、残り星辰力も少ない。その星辰力で出来る事など微々たるものだ。

 

「はぁぁぁああぁぁっ!」

 

 だからどうした!

 

 星辰力がないから仕方がない?―――違う

 

 勝てないのならそのまま屈するのか?―――違う!

 

 限界が来たからそのまま諦めるのか?―――違う!!

 

 

 

 

 ―――私は何のために力を求めたんだ?

 

 

 

 

 

 ―――私の勝ちです、陽乃。あなたは雪ノ下家の長女。私の言うことだけを聞いていればいいのです。

 

 母に敗れ、逃げ出すようにアスタリスクへと渡った。

 

 

 ―――勝負ありじゃな。入学初日に儂に挑むその心意気は大したものじゃ。中々楽しませてもらったぞ。

 

 万有天羅に挑み、なすすべもなく敗北した。

 

 

 ―――雪ノ下陽乃、貴殿は強い……だが惜しいな。

 

 一番弟子の武暁彗に敗れたときは何かを惜しまれた。

 

 

 ―――陽乃よ。一つだけ助言してやろう。お主は自身の能力を勘違いしておる。全てを焼きつくす黒き炎は確かにお主の本質じゃ。じゃがそれは一つの側面でしかない……考えよ陽乃よ。悩むのは若者の特権じゃからのう!

 

 自ら答えを見付けろと星露は言った。

 

 

 あの日以来ずっと考えてきたが答えは見つからなかった。敵対する者を焼き尽くす黒の炎。母や妹と正反対のこの能力。暴力的でただ傷つける事しかできないこの力に何の意味があるのかを。

 

 アスタリスクでの生活は楽しかった。気を許せない実家と違い仮面を被る必要はない。たくさんの仲間たちと笑い合い、競い合いながら過ごす日々は大切な宝物だ。

 

 だが、そんな日々は長く続かない。度々起こる母からの呼び出し。母の呪縛に未だ縛られている私は従うしかなかった。特定時期以外のアスタリスクからの帰省には生徒会長である星露の許可がいるのだが、彼女は笑って送り出してくれた。

 

 帰省する度に見た光景は何も変わらない。圧力をかけ実家に戻そうとする母。母のいいなりでしかない父。自由の身でありながら何の行動もせず無意味な日々を送る妹。大好きだった家族への感情は憎しみへと変わり、憎しみと比例して能力は強くなっていった。妹を後継者に仕立て上げ、縁を切ろうと思ったのはこの頃だ。

 

 そんな時、彼に出会った。

 

 比企谷八幡

 

 妹の同級生であった彼は私にとって衝撃的だった。鋭い観察力と洞察力は勿論だが、何より驚いたのは、星脈世代でありながらあり得ないほどの星辰力の低さ。興味を持った私は度々彼に接触するようにした。

 捻くれた性格も、不器用な優しさも、本人曰く腐った目も含めて気に入っていた。界龍のときとはベクトルが違うが楽しかった。

 

 そしてあの日

 

 隠形が見破られ彼の調査をして思ったのは驚きと悲しみ……危機感だった。

 

 剣術を習っていたことに驚きを、妹のために全て捨てたことに悲しみを。

 

 そして……このままでは私と同じ道を辿ることへの危機感。

 

 だから私は……

 

 

「……そっか。そうだったんだ」

 

 答えはシンプルだった。

 

「こんな簡単なことも分からなかったんだ、私」

 

 自覚すれば大したことはない。だがとても重要な事だった。

 

「私は君を……ううん、君だけじゃない。私の大切だと思った人たちを」

 

 

 ―――守りたかったんだ

 

 

 

 そして彼女は―――壁を越える。

 

 

 

「何だ。まだいけるじゃない」

 

 自身の奥底から星辰力が溢れ出るのを陽乃は感じた。今までの限界を遥かに超えどこまでも高めていけそうなほどに。能力を発動すると全身から黒い炎が沸き起こる。しかし先程までの炎とはどこか違うと陽乃は感じた。

 

「……温かい」

 

 ただ熱いだけじゃない。その炎はどこか温もりを感じ、そして強力になっている。

 右腕に黒炎を集中させる。星辰力を奪う相手に長期戦は不利だ。一気に決めなければいけない。

 

「行くわよ、比企谷くん!!」

 

 陽乃が一直線に―――飛んだ。それは一本の矢のようであった。何も考えずただ一直線に飛び、全てを置き去りにして闇の障壁へと到達する。だが、障壁に腕がめり込むもそこから先に進むことが出来ない。能力同士が干渉し合い余波が衝撃となって周りを襲う。

 

「まだまだぁぁっ!!」

 

 星辰力をさらに高め障壁を強引に突破しようとする。右腕がさらにめり込む。しかし闇に直接触れた影響で星辰力がどんどん吸収されていく。このままでは突破できない。

 

「くぅぅぅっっ!まだよ!」

 

 星辰力を全力で開放する。しかし同時に吸収され闇が膨れ上がる。

 

「私の……限界は……」

 

 右腕にさらに力を集める。星辰力だけではなく己の全てを込めて。

 闇が膨れ上がった風船のように膨張する。

 

「こんなものじゃなぁぁぁぁっっいっ!!!」

 

 

黒炎 極

 

 闇がはじけとんだ。

 

 

「もらったぁぁっっ!!」

 

 

 

 雪ノ下陽乃の全てを込めた一撃が比企谷八幡に直撃した。

 

 

 

 

 

 

 

 そして八幡の身体が溶けるように消える。

 

 

「…………やられた」

 

 悔しげに呟いた陽乃が闇に呑まれそのまま吹き飛ばされた。

 

 

 

 

 

 

 

 雪ノ下陽乃の一撃は届かなかった。渾身の一撃が捉えたのは八幡の能力で作った偽物だったのだ。陽乃は思う。自身の星仙術を能力で真似をされたのではないかと。

 

「……さすが理性の化物。我ながらいい表現をしたものだわ」

 

 闇に手足を拘束されたまま陽乃は呟く。ただ暴走してるだけなら制圧は簡単だったのだが、暴走しつつ理性的な行動を取られるのものだから厄介な事この上ない。

 

「しかし……これは……どうしたものかしら」

 

 闇に拘束された部分から自身の星辰力が吸われていくのを感じる。それはまだ予想通りだ。

 だが……

 

「……炎が出ない。星辰力吸収に加えて能力無効化とか反則でしょ、比企谷くん」

 

 拘束されてから明らかになったのが、星辰力が吸われると同時に能力が発動できなくなっていた。途中から黒炎が弾かれた理由が判明したのはいいが、現状打開する術がない。

 残り星辰力は約四割。黒炎を使えればまだ戦いようがあるが、拘束されている限り使用できない。そして黒炎なしでは脱出は難しい。

 

「くぅうぅっ!……ちょっと……不味いわね」

 

 そうしている間にも星辰力がどんどん吸われていく。しかも先程より吸われる勢いが強い。理由は推測が付く。八幡がこちらに近付いてきているからだ。どうやら距離が近いほど吸収率が高いようだ。

 

「目がかすむ……このまま気絶するわけにはいかない……どうする?……どうする?」

 

 陽乃が打開策を考えるも突破口がない。手足をもがいても拘束している闇はさらに締め付けてくる。八幡がさらに近付く。そこで焦る陽乃は自身の前に誰かがいる気配を感じた。

 

 朦朧とした意識で目を向けるとそこには

 

「留美……ちゃん?」

 

 鶴見留美が比企谷八幡の前に立ちはだかった。

 

 

 

 

 

 

 

 何かが出来ると思ったわけではない。

 この状況で何かが出来るほど自身は自惚れていない。

 でも、気付けば身体が動いていた。

 

 鶴見留美は雪ノ下陽乃の前に立っていた。

 

「留美ちゃん……逃げなさい」

「………やだ」

 

 陽乃の問いかけを拒否する。

 

「比企谷くんの様子は普通じゃない……今のあなたに出来る事は何もないわ」

「……分かってる……でも嫌なの……陽乃さんも八幡も…これ以上誰かが傷つく姿は見たくない!」

 

 鶴見留美は叫ぶ。

 

「……留美ちゃん。気持ちは分かるわ。でも!ああぁぁぁっっ!!」

 

 陽乃の言葉が中断される。留美が陽乃の方を見ると苦悶の表情を浮かべ必死に耐えている。

 八幡は目の前にもう来ていた。

 

「……八幡。私はあなたに何があったのか全然知らない」

 

 留美が話しかけるも反応が全くない。八幡の視線は陽乃の方へ完全に固定されており、留美は眼中にないといった感じだ。

 

「お願い!いつもの八幡に戻って!」

 

 そう言って留美は八幡に抱き着く。しかし今の八幡に抱き着くとどうなるかは自明の理だ。

 

「あぁぁぁぁっ!」

 

 鶴見留美の星辰力も吸収され始めた。悲鳴をあげる留美。しかし絶対に離さないとばかりに八幡に抱き着く。

 

「……お願い、お願い、お願い」

 

 ただひたすらに念じる。彼女にはそれしかできないから。

 助けたいとただそれだけを願って。

 

 比企谷八幡を助けたい。雪ノ下陽乃を助けたい。

 その想いは純粋で、だからこそ強い。

 

 強く、強く、強く。己が身など気にせず他者を助けたいと想う心。

 

 

 そんな彼女の意志と強い想いが形となって奇跡を起こす。

 

 

 鶴見留美の身体から白い光が溢れ出した。

 

 

「……白い……光?」

 

 雪ノ下陽乃は異変にすぐ気付いた。目の前にいる鶴見留美から溢れ出る白い光に。

 

「あぁぁぁああぁぁぁ!!!」

 

 その白い光に触れた途端に八幡から叫び声が上がり倒れこむ。そして八幡を覆っていた闇が消え、同時に陽乃を拘束する闇も霧散した。自由の身となった陽乃は留美の元へ駆け寄る。

 

「留美ちゃん、大丈夫?」

「陽乃さん!……分かんない。これいったい何!?」

 

 自身から漏れる光に戸惑いを隠せない留美。その光に陽乃は手をかざす。

 

「……温かい。それにこれは?……なるほどそういう事ね。留美ちゃん。よく聞いて」

 

 真剣な陽乃の声に頷く。

 

「この白い光は治癒の力。あなたの能力よ」

「……能力?……これが?」

「そう。この力なら比企谷くんを戻せるかもしれないわ」

 

 陽乃は確信していた。この光を浴びた途端に八幡の様子が急変し闇が消滅した。

 この力は現状を打破できると。

 

「でもどうすればいいの?私、能力なんて使ったことない」

「簡単よ。その能力はあなたの想いから生まれたもの。それをそのまま引き出せばいいの。こっちに来て」

 

 二人で八幡の傍に寄り添う。

 

「いい、留美ちゃん。あなたは難しい事は考えなくていいわ。比企谷くんを助けたい。それだけを強く願って星辰力を解放してくれればいい。サポートは私がするわ」

 

 留美が倒れた八幡に右手を取り両手を重ねる。そして陽乃は留美の手に自身の手をそっとのせた。

 

「全力でいくわよ!!」

「はいっ!!」

 

 二人は星辰力を解放した。

 

 留美の手の先から発生白い光が八幡へと注がれていく。

 

 二人とも後のことなど考えず全力で残りの星辰力を振り絞る。

 

 そして

 

「……雪ノ…下……さん?……それに……お前は?」

「ふぅ。おはよう寝坊助さん」

「……お前じゃない。留美」

 

 比企谷八幡が目を覚ました。

 

「……ああ、そうか……すみません、雪ノ下さん。留美」

「覚えてるの?」

「ええ……うっすらとですけど。誰かと戦ってたぐらいは」

「八幡。身体は大丈夫?」

 

 留美が心配そうに八幡に問う。

 

「ああ、たぶん大丈夫だ……そうだ、それより小町の方が!あぁぁあああっっ!!」

「!留美ちゃん!!」

「はいっ!」

 

 話の途中で八幡の身体から再び闇が溢れ出す。留美は再び能力を発動し陽乃がそれをサポートする。白い光が闇を鎮めていくも……完全には抑えきれない。

 

「くっぅぅ!はぁはぁはぁっ……すみ…ま……せん」

「……気にしないで。留美ちゃん、まだいける?」

「………大丈夫……です」

 

 必死に星辰力を振り絞る陽乃と留美。しかし状況は悪い。八幡との戦闘により殆ど星辰力を使い果たした陽乃。そして初めての能力を行使する留美。二人とも顔色が悪くこれ以上続ければ倒れてしまうだろう。

 

 そんな二人の様子を見て、そして自身の身体を状態を把握し、八幡は決断をする。

 

「……雪ノ下さん。留美……ありがとうございます」

「……お礼を言うのは……まだ……早いわよ」

「…………っ!」

 

 嫌な予感がした。

 

「お誘い頂いた推薦の件はやっぱり断らせてもらいます……もう無理そうですから」

「そんな事……ないわ……私が……何とかするから」

「……だ……め」

 

 留美の手に力が入る。この手を離せばもう二度と会えない予感がしたから。

 

「……もういいんです……自分の状態は自分が一番分かります」

「……駄目…よ……そんなの……許さ…ない……から」

「……………八………幡」

 

 八幡は起き上がり二人の頭をそっと撫でた。愛おしく、慈しみ、最後の別れを惜しみながら。

 

 

「……さようなら。陽乃さん、ルミルミ」

 

 

 留美の手を振りほどき八幡はその場を立ち去る。

 膨大な星辰力が驚異的な身体能力を生み、天井を飛び越えそのまま夜の闇へと消えていく。

 

 

「比企谷くん!待ちなさっっ!!」

 

 そんな八幡を追いかけようとして陽乃が追いかけようとするも、その場で崩れ落ち倒れてしまう。

 

「星辰力……切れ!?………こんな……時に」

「………………ぅぅっ……………」

 

 二人ともとうに限界を超えていた。

 

「……身体が……動か……ない」

「………………」

 

 陽乃は辛うじて意識があるものの身体を動かすことができない。留美にいたっては完全に気絶していた。

 薄れゆく意識の中、陽乃は自身の目の前に何かがあるのを見る。

 

「……私の……端……末……そう……だ…だれ…か…たす……け……を」

 

 自身から零れ落ちた端末に向かって手を伸ばす。最後の力を振り絞り、震えながら少しずつ動かしていく。

 何とか端末に触れると空中にメニュー画面が浮かび上がる。だが、表示された画面を選択する前に陽乃が完全に倒れてしまう。

 

「………まだ……よ……ひき…がや………くん………を」

 

 再度動かそうとしても手は動かなかった。しかしそれでも諦めない。身体から感覚が失われていく中、彼女は必死に手を伸ばそうとする。

 

 しかしそこまでだった。

 限界に限界を超えた雪ノ下陽乃は意識を失ってしまう。

 

 

 画面に触れたかどうか彼女には分からなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 何かの声がした。

 

 大きな声が彼女の意識を少しだけ覚ました。

 

 目を少しだけ開けると、少し離れた場所に倒れている女性と光る何かが目に映る。

 

 目的を思い出す。

 

 必死に這いずりその場所へと向かう。

 

 腕に力を込めてゆっくりと、ゆっくりと。

 

 声が大きくなってくる。その大きな声が意識を保つ最後の砦だった。

 

 しかし目的の場所まで行くまでの力は残されていなかった。

 

 聞こえるかは分からない。最後の力を込めて少女は言った。

 

「だれ……か……はち……まん……を…はちまん……を…………たすけ………て」

 

 その言葉を最後に、鶴見留美も再び意識を失っていった。

 

 

 




魔王の覚醒に少女の能力発動。だけど目的は果たせず少年はその場を立ち去ります。

そして事態はクライマックスへ。

次回 俺ガイル編ラスト(予定)


では、次回もよろしくお願いします。

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