女剣闘士見参!   作:dokkakuhei

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今までで1番中二病の回。
いろんな意味で閲覧注意だぞ!


第21話 みんながみんな崖っぷち

「えっ。…やめて?」

 

 ぺかー。

 

 精神の沈静化が起こる。リカオンの行動と、それに対して自分が発してしまった不用意な発言がもたらした焦りが、閾値に達してしまったためだ。

 

 焦るアインズに対して、当のリカオンは巨大樹に向き直ると、再びスタスタと歩き出した。どうやら聞こえていなかったようだ。距離が離れていたことと、小声だったこと、それに相手が人の話を聞かないバカだったことが幸いした。

 

 いや、問題は解決していない。

 

 ここで巨大樹を倒されるとアインズの手柄にならない。計画が全部パァだ。こんなに大規模にシモベを動員しているにも関わらず、また失敗するのか。NPC達に何で説明すりゃいいんだ。特にデミウルゴスは無能過ぎる上司にそろそろブチギレるんじゃないか?

 

 やばい。喉が存在していたら、ごくりと生唾を飲む音が聞こえただろう。

 

(あばばば。いや、まだだ。まだあの女が巨大樹より弱い可能性が残っている!)

 

 アインズが通常の思考回路では到底考えられない希望的観測に一縷の望みを託している間にも、リカオンはどんどん巨大樹との距離を詰めていく。

 

 リカオンはスキルによってジェダイの剣(ライトセーバー)と化した突剣を手でくるくると弄びながら巨大樹に近づく。その足取りには警戒というものが微塵もなかった。

 

 突剣の光は闇で踊るサイリュームを思わせて綺麗ではあったが、同時に暴力的な熱量を湛えていた。雨に打たれてもその勢いは衰えず、むしろ水を蒸発させてヂヂヂと音を発している。

 

 リカオンの目の前で巨大樹から伸びる触手の一本が横薙ぎをする。半径300メートルの四半円上の木々が根こそぎ打ち倒され、破片が宙を舞う。大質量の物体が巻き起こす乱気流でそれらが千々と砕ける様は森を粉砕機にかけているかのようだった。

 

「とうっ!」

 

 あろうことかリカオンは巨大樹に向かって大きく跳躍した。目の前の光景など関係ないと言わんばかりに殺戮領域(キル・ゾーン)に飛び込んでいく。そして空中で落下しつつ、1番近くの触手に狙いを定めると剣を突き立てた。

 

 パキッ、と火に()べられた生木が爆ぜる音。木のくせに、触手が脊髄反射の如くビクリとのたうつ。

 

『スキル結合(リンク)突+突:焼山・郷照』

 

 リカオンがスキルを発動させると、突剣の光が揺らめいて大きくなった。上空に噴き上がった炎は次の瞬間、一気に収縮して触手の内部に潜り込む。

 

「くらえぇーい!」

 

 リカオンがいるところを中心にド派手な爆発。触手先端部分の20メートル余りがちぎれ飛んだ。

 

「グオオオオオ!」

 

 巨大樹が平坦な叫び声を上げる。しかしそこには苦痛という確かな感情があった。だが巨大樹の受難はまだ終わらない。突剣から流し込まれた炎が敵の一部だけでは飽き足らず、全てを焼き尽くさんと本体に向かって触手を駆け上がってきたのだ。暴れるように手を喰い荒らしていく炎に、巨大樹は再び苦痛の叫びを上げさせられた。

 

「グオオオオオ!!」

 

 このまま全てを焼き尽くしてしまうかと思われた炎は突然、進行を止められた。道が途中で途切れた──巨大樹が焼かれる触手を自切したのだ。

 

「おりょ?そういうことするんだ。」

 

 炎は本体から離れた触手を名残惜しそうにしばらくいたぶると、やがて雨に打たれ大人しくなった。

 

 巨大樹は歩みを止め、自分の肢体をもぎ取った相手を探す。それが地面を這う小さい動物だと分かると残る五本の腕を持ち上げ、先端を相手に向けた。蛇が鎌首を擡げる様によく似ているが、これが彼なりの怪訝と警戒の仕草だった。

 

 観察の後、巨大樹は小さい動物が持っている赤くて熱い枝が危険だと認識すると、彼は口──さっきから叫び声を発している、幹の途中にポッカリ空いた部分──をモゴモゴと噤んだ。

 

 次の瞬間、巨大樹から人間の頭ほどある弾が高速で吐き出された。その数、10や20では収まらない。

 

「うおっ。これはやばいかも。」

 

『スキル:甲山』

 

 リカオンは右手を高く掲げる。効果範囲内の飛び道具の目標(ターゲット)状態(ステート)を奪い、ダメージ判定を無効に……しなかった。弾がリカオンに直接着弾する前に炸裂したのだ。地面にクレーターが出来るほどの爆風が起きる。

 

「ぶべらっ!」

 

 スキルを使って吸い寄せたのが逆に仇となり、吐き出された殆どの弾がリカオンに集中した。スキル範囲が乱戦エリア全体であり、後方に飛んでいく弾も対象になったので、ほぼ全方位から攻撃をくらってしまった。

 

(おおっ!やった!)

 

 アインズは心の中でガッツポーズをする。このままそいつを亡き者にしておくれ!

 

「うぐぐ。」

 

 リカオンは剣を杖にして、なんとかよろよろと起き上がる。

 

「おのれ、よくもやってくれたな。ぜっっったいにゆるさん。」

 

 5割ぐらいは自分のせいなのだが、それは棚に上げて巨大樹を睨むリカオン。対する巨大樹は炸裂弾が有効と見るや再度発射姿勢に入っていた。

 

 リカオンはスキルを発動する。

 

『スキル:金泉』

『スキル:鶴林』

『スキル結合(リンク)突+突:鶴林・西林』

『スキル結合(リンク)突+突:西林・竹林』

 

 まずスキル効果を重複可能に。さらに突属性スキルのダメージ乱数とHit数を最大に固定する。そして攻撃判定持続時間延長を施した。

 

 リカオンは周囲の様子を一瞥。足を肩幅に開き半身にして、背筋を伸ばす。左足のつま先相手に向けて、右足は45度開いて膝を柔らかく曲げた。すう、と息を吸い、突剣を持つ腕の脇を締め、(きっさき)を敵に向けた。正面から迎え撃つつもりらしい。

 

 そこに、巨大樹から弾が吐き出される。おおよそさっきの2倍ぐらいの数の弾がリカオンに迫る。リカオンは足下にあった拳大の石を手首のスナップを使い剣先で巧みに掬い上げ、迫り来る弾に向けて弾き飛ばす。

 

 石は炸裂弾と衝突するが、残念ながらなんの変化も起こさなかった。

 

「なるほどね。」

 

 リカオンは敵の炸裂弾の特性を分析する。さっきの攻撃では殆どの弾がリカオンに集まったが、いくつかスキル範囲から漏れてるものもあった。辺りを見たとき、それらについても不発弾は無かった。

 

 つまり、弾は自分に反応して爆発した訳ではない。石をぶつけても何も変化しなかった事から、接触爆発もしない。

 

 では、時限で爆発するか、本体との距離が離れれば爆発するか。先の弾が全て同時に爆発したことから、前者の可能性が高いだろう。いずれにせよ。

 

「よいしょ。」

 

 リカオンは前に駆け出し、弾に肉薄する。至近距離でも弾の爆発はない。

 

『スキル:三角』

 

 リカオンは補助スキルを発動する。これは自分の攻撃判定にミサイル・パリィを付与するものだ。

 

「切断はじき返してェェェ!」

 

 左足を大きく踏み込み、リカオンは弾の1つに剣を振るう。鋒に弾が当たると、ミサイル・パリィの効果で進行方向をきっかり180度変えた。リカオンは続けて攻撃スキルを発動する。

 

「オラァ!」

 

『スキル:白峯』

 

 リカオンは突きを放った。迫る炸裂弾と同じ数。それは全て一瞬のうちに行われた。

 

 車軸を流すような剣閃の束。

 

 全ての弾が進む方向を真逆に変えられ、少し遅れてそれらが爆発した。激しい爆風で髪がなびくが、今度はダメージ無しだ。

 

「時限みたいね。」

 

 リカオンはギラリと獰猛に目を光らせ、突剣を得意げにくるりと回す。

 

「ググググ。」

 

 巨大樹は忌々しそうにリカオンを見下す。触手を左右に振って警戒の色を強めている。

 

(がんばれ、負けるな、イビルツリー(大)!)

 

 アインズはすっかり観戦モードに入っていた。

 

 

 ーーー

 

 

「ふむ、はぐれたか。強制的に移動させられたな。」

 

 1人森の中で佇むイビルアイ。周囲を見渡すが、自分以外に人影は見当たらない。ただ、木によって視界は通ってないが、あいも変わらず巨大樹だけが無駄に存在感を放っている。かなり近いところを通り過ぎているのが森の木々をなぎ倒す音でわかる。

 

「グオオオオ!!」

 

 大音量の叫び声に、咄嗟に耳を塞ぎ口を開ける。これだけ近ければ衝撃波だけで鼓膜が破裂してしまいそうだ。

 

「ゴウン殿は無事だろうか。アレに轢かれてたら任務失敗だな。」

 

 イビルアイはスクロールを取り出し、<伝言(メッセージ)>を発動する。一枚しかストックがないので迷ったが、相手はラキュースにする。問題なく繋がり、彼女はリーダーが生きている事にひとまず胸を撫で下ろした。

 

『ラキュースか。』

 

『イビルアイ!無事なのね!』

 

『ああ、何処にいる?1人か?』

 

『場所はわからない。蒼の薔薇のみんなとクレアさんは一緒。』

 

『そうか、こっちは1人だ。』

 

 ゴウン殿の生死がわからんな。他の冒険者も心配だ。リカオンは…、ほっといても死なないだろう。

 

『巨大樹は見えるか?』

 

『見えない…けど、いる方向は音でわかる。』

 

『方角はわかるか?』

 

『ごめんなさい。森の中に吹き飛ばされて、どっちを向いているのかわからないわ。』

 

『概ねわかった。取り敢えず巨大樹から離れるように移動しろ。』

 

『ええ、そうするわ。』

 

 そこで<伝言(メッセージ)>を終了させる。

 

 さて、自分はゴウン殿を探すか。自分が吹き飛ばされる前、確か彼は<飛行(フライ)>を使っていた。この状況では森の上にいる可能性が高い。自分も飛べば見つけられるかもしれない。

 

 そう思い立ち、<飛行(フライ)>を唱える。枝葉を縫うように飛び、開けた上空へと向かう。

 

「ぷはっ。」

 

 息の詰まる鬱蒼とした森から抜け出すと、冷たい風雨に晒される。そこでイビルアイは探すまでもなく、空中に浮かぶ人影を見つけた。しかし、その影はアインズではなかった。

 

「お前は、化け物の片割れか。さっきぶりだな。」

 

 茶色の外套と烏の濡れ羽色の長い髪。モンガの付き人の魔法詠唱者(マジック・キャスター)だ。

 

 雨に濡れ、水の滴る黒髪が、より一層女の白い顔を引き立てている。その美しさは人のものではなく、やはり妖魔のそれであった。女は何をするでもなく、イビルアイに敵意を灯した炯眼を向けている。

 

「どうした? 来ないのか?」

 

「あなたは△なのよね。」

 

 女の声はどこまでも冷たい、研ぎ澄まされた刃を思わせた。

 

「は?どういう意味だ?」

 

 イビルアイが聞いても、質問の答えは帰って来なかった。さっきの発言は自分に向けられたものではなく、ただの独り言だったらしい。イビルアイは路傍の石のように扱われたことに少し苛立ちを覚えた。

 

 イビルアイはすぐにでもアインズを探したいところだったが、目の前の女は無視して通り過ぎられる相手ではない。何より、女から向けられている殺意が尋常じゃない。進もうとすれば闘いになるのは必至だと思えた。

 

 そんな2人の緊張を煽るようにして、雨脚はどんどん強く、ついには横殴りとなり、視界を白く染めていった。もはやお互いしか見えないという状況が、頭の中の"戦う"以外の選択肢を塗り潰していく。

 

「どいてもらおうか。」

 

 イビルアイは<水晶の短剣(クリスタル・ダガー)>で威嚇射撃。イビルアイの手元で生成された透明の刃が弾丸のように撃ち出される。それは女の腕を掠め、服の一部を切り裂いた。

 

「次は容赦しない。」

 

 イビルアイの脅しも気に留めず、女は自分の腕に一筋ついた赤い跡をじっと見つめる。

 

()()()()()()()()()。」

 

 イビルアイに向き直った女の口元はゾッとする笑みを浮かべていた。

 

 

 ーーー

 

 

 暗い森の中でヴォールが直面しているのは紛れもない悪夢だった。

 

「くそっ!フライマ、ソンボー。くそっ、くそっ!」

 

 悲痛な声で、首から上がなくなってしまった仲間や、真ん中で縦に半分になってしまった仲間の名前を呼ぶ。

 

 ヴォールは魔法を敵に向かって何発も撃った。彼の得意とする風の魔法は黒い甲冑に届くどころか、全て手前でかき消されたが、お構い無しだった。

 

 モンガの横薙ぎで、クーリシュが真っ二つになった。"逃げろ"と叫ぼうとして、口を開いた表情のまま、永遠に動かなくなった。

 

「クソがぁああ!!!<風刃(エア・ブレイド)>!!」

 

 ヴォールの魔力は尽きていたが、生命力を魔力に変換して撃ち続けた。体中で鈍い痛みが走っている。骨や筋肉が軋んで、体を支えるのを放棄しようとしている。脳が酷い脱力感を訴えていた。

 

「ヴォール!もうやめろ!」

 

 テトラントが制止の声を上げる。ヴォールの身体はいたるところに血が滲み、とても見ていられるような状態ではなかった。

 

 それでもヴォールはやめなかった。やめない事でいつか相手を打ち倒す事ができると信じているようだった。事実、彼はこの時生まれて初めて第4位階の魔法を行使した。魔法の連続使用による技術の練磨と感情の昂りによって、マジックキャスターとしてより高みに到達したのだ。

 

「<暴風(ストーム)>!!」

 

 しかし、第4位階の魔法であろうと、結果は変わらなかった。魔法はかき消され、敵に傷を負わせる事は出来なかった。

 

「今だ。武技<迅速>。」

 

 仲間が暴走していてもテトラントは驚くほど冷静だった。巻き上がった風の魔法が相手の視界を塞いでいるうちに彼は持ち前の素早さで敵の背後に回り込んだ。なんとか攻撃の糸口を掴もうとしたのだ。

 

 メイスで甲冑の薄い部分を攻撃する。彼の得意武器は刺突短剣(ピアッシングダガー)であるが、相手がスケルトンでは効果が無いので仕方がない。狙うのは左の膝裏。相手の機動力を削げれば、こちらの攻撃の組み立てがしやすくなるし、いざという時に逃げることも出来る。

 

 テトラントは体勢を低くしながら、素早い足さばきでモンガに詰め寄り、最小の動作でメイスを振りかぶる。リスクを嫌う彼らしい、隙の少ない堅実な攻撃動作だった。

 

 しかし彼の行動が功を奏すことはなかった。2人が交錯する刹那、モンガがぐるりと振り向くと、回転した勢いのまま、右拳でテトラントの顎をしたたかに打ち抜いたのだ。

 

 殴られたテトラントの頭は首の上で3回転して、ぶちり、とちぎれて地面に転がる。下顎は明後日の方向に飛んでいってしまっていた。

 

 その瞬間、モンガはびくりと肩を震わせ、後悔したように右手で顔を覆う仕草をした。テトラントの頭を恨めしそうに睨みつけている。

 

 ヴォールにその意図はわからなかったが、もはやどうでもよかった。モンガの一挙手一投足が全て腹立たしかった。意味不明な声を喚き散らして、魔法を放つ。

 

 その声を聞いて、黒い悪夢は思い出したように彼に向き直り、めんどくさげにグレートソードを振り上げた。

 

 ヴォールは逃げなかった。それどころか相手に向かって足を踏み出していった。一歩も動けるような状態ではなかったが、彼の爆発的な感情がそれを可能にした。体を動かす度、血が噴き出し、皮膚を伝っていった。

 

 ヴォールは魔法を撃ち続けた。

 

 その自傷行為によってヴォールが絶命するのと、グレートソードの一閃が彼の頭を吹き飛すのはほぼ同時であった。

 

 

 ーーー

 

 

 アゼルリシア山脈の中腹。ここにはアウラを総大将とする、馬の前にニンジン吊り下げ作戦本部がある。設備として集眼の屍(アイボール・コープス)8体の同時中継により、現場の把握及び索敵を行っていた。

 

「ふんふーん。順調、順調♪」

 

 ここで把握した情報をもとに15ある実行班に指示を出す。現在、作戦は当初の筋書き通り、順調に進行している。これから先は出来の悪い弟がトチりさえしなければ大丈夫だろうとアウラは踏んでいた。

 

「森を嗅ぎ回っていた()()()()()()()()ってやつらもさっき殲滅したし、不確定要素の排除はかんりょーう。」

 

 上機嫌で集眼の屍(アイボール・コープス)の定期連絡をチェックしていくアウラ。

 

「ん?ちょっと、もう一回2-F地点の映像出して。」

 

 アウラの指示で集眼の屍(アイボール・コープス)の一体が目をしばたたかせ、空中に中継映像を投射した。

 

「あちゃー。○を1人()っちゃったか。でもこれで目標殺害人数の5人をクリアしたし、最悪死体でもなんとかなるよね。次、4-E出して。」

 

 チャンネル回しをして状況確認をしていくアウラ。全ての地点を見終えると、モニタリングされた映像を消し、巨大樹がいる方向に目を向ける。あの地点だけはリカオンとかいう女がいるため、目視での状況確認をしなければならない。下手に魔法で見てしまうと、逆に発見(ディテクト)される危険があるのだ。

 

「あれ?」

 

 巨大樹の進行が止まっている。

 

「どうしたんだろ?アインズ様もあそこにいるはずだよね。」

 

 主が居れば問題ないと思うが、少し不安になってしまう。アウラは巨大樹周辺にいる実行班に連絡をつけ、緊急事態の発生が無いか調べることにする。

 

 アウラが<伝言(メッセージ)>を発動しようとした時、集眼の屍(アイボール・コープス)の一体が異常を知らせた。また別の箇所で動きがあったようだ。

 

「映像出せ!」

 

 アウラが鋭く指示を出し集眼の屍(モニタ)を起動させる。そこには森の南側から接近する部隊があった。確か気をつけるように言われていた()()()()()()()()()とかいうやつらだ。

 

「次から次へと…。まったく、暇しなくていい!」

 

 軽く悪態をつくアウラに、<伝言(メッセージ)>が入る。差し出し人は山の頂で空中観測を行っている部隊だ。

 

「今度は何!?」

 

 素早く応答するアウラ。

 

「1.5キロメートル先からこちらに向けて高速で飛ぶ巨大な影がある?なんでもっと早く見つけられなかった!」

 

『──。』

 

「雲の中を来たから目視できず、魔法感知の網にかかるまで気がつかなかった?ちくしょう!」

 

 アウラは頭を必死に回転させる。今いる部隊は幻術を扱う補助系モンスターが中心で、当然殆どが戦闘には不向き。これらでは主の命令である"こちらの存在は秘匿したまま、巨大樹に近づく者を排除せよ"を実行するのは難しい。特に空から来る敵の対処は地対空手段が乏しいため隠密に行うのは不可能のように思えた。

 

「私のレインアローで撃ち落とす…?いや、それはまずい。」

 

 アウラの弓スキルは攻撃範囲や追加効果の関係でヘイト値が高めに設定されている上、射程距離はせいぜい500メートル。使用した場合、下手をするとスキルを見た巨大樹がこっちに向かって来る可能性もある。そうなれば今までの作戦が全部おじゃんになってしまう。

 

 もしこれがペロロンチーノであれば、スキル:鷹の目と超長距離狙撃で気づかれることなく上空の相手を倒せるのだろうが、アウラではそうも行かないだろう。

 

 指示を仰ぐか?

 

 この場を任されている以上、命令を忠実に行うことが至上命題である。これをこなせないと、そんなこともできないのか、と失望されてしまうかもしれない。だが、異常事態の報告を怠り、結果、計画が駄目になるようなことがあれば、それは言い逃れのしようのない失態である。

 

 少しの葛藤の後、アウラは決断する。

 

「アインズ様に知らせないと。」

 

 

 ーーー

 

 

「ほらほらほらほらぁ!」

 

 リカオンが際限無く打ち出される弾を真っ向から押し退けて、巨大樹への道をこじ開ける。リカオンの剣は、突けば直線に赤い閃光が走り、薙げば鞭のようにしなる赤い軌跡を作る。その全てが弾を反射させていた。

 

 剣の動きに追従する伸縮自在の真っ赤な炎が、まるで生き物のように縦横無尽に踊っている。戦いの場に不釣り合いなその優雅さは、まるで新体操のリボン種目をしているかのようだった。

 

 一方、相対する巨大樹は口からだけでなく、触手の先端からも針状の弾を無数に生成、発射して応戦している。6方向からの剣林弾雨は隙間のない必殺空間を作っていたが、リカオンはそれをものともせず本体への道を踏破しようとしていた。

 

「もう発射されてから爆発するまでの時間も完璧に把握しちゃったもんね!もうすぐ倒せるよー!」

 

 リカオンがアインズに向けてか、大きな声で言う。

 

(いやー!やめて!)

 

 アインズは声にならない悲鳴をあげてあたふたしている。

 

「ググ。」

 

 追い詰められた巨大樹は突然、炸裂弾を上空に打ち上げた。角度の大きな(ロフテッド)軌道を描く弾だ。それは再突入してから横一列に地上付近に達すると帯状に爆発し、地面を掘り起こして土煙の壁を作った。

 

 一瞬にして視界を奪うのと同時に、2本の触手で壁を大回りして挟み込むようにリカオンを攻撃する。岩をも磨り潰す一撃。

 

「小賢しい!」

 

『スキル:円明』

 

 リカオンは突剣を放り投げ、回転しながら三日月刀で居合斬り。360度の斬撃が触手も弾も土煙も全て吹き飛ばす。切り飛ばした触手を盾にして後続の弾をやり過ごし、素早く納刀。落ちてくる突剣を受け止めた。

 

 巨大樹が短くなった自分の腕を見て怯む。その間にリカオンは更に距離を詰めた。

 

(ああ、イビルツリー(大)が。俺の名声が。)

 

 いよいよ切羽詰まったアインズ。そこに<伝言(メッセージ)>が入った。アウラからだ。

 

「アインズ様、巨大樹に接近する強敵が複数!隠密か排除、どちらを優先しますか?」

 

 焦りの滲むアウラの報告。断りを入れないとは、かなり緊急事態のようだ。

 

(なんだって?いまそれどころじゃねぇんだよ!)

 

 巨大樹。モモン。計画。マーレ。名声。王国。強敵。誘導。リカオン。魔法。蒼の薔薇。排除。アインズ。失望。準備。第一王子。保身。モンガ。雨。カッツェ平野。デミウルゴス。立場。怒られる。

 

 頭の中を様々な言葉が途切れ途切れで去来する。必死で対処法を考えるが、降りしきる雨音がノイズとなって思考の邪魔をした。

 

 

 

 

 ぺかー。

 

 

 

 

「あーあ。もういいや。」

 

 

 

(殺すか。)

 

 

 

 アインズがそう思ってしまった瞬間。

 

 リカオンの首がこちらに回り、アインズと目があう。アインズは仮面の奥の奥、素顔にある眼窩まで覗かれたような気がした。

 

 じっとこちらを見据えるリカオンの視線は困惑と警戒を孕んでいた。一触即発の状況だったが、腹を据えたアインズの頭の働きは底抜けに怜悧だった。

 

(しまったな。今ので敵対意思になるのか。感知スキルに引っかかったか?もしそうなら…。今ここで俺がケリをつける。)

 

「どうした?」

 

 口ではそう言いながら、近接戦闘職との戦いの算段をつける。最初に防御魔法。そして、<心臓掌握(グラスプ・ハート)>で動きを止める。後はなんでもござれだ。

 

 アインズはリカオンの第一声を待って、対応を見極める。

 

ゴウンさん(、、、、、)いま(、、)──。」

 

 感知され(バレ)てる。

 

「<無限障──(インフィニティウォ──)>。」

 

 アインズが魔法を唱えようとした刹那にそれは現れた。

 

 

 

 

 

 まず、厚い雲に穴が空いた。

 

 そこから顔をのぞかせたものが、自らが持つ翼を羽ばたかせると、一瞬にして全空を覆う雨雲は跡形もなく退き、空は色を替えていった。既に日は傾いていて、橙色の空と朱色の太陽が姿を現した。

 

 太陽を背にして、超然と空に居座るそのシルエットは見まごうことなく竜のそれだった。

 

 逆光で濃い黒をしたシルエットの輪郭は、竜の本来の色なのだろう、白金の光を乱反射して燦然と輝いていた。

 

 その巨体から光の柱が落ちる。

 

 それは巨大樹を跡形もなく滅却した。

 

 

 

 

 




3話ぐらい前からずっと雨を降らせてたのはこの話のラストシーンをやりたかっただけ。






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