Fate/Grand Order -試されてしまった大地、北海道- 作:バートレット
第1話 試されてしまった人理
その日。
俺はいつも通り、会社に出勤しようとしていた。
2017年2月。
年明けから記録的な寒波が北海道を襲い、
だが、流石に一歩外に出れば身を切るような寒さ、そして雪と氷の世界。吐く息に交じる水分が凝結し、白い霧になって大気に溶けていく。
ここは北海道。かつて「試される大地」と内外から呼ばれた、日本国の最北端にして最大の面積を誇る都道府県だ。
最も、その人口の3割近くはここ、政令指定都市にして道庁所在地である札幌市に集約されている。全国5番目の人口を抱え、北海道の行政・経済・文化が集まる言わば北海道のメトロポリス。
この俺、
アイスバーンに足を取られないように注意深く歩いていると、地下鉄の駅が見えてきた。階段を降りると、寒さが少し和らぐ。
札幌市民の足として親しまれているこの地下鉄は、世にも珍しい「ゴムタイヤを履いた鉄道」だ。改札をくぐると、ちょうど次の便が到着する旨のアナウンスが流れていた。車両がホームに近づくにつれ、独特の雀の鳴き声にも似た金属音が木霊する。物心ついてからずっと疑問だったこの音だが、どうもアース用の金属棒がレールと接触して立てている音らしい。
地下鉄に乗り込んだ。目的地は札幌駅。札幌市の中心街に位置する。この時間帯は通勤ラッシュの影響もあり、そこそこ混雑していた。
(今日の予定は……っと。10時に打ち合わせ、昼飯食ってから午後は客先に出向いてプレゼン……だな)
今の職場に勤め始めてから、今年の4月で丸1年を迎える。最近はだいぶ仕事にも慣れてきた。就活で得た内定は3つあり、今の職場に決めたのは消去法だった。1つは内定を取得後、経営状態が悪化し先が無いことがわかって蹴り、もう1つは勤務先と仕事の内容以外、まるで情報が開示されていない所だった。内定を辞退する連絡もしたが、結構食い下がってきたことだけは覚えている。結局固辞したが、連絡先などが書かれた資料と、何かの嫌がらせなのかは知らないが、必勝祈願と書かれたお守りが餞別代わりに手元に送られてきた。結局そいつは捨てるに捨てられず、財布の中で眠りについている。
とは言え、今の職場が悪いものでもない。むしろ恵まれた環境だと自覚している。程よく忙しく、程よく気が抜ける。給料も悪くない。
札幌駅で地下鉄を降り、駅の地下通路を通って外に出る。
だが、階段を登りきり、地上へ出た時。俺は目を見張った。
札幌駅前のビル街が、見渡す限りの廃墟と化していた。
そんな、馬鹿な。
俺は今しがた登ってきた階段を振り返る。地下鉄の駅と地上をつなぐ階段だ。
その階段は、たった今自分が登ってきたはずの、たしかにそこで無事に存在していたはずの地下鉄駅への入り口は、跡形もなく崩壊していた。
「どういうことだよ、オイ……」
突然の事態に頭がついていかない。
いつもどおりの朝。
いつもどおりの日常。
それが、音を立てるでもなく、兆候を見せるでもなく――何の前触れも感じさせず、消失した。
手元のスマートフォンを取り出し、ネットに繋ごうとしたが、画面上部のアンテナ表示は「圏外」の二文字が表示されているだけだった。
通信手段、さらには情報を得る手段すら失われた。結局、一体何が発生しているのかわからず終いだ。同僚や上司と言った会社の人間や、学生時代の知己などに連絡を取ることも出来ない。
スマートフォンの時刻表示と、手元の腕時計を見る。指す時刻は一致、8時50分。
どうにか現在の状況を把握しようと、俺は目に入る物、耳に聞こえる音を脳に流し込み始めた。
五感を総動員する。
まず、この破壊し尽くされた札幌駅前の広場から少し先の道路。そこには鉄くずと化した何台かの車が、無秩序に転がっている。地面にはところどころ雪が積もっている中、道路を舗装するアスファルトがそこかしこで剥がれ、地面が露わになっている。そこから視線を上げれば、そこには窓ガラスが軒並み割れ、鉄筋がところどころはみ出たビルが聳えている。人の気配は感じられない。
交差点の信号機は機能しておらず、近くの電灯や標識も含めて曲がり、根本から折れているものもある。この場で何かの災害が起きたか、テロでも起きたとしか思えない惨状だ。
背後を見上げれば、札幌市のランドマークである駅ビルが無残にも廃墟と化した姿を晒している。その隣に併設された大型百貨店も同様だった。
オーロラビジョンのディスプレイもひび割れ、「年末フェア開催中!」の垂れ幕がぼろぼろになって風にたなびいている。まるでポストアポカリプスものの映画のような光景だ。
……
ここで俺は違和感を覚えた。今は2月のはずだ。
なんだってまだ年末フェアの垂れ幕が下がっているのだ?
念のためスマートフォンの日付表示も確認する。2月だ。間違いない。その機能の9割を喪失している状況でも、このスマホは最低限、現在の時刻を把握するくらいの役目は果たしてくれている。
ならば今見たものは何なのだ。どういう状況だ?
俺は答えを求めようとして、視線を空に泳がせた。
どんよりとした雲が立ち込めているだけだった。
そこへ、アスファルトを踏みしめる音がした。
生存者か?
俺は音のした方を向いた。
それも1つだけではない。ざっと見ただけで10体以上。
骸骨は手に剣や斧、槍を持っている。
彼らの眼球のない相貌が、俺の姿を捉えた。
骸骨たちが突然、動き出した。
まるでホラー映画の脅かし役か、あるいはRPGのザコ敵か。だが、今の俺は機転や体力に富んだ映画の主人公でもなければ、剣と魔法の世界に生きる戦士でもない。21世紀の日本、それも札幌市という都会に住むただのサラリーマンだ。
目の前の骸骨たちは手に獲物を持ってこちらに走ってくる。人間離れした速度だ。速い。
俺は反射的に、脱兎のごとく逃げ出した。どうにかして奴らを巻く必要がある。
運動を想定していないビジネススーツに、今は鈍器以上の役割が持てないノートPCの入ったバッグ。そして革靴。
自分の今の姿を全力で呪いながら、骸骨の群れが現れた駅前広場から全力疾走で逃げ出した。
生まれてからこれまでの24年間、多少の変化こそあれど、見慣れた町並み。
それが廃墟と化し、俺はその中を動く骸骨どもに追われながらひたすら全力疾走する。
そんな冗談のような、しかし笑えない状況。
次の交差点を右へ、その先の交差点を左へ。
碁盤の目のように張り巡らされた道路の中を、俺はひたすら走り続ける。
人間、命の危機に晒されると火事場の馬鹿力が働くのは本当だったらしい。普段ならそろそろ疲労で動けなくなるような運動量だ。
その証拠に、俺はいつの間にか札幌駅から地下鉄ひと駅分隣の、大通公園に差し掛かっていた。
ふと後ろを見る。
骸骨共は倍以上の数に増えていた。
追いかけながら増援が続々と合流してきていたらしい。
「地下街……
ついに思考が言葉となり、口をついて出る。
どうやらこんなふうに独り言を言い始めるくらいには、心に余裕がなくなってきているようだ。
大通に存在する地下へと通じる階段は、目につく限りどれも軒並み崩落していた。しかしそこで諦めることは死を意味する。生存への糸口を探り、俺は古くから存在する札幌市のランドマークにしてシンボル、テレビ塔に向かって走り続けた。あそこには、地下へ通じる道がある。テレビ塔の内部だから、崩落の影響は低いはずだ。そういう打算もあった。
しかし、テレビ塔の前まで来た瞬間、俺は足を止めざるを得なくなった。
目の前に、矢が突き立った。
反射的に見上げると、そびえ立つテレビ塔のあちこちに、骸骨共の姿が見えた。彼らが手にしているのは弓。
万事休すか。
俺はついに膝をついた。
ここで、この狂ってしまった札幌市の中心街で、わけもわからず命を落とす。それが自分の運命らしい。
背後に迫る骸骨共の群れ。手には各々の得物。どれも一撃でも喰らえばただでは済まない。
だが。
「どうせ死ぬなら……最後に足掻いてやる……!」
俺は腹を決めた。
ここまで後生大事に持っていた鞄のスリングを肩から外し、両手で構える。
最新型のPC。普通なら精密機械ではあるが、確か今持っているマシンの売りは耐衝撃性だった。今ならば、あの骸骨共の頭蓋を叩き割るくらいの仕事は出来る。
歯を噛み締め、迫り来る骸骨たちに向かって駆け出す準備を整えた。
だが、その刹那。
ふわり、と。
この場に似つかわしくない、純白の人影が舞い降りた。
「はぁぁぁーっ!」
その声は女性のものだ。彼女は俺と骸骨共の間に割って入ると、そのまま手にした長い棒状の得物を振り回した。
当初は槍かと思ったが、よく見るとその長い得物の先端部分に布が巻き付いている。
そう、旗だった。穂先に刃がついている旗だ。
は、旗!?
俺は愕然とする。旗で剣や槍と渡り合うのか。いや、むしろ――
目の前の女性は旗を振り回し、穂先についた刃で骸骨を穿ち、薙ぎ払う。
10数体いる骸骨は全て、身体を構成する骨を砕かれ、物言わぬ屍に戻っていった。
「ご無事ですか」
旗の女性は骸骨を倒し切ると、俺に向き直った。
「あ、あぁ……お陰様で助かりました、ありがとう」
俺は突然の事に思考がついていかず、なんとか礼を言うことで精一杯だ。
女性は先程の大立ち回りにも関わらず、息を切らしているどころか汗のひとつもかいていない様子だ。あの運動量を難なくこなすあたり、只者ではない。
しかしその容姿は、そんな戦いには似つかわしくないほど可憐で、清らかな美貌だった。後ろで編み込まれた長いブロンドの髪は艶やかに輝き、澄んだ青空のような瞳がこちらを見返してくる。
その佇まい、そして随所にあしらわれた十字架。そう、それはまるで天使か聖女のようだ。
「お怪我が無いようで何よりです……良かった」
ふわり、と。
旗の女性は笑みを浮かべた。
慈愛に満ちた微笑み。
俺は確信する。
この女性は生まれながらの聖女だ、と。
場違いながら、そんな事を思ってしまった。
「で……この状況、何かご存知で?」
俺は思い切って聞いてみた。もしかしたら、状況について何か知っているかも知れない。
だが、目の前の女性は首を振る。
「……私も多くは知りませんが、ある程度今の状況についての手がかりはお伝えできるかもしれません。しかし……」
と、聖女は俺の横を通過し、きっ、と鋭い目つきでテレビ塔を見上げる。
弓を携えた骸骨共はまだ、そこにいる。
「今は、あれを切り抜ける必要がありますね。お話はその後で」
「それはおっしゃる通りです……が、どうやって」
俺が問いを口にする。聖女はそこで、逡巡するようにうつむいた。
「……あまり、こんな方法は取りたくありません。まだ、何の情報もない貴方に、いきなりこんな方法で巻き込んでしまうのは……しかし、他に方法が無いものも事実です」
「今の状況が切り抜けられるなら……今は生きることだけ、考えますから」
俺は彼女の決断を後押しする。
何で悩んでいるのかはわからない。
だが、少なくとも。この状況を打破するなら、藁にもすがりたい思いだった。
「……そうですね。では、手を。貴方の手を、お借りしたい」
旗の女性は、右手を差し出した。
その手を取る。
彼女の横に立ち、骸骨共の巣窟と化したテレビ塔を、挑むように見上げた。
「今から言う言葉を、そのまま口にしてください。そうすれば、この状況を打破できる」
「……それで打開できるのなら」
女性は、数節の言葉を口にした。それをすぐに、脳に刻みつける。口の中で繰り返し、女性が言った言葉を自分のものとする。
すっ、と息を吸い込む。
そして俺は、全ての運命を変える言葉を、口にした。
《――告げる。
汝の身は我が下に、我が命運は汝の旗に。
聖杯の寄る辺に従い、この意、この理に従うならば、我に従え。
ならばこの命運――汝の旗に、預けよう!》
女性は、俺が言った言葉を聞き届けると、その後に続けた。
「我が名はルーラー、ジャンヌ・ダルク! ルーラーの名の下に、誓いを受けます!
応えましょう……私が貴方の、サーヴァントです!」
女性の手を握る、右手が熱を帯びる。
身体に、力が沸き起こるのを感じた。
だが、同時に俺は隣の女性が名乗った名前に、驚愕する。
今、自分の名をジャンヌ・ダルクと言った?
歴史上の偉人、15世紀のフランスにおける百年戦争でその名を轟かせた英雄にして聖女、ジャンヌ・ダルク、それがこの女性だというのか?
だが、同時に心の奥底で納得している自分がいた。
この女性を見て抱いた「聖女である」という印象。そしてその佇まい。彼女がジャンヌ・ダルクであるならば、その印象にも納得がいく。なにせ、世界でも名高き聖女なのだから。
「――行きます! 主の
ジャンヌ・ダルクは手にした旗を広げ、掲げる。
「我が旗よ、我が同胞を守りたまえ! 《
次の瞬間、旗を中心として、光の粒子がドーム状に広がり、俺達のいる空間を覆い尽くした。
骸骨共の弓から矢が放たれる。危ない、と俺は反射的に身をかわそうとするが、光のドームに触れた瞬間、その矢は突如弾かれたかのように跳ね、勢いを失って地に落ちた。
「これで当座の危険は避けることが出来ます。しかし、攻撃を長時間受け続けるわけにも行きません。移動して、安全を確保しましょう」
ジャンヌ・ダルクはそう提案してきた。確かに、ここにこのままいる理由もない。当座の危険はこれで防ぐことが出来るが、しっかりと安全を確保する必要は生じてくるだろう。
俺はその提案に乗り、無事な地下街の入り口を探すことにした。
どうにか無事な地下街への入り口を見つけ、そこへ入り込むと、地下街の店舗スペースのうちのひとつ身を潜めた。
地下街もあちこちが崩落し、人の気配は無い。どこからどう見ても立派な壊滅状態だった。
安全を確認したところで、ジャンヌは旗を降ろす。俺達の周囲に展開していた光のドームが消えた。
俺たちが潜む店舗スペースは、かつて時計屋だったようだ。壁には多数の時計がかかっているが、いくつかは床に落ちて壊れていた。ガラスがひび割れたショーケースにも腕時計や置き時計が陳列されている。
「で……この状況、それと貴方自身の事についてもう一度説明を要求したい」
当初は敬語で話していたが、ジャンヌから「敬語は結構です」と言われたため、俺の口調も多少フランクになっていた。
俺の要請に、ジャンヌは頷く。
「えぇ、承知しています。どこから話せば良いのか、少し迷いますが……まず、私についてお話しますね」
ジャンヌは俺に向き直ると、自己紹介を始めた。
「改めまして、自己紹介させていただきます。私の
「まずそのサーヴァントというのがわからない。ジャンヌ・ダルク、貴方がその……フランスの百年戦争で戦っていたジャンヌ・ダルクだとして、何故この21世紀、2017年に存在しているのかがわからないんだ」
「では、まずそこからご説明しましょうか」
ジャンヌは立ち上がり、話し始めた。
「私は、確かに15世紀にフランスと英国の間に発生した戦争――この時代では百年戦争と呼ぶのでしたね。その戦いで、兵たちを導いて戦いました。その後、火刑によって私は生涯を終えた――貴方が私について知っているというのは、概ねこのようなものでしょう」
「その通りだ。百年戦争末期、数々の重要な戦いでフランス軍を勝利に導き、戦争終結に貢献した救国の聖女――世界史に名を残した偉人の一人、それがジャンヌ・ダルクだ」
「はい……実際にそう言われると、面映いのですが……そういった、歴史に名を残した存在や、人々に名を語り継がれる存在――人々の信仰や信望を集めた魂が精霊の域に達したもの。そういった存在を、英霊と呼びます」
その偉業を以って人々に語り継がれるようになった偉人たちの魂、それが英霊。なるほど、たしかに目の前にいるジャンヌは、神の声を聞くなどの奇跡を起こし、後年ではフランスの守護聖人として、フランス国内では最大の畏敬を以って語り継がれている。
「その英霊が、異なる時代の魔術師によって呼び出され、いわゆる使い魔となったもの。それがサーヴァントと呼ばれる存在です」
俺はここで、すっ、と手を挙げる。
「ちょっと待って欲しい。今の話で俺は2つわからないところがある。第1点。魔術師ってのはアレか? いわゆる魔法使いってやつか? お伽噺やらゲームやらに出てくる、杖振ったり呪文を唱えたりして人知を超えた力を発揮するという――」
「その認識でほぼ問題はありません」
ジャンヌは頷く。しかし、その後に首を振る。
「ですが、魔法使い、という存在と、魔術師という存在は少々異なります。魔術と魔法は、厳密には似て非なるものなのです」
「……と、いうと……ははぁ、そういうことか。『術』と『法』じゃ違うってことだな。『魔術』は、人智を超えた力――仮に『魔力』としようか、それを操るための手段。その手段を行使するのが魔術師。で、『魔法』ってのは『魔力』によって成り立つ規則、理って訳だ。その規則そのものに手出しできる強力な存在――それが魔法使いと」
「良い着眼点です……が、それも少し違いますね。魔法使いはその時代の文明の力では達成できない、『奇跡』を実現可能にしてしまう存在です。魔術師はその時代の文明の力で達成可能な『奇跡』を人為的に引き起こすものです」
その説明から、俺はこう理解した。
例えば、空を飛ぶという奇跡があったとする。ジャンヌが生きた15世紀では空を飛ぶなんてのは夢物語、人間は地に足をつけている存在だ。だから、空を飛ぶなんてことを魔力で実現してしまえば、それは紛うことなき魔法になる。
一方、俺が生きる21世紀では、飛行機や飛行船の力を借りれば空は飛べる。最も、普通に空を飛ぼうと思ったらまず飛行機なり気球なりを用意しないといけない。そこで、飛行機の代わりに魔力を使って空を飛べるようにする。それが魔術というわけだ。
要は、魔力を使って実現する現象が、その時代に存在する他の技術などで代替可能かどうかという事になる。
「魔術と魔法の違いについては理解した。で、その魔術師ってのが俺達一般人の与り知らぬところで存在してるってこともわかった。じゃあ、第2点だ。その魔術師が、歴史上の偉人や伝承の英雄――英霊たちを使い魔にする。一体何の目的で? 英霊を使い魔とするからには、それ相応の目的があるはずだよな」
「もちろんです。通常、英霊を呼び出し、使い魔――サーヴァントとするには、聖杯と呼ばれる魔術礼装の助けを借りる必要があります。そして、この聖杯の最終的な所有権を賭けて、聖杯戦争と呼ばれる魔術師同士の戦いが行われるのですが……その聖杯戦争こそが、サーヴァントを呼び出すための目的です」
ふむ、と頷く。
「ジャンヌ、貴方はサーヴァントだと言ったな。では貴方のマスターは……」
「貴方です、マスター」
ジャンヌに即答された。
「え?」
「ですから、今の私のマスターは貴方になります。右手に、何か入れ墨のようなものがありませんか?」
右手を見て、ぎょっとする。身覚えのない、アザのような文様が刻まれていた。
「令呪と呼ばれるものです。貴方がマスターとなった証です」
「……ってことは、さっきの言葉って」
「えぇ。私が貴方をマスターとして認め、貴方は私と契約する。そのための詠唱です。状況の打破のため、貴方には私のマスターとなって頂きました」
告げられ、一瞬愕然としたが、すぐに俺は思考する。
あの場で、これ以上の選択は恐らくなかった。
ジャンヌとの契約が無ければ、彼女はあの奇跡――旗による守護が出来なかっただろう。
むしろ、俺はこのめぐり合わせに感謝すべきなのかもしれない。成り行きでこうなってしまったが、ただでさえ今は異常事態。救いの手は欲しい。
だから、俺に去来したのは罪悪感だ。
「――申し訳ない事をしてしまったのかもな。成り行きとは言え、俺のような何も知らない男が、貴方のマスターになってしまった。状況を打開したら、契約は……解消してもらって構わない」
俺の申し入れに、ジャンヌは目を見開いた。が、すぐに頭を振る。
「……この事態が、それを許してくれるかどうか、わかりません」
「なんだって……?」
次にジャンヌが口にした言葉は、俺を衝撃のあまり硬直させるのに十分だった。
「この世界は、2016年12月31日を以って――滅びています」
壊滅した時計屋に置いてある商品は、全て2016年12月31日23時59分を指して、止まっていた。