Fate/Grand Order -試されてしまった大地、北海道- 作:バートレット
2016年の終焉とともに、世界が滅びる。
一瞬、耳を疑ったが、俺は気づいてしまった。
何故、2月の段階で「年末フェア」の横断幕がデパートに掲げられたままだったのか。
何故、スマートフォンが突然圏外になってしまったのか。
何故、あの札幌駅前広場は荒れ果てた廃墟と化していたのか。
それら全ての答えは、「人類が、世界が、2016年12月31日で滅びてしまっていたから」だ。
しかし、俺は同時に違和感を覚える。
俺は昨日まで、文明が、人類が、きちんと機能した状態を記憶している。いや、正確には今日の、ほんの30分程前までだ。
俺は確かに地下鉄に乗り、札幌駅地下の雑踏を歩いてきた。ところが、それらは全て、地上にでた瞬間に消失した。
念のため、手にしたスマートフォンを確認する。メールアプリを起動した。クラウドの同期こそ出来はしないが、スマートフォンのローカルストレージに保存されたメールくらいなら確認はできる。
2017年の正月に、大学時代の友人から来た年賀状代わりのメール。1月の半ばにやりとりした職場との業務メール。先月注文したネット通販の決済メールも2017年の1月付けだ。
少なくとも、自分は、人類が滅びなかった2017年を経験している。
これをジャンヌに問いただしてみた。物的証拠であるメールも見せて。
ジャンヌは目を見開いた。
「そんな馬鹿な……つまり、貴方は今日まで2017年の世界を生きていたのですか?」
「当然だ。今年の天皇杯の結果も覚えてる。決勝戦のカードは鹿島対川崎。1-1で延長までもつれこんだが、結局延長前半に決勝弾を決めた鹿島が優勝したよ」
さらに畳み掛けるように、2017年の正月に行われたサッカー天皇杯の結果も告げる。ジャンヌがサッカーに興味があるかどうかは知らないが、俺が2017年の1月を経験しているという意味では大事な情報だ。
ジャンヌは驚きで固まっていたようだが、次の瞬間、俺が驚きで固まる番が回ってきた。
どこからともなく声が聞こえてきたのだ。
《このあたり一帯が、2017年1月からずっと特異点と化していたから、だろうね》
姿は見えないが、かなり近くからその声は聞こえる。女性の声だ。声色からはどこか飄々とした、掴みどころのない雰囲気を感じさせる。
「ダ・ヴィンチさん……?」
声の主に、ジャンヌが反応する。
ダ・ヴィンチ?あのレオナルド・ダ・ヴィンチから取ったコードネームか何かだろうか。
《やぁ、万能の天才ダ・ヴィンチちゃんだよ。どうやら彼と合流できたようだね》
ジャンヌが懐から取り出したのは、腕輪型の通信端末らしきデバイスだった。
空中に映像が投影される。やけに近未来的なデバイスだな、と思っていると、次の瞬間、俺はそこに現れた顔を見て驚愕した。
モナ・リザだ。
ド派手な服装をしたモナ・リザにうり二つな人物がそこにいた。
《そこの君ははじめまして、だね。驚いたかい? カルデア脅威の、否、この私、万能の天才ことレオナルド・ダ・ヴィンチちゃんの技術力に!》
しかもこのモナ・リザもどきは、制作者たるレオナルド・ダ・ヴィンチを名乗っている。
新手のギャグか何かだろうか、これは。
「サーヴァントです、この方も。間違いなくレオナルド・ダ・ヴィンチです」
ジャンヌが俺に耳打ちをしてきた。
あぁ、そうか、それなら納得だが。いや、何故俺はこんなに早くこの状況に順応しているのだ。
《時間が無いから、詳しい自己紹介はまた後で。状況を手短に説明するよ。今その一帯――札幌市中央区を中心とした半径50km圏内の領域で生きている人間は君だけだ。その一帯は、2016年12月を境に、通常の世界から切り離された状況にあったことが観測されている。原因となる魔力反応は、さっぽろテレビ塔直下に存在するみたいだね》
つまり――俺が至って普通だと思っていた事象が、「外部から見れば異常だった」状況ということだろうか。俺は、そのダ・ヴィンチを名乗る女性が説明する状況をそう噛み砕いた。そして、異常の原因が、あの動く骸骨共の巣窟と化していたテレビ塔の直下にあるらしい。なるほど、奴らはそれを後生大事に守っていたと言うわけか。
「確か、この地下街は……」
札幌に地下街はいくつかあるが、このあたりに存在する地下街は2本。どちらも地下鉄大通駅から一直線に伸びており、片方は隣駅であるすすきの駅へ、もう片方はテレビ塔の真下へと、それぞれ通じている。
この地下街は、そのうちの後者。地下鉄大通駅からさっぽろテレビ塔を結ぶものだ。
「テレビ塔の直下なら、この道をまっすぐ行けば到達する。一体何が起きてるのか調べよう。状況を打開するなら、それしか手はない」
立ち上がり、鞄を手にする。
《わかった。魔力反応の探知は任せてくれたまえ。状況は随時こっちでモニタリングしている。何かあったら呼んで欲しい》
「私はマスターを護ります。行きましょう、マスター!」
ジャンヌも立ち上がり、ダ・ヴィンチは通信を終えたのか、投影されていた映像が消えた。
「じゃあ行こう。テレビ塔はこっちの方角だ」
俺たちは、廃墟となった地下街を進むことにした。
テレビ塔の地下空間。
その中央に、「それ」はあった。
不定形のもやに包まれているが、あれは「杯」だ。
「あれは……聖杯ッ!?」
ジャンヌが驚きの声と共に、一歩前へと出る。
聖杯?
イギリスの聖杯伝説で、円卓の騎士が1人・ギャラハッドが探索したとされるあの聖杯だろうか?
《なるほど、聖杯か。しかし誰が設置したのだろうね? 札幌の、それもテレビ塔の真下に》
ダ・ヴィンチが通信回線を開き、疑問を呈する。
「あんなもの、こんなところに置いてあるはずがない」
俺は静かに言った。そう、テレビ塔の地下空間は飲食店が立ち並ぶグルメコートになっている。その中央にはガシャポンのコーナー。間違っても、あんなモニュメントが置いてあるような小洒落た空間ではない。
「あれが異変の原因であることは間違いありません。この札幌という都市に流れる時間軸を歪めた原因です」
ジャンヌは旗をかざしながら、注意深く近寄る。
と、その時だ。
《――っ! 気をつけるんだ、2人共! そっちに近づく魔力反応が検知された! サーヴァントだ!》
ダ・ヴィンチの警告に、ジャンヌは即応した。
後ろへ飛び退き、俺をかばうように前に立つ。
次の瞬間、影が舞い降りた。
明確な人型だ。鎧のようなものを身にまとい、手には剣。中世の騎士のような出で立ちだ。
「――っ」
ジャンヌは旗を構える。
影は、俺たちを見据えると――吼えた。
「――Arrrrrrrrrrrthurrrrrrrrrrrrrrrr!!!!!」
それは、人にあらざる叫び。獣のような咆哮。姿形が騎士だからこその、獣の咆哮という異常な行動に、俺は気圧された。
「バーサーカーの……サーヴァント……!」
《ジャンヌ、真名はわかるかい?》
「いえ……真名看破スキルが通用しない相手のようです。どうやら、あの鎧か、もしくはそれを取り巻く影が邪魔をしているものと考えられます」
《どのみちシャドウサーヴァントだ、英霊の出来損ないだね。……排除だ!》
「了解です、ダ・ヴィンチさん! ……マスター、戦闘行動の許可を!」
それまで、現実感のない光景をただ眺めていた俺は我に返る。
今、俺はジャンヌのマスターだ。この状況を適切に判断し、ジャンヌに的確な指示を与える必要がある。
そう、傍観者ではいられない。俺は、まさにこの状況の当事者だ。
「――戦闘を許可する! ジャンヌ、俺を……護ってくれ!」
「了解、マスター! 我が旗に誓ってお護りします!」
ジャンヌは旗を構えると、眼前の黒い騎士と対峙する。
過去の英雄同士の戦いが、このテレビ塔の地下空間で始まろうとしていた。