Fate/Grand Order -試されてしまった大地、北海道- 作:バートレット
「Arrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrr!!!!」
咆哮する漆黒の騎士。それに呼応するかのように、2体の骸骨の剣士が現れた。
骸骨たちがジャンヌに飛びかかるが、
「遅いっ!」
ジャンヌの旗が翻り、一閃の下に叩き伏せられる。身体を構成していた骨を砕かれ、骸骨剣士たちは動きを止めた。剣が弾け飛び、騎士の前に転がる。
狂った騎士は落ちた剣を拾い上げ、構える。
「その剣で戦うつもりか──?」
俺が疑問を口にする。あの黒い騎士は狂っていると言えど、曲がりなりにも騎士。ならば、自分の得物くらい持っていて当然のはず。何故この騎士はそれをせず、わざわざ拾った剣で戦おうとするのだろうか。
その答えはすぐに判明する。
狂騎士が持った剣は、たちまちのうちに鎧と同質の黒い影に覆われ、漆黒に染まっていく。同時に、剣は禍々しい形状へとその姿を変えていった。
「──なっ」
ジャンヌが目を見開く。
「……まさか、あいつっ……! 自分が手にした武器は全て自分のものとしているって事か……!?」
俺の推測に、答えるのはダ・ヴィンチだ。
《良い推論だ! しかもあのバーサーカーが手にしてから、突然あの剣に凄まじい魔力反応が生じた! 宝具になっていると見て間違いない!》
「手にしたもの全てを宝具にする……まさか、」
ジャンヌは旗を構えながら、じりじりと後退する。
そして、ジャンヌはその正体を口にした。
「──その場のもので相手を倒した逸話が宝具となった英霊! あのサーヴァントは……間違いなく、円卓の騎士最強の1人! 湖の騎士、ランスロットです!」
ランスロット。
かのアーサー王伝説において、王の下に集った円卓の騎士の中でも最強の呼び声が高い湖の騎士。優れた武勇と騎士道精神は民衆だけでなく、精霊からも祝福されたという。
そのランスロットは、円卓崩壊の原因でもある。王妃との禁断の恋に溺れた挙句、自らの主君に対して弓引く愚を犯した。
そのランスロットが今、目の前で吼えている。
ヒトの形をしてはいるが、その所作は異形のバケモノを思わせる。
ランスロットは自らのものとした剣で遮二無二斬りかかってきたが、ジャンヌが旗を体の前で1回転させて受け流す。
「どこだ……どこに勝機がある……!」
俺は考えた。
バーサーカー、狂戦士。まさに今の彼は狂っている。本能のままに眼前の敵を打ち倒そうとしている──つまり、力押し?
「っ、そうか! どうにか体勢を崩して隙を作れ! あいつ、守ることは考えていない!」
「──わかってはいますがっ……!」
だが、ジャンヌは目の前のバーサーカーの攻撃を捌くので手一杯だ。攻撃は最大の防御、ということか。絶え間ない攻め手は、ジャンヌに付け入る隙も、思考させる余裕も与えない。
どうする、何か手は。
と、そこへ、俺の足元に転がる丸い物体に気がついた。
ガシャポンのカプセルだ。この広間の中央部はガシャポンコーナーで、ちょっとしたアクセサリーやカプセルトイなどが売られていた。中身は空っぽだ。おそらく、開けた後のカプセルを廃棄するカゴからこぼれてしまったものだろう。
俺はそれを拾い上げると、迷うこと無くバーサーカー目掛けて──
「こなくそぉっ!!」
──ぶん投げた。
漆黒の騎士の注意がジャンヌからこちらに一瞬逸れる。
ジャンヌはその隙を逃さなかった。
「──そこっ!」
旗の穂先で、ガードが甘くなったランスロットの腹部を突く。その勢いたるや、騎士の身を固める鎧を砕き、腹を串刺しにするほどだ。
ランスロットは体躯をくの字に折り、剣を取り落とすと、苦悶の叫びを上げた。
「Arrrrrrrrrr……ッ!」
次の瞬間、漆黒の騎士の身体は、すぅっと煙のようにたち消えた。後に残るのは、彼が取り落とした漆黒の剣。それがみるみるうちに本来の鈍い鉄色の刀身を取り戻す。
「やった……のか?」
「……えぇ、残留する魔力反応もありません。ひとまず、これを回収しましょう」
俺が肩で息をしながらジャンヌに近寄ると、ジャンヌはすでに聖杯を手に取っていた。
「お怪我はありませんか、マスター」
ジャンヌがこちらに向き直り、俺の身体に軽く視線を走らせている。
「あ……あぁ、大丈夫だ。すまん、ちょっと無茶しちまった」
「いえ……結果的に、隙を作り出してくださったことに感謝しています。ですが……これっきりにしてくださいね。守るべきマスターが自ら危険に身を晒してしまっては本末転倒ですから……」
ジャンヌのため息混じりの言葉に、面目ない、と頭を下げる。こちらもとっさのことで精一杯だったが、後から省みればもっと他に良い手があったはずだった。こういう時だからこそ、冷静さが肝心だ。
すると、ジャンヌもはっと気がついたように頭を下げ返してくる。
「……いえっ、考えてみれば、マスターもこのような戦場に不慣れということを思い出しました。私の方こそ、配慮が足りず申し訳ありません」
2人してペコペコと頭を下げ合う奇妙な光景。どうも俺たち2人はお互い腰が低い性分らしい。いやそれは元々俺が未熟なのが悪い、いやいや私こそもっと気をつけていれば、と謙譲合戦が繰り広げられ、
《おーい。君らいつまで謝罪の根比べする気だい》
「あっ」
「す、すみませんっ」
通信機からダ・ヴィンチの呆れた声が聞こえてきて、ようやくそれは終りを迎えた。
《で、ジャンヌ、キミの任務は聖杯の回収だけど、もう一つあったろう?》
「そうでした、マスターを私達の拠点にご案内する必要がありますね」
「拠点?」
俺がオウム返しに問い返すと、
《すぐにわかるよ。さて、それではまた後で会おう》
ダ・ヴィンチがそう言って通信を終えると同時に、俺は急激に意識が遠のくのを感じた。
「あ……? なんだ、急に、なんだか、眠く──」
俺の身体がジャンヌに抱きとめられるのを感じながら、俺は意識を手放す。
ジャンヌの柔らかな胸と、温かい手の感触が、最後に感じた感覚だった。
目を開けると、俺の眼の前には真っ白な天井があった。
俺はベッドの上で寝ていた。身体にかかっていたのはなんの装飾もない純白のシーツ。 学校の保健室や病院の寝台にあるようなベッドだった。
まるで夢でも見ていたようだ──が、俺自身の右手を見て、すぐさまその思考を打ち消す。
あのとき、ジャンヌと契約を交わした証──令呪はちゃんとそこにあった。
「ってことはアレか。2017年は滅びたまんまかよオイ……」
やれやれ、と起き上がる。
自分が身に着けているのは患者衣、病院で入院する患者が身に着ける寝間着だ。寝ている間に着替えさせられたらしい。
ベッド脇に小机があり、その上に俺が身につけていたスーツやワイシャツが畳まれて置いてあった。さらにその上には重しのように、ポケットに入れていた財布やスマホ、パスケースが置いてある。
小机に手を伸ばし、スマホを手に取る。ロックを解除し、なんとはなしにブラウザを立ち上げていた。癖のようなものだ。
が、その操作をしてすぐに気がつく。2017年が滅びたままなら、このスマホはインターネットに繋がらない。俺はブラウザを閉じようとして──目を疑った。
ホームページに設定していた検索サイトが表示されたのだ。
電波表示を確認する。「LTE」の文字と電波受信を示す4本の棒がしっかり表示されていた。
「ネットが生きてる?」
意味するところをそのまま口にすると、俺は横の時刻表示に目を走らせる。13時30分。
念の為と思い、日付を確認した。そこに表示された日付に、俺はまたしても目を疑った。
「2016年1月5日……ッ!?」
俺は自分が今どこで、何をしているのか。
俺が身を置く世界は一体どこで、何が起きているのか。
自分も、自分を取り巻く環境も、何もかもが信じられなくなった──。