提督夫婦と愉快な鎮守府の日常《完結》   作:室賀小史郎

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一部気分を害するシーンがあります。
ご了承ください。


約束

 

 病院ではーー

 

「第三オペ室だ、急げ」

「はい、先生」

 

 ーー提督が本格的な手術へ向け、オペ室へと運ばれていく。

 

 矢矧と天龍もそのあとを追い、ギリギリまで提督の側を離れまいとしていた。

 しかし、

 

「ここからは我々のみです」

「お二人は待合室でお待ちください」

 

 とうとう離れなくてはいけなくなる。

 

「提督をよろしくお願いします!」

「お願いします!」

 

 医師や看護師たちに二人は頭を下げると、医師は「最善を尽くします」と返してオペ室へと向かった。

 

 二人してオペ室に提督が入ったことを確認したあとで、二人は待合室のある方へと歩を進める。

 

 そんな中、待合室の近くまで来たところでーー

 

「なんで病院に人殺しがいるんだ?」

 

 ーータイミング悪く、毎回鎮守府前でデモ活動をしている幹部の男と出くわしてしまった。

 天龍も矢矧も男を相手にしないよう通り過ぎようとするが、

 

「おいおいおい、人殺しってのは言葉も喋れねぇのか? なんとか言ったらどうなんだ? ここはお前たちみたいな人殺しがいていい場所じゃない! そもそもお前たちみたいな人殺し共は平和な日本に居場所なんてないんだからな! 人の税金で人殺しをしてる野蛮な人種はこの世から消えろよ!」

 

 男は二人の前に立ちはだかり、声を荒げてこの場から出て行けと訴える……周りには他の人たちがいるというのに。

 

「そもそもお前たちは病院に用がないはずだろうが……だとしたらあれか? お前たちのトップ……お前たちに人殺し命令を出してる奴が病気か大怪我でもしたのか?」

 

 ただただ押し黙る天龍たちを見た男は煽り口調でケラケラと愉快そうに笑いながら問いかけた。

 そして二人の沈黙を男が肯定の意味として取ると、

 

「あひゃひゃひゃ! こりゃ傑作だ! 人殺し命令を出す外道司令官も所詮はただの人ってことだな! そしてちゃんとお天道様から罰がくだって死ぬ! そうかそうか、平和への第一歩だな! 今日はいい酒が飲めるぞ! 祝杯だー!」

 

 大声で笑い、叫び、死んで当然だと言い放ちながらの狂喜乱舞。

 これには流石の矢矧も拳を振り上げようとしたが、その前にすかさず天龍がそれを軽く手で制し、『こんなの相手にすんな』とアイコンタクトした。

 それでも男の興野提督へ対しての暴言は止まらない。

 

「平和を壊す人殺しがまた減るんだ! 最高の場面じゃないか! これでこの街にまた平和が来るぞ! 戦争反対! 戦争してる国防軍なんて消えちまえ! 武器なんか捨てて対話しろ!」

 

 男の暴言は更にエスカレートし、挙げ句の果には周囲にいる赤の他人にまで「平和が来るぞ!」、「嬉しいよな!」、「喜ばしいよな!」などと賛同を求めて絡む始末。

 

 するとそんな男の前に5歳くらいの小さな少年が近付いてきた。

 そしてーー

 

 

 

 

 どうしてまもってくれるひとをわるくいうの?

 

 ぐんじんさんはへいわのためにたたかってくれるけど、おじちゃんはへいわのためになにをしてくれてるの?

 

 まもってくれるひとにひどいことをいえばへいわになるの?

 

 

 

 

 ーー純真無垢な少年の問いに、男は呆気にとられて口をあんぐりと開けたまま硬直する。

 更に少年はこう続けた。

 

「しんかいせいかんはひとじゃないっててれびでもいんたーねっとでもいってたよ? それなのにぐんじんさんはひとごろしなの? おしゃべりできないひととどうしたらおしゃべりできるの? おじちゃんたちならしんかいせいかんとおしゃべりできるの?」

 

 投げられたどの質問にも男は口をパクパクさせるだけで、何も言葉を発せずにいる。

 するとその少年の母親らしき女性が少年を優しく抱きかかえた。

 

「こら、知らない人に何言ってるの」

「だってこのおじちゃんおかしいんだもん。ひとのふこうはわらっちゃいけないってようちえんのせんせーがいってたもん」

 

 母親に少年は自分が感じたまま、教えられてきたままを言葉にすると、母親はそんな息子を「こら」と軽く叱る。

 そして元いた席に戻る際、

 

「あなたたちの主張は立派だと思いますが、日本人としての心が欠如してるように見えます。日本は何を言ってもいい国ですが、子どもの前で人が不幸になっていることを高らかに嬉々として叫ぶような、教育に悪いことはしないでください」

 

 真っ向から中立的且つ正論を言われた。

 すると周りからも、

 

「何が平和だ」

「人の不幸を喜ぶのが平和なのか」

「平和主義が聞いて呆れる」

「本当に何も分かってないのはあんただ」

「この街は鎮守府があるからこれまで平和だったんだ」

 

 続々と正論を言われ、男は先程までの威勢の良さが彼方へと消え失せていた。

 

「お、俺たちはお前らのために平和を訴えてるんだぞ!? そもそも日本に軍があることが罪なんだ!」

 

 そしてまさかの逆ギレ。

 これには先程まで怒りを押し殺していた矢矧ですら、呆れ果ててしまう。

 そんな男へ、

 

「誰がそんなこと頼んだ」

「勝手に代弁者を気取るな」

「日本は国防軍があるから平和なんだ」

「騒いでるだけでお金もらえて幸せですね」

「軍がなければあんたみたいな人は無職だろ」

 

 やはり周りの人々はまっとうな反論をし、男は居心地が悪くなって「お、お前ら全員死んじゃえ!」などと子どもみたいな言葉を吐き捨てて逃げてしまった。

 それを天龍と矢矧がただただ見つめていると、

 

「おねえさんたち、いつもまもってくれてありがとー。ふたりのおともだちがげんきになるといいね!」

 

 先程の少年が優しい言葉と笑顔を二人にかけてくれた。

 少年に天龍と矢矧は『ありがとう』と笑顔で返すと、周りの人たちへ『お騒がせして、申し訳ありませんでした』と頭を下げてから、改めて待合室へ入るのだった。

 そんな天龍たちの背中を人々は温かく見送っていた。

 

 

 ーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 ピッ……ピッ……ピッ……

 

 心拍計の無機質な音が規則正しくオペ室に響き、その中で医師たちは一人の命を救おうと最善を尽くしている。

 

「左脚だけではなく、深い打撲跡が残る胸部や腹部の箇所からの出血もある……これは酷いな」

 

 軍病院にいる興野提督の主治医から送られたカルテデータと現在の状態とを照らし合わせながら、執刀医は驚きを隠しきれずに思わずそんな言葉をこぼした。

 

「出血している場所が多いですね……」

「一つ一つ処置していくしかないだろう。出血量の多い箇所が最優先だ」

「はいっ」

 

 執刀医の言葉に周りの助手たちは返事をしながら、一つ一つの箇所を見極め、丁寧に素早く処置していく。

 そんな中、

 

「……そういえばこの方、艦娘ではないのに船に乗って一緒に海へ出て、命の危険がある中で指揮していたのが発端で脚を切断してしまったと地元紙で読みましたが、本当の話なんでしょうか?」

 

 ふと一人の助手が執刀医へ訊ねた。

 すると執刀医は「そうらしいな」と端的に言葉を返し、

 

「……私の友人にも国防海軍で提督をしている人はいるが、こういう人は稀だって話だよ。凄い人だよね」

 

 友人ツテで聞いた話を付け加える。

 それを聞いた助手たちは自分たちが今救おうとしている男に注目した。

 

「僕だったら、こんな怪我をしたら絶対に引退しちゃいますよ……」

「私、前線で指揮しろと言われても無理です……」

 

 そして次々に助手たちは自分がもし提督の立場だったら、と口々につぶやく。

 

「でも彼は脚を失っても退役しなかった……そして再びこの街の鎮守府で提督の座について、街に深海棲艦を近づけさせないでくれた。紛れもなく英雄の一人だよ、この御仁は。だから今度は我々がこの御仁を死ぬ気で助ける番だ」

 

 執刀医はそう言って助手たちを奮い立たせると、助手たちは『はいっ』と大声でとはいかないので、凛とした返事をして懸命に手を動かすのだった。

 

 ーーーーーー

 

 その頃、鎮守府ではーー

 

「………………え?」

 

 ーー戻ってきた阿賀野たちが高雄から提督の置かれている状態を聞かされていた。

 

 やはり中でも阿賀野の受けるショックは凄まじく、立っているのがやっとといった感じだ。

 当然、他の面々もショックを隠しきれない様子で、由良に至ってはこの世の終わりでも見ているかのような顔をして大粒の涙を無言で流し、球磨の方はただ呆然と立ち尽くしている。

 

「阿賀野ちゃんは補給後、正門前にタクシーを呼んであるから、それで病院へ向かって。他のみんなは待機」

 

 それでも高雄は冷静に阿賀野たちへ指示を出す。

 

「ゆ、由良も一緒に病院へ……」

「由良ちゃんはお留守番よ〜。代わりに電ちゃんが付き添うから」

 

 付き添いを申し出る由良に龍田は相変わらずにこやかに言葉を返すと、由良は変に悪あがきはせず「……了解」とだけ返して引き下がった。

 ここで自分がごねても、状況は何も変わらないと理解しているから。

 

「ほら、いつまでそうしてる訳? 旦那が待ってるんだから急ぎなさい」

 

 そして呆然とする阿賀野の背中を五十鈴が叩きながら鼓舞すると、阿賀野はちゃんと五十鈴の目を見て頷き、行動を開始するのだった。

 

 ーーーーーー

 

「脈拍88で安定……」

「よし、もう少しだ。集中を切らすな」

 

 提督の手術は順調に進んでいた。

 それでもオペチームは油断することなく、処置を施していく。

 

 ーーーーーー

 ーーーー

 ーー

 

 その頃、提督は……正確に言えば提督の意識は、何処か遠くのぼやけた世界の中にあった。

 しかしそこは青空が広がり、提督自身は海の上でも漂っているかのように穏やかな波に揺られて彷徨っていた。

 

(俺は何してんだ……? ここはどこなんだ……?)

 

 辺りを確認しようにも体は金縛りにでもあっているかのように動かすことは出来ない。

 

「……阿賀野……」

 

 そして無意識の内に口から出た言葉は、自分が愛して止まない妻の名前だった。

 

 ーー

 ーーーー

 ーーーーーー

 

 プップップップップッ

 

「心室細動が起きました。血圧低下」

「DC(カウンターショック)を150にチャージ」

「150にチャージ」

 

 電気的除細動器がキーンと電気をためる音を放つ。

 

「みんな離れてっ」

「どうぞ」

 

 大きな爆発音と共に提督の体は大きく仰け反った。

 

 ーーーーーー

 

 丁度その頃、

 

「矢矧!」

「天龍さん!」

 

 阿賀野と電が矢矧たちの待つ病院の待合室に到着。

 

「提督さんは……慎太郎さんは今どうなってるの!?」

 

 今の状況がどうなのか矢矧に詰め寄る阿賀野。

 しかし、

 

「分からない……分からないのよ……」

 

 こればかりは矢矧も分からない。

 手術室に入ってしまえば最後。手術が終わるまではただひたすら待つことしか出来ないのだ。

 

 そんな矢矧の今にも泣き出しそうな声を聞き、阿賀野は力なく矢矧の両腕からスルリと手を落とす。

 

「手術中は途中経過の報告なんて出来ねぇからな。こればっかりはオレらは待つことしか出来ねぇよ」

 

 天龍はそう言うと阿賀野の肩を優しく抱き、座るように促した。

 

「言葉じゃ足りないが、本当に悪いと思ってる。オレがあの時にバカをやったせいだ」

 

 だから気が済むまで罵るなり殴るなりしてくれ……と天龍は座り込む阿賀野へ告げる。

 すると阿賀野は「そんなの慎太郎さんは望んでない」とだけ返した。

 

「電も司令官さんはそんなこと望んでないと思うのです。それに司令官さんがいつも言ってたのです……『なんの根拠もないが、大丈夫って思ってれば不思議と大抵のことはなんとかなる』って。だから電たちも大丈夫と信じて待つのが一番だと思うのです」

 

 初期艦であり、長らく提督と苦労を共にしてきた電。

 ある意味で阿賀野よりも彼女が興野慎太郎という提督をこの場にいる誰よりも知っている……なので、阿賀野たちは電の言葉に頷き、ただひたすらに提督の無事を祈って待つことにした。

 

 ーーーーーー

 

「血圧が上がりません……80の40」

「エピ(硬膜外麻酔)をもう1ミリ。輸血の用意を」

 

 ーーーーーー

 ーーーー

 ーー

 

(もうひと目……阿賀野に会いたかったなぁ)

 

 なんとなく己の置かれた状況がどんな状況なのか察した提督。

 遅かれ早かれいずれはどちらかが先に死ぬと分かっていても、こんなにも早く別れが訪れるとは提督も思っていなかった。

 

 もう一度会って話しをしたい

 

 別れの言葉を言いたい

 

 

 

 

 

 いつまでも愛している

 

 

 

 

 

 愛してくれてありがとう

 

 

 

 

 

 伝えてから別れたい

 提督はそれだけが心残りだった

 

 すると、

 

『………………』

 

 提督はふと自分の周りからいくつもの視線を感じた。

 

 そしてなんとか視線を動かして辺りを確認すると、見知らぬ男たちが提督を取り囲むようしてに立っている。

 

(な、なんだなんだ? お迎えってやつか?)

 

 提督が内心驚いていると、一人の男がスーッと提督の近くまでやって来て、顔を覗き込んできた。

 その男はーー

 

「…………爺ちゃん」

 

 ーー亡くなった提督の母方の祖父であった。

 

 その姿は大日本帝国海軍の制服を身にまとう提督と同じ年代くらいの男だったが、確かに提督の祖父である。

 何故断言出来たのかというと、提督が前に母親から見せてもらった祖父の写真の姿そのままだったから。

 

「爺ちゃん、迎えに来てくれたのか?」

 

 提督の祖父はあの大東亜戦争で重巡洋艦の高雄に乗組員として搭乗していたことがある。

 しかしそんな祖父は終戦後、重い病で提督が生まれるよりずっと前に他界したため、こうして面と向かって会ったのは初めてだ。

 

「………………」

 

 そんな孫の声に祖父は明らかに不機嫌な顔をするのみ。

 

「な、なんだよ……迎えに来たって訳じゃねぇのか?」

 

 その問いに祖父は今度はニッコリと笑って応える。

 

「…………そうか。俺はまだ死ぬ時じゃねぇってことか」

 

 祖父の笑顔から提督が察すると、祖父は歯を見せて笑った。

 すると祖父は周りにいる男たちに手招きし、それによって提督のすぐ側まで集まった男たちはその両手で提督を持ち上げる。

 

「お? おぉ?」

 

 驚く提督をよそに、男たちは皆笑顔を浮かべて提督を胴上げするかのようにふわりと空へ掲げ上げた。

 

 ーー

 ーーーー

 ーーーーーー

 

 ピーッ……ピーッ……ピーッ……

 

「………………っ」

 

 提督は目覚めると、そこはぼやけた世界ではなく、白い天井と蛍光灯の光が広がる世界だった。

 

「慎太郎さん!」

「提督っ!」

「提督!」

「司令官さん!」

 

 そしてすぐ側から聞き慣れた声がした。

 麻酔で意識が朦朧とする中、提督はゆっくりと頭を声がした方へ向ける。

 するとそこにはーー

 

「……おかえりなさいっ」

 

 涙を懸命に堪える阿賀野と

 

「し"ん"は"い"し"た"ん"た"か"ら"〜!」

 

 子どものように泣きじゃくる矢矧と

 

「気分はどうだ、提督?」

 

 優しく訊ねてくる天龍と

 

「何か欲しいものとかありますか?」

 

 気遣いを見せる電と

 

 ーー多くの笑顔が広がっていた。

 

「…………何があったんだ?」

 

 麻酔はまだ抜けきれていないため呂律は不安定であったが、提督はゆっくりと言葉にしてみんなへ訊ねる。

 

「朝に倒れて緊急手術してました。体の中で出血してたのです。手術の方は難しかったみたいですけど、もう大丈夫なのです!」

「提督がこうなっちまったのはオレのせいだ。言葉じゃ到底足りねぇが、本当にすまなかった」

 

 提督の問いに電が答え、天龍は頭を下げる。

 

「天龍……」

 

 そんな天龍に提督はーー

 

「ついていてくれて、ありがとうな」

 

 ーーただ感謝の言葉だけを返した。

 

「っ…………ば、バッカじゃねぇの!? 生死の境を2度もさまよわせた相手だってのに!」

 

 天龍は頬が緩み、泣きそうになるのを必死に堪えながら言葉を返すが、提督はそんな天龍にただただ笑みを送る。

 

「みんな心配してましたし、電たちは高雄さんたちに連絡してくるのです」

「そ、そうだな。早く連絡しないとな!」

 

 電の言葉に天龍はそう言うと、逃げるように病室をあとにした。

 

「矢矧さんも行きましょう」

「グスッ……うぅ……うんっ」

 

 一方で矢矧はまだまだ泣き止まないでいたが、電に手を引かれてその場をあとにする。

 

「………………」

「………………」

 

 電たちの気遣いで二人きりになった夫婦。

 しかし提督としては気不味い空気が漂っているように感じた。

 

「…………すまなかった、心配かけて」

 

 なので数分間の沈黙の後、提督は阿賀野へ謝る。

 

「…………生きて帰ってきたから、許してあげる。矢矧じゃないけど、私だって死ぬほど心配したんだからね?」

「…………本当にすまねぇ」

「もう謝るの禁止」

 

 阿賀野はそう言うと、そっと立ち上がって提督に抱きついた。

 

 もう会えないと思った

 そう思っただけで

 自分が自分でいられないと思った

 覚悟してても

 

 もう離れない

 もう離さない

 共にいられる時間は限られているから

 

「なぁ、お前との約束を改めて誓いたいから、もう一度プロポーズしてもいいか?」

「許可を取る必要はないと思う」

 

「愛してる。結婚してください」

「初めての時の方が情熱的だった〜」

「言葉じゃ伝えきれねぇよ……勘弁してくれ。愛してるんだ。とにかくお前を……愛してるんだ」

「じゃあ早速病院で式を挙げちゃおっか?」

「こんな格好じゃ無理だろ……せめて退院する日まで待ってくれよ」

「意地悪」

 

 阿賀野はそう言うと、自分から誓いのキスをする。

 提督もそれに懸命に応え、誓う。

 

 これから自分たちに何が待っているのか

 それは誰にも分からない

 

 しかし1つだけ言えることは

 自分には愛せる人がいるということ

 

 《ありがとう》

 

 《ごめんなさい》

 

 《愛してる》

 

 この気持ちを

 ちゃんとその時まで言葉にして

 最愛の相手に伝えよう

 

 どちらかの命が死によって絶たれても

 この絆は決して消えることはない

 

 君をーー

 あなたをーー

 

 ーー愛してる

 

 ーーーーーー

 ーーーー

 ーー

 

 興野提督が倒れたという大惨事から半年後。

 提督は執務室のいつもの椅子に座ってはいるが、自分しか捌けない書類のみをチェックするといった簡単な作業しか出来ないでいる。

 

 実のところ提督は順調に回復し、手術から7日後には退院して、大本営や同期の仲間たちからも復帰を喜ばれ、提督本人もやる気満々で次の日から仕事を再開したのだが……。

 

 しかし提督がいざ仕事をしようとすると、阿賀野や能代・矢矧・酒匂だけでなく、高雄やら電やらと多くの者たちから『通院している間は絶対安静』と言われて簡単な仕事しかさせてもらえないでいるのだ。

 

 それだけあの一件がみんなにとって大きな大きな事だったということだろう。

 

 駆逐艦や海防艦たちは護衛任務でもないのに提督の側に侍り、提督が用を足そうと厠に入れば必ず誰かしらがトイレの中までには入らずとも外で待ってる状態。

 しかもどこかのジョニーみたいにトイレと友情を育んでいたら、定期的に扉をノックされて安否確認をされてしまう始末。

 

 軽巡洋艦以上の大人の者たちは駆逐艦たちみたいな行動には出なかったが、ある者たちは湯冷めしないようにと提督が使う風呂場の更衣室で何故か全裸待機していたり、またある者たちは提督を心配するあまり常時お姫様抱っこで運んだり、またまたある者たちは提督がまた倒れたりしないように定期触診と表してそこかしこを撫で回したり……と、超絶過保護になった。

 勿論、度を越した者たちは阿賀野や高雄、電、矢矧といった保護者勢に鉄拳制裁やハリセン制裁を与えられたが……。

 

 なので提督はもっぱらーー

 

「慎太郎さ〜ん♡」

「阿賀野〜♪」

 

 ーー暇な時は阿賀野とイチャイチャして過ごしている。

 これまで通りと言えばこれまで通りだが、これまでと違うのは夫婦がイチャイチャしてても注意する人間がいなくなったことだ。

 

 それもそのはずで、

 

「あ、今動いたよ♡ ()()()も慎太郎さん大好きだって♡」

「マジか〜、早くこの手で抱っこしてやりてぇなぁ」

 

 夫婦の間には新たな命がこの世に誕生しようとしていたから。

 

 学術上、普通の人と艦娘の間には子どもは出来ない。

 しかしそれは人と艦娘の関係がケッコンカッコカリの状態であることが前提である。

 どういう理論や理屈かはまだまだ証明されていないが、現にこの夫婦のように普通の人と艦娘が心から愛し合い、正真正銘の夫婦となれば艦娘の中にある人間本来の繁殖機能が覚醒して子を成すらしく、提督たちみたいに艦娘との子どもが産まれている例があるのも事実。

 

 その子どもは艦娘の遺伝子が強く遺伝するため、女の子しか出来ない。そしてその子どもも艦娘と同じように海を駆け、艤装を操ることが出来きる。

 ただ普通の人間の遺伝子が加わるため、その子どもは一般人と同じように成長し、年月を経て徐々に身体的に衰えていくという(純粋な艦娘も衰えるがその傾向はかなり緩やか)。

 

 そしてその子どもは必ず艦娘になって国防軍に入るという訳ではない。

 ちゃんと国民として選択する権利があり、軍人になるか普通の社会人になるかは個人の自由なのだ。

 当然、一般社会に馴染むために大本営で艦娘としての能力を取り除く簡単な施術を行ってから。

 

 ただこうした子どもの教育課程は少し特殊で一般の学校ではなく、大本営と政府が定めて各泊地に設営する艦娘教育施設で満6〜満7歳になる子どもは教育を受けることが義務付けられている。

 これは一般社会でいう小中学校にあたり、期間は9年制。高等学校の選択からその子ども個人の考えで自由に選ぶことが可能なのだ。

 艦娘教育施設に通う間は一般教養を学ぶことがメインで常識や基礎などを身につけるため。

 そして施設を卒業する際に国防軍に入りたい子は自分の親がいる鎮守府にて3年間ほど専門知識や訓練等を経て、大本営からそれまでの成績が認められてやっと正式に軍へ入ることが出来る。

 因みにただの艦娘ではなく、大淀や明石、間宮や伊良湖のような特務艦員になりたい場合はその職種によって更に2〜4年間の追加教育と実習訓練に加えて大本営が年に2度行っている試験に合格することが条件。

 それ以外は一般の高校等に進学するなり、就職するなり自由だ。

 

 このように人と艦娘との間に産まれる子どもは特殊な状況下に置かれるが、提督と阿賀野は今ある幸せを実感している。

 

「私以外の艦娘と子どもが出来ないからって、浮気したら怒るからね?」

「んなことしねぇし、考えたこともねぇよ。現に俺は誰に求められても断ってるんだからよ」

「えへへ、そうだよね♡ 慎太郎さんは私だけのだもんね〜♡」

 

「子どもが産まれりゃあ、阿賀野と子どもだけの俺になるがな」

「うぅ、慎太郎さんを娘に盗られちゃう〜」

「親子なんだから盗るも何もねぇだろ」

 

「ちゃんと阿賀野のことも構ってくれる?♡」

「おうともさ」

「キスしてって言ったらしてくれる?♡」

「……TPOによりまする」

「えぇー! そんなのやーだー!」

「娘の前でとかキス出来ねぇよ! 恥ずかしいっ!」

「じゃあ今から慣れて!」

 

 そう言うと阿賀野は提督の唇に自身の唇を重ね合わせる。

 当然ここは執務室であり、能代・矢矧・酒匂は勿論のこと、今は補助係として高雄・天龍・龍田・電もいるのに……。

 

 しかし提督は阿賀野を振り解くことは出来ず、ただただ阿賀野にされるがまま口づけをされ続ける。

 そんな提督はーー

 

「こんのぉ、常時発情夫婦ぅ……!!!!」と憤る矢矧

 

「娘の前でもチュッチュしてるわね、これは……」と苦笑いの能代

 

「ケンカしてるよりはいいと思うな〜」と微笑む酒匂

 

「馬鹿めと言って差し上げますわ……」と呆れる高雄

 

「オレらの方が先に慣れちまうな」と笑う天龍

 

「娘ちゃんも先に慣れちゃうわね〜」と笑う龍田

 

「はわわ〜!」と戸惑う(エンジェル)

 

 ーーとみんなから冷やかされ、憤られ、目を伏せられていた。

 

(なんで主に俺だけ批難を受けてるんだァァァッ!)

 

 提督は心の中でそう嘆く間も、阿賀野から暫く離してもらえなかった。

 

 こうして興野提督とその妻阿賀野が仲良く収める鎮守府は、今日も賑やかで穏やかな時を刻んでいくーー。

 

 

 

 ー提督夫婦と愉快な鎮守府の日常 完ー




無事にハッピーエンドということで、この作品の幕を下ろします。
後日談的な話を後々で書く予定ではありますが、これにてこの作品は完結です。

この作品をここまで読んでくれた方々
楽しみにしてくれた方々
評価をしてくれた方々
お気に入り登録してくれた方々
誤字脱字を報告してくれた方々
多くの方々に感謝します。

こうして完結出来たのは読んでくれる皆様方のお陰であります故、感謝の言葉しかございません。

新作の方は艦これ作品なのかはたまた別作品の二次創作なのかも明言出来ません。

もし機会があればまた私の作品を読んで頂けると幸いです♪

重ね重ねになりますが、私の作品を読んで頂き本当に本当にありがとうございました!
それではまた別の作品でお会いしましょう!

お知らせ等は今後Twitterでする予定です。
Twitterの方は勝手気ままにお知らせ的なことや自分が嬉しかったことしかつぶやいてませんが、フォローしていただけたら幸いです(*^_^*)
Twitterへのアクセスは私のホームにあるURLから出来ます♪

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