ー執務室ー
本日の全業務が終わり、鎮守府全体が落ち着いた雰囲気となる夜中の二二〇〇過ぎ。
日中はこれといって忙しくはなかった提督だが、各任務の報告書やら明日の任務日程を確認し始めると、こんな時間になってしまった。
能代たち補佐艦の者たちは一八〇〇には仕事から上がらせ、提督は阿賀野とソファーに並んで座り、今までずっと作業していた。こういう時に夫婦はイチャイチャしないので、矢矧もそういう点は安心している。
しかし提督の左隣に座る阿賀野はこっくりこっくりと船を漕いでいた。
今日は出撃任務にも赴いたので、いつもより疲れたのだろう……提督はそう思って阿賀野の肩へタオルケットを掛け、自分は黙々と作業を続けるのだった。
ー本館までの通り道ー
「二人共無理してないかしら……」
その頃、矢矧は夫婦のために能代たちと用意した夜食の入った包を持って執務室へ向かっていた。因みにメニューは焼き海苔を巻いた塩おむすびときゅうりの浅漬け。
普段から夫婦に厳しい矢矧だが、こういう気遣いを忘れないのが矢矧のいいところ。なんだかんだで矢矧もお世話好きなのだ。
「あ、矢矧だ」
ふと背後から声をかけられた矢矧。後ろを振り返ると、そこには祥鳳とその妹である祥鳳型軽空母二番艦『瑞鳳』、秋津洲型水上機母艦一番艦『秋津洲』に加え、潜水艦『伊一六八』ことイムヤ、そしてニムが矢矧に向かって手を振っていた。
瑞鳳は明るく笑顔が絶えない艦娘。提督のことが大好きなLOVE勢であるが、見守り勢。時間が合えば阿賀野と料理をしたりする仲。
秋津洲もいつも元気で明るい艦娘。相棒の二式大艇ちゃんとよく散歩していて、のんびり過ごすことが好き。自分の活躍の場をちゃんと作ってくれる提督のことを尊敬していて、たまに夫婦へ手料理をご馳走したりしている。
イムヤは鎮守府に初めて着任した潜水艦。少々つっけんどんなところはあるが真面目でノリのいい子。提督のことが大好きな見守り勢だが、たまにそっと提督の背後へ近づいて後ろから抱きついたりする甘えん坊な一面もある。
その場に立ち止まった矢矧は、みんなが来るのを待つ。みんなが側へ来ると、みんなそれぞれ手に包やら手提げを持っていることから、矢矧はつい笑ってしまった。
「みんな考えることは同じようね……ふふふっ」
矢矧のつぶやきにやってきた面々は一瞬だけ揃って小首を傾げたが、矢矧の持っている包を見て察したように笑い声をあげる。
「矢矧ってそういうキャラだっけ〜?」
瑞鳳が笑いながらそう言うと、矢矧は「能代姉ぇと酒匂が言い出したの……」と返してそっぽを向いてしまう。その頬はほんのり桜色になっているのは秘密だ。
「矢矧もなんだかんだ言って仕事中は提督にベッタリだもんね〜♪」
「補佐艦ってのは建前で本当は司令官の側にいたいだけだったりして〜♪」
瑞鳳とイムヤの追撃に矢矧は「勝手なことを言わないで!」と返すが、顔が真っ赤でいつもの迫力は鳴りを潜めている。
「瑞鳳、もうその辺にして……矢矧さんが困ってるわ」
「イムヤちゃんももうやめてあげてよ〜」
「それより早く執務室に行かないと提督たちがお仕事終わらせちゃうかも! それにお料理冷めちゃう!」
祥鳳、ニムが二人を止め、秋津洲が話を逸らす。瑞鳳とイムヤは攻め足りない感じだが、矢矧はホッとした様子。
それから気を取り直し、みんなで執務室へ向かうのだった。
ーーーーーー
本館の玄関をくぐり、目的の場所へ歩を進める矢矧たち。すると矢矧がふと口を開く。
「そういえば、みんな……よく提督が居残りしてるって知ってたわね」
「あぁ、酒匂ちゃんから連絡来たからね♪」
瑞鳳はそう言って酒匂から届いたメール画面を矢矧に見せた。
『司令と阿賀野ちゃんが
今もお仕事してるの……。
だからもし暇だったら
お夜食届けてほしいな(。>﹏<。)
おにぎりは能代ちゃんたちと作ったけど
おかずをお願いしたいの! 』
そこには酒匂らしい文面がちゃんと映っていて、矢矧は思わず「やっぱりうちの妹が一番可愛いわね」と納得してしまう。
しかし酒匂の凄いところはこういったお願いメールをLOVE勢の全員に送らず、LOVE勢など関係なく今の時間帯は暇であろう艦娘たちへピンポイントで送るところ。どうしてその者たちが暇かどうか分かるのかは酒匂本人にしか分からない。
本人曰く『この日のこの時間帯は空いてるって前にお話してたの聞いてたっぴゃ♪』とのこと。
「そんな訳で夜食作ってきたのよ♪」
「なるほどね……」
矢矧が瑞鳳の説明に納得する中、その隣で秋津洲がニムへ「そういえばイクちゃんはこういう時、来ないんだね」と話しかけていた。
「お姉ちゃん、この時間帯は任務じゃない限り寝てるから」
「イクは寝るの早いもんね〜……そんで凄い早起きなの」
イムヤが頷くようにつぶやくと周りは『へぇ〜』と意外そうな反応を見せる。
潜水艦は今でこそ寮室が割り振られているが、長いことイムヤ、まるゆ、ゴーヤ、はち、しおい、イクの六名しか着任してなかったので、新しくろーちゃん(着任時はユー)が着任するまでは六人共同じ寮室での生活だった。
なのでイムヤはイクのそういった習慣を知っているのだ。
秋津洲が「早寝早起きはいいことじゃない♪」とイクの習慣を褒めるが、
「早く寝れば早く次の朝になって提督に会えるからって理由なんだけどね〜」
と少し呆れ気味でイムヤがつぶやいた。
「不純なお姉ちゃんでごめんなさ〜い……」
「り、理由はどうあれいい習慣だから大丈夫かも!」
「ニムちゃんが謝る必要はないわよ。うん」
ニムを秋津洲と祥鳳が必死にフォローすると、ニムはまたいつも通りの笑顔を見せる。
そうしているうちに矢矧たちは執務室の前へ到着。
矢矧がトントントンと丁寧にノックすると、
『開いてるぞ〜』
中から提督の間延びした声が返ってきたので、矢矧は「失礼するわね」と言ってドアを開けた。
ー執務室ー
「お〜、やはぎん……ってづほにゃんたちも一緒だったのか。みんなしてどうした?」
見ていた報告書をテーブルに置き、みんなへ提督が訊ねると、矢矧を除くみんなはニコニコしたまま提督の側へ。一方の矢矧はというとソファーでタオルケットに包まり、幸せそうな寝顔を晒す
「提督、私たちで夜食持ってきたんだ♡ 食べて食べて〜♡」
「うお、マジか? 助かるぜ、丁度腹減ってたんだ」
瑞鳳の言葉に提督が笑顔を見せて素直にお礼を言うと、みんなも提督が嬉しそうに笑うので笑みをこぼす。
「阿賀野姉ぇ、起きて……夜食持ってきたわよ」
そんな隣で矢矧は阿賀野へ声をかけつつ、そのおでこをペシペシッと軽く叩く。
「…………うへへ、もう食べられないよ〜」
「なんてベタな……起きなさいっ!」
一向に起きる気配のない阿賀野に矢矧が活を入ると、阿賀野は「ひゃわ〜!」と飛び起きた。
「おはよう、阿賀野♪」
「あ、おはよう、慎太郎さん♡」
提督の挨拶に阿賀野はいつも通りに返し、あまつさえおはようのキスまでしてしまう。互いの温度、感触を確かめ合うように交わされる口づけは、舌や唾液のせいでクチュクチュ、チュパチュパと厭らしい音を立てた。
「っはぁ……えへへ、慎太郎さん♡ 好き〜♡ いっぱいいっぱい愛してるの〜♡」
「俺も阿賀野を愛してる、ぞふぃっ!」
その提督の悲鳴のような何かは夫婦の世界をぶち壊し、それと同時に提督は頭を押さえてしゃがみ込んでしまう。
どうしてかというと、
「人の目の前で何をしてるのかしら〜?」
激怒している義妹がハリセンを振りかざしたからだ。それは控えめに言って殺意の波動に目覚めているのではないかと思えるほど。
「や、矢矧さん、落ち着いて……」
「そ、そうだよぅ。キスしたのは驚いたけど、あんな思いっきり叩くのはいけないかも……」
祥鳳と秋津洲が矢矧を止め、他の面々も矢矧のことを止めに入る。すると矢矧はみんなの顔を立てて、なんとかその波動を抑えるのだった。
「慎太郎さん、大丈夫?」
「まだ目の前がチカチカしてるチカ……」
「き、きっとお仕事のし過ぎだよ……ほら、冷めないうちにお夜食食べて?」
ニムが気を利かせて促すと、みんなもそれぞれ包を開け始める。
「提督、私は肉野菜炒めを作ってきました。お口に合えば嬉しいです」
祥鳳は鶏胸肉、にんじん、玉ねぎ、レタスをだし醤油で炒めたシンプルな物。
「私はニムとお味噌汁作ってきたわ♡」
「具はお豆腐となめこだよ♪」
「あたしはコンソメを使ったロールキャベツにしたよ♪ タネの中に軟骨入れてあるの♪」
次々とみんなが料理を出していき、残る瑞鳳が「私はね〜……」と包を開くが、
『玉子焼きですね、分かります』
と料理を出す前にみんなに当てられてしまった。
瑞鳳は当てられて悔しそうだが、瑞鳳といえば玉子焼きなのでこればかりは仕方ない。
「なんかすげぇ豪華な夜食だな……ありがとうな」
「みんなありがとう♪」
夫婦がみんなにお礼を言うと、みんなはニッコリと笑顔を返す。そして落ち着いた矢矧が「それより食べなさいよ」と勧めつつおにぎりや浅漬け、お茶を用意した。
「では……」
『頂きま〜す♪』
夫婦揃って手を合わせ、まずはイムヤとニムの味噌汁を一口。それをイムヤはドキドキしながら不安そうに見つめ、ニムはいつも通りニコニコしながら反応を待つ。
「美味ぇ……生き返る〜」
「ん〜、美味し〜い♪」
夫婦の満面の笑みにイムヤたちは『やった♪』とガッツポーズ。特にイムヤからすれば大好きな提督の心からの笑みで心がとても満たされた。
次に夫婦が手を伸ばしたのが祥鳳の肉野菜炒め。玉ねぎのシャキシャキとした歯応えに、にんじんとレタスのしんなりと柔らかい食感、そしてそこへ鶏胸肉が旨味を爆発させる。
「いい嫁さんになる」
(めっちゃ美味ぇ!)
提督はその美味しさから、つい思ったことと言いたかったことが反対になってしまった。
「そんな……勿体無いお言葉です。でもそう言ってもらえて、私とっても嬉しい!」
祥鳳ははにかみながらも喜びを爆発させるが、提督の隣に座る阿賀野はニッコニコの笑みで提督の脇腹をつねるのだった。
それを見た矢矧がやれやれと肩をすくめていたのは内緒。
「あたしのロールキャベツも食べてよ〜!」
「私の玉子焼きも〜!」
まだ自分の料理を食べてもらっていない秋津洲と瑞鳳は我慢出来ずに自分たちの料理を一口サイズに箸で取り、ズイッと提督の口元へ持っていく。
いわゆる『あ〜ん』の状態だが、二人はガチ勢ではないのでこれには阿賀野も何もせずニッコニコするだけ。
嫁からのプレッシャーを受ける中、提督は秋津洲のからパクンと口に含んだ。
「お〜……とろとろだけどコリコリで面白い食感だな。美味ぇ」
提督の感想に秋津洲は「えっへん♪」と胸を張る。続いて提督は『早く食べて!』と目で訴え続けている瑞鳳の玉子焼きを食べた。
「これは……チーズか?」
「正解♪ 夜食にしてはカロリーが高いかもだけど、どうせ二人は部屋で
瑞鳳の急降下爆撃に提督は玉子焼きを喉に詰まらせたが、祥鳳が素早く冷たいお茶を差し出したので事なきを得る。
そんなことを言われても提督は否定しないし、阿賀野はニヤニヤとだらしない顔をしているのでどうやら図星の様子。
「相変わらずお盛んね〜、司令官たちは……」
「あ、あんまり夜更かししちゃダメだよ?」
「夜更かしはお肌に良くないかも」
「えっと、あの……ご馳走様です」
イムヤ、ニム、秋津洲、祥鳳は空気を察して恥ずかしそうに声をかけるが、方や瑞鳳は「頑張ってね♪」と提督の背中を叩く。何故なら大抵げっそりするのは提督の方だから……。
「まぁ、何はともあれ食べ過ぎには注意だよ、阿賀野♪」
「でも慎太郎さんって美味しいから食べ過ぎちゃうのよね〜♡」
瑞鳳の言葉に阿賀野は食べる気満々でデレデレしている。そんな姉を見て、矢矧は頭を抱えていた。
それからみんなからの夜食を提督と阿賀野は綺麗に食べ、お仕事は勿論だが夜戦(意味深)も頑張るのだったーー。
今回は夜の一幕を書きました!
甘さは控えめなはず(小声)
読んで頂き本当にありがとうございました!