提督夫婦と愉快な鎮守府の日常《完結》   作:室賀小史郎

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相談室

 

 9月某日。時は一六〇〇を過ぎ、遠征組も無事に帰投。提督はその各報告書の確認作業に入り、阿賀野たちは明日の任務や訓練を確認する作業をしていた。

 

 そんな時、執務室のドアがトントントンと控えめにノックされる。それに提督が返事をすると、ガチャリと開いたドアから海風がピョコっと頭を出した。

 

「お仕事中に申し訳ありません。提督、今お時間のほどはよろしいでしょうか?」

 

 海風の言葉に提督は「いいぞ」といつも通りに返し、海風を手招きする。

 すると海風は「失礼します」と言って入室すると、提督の側へと歩を進めた。

 

「どうした? いつもみてぇな元気がねぇぞ?」

「…………」

 

 提督の言葉に弱々しい笑みを見せる海風。そんな海風を見た提督は「少し席を外すぞ」と阿賀野たちに告げて、海風と共に隣の部屋へと向かった。

 

 執務室から出てすぐ右隣にある部屋。その部屋は物置き部屋みたいになっており、今使っていない家具などが置かれている。

 そのため執務室に比べてスペースはかなり狭くなっているが、その分ちゃんと話をすることが出来る部屋なのだ。

 

 艦娘が個人的に提督へ相談する際に提督が使うため、この部屋は艦娘たちの間では『相談室』と呼ばれている。

 

 使っていないソファーへ提督が腰掛け、海風にも座るよう促すと海風は提督の右隣に座った。

 

「急かしたりはしねぇから、海風のタイミングで話せるなら話せ」

 

 海風をリラックスさせるように提督は優しくそう言って、海風の頭をポンポンっと軽く叩くように撫でる。

 すると海風は「実は……」とゆっくり口を開いた。

 

「実は、髪を切ろうかと悩んでいまして……」

「ほぉ〜、せっかく長くて綺麗な髪してんのに、そりゃ勿体ねぇな」

「提督にもそうして褒めてもらえるので本当ならば、海風も切りたくはないんです……ですが、最近の山風に少々困ったことがありまして」

 

 眉尻を下げ、困ったような笑みを見せる海風。そんな海風に提督は「何があったんだ?」と優しく訊ねる。

 

「提督はあの子が海風と同じくよく食べる艦娘なのをご存知ですよね?」

「おう。今日の昼間も二人してラーメンチャーハンセットを五人前ぺろりだったろ」

「はい。その山風の食欲と言いますか……それに困ってまして」

 

 海風の話に提督は思わず首を傾げてしまう。

 

 山風は着任当初そこは引っ込み思案で極度の怖がりで、今では想像も出来ないくらいの少食だった。

 しかしそんな山風に提督は何を言われても……嫌われてもいいと思いながら積極的にコミュニケーションを取った。夫婦の寝室に招いて三人で川の字になって眠ったり、親子のように山風の両手を夫婦で繋いで外出したり、それこそ提督自ら手料理を振る舞ったり……などなど。

 その甲斐あってか山風は今のように笑顔が増え、駆逐艦の中では一、二を争うほどの食いしん坊になった。

 

 そんな山風に海風もホッとしていて何ら問題は無さそうだった……というのにこれだからだ。

 提督は「どんなことで困ってんだ?」とそのまま思った疑問を海風に投げた。

 

「あの子を朝に起こす時、あの子ったら寝惚けてたまに海風の髪をそうめんや塩焼きそばと勘違いして……」

「おいおい、まさか……」

「そのまま口に入れてしまうんです……」

 

 その言葉に提督は思わず「マジかよ……」と自身の額に手をあてる。

 

「それについ先日、一緒にお風呂に入っていたら海風の髪を見て……」

 

『海風姉の髪って、長くて、ツヤツヤしてて、お風呂に入ってると、流しそうめんみたいで美味しそう……だよね』

 

「……なんて、満面の笑みで言われて」

 

 もう笑うしかないといった感じに海風は乾いた笑みで言う。それに対して提督は寝惚けてなくてもそうなのか……と思って天井を見てしまった。

 

「……でも海風だけなのか? 江風や五月雨……それこそ涼風も春雨も夕立も村雨も髪長ぇだろ」

「春雨姉さん、五月雨姉さん、涼風に至っては長くても、髪の色で食べ物を連想することがないみたいです」

 

「その代わり……と言っては変ですが、村雨姉さん、夕立姉さんの髪はモンブランクリームに見えて、江風のはナポリタンに見えるんだとか……」

「Oh……」

「ですから、あの子が本当に髪を食べないように切ろうかと思って……」

 

 どんなネタなんだと思いたいが、海風の表情は至って真剣そのもの。しかし相談してくるということは、海風自身も出来れば髪を切らずに済む方法を模索しているのだ。それで提督の元へ来たのだから、提督としてはなんとかしてやりたい。

 

 提督はとりあえず山風からそれとなく聞いてみようと、海風に山風をこの部屋へ来るように頼んだ。

 

 ーーーーーー

 

 海風が退室して数分。コンコンコンと控えめなノックが聞こえた。

 

「入れ〜」

 

 提督がそう言うと、カチャリと開いたドアから山風が入ってくる。

 

「提督……海風姉に言われて、来たよ?」

「呼び出して悪ぃな。とりあえずこっちに来て座れよ」

 

 その言葉に山風はコクンと頷いてテコテコとやってきて、提督の膝の上にちょこんと座った。山風は提督を父親のように思っているので、プライベートの時はこれが普通なのだ。

 

「話ってなぁに? あたし、何か悪いこと、しちゃったの?」

 

 捨てられた子犬のように潤んだ目で提督を見つめる山風。それを見て提督は思わずキュンと来たので、無意識のうちに山風の頭を撫でていた。

 

「……提督?」

「ん? おぉ、すまねぇ。話ってのはちょっと小耳に挟んだことでな。その確認的なもんだ」

 

 提督の言葉に山風は「どんな話?」と聞く姿勢を取る。

 

「いや何、山風が姉妹の髪を見て、食べ物を連想するって話を聞いたからよ。本当に食べたりしねぇかって思っちまってな。山風を食いしん坊にしちまったのは俺だからな」

「そうなんだ……でも海風姉とか江風の髪を見て、麺類食べたいな……って思う時あるよ?」

 

 山風の言葉に提督は思わず苦笑いを浮かべた。

 

「この前は夕雲ちゃんの髪型を見てエビフライ食べたいって思っちゃったし、春風ちゃんの髪型見てもチョココロネ食べたいなって、思っちゃった……」

「あ〜、そうか」

「今朝も海風姉の髪をね、寝惚けてね、口に入れちゃった……」

 

 恥ずかしそうに告白する山風を見て、提督は少なくとも反省はしていると判断する。

 

「まぁ、なんだ……思うのは仕方ねぇけどよ、口に入れちまうのはなんとかしろよ? 海風だって困ってんじゃねぇか?」

「うん……あ」

「?」

「提督の指、ソーセージみたいって思っちゃった……」

「……いくらみんなより肥えた指だからって食うなよ?」

「食べないよぅ、噛んだら血ぃ出ちゃうもん……」

「血が出ないと?」

「………………」

 

 山風の沈黙に提督は指をサッと隠したが、山風はクスクスと笑って「冗談だよ♪」と言って舌を出した。

 そんな山風に提督は報復として少し強めに頭をワシャワシャすると、山風は「そんなに強くしちゃやだ〜♪」と嬉しそうに抗議するのだった。

 

 ーーーーーー

 

「ーーてな訳で、海風が髪を切らなくても大丈夫そうだったぞ?」

「そうですか……ではこれからはふざけないでと注意しますね」

 

 山風が去ってから、今度は海風を再び招き、提督が説明すると海風は安堵する。

 

「注意するっても強くは言うなよ? 山風なりのコミュニケーションみたいなもんだろうからな」

「ふふ、ご心配なく♪ ちゃんと「めっ」と優しく注意しますから♪」

 

 提督は「それでそれで優し過ぎじゃね?」と返したが、海風は「これくらいでいいんです♪」と微笑んだ。やはり妹のことだから姉としては甘やかしてしまうのかもしれない。

 

 それから二人してその部屋から出ると、

 

「あ、提督。もう話は終わったかしら?」

 

 矢矧がそう訊ねてきた。どうやら少し前からドアの向かいで待っていたようだ。

 

「どうした、やはぎん? 報告書の確認ならこれからちゃんとするぞ?」

「すぐ隣の部屋に私たちがいるのに、サボりに行くほど浅はかな行動をするなんて思ってないわ」

「ならなんだ?」

「さっきお手洗いから帰ってくる時、山風に会ったら……」

 

『矢矧さんの髪はイカスミスパゲティみたいで美味しそうだね♪』

 

「……って言われたんだけれど、私の髪ってそんなにギトギトしてるかしら……?」

 

 その言葉に提督もそうだが海風も声をあげて笑ってしまった。なんとも山風らしいと思ったが故だ。

 そんな二人の反応に矢矧は「人が気にしてるのに!」と両頬を膨らませ、フンッと鼻を鳴らしてそっぽを向いてしまった。

 二人は慌てて矢矧に謝り、笑った理由を話すと、

 

「なんだ、そういうこと……なら提督はワカメか大福ね♪」

 

 笑ってささやかな口撃を提督に見舞う。それに対して提督は「何も言えねぇ」と両膝をガックリとその場で折ってしまった。

 

「提督!? 矢矧さん!」

「ふふ、いつものお返しよ♪」

「もう……ですが、提督はワカメでも大福でもありません!」

「海風……」

「ハンバーグです! それもイベリコ豚のお肉のような高級な物です!」

「うぼぁっ!」

「海風、貴女……とどめ刺してるわよ?」

 

 矢矧の言葉に海風は「え?」と聞き返すと、矢矧はそっと目配せした。

 海風が提督へ視線を戻すと、

 

「そうですよね、俺なんて肥えてるから脂ギッシュで肉汁ジュワ〜なハンバーグっすよね。寧ろ汗はラードって感じっすよね。おまけに腹は鏡餅で、太ももはボンレスハムっすもんね」

 

 自虐的になって真っ白な提督が嘆いていたのだ。海風はフォローしたつもりだったのだが、そのフォローはフォローになっていなかった。

 

「あ、あの、提督……海風はその……」

「いいんだ海風。俺はお前らが笑顔ならそれで……」

 

 慌てふためく海風に提督は弱々しい笑みでそう言うと、そのまま執務室へと戻っていった。

 そして、

 

『阿賀野〜! こんな肉の加工食品みたいな男になっちまってごめんな〜!』

『何言ってるの、提督さん! 阿賀野はどんな提督さんでも愛してるよ!』

『でも〜!』

『もう、提督さんったら〜……はい、ぎゅ〜♡』

『阿賀野〜!』

『よしよし♡ どんな提督さんになっても阿賀野だけは提督さんから離れないからね♡』

 

 なんとも不思議な純愛ドラマが扉の向こうで繰り広げられるのであった。

 

「矢矧さん、海風は提督にどうお詫びを申し上げれば!?」

「あ〜……大丈夫よ、うん。阿賀野姉ぇに慰めてもらえば明日には普通になってるから」

「しかし!」

「大丈夫大丈夫……でもせめて今度は肉料理じゃない例えをお願いね」

 

 矢矧の言葉に海風は了解と頷き、提督にごめんなさいと扉へ向かって謝ってから引き上げた。

 

 次の日、提督は矢矧が言ったように大丈夫だったが、阿賀野に前の晩は()()()()()()()()ようで、普段より痩せて見えたそうなーー。




食欲の秋ってことでこの作品では食いしん坊な山風ちゃんをメインとしたお話にしました!

最後はいつものあれですが、お約束ってことで!

読んで頂き本当にありがとうございました!
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