10月某日、昼下がり。秋刀魚漁の支援、護衛が佳境に差し掛かる中、食堂では休憩中の艦娘たちが穏やかなティータイムを過ごしていた。
「でね〜、慎太郎さんがね〜♡」
その輪の中心にいるのは、提督との惚気話をする阿賀野。今は休憩時間なので、阿賀野は提督を名前で呼んでいる。
当然この場に集まっているのは阿賀野から惚気話を聞くのが好きな面々で、みんなして惚気る阿賀野へ微笑みながら聞いていた。
「へぇ〜、提督ってやっぱ阿賀野っちには特別甘いんだね〜」
「惚れた方が負けって言うからね」
北上と大井はそう言って紅茶をすすると、他の面々もクスクスと笑いながら大井の言葉に同意している様子。
みんな提督が優しいのは知っているが、阿賀野にだけ見せる甘さは何度聞いても新鮮なのだ。
「あの、こういう機会なのでお聞きしたいことが……」
するとたまたま居合わせた神威が手をあげた。
神威はお昼のラッシュが終わって洗い物等をし終え、休んでいる時に流れで阿賀野たちと一緒にお茶しているのだ。
そんな神威に阿賀野が「なぁに?」と訊ねると、
「ご夫婦の馴れ初め等をお聞きしてみたくて……」
神威が少し恥ずかしそうに訪ねた。そのあとにすぐ「でも無理には聞きませんので!」と付け加えたが、阿賀野は笑顔で首を横に振る。
「隠すことなんてないから、全然話せるよ♪」
阿賀野はそう返すと、最初はね……と当時のことを思い浮かべ、夫婦の馴れ初めを話始めた。
「慎太郎さんは〜、私と初めて出会った時から私のことが大好きだったんだ〜♡」
「着任してすぐの私に一目惚れして〜、それからず〜っとアプローチしてくれてたの〜♡」
ヤンヤンと両頬を手で押さえ、嬉し恥ずかしい赤裸々話に神威は目を輝かせる。
「私としては〜、最初は慎太郎さんが何言ってるのか分からなかったんだけど〜、やっぱり毎日アプローチしてもらえると〜、私もついその気になっちゃって〜♡」
そう言ってテーブルをバシバシと叩く阿賀野。神威は「それでお付き合いを始めたんですね!?」と興奮した様子で訊くと、阿賀野はニヤニヤしながらコクリと首を縦に振った。
「提督っていつもはやる気ない感じなのに、阿賀野っちを口説く時だけはかな〜り情熱的だったよね〜」
あの北上が苦笑いを浮かべて言うと、大井もそうですねというように苦笑いを浮かべる。すると龍田がにこやかに口を開いた。
「確か〜、君の笑顔を見ると俺は一層やる気が湧くとか〜、阿賀野に出会えてから毎日が楽しく感じるとか〜、歯が浮くような台詞ばっかりよね〜♪」
実際に自分が聞いたことのある提督の口説き文句を龍田が暴露すると、みんなして『似合わないよね〜♪』と声を揃える。しかし決して貶しているのではない。
「でも私としては、常日頃からそうやって甘い言葉を囁かれるのは、純愛映画の一幕みたいで憧れちゃいます♪」
「あ〜、分かる分かる。少女漫画とかでも似たようなシーンあるし、実際に見てみると何かこう……うお〜ってなる!」
「提督ってああ見えてとってもロマンチストなのよね♪ 阿賀野が羨ましいな〜」
プリンツ、涼風、飛龍とそれぞれが提督と阿賀野のラブストーリーを褒めると、阿賀野は余計に頬を緩ませる。
すると如月が含み笑いをして口を開いた。
「ねぇねぇ、阿賀野さん。私、プロポーズの時のお話がまた聞きたいわ♪」
「え〜、またなの〜?」
「うん、またなの♪ お願〜い♪」
如月のお願いに阿賀野はああ言いながら「仕方ないな〜♪」と、満更でもない様子で話す気満々である。
この話は見守り勢や恋バナが好きな者たちにとって何度聞いても飽きないラブストーリーであり、どんなドラマや映画、漫画よりも胸に響くのだ。その証拠にテーブルに座る面々はキラキラした眼差しを阿賀野へ向けている。
神威もそれだけみんなが期待しているので、前のめりで聞く体勢をとっていてとても興味津々の様子。
こうして阿賀野は「えっとね〜♡」と前置きしながら、当時のことを思い浮かべ、それを口にしていく。
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それは去年の2月のこと。
その日は海に面した地域でも雪が降り積もるほどの、とても寒い一日だった。
そんな寒空の下をまだ結婚する前の提督と阿賀野は、デートとして鎮守府から少し離れたところにある繁華街へ訪れていた。
『慎太郎さん、今日はその……ありがとう。阿賀野のワガママを聞いてくれて……』
義足であるにもかかわらず、雪という悪天候でもデートへ連れ出してくれた提督。そんな提督に阿賀野がお礼を言うと、提督は「何しおらしくなってんだよ」と阿賀野の頭を軽く叩いた。
『だってぇ……』
『だってじゃねぇ。そもそも今日明日は泊りがけのデートだって前々から約束してただろうが』
『それでもぉ……』
『お前は黙って気晴らしすりゃいいんだよ』
『うん……でもお口チャックしたまま、どうやって気晴らしするの?』
『るせぇ、言葉の綾だ……ずっと黙ってろって意味じゃねぇ!』
揚げ足取りやがって……とまた阿賀野の頭を軽く叩く提督。阿賀野はそんな提督が可愛くて口を押さえて笑う。
この日の日付は2月16日……この日、そして明日の17日は阿賀野にとって最も気が重い日である。
1944年のこの日、軽巡洋艦『阿賀野』は前日の『ラバウル空襲』にて舵が故障し、更にはアメリカ潜水艦『スキャンプ』から放たれた魚雷がボイラー室に直撃で航行不能に陥る中、能代と長良に曳航されてトラック島にて応急処置を行い、本格的な修理のために日本本土の佐世保へ戻るところだった。
阿賀野は護衛艦二隻に護衛される形でトラック泊地を出発。しかし16日の一六四五にアメリカ潜水艦『スケート』から雷撃を受けてしまった。
その時の阿賀野は敵潜水艦を発見して蛇行航行を行おうとしたものの、人力操舵ワイヤーが切断して航行不能となり、そこへスケートの放った魚雷が右舷へ2本命中してしまったのだ。
その後、二〇〇〇に護衛艦が接舷を試みたが波浪により危険とみなされ、カッターボートによる移動になった。
後に炎上した阿賀野は二一〇〇に総員退去となり、二三〇〇に退去が完了……後日付を跨いだ17日の〇一四五にトラック環礁北方にて暗闇の中でゆっくりとその身を海へ預けていった。
阿賀野の轟沈で約50名の乗組員が戦死したが、護衛に就いていた神風型駆逐艦六番艦『追風』に艦長『松田尊睦』大佐以下阿賀野乗員489名と阿賀野に乗っていた明石乗員数10名、そして第28号駆潜艇に阿賀野乗員128名が救助された。
そんな記憶を持つ艦娘『阿賀野』を提督は一人の女性……心底惚れた恋人を支えたい一心でデートに誘ったのだ。
阿賀野も提督の気持ちが嬉しくもあり、あの時の自分とは違う時間を過ごせていることが足取りを軽くさせた。それも辛い過去があった日を提督と二人きりでかつ、泊りがけで過ごせるのだから阿賀野も自然と笑みがこぼれ、提督の左腕にギュッとしがみつく。
『今度は甘えんのかよ……』
『だってコートだげじゃ寒いんだも〜ん。それにせっかくのデートなんだから、こうしてたっていいでしょ〜?』
『まぁいいけどよ……』
こうして二人はそのままウィンドウショッピングと洒落込み、予約しておいた海軍御用達のホテルにチェックインするのだった。
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ディナー、入浴と終えた二人は部屋で夜景を肴に晩酌をしながら、ゆったりとした時間を過ごしていた。
『慎太郎さんはホテルでも日本酒なんだね♪』
『そういう阿賀野だって日本酒じゃねぇか』
『だってお揃いがいいんだもん♪』
そう言って阿賀野はグラスを傾けると、提督は笑顔で「そうか」とだけ返してグラスを空にする。
『……ねぇ、慎太郎さん』
『ん? どうした?』
『阿賀野ね……今日とっても楽しかった。上官と部下じゃなくて恋人同士として過ごせて、いっぱいドキドキして、でもそれがとっても心地良くて……』
『…………』
『今の阿賀野はとっても幸せよ』
屈託のない笑みで今の気持ちをストレートに伝える阿賀野。対する提督は阿賀野の澄んだグリーンの瞳に囚われたかのようにただただ見つめていた。
『も、もぉ……何か言ってよ。黙っていられると恥ずかしい……』
『す、すまねぇ……でも、んな嬉しい言葉になんて返せばいいか分からなくてよ〜』
はにかみ、頭を掻く提督に阿賀野は「そう言うのズルい……」と熱くなった顔を背ける。
それを見て提督も照れ隠しでふと視線を上げた。すると丁度壁掛け時計が目に入り、日付が変わって17日の〇一〇〇を過ぎているのに気がつく。
『…………なぁ、阿賀野』
『なぁに?』
『ちっとベランダで夜風にあたらねぇか?』
提督の提案に阿賀野は小首を傾げたが、酔い覚ましにはいいと思って頷くと、二人で部屋着の上に上着を羽織ってベランダへ出た。
冬の空気のお陰で夜空は澄み、満点の星空が広がる。
会話の無いままただ並んで夜景を見ていると、提督が黙祷をし始めた。
阿賀野はその黙祷がどういうものか察すると、胸がいっぱいになる。何故ならそれはこの日に沈んだ自分への黙祷だから。
一分間の黙祷を終えた提督は阿賀野の方へ体ごと向けると、阿賀野も自然と提督と向かい合う。
すると二人はまるで互いに引かれ合うように身を寄せ、互いの体温を感じ合った。
そして、
『阿賀野……俺とカッコカリじゃない、正真正銘の結婚をしてくれ』
抱き合ったまま、提督がそっと阿賀野の耳に優しく囁いた。
『え……どうしたの、急に?』
『実は今日……というより今夜、俺はお前にプロポーズをする気でいたんだ』
『どうして、今夜なの?』
『今夜は艦だった頃のお前が沈んだ辛く悲しい特別な日だ……。だけどな、今のお前は違う。軽巡洋艦『阿賀野』という艦娘として、人として生まれ変わったんだ』
『…………』
『だから……だから俺と結婚して、今夜を悲しいだけじゃねぇ大切な日にしてやりてぇんだ』
そう言って提督は阿賀野から体を離し、阿賀野の目を見つめた。
『結婚してくれ。俺の最愛の……俺の人生の全てを捧げられる相手になってほしい』
改めて提督がプロポーズすると、阿賀野はその瞳に薄っすらと涙を溜め、満面の笑みで「はい」とだけ返す。
『愛してる、阿賀野』
『うん、私もだよ……』
すると提督は上着のポケットから婚約指輪の箱を取り出す。
『この指輪が無駄にならなくて良かったぜ……』
箱を開けると、そこには2カラットのウォーターオパールをメインとしたプラチナリングが輝いていた。オパールを覆うようにダイヤモンドもあしらわれている。
『指、出してくれよ……』
『う、うん……』
お互い緊張で手が震える中、しっかりと阿賀野の左薬指に指輪をはめる提督。
指輪をはめてもらった阿賀野はその指輪を右手で優しく包み込み、とうとう瞳から涙があふれた。
そんな阿賀野を提督は黙って抱きしめ、そのまま暫く震える阿賀野の背中を優しく撫でるのだった。
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「それで私は嬉し涙を流したまま、慎太郎さんと誓いのキスをしたの〜♡」
プロポーズの思い出話を聞いた面々は微笑み、中でも神威やプリンツ、涼風は『はぅ〜』とうっとり状態。
「阿賀野〜、ちょっといいか〜?」
そこへ渦中の人物である提督が矢矧と共に現れた。
提督の登場にみんな挨拶はするも、プロポーズ話の直後なので提督の顔を見るとニヤニヤしてしまう。
矢矧はメンバーの顔ぶれや反応でなんとなく察するが、提督に至っては全く分からない。しかし気にしない提督は阿賀野に「今夜の任務のことで相談があるんだ」と持ちかけると、阿賀野は「今行くね♡」と返す。
「悪ぃな、休憩時間削っちまって」
「ううん、慎太郎さんのためだもん♡」
「ありがとな」
「うん♡」
すると阿賀野はみんなの前で提督の頬へ軽く口づけをする。
「なっ、なんだよ急に!?」
「したくなったからしたの〜♡」
「だからって……」
「本当なら〜、阿賀野は普通のちゅうがしたかったんだけど〜♡」
愛くるしい笑みでそんなことを言う阿賀野に提督は「不意打ちには弱いんだよ!」と言って、自身の顔を両手で押さえた。
そんな夫婦をみんなはキラキラした笑顔で眺め、矢矧は苦笑いをうかべるのだったーー。
今回はタイトル通りの純愛物語を書きました!
読んで頂き本当にありがとうございました!