冬深まる12月。鎮守府は寒くても平常運転で、今日も大きな損害もなく昼下がりを迎えている。
午前中には例のデモ隊が訪れたが、侵入者も被害者も出さずに事なきを得た。
そんな昼下がり、提督は阿賀野型姉妹を連れて食堂に来ていた。この日は今月一番の冷え込みであるが、食堂にはそんな冷え込みを吹き飛ばすのに丁度良い物が売られているのだ。
「間宮さ〜ん、あんまんと豚まん1つずつくださ〜い!」
そう、冬の頼もしいお供『中華まん』である。
阿賀野の注文に間宮や伊良湖は笑顔で返事をすると、慣れた手つきで中華まんを紙袋に包んでいく。
能代はピザまん、矢矧は肉まん、酒匂はカレーまんだ。因みに肉まんは鶏肉が使われている。
提督が会計を済ませ、阿賀野たちが間宮と伊良湖から品を受け取り、みんなは早速その中華まんを堪能していると、阿賀野はとある張り紙が目に止まった。
『今日は寒い!
そんな日は
熱々の揚げパンはいかが?』
更にその下には赤い字で『ココアやきなこは好きなだけかけられるよ☆』と書いてある。
「今朝のコッペパンが結構余ってしまったので、おやつにどうかなって思ったの」
阿賀野の視線に気がついた間宮が営業スマイルで説明すると、阿賀野はキラキラした瞳で提督を見る。
「ならこれも頼むか」
嫁にはとことん甘い提督は即座に購入することを決定し間宮へ注文すると、早速コッペパンを揚げる作業へ入る。更に「のしろんたちもどうだ?」と義妹たちにも食べるか訊ねたが、三人は中華まんがあるという理由で断り、また中華まんを頬張る。
すると、
「提督さん発見っぽ〜い!」
「取り押さえろ〜!」
夕立と江風が乱入して提督へ飛びついた。
その後ろからは村雨、海風、山風もいて、中でも海風は慌てた様子で夕立たちを注意する。
「提督、夕立姉さんと江風がすみませんでした」
二人を引き離して深々と頭を下げる海風。海風としては義足である提督に怪我を負わせる可能性があったためにこんなにも謝っているのだ。
しかし提督は「大袈裟だ」と笑い飛ばし、海風の頭を優しくポンポンっと撫でる。すると海風は安堵と提督の優しさにはにかんだ。
「は〜い、揚げパンお待ちどうさま〜。ココアパウダーときなこはこっちのトレーにあるから、好きなようにかけてね」
タイミングよく間宮が揚げパンを持ってくると、提督がまた会計し、受け取った阿賀野はその揚げパンへココアパウダーを上手にかけていく。
それを見ていた駆逐艦(主に海風と山風)は「
提督が空気を読んで「みんなも食うか?」と訊ねると、村雨・夕立・江風の三人は『いただきま〜す』と笑顔で返事をする。ただその一方で山風は揚げパンから目を離さずにコクコクと頷き、遠慮しがちな海風も揚げパンの魔力に魅入られたようにゆっくりと頷いていた。
ーーーーーー
揚げパンを受け取った村雨たちと、提督たちは流れでテーブルに移る。能代たちは既に中華まんを食べ終えたが、お茶を飲みながら同じテーブルについて、村雨や江風とおしゃべりしていた。
提督も阿賀野と少し冷めたあんまんと豚まんを半分個にし、揚げパンも半分個にして夫婦仲良くおやつタイムに入る。
「はむっ……はぐっ……ん〜、おいひぃ♪」
「だな。揚げパンの方も懐かしくていい感じだ」
阿賀野の言葉に提督がそう返すと、阿賀野の口元にココアが付いているのを見つける。提督はすかさず付いているココアを指で拭うと、それをぺろりと舐めた。すると阿賀野は嬉しそうに笑い、提督も笑い、夫婦揃ってホッコリとする。
「相変わらず提督さんと阿賀野さん仲良しっぽい〜。いいな〜」
そんな夫婦を見て、LOVE勢である夕立はついそんなことをつぶやいてしまう。しかし提督は「阿賀野が可愛いからな〜」と当然のように返したので、夕立はむぅと頬を膨らませ、そのうっぷんを晴らすかのように揚げパンにかぶりつくのだった。
「あ〜、そんな風に食うと口の周りが汚れちまうだろ」
「いいもん」
「よくはねぇだろ。ほれ、こっち向け」
すると提督は少し強引に夕立の顎を自分の方へ向けると、夕立の口の周りについたきなこを紙ナプキンで優しく拭いてあげる。
夕立はこうなることを狙ってやった訳ではなかったが、結果的に提督に構ってもらえたのでとても上機嫌になり、そのまま大人しく嬉しそうに提督から口を拭いてもらうのだった。
「もう、夕立ったら……」
「ま、まぁ、仕方ないですよ、村雨姉さん」
「そうそう、夕立の姉貴がああなのは前からじゃンか」
「阿賀野さんも怒ってないから、いいと思う」
村雨に海風、江風、山風と声をかけると、村雨はやれやれと肩をすくめる。
ーーーーーー
夕立のご機嫌と口の汚れもなくなったところで、提督は姿勢を戻して茶をすすりながら、目の前に座る駆逐艦たちへ視線を移す。
各々揚げパンを堪能している様子で顔をほころばせており、提督としてはとても心が和む光景だ。
「ココア揚げパンって美味しいけど、カロリーが気になるところよね〜」
村雨はそう言いながら、揚げパンを半分に割り、内側から外側を挟むようにちぎって手を汚さないように器用に食べている。村雨らしくて、女子力の高さが分かる食べ方だ。
「そうですか? 訓練していればこれくらいのカロリーはすぐに消費されてしまうと思いますが……」
その隣では海風が村雨と同じように食べている。しかしその速度は目を見張るもので、ちぎっては食べ、ちぎっては食べという感じだ。効果音だけで表すならヒョイパクヒョイパクといったところだろう。そして話している間でも既に2個を完食し、最後の3個目に手を付けているのだから流石だ。
「海風姉貴だから、ンなこと言えるンだよ。つぅかそれだけ食べて太らない方がおかしい」
「夕立も結構食べる方だけど、二人みたいには食べられないっぽい〜」
江風と夕立はそんなことを言いながら揚げパンを頬張っている。二人して頬にきなこやらココアパウダーを付けながらではあるが、それは子どもらしく微笑ましい姿だ。そんな二人に酒匂が「ほっぺに付いてるから、取ってあげるね〜」と甲斐甲斐しく世話を焼くので二重の微笑ましい光景が広がる。
艦娘とはいえ、駆逐艦や軽巡洋艦たちの見た目相応の反応や様子を見ると提督は「いずれ自分も阿賀野との間に子どもが出来たらなぁ」などと思いを馳せた。
提督は見た目によらず子どもが好きだ。艦隊には艦娘しかいないのでロリコンに思われがちではあるが、駆逐艦などの艦娘に提督が甘いのは子どもが好きという性格の部分も影響しているのだろう。
そんな慈愛に満ちた眼差しで提督は最後に山風へ視線をやる。この中で山風は一番引っ込み思案だったので、笑顔を多く見せるようになった今でも提督としては親心からつい心配してしまうのだ。
「!!?」
提督は言葉を失った。いや、正確には言葉が出せなかった。
何故なら、
「ごちそうさまでした」
既に山風に与えたはずの揚げパン6つ(ココア3つときなこ3つ)が皿の上から綺麗さっぱり無くなっていたから。
しかもお行儀よく両手を合わせる山風の口の周りには、ココアパウダーどころかきなこすら付いていない。それは揚げパンを食べたはずの指にすら……。
固まる提督をよそに山風は緑茶を飲んで「はふっ」と一息吐いている。
「や、山風……」
震えた声で自分の名を呼ぶ提督に、山風は「なぁに?」と小首を傾げて提督の言葉を待つ。
「もう1個食うか?」
その言葉に山風は目をキラキラさせてコクコクと頷いた。隣に座る海風も「海風も欲しい……」という目をしていたので、提督はちゃんと海風の分も購入しに間宮たちのところへ向かっていく。提督としては山風が揚げパンを頬張るところを見たいが故の申し出であった。
提督の背中を見送りながら、矢矧が「どうしたのかしら?」と首を傾げる。
「さぁ……でも、山風って食べてる時は幸せそうにしてるから、それをもう少し見たいんじゃない?」
「山風ちゃんならいくらでも食べられるもんね〜」
「海風ちゃんもね!」
能代、酒匂、阿賀野のそれぞれの言葉を聞くと、矢矧は「あぁ、そういう」と苦笑いを見せた。
揚げパンを持って戻ってきた提督は、ココア揚げパンを海風と山風の前に置いてから席に座る。二人は満開の笑顔で『いただきます!』と両手を合わせた。
その瞬間、山風の前からココア揚げパンが無くなった……いや、正確には消えたという言葉が正しいだろう。
そして提督は思った。
ーーそうじゃない
……と。
俺が見たいのはそうじゃない。あの有名漫画にのみ出てきた『グルメ・〇・フォアグラ』の超完成形を生で見ることが出来たのは正直なところ感動したが、それはそれ、これはこれなのだ。
何故なら、
ーー俺は揚げパンを美味しそうに食べる
そう、これが提督の心からの叫びである。
海風のようにお行儀よく食べる姿もあれはあれで可愛らしくて心温まる光景だ。しかし、やはり駆逐艦であるならば夕立や江風のように無邪気に口の周りを汚しながら揚げパンを頬張るのが至高の光景なのに……。
(消えるなんて聞いてねぇぇぇぇぇっ!!!!)
提督は立ち上がり、心の中でそう叫んだ。阿賀野たちや村雨たちはそんな提督の心の声なんて聞こえてないので、立ち上がった提督に注目している。
「っ!!」
その時、提督は自分の脳からティコリンという音と共にあることをひらめいた。
ーー自分が食べさせればいいじゃない。
……と。
自分の手から揚げパンを差し出せば、山風は喜んで頬張ってくれるはず。何せ前に一口チョコを口に運んであげたことがあったが、その時は嬉しそうに頬張り、
提督は無言のままテーブルから離れると、また間宮たちのところへ向かい、今度はきなこ揚げパンを購入して戻ってくる。
その行動に誰もが首を傾げるが、提督は気にすることなくそれを半分に割ってから更に一口サイズにちぎって山風の方へ差し出した。
対する山風は頭の上に盛大にはてなマークを浮かべているが、提督の「あ〜んしろ、あ〜ん」という優しい声に従ってその揚げパンをパクンと頬張る。
大好きな(ライクの意味)提督から食べさせてもらった山風はモグモグと口を動かし、美味しそうに、そして嬉しそうに両頬を手で押さえて「おいひぃ♪」と顔をほころばせた。
(そう! そうだよ! 俺はこの顔が見たかったんだ!)
山風の天使の表情を見た提督は難関海域を制覇した時と同じくらいの達成感に包まれる。
しかし、その喜びは長く続かなかった。
「提督さん」
その冷たい声から発せられた冷気は提督の全身を瞬く間に凍りつかせる。それと同時に自身の脇腹からは太い針を刺されているかのような激痛が走っていた。
提督がゆっくりとその声がした方へ視線を移すと、
「阿賀野の目の前で〜、他の子とイチャイチャしてるの見るのはイヤだな〜」
愛する嫁が絶対零度なんて生易しく思えるほどの冷気を込めた目で、自身の脇腹をつねっていたのだ。
(今起こったことをありのまま話すぜ。山風の天使の表情を見たいがために『あ〜ん』をしたら、嫁が激怒していた……心の声だから自分自身に言っているんだと思うが、そんなことはどうでもいい! 頭がどうにかなりそうだ(脇腹が痛くて)……鬼だとか阿修羅だとかそんなチャチなもんじゃあ、断じてねえ!)
ーー俺は死ぬ!
「…………提督さん」
「は、はいぃぃっ!」
我に返った提督は姿勢を正し、直立不動のまま阿賀野の方へ身体を向ける。
その先には、
「阿賀野にもちょうだい♡」
あーんと口を開ける阿賀野がいた。
阿賀野は確かに激おこだった。しかし相手が山風なので、阿賀野はその怒りを鎮めたのだ。あのやり取りが仮にLOVE勢である夕立だったなら……浮気確定として断罪していただろう。しかししかし、山風は提督にとって、阿賀野にとっても娘のように可愛がっている。そう、だからこそあの嫉妬で燃え上がらせてしまった絶対零度の紅蓮の炎を自分にも山風と同じことをしてくれれば許そうと、阿賀野はそう決めたのだ。
「は、はい……あ〜ん」
「あ〜……はむっ。ん〜、おいひぃ♡」
いつもの阿賀野に戻って心底安堵した提督だったが、次からはもっと慎重に行動しようと心に誓った(もうやらないとは言ってない)。
能代たちや村雨たちは夫婦戦争(提督が一方的にやられるだけ)が勃発せずに済んでホッと胸を撫で下ろしたが、夕立・山風・江風だけはのほほんと揚げパンで渇いた喉を潤しているのであったーー。
山風ちゃんはどうも構ってしまう。それを伝えたいが故に書いた回です!
読んで頂き本当にありがとうございました!