提督夫婦と愉快な鎮守府の日常《完結》   作:室賀小史郎

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おもてなし

 

 三月の初頭。鎮守府は変わらず残党殲滅作戦を遂行し、その数も確実に減り、着実に成果をあげている。

 

「………………」

 

 ということで今日の艦隊運用も無事に終わった頃。

 提督はソファーテーブルに置かれたとある()()を見て、言葉を失っていた。勿論、同席している嫁の阿賀野や補佐艦の能代、矢矧……そしていつも笑顔を絶やさないあの酒匂ですら、真顔で言葉を失っている。

 

 本日の任務を終え、艦隊は明日に備えて待機となり、食堂で夕飯を食べるなり、仲間たちや姉妹たちと自炊して食べるなり、平和な食卓を囲んでいる時間帯だ。

 

 そして今、目の前にある物体は『夕飯のハンバーグ』だと言われた物……なのだが……。

 

 なのだがーー

 

「どうして、こうなった……」

 

 提督は思わず右手で目元を覆い、嘆くようにつぶやいた。

 そのハンバーグなる物体を作り出したのは、かの黒い三星シェフの称号を持つ比叡と磯風の二名だ。

 この二名は提督たちが殲滅作戦で色々と苦労しているので、感謝と慰労と称して夕飯を作ってくれた。提督たちとしてもその気遣いは素直に嬉しかった。二人も着任当初よりはちゃんと食べられる物を作れるようにはなった……がしかし、やはり不安要素が強かったので、提督は丁度暇を持て余していた雷と朝潮にシェフたちのサポートを頼んだ。

 

 なのだがーー

 

『どうして、こうなったの……』

「ぴゃ〜……」

 

 阿賀野たちも揃って天(井)を仰ぐ。

 

 そのハンバーグなる物体はハート型。

 とても女の子らしく可愛らしい形だ。

 

 そして大きさ。

 手のひらサイズで食べ応えがあるだろう。

 

 そして焼き加減。

 焦げ目もいい具合で十分に中も火が通っていると分かる。

 

 そして……ソース。

 なんとも綺麗で淀みない()()のソース。

 

 

 

 

 

 緑色?

 

 

 

 

 

(どう見ても、この色はおかしいだろ……)

(どうしたらこんなに綺麗な緑色のソースに……)

(ビビットカラーって好きなんだけどなぁ……)

(湯気が出てるのに匂いがないのがまた……)

(真っ白なご飯が眩しいっぴゃ〜……)

 

 提督たちはそう思いながら、またため息を吐く。

 それもそのはず、提督たちは前にこれと同じ色をしたカレーを二人から振る舞われ、食べたことがあり、その時は……

 

(一週間、白湯しか身体が受け付けなかった……)と提督。

 

(戦艦でもないのにまる一日ドックから出れなかった……)と阿賀野。

 

(胃が溶けた気がした……)と能代。

 

(しばらく味覚がなかった……)と矢矧。

 

(何も思い出せない……)と酒匂。

 

 それぞれが大変な思いをしたのだ。

 

「遠慮せずに、どうぞ!」

「遠慮することはないぞ?」

 

 そんな一同へ比叡、磯風の両シェフは優しく声をかける。

 一同はその言葉に力なくゆっくりと、ほんの微かに首を縦に振って返してみせたが、やはり各自の手は微動だにしなかった。

 

「司令官……ごめんね。私がもっとしっかりしてれば……せっかく司令官が頼ってくれたのに……」

「申し訳ありません。司令官たちに良かれと思って、見た目や味の方を失念していました……」

 

 比叡たちのサポートに徹した雷、朝潮の両名は今にも泣き出しそうになりながらも、気持ちを強く持って提督たちへ震えた声で謝罪する。

 

 雷も朝潮も、最初こそは提督に頼られ、その期待に応えようと二人のサポートをした……が、そのやる気が悪い方向へと向かってしまったがために、この物体が錬成されてしまった。

 材料も手順もレシピ通り。それも赤ワインでフランベもするほど。しかもそのフランベもフライパンへ少量のワインを注ぎ、チャッカマンで引火させるというとても安全な方法で。

 

 しかしハンバーグのソース作りで、歯車はギシギシとヒビが入り、悲鳴をあげた。

 

 当初は超お手軽。中濃ソース大さじ2とトマトケチャップ大さじ1からなる安全なデミグラスソースだった。

 しかしシェフの両名は本当にこれでいいのかと、サポートの両名へ問いかけるーー

 

 戦艦シェフ曰く

 これでは頑張ってくれている司令たちの疲れは癒えないのではないか

 

 駆逐艦シェフ曰く

 健康食の情報に明るい妹からどんな物が今はいいのか聞いてみた方がいいだろうか

 

 ーーと。

 

 当然、サポート役両名はすぐに審議に入った。

 戦艦シェフの意見は一理ある……加えて駆逐艦シェフ自体はグレーゾーンだが、クリアゾーンにいるその妹ならば、変な物は提案しないだろうーーそう決議し、両名はその提案を是とした。

 

 

 

 が

 

 

 

 それが歯車を狂わせた。

 

 その妹に訊ね、その食材で身体にイイソースを作る過程で、サポート役であった両名も「これも身体にいい」「あれも身体にいい」と提督への忠誠心が先走り過ぎて、見事なまでに緑色したソースにしてしまった。

 

 雷と朝潮は己の犯した罪を悔いた。悔いたそれは大粒の涙となって、二人の頬を伝い、床にボタボタとこぼれ落ちる。

 

 そんな雷や朝潮の涙を比叡や磯風は甲斐甲斐しく拭き、優しく言葉をかけ、二人の働きを評価する。

 実に美しく、なんとも素晴らしい仲間との絆。

 とても誇らしいことではないか。

 が、今はそれどころではない。

 

 提督たちが気になって仕方ないのが、身体にいい物を使ったソースが、どうしてこんな綺麗な緑色になるのか、という点だ。

 

「比叡、磯風……これは何で作ったソースなんだ? ゆっくりその材料を教えてくれ」

 

 提督は勇気を出して訊いた。

 

「え、ソースですか? えっと、しそと……」

「うん」

「枝豆と……」

「うん」

「モロヘイヤと……」

「うん」

「ブロッコリーと……」

「うん」

「パセリと……」

「うん」

「ほうれん草と……」

「うん」

「ニラと……」

「うん」

「ししとうと……」

「もう止めて、お腹痛くなってきた」

 

 ここでとうとう提督はギブアップする。

 ソースに使った野菜たちは確かに身体にいい緑の野菜たちだ。しかし、どうしてそんなにも極端なのか。もっと赤や黄の野菜もいただろう……何故、どうして緑のオールスターキャストでその壮大なる映画(ソース)を作り上げてしまうのだ。

 

「安心しろ、司令。りんごやバナナ、みかんにグレープフルーツの果実も入っている」

 

 キリッとしたいい顔でなんて爆弾を投下するのだろうか、この駆逐艦シェフは。

 ポリフェノールやら疲労回復に効く成分やらがふんだんに含まれているフルーツの四天王で、更に豪華にしている……これには心の中の悲鳴が更に大きくなる。

 

「このハンバーグ。おろそかには食わんぞ」

 

 しかし、提督は胃を決して、その手にナイフとフォークを握る。

 

「慎太郎さん!」

「提督!」

「提督っ!」

「司令!」

 

 妻や能代たちは悲痛のような声をあげるが、提督は大丈夫と言うように頷くと、そのハンバーグを一口サイズに切り出す。

 切り出されたその一欠片……見た目通り、ちゃんと火の通った焼き加減。更にタネに混ぜられた粗めに刻まれた玉ねぎも肉汁を吸って助演なんかでは収まらない、大きな役割を果たしているだろう。

 そこにソースをこれでもかと塗れば……ハリウッド映画には決して引けを取らない超大作だ。

 

 提督がまじまじとその大作を鑑賞する横で、雷と朝潮はすかさず水がたっぷり入ったピッチャーを準備して、提督の有志を見逃すことのないように見つめている。

 

(匂いは特には無いな……あとは、味……か)

 

 提督はゆっくりと、その大作を口の中へと運んだ。

 口に入れた瞬間、肉が盛大に自己主張する横で玉ねぎが上手くその主張に合いの手を入れ、絶妙なバランスを演じる。

 そこへかのソースが交われば……。

 

 すると提督はカッと目を見開き、雷の持っているピッチャーをゆっくりと引き取る。

 そして2リットルは入るピッチャーの注ぎ口に口を付け、そのままゴクゴクと一気に飲み干した。

 

「すまねぇ、二人共…………不味い」

 

 その言葉に両シェフは言葉を失い、ガックリとその場に両膝を突いた。その間にも、提督は今度は朝潮の持つピッチャーの水をゴクゴクと体へ流し込んでいる。

 

「タネがいいのに、ソースが全部を台無しにしてる。もう少しバランスというか……極端な食材選びはいくないお」

 

 水でなんとか口の中の不思議な味をかき消し、提督がそう言うと、

 

「まだ私たちにはアレンジは早かったということですね……」

「やはり、レシピ通りという掟を破ったことが災いしたな……」

 

 比叡も磯風も反省した。

 寧ろ、二人は提督が卒倒しなかったことに、自分たちの大きな進歩を喜んでいる。

 

「まぁ、課題はバランスだお。それを今度は肝に銘じて、アレンジしてみるといいお」

「わっかりました! 比叡、これからも気合! 入れて! 精進します!」

「この磯風も更なる努力をここに誓おう」

 

 二人が決意を新たにすると、提督は二人へ「んじゃ、今度はレシピ通りに頼む」と言って、二人へ夕飯を作り直してもらうよう頼んだ。すると二人は眩い笑顔で大きく頷き、また厨へと向かうのだった。

 

「雷と朝潮も、また二人のサポートに行ってやってくれ。二人が頼りだからな」

「任せて! 今度はちゃんと司令官の役に立ってみせるわ!」

「朝潮、同じ失敗は繰り返しません!」

 

 こうして二人も笑顔という大輪の花を咲かせて、二人のあとを追う。

 みんなが出ていったそのドアを見つめ、提督はフッと小さく笑った。

 

「慎太郎sーー」

「すまねぇ、限界」

 

 妻の言葉を遮った提督は、そう小さく謝る。

 すると酒匂と能代はすかさず執務室のドアを開け、阿賀野は提督の体をグッと支えた。

 提督は義足なのも気にせず、懸命に阿賀野のサポートの元、トイレへと走っていくのであった。

 

 そんな夫婦の背中を見送りながら、

 

「卒倒しなかっただけ、良かったと思うしかないわね……」

 

 矢矧はそうつぶやくのだった。提督がトイレに間に合うことを胸の中で願いながら……。

 

 それから能代が「そういえば、矢矧。これどうする?」とハンバーグに目をやると、

 

「申し訳無いけど捨てましょう。提督の状態を見るにそこまで危険な代物ではないでしょうし」

 

 矢矧はそう言って普通のバケツを取り出した。

 三人は食べられなくてごめんなさいとハンバーグたちへ手を合わせた後、バケツにそれらを入れ、鎮守府の焼却炉へと入れるのであった。

 

 それからしばらくし、提督が阿賀野と共に戻ると、提督はまるで全ての憑き物が落ちたかのようなスッキリした表情で帰ってきたので、便秘には物凄い効力を発揮することが分かったというーー。

 

 因みに、比叡と磯風が作り直してきたハンバーグはとても絶品で、提督たちは心からの笑顔を浮かべて、そのハンバーグに舌鼓を打った。

 これには比叡も磯風も誇らしげに胸を張り、雷と朝潮もホッと胸を撫で下ろした。




今回はここまで!
こういうドタバタも鎮守府のいいところ!ということで☆

読んで頂き本当にありがとうございました!
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