冬の大規模作戦が幕を閉じ、数日の時が過ぎた。
鎮守府の方針はしばらく遠征メインで資材を集めることに専念し、前線へ出ずっぱりだった艦娘たちには休暇を与え、艦隊はやっと全体的に穏やかな時間が過ぎている。
それは作戦後の執務地獄を抜け出した提督も同様で、今日はある理由で午後からは休んでいる状況だ。
なので、今の執務室には提督の代行として矢矧と能代、酒匂が待機しており、各遠征隊からの報告等の対応をしている。
「ーー確認したわ。お疲れ様、五十鈴、名取、天龍」
「皆さんお疲れ様でした」
「次の人と交代して、みんなは休んでね!」
遠征を終えて帰ってきた各艦隊の旗艦たちへ、矢矧たちが労いの言葉をかけると、みんなは共に笑顔を返した。
「流石の提督も今日はお休み取ったんだね」
「まぁ、ずっと忙しくしてたものね。1週間くらい休んだって罰は当たらないわよ」
名取の言葉に五十鈴がそう言うと、周りの者たちもその気持ちは分かると頷く。何せ提督に至っては作戦期間中は休むことなく事にあたっていたからだ。前線に赴かないとは言え、休みなく艦隊指揮を執るのは過酷なもの。それを知っているからこそ、みんな提督が休めることにどこかホッとしている。
「ま、今はそれに匹敵する休みを過ごしてるから、大丈夫よ」
「ぴゃん♪ 阿賀野ちゃんと一緒にいるもんね♪」
矢矧、酒匂がそんなことをつぶやくと、
「あら? それなら尚の事1週間は休みが必要なんじゃない?」
五十鈴は小さく含み笑いして返した。
五十鈴の言葉に矢矧と酒匂は揃って小首を傾げるが、
「あ〜、確かにな〜。阿賀野も相当我慢してただろうし、明日になったら提督の足腰はかなり弱くなってんだろうよ」
ニヒヒと笑う天龍のその一言で矢矧たちは揃って『あ〜』と苦笑いで声をもらす。
提督と阿賀野は今、揃って夫婦の部屋で休んでいるが、これは大分遅くなってしまった夫婦の結婚記念日を祝っているのだ。
夫婦の結婚記念日は2月17日。しかしその日は大規模作戦の真っ只中だったので、それらしいことは出来なかった。なので夫婦はやっと落ち着いた今日、午後から夫婦の時間を過ごしている。
「でも、せっかくの記念日を過ごしてるなら、幸せな時間を過ごしてほしいね。提督も阿賀野ちゃんも、作戦中はずっと頑張ってくれてたもん」
「そうね。仮に今日のお休みのせいで足腰が弱くなっても、大目にみてあげましょう」
名取の言葉に矢矧が珍しく妥協するようなことを言うと、みんなして『明日は雨かな?』『洗濯物が乾かないから止めてよ』などと言って矢矧をからかった。
それに対し、矢矧は「私だって二人の幸せを思ってるのよ!?」と返すと、執務室は笑い声に包まれる。
「矢矧ってなんだかんだ言って提督のことも阿賀野姉ぇのことも大好きだもんね」
「能代姉ぇ!?」
「今日のことだって矢矧ちゃんが二人に強く勧めたんだもんね」
「酒匂!?」
姉と妹からの暴露に天龍と五十鈴は『はっは〜ん?』とニヤニヤして矢矧の両サイドに詰め寄った。
「あんたは相変わらず可愛い性格してるわね〜……ん〜?」
「提督も阿賀野も大好きっ子なんだなぁ〜……あ〜ん?」
二人してウリウリと肘で矢矧を小突くと、矢矧は顔を真っ赤にして俯き、押し黙る。
「や、止めなよ、二人共〜……矢矧ちゃんが困ってるよぅ」
「いいですよ、名取さん。矢矧が素直じゃないのはいつのもことですから」
「で、でも……お顔真っ赤っかだよ?」
「図星突かれても、今の矢矧ちゃんは怒らないから大丈夫だっぴゃ!」
酒匂のフォローになってないフォローに名取は「えぇ」と困惑。
しかしそうしている間も、矢矧は二人に「矢矧可愛い〜」「補佐艦の鑑〜」「出来る女はやることが違う〜」とからかわれ続けていた。
いつもならこんな時は提督をハリセンでしばいてやり過ごせるのだが、今回ばかりは逃げ道がない。
「…………」
なので矢矧は顔を真っ赤にしたままオーバーヒートし、そのまま固まってしまった。
「あ、やべ……やり過ぎた」
「煽り耐性がないわね〜」
「五十鈴ちゃん、謝ろうよ……」
天龍は反省しているが、やれやれと肩をすくめる五十鈴に名取はそう注意する。すると五十鈴は「あとで謝るわ」と爽やか笑顔で返した。
このように、今日も鎮守府は普段通り穏やかな時が刻まれているのだった。
ーーーーーー
所変わり、本館内にある提督夫婦が暮らす部屋では、
「慎太郎さ〜ん♡」
「阿賀野〜♪」
夫婦が仲良く身を寄せ合って、雑魚寝していた。
これまで夫婦共に忙しい日々を過ごしてきたので、このようなゆったりとした夫婦の時間を過ごせるのは久しい。
ただ提督には少しばかり引っかかることがあった。
それは、
「なぁ、阿賀野……」
「なぁに?」
「本当にこうして部屋で寝っ転がってるだけでいいのか? 記念日は大分過ぎちまったし、外に出掛けたって良かったんだぞ? それこそちゃんと休暇を取って旅行にだって連れてってやれたんだぞ?」
阿賀野が遠慮しているのではないかということ。
去年の結婚記念日は夫婦で遅くなった新婚旅行へと出掛けたので、2年目にあたる今回の結婚記念日がこのような感じでいいのかと提督は思っているのだ。大規模作戦さえなければ、阿賀野だってワガママを言っていたのではないかと。
しかし、提督の質問に阿賀野は笑顔で首を横に振る。
「いいの……阿賀野はお休みがちゃんとあるけど、慎太郎さんには無いもん。だからこうしてまったり過ごす記念日にするの♡」
「でもそれじゃあ、阿賀野の気持ちが……」
「阿賀野の気持ち? 阿賀野の気持ちはいつだって慎太郎さんの側にいるよ♡」
「そういうんじゃなくてだな……」
話が噛み合っているようでそうでない。提督としては結婚記念日くらい阿賀野のワガママをうんと聞いてやりたいのだが、阿賀野としては提督のことを気遣ってまったりとした時間を過ごしてもらいたい……夫婦がお互いを思ってのこと故に妙な空気感になってしまった。
「慎太郎さんは阿賀野とこうしてるの、嫌?」
「嫌な訳ねぇだろ」
「ならこのままでいようよ〜」
「ん〜……俺としちゃ、阿賀野のワガママを聞いてやりたいんだがなぁ」
「ちゃんとワガママ言ってるよ〜?」
確かに阿賀野の言葉は間違っていない。
その証拠に提督は阿賀野のお願いでこうして部屋で過ごし、阿賀野に至っては提督の腕枕に頭を預け、身はピッタリと提督の元へ寄せている。
「こんないつも出来るようなもんでいいのか?」
「"こんな"とか言わないでよ〜。こうして過ごせるってとても凄いことなんだからぁ」
頬を軽く膨らませ、微かにプンスコ(怒ってるの意)して見せる阿賀野に、提督は思わず苦笑い。
すると阿賀野が提督の目を真っ直ぐに見つめ、提督はその綺麗な瞳にグッと吸い込まれる。
「今でも貴方の側にいて……貴方にこうして触れることが出来て……貴方と言葉を交わせることが、"こんな"だなんて思わない」
「阿賀野……」
自分がいつも感じている幸せを静かながらハッキリと告げた阿賀野は、ギューッと提督にしがみついた。
お互い軍人……しかも阿賀野は艦娘で、常に前線へ出向き、いつその命の炎が消えるか分からない。明日には自分はもうこの世にいないかもしれない……だからこそ、阿賀野にとってこの時間は勿論、提督や妹たち、仲間たちと過ごせる時間は掛け替えのない大切な時間なのだ。
「……ごめんね、少し熱くなっちゃった」
「何謝ってんだよ。謝るのは俺の方だ……すまなかった」
「じゃあ……キス」
「おう、いくらでもしてるさ」
提督はそう言うと、阿賀野へ顔を近づけ、その柔らかい唇に自身の唇を重ねた。
妻への愛を目一杯込めた優しいキスだったが、それに応える阿賀野のキスは情熱的かつ扇情的で、まるで全てを奪うようなものだった。
「んちゅ……くちゅ……んくっ……ぷはぁ♡ んふふ、ちょっと本気出しちゃった♡」
「……あれでちょっとかよ……」
唇と唇を艶めかしい糸が繋ぎ、阿賀野はうっとりした表情で提督へ微笑みかける。対して提督はあっさりと口の中を嫁に制され、しかもそれがまだ序の口だということに苦笑いをこぼした。
「はぁ……慎太郎さんとお部屋でまったり、誰にも邪魔されずに過ごせて幸せ〜♡」
「そりゃあ、何よりだ……俺も幸せだ」
阿賀野の言葉に提督が賛同すると、阿賀野はえへへと笑って「うん♡」と頷く。
それで夫婦の会話は途切れたが、先程とは違って夫婦が笑顔でいつも通りのラブラブ空間だった。
「なぁ、阿賀野」
「なぁに?」
「俺はお前に今後、死ねと命じることがあるだろう……でもそれは作戦でじゃなくて、俺の胸で死ねって命じる。だからどんなにボロボロになっても俺の元へ帰ってこい」
「…………ふふ、それ、去年も聞いた♡」
「何度だって言うさ」
「ふふふ、そうだね♡ うん、何度でも言って?♡ その度に阿賀野は慎太郎さんのところに帰ろうって頑張れるから♡」
「帰って来なきゃ一生恨んでやるからな」
「それは困っちゃうなぁ……あ、でも一生忘れないでいてもらえるのは嬉しいかも♡」
「…………お前には敵わないっていつも思うぜ」
呆れたように笑ってそんな言葉を提督がこぼすと、阿賀野は「あ〜、なんか馬鹿にされてる気がする〜!」とむくれた。しかし提督に「怒んなよ〜♪」と空いている手で頬をツンツンされると、阿賀野はまた笑って「怒ってないも〜ん♡」と返す。
そうしている内に部屋の時計が一五〇〇を指し、ポーンポーンと穏やかな鐘が鳴った。
「ありゃ、もうそんな時間か……」
「時間が経つの早い〜。まだ慎太郎さんとゴロゴロしてキスしかしてないのに〜」
時間の過ぎる早さに阿賀野は不満の声をもらすが、提督は「それだけ充実してた証拠だな」と笑う。
「むぅ〜、このまま時間が止まればいいのに〜」
「気持ちは分かるが、そうはいかないんだなぁ、世の中ってのは」
「回ってるからね〜」
「取り敢えずもう一回キスしてから、なんかおやつ食うか」
提督がそんな提案をすると、阿賀野は「賛成〜♡」と言って、フライング気味に提督へキスをした。
唐突のキスに提督は反応が遅れたが、しっかりと阿賀野のキスに応え、長い長いキスをしてから夫婦は冷蔵庫に入れてあるケーキを出して、仲良く食べさせ合うのだったーー。
ーおまけー
次の日の朝、執務室ーー
「…………」
「……阿賀野姉ぇ……」
「……ぴゃぁ……」
能代、矢矧、酒匂は夫婦の様子を見て、頭を抱えた。
何故なら、
「………………」
「〜〜〜♡」
提督はどこかのジョーみたいに真っ白になっていて、阿賀野はキラキラのツヤツヤだったから。
「……提督、取り敢えず仮眠室行ってきてください。酒匂、提督を連れてってあげて」
能代の言葉に提督は放心状態ながらも小さく頷き、酒匂は「はーい」と提督の手を引いていく。
「阿賀野姉ぇは正座!」
「えぇ!?」
「早く」
矢矧のニッコニコの笑顔での催促に、阿賀野は大人しくその場に正座した。
こうして奥様は能代、矢矧からありがたいお説教を聞かされるのであったーー。
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ということで、遅くなった結婚記念日というお砂糖会にしました!
読んで頂き本当にありがとうございました!