提督夫婦と愉快な鎮守府の日常《完結》   作:室賀小史郎

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妻とは違う絆の形

 

 4月が中盤に差し掛かった本日の午後イチ。艦隊は午後からも変わらず任務に殉じ、国のため……国民のためにと奔走する。

 

「はぁ、本当に大丈夫なのかしら……」

 

 そんな中、出撃している第一艦隊で旗艦阿賀野の補佐を務めている矢矧は、とあることを心配していた。

 矢矧が心配しているのはただひとつ……それは提督のことである。

 

 鎮守府は先日、霰に改二への改造を施した。故に今はその霰の試運転的な出撃で、阿賀野と矢矧の他には先に改二へとなった皐月、吹雪、綾波が同行し、水雷戦隊にて霰改二の程を確かめているのだ。

 

「もぉ、心配し過ぎだよ、矢矧〜」

「だって能代姉ぇも酒匂も今日は遠征で留守なのよ? 寧ろなんで阿賀野姉ぇは安心してられるのよ?」

 

 矢矧が言う通り、今日に至っては阿賀野型姉妹全員が提督の補佐に就いていない。矢矧としては提督がサボってしまうというのもあるが、ガチ勢にてんやわんやしてはいないかと心配しているのだ。

 しかし阿賀野は隣を駆ける矢矧に「だって平気も〜ん」と子どもみたいに返した("'だもん"ではなく"もん"と言っているのがミソ)。

 

「確か、今日は高雄さんに任せて来たんだっけ?」

 

 阿賀野の後ろを駆ける皐月がそう声をかけると、阿賀野は笑顔を返す。

 

「阿賀野さんは、高雄さんなら司令官のことを安心して任せられるんですね」

「うん♪ だって高雄さんは提督さんと阿賀野のお姉ちゃんみたいな存在だもん♪」

 

 皐月の隣を駆ける吹雪の言葉に阿賀野がそう返すと、みんなは揃って『へぇ〜』と驚く。

 しかし阿賀野の言っていることは本当であり、提督と阿賀野が今のような関係になったのは高雄の存在が大きいのだ。

 

 提督は阿賀野に一目惚れし、阿賀野はそんな提督からのアプローチをいつも嬉しく思いながらも応えられないでいた。

 何故なら阿賀野自身が提督と同じ人間ではないから……。

 

 艦娘の人権……つまり人としての権利は確立されている。しかし艦娘は人間とは明らかに違っているのだ。

 

 艤装で深海棲艦という未知の敵へダメージを与えられること

 個人差があるとしても全く同じ顔や名前の艦娘が全泊地、鎮守府に所属していること

 海の上を自由自在に駆け回れること

 

 ……そういった本来の人間とは数々ある異類点が阿賀野を躊躇わせた原因。

 

 両想いであるのは誰が見ても明白だったが、阿賀野の理由が理由なので艦隊の誰もが触れられないでいた。そんな阿賀野の背中を押したのが高雄だった。

 

 高雄は提督にとって初の重巡洋艦にして、提督の祖父がかつて大東亜戦争中に搭乗していた艦である。そんな高雄と提督の間には初期艦の電とは別に、決して他人が入れない絆が結ばれているのだ。電に限らず、誰とも何かしら提督と固い絆は持っているが……。

 

 故に高雄は躊躇っている阿賀野を見るのが歯がゆかった。普段から明るい笑顔を提督へ向け、いざ提督が一歩歩み寄るとそこから離れる……なのに自分を嫌いにならないでほしいと願う厚かましさ。

 高雄自身も提督へ運命を感じている……ドラマやマンガ、映画のような運命的と言っても過言ではない繋がりがあるのだから。でも提督が選んだ相手は自分ではなく阿賀野だった。

 そんな阿賀野の素振りをどうしたって高雄は見過ごせなかった。自分が阿賀野の立場……アプローチを受ける側なら、そんなことを気にすることなく提督の気持ちに応えられるからだ。

 

 それは提督自身が艦娘を自分と同じ人として接している上に、阿賀野のような考えを殴り捨ててまで相手に『好き』という気持ちをぶつけているから。

 阿賀野が着任する前(高雄が着任した頃)なんて、提督は艦隊の誰がかすり傷を負っただけでも自分のことのように泣き、両脇に傷ついた駆逐艦らを抱えてドックにまで走って連れて行っていた。

 数分、数秒で傷が治るのに提督はずっと心配そうにドックの前をウロウロソワソワし、ドックから出てくるとまた泣きながらその艦娘を抱きしめ、

 

『今度はもっと被害が出ないように指示を出すから!』

 

 大声で約束をし、みんなしてそんな軍人に相応しくない『心優しい提督』を支えたいと思った。だからこそ、提督は艦隊の誰からも好かれ、慕われ、彼の周りには常に艦娘たちが寄り添っているのだ。

 今でこそ泣くことはなくなったがそれは艦隊も大きくなり、自分がその者たちの上に立っているという強い責任感故の現状で、性根は全く変わっていない。

 

 だから高雄はある時、阿賀野に言ったーー

 

『貴女がそうやってウジウジしてるのは見てて腹が立つ! だから提督は私が幸せにする!』

 

 ーーと。

 

 しかし、阿賀野はそんな高雄の言葉に弱々しくも笑顔で『わかった』と頷いた。

 なので高雄は思い切り彼女の頬を叩いた……それは阿賀野が尻もちをつくほど。

 そしてーー

 

『どうしてそんなに簡単に諦められるのよ!?』

 

『提督の気持ちは貴女にしか向いてないのに!』

 

『貴女しか本当の意味で提督を幸せに出来ないのに!』

 

『好きなんでしょう!? ならさっさと応えなさいよ!』

 

『貴女が好きな人は……愛してる人は、貴女みたいにウジウジとみみっちい考えなんてとっくに克服してるのよ!』

 

 ーー貴女が応えない限り、あの人は幸せになれない。そんな思いを高雄は阿賀野へ……提督の運命の人へぶつけ、『あの人をこれ以上不幸にしないで』と阿賀野へ懇願した。

 

 こういった経緯があり、今の夫婦があり、高雄は夫婦にとって特別な存在なのだ。

 

(だから安心して提督さんを任せられるんだよ、私は♪)

 

 それに今回のように提督と二人っきりにしてあげるのも、阿賀野にとっては高雄への恩返しになるし、高雄もそれをお情けではなく心から喜んでくれる。

 そんなことを思いながら阿賀野は誰にも気付かれないように、小さく笑った。

 

「阿賀野さん、敵影発見しました! ご指示を!」

 

 皐月の後ろを駆ける綾波が叫ぶと、

 

「了解! みんな単縦陣に移行! 綾波ちゃん、霰ちゃんは魚雷を放って敵の退路を封じて! 他は砲撃用意!」

 

 霰ちゃん、当てちゃってもいいよ!ーーと阿賀野が付け加えると、霰は「余裕」と親指を立てた。

 こうして阿賀野率いる水雷戦隊は本来の任務に専念するのであった。

 

 ーーーーーー

 

 阿賀野たちがそうしている頃、

 

「はい、皆さん。お気持ちだけで結構ですので、ご退室くださいっ」

 

 高雄がガチ勢をポンポンポンと執務室の外へ放り投げていた。

 ガチ勢としては阿賀野型姉妹がいない絶好機。しかし高雄が代役しているのは誤算で、ガチ勢はことごとく高雄に適切に処置された。

 

「悪ぃな、厄介なこと任せちまって……」

「そう思うのであれば、皆さんに変に優しくしないで突っ返せばいいのでは?」

 

 手厳しい指摘に提督は思わず視線を逸らす。一方で高雄は提督がそんなこと出来ないのをよく理解しているので、小さく笑った。

 

(本当、ズルい人♡)

「ほらほら、お手手が遊んでますよ。矢矧ちゃんからハリセンを喰らいたいんですか?」

「嫌に決まってんだろ!」

「では頑張ってください♪ あと少しで本日のノルマは終わりなんですから♪」

 

 そう言って高雄は可愛らしくウィンクすると、提督はまるで子どものように「は〜い」と返事をして、またペンを走らせる。

 高雄による補佐は完璧で提督へのアメとムチ捌きも見事なもの。それは提督の性格を阿賀野以上に熟知しているが故。

 提督は怠け癖があるものの、仕事はキッチリと卒なくこなすタイプ。なので高雄は提督が休みたい時に5分程の休憩を与えたり、ここまで出来たら休ませてあげるといった緩急つけた補佐していった。

 

 ーー

 

 それから昼下がりを迎えると、阿賀野から作戦を終えて帰投するとの報告が入る。提督は的確に帰投指示を出し終え、通信を切ると、

 

「よぉ〜し、これであとは各艦隊の報告書が来るまで暇になったぜ〜」

 

 うんと椅子の上で伸びをした。

 提督は高雄の完璧な手綱捌きで見事に今日のノルマを達成し、あとは自由な時間となった。

 

「ふふ、お疲れ様です。冷たい緑茶をお持ちしましたよ」

 

 高雄は微笑み、そう言うと執務机ではなくソファーテーブルへ湯呑を置く。どうしてかというと、提督が最後の方はずっと座り通しだったので、こうすることで提督を立ち上がらせるという理由を作れるから。

 その思惑通り、提督は「あんがと」と言いながら席を立ち、のそのそとソファーテーブルまで移った。

 

 提督がソファーに腰を下ろすと、高雄も「失礼します」と提督のすぐ右隣へ腰を下ろした。

 

「高雄のお陰で早く終わったぜ。ありがとな」

「どういたしまして」

 

 そう言葉を交わすと、二人は小さく笑い合い、冷たいお茶をすする。

 すると提督が高雄の肩をチョンチョンと突いた。

 

「どうかしましたか、提督?」

 

 高雄がそう訊ねると、提督は笑顔のまま自身の右太ももを軽く叩いてみせる。その意図が分からず、高雄が小首を傾げていると、

 

「高雄はずっと立ちっぱなしだったろ? 今度は俺が高雄を労う番だ」

 

 提督がハッキリと言葉を告げた。

 そう、これは提督が膝枕してくれるということ。

 高雄は心の中で阿賀野に『ごめんね♪』と謝ると、帽子を取り、まるで親に甘える子どものように提督の膝枕へ頭を預けた。

 

「どうだ、頭のすわりはいいか?」

「はい……お肉が付いた分、前よりも心地よいかと♪」

 

 敢えて意地悪な言葉を返すと、提督は高雄へ「んだと、この〜」と言いながら彼女の頬を軽く突く。

 

「きゃ〜、提督酷いですわ〜♪」

「酷いのはどっちだよ〜、ああん?」

 

 そうは言っても二人の顔は穏やかそのもので、二人はしばらくこうしてじゃれ合った。

 

 ーー

 

 一頻りじゃれ合いが終わると、提督は高雄の頭を軽く叩くようにポンポンと撫でながら「こうしてると前を思い出すなぁ」とこぼす。

 

「前、と仰っしゃりますと?」

「そりゃぁ、前は前だ。高雄が秘書艦をやってくれてた頃の……」

「あぁ、提督がまだスマートで泣き虫さんだった頃ですね」

 

 またも高雄が意地悪な言葉を返すと、提督は頬をほんのり赤くして「るせぇ」とおでこを軽く叩く。

 

「……あの時から、今も……いつも支えてくれてホント、ありがとな」

「ふふふ、提督からそう言われると心が弾みます♡ でも、私は提督だから付き従っているんですよ?」

「…………そうか」

「私の提督が、貴方のような素敵な提督で本当に良かった♡ これからもずっと提督は提督のままでいてくださいね?」

「俺はどこまで行っても俺だよ。そこはよく分かってんだろ?」

 

 提督の問いに高雄は笑顔で返すと、提督もつられるように笑った。

 そんな提督の笑顔を見ながら、

 

(貴方のような、みんなを分け隔てなく照らすお日様のような貴方だから友愛、親愛、慈愛、敬愛と……みんなが貴方を愛してる)

 

(貴方は阿賀野ちゃんと結ばれたけれど、私を幸せにするのも不幸にさせるのも、全部……貴方、慎太郎さんだけなんですからね♡)

 

 強い愛情を募らせる。

 だから高雄は少し欲張った。

 

「提督……」

「ん? どうした?」

「駆逐艦の子たちにするように、今だけギューッと抱きしめてください♡」

「そういや、高雄は前から実は甘えん坊なところあったよな」

「心を許した人の前だけで〜す♡ それに今の提督はお肉が付いて前よりも柔らかくて心地よいんです♡」

 

 高雄はそう言うと、座り直してから提督に「はやく♡」と両手を広げておねだりする。

 なので提督は「おう」と親愛を込めてハグをした。勿論、阿賀野も高雄になら浮気だとは言わない。

 

 その後、提督は阿賀野たちから『鎮守府の制海権へ入った』と報告を受けるまで、高雄を自分の大きな娘のように甘やかすのであったーー。




ということで、今回は高雄さんとのちょっと甘いお話にしました♪
高雄さんは私にとって阿賀野の次に思い入れのある艦なので、こういう話が書きたかった←

読んで頂き本当にありがとうございました!

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