提督夫婦と愉快な鎮守府の日常《完結》   作:室賀小史郎

79 / 101
乙女な狼さん

 

 泊地は6月を迎え、梅雨ということもありジメジメとした蒸し暑い天気に見舞われていた。

 鎮守府もそれは同じであるが、兵站物資の奪還は順調に数を奪い、更に艦隊には先日新しくアメリカ駆逐艦の『サミュエル・B・ロバーツ』と択捉型海防艦十番艦『福江』が着任し、違う意味で熱気を帯びている。

 

 サミュエルことサムは健気で頑張り屋。ただどこか五月雨みたいにおっちょこちょいな一面もあるので、今は前のよしみであるガンビーと共に行動し、ここの生活に慣れてもらっているところ。因みに寮の部屋はジャーヴィスと同室でお互い英語圏同士ということもあり、早くも意気投合していたりする。

 

 一方で福江は背丈が小さいながらも姉の択捉同様、しっかりとした責任感のある艦娘だ。ただ負けず嫌いな性格をしている。実際先日行われた着任式パーティでは、焼きおにぎりの大食い大会に挑むも3個という結果に終わり、姉の択捉に悔し涙を見せていたとか。

 

 そんなこんなで艦隊は今日も雨の中、午後からの任務や訓練に励んでいる。

 

「失礼しまーす! 午前中の出撃報告書を持ってきましたー!」

 

 執務室では丁度足柄と那智の二人が提督の元へ報告書を提出にやってきたところで、足柄はズンズンと提督の元へと歩を進め、那智に至ってはそんな妹の後ろを静かにツカツカと歩く。

 

「おぉ、なっちーにあっしー、お疲れさん」

 

 提督は笑顔で二人へ声をかけ、その報告書を受け取る。

 すると、

 

「今日は阿賀野たちの姿がないんだな」

 

 那智がそんな指摘をした。

 

「あら、言われてみればそうね……みんな任務?」

「能代と酒匂は遠征。阿賀野は演習……んで矢矧は資材倉庫の方に行ってるぞ」

 

 足柄の質問に提督は報告書を確認しながら返すと、二人共『なるほど』と言ったように頷く。

 その次の瞬間、

 

「なら、矢矧が戻るまで足柄を置いていくから使え」

 

 那智の突拍子もない提案に足柄は「うにゃ!?」と仰天。那智としては普段阿賀野やガチ勢に押され、自身の恋に遠慮がちになってしまっている妹をアシストしているのだ。

 

「唐突だな……俺はありがてぇが、足柄にだって都合があんだろ」

 

 なぁ?ーーと優しく足柄へ助け舟を出す提督だが、

 

「全っ然、大丈夫よ! 寮の部屋に帰ってもポーラがザラに叱られてるだけだもの!」

 

 足柄は胸をドンと叩いて引き受けると言う。

 ポーラが叱られているのを助けてあげなくていいのか……と提督は思った。

 しかし那智がグイグイと足柄の背中を押し、まるで提督に妹を押し付けるかのように執務室をあとにしてしまったので、なし崩しに足柄を受け入れる形になってしまうのだった。

 

 ーー

 

 足柄は困り果てていた。

 何故なら惚れた相手(提督)と至近距離(同じ室内)で過ごす時間が訪れたから。

 足柄自身、提督の役に立てるのは嬉しい……しかしこういう場面にめっぽう弱い足柄は、まるで借りてきた猫のように提督の机の側で佇んでいるのがやっとだった。

 

「…………」

「…………」

 

 互いに特に会話はない。提督に至っては書類仕事を黙々とこなしているため、足柄はその邪魔にならないよう静かにしている。

 

(ど、どうしよう……ムードもへったくれもないわ……)

 

 足柄は思い悩む。

 

(何か言われるまでは黙ってた方がいいわよね……お喋りするために残ったんじゃないし)

 

 気を引き締め、姿勢を正す足柄。

 

(あぁ、でも私今……夢にまで見た提督の秘書艦の位置にいるのよね……提督の姿勢綺麗だなぁ。今どんなお顔してるのかしら? なんだかんだ真面目にお仕事してて偉いわぁ♡)

 

 しかし段々と思考は乙女モードへと切り替わる。

 そして足柄本人が気付かぬ内に、足柄は「ふぇっへっへっへ♡」と妙な笑い声を出していた。

 

「なぁ、あっしー……」

「っ……何かしら?」

「何かいいことでもあったのか? さっきから顔がニコニコしてるぞ?」

 

 傍から見れば足柄はニヤニヤしているのだが、提督は敢えてニコニコと表して質問する。

 すると足柄はカァーッと頬を赤らめ、その頬を両手で押さえ、「そ、そんなにニコニコしてた!?」と訊ねた。

 

「あぁ、なんか嬉しそうにニコニコ〜ってしてた」

「ど、どうしてかしら〜? 私は特に何もないわよ〜?」

 

 足柄はそう返すのがやっと。何せ提督の側にいられるのが嬉しいからなんてこの"可愛い子犬"に言えるはずがない。

 それに、

 

(提督に笑顔で話しかけられた提督に笑顔で話しかけられた提督に笑顔で話しかけられた提督に笑顔で話しかけられた提督に笑顔で話しかけられた提督に笑顔で話しかけられた提督に笑顔で話しかけられたーー♡)

 

 当の本人はこれだけで歓喜しているから。

 

「ふーん、そうなのか。まぁ、笑顔でいれるのはいいことだよな。毎日戦ってるお前らが笑顔なのは、俺も嬉しいからよ」

 

 ニコッと笑い、提督が自分の思いを伝えると、足柄の胸は大和砲に貫かれたかのようにズガーンと高鳴る。

 提督の表情はいつも通りなのだが、恋愛フィルター越しで見ている足柄にとってはどんなイケメン俳優よりも素敵に映っているのだ。

 

(あぁ、那智姉さんありがとう……今日は晩酌をしなくてもいい夢が見れるわ♡)

 

 天にも昇る心地とはまさにこのこと……足柄はまるで悟りをひらいた修行僧のように清らかな気持ちで提督を見つめる。

 一方、提督はただニコニコと自分のことを見てくる足柄が不思議で苦笑いしかしていなかった。

 

 ーー

 

 それから少しすると、矢矧が執務室へと戻ってきた。

 ただ、矢矧だけでなく松輪と福江、イントレピッドとサムも一緒に。

 

「おぉ、お客さん連れてきたのか〜」

「えぇ、松輪とイントレピッドさんは福江たちと鎮守府の探検をしてて、執務室に戻るって言ったら付いてきたの」

 

 矢矧が経緯を説明すると、松輪たちは『こんにちは』、イントレピッドたちは『Hello』と提督たちに挨拶する。

 

「足柄さんはどうして執務室に?」

「あぁ、矢矧が戻るまで雑用をしてくれてたんだ」

 

 質問した矢矧に提督が答えると、矢矧は足柄に「それはどうもありがとうございます」と頭を下げた。

 

「ううん、気にしなくていいのよ♪ 私、結局何もしてないから♪」

 

 言葉では謙遜している足柄だが、その声は弾み、顔もにこやか。

 

「ん〜? ミス・アシガラー? アドミラルと何かあった? キスしたあとみたいに幸せそうな顔してる〜」

 

 イントレピッドが足柄に詰め寄ってそんなことを言うと、足柄は「うにゃにゃ!?」と狼狽する。その横で提督は「キスしてない!」と皆へ疑惑を晴らす。

 

「て、提督とはただ、お喋りしてただけなの……ね、提督?」

「応ともさ! 決してやましいことはしてないでござる!」

 

 若干提督の語尾が変であるが、それは平時においてはいつものこと。なので矢矧はハリセン制裁を止めにし、そっと手にしたハリセンをしまった。

 

「アドミラル、キスしてくれるの? ならサムのほっぺにもして!」

「おいおい、サムちん。ここはニホーン……ジャパーン。オーケー? この国に挨拶でキスする習慣はないんだぜ?」

 

 サムの勘違いからくるとんでもない要望に提督は片言の英語を交えながら否定するが、

 

「でも、司令と阿賀野さんはよくキスしてるよね? そういうスキンシップなのかと思ってたんだけど?」

「言われてみればそうだよね……司令と阿賀野さんって外国人みたいにキスする習慣があったんですね!」

 

 福江と松輪の言葉で提督はバツが悪そうに視線を逸らす。

 

(あれは阿賀野との愛のコミュニケーションの1つでして、決して習慣としてしているのではないのですはい)

 

 頭の中で提督は必死に言い訳するも、それを口にはしない。何せ松輪と福江に説明するのが大変だからだ。

 

「日頃の行いが災いしたわね、提督?」

 

 一方、矢矧はとても満足気に言う。矢矧としてはこれで夫婦が少しでも自重するようになれば願ったり叶ったりだから。

 

「二人共、アドミラルとアガノは夫婦。それもラブラブカップルだから、好きって伝える代わりにキスをしてるのよ?」

「ふむ……つまり提督と阿賀野さんはキスしている時は愛の告白をしているということなんだな」

「あんなに毎日愛の告白してるんだぁ……」

 

 イントレピッドが分かりやすく説明すると、福江は納得し、松輪に至っては憧れの眼差しでうっとりと両手を合わせる。

 一方、

 

(ちっ、思ったようにはいかないか……)

 

 と矢矧は眉をひそめ、

 

(毎日告白とか幸せ過ぎて死にそう……♡)

 

 と足柄は妄想乙女モード全開だった。

 

「そういうことかぁ、じゃあハグして♪ カモン♪」

 

 そのまた一方でサムは納得しつつ、今度はハグをねだる。なので提督はハグならとサムのことを優しく抱きしめた。

 

「ん〜、アドミラルとのハグは安心するね〜♪」

「そりゃどうも」

「頭をナデナデしてくれたらパーフェクトかな?」

「ほいほい……これでどうだ、サムお嬢様?」

「パーフェクト!」

 

 サムがそう言うと提督は「おう」と笑顔で返す。すると当然、松輪と福江も提督とハグをする流れとなった。

 

「よしよし」

「えへへ……サムちゃんの言う通り、なんだか安心しますね」

 

「福江もよしよし」

「子ども扱いするなと言いたいが、こういうのもたまにはいいな……ふふふ」

 

 これには二人も顔をほころばせ、提督の優しさに心が満たされていく。

 

「じゃあ、次は私の番ね!」

 

 さも当然のようにイントレピッドが提督に向かって両手を広げるが、

 

「イントレピッドさんはアウトです」

「阿賀野に殺されるから止めときなさい」

 

 矢矧と足柄が止めに入ったので、イントレピッドは「Noooooo!!」と悲痛に近い叫びをあげた。

 しかし、

 

「インちゃんは頭ナデナデで勘弁してくれ」

「は〜い♡」

 

 提督に優しく頭を撫でられたイントレピッドはすぐにご機嫌を取り戻すのだった。

 

「はいはい、お喋りはここまでにして、そろそろ提督は執務再開して」

 

 そして矢矧がパンパンと手を叩いてそう言うと、提督は「はいよ〜」とまた席につき、松輪たちも『失礼しました』とまた鎮守府内探検を再開するため執務室をあとにする。

 

「じゃあ、私もお役御免ね。提督、矢矧失礼するわね」

「おう、ありがとうな」

「ありがとうございました」

 

 こうして足柄も二人に見送られながら執務室をあとにした。

 その去り際、足柄は提督をチラリと横目に見ながら、共に過ごせた喜びを思い返し、満面の笑みで寮まで戻った。

 ただ、戻るまでずっと「ふぇっへっへっへ♡」と怪しく笑っていたので、すれ違う者たちはそっと足柄から遠ざかっていたというーー。




乙女な足柄さんを書きたかったのでこんな感じにしました!
今回着任のことはサラッと書いてしまいたが、そこはご了承ください。

読んで頂き本当にありがとうございました!
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。