6月ももう終わりが迫った本日。鎮守府では艦隊運用を全面休止にし、艦娘たちには待機命令が提督により言い渡された。
その理由は台風のせいである。泊地には先日より勢力は弱くも規模は大きい台風が上陸し、海は荒れに荒れて戦うどころではない。よって艦娘たちは束の間の休息を過ごしている。
対して提督は休みという訳ではなく、書類仕事があるので朝からいつも通り執務室で書類の山を踏破しようと奮闘していた。
「えっと、これはサインで……こっちは印鑑……んで、こっちは確認資料」
テキパキと仕事している提督であるが、書類は阿賀野や能代、矢矧、酒匂といったいつものメンバーが書類を分けてくれているので変に戸惑うことはない。
阿賀野たちも待機命令が提督から出されているが、提督が仕事をするなら秘書艦と補佐艦も手伝うのが当たり前とのことで、阿賀野たちもいつも通りに執務室に集まっているのだ。
「提督、印鑑の方が数は少ないから、こっちから片付けない?」
「やはぎんがそう言うならそうすっか」
矢矧の提案に乗り、提督は早速印鑑が必要な書類にポンポンポンと手際よく押していく。
「雨が弱いのはいいけど、凄い風よね」
「向こうには雷も見えるよ〜」
「台風って凄いね〜」
窓の外を見る能代のつぶやきに阿賀野、酒匂と言葉を返すと、提督と矢矧も窓の外を見て『本当だ』というように頷いた。
「そう言えばさ、今朝食堂で舞風ちゃんが嵐ちゃんに何か歌ってたよね? あれなんだったんだろ?」
阿賀野がそんな話題を出すと、その場にはいなかった矢矧たちは『分からない』と言うように首を横に振る。
しかし提督は「あ〜、あれな……」とその時のことを思い浮かべ、つい苦笑いをこぼした。
「どんな歌を歌ってたの?」
能代は阿賀野にそう訊ねると、阿賀野は「えっと〜……」とあの時のことを思い浮かべ、
「嵐の中で輝いて〜、その夢をあきらめないで〜って歌ってた」
実際に舞風が歌っていた歌を阿賀野が三人に歌ってみせるが、
「なんの歌なのかしら……?」
「嵐ちゃんと何か関係あるのかな?」
能代と酒匂は小首を傾げる。
しかし矢矧だけは小さくではあるが、肩を震わせて笑っていた。
当然訳の分からない能代と酒匂は矢矧の反応に困惑する。
対して矢矧は「それで嵐は舞風になんて言ったの?」と阿賀野に訊ねた。
「えっと……『名前ネタやめろよ! てか俺の中のどこかが輝いてて、そんな自分に夢をあきらめないでとかカオス過ぎだろ! そもそも俺はどんな夢持ってんだよ!?』って言ってた」
「そんで"輝く"に反応した那珂が『輝くならアイドルの私〜☆』とか割り込んできて、余計カオスになってたぜ」
阿賀野の次に提督がそう言うと、矢矧はもう堪えられずに腹を抱えて笑い出す。
なのに隣では能代と酒匂がキョトンとしているので、提督も阿賀野もその温度差につい笑い声がこぼれた。
ーー
「それで、いつまで私と酒匂は除け者なんですか?」
「笑ってないで教えてよ〜!」
一頻り提督たちが笑うと、能代と酒匂は若干頬を膨らませて説明を求める。
すると提督が「あ〜、それはな……」と口を開いた。
「舞風が歌ったのはアニメのオープニングなんだ。ただの名前ネタで舞風は歌ってたが、嵐のツッコミがまた可笑しくってなぁ」
提督が説明すると、能代も酒匂もなんとなくだが理解出来たので『なるほど』と頷く。
提督はアニメや漫画が好きでそういうネタに詳しい。それでそんな提督といつも一緒に過ごす阿賀野もそのネタを知ってて当然。
しかし能代と酒匂は矢矧がそういったネタが分かっていることに疑問を抱いた。
「矢矧はよくそのネタを知ってたわね」
能代が矢矧にそう言うと、矢矧は「へ?」と間の抜けた声を出す。
「だって矢矧ちゃん、そういうの自分からあんまり観ないし……」
「そもそも矢矧はそういうの興味ないじゃない」
酒匂、能代と疑問を矢矧にぶつけると、矢矧は「まぁ、そうなんだけどね〜」と苦笑いした。
「能代姉ぇも酒匂も私の同室に夕張がいること忘れてない?」
そして矢矧がそう言うと、能代も酒匂も『あ』と小さく声をあげる。
「あまりアニメとかに興味ないのは事実よ? でも同じ部屋で夕張がアニメをよく観てるし、観てなくても音は自然と耳に入るじゃない? だからそういうアニメの歌とかは自然と覚えちゃってるのよね」
矢矧が説明すると、やっと二人は矢矧がアニメネタを知っていたことに合点がいった。
夕張は艦隊の中でもアニメ好きで有名……それに加え、夕張が好きなアニメは多種多様だから。
「私たちの部屋ってアニメがかかってようが、ヘビメタがかかってようがみんな気にしないのよね。私は由良と雑誌読んでて、名取は基本恋愛小説かホラー小説読んでるから。でも夕張が観てるアニメが面白そうなら一緒に観てたりするわね」
矢矧がそう話し、姉妹たちは『へぇ〜』と相づちを打つ。
「それで、舞風は舞風でたまに夕張からおすすめアニメのDVDボックスを借りに来るから、それでそのアニメを知ったんでしょうね」
肩をすくめながらも小さく笑って言う矢矧に、みんなして『なるほど』と頷き、珍しく長く語る矢矧の話をみんなして微笑ましく耳を傾けるのだった。
ーー
ひょんなことから大いに話が脱線したものの、今日はあまり仕事を急ぐ必要もないので提督も阿賀野たちも比較的まったりと仕事を進めていた。
昼前となっても相変わらず風と小雨が吹き荒れ、海の方では雷の閃光と雷鳴が轟いている。
窓から矢矧は相変わらず凄い風ね……と外の様子を眺めていると、埠頭のところに複数の人影を見つけた。
「あれは……?」
目を凝らすと、埠頭には白露を始めとする時雨・村雨・夕立・春雨・五月雨の六名が無邪気にはしゃいでいる。
「ねぇ、あれ注意した方がいいかしら?」
矢矧は提督に訊ねた。しかし提督は書類に目をやったまま「台風でテンション上がってるんだから何言っても無駄だ」と言葉を返す。
決してこのような真似はしてはいけない。
彼女たちは雨に因んだ名を持つことから、雨や台風が好きでこういう時は必ずと言っていい程外で遊ぶ。因みに大雨の時がテンションは最大限に高まる。
ただこれはここの艦隊の彼女たち特有の性格であり、台風に因んだ名前を持つ野分や嵐はこういう天候でテンションは上がったりしない。
「夕立は相変わらずね〜」
「風に身を任せてリューキン決めちゃってるよ……」
「ぴゃ〜、すご〜い……」
能代、阿賀野、酒匂は夕立の身軽さに改めて感心してしまっている。
リューキンとは体操の床種目でG難度の大技で後方三回宙返りのこと。着地が難しいためアスファルトの上でやるなんてもっての外……しかも強風でバランスを崩したら目も当てられないのだから、良い子は決して真似しないでほしい(そもそも常人には出来ないだろう)。
「春雨ちゃんと五月雨ちゃんはカッパ着てるけど、逆に危ないんじゃ……」
「というかローラースケート履いて風に運ばれるの楽しんでるけど……」
「時雨は村雨とバレーしてるのね……」
「ボールが荒ぶるからそれが面白いのかな?」
阿賀野と矢矧は春雨たち、能代と酒匂は時雨たちとそれぞれの遊ぶ風景を見ている。
しかしこれも絶対に真似をしてはならない。
「ったく、艦娘だからって危険なことはしないでほしいぜ……」
そして提督はそんな白露たちを見ながら苦笑い。因みに白露にいたってはずっと埠頭で海を眺め、天高く右人差し指を突き上げて高らかに笑っている。
しかし当然、雷が遠いからとこんなことをしないでほしいと提督は思っていた。
なので最終的には、
『お〜い! 馬鹿野郎共! 何外で遊んでだ! 10数える間に執務室に来い! でなきゃ謹慎処分だ!』
提督は全体放送で埠頭の白露たちに叫んだ。
ある程度遊ぶことは許可するが、長時間は許さない。
よって提督は最初は無駄だと言っても、最後はちゃんと命令で白露たちを屋内に呼び戻すのである。
ーー
提督の呼び掛けで白露たちはビショビショであるが執務室に集合。
阿賀野たちは用意しておいたタオルを白露に渡すと、白露たちは服をその場で脱ぎ、体を拭く。因みに服の下はみんなスクール水着なのでスッポンポンではない。
「楽しめたか?」
提督が体を拭く白露たちにそう言葉をかけると、
「うん、とっても!」と白露
「はしゃぎ過ぎちゃったよ♪」と時雨
「台風はこうして遊ぶのが一番よ」と村雨
「今度はもっと難易度が高い技に挑戦するっぽい!」と夕立
「今度は五月雨ちゃんとスケボーで滑ります♪」と春雨
「今から楽しみにしてるんです!」と五月雨
みんながみんな楽しかったと満面の笑みを浮かべて言葉を返す。
「楽しかったのはいいが、本当に怪我だけはすんなよ?」
提督は心配してそう言うと、白露たちは『はーい!』と元気よく返事をした。何度も言うが、そもそもこういう悪天候の中で遊ぶこと自体は決していいことではない。なので良い子は真似をしないでほしい。
「はい、みんな。お茶淹れたから飲んで温まって」
「拭き終わったら乾いてるタオルを体に巻いてね」
矢矧、阿賀野と甲斐甲斐しく白露たちに世話を焼く一方、能代と酒匂は白露から順にドライヤーで髪を乾かしてあげている。
「百歩譲って遊ぶのはいいけど、程々にね?」
「怪我したら司令もあたしたちも悲しいからね」
能代と酒匂が白露たちに注意すると、みんなしてまた笑顔で返事をした。
「注意されてもなんでかたぎって来ちゃうんだよね〜」
「ねぇ……なんでなのかしら〜?」
白露、村雨とお茶を飲みながらケラケラと笑って話している横で春雨と五月雨もケラケラと笑ってお茶を飲む。
一方で、
「このたぎりを提督が鎮めてくれるのが、僕の一番望むことなんだけどなぁ〜♡」
「提督さんとなら素敵なパーティし放題よ♡」
時雨と夕立はスク水姿で提督に迫っていた。その控えめながら自己主張はバッチリの時雨山と駆逐艦なのにたわわに育った夕立山にサンドされ、提督は「お前らなぁ……」と苦笑いする。
「はいはい、人の夫にお色気攻撃しないで〜。でないとそのお口を縫い合わせちゃうよ〜?」
阿賀野が絶対零度の微笑みでそう告げるも、ガチ勢の二人が臆することはない。
提督は執務室が消し炭になる前に時雨と夕立に離れるよう告げ、すると二人は素直に提督から離れた。
そして丁度お昼になったことで、提督は本館の簡易厨房でみんなの昼食を作り、台風が上陸していても執務室は賑やかに時を刻むのであったーー。
台風の時は外で遊ばない。良い子は真似しないでね!
てな訳で、読んで頂き本当にありがとうございました!