泊地は7月の半ばに入り、そこかしこで蝉の鳴き声が夏を知らせる。
鎮守府では天龍と白露、夕雲の改二に加え、更にまた多くが改へと改造されたことで夏の暑さに負けぬ熱気を持ち、今日も任務や訓練に精を出す。
その中で昼前を迎えた鎮守府の中庭では、とあるイベントが行われていた。
「いらっしゃいいらっしゃ〜い!」
「現品限り! なくなり次第終わりやで〜!」
「早い者勝ちですよ〜!」
艦娘たちの大きな声が響く。
今日はイベント委員会が主催の『第1回鎮守府フリーマーケット』が行われているのだ。
売り手は熱中症にならないよう明石から簡易テントを借り(無料)、その前で自分が売りたい物や自作してきた物を並べてマーケットを開いている。
因みに売り手側の売上の10%は鎮守府の今後のパーティ等の予算に使われ、それ以外は自分のポケットに入る。
ただ売り手側に立つ際ーー
粗悪品を売らない
消費期限等が切れている物を売らない
過激な物を売らない(R-18関連)
高値に設定しない(上限1000円)
舐められたり、こねくり回されたりしてもいい物
ーー上記を了承してもらう必要があるのだ。
そうした中で売る方も買う方もみんなフリーマーケットを楽しでいる。
「いやぁ、なんだかんだ皆さん盛り上がてますねぇ」
「そうだね……それに任務や訓練が終わってからマーケットに参加する子もいるから、少し時間を置いてまた来ても楽しみがあるもんね。睦月ちゃんたちみたいに姉妹が沢山いるところは1日中開いてるけど」
そう話している青葉と衣笠は姉妹で提督に頼まれ、このイベントの様子を写真に収めており、みんなの笑顔を余すことなく撮っていた。
「なんや、青葉は売り手に立たんのか?」
すると龍驤がテントから青葉たちへ声をかける。
「いやぁ、立ちたかったんですけど、司令官のお願いが最優先ですので!」
「というか、提督のブロマイドは酒保で売ってるし、そもそも青葉が提督の写真を要らなくなるなんてことないからね」
衣笠が苦笑いで補足を入れると、龍驤は「確かにそうやな」と自分で質問しておいて苦笑いを返した。
「ところで、龍驤さんは何を売ってるんでしょう?」
「うち? うちは見ての通りヘアゴムとかシュシュやで。どれも100円や」
龍驤はそう言うと並べてあるヘアゴムをいくつか手に取って青葉たちに見せる。
「わぁ、花飾り付きだぁ……このヒマワリの買おうかなぁ」
それを見、衣笠は早速迷う。
「お、買う? うち、これ買ったんはええけど、あまり使わんかったんや……だから使ってくれる子に譲りたいんや」
「じゃあ、買います!」
衣笠が即決すると龍驤は「まいど〜♪」と100円玉を受け取り、衣笠へヒマワリのヘアゴムを渡した。
「ガッサーは相変わらず衝動買いしますねぇ。お姉ちゃんは心配です」
「むぅ、いいでしょ? 私のお給金からなんだからぁ」
姉の小言に衣笠はちょっぴり頬を膨らませて言葉を返す。
しかし、
「…………なぁ、青葉は髪型ポニテやんな?」
龍驤の商売魂に火をつけた。
「はい、確かにポニーテールですど、青葉は間に合ってます。そう簡単にーー」
「これ、
「ーーいいでしょう。言い値で買います」
龍驤の提督商法にまんまと引っ掛かった青葉は、龍驤に勧められるがままピンクのペチュニアの飾りが施されたヘアゴムを300円で購入。
よって、
「青葉も人のこと言えないねぇ」
妹からジト目で肩をツンツンされるのだった。
「司令官が青葉にと言ったのです。買わなきゃ女が廃ります!」
「はいはい、青葉はホントに提督が大好きなんだから」
青葉のキリッとした良い顔を前に衣笠はやれやれと肩をすくめるも、青葉が「青葉は司令官を愛してます!」と強く訂正される。なので衣笠はまた「はいはい」と適当に流すのだった。
ーー
それからも色々と青葉たちは写真を撮りつつ、自分たちもなんだかんだフリーマーケットを楽しんでいると、
「シロップサイダーありますよ〜」
大淀がテントを張って露店を出していた。
「大淀さんが露店ですか?」
青葉が声をかけると、大淀は「明石さんに頼まれたんです」と笑顔で返す。
「じゃあ、衣笠さんはシロップサイダーのイチゴく〜ださい♪」
「はい、分かりました」
「ではでは青葉はブルーハワイで」
「は〜い」
姉妹は早速シロップサイダーを購入し、ゴキュゴキュと喉を鳴らした。
「ぷはぁ、暑い中でのシロップサイダーは格別ですねぇ!」
「うん! この馴れた甘さがまたいいよね♪」
青葉、衣笠とご満悦でシロップサイダーを飲み干すと、
「あら、また新しいお店が開きますね」
大淀がそう言って指を指す。すると先程まで龍驤が開いていたところに瑞穂と秋津洲が入っていた。
それを見た青葉と衣笠は大淀と別れ、早速瑞穂たちの元へと向かう。
ーー
「こんにちは〜♪」
「写真撮ってもいいですか〜?」
瑞穂たちに青葉たちが声をかけると、
「あら、青葉さんに衣笠さん……こんにちは」
「こんにちは! 撮ってもいいけど、今商品を並べるから、それからがいいかも!」
二人も挨拶を返し、秋津洲の言葉に青葉は「了解です♪」と返した。
「瑞穂ちゃんたちは何を売る予定なの?」
「瑞穂たちはもう使わない風呂敷で作った小物を皆様へお売りしようかと思っています」
「巾着とか手拭いとか〜……あと香り袋!」
秋津洲がそれぞれ品を見せると、衣笠はまた「はわぁ♪」と目を輝かせる。それ見る青葉は「また始まりましたねぇ」と困ったような、それでいて母性あふれる笑みを浮かべた。
しかし香り袋は麻の葉文様や利休梅文様、正倉院文様といった柄で、巾着を模しているものは勿論だが、座布団の様だったりひょうたんの様だったりと目で見ても楽しめるので衣笠が目を輝かせるのも頷ける。
「香り袋の方は800円と皆様と比べて値を張ってしまいますが、秋津洲さんが丁寧に作ったおすすめ品なんですよ」
瑞穂が微笑んでそう言うと、秋津洲は少し頬を赤く染めて「瑞穂ちゃん……」と恥ずかしそうに瑞穂の服の袖を引っ張った。
「恥ずかしがる必要はありませんよ。それに私は秋津洲さんが一生懸命に皆様の笑顔を考えて作ったからおすすめしているんですよ?」
「そ、その気持ちは嬉しいかも……で、でも、言わないで。恥ずかしくて顔から火が出そうだから!」
秋津洲の言葉に「秋津洲さんは本当に奥ゆかしいですねぇ」と瑞穂は微笑んで、リンゴのように真っ赤になる秋津洲を見て微笑み、秋津洲は余計に恥ずかしそうにして「うぅ……」と俯く。
当然、そんな美しい光景を青葉はバッチリ激写していた。
ーー
「ん〜、いい香り〜♪」
「あそこまでおすすめされては買わざるを得ませんでしたね」
瑞穂たちのマーケットで香り袋を購入した青葉と衣笠は、その香りに癒やされつつ、また中庭を見回る。
衣笠はラベンダーの香り袋で青葉は桐の花の香り袋を購入。
「ん〜、そろそろお昼ですねぇ」
「そだね。一旦休憩して食堂行く?」
腕時計で時刻を確認した青葉たちは、そろそろ休憩時間を取ろうかと考える。しかし青葉としては提督にお願いされたのもあり、出来ることなら現場を離れたくない様子。
すると、
「お〜い」
背後から声がした。
その声にいち早く反応したのは青葉。
何故ならその声の主は提督であったから。
「青葉の司令官〜♡」
いつものテレポート張りの早さで提督の元へ駆け寄る青葉。それを見、衣笠は苦笑いでトコトコと提督の元へ行く。
青葉は提督にまるで飼い主をずっと待っていた飼い犬のように抱きついていて、その横では阿賀野が黒い笑みを浮かべ、矢矧はため息混じりに肩をすくめていた。
「青葉さ〜ん、阿賀野の提督さんから離れてよ〜」
「今はみんなの司令官です。夫婦の時間は夜にしてください」
火花バチバチの両者を他所に、
「お疲れ様。提督と私たちでお弁当作ってきたから、食べて」
「わぉ! 嬉しいなぁ! ありがと!」
矢矧は衣笠にお弁当の入ったバスケットを渡す。
これは提督が青葉の考えを予め予想し、現場を離れることにならないよう用意したお弁当なのだ。因みに中身はおにぎりとサンドイッチ、鶏の唐揚げ、コーンサラダ、それとデザートにうさぎさんカットのリンゴである。
ーー
ベンチに移った一行。青葉たちは提督お手製弁当をモキュモキュしつつ、マーケット内で体験してきた話を見せながら写真を報告する。
「司令官、どうですか?♡ 司令官が青葉に似合うと言ったヘアゴムを着けてますが?♡」
「おぉ、あれ買ったのか。やっぱ俺の思ってた通り似合うじゃねぇか」
提督に早速アピールし、褒められた青葉は恍惚な表情を浮かべてヘブン状態。一方、阿賀野はそんな青葉をジトーッと見つめ、提督の脇腹をいつつねってもいいように掴んでいる。よって提督は笑顔ながら冷や汗を掻きながらいた。
「これ、秋津洲さんの手作りなの?」
「そうなの! すっごくいい香りだよ!」
それと〜これと〜……と衣笠は買った品々を矢矧に見せている。これには矢矧も興味津々で、中でもやはり秋津洲お手製の香り袋を気に入った様子だ。
「あとで私も買おうかしら」
「その方がいいよ! だって秋津洲ちゃんが私たちのことを思って作ってくれた物だもん!」
その証拠だというように衣笠は青葉のデジカメから、先程の瑞穂と秋津洲の仲良し写真とその時の会話を聞かせる。
「それに香りが弱くなった時のお手入れの仕方も教えてくれたよ! この中はアロマオイルに浸したお米を使ってるんだって! だからここの紐を一旦解いて、お米をまたアロマオイルに浸せばいいんだって!」
衣笠が熱弁すると、矢矧だけでなく提督と阿賀野も揃って『ほぇ〜』と感心するように頷いた。
「じゃあ、帰るついでに買ってくか。演習行ってるのしろんとさかわんの分も」
提督の提案に阿賀野も矢矧も笑顔で頷く。
するとそこで、
「司令官は今回、何か売らないんですか?」
青葉はずっと気になっていたことを質問した。
「ん、俺が?」
「はい。お仕事の方で売り手に回れないなら、青葉が代役で売りますよ?」
(タダでとは言ってない)
青葉がそう申し出るも、提督は「俺は売れるもんねぇからなぁ」と苦笑いする。
「えぇ〜、ないんですか〜? 使い古したタオルとかお布団とか……それこそ下着とか!」
「タオルや布団は分かるが、下着なんて売れねぇだろ。そもそも男物は需要ねぇし」
「いいえ、需要はあります! 売るならばこの青葉が全部買い占めます!」
キリッとしたいい顔で青葉が高らかに宣言すると、提督の脇腹に激痛が走る。そもそも提督がそんな物を売ればカオスなことになると分かっているので、売る気はないし、譲る気もない。
青葉の言葉に提督は『というか、そんなことを高らかに宣言しないでほしい』と思った。
何故なら、
『提督(さん)の下着が売られると聞いて!』
こうなってしまうから。
どこからともなくガチ勢が湧き、みんなの手には諭吉殿が握られている。
とある軽巡洋艦四番艦はハァハァし、とある戦艦二番艦二名はジュルリと口からあふれ出す提督LOVEを拭き、とある練習巡洋艦二番艦はゲヘヘと女の子がしてはいけない笑い声をあげたり、一航戦のヤバい方は既に臨戦態勢……などなど提督が思った通りの展開に発展してしまった。
なので、
「ぜってぇに売らねぇかんなっ!!?」
提督は大声で売らない宣言し、それは鎮守府全体に響き渡る。
その声を聞き、ガチ勢がどこかのジョーみたいにその場で真っ白になって膝を突いたのは勿論、物陰でそれを聞いていたとある戦艦三番艦ととある航空巡洋艦二番艦ととある重巡洋艦四番艦はその場で大粒の涙を流していたというーー。
ーおまけー
本編に出してなかったフリーマーケット参加者と販売品一覧。(青葉のコメント付き)
睦月型姉妹:姉妹で作ったミサンガ
コメント:どれもおしゃれで可愛かった☆ 売上金は姉妹のおやつ代になるみたいです!
吹雪型姉妹:初雪のコンプ済ゲームソフト
コメント:初雪さんは売上金で新しいゲームを買おうとしてましたが、吹雪さんや叢雲さんに怒られてました……。
摩耶&鳥海:編みぐるみストラップ
コメント:クマさんやらウサギさんやら鳥海さんの手芸スキルに脱帽でした!
扶桑型姉妹:使わなくなった風呂敷で作ったぬいぐるみ
コメント:和柄で落ちいている感じなのに、かわいいウサギさんやネコさんと色々ありました! 司令官も丸い犬のぬいぐるみ買ってました! そのぬいぐるみ、青葉と場所代われ。
妙高&龍田:花壇から摘んだ押し花の栞
コメント:もう枯れていく花を押し花にしたそうです。売上金は園芸用品の資金になるそうです!
最上型姉妹:鈴谷や熊野の着なくなった洋服
コメント:セクシー系からカジュアル系と色々ありました! 衣笠が青いフレアミニスカート買ってました☆
あきつ丸:各国の戦車模型&図鑑
コメント:凄くマニアック……でもその模型に愛と情熱を注ぎ込んだのもあり、1000円でもその精巧さにドイツ艦勢やロシア艦勢が主に買い漁ってました!
はち&ろー:読まなくなった小説や絵本
コメント:恋愛モノから青春モノ、SFとジャンルが様々で色んな方が立ち止まってました♪
金剛:使わなくなったティーカップ
コメント:金剛さんチョイスだけあって紅茶を楽しむ方々が集まってました!
グラーフ:使わなくなったコーヒーカップ
コメント:意外とファンシー系が多く、青葉もついゆる〜いヤギさんのイラストが描かれたカップを買いました♪
夕張:取ったはいいものの取れそうだからと取ってしまったために置き場のないゲーセン景品のフィギュアやぬいぐるみ
コメント:欲しくもないのに取れそうだからとお金を出すとは、流石は夕張さん。イタリア艦勢やアメリカ艦勢が色々と買い込んでました! 母国にいる姉妹たちに送るんだとか☆
イムヤ&ルイ:使わなくなったリボン
コメント:可愛いのから大人っぽいものまで多くあり、青葉と衣笠で第六戦隊お揃いのレースリボンを買っちゃいました☆
択捉型姉妹:使わなくなったハンカチやタオル
コメント:これもシンプルなものからカジュアルなものと多くありました♪ 衣笠はここでもハンカチ買っててお姉ちゃんは心配です。
ーーーーーー
ということで、今回はフリーマーケットを楽しむ艦娘たちの風景を書きました!
読んで頂き本当にありがとうございました!