提督夫婦と愉快な鎮守府の日常《完結》   作:室賀小史郎

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ちょっと下ネタ発言があります。
ご了承ください。


夜の艦娘寮:五晩目

 

 9月の後半に入った泊地はようやく気温も落ち着き、秋らしい気温になってきた。

 鎮守府では相変わらず『抜錨! 連合艦隊、西へ!』の任務を着実に確実に遂行しており、誰も力みも緩みもせずいい状態で後段作戦の最終局面に事を運んでいる。

 

「明日もまた任務か……俺が前線に行くわけじゃねぇが、本当に戦闘は心臓に悪いぜ」

 

 本日の己のやるべきことをし終えた提督は、湯浴みも済ませた上で自室の窓辺にて妻の阿賀野と共に軽い晩酌をしていた。

 今宵の潮風はひんやりとしており、夜空には星々に囲まれて細く小さな小潮の月が浮かぶ。

 

「最深部に行くまでに中破したり大破したりしちゃうのは仕方ないけど、これまで誰も沈んでないんだからいつも通りに行けば大丈夫だよ」

 

 弱気な提督の隣では浴衣姿の阿賀野がいつものように笑顔で声をかけ、空いた盃に提督の大好きな日本酒の加賀美人を注いでいた。

 明日から艦隊は今作戦の最終海域に出撃するため、阿賀野は少しでも夫の心労を癒やそうとしているのだ。

 そんな妻の心遣いを汲んだ提督は自分が弱気になってどうする……と気持ちを改め、その盃を空にする。

 

「……よし。明日も全員生きて帰らせる」

「その粋だよ、慎太郎さん♪」

「あとは新しく着任する予定の艦娘たちの育成カリキュラムとかも、そろそろのしろんたちと作らねぇとなぁ。やることがいっぱいだ」

 

 今度は思わず苦笑いをこぼす提督。しかし阿賀野の方はちょっと眉をひそめてしかめっ面だ。

 そんな妻の表情に提督は内心で小首を傾げていると、

 

「どうせまた可愛い子だろうから、慎太郎さんの目が奪われちゃう〜……」

 

 阿賀野がそんなことをこぼした。

 

「綺麗系かもしれねぇだろ……」

「どっちにしたって一緒だもん。うわーん」

 

 阿賀野はわざとらしい嘘泣きをしながら、提督の左腕にしがみつく。

 

「大丈夫だって……俺は阿賀野一筋だ。その婚約指輪をお前に渡した時、俺はお前を一生……俺の人生を懸けて愛すって誓ったんだからな」

 

 対して提督が柔らかい笑顔を浮かべて阿賀野への愛を改めて伝えると、阿賀野は自身の胸の奥がトクンと喜びに弾んだ。

 しかし、

 

「…………でも、慎太郎さんは可愛い子にも綺麗な人にも甘いから不安」

 

 それだけではまだ奥様の不安を取り除けなかった。

 

「そりゃあ、まあ……俺も男だしよ。美人や可愛子ちゃんに甘くなっちまうのは勘弁してくれよ」

 

 なので提督は苦笑いを浮かべて素直に自分の心境を吐露する。ここで変に気を遣っても何も意味がないからだ。

 

「酷い! この浮気者!」

 

 よって妻からは非難の声を浴びせられた。

 それでも、

 

「そんな中で一際俺が甘くしてんのは阿賀野だからな? お前は俺にとって可愛くて綺麗な嫁さんなんだからよ」

 

 提督から放たれた言葉に阿賀野は思わず息を呑む。

 

「……俺が言うのも変だけどよ。俺が誰よりも甘やかしてんのは阿賀野だって、伝わってるだろ? のしろんややはぎんは勿論、さかわんにだって提督は阿賀野に甘過ぎるって良く言われてんだからよ」

 

 たはは……と笑って頭を掻く提督だが、

 

「でもこればっかりは仕方ねぇんだよな。お前が嬉しそうにしてる顔を見るのが俺の生き甲斐なんだよ」

 

 すぐにいつものように少年のような笑みを浮かべてそんなことを言った。

 対してそんなことを言われている阿賀野の胸の奥はもうトクントクンと甘く高鳴り、言葉よりも先に体が動く。

 スッと提督の首に両手を回した阿賀野。それでいて阿賀野の唇は提督の唇を奪い、瞬く間に提督を押し倒し、制圧していた。

 

 激しい抱擁と激しくも自分の愛をこれでもかと伝えるような口づけ……。

 互いの吐息や舌やつばが短く長い時間の中で混ざり合い、やっと互いの唇が離れた時には夫婦共に肩で軽く息をしていた。

 

「…………いきなり激しいな」

 

 いつもだけど、と提督は阿賀野へ告げる。しかし阿賀野に至っては未だ何も言葉を返さぬまま、何度も何度も提督の頬へ自身の唇をぶつけていた。

 チュッチュ……チュッチュ……と甘い音がいくつも何回も響き、提督自身の頬には甘い衝撃が繰り返し押し寄せてくる。

 

「……阿賀野」

「っ♡ っ♡ っ♡」

(慎太郎さん♡ 慎太郎さん♡ 慎太郎さん♡)

 

「……お〜い、阿賀野〜?」

「慎太郎さん……私、今すぐ慎太郎さんとひとつになりたい♡」

「え」

「もう気持ちを抑えられないのぉ♡ 慎太郎さんへの愛が募り過ぎて切ないよぅ♡」

「…………ここで? 窓締めてないお?」

「いいの!♡」

 

 こうして提督は妻から大きな愛を行動によって示され、美味しく頂かれるのだった。

 

 ーーーーーー

 

 その頃、艦娘寮では例によって明日の作戦に向けてみんなが束の間の休息を仲間たちと過ごしている。

 軽巡洋艦寮では交換お泊り会が行われており、

 

「へぇ、眼帯ってしてみるとなんか不思議な感覚ね……」

 

 2号室には矢矧がお泊りに来ていた。

 この2号室の住人は木曾・神通・長良・球磨であるが、今日のところは球磨と矢矧を交換している。

 そして今、矢矧は木曾から眼帯を借りて身に着け、普段とは違う視界感を楽しんでいる最中。

 

 ーーーーーー

 

 一方、4号室ではーー

 

「おぉ、この提督の写真欲しいクマ! A3サイズで印刷を希望するクマ!」

 

 ーー球磨が夕張秘蔵の提督これくしょん(ちゃんと撮影許可を取って撮ったもの)を見、夕張に現像を頼んでいるところ。

 夕張はバチコーンとウィンクすると、自分のPCで手際良くそのデータを写真用紙へプリントする。

 

「由良的にはこの写真なんてオススメなんだけど……どう? イクちゃんにいたずらされて海水を掛けられちゃってるとこなんだけど♪」

「水も滴るいい男とは正にこのことクマ……というか、ワイシャツがスケスケで下のお口からよだれが出ちゃうクマ♡」

 

 由良一押しの写真を見、球磨はグヘヘ……と上の口から提督へのLOVEを垂らす。

 そんなLOVE勢たちを名取は『相変わらずだなぁ』と心の中で苦笑いしながら、アイスココアを飲んでいた。仮に注意したところで自分にこの三人を止めることは出来ないから。

 それにこういうことにうるさい矢矧がいないこの時だからこそ、夕張も由良も存分に提督へのLOVEを普段とは違う形で共有出来るので名取は基本的に流しているのだ。

 流石に提督の写真を手にトイレへと直行しようとする奇行は止めたが……。

 

「夕張、これとこれとこれも追加だクマ!」

「はいはい♪」

「今夜はとことん提督さんについて語るわよ!」

『おー!』

 

(0時回ったら強制的に電気消して、私は耳栓して寝ちゃお)

 

 こうして4号室の夜は更けていった。

 

 ーーーーーー

 

 所戻り、2号室。

 

「ん〜、神通の淹れるお茶は美味しいわ。毎日飲める2号室のみんなが羨ましい」

「ふふふ、気兼ねなく飲みに来てくれてもいいですよ。姉さんや那珂ちゃんも良く来てくれてますし」

 

 神通が淹れたお茶を飲み、ほっこりする矢矧や同室の二人。

 このお茶はリンデンとローズで出来ているハーブティーで、安眠効果抜群なのだ。

 

「でもこのお茶が出来たのって川内が大きく関わってるんだよねぇ」

 

 長良がそのお茶を見ながら苦笑いしてつぶやくと、木曾も「そうだな」と苦笑いを浮かべた。

 一方、このお茶が出来た秘話を知らない矢矧は「え、川内が?」と小首を傾げると、神通は苦笑いで頷く。

 

「……えっと、姉さんは今でこそ夜は大人しいんですが、私がここに着任した頃はまだまだ夜は騒がしくて」

 

 神通の言葉に矢矧は「あぁ」と事情を察し、なんとも言えない笑顔を浮かべた。

 

「あの頃の川内は凄くてなぁ……夜な夜な提督の部屋に夜戦を強請りに突撃してって、その挙げ句提督にしこたま怒られて泣き泣き寮室に放り込まれてたよな」

「提督も毎晩毎晩起こされて、目の下にクマを作りながら川内に()()してたよね〜」

 

 木曾と長良が当時のことを思い浮かべながら語ると、神通は苦笑いし、矢矧は提督に同情の念を抱く。

 

「毎晩毎晩夜戦がしたい理由を川内が提督に訴えてーー」

「その都度、提督に的確に論破されてーー」

「ーー何も言い返せなくて泣いて抗議して、提督の小脇に抱えられて部屋に戻される……というのが当時の鎮守府の風景でした」

 

 木曾・長良・神通の言葉に矢矧は思わず肩をすくめた。

 

「それで神通が少しでも提督の力になれるようにって開発したのが、このお茶って訳さ」

「まあ、最終的に川内も提督の考えを理解して毎晩ちゃんと寝るようにはなったけど、なかなか寝付けない時はこれを飲むらしいよ」

「へぇ……でも経緯はどうあれ、こんな美味しいお茶が出来たのは喜んでいいんじゃないかしら?」

 

 矢矧が木曾たちにそう言うと、木曾も長良も『確かに』と頷いてまた神通特製のお茶を口に含む。

 

「あの時は提督のお力になりたい一心で試行錯誤してましたが、こうして今では皆さんがこのお茶を楽しんでくれて嬉しいです。本当に何がどう転ぶか分かりませんね」

 

 対して神通は片手で口元を押さえながらクスクスと可笑しそうに笑った。

 

 ここで会話は途切れたものの、空気はとても穏やか。

 しかしそこで矢矧が小さく笑い声をこぼしたので、木曾たちは矢矧に注目する。

 

「あぁ、ごめんなさい。私ってみんなからからかわれることが多いから、こんな風に過ごすのって久し振りで……そう思ったらつい笑っちゃったのよ」

 

 矢矧が笑った理由を話すと、

 

「いつもは妹の面倒を見てもらってるもんねぇ。本当にごめんね……そしてありがとう。今夜はゆっくりしてね」

 

 長良が優しく矢矧の頭を撫でながらそう告げた。長良も六姉妹の長女ということで、こういう時のお姉ちゃん気質は流石の一言。よって矢矧も「えぇ」と素直に長良へ返事をした。

 

「俺もどっちかと言えば姉ちゃんとかにからかわれる側だからな。矢矧の気持ちは分かる」

 

 一方、木曾はうんうんと頷いて矢矧の肩をポンポンと叩く。

 木曾は今でこそ穏やかに過ごしているものの、球磨がいればこの平穏はぶち壊されるからだ。

 しかし、

 

「でもなんだかんだ言ってお姉ちゃん子だよね、木曾は」

「肝試しの時はお姉ちゃんって叫んでましたしね」

 

 今夜は優しく長良と神通に平穏をぶち壊された。

 

「う、うるせぇな。もうあの日のことは言わなくていいだろ?」

 

 ほんのりと頬を赤く染め、恨めしそうに長良たちへ言い返す木曾。

 しかしその表情や仕草が可愛くて、矢矧はみんなが木曾をからかってしまう理由が少し分かった。因みに矢矧も木曾みたいに反応が可愛いからみんなにからかわれているのだが、当の本人は知る由もない。

 

「まあ、でも末っ子って可愛いから仕方ないよね。私のところだって阿武隈の反応がいちいち可愛いから、姉妹の中じゃみんなでつい意地悪しちゃうし♪」

「あ、それ分かります。私も那珂ちゃんの反応が可愛くて、悪いなと思っていてもほっぺたとか無駄にツンツンってしちゃいますから♪」

「私も酒匂には同じかも……無駄にほっぺとかビヨーンってすると反応が可愛いのよね♪」

 

 それぞれ妹を持つ身である三人は分かる分かると共感するも、唯一の末っ子である木曾は「姉から構ってもらえるのは嬉しいが、その構い方が問題だ」と反論。

 しかし次に『じゃあどんな風に構ってほしいの?』と三人から訊かれ、木曾は何も言い返すんじゃなかったと己の言動に後悔して顔を赤らめて黙秘するのだった。

 

 結局、寝るまで木曾はそのネタでイジられたが、ここにいるお姉ちゃんたちは良心的なのでしつこくなかったのが救いだったというーー。




ということで、今回はゲームではなくただの雑談風景をお届けしました!

読んで頂き本当にありがとうございました!

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