もし死に戻りの記憶がみんなに戻ったら re   作:なつお

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第13話『魔女との対話』

 

 

 

 

 ーー目を覚ました。

 

 そこは緑生い茂る丘だった。雄大、圧倒的、絶景、そのどれもが霞がかる嘘の世界、魔法の世界。それをスバルは知っている。

 見覚えのあるこの景色と、聴き覚えのある風の吹く先に、彼女(エキドナ)はいた。

 

 テーブルの上には当然のようにもうワンセット、カップが置かれている。エキドナは準備していたのだ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 彼女は華奢な身体をしどけなく白いテーブルに預け、まるで今こちらに気付いたかのようにハッとリアクションを取った後、手を振る。しかし、スバルには手を振り返す余裕など、到底なかった。

 振り返すどころか、振りかぶる勢いのままに、大地を蹴り進むかのごとく、荒々しい様子でエキドナに詰め寄る。

 

 

 ……そんなスバルに対し、エキドナはまるで、昔の級友に会うかのような気軽さで、声をかけた。

 

「やあ、久し振り……と言っていいのかな。ここの時間の流れと、そちらの時間の流れは違うから、どう言ったら良いのやら……

「テメェ! 一体何しやがった!?」

 

 エキドナの戯言に付き合っている暇などない。ましてや、挨拶など交わす様な心情ではなかった。

 “招かれた”などという事実に、関心を向けていられるほど、スバルも出来た人間ではない。いや寧ろ、それを出来る人間と定義すること自体が湿疹を起こしてしまうほどに、反吐が出る。

 

 そんなスバルの怒号にしかし、エキドナは動じない。つれないなぁーと頭を振り、薄く笑むだけだ。

 

 鋭い眼光を向けるスバルとは、全くもって反対の、陽気さで、

 

「嫌だなぁ。いくら干渉できるのが()()()だからって。いくら試練を与えるのが()()()だからって。いくら君の目から見て怪しいのが()()()だからって」

 

「…………」

 

「僕が彼女に何かしたっていう、“証拠”でもあるのかい?」

 

「ーーーーっっ、うぁっ?」

 

 両の手をヒラヒラさせ、大仰なジェスチャーを交えながら話すエキドナ。あまりに平然とした彼女の態度、いっそ清々しい程の悪意溢れる言い回しに、スバルは一瞬言葉を詰まらせる。

 

「ーーっふざけんな! あのレムが何もなしに試練に挫折するわけねぇだろ! あんなボロボロになって……」

 

「ボロボロ? 僕が見た感じでは、ケガとかはしてなかったと思うのだけれど。起きたらきっと元通りだと思うよ?」

 

「外じゃなくて中身の話だよ! それに起きるも何も、目を覚まさねぇんだ。他の誰でもない、テメェの所為でな!」

 

 別に怒りのぶつけどころを探すように、無理矢理に決めつけている訳ではない。そんな八つ当たりは無意味だということを、スバルは知っている。

 胸騒ぎが警笛となって全身を強張らせると同時、反対に頭は酷く冷静に働いていた。

 

 ーー違和感が、あったのだ。

 

「証拠もないのに僕を疑うのはよしてくれないか? 別に僕は、君と口論をするために、君をこの場に招いた訳ではないのだけれど。……僕の事を信じてはくれないのかい?」

 

 美少女の上目遣い。こと彼女の常軌を逸した美貌の前では、思わず首を縦に振ってしまう男が続出するだろう。……このような状況、このような性格でなければの話だが。

 

 スバルは目を閉じ、深呼吸をした。それは溢れんばかりの負の感情や、がなり立てる動悸を抑える為でもあったし、“言葉を選ぶ為”でもあった。

 

「……なあエキドナ」

 

「なんだい?」

 

「お前なんで俺が()()()()()で、お前を疑ってるって分かったんだ?」

 

「ーーーー」

 

 ここにきて初めて、エキドナが口籠もり表情を硬くする。それは一瞬の事だったが、スバルはそれを見逃さず、ここだと確信した。

 

「俺はここに来たときお前に、一体何をしやがった? って聞いただけだぞ。どうして直ぐにレムの事だと分かった?」

 

 そう。レムというワードが出ていない状況で、彼女の方から出たレムの情報。スバルが来ることを見越したように用意されたティーセットも気になる。

 これらが果たして“証拠”になり得るか。

 

「ーー君は知りたいと望んでここにやって来た。ならばそれを叶える僕自身が、内容を知っているのは当然だろう? それに彼女が試練につまづいたのは知っていたからね。それだけでも予想は……

「それは違うな!」

 

 キッパリと断言するスバルに、エキドナは先程までの正しく巧言令色な様から、無表情へと変わった。

 

「……わからないな、何が違うんだい?」

 

「お前は俺の知りたいという気持ちに応えるだけだ。内容までは分からない」

 

「ーーーー」

 

「レムが何らかの事情により、試練につまづいたことをお前は知っていた。確かにそう仮定してもいい。でも、お前俺がここに来た時最初に言ったよな? 時間の流れが違うって」

 

「……だからどうしたというんだい?」

 

 ーースバルはエキドナの、とある言葉を思い出す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

()()()()()()()()()()だと思うよ?』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なあエキドナ。……なぜ、どうして、レムが()()()()()()()と思った?」

 

「ーーーー」

 

「お前が試練を見届けた時、レムは確かに失敗した。その後俺はここに来た。この世界の中では一瞬だったとしても、現実では時間が経ってるかも知れない。……じゃあなんで目覚めてないと言い切ったんだ?」

 

 違和感の正体はコレだった。

 今となっては最早それは、明確に形作られた証拠となり得る。欠けていたパズルのピースがハマったような感覚に、しかししたり顔を向ける気持ちにはなれない。

 それは激情に駆られる身体を抑えるのに精一杯ということもあったが、何より目の前にいる彼女の不敵さから、何かあると危惧せずにはいられなかったからだ。

 

 

 

 そう。……やはり彼女は魔女なのだと、証明するかのごとく、彼女は大きく手を広げて、スバルを、少女を、世界を嘲笑ったのだった。

 

 

 

「はははっ! 中々の名推理だね。でも残念!! 今まで僕が言ったのは全部冗談さ。なんでこんな状況で、そんな事を言うのかって? 勘違いしないで欲しいね。僕は君が冷静さを欠いていないか、それを確かめただけだよ。あ、嘘だと思ってるね? 酷いなぁ、まったく。……忘れたのかい? 僕には 『“叡智の書”』 があるんだよ? 再三話した通り、この本さえあれば、世界の全てさえ知り得ることができる。信じられないかもしれないが、この本には生きとし生けるものーー否、有機物無機物含め、全ての記憶が詰まってるんだ。世界の記憶と称しても過言ではないだろう。それを僕は持っている。だからどれだけ僕がこの件について知っていたとしても、それをどれだけ君がおかしいと思い、どれだけ不信感を募らせようとも関係がない。そして君がどれだけ僕が発した言葉の矛盾をついても、意味がないんだよ。だってそう、それは正しく等しく相応に、戯言なのだから。容疑者被疑者有罪無罪冤罪何色にも見えた道程は、全くもって意味がない。……なぜならこの本一冊で僕の容疑は晴れるのだから。あらゆる事象においてセピア色、その通り白黒ハッキリとつく訳だね。結果がわかっている事に、一々頭を抱えるのは馬鹿らしいとさえ思うよ。まぁ、この件に関して僕は白以外ありえないんだけどね。……どうだい? 今までの過程はただのお遊びーーんんっ、失敬。君が無駄で無価値な怒りに身を任せて、自分自身を見失っていないか確かめただけだよ。その結果君は合格だよ。おめでとう!! おっと、ここで勘違いされては困るんだが、無駄で無価値と言ったがいや、まあそれは客観的に見ればという話でね。僕からすればその怒りさえも無価値なものではないよ。凄く新鮮で楽しく心を踊らされるものだった。いや、やはり君は不思議な人だね。生前にも、ここまで言葉を、文字通り酌み交わした人間は中々いないよ! だというのにここまで会話を楽しんだのは初めてだ。君は特別だね。特異点だよ。非力でありながら僕みたいな魔女と君は語り合っているのだから。うんうん! 君は僕の中で1番の中の1番という訳だね……と、少し恥ずかしいことを言ってしまった。こう見えて僕も女の子だからね。もし君に想い人が他にいたとしても、この気持ちを無下には扱って欲しくないなぁ。そうだね、僕がこの叡智の書を大切に扱っているぐらいには大切にして欲しいかな。あ、あと僕を疑ってしまったからといって気に病むことはないよ? 正直僕にも落ち度はあったし、たとえ君が叡智の書の存在を考慮せずに、愚かに浅はかに安直に暗弱に決めつけた結果だったとしても。許すよ? だってーー……叡智の書に書いてあーー……叡智の書を気にかけたらーー……叡智の書が全てをーー……叡智の書は嘘をつかないーー……叡智の書には判断の基準ーー……叡智の書は人間が読むとーー……叡智の書は僕のような魔女だかーー……叡智の書の起源は語り出すと長いよーー……叡智の書は僕の本でありーー……叡智の書叡智の書叡智の書叡智の書叡智の書叡智の書叡智の書叡智の書叡智の書叡智の書叡智の書叡智の書叡智の書叡智の書叡智の書叡智の書叡智の書叡智の書叡智の書叡智の書叡智の書叡智の書叡智の書叡智の書叡智の書叡智の書叡智の書叡智の書叡智の書叡智の書叡智の書叡智の書叡智の書叡智の書叡智の書叡智の書叡智の書叡智の書叡智の書叡智の書叡智の書叡智の書叡智の書叡智の書叡智の書叡智の書叡智の書叡智の書叡智の書叡智の書叡智の書叡智の書叡智の書叡智の書叡智の書叡智の書叡智の書叡智の書叡智の書叡智の書叡智の書叡智の書叡智の書叡智の書叡智の書叡智の叡智の書がーーーーーーーー」

 

 

 

 それは能力や才能の有無、優位性、魔法がどうだ、異世界だからどうだ、そんな理由ではない。

 ……おかしいのだ。常軌を逸した言動や感覚、倫理観、道徳観、感性、人がその身に内包する眼に見えない何か。それらが欠落、或いは増長し、理から外れてリズムを乱す。

 その不均衡な何かに、常人ならば吐き気を催すだろう。しかし、その不調和を一縷の憂いもなく、あたかも調和しているかの様子で心身に留め、平然としている。此処にこそ、彼女を魔女たらしめる何かがある。

 

 ーーそしてまるで、息をするかのように、嘘をつく。

 

 

 

 

 ーーそんなもの、理解、出来ない。出来る訳が、ない。

 

 

 

 

「その本は知ろうとする過程を飛ばすものだろ? お前はその過程に価値を見出してる。その本は使わないって言ってなかったか?」

 

「ーーーーふん?」

 

「知っていたいんじゃなくて、知りたいんだろ? それを否定するのはお前じゃないよな」

 

 ーーでも、俺は()()()()()()()()。理解出来ないのがお前らだということを。たとえ俺の中で出来上がったお前ら魔女が、ハリボテのモノだったとしても。どれだけ身を付け表情を付けても意味なんてない。理解なんてしないのが得策だ。割り切り決めつけ、無理やり大きい枠に当て嵌めて話す。

 

「それが俺の出した最適解だ。お前らと言葉を交わすのに普通のやり方じゃ通じねぇ。これぐらいは強引にいかないとな」

 

「……君は一体、なにを?」

 

 驚くエキドナに、スバルはもう一度深呼吸して、話しだす。

 

「ーーお前がもし叡智の書を読んだとしても、それは俺とあった後に読むハズだ。何故ならもし本当に俺の用件を知らない場合、お前にとってそれは未知だからだ。お前は俺からそれを聞き出す過程を楽しむ奴だ。だからお前は叡智の書を読んでいない!」

 

 キッパリとそう言い切るスバルに、エキドナは身をたじろがせる。

 ーーそれは()()()()()()()だった。魔女が、唯の人間に押し負けるなんて。

 

「随分と……随分と僕のことを理解しているように話すね、君は」

 

「いや、正直わからないことだらけだよ。自分自身のことさえ最近、ようやっと分かってきたところだ。そんな俺がましてや、魔女のことなんて分かるわけねえ」

 

「ーーでは何故?」

 

 エキドナの問いにスバルは答える。ハリボテの、偽物かもしれない彼女を。理解できる最低限の、都合の良い彼女を。

 

「俺の中にある、憎たらしいお前を信じたんだよ」

 

「ふーん。そうかい……」

 

 エキドナは小さくそう呟くと下を向く。

 二人の間を通り抜ける風は冷たく、スバルの頬を流れる汗を払った。

 

 ーーそうして静寂を迎えること十数秒、突如顔を上げたエキドナが口を開ける。

 

 

「……それで?」

 

「ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーは?」

 

「仮に、誠に遺憾ながら。僕が犯人だったとしよう。君は、何をしに来たんだい?」

 

 全く予想だにしない返答に、スバルの思考が、完全に停止させられる。

 

 ーーナニヲ、イッテイルンダ、コイツハ?

 

 不思議そうに首をかしげるエキドナに、スバルは苛立ちを隠せない。視界が真っ赤に染まったような錯覚を受け、燃え上がるようにドス黒いナニカが、スバルの中で混ざり合う。

 

 先程まで懸命に抑え付けていた感情が、漏れ出した。

 

 ーー()()()()()()、だと?

 

「その、人の事をなんとも思ってねえ、ただの実験動物にしか見てねぇお前の横っ面を、ブン殴ってやりに来たんだよ!! ワカラネェか? ああっ!?」

 

「なんだ、君はレディの顔を殴る気かい? 紳士のやる事じゃないね」

 

 エキドナは淡々と話しながら、椅子に腰を下ろした。目にかかった白髪を指で払い、脚を組み替え、カップに液体を注ぐ。

 怒りは感じる、彼女を許すなと心は言っている。しかし不思議な事にその間、スバルは微動だにできなかった。

 

 それは実力差がどうとかいう話ではない。もっと根源的な部分で、スバルの意志がセーフティーとなっていたのだ。

 

「本当に“それ”が目的で、良いのかい?」

 

 言葉が、刺さる。スバルの、芯の部分に。

 

「君は犯人を突き止め、復讐しようとしているのかい? その娘を助けようとするのではなく? 順番がおかしいと思うんだ。……君のそれは唯の自己満足だよ」

 

「ーーーーっっ!!」

 

 ーーオレガオカシイ? コイツジャナクテ?

 

 エキドナの言葉が、スバルを否定する言葉が、頭の中を回っていく。それを聴いているだけで言い知れぬ嫌悪感が募るのに、如何してかそれを聞かなければならない気がする。

 

「選んでくれ。君がその怒りを抑えてテーブルに着いてくれるなら、僕は知っている事を全て話そう。そしてそれは彼女を助ける手がかりになるかもしれない」

 

 ーー待ってくれ、選ぶって何なんだ? 何で俺が選ぶんだ? 全部俺の好きにやらせてくれよ。どうしてこの気持ちを精算できない? どうして俺が責められてる? どうしてレムは目を覚まさない? どうして……

 

「もしくは僕にその怒りをぶつけてくれて構わない。僕は諸手を上げ、一切の抵抗をしないと約束する。……その代わりそれが終わったら、この世界からはすぐに退出してもらう」

 

「お、れ…は…………っ」

 

 ーー俺は。

 

 幾度も言葉を紡ごうとしては躊躇い、舌先でそれを湿らせるだけにとどまる。

 

「……もう一度言うよ? 選んでくれ、僕は君の選んだ結末を全て尊重し、一切の不平を述べないと誓おう」

 

 スバルは気付く。

 

 冷静だと思っていた自分は確かに冷静ではあった。ただし、冷静に、実直に、()()()()()()()()()()()()()()()()()だったのだ。

 たとえ幾多の死を乗り越え、常人の何倍この感情に触れようとも、慣れるものではないかもしれない。つまるところその溜まった怒りを発散させたくて堪らなかったのだ。溜まったままだと、自我と共に固まって、自分が自分じゃなくなりそうだったから。

 

 ーーそれでも先程から無謀に突っ込まない辺りは、成長出来ているのだろうか。

 

 犯人が誰だから何だとか、そんな事はレムを助けるまでは、些末な事なのだ。怒りに任せて彼女を助ける糸口を見失う事、それこそ愚の骨頂である。

 

 その事に、気付けた。

 

 そうして、スバルはゆっくりとエキドナの対面に腰掛ける。

 

「ーー君ならその席に着いてくれると信じていたよ。なにせここに来る条件は知りたいと強く望む事。君は彼女に何が起きたか知りたかったんだ。出来る事なら彼女を助けたい。それが君の目的のはずだ」

 

「……いいから、さっさと話してくれ」

 

 

 

 彼女は話し始めた。

 

「まずは1人、君に会わせないといけない“モノ”がいる」

 

 

 

 

 

 




【今後について】

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