1.雑談
皇紀五六八年七月、北領の戦いから一息つけた〈皇国〉の衆民は平和を謳歌していた。
ナザリック墳墓における階層守護者および領域守護者、全統括であるアルベドだ。
「敵が皇湾に上陸して来た場合、避難民が出動する軍の行動を阻害するかもしれない。避難誘導の計画も検討しておりますが、ナザリックではどの様にされておられるのですか?」
「邪魔になるなら殺せば良いでしょう。豚は豚のままで生き、そして飼い主の役に立って死ねば良いのです。それ以上の生き方など、する必要も、知る意味も、選ぶ権利もありません」
草浪の言葉にアルベドは淡々としていた。まるで人間に価値を感じないかの様に。
実際、アルベドは人間を下等生物と考えている。邪魔をすれば殺すし、面倒でも殺す。
「ですが我が主は知性に欠ける糞にも慈悲深く、甘い蜜に浸したような優しい世界を作ってやろうと仰りました。永遠に被支配者でいたいと思えるような世界です。素晴らしいお考えだとは思いませんか?」
美人と言うのはどんな言葉を口にしても美人だなと草浪は考えながら同意する。
「それは……そうかもしれませんね、アルベド殿」
草浪は守原家現当主に可愛がられ、陸軍中佐に任じられている。現職は
「くふふふ。世界の全てが敵に回ったとしても、私だけはあの方の忠実な犬であり、奴隷──」
アルベドは呟くと瞳を恍惚とさせ主人の背中に視線を向けた。
「は、はは……そうですか」
空気が軋む物を感じながらも、自分達より圧倒的な力を持った者の機嫌を損ねる訳にはいかない。草浪は乾いた笑い声をあげてアルベドに合わせながら、〈皇国〉とナザリックの
2.北領の守原と戦争
皇紀五六八年一月九日、〈皇国〉
皇室魔導院から聞いた話だが、〈帝国〉軍は東方辺境領において二万
増援として集成第一兵団が送られる。問題は
英康、気をつけろよ。
守原の家にとって北領は貴重な財源であった。そこを失う事は家が傾く事だった。
「龍兵の哨戒を強化を命じるとして、水軍に水際撃破が可能か打ち合わせをせんといかんな」
英康の呟きに美しい容姿をした個人副官が打てば響く様に応えた。
「東海洋艦隊司令部に会談を申し込んで置きます」
英康は野戦築城の訓練名目で部隊を動員、奥津湾沿岸に陣地占領を命じた。同時に天狼原野に砲兵、銃兵の弾薬備蓄を行い、即応体制を整え様とした。
英康の熱意ある指導力で北領鎮台の銃兵三個旅団、砲兵一個旅団が五日間、防御戦闘可能な弾薬が輸送され、十分な防御陣地を築こうとしたが準備の時間は足りなかった。
皇海を挟んで北に位置するツァルラント大陸の雄、〈帝国〉は南のアスローン諸王国や南冥民族国家群に触手を伸ばしており、四〇〇万近い陸軍、五〇〇隻を越える水軍を持つ。その〈帝国〉と、全ての陸軍をかき集めても二〇万、四〇隻そこそこの水軍しか持たない〈皇国〉とでは根本的に国力が違い過ぎた。
来年と待たず、〈帝国〉軍は突如として侵攻を開始し、橋頭堡を拡大し内陸部に侵攻を始めた。
英康の努力によって初動こそ上手く行った〈皇国〉軍も頑強に抵抗をしたが、装備、弾薬、糧秣、その他消耗品を放棄して撤退する形と成った。
「おのれ! この恥辱、絶対に忘れはせんぞ!」
英康は勇気の面で不足する人物では無かった。部下の将兵も勇戦し感状や勲章が惜し気もなく与えられた。
侵攻して来た〈帝国〉軍は渡洋作戦と言う行動の制約があった。〈皇国〉水軍も海上交通路の寸断に動く。〈帝国〉軍の兵力展開能力にも限界があった。今なら海に追い落とせる可能性があった。その為、味方の増援到着を待って天狼原野での決戦を決意した。
そこに北領街道を北へ移動中であった独立捜索剣虎第一一大隊より報告が入った。
ナザリック大地下墳墓の出現、『アインズ・ウール・ゴウン』を名乗る者が〈帝国〉軍を撃退したと言う事件だった。
3.英雄降臨
「どう言う事だ? 回線の切断もないし、延期って事は無いよな」
それは
彼はユグドラシルというゲームを長年楽しんで来ていた。鈴木悟、このユグドラシルではモモンガと名乗っている。
「GMコール反応も無いし、サッパリ分からんぞ?」
サービス終了で、感慨に耽っていたアインズ・ウール・ゴウンのギルド長、モモンガは突然の状況変化に混乱しながらも、状況を把握すべくNPC達に指示を出した。
「セバス、大墳墓を出て周辺地理を確認せよ。行動範囲は周囲一キロに限定、戦闘行為は極力避けろ」
「了解いたしました、モモンガ様」
──その結果、セバスが平たい顔族を確認した。報告を聞く限りでは、レベルは低く戦闘能力の無いNPCの様だった。
「新規アップデートの村か?」
早速、モモンガは指定されたポイントをアイテムで覗いて見る事とした。
「あれ……」
モモンガは一メートル程の鏡──
殺戮と略奪。撒き散らされる血や臓物のエフェクトはリアルだった。
「どう致しますか?」
画面をスクロールする指を止めたモモンガにセバスは声をかけた。
「セバス、私はこの村に行く。後詰めの用意を」
実験として、モモンガは出向いた。その際に偽装の為にイベント配布アイテムの嫉妬する者たちのマスク。通称、嫉妬マスクを被ると言う用心もした。
向かった先は、死の香りが漂っていた。
鼻孔をくすぐる血の臭いが、仮想現実が現実になったと言う可能性を否定できなくした。
「……まぁ、その辺は後で考えるか」
今回は念には念を入れて最高位のギルド武器、スタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウンを持ち出していた。
PKやPKK、MPKも経験してるモモンガにとって、同胞を救う為、オーバーロードとして保有していた能力を使う事に躊躇いは無い。
〈
火球が〈帝国〉軍の真っ只中に着弾。炎がナパーム弾の様に周囲の敵兵を焼き尽くした。
「弱い」
モモンガは笑う。MP消費の少ない物を試し打ちしてみたが効果は十分だった。
自分が死んだ場合はデスペナルティーで
気がついたら人間を辞めていて、本物のアンデッドに成っていた。その方が悲惨過ぎる。
鬱々としかけた気分を切り替えて、もっと試して見る事にした。
そこに現れたのは死霊の騎士とも呼ぶべき存在だった。
──
作成した
「この村を襲っている敵を撃滅しろ」
命のやり取りだ。身長二・三メートルのデス・ナイトが五体、次々と駆け出す。
「さて、デス・ナイトがどれだけ使えるか見ものだな」
その後、過剰戦力であったと後悔する。
戦場に後方は存在しない。〈帝国〉軍の軍規で現地住民への拷問や略奪は禁止されていない。
だからアンドレイ・バラノヴィッチ・ド・ルクサール・カミンスキィ大佐の指揮する第3
東方辺境領姫公認第一愛人であるカミンスキィは、落ちぶれた貴族で卑しい生活から抜け出す為に努力した。そして今では出世街道が約束されている。
皇族の寵愛もあり将来は安泰だった。
しかし状況は一変した。自分達よりも絶対的上位者──殺戮者がそこにいた。
モモンガは一〇〇レベルの魔法職。相手は攻撃魔法を持っていない。防御は紙同然だった。
「ひぃいいい! お助け下さい……」
「か、金をやる! 金貨五〇〇枚! いや、中隊費から金貨一〇〇〇枚!」
中隊旅行の積み立て金を払ってでも命乞いをする者が居たのも仕方ない。だが「死の騎士」は剣を振るう事を止めない。
「あっ! ああっ、あり得ない!」
村では味方の兵が成す術もなく倒されていく。その状況に悲鳴が沸き起こった。
「れ、聯隊長、我々はどうすれば」
部下の声は既にカミンスキィの意識に届いていない。
貧乏貴族の息子がここまで来れた。それだけでも十分なのかもしれない。
「〈
命の価値は不平等だ。モモンガはナザリックのNPCと気に入った相手は救う。それ以外は大きな差があった。弱いのが悪い。強ければ何をしても構わない。だから遠慮なく実験を継続出来た。
そしてモモンガの指先から放たれた黒い炎がカミンスキィに向かってくる。
聯隊幕僚が何やら叫んでいる。尻穴を汚される帝弟の稚児であったカミンスキィが信じてもいない神に祈った。
4.会合
愛猫の
「おい、なんだあれは」
そう言った凶相の男は独立捜索剣虎兵第一一大隊第二中隊の兵站幕僚である
新城は将校斥候を命じられ信頼する部下を連れて敵情を観察すべく出ていた。
しかし現状は理解の範囲を越えていた。まるでお伽噺だ思いながらも、新城は傍らの下士官に振り向いて声をかけた。
「
「はい、新城中尉殿。自分には分かりません。導術とは違う様ですが、まるで仙人の様です」
新城は猪口の経験を信頼していたが、彼も分からないと言う。ならば将校である新城が判断を下すしかない。
新城は一瞬だけ空を見上げた。
「仕方無い。挨拶をしてみるか」
猪口は新城の言葉に目を見開いた。普段は豪胆な猪口の反応に、新城は喉の奥で小さく笑った。
力が無ければ正義とはなりえない。誰も守れない。
「危険を承知で戦い、弱き者を救うべきは本来は我々、軍の責務だ。挨拶しなくてどうする」
「はい、新城中尉殿」
服装の乱れは品位を表している。部下達の身なりを整えさせた新城は移動を命じた。
接近する新城達にモモンガは気付いたが敵意は無かったので警戒を緩めた。
「〈皇国〉陸軍中尉、新城直衛であります。我が軍に御助成いただき感謝いたします」
新城の名乗りに、一瞬、本名の鈴木悟を名乗るべきか悩んだが、モモンガで通す事にした。
「私は『アインズ・ウール・ゴウン』のギルド長、モモンガだ。───あっ」
威厳を持ったキャラを演じようとして上から目線な台詞に成ってしまったモモンガは、凶相の新城を前にして内心でビクビクした。その為、馬鹿正直にも正体を自らばらしてしまった。
しかし新城は耳慣れぬ名称に、内心で疑問符を浮かべていた。
モモンガが押し黙った。
その場の何とも言えない空気を誤魔化す様に新城は再度、礼を述べた。
「ありがとうございます、モモンガ様」
モモンガの持つ緊張は冷気や威圧感となって新城に伝わった。新城から見てモモンガは、これから英雄として、誰もが知ることになる人物であろうと思わせる物があった。
だから自然と新城に頭を下げさせた。
5.〈帝国〉の対応
愛人の失敗と行方不明と言う報告を受けた東方辺境領姫ユーリア・ド・ヴェルナ・ツァリツィナ・ロッシナは楽しげに笑った。
「騎兵とは言え、一個聯隊が壊滅する程の損害を受けた。蛮族の島国には背天の技があると聞いていたけど、火の玉を打ち出せるとは厄介ね」
ユーリアの言葉に鎮定軍参謀長であるクラウス・フォン・メレンティン大佐は恭しく追従する。
「御意。銃兵が砲兵として働ける様な物ですな」
鎮定軍司令官として海を渡って来たユーリアは戦を愛していた。失われた兵に対する
それ以上に有能な物であれば敵であっても取り入れる。龍兵との組み合わせを考えて心を浮き立たせた。
「そうね。兵を休養させなさい。軍の残りが到着次第、攻撃を再開するわ。それまでは情報収集を強化してちょうだい」
軍を維持をするには金がかかる。民から集めた税であり、人的資源も無駄にする事は出来ない。
それでも
情報は万金の価値がある。メレンティンはユーリアの指示に頷いた。