ヒーローが職業の世界に転生しました 作:七三
始まりは中国。
発光する赤児が生まれたというニュースだった。
なんでそんな子供が生まれたのか、原因は不明でその赤児の誕生以降、各地で超常の力が発見されていった。
原因究明のため世界の科学者たちが思考を凝らすも、結局その原因は判明されないまま時は流れる。
いつしか超常は日常に。架空は現実に。
今となっては世界の総人口の凡そ八割が有している"個性"と名づけられた超常の力。
超人社会と言われる現在で、ある職業が脚光を浴びていた。
"個性"を悪用し社会を混乱に陥れるヴィランと呼ばれる悪の集団。
"個性"を用いての強盗や殺人などの非人道的な行為をするヴィランに、彼(女)らは平和のために立ち向かう。
ヴィランが"個性"を使って人々を傷つけるなら、彼(女)らは"個性"を使って人々を救う。
子供の頃なら誰もが憧れ、空想したであろう存在。
──ヒーロー
「すげぇ世界だよなー、ホント」
ヒーローとヴィラン。まるで漫画かアニメのようなこの世界に、俺は生まれた。
正確には転生した、と言うべきなのだろう。俺には今よりももっと成長した姿で社会のために身を粉にして働いていた記憶──所謂、前世の記憶というヤツ──がある。何を目標にして生きていたのか、ここに転生する前は何をしていたのか、今でもそれはハッキリと覚えている。突然意識を失い、気づいたらこの世界に転生していた。子供の姿でだ。
しかしまぁ、家族とは不仲で親しい友人や彼女なんてのもいなかった俺からすればこれといって焦ることや憤ることもなく、この世界に生まれて早いもので15年。とっくにこの世界の住人として今の生活に慣れてしまった。
「創、そろそろ時間でしょ準備終わったのー?」
「終わってるー!」
こうして母親に前世とはまったく異なる名前で呼ばれても反射的に答えてしまうくらいにはこの世界での生活に馴染んでいる。あ、ちなみに俺の名前は
「寝癖とかついてねぇよな?」
昨日の夜に予め準備をすませておいた鞄を手に取り、鏡の前に立つ。
赤木という名前の通りと言わんばかりの赤髪、健康的に焼けた小麦色の肌、15歳にしては高い身長、全体的に引き締まってる体。うん、我ながら完璧な体じゃないか。これは世の中の女の子たちが黙ってないわ(告白された回数0)
まぁ、ぶっちゃけ意識して体を鍛えた訳じゃなくて、"個性"の特訓してたら体が勝手に鍛え上がったってだけなんだけどね。
え、お前"個性"持ってんのかって? そりゃあ持ってますとも。両親から継いだ、それはそれは便利で強力な"個性"を。
「さて、それじゃあ行きますか」
体調は絶好調、寝癖や身だしなみに問題なし。
「雄英高校ヒーロー科、いざ参らん!」
赤木 創 15歳。
夢はヒーローになること!
▽
ヒーローと聞けば、子供の頃はヒーローごっことか戦隊ごっことかして遊んでいた記憶が酷く懐かしい。
夢が見放題で現実を知らなかった子供の頃は夢はヒーローになること、なんてよく将来の夢の欄に書いていたりしたが……まさか実現することが出来るなんて夢にも思わなかったな。
──国立雄英高等学校
目前に広がるマンモス校を見て、改めてそのことを実感した。
ヒーローという職業があって、世の中には社会を乱すヴィランという悪がいる。俺はそんな世界に"個性"を持って転生した。この15年間、テレビをつければヴィランを対峙し捕まえるヒーローたちの姿が必ず映っている。
それを見て、子供の頃に夢はヒーローになること! なんて書いていた俺がヒーローに憧れない訳ないと思うだろうか。答えは否、それはもう憧れに憧れたし、ハマりにハマった。誕生日プレゼントは何がいいと親に聞かれれば、俺は即答でヒーロー図鑑、ヒーロー関連の玩具などを言ったもんだ。
いやまぁ、精神年齢が成熟してる身で玩具ってお前と思うかもしれないが、それだけハマったんだ。友達にこの玩具いいだろーと自慢だってしたし、学校で開かれるヒーロークイズとかはそれはもう全力で楽しんだ。
ヒーローになるためには養成学校に通うのが一番いいと言われてからは偏差値79、毎年倍率300を超えるこの雄英に受かるために前世の知識をフル活用して猛勉強したし、ヒーローになるのを反対する両親に俺がどれだけ本気なのか説得したり、土下座してまで頼み込んで"個性"の使い方を教えてもらったりもした。
幸い受験勉強や"個性"の特訓はブラック企業を経験してる身からすればそこまで大したものではなかったが、それでも自分の出来る限りの力で、全力で臨んだ。
「だから、絶対に受かる」
ヒーローになってやりたいことは一杯ある。しかし、それはこの雄英に受からなければ何も始まらない。応援してくれた人たちのためにも、落ちる訳にはいかなかった。
「──そんじゃ、実技試験の概要をサクっとプレゼンするぜ!!」
実技試験の説明のため集められたホールで、ボイスヒーロー、プレゼント・マイクが教壇に立ち概要の説明を始める。
簡単に纏めると四種類の敵を模した仮想敵が各演習場に配置されていて、10分という限られた時間でどれだけ仮想敵を倒し点数を稼ぐか……というものだ。試験を行う上での服装は自由、持ち込みも自由とのこと。正直、持ち込み自由はかなりありがたい。俺の"個性"上、持ち込みがあるのとないのだと使い易さが天地の差だからな。
四種類の仮想敵の中で一つだけ0Pの敵がいるらしく、そいつは各会場に一体ずついて所狭しと大暴れしているギミックだとか。
「(大暴れしてるギミックが0Pね……)」
ここは雄英高校ヒーロー科の実技試験だ。大暴れしてるというその仮想敵を0Pだからと見逃すのは果たして正解なのだろうか。
その仮想敵をヴィランに当て嵌めて考えてみよう。町で大暴れしてるヴィランがいます、今回の試験で言うとそのヴィランを倒しても自分たちに得るものは何もない。つまりはそういうことだろう。さて、得るものが何もないからヴィランを見逃すヒーローが何処にいるのか、ていうか町で大暴れしてる以上はヒーローとして取り締まらないとダメだろうに。
「(よし、取り合えず0Pが出てきたら全力で倒そう)」
どんな仮想敵かはプリントでぼかしてあって分からないが、逃げる選択肢はない。
幸い、ストックは充分あるから少しくらい無茶しても無問題。
「──かの英雄ナポレオン=ボナパルトは言った。真の英雄とは人生の不幸を乗り越えていく者と。
それでは皆、良い受難を
最後にそう締めくくって、実技試験の説明は終わった。
▽
それぞれ決められた番号のバスに乗り込み、演習場へ。
俺はCだったのでCと書かれたバスに乗って演習場へ向かった。
「うわ、敷地内にこんなのもあるのか」
そうしてついた演習場は最早市街地と呼んでも差し支えないほどの大きさだった。俺以外の皆もその広さに驚いているようで、あちこちから驚愕の声が零れていた。
ていうか、こうして改めて自分以外の受験者を見てみると分割されてるとはいえそれでもかなり多い。倍率300を誇る雄英は伊達ではないということか。それにしても、色んな"個性"があるな。変形型、異形型、複合型と……やべ何か目痛くなってきた。
《ハイ、スタートー!》
と、目を擦ってると突然開始の合図が響き渡る。
確かにバスから全員降りて、皆スタート地点に立っているけど……カウントもなしにいきなりって。
《実戦じゃあカウントなんてねぇんだぞ! ほら走れ走れぇ! 賽は投げられてんぞ!?》
確かにそうだ。そう納得していると、皆が焦燥の表情で市街地を駆け出した。
あ、感心してたらただでさえ出遅れてるのにまた出遅れちまった。やべぇやべぇ。
「うーん、でも何も考えず突っ走るってのもなぁ」
合理性にかける。
10分という短い時間だ。少しの時間も無駄に出来ない。それなら仮想敵が集中している所を見つけて、そこで戦うべきだ。闇雲に走って仮想敵を見つけられなくて時間をロスしたり他の受験者たちに横取りされるよりかは絶対にいい筈。
「それなら……お、あそこでいっか」
数多あるマンションの中でも一際大きいそこに狙いをつける。
懐を漁り取り出したのは着火用ライター。父親から貰った特注品のジッポーだ。特注品というのはこのライターに針を取り付けたため。ん、何で針かって? そりゃ見てれば分かる。
「っ」
針を親指の付け根に突き刺す。
感じ慣れた痛みと共に噴き出すのは俺の血液。その量は右手を覆うほどの大出血だ。常人ではとても耐えられない行為。幾分かの後に意識を失うことは必至。しかし、俺の"個性"ならばこの程度の出血は掠り傷に等しい。
「よっと」
溢れ出る血液を操作し固定する。
出来上がったのは真紅の太刀。俺の血液百パーセントで形成された武器。その太刀を手に取り、更にその太刀の血を操作する。
太刀から糸状になった血が伸びていき、狙っていたマンションの屋上に固定する。後はこの糸を操作して短くしていけば──
「はい到着」
衣装はまったく違うが、こうして糸を使って滑空しているとスパイ○ーマンになった気分だ。
と、そんなことを考えているとあっという間にマンションの屋上に到着した。
さて、それじゃあ密集してる仮想敵はっと……
「お、いたいた。他の受験生もいないし丁度いい」
標的捕捉。赤木 創、行っきまーす!
《二時ノ方向。標的発見ブッ殺ス!!》
見つかったけど無問題。
電柱に糸を巻きつけ、そこに向かう勢いのまま仮想敵をぶっ飛ばす。仮想敵が何Pのヤツなのか、正直そんなの数えてる余裕はない。ぶっ飛ばした敵が行動不能になった、その結果だけを見てればいい。サーチアンドデストロイ、これが一番合理的なやり方だ。
ちなみにこの太刀はあくまで俺の血を固定して作っただけのものなので刃物ではない。鈍器みたいなもんだから頭とか狙わない限り死ぬことはない。ヒーローは相手がヴィランでも殺害はご法度だからね、仕方ないね。
「はい次次、どんどん行くぞ!」
ゾロゾロと集っていく仮想敵をぶっ飛ばしては行動不能にし、ぶっ飛ばしては行動不能にしを繰り返す。
制圧したら糸使って別の場所へ移動。そしてまたぶっ飛ばしては行動不能、ぶっ飛ばしては行動不能。基本これの繰り返しだ。さてさて、0Pの仮想敵はいつ出てくるのやら。
▽
この実技試験は限られた時間と広大な敷地の中で、位置情報や戦力を伝えられていない仮想敵を相手にしてどれだけ市井の平和を守ることが出来るかを試されている。
仮想敵を倒すことで得られる敵Pと受験生たちには伝えられていないヒーローとして必要な救助活動という、審査制で得られる救助Pの二つを以ってこの試験の合格者は決定される。
モニタールームで実技試験の様子を見ていたヒーローたちは、二人の受験生が映るモニターを見て盛り上がっていた。
「凄いな彼。"個性"は勿論だが、あのタフさは称賛に価するよ」
一人は派手な"個性"で仮想敵を寄せ付け、疲労の色を見せるもなお迎撃し続ける目付きの悪い少年。
救助Pこそ未だ0ではあるが、敵Pは現時点で脅威の67P。救助Pを合わせてもその地区では断トツの1位だ。
「いやいや、彼も負けてないぞ。敵Pこそ僅かに劣ってるが、救助Pを合わせたら全地区でもトップだぞ」
もう一人は"個性"で縦横無尽にフィールドを駆け回り、仮想敵を行動不能にしている少年。時折危なくなった受験生を助けているので敵Pこそ現在58Pともう一人の少年には劣るものの、その救助Pは現在37P。二つのPを合わせた合計は95Pと現時点では全地区でトップの成績を残している。
モニタールームではどちらの少年が凄いか、その話題で持ちきりである。
「(ったく、わいわいと)」
そんな状況に彼、相澤 消汰は嘆いていた
イレイザーヘッドという名で活動する彼は紛れもないトップヒーローの一人で、一見気だるそうに見えてその観察眼は人一倍良い。
そんな相澤から見ても、周りのヒーローたちが言うようにこの二人は逸材だと感じていた。磨けば光る原石、それこそ他の受験生たちとは既に一線を駕している。
「(金髪は見た目にそぐわず自分の"個性"をしっかり把握してる。感情的なのが玉に瑕だが、それを差し引いてもあれは金の卵だ。ウチで育てればあれは化ける)」
対して、と相澤は仮想敵を即座に殲滅し次の場所へ向かおうとしている少年へ視線を向ける。
「(赤髪は"個性"の使い方が上手い。あれだけ精密な動きをしてるのをみるに、既に"個性"の制御という点ではプロ並みだな。金髪と違って既に完成されてる印象だ。まぁ、それは裏を返せばこれから成長しないとも取れるが……まぁ、それはアイツ次第か)」
周りが騒いでるのを意にも返さず、相澤は他にも際立ってる受験者を見つけ出してはその考察に没頭する。
「さて、それじゃそろそろ出番だな」
残り時間が2分に差し掛かろうとしたタイミングを見計らって、OPの仮想敵が各地区に投入される。
圧倒的脅威に晒され、それを目の前にした彼らがどう動くのか。ヒーローの大前提、それを持つ者が現れるのか、それを確かめるために。