OVER or LORD   作:イノ丸

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オリ主サイドです。


1-3 決意ノ志

「まったく調子に乗って! 後半は本当に意味がわからなかったし……意味わかんないんだよ!」

「あ……ふん、申し訳ないでやんすよ。ついつい興が乗って口ずさんだでやんす……反省ハンセイ」

 

 正座してる悪魔に向かって怒りの声を上げている少年、王と忠臣。

 悪魔に先ほどまでの度が過ぎた行いに対して声を荒げながら、叱咤を繰り返す。

 羞恥からか顔には赤面の跡が頬に薄っすらと残ったまま。

 内容は時に、悪魔の一歩通行さを。時に、悪魔の過大評価を。または、悪魔の無遠慮さを。順に一つずつ。

 

 吐き出す感情の放出が次第に緩やかになった時、少年は嘆息を一つこぼした。

 調子に乗らなければ優秀で間違いないであろうこの悪魔。

 でも、こういう悪魔だからこそ、今実際自身が救われていることも事実。個性だと、自身に言い聞かせて割り切るしかない。

 その黒い獅子の顔をした悪魔は、耳を地に触れるんじゃないかと思うほど下げ、項垂れていた。

 

「……ともかく、黒獅臣。親しみを込めて接してくれるのは分かるけど限度を考えてね? その気持ちは嫌というほど分かるから」

 

 確かに二人の時は名前で呼んでほしいと願った。でも、だからといって自身がやんわりと拒否してる単語(ワード)をプラス方向の装飾が施されても茶化すのはいただけない。それが相手を称える言葉で飾られようとだ。

 ――って、言うか。踊りつつ手拍子で褒め称えてるとはどういう了見だ。悪魔の……いや、黒獅臣の感性が少年――フォロウには理解できなかった。

 

「いや~、失敬失敬。フォロウ様の王への恥ずかしさを払拭しようと行動した手前でやすが……てへっ! やりすぎちゃいました!」

「いや、可愛くないから」

 

 考えてほしい。二メートルを超える黒獅子の悪魔が牙の見える口からザラザラした舌を出し、片目をつぶって頭に拳を軽くぶつける様を。それを直視しているフォロウから何事にも言い難い虚無が形成されつつ様を。混沌と言いようがない惨状、場末の寸劇(コント)も華々しい映るほどだ。

 

 その場末の混沌を切り裂いたのは、また張本人の言葉に他ならない。

 

「ぁふむ、悪魔的なキュートさが分からぬとはフォロウ様もまだまだでやんすね~」

 

 右の口角を上げ、右眼でウインクを一つ。それらの動作を終えるとフッと微笑んで身を整える。

 

 これからやることが山ほどある。

 フォロウの出立に向けての臣下の打診、その選ぶ構成を万全にしなければいけない。

 誰も彼もが御方に対して命を投げ出しても構わない強者故に、選ばれなかった者は当然異議をする。全員、黒獅臣より弱ければ良かったのだが、どれもこれもが(カンスト)レベル。頭が痛くなる思いだが、御方の笑顔の為なら頭痛など喜んで受け続けよう。

 頼りにされてる、それだけで苦手な神聖攻撃の嵐にだって、今なら回復する様に感じられた。

 フォロウにされるなら直良し、むしろ欲しい、ご褒美です。

 

「……さて、あっしはそろそろ出立に向けての諸々がありやすんで失礼させていただきやすよ~」

 

 立ち上がり、お辞儀をする黒獅臣。上げた顔にはにこやかな笑顔が現れていた。

 

「フォロウ様は、このまま景観を楽しみつつ軽食を御楽しみくださいでやんす」

「あっ、自分も城内に行くよ。食べ終えたし」

 

 フォロウは、椅子から立ち上がり。黒獅臣へと歩を進める。

 

「あふふ~、小食は駄目ですよ~。もうちょっと食べてから……」

 

 瞬間、黒獅臣は戦慄した。

 仕える御方が可愛過ぎてではない。いや、それは分かり切ってる事なので置いといて、テーブル上の惨状にだ。

 惨状と言うのは妙なもので、テーブルの上は綺麗なもの。

 全て平らげており、ディップの跡さえ残ってはいない。

 軽食とは言ったが料理(アフタヌーン・ティー)品々(セット)は一人が食べるには余りにも多く、約四人居たとしても到底食べきれる量ではない。

 テーブルの大きさは幅は150㎝、奥行きは100㎝で、六段重ねのティースタンドの料理を順に並べていけばテーブル上はそれだけで埋まってしまう。

 その物量を誇る料理の品々が元から無かったかのように消え失せていた。それをこの方(フォロウ)は食べ終えたと言った、黒獅臣に気取られずに。

 

(……これは、舐めてやしたね……。超悪魔の超感覚を持っても察知できない食音とは驚愕に価しやす……!)

 

 ところで、御方の食音は一体どんな音だろうか? ぽくぽく? もくもく? もっぐもっぐ? もしくは、もぐしゃー? 傍からみたら至極どうでもいい事のようだが、黒獅臣は大真面目である。もう一度言う、真面目に考えて擬音(食音)について考察している。

 

(どのパターンでもフォロウにはマッチしてベリベリーグットナイスルッキングサウンド……あふふふふふふふ)

 

 おっと、いけない。悦に入ってしまったと。黒獅臣は苦笑する、もちろん内心でだ。

 

(……でも実際にはどのような音なんでしょ? 気になる……気になるんナルルン探検隊……)

 

 ほんの一瞬悩んだが、直ぐに妙案が浮かぶ。食音が聞こえなかった? 見逃した? なら次の食事の機会が訪れれば自ずと聞ける。

 そう! 次の料理を提供するだけで良いのだ! 勝った! 悪魔証明完(イビル・サブスタンシエイション・エンド)

 

 この間、僅か五秒。

 すぐさま行動は開始された。右手を空へと挙げ、大きく指パッチン(フィンガースナップ)を響かせる。

 すると空中よりシルバートレイが出現し、左手にて受け止めた。

 作りは繊細な細工が施され、それだけで芸術品として飾られても可笑しくない品。その芸術品にも等しいシルバートレイにまたもや空中から大皿が出現し、トレイに乗せられると大小さまざまな作りのヴルスト(ソーセージ)が大皿上に次々と積み上げられていく。

 山の様に積みあがる最後には、一際大きいヴルストがドンッ! と山頂に深く突き刺さった。

 空高く勇ましく聳え立っているヴルストは、登頂に成功した旗そのもの。肉々しい弾力を張らせ、素材と香辛料の合わさった肉汁を内包させ胃液を分泌させる芳ばしい蒸気を揺らめかせている。

 

「軽食では物足りないご様子……ならばっ! あっしのヴルストをどうぞ召し上がれ!」

 

 勢いよく自身を回転、スピンさせ。天高くヴルストが乗せられたトレイを掲げる。右手は人差し指を立たせ、ヴルストのトレイに向けられていた。その顔には白く輝く牙をキラリと光らせキメ顔を一つ決めて。

 

 しかし、黒獅臣の前にはフォロウは居ず。

 決めポーズもどこへそので、対象者が居ないまま膠着する。

 誰もいない前方の空間に一つの微風がバルコニーに過ぎ去り、後方から扉の開ける音が彼の耳に無情に木霊した。

 

 

 

 ……。

 

 

 

 黒獅臣を後方に残し城内へ入る為、バルコニーの出入り口の扉にフォロウは立つ。

 しなやかに伸びるアンティーク調の取っ手(ドアノブ)を捻れば城内へと続く道が開かれる。

 観音開きの扉は美しく、光を反射するガラスに似た作りで製造されており、四方の四隅には細かく葉をモチーフにした細工が施され、反射した光の高低差が優しく落ち葉を床に残していた。

 

(いや~、それにしても美味しかったな~。どれもこれも絶品でついつい食べちゃった)

 

 正直食べすぎかな? っとフォロウは考えたが全部平らげた後ではもう遅い、過去には戻れない。

 料理の味を思い出しながらニコニコと腹を擦ると、ふいに表情が怪訝に変わる。視線は下の擦ってる腹に向けられていた。

 

(……あれだけ食べてもお腹が膨らまないなんてどうなってるんだろう? ……正直まだまだ食べられそうだし)

 

 腹、鳩尾の胃の辺り。

 食物を摂取したら通常人間は、量に応じて胃は膨らみ腹が張っていく。

 四人超の食事量を取り込めば嫌というほど、自身の腹は主張する。身長が一・六メートル程しかない少年の体躯では、尚更一際目立つであろう。

 そもそも、それだけの量が普通入るのか、という疑問は置いといてだが。

 

 フォロウの種族は、人造人間(ホムンクルス)。種族の選択ペナルティに食事量の増大が一つ上げられる。

 その影響で大量の食物を必要とし、摂取しなければ自身の状態が不調状態となり能力値(パラメータ)に下方修正がはいり、その影響からか元居た世界からは考えられないほど、現在では大食漢となっていた。

 

 それを加味しても一体あれだけの食物は自身の身体のどこに収まってるのか? という疑問は解決していない。

 魔法という現象が存在する世界で物量的な云々を検証するというのもおかしな話だが、気になってくるのは仕方がない。

 探求は人の性、優先度は低いがこれもいずれ解明していければ上等で足が動く以上、歩みは止められない。留まっては居られない。ここはもう、現実なのだから。

 

(……こういうところもユグドラシル(ゲーム)ならでは、か。いつか不都合が生じなければ……いや、その程度じゃ済まない……)

 

 ゲーム由来の現象が世界に侵食している事が、何もないはずがない。世界に及ぼしてる影響は想像を絶するほどだろう。

 これが元居た世界で発生しようものなら阿鼻叫喚の地獄絵図になることは必至。

 魔法だけなら良い、科学と合わさることで更に上の技術革新へと至れる可能性が出る。

 だが、ユグドラシル(ゲーム)は魔法だけではない。ユグドラシルのあらゆるものが溢れたとしたら――。

 

(……悪魔が黒獅臣ばっかりなら良いのに……本来の悪魔はそうじゃない)

 

 悪魔とは本来、邪悪な者。人間を惑わせ災いを齎し堕落させる、超越的存在。

 森妖精(エルフ)山小人(ドワーフ)などの種族だけが至ったのならまだ良い。少々難しいとしても友好関係を築けるかもしれないからだ。

 ところが、悪魔はそうはいかない。

 生者を弄び害をなす人類の敵、悪の権化。

 そんな存在が大多数出現しようものなら世界が終わる。第10位階魔法に<最終戦争・悪(アーマゲドン・イビル)>があるが、冗談じゃない。現実の目の前で悪魔が牙をむき、人類におぞましき所業を行おうとしてきたら冗談でも笑えない。

 

 悪魔だけではない。死者(アンデット)人狼(ワーウルフ)さらには豚鬼(オーク)などの存在もいる。

 種族はそれだけではなく、その他全てがなだれ込んできたら現実世界が音を立てて崩れ去り、人類滅亡の序曲が開始される。

 環境汚染により虫の息の人類など赤子の手を捻るより簡単だ。

 最も、人類亡き跡の汚染された大地に価値があるのかどうか疑問でしかないが想像してもキリがない、それでも人類が滅びることは確定であろう。

 

 事は別世界のここでも通じる。魔法だけじゃない、ユグドラシル(ゲーム)由来のモノが溢れたとしたら――。

 

(……この世界は崩壊する。いや、すでにもう本来から崩れてしまっているのかもしれない)

 

 そんなことはしてはいけない、させてもいけない。既に遅いとしても、緩和させることはできる。

 この世界の情勢は不明だが、ユグドラシル(ゲーム)が影響を与えてる事の差異は見て取れた。

 でなければ、この世界の統合が取れない。パズルの欠片しか見つからないが、パズルの歪さで本来の物から合わない事は感じられる。

 この世界と合ってない、混入されていると言っていい。

 完成したジグソーパズルの世界絵に、ユグドラシルが描き込まれているかのように足されている、恐ろしいほどに蛇足だ。

 

 でなければ、中途半端な位階魔法しか行使できないなどあるはずがない。

 この世界にユグドラシルと同じ魔法が根本からあったのならば十全に使えるべきであって、低レベル位階までしか使えないなんて在り得ないのだ。

 使える位階を知り、全体から使える位階詠唱で熟練度を区分するなんて事は当たり前の事。

 それでも、この世界では意味が違う、人間に使える位階が定まった上で区分している、それより上は超常の存在、上位者しか使えないかのように語られている神話の話。もしかしたらそれは――

 

(与えられ、伝えられたもの……もしかしてそれらは同じ……)

 

 ――やめよう。推測の域を出ないものを頭の中であれこれと考えても意味がない。

 ましてや、情報が足りない現段階でするべきことではない。下手な決めつけは、他の考えの妨げになってしまう。これは明らかに下策中の下、もっと情報が集まってからすればいい話。

 憶測で物事を決めつけるのは、悪い癖だ。

 

 それに、先ほどから取っ手(ドアノブ)を捻る手が全然進んでいない。……進んでいない? なぜ進まない? 思考と反して身体の動きがやけに遅くなっている事をフォロウは実感する。

 

 ガチャン。

 取っ手(ドアノブ)が下まで勢いよく下りる。

 身体に意識を集中したとたん、動きが通常通りの速さに戻り扉が僅かに開く。

 

 フォロウは、自身の手と取っ手(ドアノブ)を交互に見る。

 首を少し捻り、再び元の位置に戻った取っ手(ドアノブ)を下ろし、完全に扉を開いた。

 今度は、少しも遅くなっておらず普通の速度。

 

(気のせい? それにしては思考が凄くはっきりとしたものだったような……?)

 

 不可解な認識の不一致さに思考の海へと潜りそうになったが、それを散漫させたのは先に居る人物によるものだった。

 

 

 それは人間種の男性。

 緩やかな黒金色(ダークゴールド)の髪を後ろに流すオールバックの髪型で、もみ上げから顎までぐるりと繋がる綺麗に整えられた短い髭が髪と同じ色をしている。

 髪と髭に囲まれた顔のパーツは、彫が深く端正に整っており、精悍だが他人を安心させる柔らかな雰囲気を醸し出してた。

 体躯は、一・九メートルを軽く超え。身体は鎧に隠れて見えないが、健康的な小麦色の肌は顔だけしか見えなくても、鎧の下に鍛え上げらたものを想像させる。

 その身を包む鎧は、見る者を圧巻させるものだ。

 青銀の溝付甲冑(フリューテッドアーマー)は、その色と細かに装飾された金色が慎ましくもきわ立たせ、背に被う同じ色の外套(マント)は、偉丈夫を包み込むには十分な大きさ。

 腰には精巧な作りの(ヒルト)が見える剣を帯剣し、背には外套に隠された頑強なヒーターシールドが僅かに見える。

 清廉潔白、佇まいから彼を評価するならこれが当てはまった。

 

 聖騎士、そう表現するしかない騎士がフォロウを見る。

 深い黒青色(ダークブルー)の瞳が彼を一層引き立たせ、女性なら微笑み掛けられると姿と相なり、迷わず恋に落とされる。

 まさしく、その姿は理想の騎士そのもの。

 

 彼は、王域大都市アウルゲルミルを守護する表層都市六区画の騎士区画(ナイツ・コンパートメント)代表取締筆頭、騎士団長ハラート。

 

 都市はいくつもの区画に分かれている。

 王城を中心とする一区画、城を時計回りに囲むように区切られている表層六区画、都市地下に位置する一区画、最奥の一区画。

 ハラートはその表層区画の一つに配置されている区画守護者NPCであり、王列13人の一人、騎士の王を冠する騎士王グレン・アークトゥルスに創造された存在。

 特徴は見た目通りの剣と盾、そして信仰系魔法が組み合わさった攻防、特に防御に関しては他の追随を許さず、設定された二つ名は堅城の青銀。

 生半可な攻撃は、ハラートには一片の傷も付けられない。

 

 堅城の青銀、ハラートはフォロウの数歩手前まで歩み寄り、頭を下げ跪く。

 そうであるのが当たり前だと言わんばかりに、所作に一片の揺るぎなどなく、優雅に感じるほど鮮やか。

 ガラスを透過し降り注ぐ光が騎士を祝福してるかのようで、そのまま空間を切り取り額縁にはめてしまえば、後世に語り継がれる偉大な騎士の姿絵だと言われても間違いない神秘さを放っている。

 

 フォロウは、ハラートに見惚れていた。おとぎ話に語られる、偉大な騎士と言う存在が好きだったからだ。

 民衆を助け悪を退ける偉大な騎士の絵本は、元の世界に何冊も所持し、自身の心を魅了してやまない程読み込んだ本。本からそのまま出たかの様な人物が目の前に居れば、同じく魅了されても仕方のない事。

 実際にこの目で見れば、造形の見事さに心が震え、目が離せなくなっていた。

 

 両者の間には、静寂が訪れている。ゆっくりと後方から流れるバルコニーの風だけが、邪魔せずに優しく吹いていた。

 

 騎士にも風が吹くが、動かない。跪いた姿勢のまま、十秒ほど時間が経過していた。騎士の外套だけが僅かに揺れたのが、確認できるだけで何も変わらない。

 

(あっ、これ。自分が話しかけるのを待ってるのか……)

 

 自分は、王という事になっている。目の前で跪く騎士によってフォロウは、改めて実感した。

 偉大な騎士に仕えられている、嬉しいがその半面、どうしようもない歯がゆさも感じていた。

 偉大な騎士が仕えるのは理想の王であるべきで、自分の様な威厳も姿も持ち合わせてない存在が受けるべきではない。

 おとぎ話に描かれる理想の王など、ハラート(偉大な騎士)の前には存在しない。

 彼の理想を叶えられない自身を酷く憎む。憎むが、それが唯の自分よがりだと思い知る。

 

 偉大な騎士、理想の王。

 そんなものは空想の産物、夢見がちな子供の願望に過ぎない。

 いくら目の前に偉大な騎士を体現した存在があろうとも、それは自身が望んだ認識の中に存在する者でしかなく、今確かにここに存在するのは偉大な騎士などではない。

 騎士ハラート、彼が彼である所以でここに存在している。

 彼には、理想の王など関係ない。自らの意志で、彼は自分に跪いている。

 

 せめて自分にできる事、彼の忠義に応えなくてはいけない。その為の王は、既に自身の中に控えていた。

 

「……跪くなど、僕には必要ないですよ。ハラート」

 

 顔に微笑浮かべ、立ち上がることを促す。

 威厳も厳格も併せ持たないフォロウができる事は、持たない振る舞いをすることではない。

 持ちえないからこそできる、自分という(自身)が臣下に対して、真摯に応えるが正しいと導き出した。例え、理想の王に成れなくても。

 

「……我が王に対し、跪く必要がないなどありえません」

 

 心を掴む低音が、跪く騎士から届く。

 芯にまで響く声は心地良く、頭を下げ顔を見せない者の奏でを切望させ、その先を望む者を引き付けた。

 

「この身全ては王のために、この心は準ずる御方の為に存在するもの。自然とこの身があなた様の姿を一目見て、動いたに過ぎません。人の身は、必要があるから動きます。ならば織りなった行いは、必要があるから動作しただけの事……」

 

 騎士は、顔を上げる。

 フォロウを見つめる眼差しはとても優しく柔らかで、微笑みを携えている。

 

「唯、それだけでございます。我が王、私が準ずる御方よ」

 

 鼓動が早くなる、興奮の血潮が駆け巡る。

 フォロウの瞳には、ハラートが映る事で子供の願望が再び花開く。

 それは、偉大な騎士の話なんかじゃない。目の前の人物が語る、ハラートの(偉大な)物語。

 どうしようもなく引く寄せられ、物語の登場人物の様に少年を王として振舞わせるには十分だった。

 

「……ふふっ、まるで面白いように言葉を紡ぐ。いつから騎士ではなく、詩人となった?」

「ご冗談を、わが身は剣であり盾。詩人の様に回る口はついてなく、偶然にも心が紡いだに過ぎません。騎士にしかすぎない身が、如何にして詩人の様に述べられましょうか?」

「そうであったなら、貴殿は天性の詩人となる。幾芥の凡才が羨むほどのな、今からでも遅くないぞ?」

 

 フォロウは、首を傾げ微笑む。そこには悪戯心を含ませた少年さを垣間見せた。

 

「我が王は、御戯れがお好きと見える。堅物の身ではありますが、願いとならば叶えるのが臣下としての努め。お望みならば、あなた様の前だけは詩人として振舞うことも厭いませぬ」

「ならば立ち上がっておくれ。跪いたままでは、振舞うこともできない」

「お望みとならば」

 

 ハラートは、立ち上がった。

 跪く時と同じように、立ち上がる所作も揺ぎ無い。鎧を装備しているのにも関わらず、その音を一切鳴らしていないのが見事としか言い表せない。跪いたままの姿とは違う、立ち上がった姿は堂々たるもの。

 後ろめたさなど一切ないその姿は、フォロウの先ほどの憂いを払拭させた。

 心の内から湧き立つ何かが後押ししてくれる。願望が、輝く羨望が、間違いではないと自身に言い聞かせてくれる様に。

 

「……やはり、跪くより立ち上がった方が様になる。そのままの方がずっと良い」

「それだけは適いません。騎士として、臣下として、威光の前には自然と膝を付けるもの。最早、これは身に刻まれた性と言っても過言ではなく、同時に我が誇りと言っていい。称賛頂いた手前ですが、何とぞお許しください」

 

 頭を下げ哀願に近いそれは、フォロウを苦笑させた。

 いや、哀願とは言いすぎかもしれない。それは、純粋な願い。

 ハラートがハラートである為の必要な儀式に近く、騎士が騎士である為の掲げる誓いに他ならない。騎士の誓い(アン・オース・オブ・ナイト)とは、よく言ったもので、それを忠実に守ろうとする彼は騎士以外に在り得ない。

 元より本当に詩人にするつもりなど、毛頭ないが。

 

 軽く握った左手を口元へ寄せ、咳を一つ。切り替えを終わらせると、ハラートを優しく見つめる。

 

「許すも何も、非礼すらしてない者をどう許せと? 気にするな。逆に、僕は誇りを持ってるハラートが凄く好ましいとさえ思う」

「勿体なきお言葉。より一層の忠義を持って、仕えさせて頂きます」

 

 あぁ、やはり彼は騎士だ。

 礼を尽くす姿も、行動規範も、言葉の節々さえも、全てが彼を構成している。どれか一つでも欠けてしまったら、多分それは騎士ハラートではなくなってしまう。

 騎士王グレン・アークトゥルス――グレンには、感謝してもしきれない。

 こんなに素晴らしい彼を生み出してくれた事、新生した後でより一層の感動を得るなんて思いもしなかった。

 今はもう、感謝を直接言う事は出来なくなってしまったが、その分ハラートに返すことで彼へ捧ぐ感謝の意としよう。彼の子供……いや、確か設定では弟子であったか。自分の次の後継者として、ハラートを置いているとしていた。

 

(グレン……あなたの弟子は、立派な騎士としてここで生きてるよ……)

 

 時間はそう経ってない、それでも帰れない事からそう感じさせ、懐かしいとさえ感じさせる。

 過去となった人物の語らいが脳内で再生され、フォロウの顔に微笑みを表す。大切なギルドメンバーが生きてきた証が、違う世界のここでもしっかりと息づいているのだとハラートの顔を見れば分かる。

 

 バルコニーからの風が再び両者を撫でる。笑顔を湛えてる双方を祝福する様に、互いの外套を優しくなびかせた。ほのかに芳しい匂いを乗せて――。

 

(ふふっ、そう言えば。扉を閉めてもいなかったな……ん? なんか良い匂いがするような……?)

 

 フォロウは、匂いに釣られて振り向く。

 背後の先には、山盛りのヴルストを乗せたシルバートレイを左手に持ち、苦虫を嚙み潰したような形相の黒獅臣が佇んでいた。

 

 フォロウの時が停止する。復帰するのに、五秒もの時間を有してしまった。

 

「……黒獅臣、何時からソコニ?」

「……」

 

 忘れていた。さっきまで黒獅臣とバルコニーに居たのにも関わらず、忘れてしまっていた。

 フォロウの額から一筋の汗がゆっくりと流れ、緊張とともに落ちる速度も上がっていく。鼓動の速度は加速を続け、全身に意味もなく熱を届けてしまう。

 願うことがあるとすれば、彼がついさっき来た事を祈るだけだ。

 

 苦々しい顔から一転、にこやかな顔に変わると黒獅臣は跪く。シルバートレイを一切揺らす事のない、これまた見事な所作。

 

「我が王に対し、跪く必要がないなどあ「うわぁぁッ!!! 殆ど最初からじゃないかぁぁぁッ!!!」」

 

 言葉の続きを出させないために、黒獅臣の口を両手で塞ぐ。その顔は高熱にうなされた病人の様に、真っ赤に染め上がっていた。

 

(あぁぁあぁぅぁぁ! 恥ずかしい!! 恥ずかしいっ!!! 黒獅臣に聞かれてたなんてっ!!!)

 

 舞い上がり、王と振舞った姿は舞台役者に近かった。

 役者(アクター)ならいざ知らず、フォロウは演技などした事のない素人、その場の空気に呑まれてカッコ良い王として振舞った黒歴史を晒したに過ぎない。

 事情を知らない他の者だったら良かったが、黒獅臣だけは別。

 自身の内情も感情もさらけ出した対象故に、幼いころの書き留めていた秘密の書を曝け出したもので、意図してやったわけではないとしても聞かれてしまった後ではもう遅い。

 感情の乱気流は、通過が終わるまで落ち着くことは不可能だ。

 

 目の前の黒獅臣は、ニヤニヤと目を細め、此方を嘲け笑ってるかの様、それがフォロウを尚更取り乱す。

 意味の分からない呻き声と行動、主に黒獅臣の口元の髭袋(ウィスカーパッド)をこねくり回すという奇行を繰り返していた。

 

「……ぷっ、ふっ! アッーハハハハハッ!」

 

 背後から破笑の声が聞こえる。

 目元に涙を浮かべながら振り向く先には、ハラートが胸を押さえ大きく笑う姿が確認できた。

 やってしまった。

 恥ずかしさに打ち勝ち、気丈に振舞い続けるのが正解だったのだ。

 臣下に痴態を晒してしまった事は大きく、王としての振る舞いそのものが崩れるだけなく、陥没を起こしている。

 笑われてる事で自覚は大きく、フォロウを打ちのめすには酷く多大過ぎた。

 

「ハハッ……おっと、失礼。元気になられたご様子に、思わず嬉しくて笑いが堪え切れなくなりました」

 

 息を整えるとハラートは、口角を僅かに上げ目を細める。その瞳は、王の痴態をみて笑ったのではなく、喜び故の破顔だと感じさせる笑みだった。

 

 フォロウは、少し状況が飲み込めず硬直する。

 晒したものがものだった故に、自身の想像する結果と今が結びつかない。

 呆れられても仕方がない振る舞いをしたのにも関わらず、目の前のハラートは安泰を喜んでると言っている。何故、そのような結論に至ったのか意味が分からなかった。

 もしかすると見えない服が在ると信じて、身に纏った王様の振る舞いに似て良かったとか? 駄目だ、意味が分からない。

 今の自分の頭は、蒸気機関車の吐き出す蒸気みたいに思考が耳から漏れ出している。

 火照った頭では考えても考えても追いつかず、意味の分からないものが浮かびすぎて、耳から出る勢いが止まらない。

 

 答えが出ないまま黒獅臣から手を放す、黒獅臣は名残惜しそうに髭袋(ウィスカーパッド)を自ら揉み込んだ。

 フォロウが頭を押さえてうなだれてると、ハラートはゆっくりと語る。顔には哀愁を漂わせ、胸に当ててあった手が緊張から小刻みに震えていた。

 

「彼の地から離れて時が経ち、新天地へ至った王のご様子は芳しくありませんでした。臣下共々、王のお力になればと奮闘してはいますが、王列の方々に比べますと我々の力など微々たるものに過ぎません。心の支えにもなれぬこの身を悔やむばかりです……」

 

 そこから続く話は冷静さを取り戻すと同時に、フォロウの心を打った。

 従来通りの務めから離れられず、傍に居られない歯がゆさ。

 異変にいち早く気づけず、参上が遅れた鈍重さ。

 あまつさえ指摘されるまで新天地に至った事を気づけなかった、己の無能さ。

 王の憂いを晴らせぬ、騎士である自分を。

 

 心情を吐露したハラートが一言、消え入りそうな声音でフォロウに言う――申し訳ございませんでした、と。

 

 ……巫山戯るな、彼に罪なんてない。誰かが糾弾しようとも、自分がそいつを必ず黙らせる。

 浮かれていた、甘えていた、享受されるのが当たり前だと思ってしまった。

 自身の腐った頭に撃鉄をくれてやりたい。

 この世界への転移にて激動の連鎖があったとはいえ、臣下を放り出し、自身の殻に籠っていた自分を呪いたい。

 自責の念で苦しんだ、目の前の騎士にどう償えばいい? 騎士である己の力量が至らなかった? そんな事は、断じてない! 気高い騎士として創造された彼に、至らない点なんて一片も存在しない!

 

 歯を噛み締める。勢い余り、フォロウは内側の頬粘膜を傷つけ血を滲ませた。

 荒れいく心を落ち着かせたのは、僅かな痛みと、自身の血の味。痛みが直ぐに引くと、自身の目に力を宿らせる。

 

 自分の責任だ。

 臣下に頼り切り、責務から逃げた己の罪。何をしていた? 紅茶を啜り、美味な品に舌鼓を打ってる場合だったのか? 違う。

 本当にやらなければいけなかった事は、指導者として、王としてこの子(臣下)達を導いてあげなければいけない事だったのに……! その為にどうすればよかったのか、知った今なら理解した。

 

「……ハラートの言葉、確かに受け取った。謝辞も同じく受け取ろう」

 

 王で居るだけでは駄目なのだ。

 

「だが、騎士であるハラートに落ち度はない。在ると言うならば僕も同じ事、臣下に任せきりにした自身の至らなさの結果だ」

「王に落ち度はありませんッ! 我々、臣下一同が御心に添えぬ、至らなさ故でございますッ!!」

「ならば! 心を悟らせなかった己が至らなかったと同じ事ッ!!「ですがッ! 王よ我わ」これ以上は不問とする!!!」

 

 王座に座るだけでは駄目なんだ。

 

「……ありがとう、礼を言う。だからこそ、言わせて欲しい。新天地にて困難があるだろう、災難があるだろう、もしくはだれも予想せぬ未曽有の事態が襲ってくるかもしれない……」

 

 誰かが望んだからじゃない、自分自身の意思で、己の意志で王へと至らなければいけない。

 

「……それ故に、僕も臣下と共に歩みたい……いや、歩ませて欲しい。僕一人では、絶対無理でも皆の力添えがあれば成し遂げられる! 叶えられる! だからお願いだ……僕も皆と同じ沈痛を共感させておくれ……」

 

 王は一人ではない、臣下が、民が、皆が居るからこそ成り立つ。

 

「……そして、誓う。僕も一人の王として、臣下の王として、民達の王として。そして、王域都市アウルゲルミルの王として、今ここに宣言する!!!」

 

 右腕を振り上げる。

 右肩に掛けられた外套が勢いよく舞い上がり、円を描くように広がった。面積が広がった外套は、自身の決意を後押しする。

 

「決して、皆を一人にしないと。決して、皆を孤独にしないと。決して、皆の王を不在にしないと! ここに改めて、王として君臨することを確言を持って、今ここに新たに誓う!」

 

 

 理想()の王。その為に、新天地で新たにフォロウは、自らの意志で王に就く事を決意した。

 

 

 目つきが変わった。

 ハラートは顔を強張らせ、眼前の王へ無礼が一切ない騎士の最敬礼を行う。

 

「……自らの拝命、承りました。王域大都市アウルゲルミル表層騎士区画(ナイツ・コンパートメント)、騎士団長ハラート。忠誠の誓約(オース・オブ・ロイアリティ)を用い、我が剣と盾を持って、我が全ては王の身を護り、困難を払い、供に歩むことをここに誓います……」

 

 ハラートは、跪く。粛々と帯剣を抜くと両手で横に持ち、それをフォロウの前で掲げ捧げた。

 

 透き通ってさえ見える剣身(ブレイド)

 その刃区(ショルダー)には金の細工が施され、刃先(カッティングエッジ)まである(フラー)は青銀の輝きで、そこには銀の幾何学的文字が彫られていた。

 その剣の刃先(ポイント)は触れれば容易く傷つく程、先端は鋭い。

 

 聖剣、カリブルヌス――騎士王グレン・アークトゥルスに賜った宝剣。

 

 騎士にとって剣は命と同価値、さらには自らの創造主に与えられた物となると己より価値が高くなる。その何物にも代えられない剣をフォロウに預けようとしている。

 これには憶えがあった、何度も絵本でみた誓いの儀式。騎士就任の際に、剣を主に預け騎士任命を指す、真の騎士の誓い(アン・オース・オブ・ナイト)に間違いなかった。

 

「誓いと共に聖剣をお預けします、我が主よ……」

 

 フォロウは剣を受け取り、持ち上げる。

 不思議と重さは感じない剣は、光に反射するとより一層の輝きを放っていた。

 ハラートの肩に剣の刃を置き、騎士就任の宣言と与える誓いの文句を唱えていく。

 

「我、汝を騎士に任命す。汝に与える誓いは、『偉大な騎士である身を常に誇り、勇ましく在れ』。誓うのならば、汝の剣に汝を委ねよ……」

 

 文句を唱え終わると、任命者に向かってフォロウは剣を向けた。

 応えるハラートは、向けられた剣の刃に口づけをする事によって誓いを成立させる。

 

 

 今、主に定められた騎士がここに誕生した。

 

 

 絵画に描かれてもおかしくない、王と騎士の光景がそこには在る。

 その光景を傍らで立ち観ていた黒獅臣は、何故か先ほどよりも強く苦虫を嚙み潰したような形相を顔に刻むだけだった。

 

 

 ハラートは、ゆっくりと立ち上がる。その顔には、満ち足りた笑みがこぼれていた。

 

「……ありがとうございます。貴方の騎士にして頂けて、私の心はかつて無い程満ち足りました。これ以上の事は、過去にも未来であっても決して無いでしょう」

 

 フォロウは、微笑む。

 向けていた剣を横に持ち、ハラートに返却する。

 

「ふふっ、それは言い過ぎだよ。僕もハラートを騎士に出来て凄く嬉しいよ……ふふふっ」

 

 笑い合う、騎士と王。

 厳粛に行った騎士任命の後というのに、厳かとは無縁な空気だがハラートには必要なかった。

 供に歩む事実が欲しかった、唯それだけ。

 それだけで彼は満ち足りた、目の前の方と笑い合うだけで良かったのだ。幸福の中に今、彼はいる。

 

「ふふっ……ん? あれ、そういえば何故ハラートがここへ来たの?」

 

 当然の事実に、今更フォロウは気付く。

 彼は本来、騎士区画(ナイツ・コンパートメント)にある重要な機関を護る専用守護者。

 ハラートがわざわざ王城へと来る理由などない。何故ここまで来たというのだろうか? 疑問が沸き、頭を傾げた。

 

「……あぁ、目的を違えておりました。本来は、先発隊の情報をお届けに参った次第です」

 

 先発隊――斥候達の事か、それなら合点がいく。

 律儀な事に情報を重要視し、自ら届けようとしたのだろう、騎士である彼には十分な理由だった。

 

「先発隊の……ありがとう。でも、部下に任せても良かったんだよ? 区画守護者であるハラートが行う事でも無かったのに……」

「いえ、そうはいきません。この情報は新天地の第一報。重要度に関しては、区画守護者たる私が相応しいと判断させて頂きました。そうですね……この場ではなんですし、バルコニーテラスにて報告させて頂いてもよろしいでしょうか?」

「あっ……その事なんだけどね。ハラート、実は「その必要は、ないでやんすよ」……うん、そういう事なんだ」

 

 ハラートとフォロウは、背後いる黒獅臣を見る。

 その顔は笑みを形作っていた。深く、深い、刻み込むような笑みで。

 

「報告は、恙無く終えさせて頂きやした。区画守護者たるハラート殿には、大変申し訳ないでやんすが……あっしの方が一足早かったみたいですね。これは失敬失敬、無駄足になってしまいやしたね! 本当に、申し訳ないでやんす!」

 

 ニコニコと深い笑みのまま、告げる黒獅臣の顔は崩れない。

 受け取ったハラートの顔は悩まし気に変わり、右手で軽く顎鬚を掻く。二三回程掻くと、呻るように声を出していった。

 

「んぅむ……なるほど、先を越されてしまいましたか。区画守護者の務め中、急いで来たのですが……いやはや、さすがは黒獅臣殿ですな! ネコの如しとは正にこの事! 区画守護者たる私ではこうはいきません。自由であるその身が羨ましいばかりです! アッーハハハハハッ!」

「そうでやんしょ? 自由な御かげで我が君に、一早く、御報告出来たんでやんすからね~っ! あふふふふふ~!」

 

 ハラートが大仰に笑う、黒獅臣も同じく大仰に笑う。

 その様子を眺めていたフォロウは、微笑ましく両者を見る。

 転移直後はこの二人はよく衝突をしたものだが、今では笑い合うまで仲を深めたとは驚きを隠せない。胸をなでおろす気持ちの中、一体いつの間に仲良くなったのか? と、少し疑問に思うが気にしないで置くことにした。

 詳細を聞くのは野暮な事、何事にも優先されるのは睦ましさに他ならないからだ。

 

 笑い声はバルコニーの外まで響いている。

 それは十秒ほど経過する事で、漸く終わりを見せた。

 

「ハハハッ……ふぅ。さて、黒獅臣殿。折角ですから情報の精査をしませんか? 先発隊の情報と言えども、捉える者によっては違えてくるもの……いかがですかな?」

「あふふ……ふ? 何を仰ってるやら……得た情報は恙無く我が君にお伝えしましたし、他には何もありませ「焼き尽くされた村の事は、お伝えかな?」……なるほど……それは、盲点でやしたね……」

「焼き尽くされた……村? どういう事なの?」

 

 何の話かとフォロウは黒獅臣を見る。半目の顔は、微笑んでるハラートに向けられているままだった。

 

「……調べ終わっておらず、除外してやした。不明確過ぎますので、御身が聞かれる程の事ではないかと、愚考した次第です」

「それを決めるのは、御身自ら判断する事では? いかがでしょうか、主よ。今は、少しでも多くの情報が入り用な時です。お聞きになる価値は、必ずあると思いますが?」

 

 どうしたものか。両者の意見に頭を悩ませる。

 確かに今は少しでも多くの情報が必要な時、ハラートの言い分は妥当で筋は通っている。

 焼き尽くされた、とある事から自然災害ではなく人災によるもの。

 口火の一端でも知り得たなら、国家リ・エスティーゼ内の情勢が読み取れるかも知れない。情報の大小はあるが得られる可能性が高い分、聞く価値は十分ある。

 

 それ故、引っかかる。何故、黒獅臣はバルコニーで報告をしなかったのか?

 盗賊の事を報告に挙げた分、焼き尽くされた村の件は情報の価値が低いと保留にしたのか? 土地や村と都市、それらを纏める国々を報告に挙げていたのにもかかわらずだ。

 調べ終わってないと言っていたが、他の件も元より調べ終わってなどいない。あらゆる情報を必要とし、求め続け集めている。それなのにかかわらず、判らないと言うだけで何故除外した(・・・・・・)? 不明確が過ぎただけで報告をしなかったのか? それだけで、憚るとは思えないが……。

 

 いや、ここで聞かないという選択肢は在り得ない。

 そもそも、ハラートがここまで来てくれたのに聞かずに跳ね除けるなど、フォロウには出来るはずもなかった。

 

「……そうだね、聞いておきたい。ハラート、現段階で分かった事を教えてくれる?」

「ハッ、直ちに」

 

 ハラートが礼を行い、報告を上げる。

 黒獅臣は目を瞑り、口をきつく結び、顔を背けた。まるでその様子は、話の内容を聞きたくない様だが、ハラートに視線を向けたフォロウには、その姿は見えていなかった。

 

「焼き尽くされた村ですが、何者かの集団によって焼き討ちに遭ったようです。集団については直接視認してませんので詳細は不明、村には生き残りが数人残されておりました。生存者に関しては、後に現れた傭兵と思われる小隊規模の内、数人が護衛の下で都市エ・ランテルへ向かった、と報告が上がっております」

「残りの傭兵集団は、今もその村に留まってるの?」

「いえ、残りの傭兵は直ぐに去りました。襲撃者の追跡の為と思われます。不可解な部分が多く、現在も先発隊の調査は村で続いております」

「現段階で分かった部分はある?」

「生存者の話を影で聞いただけですが……どうやら襲撃者は帝国騎士の可能性が高い模様です」

「帝国騎士……周辺三国の一つバハルス帝国の者か、確かに不可解だ……」

 

 リ・エスティーゼ王国領内に他国の騎士集団が村を襲っている。何故、帝国の騎士が王国の民を襲っているのか? これはかなり不審さを臭わせる案件だ。

 自国の民が他国の、ましてや国に仕える騎士に襲われたなどあり得るのか? いや、実際襲われたのだからあり得たのだが問題はそこじゃない。

 あからさま過ぎる、隠そうともしていない。

 国同士の問題になり、戦争にも発展しかねない行いを国の頭が指示したのか? 戦争をしたいなら普通正当性を持たせ、宣戦布告をしなければいけない事、これでは逆に王国側に正当性を持たせてしまっている。

 それとも関係ないのか? 帝国から一部の騎士集団が離反して、王国の民を襲っているのか? その線もかなり薄いかも知れない。

 国から支給される装備類は離反時に没収されるもの、集団規模の装備をそのままで見逃すなど、どう考えてもあり得ない。辻褄が滅茶苦茶、きな臭さがこの件から漂ってくる。

 

 だが、しかし。この情報はかなり有用だ。

 不可解だが、その分得られる情報の質は段違いで二国の情勢を紐解く鍵となり得る。調査後の追加情報にも、当然期待が高まるであろう。

 黒獅臣が何故この報告を除外したか分からなかったが、今となってはそれは重要な事ではない。臣下たちが有用な情報を齎した、これこそが一番重要な事。さすが王域大都市の臣下、自慢の子達だ。

 

「……なにか、そのままでは捉えてはいけない、意思の流れを感じるね」

「はい、同感です。他国といえど、騎士が唯襲撃したとは信じられず、疑問に思っております。戦闘員でもない村人を襲うなど余程の理由がない限り行わないでしょうし、無辜の民を焼き討ちにするなどの非道、理由無くやるとは到底思えません。まともな精神ならば絶対……」

 

 ハラートの顔は険しく、村人を思って憤っている。

 その顔を見てフォロウは不謹慎だが、とても嬉しく思っていた。彼の気高い精神は、他の民でも想えるだけの優しさを備えているのだと。

 

「そうだね、普通ならやらない。逆に考えると、普通じゃないからやったとも考えられる……ありがとう、臣下共々の報告に感謝する」

「勿体なき言葉、調査中の先発隊にも御言葉を必ずお届けします。皆共々、王の御言葉に歓喜する事でしょう」

 

 礼を行うハラートをフォロウは優しく見て微笑む。

 感謝してもしきれない。身を粉にして働いてくれる子達にどうやっても頭が上がらなくなる。自分自身で直接感謝の気持ちを伝えたいが、言えない今に若干もどかしくもあった。せめて、近くであったのなら――。

 

 いや? ちょっと待てよ。行けるのではないか?

 王域都市外となるが場所が分かっており、焼き尽くされた村には現在調査中の臣下のみ、距離など魔法が使えるのならば一瞬で行き帰りが可能だ。臣下を労わる為の慰安訪問という名目ならば、きっと許されるに違いない。

 

「届ける必要はない、僕自ら感謝の意を伝えるよ!」

 

 外に出れる可能性に、フォロウの顔には期待を滲ませる笑みが零れんばかりに溢れ、その体を前のめりにさせる。近づかれ、その顔を間近で受けたハラートは慌てふためき驚いた形相へと変わった。

 

「で、ですが、先発隊が帰還するのは調査が終わった後になりますので、主を御待たせる訳には……一時帰還させますか?」

「調査を中断させるなんて出来ないよ! 現場には今臣下たちしか居ないんでしょ? なら危険はないじゃないか! 身を粉にして働いてくれている皆に少しでも感謝を伝えたいんだ! だから……ねぇ? ハラート、お願い!」

「そ、それ、は、そのっ。主自ら赴くなどとても……申し訳ありませんが……「そこをなんとか!」っ!!!」

 

 勢い余り、フォロウはハラートの右手を両手で握る。

 装備されている籠手(ガントレット)から感じる感触は装甲板に比べ、手の平側布部分はそれ程硬くはなかったが、自身と比較すると遥かに大きくゴツゴツとした逞しいさに、思わず握る力を強めていく。

 熱が入ってる為、その行動は直線的。動揺している騎士の眼を少年の瞳は逃がさない。

 

「身を案じてくれてるのは分かるよ? でも、それは僕も同じなんだ。頑張ってる臣下に少しでも何かにして返したい……もしかして、ハラートは臣下の皆が居る場所で、僕が危険な目に遭うと思ってるの?」

「そ、そんな事は、断じてっ! し、しかし、です、ね? 主よ、私は……「どうしても……駄目?」……ぅぅ……」

 

 よし、このまま押せばいける。この時ばかりは少年の身で良かったと、ニヤリ内心でフォロウは笑う。

 如何せん臣下たちは、自分を子ども扱いしてるような気がする。

 確かに王として慕ってくれたりはするのだが、変に扱いが凄く丁寧というか何というか――彼らの王としての接し方だろうか? 姿はコレだが、中身は成人してる身なので難痒くて仕方ない、<変幻自在(シェイプチェンジ)>を使って姿を変えた方が王として様になるのでは? 悩みどころだが、いきなり姿を変えてしまっては臣下たちを動揺させるので置いとくとして、今は動揺中のハラートを攻め落とすのが肝心。

 よし、このまま叩き込む!

 

 意気揚々と、言葉の連打を叩き込もうとしたフォロウの耳に高い打ち鳴らした音が届く。それは背後で黒獅臣が手を叩いた音だった。眉を潜ませた顔には、多少の失笑感を含ませている。

 

 フォロウとハラートの前まで歩を進めると、繋がった手を優しく離す。シルバートレイを上腕に乗せて、揺らさないという器用さを見せて。

 

「はいは~い、そこまででやんすよ。騎士団長殿がお困りでやんすから、御戯れはそこまで。正式な出立はバルコニーで決めましたし、思い付きでそのまま行動するなどいくらなんでも看過出来ないでやんすよ?」

 

 黒獅臣の鋭い目がフォロウを一閃する。受けた当人は鋭さ故に、思わずたじろいだ。

 

「で、でも、僕。現場で頑張ってる皆に少しでも何かしたくて……」

「御身が行ったとしても、現場調査が滞るだけ! 邪魔したら元も子もないでやんすよ!」

「……むぅ~、だって~……」

「だってもクソもありません! まったくこの子は! 我が儘ばっかり言って! 臣下を困らせる!」

「……黒獅臣~、お願いだよ~……」

「よし! 駄目でやんす!」

「……いいのではないですか? 黒獅臣殿」

 

 両者のやり取りを止めたのは、ハラートの一言。それを聞き黒獅臣は鋭い睨みを利かせるが、彼は微笑む事でそれを受け流した。

 

「先発隊に疲労などの弊害はありませんが、心労は溜まりゆくもの。王自らの御言葉を頂戴すれば、それらも全て払拭する事は間違いありません。現場の効率は逆に滞らず、上がる事でしょう」

「……本気で言ってるんでやんすか? 事と次第によっては大事になり得るかも知れないのに、御身を現場へと赴かせるのでやんすか?」

「だからこそ我々が御供すればいい。正式な出立に向けての予行練習だと思われれば良いし、人員も丁度いいのでは?」

「そうだよ! 予行練習も兼ねてやれば良いし。場所も臣下たちが居る場な分、安全は保障されている。予行には持って来いじゃないか!」

 

 フォロウは、それに、と胸を張りながら続ける。

 

「曲りなりでも僕は王列の一人。決して弱くないと自負しているし、自己調整の為にも必要な事なんだよ! 黒獅臣、お願い!」

 

 黒獅臣は、フォロウを見る。そして静かに目を瞑った。

 約数秒、長くも短くも感じさせる時間を用いて彼は考えを巡らせている。元より予定通りには運ばないと思ってはいたが、よりにもよってここに合わさった事に無念を隠せなかった。

 表情には出さない、良い機会だと思うしかない。

 いつかはぶつかる事柄、ならばできるだけ御傍にいて支えて差し上げれば良い。その為に、自身はここに在る。

 

 目を開く。優しく、でもどこか憂いを感じさせる眼だった。

 

「……案じてるはそこじゃないんでやすがね……わかりました、いいでしょう」

「ありがとう! 黒獅臣!」

「良かったですね、主よ」

「うん! ハラートもありがとう! 二人共よろしくお願いね!」

 

 はち切れんばかりの笑顔。嬉しさ極まってか、僅かに跳躍し身体全体で表現をする。

 漸く何かで返せる、行動できる。臣下の為と相成っては喜びも一入で、フォロウを更に湧き立たせた。

 ハラートが傍で微笑ましく見ていたが、黒獅臣は僅かばかり微笑みに影を落とす。ほんの少し、口角が上がりきらず表し切れていない。

 その僅かな違いは、誰にも、仕える方にも知られない、僅かな後悔の影だった。

 

「よし! 善は急げだ! 行くからにはあれもこれも検証して、やることも全部やらなくちゃ!」

「では、このまま準備をし。赴きますか?」

「準備も大事でやすが、都市の臣下に通達も大事でやすよ? せめて他の守護者位の者には必須でやす」

 

 通達の必要性、フォロウも蔑ろにはしない。

 調査の件と共にまとめて一片に解決できる案が浮かび上がった。

 

「だから、ゲルダに会いに行く。話を通せば事は全て伝わるからね」

「ゲルダ……統括殿ですか。確かに私たち守護者を纏め上げている地位ならば、問題なく話は通ります」

「そうそう! ぁ~、早く会いに行きたいな!」

「あふふ、楽しみでやんすか? 確かゲルダは……」

 

 フォロウは、慈しみと特別な暖かさを持った笑みを浮かべた。

 

「うん、僕が唯一生み出した子。直接会ってなかったから、会うのが楽しみでしかないよ」

「なら、あっしは御身が向かうと一報を入れさせていただきやす。その後に準備を進めさせていただきやすね」

「私も準備と、少々離れると騎士区の部下に通達してきます。では、後程合流いたしましょう」

「分かった。……あっ、そうだ黒獅臣」

「あふ? 何でやんすか?」

 

 向き合う姿は、どこか照れくさそうで言いにくさを感じさせるもの。

 だが、意を決して話す言葉はどうでもいい事この上ないものだった。

 

「……その……持ってるヴルストの盛り合わせ食べていい? すごくおいしそうな匂いがして、食べたくて仕方なくなってしまって……」

「ああ! 勿論、良いでやんすよ。御方の為に用意した盛り合わせ、あっしのヴルストをご堪能下さいでやんす」

「我が主は食欲が旺盛でとても良い。ですが、立ったままでは些か行儀が悪くございます。一度、バルコニーテラスにてお食事をしましょう。用意されている品もある事ですし」

「あ、用意してもらった料理は食べたよ」

「……はい?」

「……見た方が早いでやんすよ」

 

 そこから始まったのは蹂躙だ。

 限界まで肉汁を蓄えたヴルスト(ソーセージ)はパンパンに張っており、ナイフを入れると取り分けた皿の上で肉の海を形成する。勿体ない、直接口の中にそのまま歯で噛み切っていたら余すところなく口に含めたのに、皿の上に逃れてしまった。でも心配する必要はない、今も切り取った断面からは肉汁が溢れ続け、肉汁の滝を形成している。最初は、丁寧に、厳かに。一口サイズに切り取ったヴルストをフォークに刺す、早い作業が求められ、タイミングが命だ。吹き出す旨味をこれ以上逃さぬよう、僅かな隙間を見逃すな。刺したフォークの圧力が安定したその瞬間、口内へと運ばれる道が出来上がる。美しさすら感じさせるフォーク運びは、僅かな滴すら落とさなかった。ようこそ、口内へ、最初にお迎えするのは歯ではない、舌だ。表面張力の如き肉汁の膜がフォークが抜かれたと同時に崩された。肉汁が決壊したダムの様に、舌の上に勢いよく拡がっていき、それと同時に唾液も分泌されていく。このままでは肉汁と唾液の海に溺れてしまう。そう思わせるほど口内の水位上昇は、激しかった。早く、早く! 咀嚼を始めなければ! 奥歯で遂に噛み始める。皮の部分ではない、中身の肉々しい感触が歯から伝わり、脳へ直接訴えてくる。少し力を入れただけでも溢れ、歯を肉汁でコーティングしているかのようだ。決心がついた、噛み切る。顎の筋肉に力を入れ、助走をつけるため噛み合わせを少し浮かせる。口を開けてはいけない、もうこの肉汁を外に逃せない、せめて口のダムは決壊してはいけない。時は今、来た。歯を勢いよく下す、ヴルストが二つに割かれ別れて歯茎に粗挽きの感触が擦れていく。愛撫だ、それは肉同士による口内での濡れ場。艶めかしく繰り広げられた嬌声があげられ天に届く。最早止まらない! 止められない! 噛み割く行為が止められない! 止めどなく流れる嬌声が舌を包む、甘く荒々しい行為を連想させる場面を口内で演出し、脳に激しく暴力的に行ってくる! もっと、もっともっと、もっともっともっと! 右に左に、噛み合わせを交互に変え、頭を持ち上げ喉を張らせる!

 

 ゴッ……クンッ……くっ……はぁ……。

 

 喉に過ぎ去る瞬間にも、噛み潰されたヴルストは存在感を表していた。顔は上気している。暴力的なまでの旨味の殴打に、咀嚼という行為に溺れていた。だから、悔しい。勢いに身を任せ、味わうという行為を疎かにしてしまった。後悔はしたが、ほんの一瞬だけ。何故なら皿にはヴルストが山の様に盛られている。まだ、味わう余地はある。今度はヴルストに蹂躙はされない、蹂躙されるのは向こう、声を上げるのはこっちじゃない。

 

 

 食事を再開し、瞬く間にヴルストが消費されていく。その行為を傍らで観ていた二人は、唯々凝視するしか出来なかった。

 

 

 

 




お 腹 が 空 い て た ん で す。


7/28 誤字、脱字などの報告本当にありがとうございます!
チェックしてるはずが、抜けまくっててお恥ずかしい限りです。

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