OVER or LORD   作:イノ丸

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オリ主サイドです。


1-4 自己証明

 

 ――王域大都市アウルゲルミル・王城ウォーデン・王城内通路。

 

 連なり並ぶ白亜の石柱が通路を厳粛に演出し、間に真っ直ぐ伸びる通路は遠く見える扉まで深紅の絨毯が敷かれている。

 それは細かい金の刺繍が施された逸品、実際作るとなると費用が莫大になることは火を見るよりも明らか。

 その通路の天井はアーチ状になっていて高く、遥か高みの天井からは音が子気味良い反響を奏で、歩行者の耳にマズルカが演奏されてると幻聴させる。

 側面からは程よい日光が降り注ぎ、頬の火照りが子気味良さをより助長させるだろう。

 

 しかし、通路にはマズルカは聞こえてこない。

 少年を先頭に、数人の騎士が後方に続き歩行を等間隔で行っている。

 一糸乱れぬ鉄靴(サバトン)から聞こえる音はマズルカと言うより、行進曲(マーチ)に近く、どこか戦いに赴くのでは? と連想させる屈強な騎士たちの顔は、険しく力強かった。

 天井から木霊する音は、もはや軍隊行進曲(ミリタリー・マーチ)

 先頭を除き、騎士たちを見ればそう称されることは間違いない。

 

 先頭の少年――フォロウは、現状に顔を顰めていた。

 

(甘かった……移動だけでもこんなに仰々しいものになるなんて……!)

 

 黒獅臣とハラートから別れ、転移ではなく折角だからと王城内を徒歩で進んでた時に巡回騎士と出会う。

 供連れをしてなかったフォロウを御守りする為と、護衛を買って出てくれたまでは良かったのだが、その後がいけなかった。

 一人、二人、三人……と護衛の数が増えていき、今では小規模の随員行列と言っていい。

 このままでは、数人ではなく数十人規模になっていき、大名行列になっていくのでは? と危惧する程だ。

 

 今では少々怖くて後ろを振り返れない。

 止まってもいけないし、ましてや解散なんて、とてもじゃないけど言えやしない。

 鉄靴(サバトン)の音が高鳴るにつれて、もう一人増えたのでは? と察するが、事実なのか今ではフォロウには分からなかった。

 

(断るんじゃなくて、一緒に来てもらえば良かった……! なんで城内を移動するだけなのに、こんなに大袈裟になるんだよ!)

 

 騎士たちの熱気が背中からひしひしと伝わる。

 王を護ってる、御守りしてる献身からのもので、その気持ちが火傷のように同時に来る。

 

(お願いだからこれ以上増えないで! ゲルダに会いに行くだけなのに大事にしたくないだよぉっ!)

 

 若干だが目に涙を溜めるが、願いは聞き届けられる事はない。

 通路で巡回中の騎士は余すところなく、王護衛の隊列に加わっていく。

 

 騎士たちの眼は熱い。

 

 使命を帯びたその眼は、否応なしに通路に軍隊行進曲(ミリタリー・マーチ)を轟かせた。

 

 

 

 ……。

 

 

 

(よ、ようやく着いた……。振り返るのが怖い……)

 

 扉の前で止まると鉄靴(サバトン)の音も同時に止み、静けさが訪れている。

 このまま振り返らず去るなんてことはできない。騎士たちの献身は真実、気持ちに応えないなんてフォロウにはとてもできなかった。

 

 聞こえないように静かに深呼吸を一つ、顔に笑顔を一つ、心に感謝の気持ちを込める。

 

「ありがとう騎士たち、御かげで問題なくここまで来られ……」

 

 振り返った先にある場景に思わず言葉を詰まらせる。

 横に三列、縦に八列、合計二十四人もの騎士たちが隊列を組み威風堂々とした面構えで佇んでいた。

 見事な立ち振る舞い、どこに出しても恥ずかしくない騎士の在り方、微動だにしない身体からバルビュータ――コリント式兜から覗かせる目は、フォロウをしっかりと見据えている。

 

 笑顔が強張るが、ここで止まるわけにはいかなかった。

 唾と共に飲み込み、言葉を続ける。

 

「……ました。ご苦労様です……」

「「「「「勿体なき御言葉! 恐悦至極の極みでございます!」」」」」

 

 言葉の圧がフォロウを叩き、それに合わせて騎士たちが一斉に跪く。

 事前に打ち合わせでもしてたのかと思わせる、淀みなく発した言葉は空気を震わせた。

 圧巻でしかない。

 跪き並ぶ姿は見る者を威圧させるには十分で、悪漢が居たなら彼らを見た瞬間に逃げ出すことは必然でしかない。逃げ切れるかどうかは定かではないが。

 

 ただ、その実力を今出してたらご遠慮願いたいのがフォロウの本心である。

 

「で、では、僕は守護者統括に話があります。巡回の任に戻ってもらって大丈夫ですよ」

「ハッ! では、各自持ち場に戻り。城内警護の勤めを再開させて頂きます!」

 

 答えてくれたのは目の前に居る巡回騎士で、指示を出していき他の騎士を散開させた。此方に礼をし、続々と通路の奥へ騎士たちが消えていく。圧力が薄れていくにつれて自然に飲み込んだものが、喉の奥から出ていった。

 

(……ふぅ、良かった。一時はどうなるかって思ったけど、大事にならなくて……)

 

 巡回騎士と眼が合う、彼は微動だにしないまま動かない。

 最初に出会った巡回騎士、供連れをしてくれた彼だ。何故動かない? 何か忘れていたのか? 騎士の瞳の力強さは損なっておらず、此方の視線を逃さない。

 中々動かない騎士にフォロウは痺れを切らし、話しかけてしまった。

 

「……貴方も戻ってもらって構いませんよ?」

「いえ、最初にお供させて頂いた者として、最後まで追従させて頂きます!」

 

 その時、フォロウの内心はどう表現したら良かったのだろうか。

 騎士の曲がることなき献身さに心を打たれたら良かったのか? それとも、騎士の最後まで護衛を全うするという芯の実直さに心を震わせたら良かったのか? もしくは、騎士の王を護るという忠義に心を唸らせたら良かったのか? 一つはっきりとしてる事は、大変申し訳ないが勘弁してくれ、という事だけである。

 

 じゃあ、そのまま伝えたらいいのでは? となるが、言える訳がない。

 輝く瞳、眉を眉間に寄らせ、口をきつく結び、姿勢正しく胸を張り、右拳を握り締め、左手の盾は胸に掲げて揺るがない。

 その様な人物に面と向かって、お前はいらない、など口が裂けても言える訳が無い。

 言えるとしたら、それは悪魔に間違いない。

 ……あぁ、悪魔と言えば黒獅臣だ。

 あの何とも言えない物言いが、大仰(オーバーリアクション)な振る舞いが、少し前だというのに酷く懐かしくなってくる。心が許されるとは、正にこの事か。

 ……若干、悔しいが。

 

 正式な場ではないが、王として君臨すると宣言した手前だけに尚更はっきりした。

 王とは元来こういうもの。自分一人の身ではない。

 後悔はなかったが王としての教養が無い分、どの様にすれば良いか分からないのが痛い。絵本で得た知識だけしかない為、本来の王としての振る舞いが分からないのだ。

 理想()の王――民衆に愛され、臣下に慕われる、国の(トップ)。なら、どうすればなれる? 史実にも居なかったんではないだろうか? 万全な王、無欠の王、精到の王……等々、想像してもキリがない。

 かつて、過去の人間が成し得なかった事を、果たして自分が出来ると言うのだろうか? 後悔は、本当にない。

 無いが……不安はジクジクと足元から這い上がってくる。

 追い払いたいが、これは自分の遇合。宿命とかではない分、まだマシだが。定まったからには逃げたくないし後悔はしたくない――もう二度と、ごめんだ。

 

 だからと言って、どうすれば良いかが、そもそも解決していない。これは困った。

 分からないからといって何もしないのは駄目だし、知らないまま愚行をなすなんてもっと駄目だ。

 あぁ……、王列13が創り上げたギルドだが、カッコいいからと言う理由だけで君主制もどきの国家を準えてしまった事に、現在から過去へ異を唱えたい。

 しょうがないじゃないか、まさか別世界に転移なんて誰にも想像出来ない。

 ましてや、ユグドラシル(ゲーム)からだ、想像すらしてない。心の中だけは、愚痴を言うのを許しておくれ。

 

 ――仕方ない、ここはアレをするしかない。意図してやったわけではないが、騎士団長ハラートにも効果が有ったのだ、目の前の巡回騎士にも効果はある……はず。

 

 目を瞑る。信じろ、今の自分自身の姿(少年)を。

 そして、行うのだ。笑顔を携え、臣下を想い、振る舞う姿(少年)を!

 

 目をゆっくりと開く、自分より背の高い騎士を見上げ言葉を読み上げる。

 

「ありがとう……! その忠義、僕の心身全てに染みわたります……!」

 

 右に握った拳を左手が優しく包み、祈るように目の前に上げる。

 その上に在るのは、華開く満開の笑顔。曇り一つないその笑顔は、巡回騎士を貫き逃さない。

 

「はっ、あっ、ハイッ!!! 当然の事であります! 御身に仕える事こそが我が喜び! 我が使命! 望む命運! 余る光栄に、この身を震わせるばかりであります!」

 

 あ、いける。多少ぎこちなく行う固い騎士の敬礼姿に、フォロウは確かな感触を得た。

 やはり、この姿(少年)か。やっぱり、この姿(少年)なのか。まごうことなき、この姿(少年)だったのか。

 うまくいった事へ思わず右拳が力を増すが、この姿勢(ポーズ)を崩してはいけない。後ろめたさを感じてしまうが、今は置いとくとして目の前の騎士に集中する。

 

「ふふっ、凄く頼もしい! さすが栄えあるアウルゲルミルの騎士。安心してこの場を任せられます!」

「は? い、いえ。私も追従し、供に赴かせても「……それなんだけどね」っっ!」

 

 近づき、背伸びをし、顔を下から覗き込む。騎士の目は大きく見開き、驚愕に変わった。

 フォロウは人差し指を自らの唇に当て、片目を瞑っている。静かに、秘め事だと騎士へ伝えるために。

 

「守護者統括には積もる話もあって、二人きりで会いたいんだ。分かるでしょ? 僕とゲルダの間柄を。邪魔って訳じゃないんだよ? でも、他の人が居ると話せる事も話せないでしょ? 騎士である貴方にもそんな事ないかな?」

「……は、はい、確かに。同期集いの場に他の者が居ると、話辛く……なるかも……です」

「だよねっ! だから、二人きりで会いたいんだ! 分かってもらってよかった! ……ありがとう感謝します」

 

 慎ましく、憂いを帯びた装いを纏い、騎士に対して面と向かう。対しての騎士は慌てふためき、再度の敬礼を行った。

 

「ぅっ! そんな! 私如きに感謝など要りません! 王の御気持ちは受け取りました。どうぞこの場は私に任せ、統括殿との語らいを存分になさってください!」

 

 よし、事は相成った。

 案外すんなりといったものだ、恐ろしいほどに。

 どうぞ、と扉を開けようとする騎士の手を制する為に右手で掴み、今度は微笑みながら人差し指を口元に寄せる。

 

「……ビックリさせたいんだ。ここは僕にさせて? ね? お願い」

「……っは!? はい! 申し訳ありません! 配慮を怠っておりました!」

「謝らないで、僕の勝手を分かってくれてありがとう。では、この場は任せます」

「ハッ! この場は私にお任せを! 」

 

 脇に移動し、騎士は構え立つ。

 力の入れようは傍から見てても、その気迫が伝わってきた。

 王に任され、自身が請け負った。唯それだけの事だというのに、彼にしてみれば騎士として何事にも代えられない名誉なのだろう。一目見ただけでも分かる。

 ぶれない姿勢、鋭き眼孔、過剰とも言っていいほどだが騎士である彼には当然の事。

 むしろ、手を抜くという行為が喪失してる様に感じさせる。揺ぎ無い騎士の在り方は、称賛を受け取るには必然だ。

 

 騎士の姿をにこやかに見て、正面に向く。するとその笑顔は見る見るうちに溶けていった。

 

(ぐっ……はっ……ぁあぁぁぁ~……きぃつぅうぅぅ……)

 

 もし、魂という存在があるとしたら、口からエクトプラズムが出たのを確認できたであろう。

 顔面には感情が塗られていない、無表情の白紙。

 気持ちは確かに嘘偽りない。無いのだが、自身の行いを振り返ると背筋が震えるどころではなく、凍り付くすら生温かった。

 なんだ、あの手の組み上げは、人差し指は。

 呻きを上げ転げ回りのた打ち回りたい衝動が湧き上がってきたが、心の防波堤がなんとか実行を阻止した。アレは一体どういう心境で行ったというのか、行った本人なのに今ではまったく解らない。

 いや、解ろうとするな。多分、解ってはいけない類のものだと思う。うまく事が運んだ結果だけ、見れば良い。

 

 

 不意に頭へ、理想()の王はコレだったっけ、と過ぎったが。答えを持たないフォロウには分からず、口を結ばせるしか出来なかった。

 

 

 フォロウは、大扉の前に立っている。

 黒く重々しい黒檀の大扉は、磨き上げられ、鈍い輝きを放っていた。

 この先に自分が創造したNPCが居る。純然たる事実が今更ながら扉と同じく重く圧し掛かる。

 会うのは楽しみ、本当だ。話し合いたい、本当だ。でも、気持ちを聞くのを恐れているのも、本当だ。

 親になった事は向こう(リアル)でもない。

 でも、生み出した存在は我が子も同然。どう接したらいいのか? 他の子達とは違う、自身の子。考えても考えても、答えが出ない。教えてくれる誰かが居たら、この疑問も解消されるというのだろうか。

 

 脚を見る。動く足を、先ほどまで歩んできた己の足を。

 

「……うだうだしても仕方ない、折角足が動くんだ。会わないという選択肢はハナから無い」

 

 重く鈍い音を微かに立て、扉は開く。

 十分に通れる隙間が出来、身を滑り込ませる。

 

 

 完全に扉を開かなかったのは、後ろめたさ、からかも知れない。

 

 

 

 部屋の中心に、大きな円卓の机(ラウンドテーブル)が真っ先に目につく。

 扉付近を除き、天井付近まである本棚が壁の側面にいくつも設置されており、全体的に少しだけ暗い。

 机の真上から降り注ぐシャンデリアの柔らかな光と、消えることが無い燭台の火が、明かりを提供している。

 机を囲む椅子は13。0時の方向に一つ、そこから扇状に広がり12の椅子が在る。椅子の作りは豪華だ。洗練さを極めた彫刻は背もたれ、肘掛け、床に触れる脚の先まで細かく手彫りがされ、張地には光沢が反射する革が使用される事で、身体を預ける者の存在を後押しする。

 王の椅子(キング・チェア)、ここは王列13が一堂に会する場。

 

 王列会同の間。何かある度、何かする度、何もしない時でも集まり、話し合いや談笑をした場所。

 

 0時に位置する椅子は、フォロウの椅子。

 ギルドマスター統一王は皆の顔を一同に見るために、他とは離れてる。

 円卓の机(ラウンドテーブル)を等間隔に囲むようにした方が良いと思ってたが、ギルド長だからと皆の強い後押しで一人だけ離れの席になってしまった。

 懐かしい、最初はどの席にするかって言い争いにまで発展したものだった。自分はどの席でも良かったのだが、他の皆は強い拘りがあったようで、最終的には現在の形に落ち着いた。

 

 フォロウの座の傍らに人物が佇んでいる。その存在こそ、自ら創造した子。

 

 スラリと伸びた身体は、一・七メートルの痩躯。

 全体的に細身だがやせ過ぎという事はなく、肢体は無駄な肉は一切付いてないだけで損なっていなく、逆に白い肌の造形美を増していた。

 長くしなやかな曲線美の先には上質な革靴(ローファー)が履いてあり、足先を尚更美しく彩る。

 上に移ると身体のラインに沿うように密着する黒の模されたミニタイトワンピーススーツが着用され、スカート部分にはスリット、移動性を損なわないように出来ている。

 ワンピーススーツを包むのは、太ももまである白の外衣(ガウン)。煌びやかで繊細、金の刺繍と金具で構成されてあり、ベルト横の腰辺りには黒い装丁の本が固定されていた。

 左手には革の長手袋、右手には黄金の威光を放つ輝く腕輪。

 主張し過ぎない胸元には、大粒の紅い宝石がはめ込まれた首飾り(ネックレス)をかけている。

 首飾り(ネックレス)の輝きを主張させず、装身具であるのだと決定付ける顔が上に在った。知的さを感じさせるやや切れ長の目は、眼鏡の下にあるのにもかかわらず損なわないどころか、瞳のやや赤い黒を栄えあるものに昇華している。

 完璧で形の整った潤う唇は、柔らかで優しい印象を相手に与え。

 肩まで伸びる黒く艶やかなウェーブの髪は顔と合わせ、まとめ上げる言葉を美貌と断定させる。

 

 彼女がゲルダ。フォロウが唯一創造した同じ人造人間(ホムンクルス)

 王域大都市アウルゲルミル王城区画(キング・キャッスル・コンパートメント)守護者統括代表取締、王佐ゲルダ。

 

 才色兼備、愛情と慈愛に溢れ。王域大都市アウルゲルミルをまとめ上げ、王列を補佐し、守護者で在りながら全守護者を管理する者。

 美しさと類まれなる智謀を持ち、王佐という絶対たる地位を誇りながらも、地位に驕らない人格者の面も併せ持っている。知的さと責任感故にか、取っ付き難い印象を他人に与えるが本人的にはその様にしている気はサラサラ無く、その事をほんの少しだけ気にする可愛い面も持っている。しかし、持って生まれた美と配慮できる人格で臣下たちの人望はとても高く、慕われているのも事実。可愛い面と言ったが、彼女は面だけではなく可愛いものも大好きだ。風貌と地位に付いてるだけに公にはできないが、小さきもの特に子供や小動物など、小物に至るまで自身が可愛いと思うものに対する熱の入れようは、噴火の如く高い。彼女の部屋には、誰にも見つからないように自身が可愛いと思うコレクションが、誰にも知られないように隠されているとかなんとか。因みに、彼女の可愛いもの好きは臣下たちには承知の事実だ。バレバレである。だが、彼女を立てるためか臣下たちは知らぬ存ぜぬを貫いている、彼女が愛され、慕われてる証明だと言えよう。冷静さ、優雅さ、淑女然とした振る舞いを彼女は完璧に行う。それが崩れるとしたら、親交の深い者や見知った同士などの前だけ。崩れた彼女の違った内面を見れば、更に彼女を好きになることは間違いない。だからかも知れないが、情が深いだけに、それらを害する存在に対する行いは苛烈極まりない。敵対者に対する行いは――と、思わず彼女の設定を思い出してしまった。ここまでにしないと、待ってる彼女に申し訳ない。意識を前に戻そう。

 

 ゲルダは微笑みを絶やさず、フォロウを視線を交わすと深々と礼を行う。

 

「……お待ちしておりました。王自らご足労頂き、自身の至らなさを悔いるばかりでございます。通達を受け、直ぐに此方から赴けば良かったのですが、移動した後となってはそれも叶わず、この場にて待機させて頂きました」

 

 来て早々に謝られてしまった。

 フォロウは何とも言えない気持ちになる。自らの創造した子だというのに他人行儀で砕けた様子が見受けられなかったからだ。

 一応は身内だと思うのに、余所余所しさが心の奥底を徐々に締め付ける。他の子と、変わらないというのだろうか。

 酷く、悲しい気分になってきた。

 

「……頭を上げて、ゲルダ。謝る必要なんてないよ、僕がしたいからここまで来たんだ。ゲルダの行動は褒められこそすれば、責められる事なんて全くないんだよ?」

 

 促し、ゲルダの近くに歩み寄る。

 頭を上げたその顔は美しく、先程と変わらない。

 

「そのお言葉で、我が身は洗われます。王のお気持ちに応えられるように、より一層の精進を以って仕えさせて頂きます」

 

 頭を上げた笑顔が、痛い。王と臣下の関係性が変わらない事が、更なる沈痛を胸へと打ち付ける。

 何を期待してたんだろうか。

 パパ、もしくはお父様と呼んでくれることを望んでいたのだろうか。

 自分より背が高く、知的さを漂わせる大人の女性に言ってほしかったのか。

 知恵が回り、冷静に物事を考え、都市全てを把握し、執行できる存在。自分が滑稽で仕方ない。

 もしかしたら自分は、創造した子だけが特別で自身を深く理解してくれてるとでも思っていたのか? 仲良く寄り添ってくれるとでも思ったのか? おこがましいにも程がある。

 ゲルダはそんな事の為に、居るんじゃない。

 彼女は、彼女自身の為に存在する。自分の為には存在してない、至極当然の事、当たり前だ。ゲルダは――娘でもないし――家族じゃない。

 

 頭を振る。愚かな考えを捨てるために、飛沫として散らすのだ。

 そして、笑顔を表し、応える為に。

 

「ふふっ、固くなり過ぎだよ? ゲルダは本当に真面目だね!」

「……当然の事ですわ。私は、己の職務に忠実なだけです」

 

 ゲルダは眼鏡を整え、僅かに目線を逸らす。

 

 職務に忠実、良い事だがやはり取っ付きにくい印象は拭えない。

 設定された部分から、来ているのか? 他の臣下――守護者なども設定に引っ張られているのだろうか? 設定そのものが元NPCの存在の核となる自我を形成している……? いや、だったら設定がない臣下はどうなのだ? 真っ白のキャンパスは描かれてない無我の状態のはずなのに、先ほどの巡回騎士は確然とした自我を獲得している。

 もしかして、自身の現状から自意識を形成した? それで、現実となったこの世界で命と生り得たのか? 設定を事前に持っている者だけは、自己にそれが書き込まれているのか? それが事実なら、自分はゲルダに設定という人格を押し付けて、形成させたかも知れない。

 本当かどうかは分からない。

 でも、可能性があるのならその方面もある。あったとしたら、自分は彼女にどう顔向けしたらいいのだ? 選択する自由を奪った。そこに彼女自身は存在するのか? 与えられた設定で、彼女は彼女たらしめる事ができるのか? その答えを――自分は出せないんだろうな。

 

 フォロウは、苦笑する。自身の空想論好きに。

 答えは出ないが、目の前の彼女に今言える事は分かる。固くなるなと言う事だ。

「それが、真面目だって言ってるの。 統括の職務は激務なんだから、疲れたら休まないと駄目だよ」

「それはご安心ください、我々臣下一同に疲労は皆無。何時でも万全を期して勤められるように、恩恵を受けております。疲れが起きる等、決してありませんわ」

「……んむぅ~。そういう事じゃ、ないんだけどなぁ~……。まぁ、疲れてないならいいんだけど……」

「……王こそ、息災であられますか?」

「え? 疲れてないよ。十分休ませてもらったし、快調快調!」

 

 握り拳を前に出し、親指を立て、顔には歯を見せる笑顔を表す。

 

 

「なら、何故。……先程から御辛そうな顔をなさっているのですか?」

 

 

 笑顔が止まる。立てた親指が軋む。喉が急速に乾いていく。

 何を言ってるのだ? 何で、自分が辛そうなんて言ってるのだ? 意味が解らない。

 こんなにも笑顔を出しているのに、何故この子は、ゲルダは、笑顔ではないと言ってるんだろうか。訳が、分から、ない。

 

「……最初に扉を開けて入られた尊顔は、不安を表していました」

 

 事実だ、不安が重く圧し掛かった。

 

「……頭を上げた後にお見受けした尊顔は、悲哀を表しておりました」

 

 事実だ、悲哀に締め付けられた。

 

「……語らい合う最中に見せる尊顔は、私を……見つめて……悲痛を隠す、笑顔を……作られ、ておりました」

 

 事実だ、悲痛に胸を打ち付けられた。

 

「わ、私に、何か至らない、と、所が……ござ、いまし、たで……しょう、か」

 

 何で、そうなる? 血の気が引いた美しい顔が、フォロウを見つめていた。

 ガタガタと身体を小刻みに震わせ、握り合わせた互いの爪が肌に食い込み、白い右手の甲を痛々しく変色させている。

 

「統括という地位を頂き、御手から創造して頂き、優れた存在として生み出されたのにも関わらず、私が怠り、お望みの通りに……致せなかった、で、しょう……か」

 

 床に座り、手を揃え、頭を床へと押し付ける。

 

「……申し訳ございません。自身が至らないせいで、王を……創造主様を不快にさせて、しまい……ました」

 

 違う、違うんだ。

 

「御手間を掛け造って頂きながら、被造物としての役目も果たせず、創造主様ばかりに負担を掛けさせる始末……万死に値します……」

 

 やめろ、やめてくれ。

 

「……自死も厭いません……でも、願いを聞き届けて頂けるなら……せめて創造主様の手で殺してく「なんっ……でっ……!」」

 

 限界だった。耐えられるはずがない。言葉を遂に、止めてしまった。

 自分の創造した子が、平伏し、自分に殺してくれと哀願するなんて。どういう冗談だ? 冗談で済むならまだいい。彼女は、ゲルダは、本気で自分に申し上げている。

 そんな事、少しも望んじゃいない! 滅茶苦茶だ! 自分は唯、彼女と普通にしたかっただけなのに。普通に、語り合いたいだけなのに。何故! 何で!! こんなことになっているッ!!!

 

 

 床に擦り付けてあった顔をゲルダは上げる。上げた顔にあるのは絶望の一色だけだった。

 

 

 あぁ、漸く、理解した。白く美しい肌をより一層白くさせて、乱れた髪が顔にかかり、表れた彼女の心情。

 こうなるのは当然じゃないか。不安、悲哀、隠した悲痛。

 創造された存在だからこそ察し解り、自身に向けられてる感情から己の存在が疎ましくなった、王を害してると判断したんだろう。想像を絶する。

 自らの神にも等しい存在から、その様な感情を向けられたのだ。絶望に染まり、少しでも創造主の憂いを払拭しようと、自らを捧げようとした。

 原因である自分自身がいなくなる事で、創造主の負の感情を解消しようとした。神に捧げる殉教者の如く。

 設定だ、何だと言って、彼女本人に向き合ってなかった。彼女は彼女だと言いながら、彼女は彼女なのか? と迷い、結局は身勝手なゲルダ像を思い描き、挙句の果てに決めつける。

 勝手だったのは、自分自身。向き合おうとしなかったのは、自分の方……。

 

 

 ――また、間違えてしまった。

 

 

 フォロウは、膝を付き。ゲルダに寄り添い、彼女の頭を優しく包むように抱きしめる。

 

 彼女の温もりが伝わってくる。血の気が引いた顔だったのに、こんなにも温かく生きてると感じさせてくれる。

 設定、自己、馬鹿らしくなってきた。

 もう、そんなのは関係ない。

 今いる彼女が、ゲルダだ。それ以上でも、それ以下でもない。

 彼女の体温が胸へと届いたようで、変に熱い。でも、不快感はない。もしろ、程よい心地良ささえ感じる。

 今まで、こんな気持ちは生きてきて感じたことはなかった。

 これが、娘を想う親の気持ちなのか? 分からない。分からないが、胸に感じている温かさだけは本物。

 この気持ちだけは、ゲルダに伝えたい、伝えなくては。

 

 抱きしめられたゲルダは、突然の包容に驚き戸惑っている。

 

「……そんな事、言わないで。誰が生み出した子を不快に思う? 役目を果たせてないと思う? ましてや、要らないと思うの? そんな事、絶対ない……」

「そ、それならば。何故、創造主様の瞳はそんなにも愁いを帯びていたのですか? 思ってらっしゃらないなら、何故、私にその眼差しを向けていられるのですか?」

 

 耳元に聞こえる震えた声。不安を諭す為、ゆっくりと、慎重に言葉を綴る。

 

「……唯、そう、唯単純に、自分はね? 君と話がしたかった。自分が生み出した子と話をしたかったんだ。さっき、ハラートとした話でも良いし。黒獅臣と……そうそう、黒獅臣が出したヴルストが美味しくてね? いっぱい食べたんだ。 美味しかった……君と一緒に食べたらもっと美味しいんだろうなって思うぐらいに……言えなかったから、悲しくなったんだね……」

 

 彼女は、黙って聞いている。背中を擦る、親が泣いた我が子をあやす様に。

 

「……だから、悲しかったんだろうね。王と臣下っていう関係に。ゲルダのせいじゃないよ? 君は何も悪くない。忠実に職務を全うしている君は全然悪くない。少しの、ほんの少しの行き違いがあっただけ……思いが、想いが大き過ぎたからこうなったんだね」

「……本当ですか? 本当にそうなのですか?」

「そうだよ。……誰が自分の娘を邪険にするもんか」

 

 ゲルダの目が見開く、創造主から掛けられた言葉に驚愕したからだ。

 

 今だから言える、一度は内心で否定してしまった家族。自分に命を捧げないために、この言葉を彼女に捧げたい。自分の為に命を捧げようとする、愚かで可愛い我が娘に捧げたい。

 口で娘だと言って解った。

 この感情をどう表現すればいい? 愛情? 情愛? それとも親愛か? 入り混じった感情がアンサンブルを合唱し、自身を駆り立てる。

 言わなければいけない。戸惑ってはいけない。大事な人に伝えないなんて後悔、もうしたくはない。

 

「……自分の娘、自分の家族……そう接したかったんだ。扉を開けた瞬間に、ゲルダに言えばよかったね。我が家族、我が娘って……迷ったお父さんを許してね」

「そんなっ! そんなことっ! 私如きが創造主様の娘なんてっ!! ……畏れ多くも程があります!!!」

「ううん、そんなことない。そんなことないんだよ。君は、娘。自分の娘。自分がどれだけ望んだって向こうじゃ叶う事がなかった、自分の家族なんだよ……」

 

 だから、と。抱きしめを解き、自分の娘と顔を合わす。

 彼女の顔は、驚きと動揺に染め赤い。その顔に手を優しく添える。

 

 

「……愛している。本当に、愛している。自分の愛しい、我が娘……」

「……ぁ……ぁあぁ……っ!!!」

 

 

 ゲルダは決壊した。

 冷静さも、淑女の装いもそこにはない。泣きじゃくり、声を上げ、泣いている。

 

 

 手に流れ落ちる、ゲルダの涙は温かった。

 

 

 自分達は一体何なのか? この身体は所詮仮初にしか過ぎなかったし、NPC達もデータ集合体にしか過ぎなかった。

 仮初が肉を持ち、NPC達も同じくそうなった。でも、果たして仮初だったものがそう成ったとして、本物と成れるのか? 肉体を持った現実の今でも、結局判らない。

 

 

 ――判らないままだが、胸に感じる熱だけは本当だと信じたかった。今はそう、想いたい。

 

 

 

 

 




前半から、後半の落差よ。
漸く、次から動き出します。

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