胸糞展開に注意してください。
「手間取らせやがって……クソガキが……」
剣に付いた血を払い。動かなくなったガキを蹴り上げ、背を向ける。
馬の鳴き声。悲鳴。叫び声。怒号。焦げる臭い。すっかり聞き慣れ、嗅ぎなれたそれを首を振ることで邪魔くさく払う。気分転換をしようと思った矢先にコレだ。
歩きながら、歯を鳴らす。
玄関口で男女を発見し、邪魔な男を排除した後でお楽しみをヤろうとした時だ。
ベリュース隊長もヤってた事、俺がヤっててもおかしくはない。むしろ必要な事だ。斬り殺した後はヤケに股座が反応するから、収めないといけない。
慣れたものだ。
最初は臆してたが、今じゃ躊躇なく剣を振りぬける。その後にヤることも問題なく、むしろ楽しいとさえ感じる。
始めようとしたときに問題が起きる――ガキに殴られた。
頭にキた。男女の
ガキは俺を壺で殴っておきながら、ガタガタと震えて「お母さんを放せッ!」って泣きわめき。ヤろうとした女は俺に組み付いてきて「逃げてッ!」と、抑え込んできやがった。イラつき勢い余って斬り殺した。勿体ない。まだ、挿れてもいなかったのに。本当に勿体ない、少し良い女だった。
クソガキにはお仕置きが必要だ。女の死体に縋り付き、泣き叫ぶガキを玄関先に引きずり出して、剣を突き刺す。
大人と違ってすんなり刺さる感覚は、少し癖になるほど刺し心地が良い。女の次に良いかもしれない、どっちにしても。
だが、こいつはお楽しみの邪魔をしたクソガキ。楽には殺さない。
肝臓だ。
人体の血が集まる臓器を破壊すれば激痛が走り、大量出血で確実に死に至る。高度な治癒魔法、高級ポーションじゃない限りまず助からない。血の泡を出しながら、悶えてやがる。ざまぁみろ、クソガキは苦しんで死ね。
あぁ……でも、どうすればいい? 変に期待した分、消化不良で疼きやがる。
流石に動かない奴相手にヤる趣味は流石にない。どっかにはそういう奴じゃないと燃えない性癖がいるみたいだが、俺は幸運な事にソッチの趣味はない。そこだけは神に感謝だ。
……神、神か、神には感謝しても仕切れない。普通じゃ実感できない、生、って奴を感じさせてくれる。
しかも自分には極力痛手が出ないやり方でだ。特に逃げ回ってる奴の背中を斬り付ける瞬間と来たらクるものがある。これは、老若男女問わずに来るものがアった。たまらなくイい。
前の村での事が浮かび上がって来る……アレは良かった。
選んだのは、若い女で……十八か十九ぐらい……か? まぁ、どちらでもいい。程よく脂肪が付いてて、抱き心地が良さそうな女で……同じぐらい柔らかく斬り甲斐がある良い女だった……。
――特に良かったのは赤が似合う、透き通るような白い肌。
最初に斬る場所は背中じゃなく、脚。早くも遅いくも判らない相手を一定にするため、一番に斬る場所はソコしかない。脚を斬っちまうと庇う様に逃げるから、良い塩梅の速度に収まる。
後は、じっくりと楽しむだけ。
浅く斬っていき、徐々に深く斬っていく。緩急が大事だ、振れ幅が大事だ、上に、下に、右に、左に、噴き出させないように、滲ませるように、突いては駄目だ内臓を傷つける、叩いても駄目だ骨を折ってしまう、必要なのは白い肌に沿う様にあばら骨を撫でるように……斬る事だけだ。
背中の布が何度も斬られることではだけるのが、最高にソソる。背骨の溝に血が集まって、白桃の割れ目に流れ落ちるのを見た時はそれこそ神を感じた。狂おしい程の命の脈動! 我々は神に愛されている! 愛されてるからには、愛さずにはいられない! だから……俺は……愛する行為をやめられなかった……愛しい彼女が地に伏せるまで。
最愛って、こういうのを言うんだと思う。
か細い呼吸を繰り返す彼女は愛おしい。血化粧を施された白い背中が美しい。血の気が失せた白い肌は陶器の様に輝いてた。背中からの失血が翼を描き、彼女は……羽ばたいて逝ったんだ。……そうだ! あの時ッ!!! 俺も、俺も同時に逝った!!! 初めてだった!!! 何所も触れずに出たことはッ!!!
彼女との事は、今思い出しても脳を蕩けさせる。
最高だった。
最高だったから、下が張って歩き辛くなってきた。でも、最高だ。そうだ、次は仲間が追いかけてた姉妹にしよう。うん、そうしよう。先を越されてるが大丈夫。
どっちかは残ってい――
「……お……母、さん……」
――蜜の様な思案が糞声の投入で台無しになる。
動かなかったから、既に死んだと思ってたガキの声。
……クソガキ……萎えたじゃねぇか、何でいい時に邪魔をしやがるクソガキが……さっきもお前がいるから発散できなかったじゃねぇか、クソガキのクソが……クソガキ……クソガキクソガキ……最愛の蜜夢を糞で塗りやがって……クソガキ……バラバラに多々っ斬って……糞肥溜めに叩き込んでやろうか……クソガキ……クソが……。
……よし、二度とクソの声を出せないように次は喉を斬ろう。……うん、それがいい。その後に手足だ。
俺こと、エリオンは、段取りを決め歩みを止めた。
クソガキをバラす為に、振り返る。
――振り返って……振り……返って……心を……一瞬で攫われた。
なんだ……? 端麗なんかじゃ済まされない彼女……いや、彼女なのか? フード付きの外套の下に貫頭衣と長スボンを履いている姿は男にも見える。ひょっとすると 彼、かも知れない。一体いつからそこに居た? いや、関係ない。どっちだろうと、どうでもいい。それぐらい、心を奪われた。
子供を抱きかかえる姿は憂いを纏って、更に美しさを増している。
柔らかそうな黒い髪。潤んだ瞳。完璧な形の潤った唇。小柄な身体。そして……シミもくすみのない透き通る白い肌。
ヤバい、萎えたものが戻る。
髪を引きちぎったらどれ程柔らかく離れるのか。瞳を舐めまわしたらどれ程甘いのか。整った唇に歯を立てて齧るとどれ程溢れるのか。小さい体を力一杯抱くとどれ程軋むのか。白い肌を赤く塗ればどれ程俺が出るだろう。
子供の事なんかもうどうでもよくなった。彼女か、彼か、どっちでも良い。三つか、二つかの違いだ。あの人を前にしたら些細な事でしかない。
脳がかつて無い程、あの人を求めている。下が痛くて歩きづらい。胸が高鳴り、呼吸が乱れる。俺は今、あの人に恋をしている。
引き寄せられ、ゆっくりと近づく。あの人が何か言っていたが、脳がうまく処理できず、うまく返せなかった。許してくれ。肌が触れ合うぐらいに近づくから、その時にもう一度聞いてくれ。
もう少し、もう少しだ。あと数歩であの人に触れられる。触れた後が楽しみで仕方がない。下が湿って仕方がなく、早く解放したくてうずうずしていた。
「――このっ――」
声が聞こえた、染み渡り馴染む声。声まで素晴らしい。俺が声を上げさせたら、どんな声で鳴いてくれるのか、今から楽しみで仕方がない。
手を伸ばす、変に力が入り小指が第一関節で強く曲がる。
「……何をしようとした?」
手首を掴まれ、停止した。
横から突然重く響くような声が投げ掛けられ、視線を動かす。
そこに居たのは、黒い獅子を連想させる大男が無表情で俺を掴み、立っていた。
――俺はまたしても、萎えてしまった。
大男は手を離さない、力強く掴み続けている。俺は動けず、大男の何とも言えない雰囲気で、たじろぐしか出来なかった。
「ね~ぇ~、ゲルダったら! お父さんってなんで言ってくれないの? 恥ずかしがらないでいいじゃないか!」
王列会同の間、椅子にフォロウは座っている。
自分の娘ことゲルダと思いの丈をぶつけ合って少し経った後、ゲルダに問題が起きた。いや、問題って程でもなかったが、ゲルダが元の冷静な装いに戻ってしまった事である。ひとしきり泣いて落ち着いた為であろうか? その事について、今現在抗議を申し立てている最中だ。
「……いえ、恥ずかしがっておりません。ぇえ、恥ずかしがっておりませんわ。おりませんとも! しかしながら、王と臣下の立場は変わっておりませんので、悪しからず返させて頂きます」
椅子の傍らに居るゲルダはそう答えた。
――これである。
ほこりを払い、髪を整え、眼鏡を定位置に戻し、凛とした立ち姿で立っている。
顔には、絶望の色は全くない。もしろ、生き生きとした希望溢れる顔がそこにはある。喜ばしい事は確かだ、認めよう。でも、頑なな態度を取ることは認めたくない。折角、打ち解けたと思っていたのにこれでは元の木阿弥……元とは違うな、改善はしている。もっと仲良くしてもいいと思うのだが、何が彼女を突き動かしているというのか。
「……へぇ~? あんなに可愛く甘えてくれた、ゲルダちゃんが見れないのは少し悲しいな~? パパ悲しい」
「……勘違いした私に非がありますが、まだ仰られるようでしたら私にも考えがあります。それに、お父様か、パパかどっちかにしてください! ……これからのお食事を療養食に変更させて頂きますね?」
「ごめんなさい。本当にごめんなさい。それだけは、ご勘弁を」
食事を引きに出されてしまったら、強く出られない。ぐぅ、さすが王佐だ。
料理の美味さを知った後で条件にされるとは、同じ
フォロウがそう考えていると、ゲルダが咳を一つ行う。
頬を赤め、眼を右往左往させ、手を組み人差し指をこすり合わせている。
「えぇと、ですね? 私も創造主様の事をお、お……父様……とお呼びしたいのですが、その、まだ準備が出来てないと言いますか……。申し訳ありません。お時間を頂けますか? ……お願い致します」
卑怯! 圧倒的に卑怯だ! これは胸に来る!
普段冷たい印象を持たれる美人が、頬を赤め可愛らしい一面を見せてくるなんて、他の男だったら一発で落ちてるぞ。自分の娘で良かった。そうでなくても、顔の力がなかなか入らず眉を顰めたり、口を結んでるのに口角が上がったり、喜怒哀楽が入り混じったよくわからない形相になってきた。
あぁ、胸がキュンキュン疼く。世の中の父方は、こんな思いを受けているのか?
「……い、いいよ。ゲルダが良いと思うタイミング構わない……さ」
「ありがとうございます! 御心がこの身に沁みますわ」
笑顔が眩しい、温かい。
可愛らしく手を合わせている姿をフォロウは、微笑ましく見ていた。
愛おしい。自分の娘もそうだが、臣下たち全てにそう感じる。
臣下たちは優秀には間違いない。でも、その精神には大きな隔たりがあると感じた。
人間は段階的に成長と共に知識を蓄え、自身を構築していく。彼らにはそれは無く、完成された形で創造された。十が成熟とすれば、一から、二と、三と、順当に経験と知識を得るはずが、最初からの十の力と知識を持って成熟している。
彼らには一から九の経験が無い状態に近い。
数値的には何も変わらないだろう、上辺から見える部分では。
でも、現実となって身近で見て分かった。彼らには一から十までの段差が無い、もしかすると一すら無いのかも知れない。過去があるから人間は己の足で立っていられる。過去が無い人間は現状に縋るしか出来ない、臣下は間違いなく
死ねと言ったら……間違いなく彼らは死ぬ。歓喜に震えて心臓に刃を突き立てるだろう。
踏み止まる過去が無い。記憶なんかじゃない、それは記録だ。歩んできた自身と他者との触れ合いで感じ憶えて来た道、感億と言うべきか。それが無い為、容易く命を捧げてしまう。
彼らの過去を作ってあげたい、踏み止まらせる過去を。
時に喜び、時に怒り、時に哀しみ、時に楽しむ事を感じさせたい。記録じゃない、記憶として、感情と共に歩ませてあげたい。それが、別世界で彼らの忠義に返せる一つだと、信じている。共に歩むとはそういう事だと、自分は信じたい。いつの日か、自身の為に生きられるように。
ゲルダは手を解くと眼鏡を上下に動かし、真面目な顔へと移り変わる。
「……さて、話を本来のものにさせて頂きます。黒獅臣から先発隊が調査中の現場に御身が向かわれる、と通達を受けていますが、お間違いないでしょうか?」
うっかりしていた、ここに来た理由の一つは慰安訪問に行く為。
ゲルダに会うのも大事だが、先発隊も、もちろん大事な事だ。
フォロウは椅子から立ち上がると、ゲルダの正面に立つ。
「間違いないよ。黒獅臣とハラートを供連れに行く。身を粉にして働いてくれている臣下たちの顔を見たいし、検証も兼ねてるから、王城でゲルダにも手伝って欲しいんだ」
「検証内容をお聞きしても宜しいでしょうか?」
「都市外で
「……その為にハラートも同伴なさるのですね。でも、大丈夫でしょうか? 区画守護者と連動している
ゲルダは右手の腕輪を不安げに触る。
その輝く黄金の腕輪こそ、王域大都市アウルゲルミルを強固にしてる絶対たる雫の一つ。
ユグドラシルの装備アイテムは
内包データ量の大きさで区分され、一番下の最下級から順番に、下級、中級、上級、最上級、
当然、上位に入るほど制作難易度は上がっていき、最高位の
通常アイテムではないが、
世界を冠するその名は伊達ではなく、一つ一つがゲームバランスを崩壊させかねないほどの破格の効果を持ち、この効果を防ぐには同格の
世界の基となった世界樹から落ちた葉がこの
前提条件として、この
拠点NPCに腕、もしくは指に装着させ、初めて恩恵が齎されるNPC専用装備の
それが、
齎される効果はギルド拠点内限定になるが、都市内に居るPC及びNPC全てに余すところなく滴る黄金は満たされる。
事はそれだけでは終わらない、
流石に、滴り出された雫たちの効果は一定ではなく、
効果は――
――他にもあるが戦闘に関するだけでも、PCとNPCが得られる効果は数多くある。この効果を受けた存在がどうなるか、想像はたやすいだろう。この効果は元型たる
厳選するのに三年以上掛かったが、
運用初期時代。
味方には絶大な別枠の
勿論、別枠なので通常の
防ぐ手段は同格の
防げてもそれは別枠の
此方の
そうでもなくても、一定人数の侵攻が検知された場合
哀れ敵はバラバラに分断、狩る側だと思ったのが逆に狩られる立場となり、
奪われた勢力が広めなければもっと
日に日に減っていく侵攻者たちを逆に嘆くこともした。
たまに来た侵攻者たちに歓喜し、強制転移無しで団体行動させた上で叩き伏せた事もした。
誰が多く倒せるか競い、優勝者には景品を授与したりもした。
区画守護者と戦わせ、それを観戦したりもした。
懐かしい思い出の数々、メンバーと構成員の思い出が過ぎていく。
フォロウは、腕輪を心配そうに触るゲルダに優しく諭すように話しかける。
「だからこその検証だよ。新天地にて、
「それは……そうですが。もし、ハラートが離れて恩恵に何か不備があれば、それば由々しき事態ですわ。私たちは宝玉と腕輪を己の命と同義としております故、心配でならないのです」
区画守護者の命は、宝玉と腕輪で連動しており、宝玉が機能停止した瞬間に担当してる区画の効果が失われる。
容易く宝玉の機能が停止されることはないが、停止すれば区画守護者は問答無用で即死してしまうので、こればかりはまかり通らない。
そうならない為に、区画守護者は侵攻された際は宝玉が安置してある機関場所へ転移配置される。区画守護者が宝玉の近くに居れば、宝玉の防衛機能が大幅に向上されるので、倒されない限りは宝玉の破壊はほぼ不可能に近いが、区画守護者が倒された場合は宝玉の防衛機能は停止するので、注意が必要だ。防衛機能は宝玉のみで区画守護者には適応されない。
倒された場合は通常の拠点NPC復活と同じくユグドラシル金貨で復活できるが、復活の際にNPC専用の効果が乗らず、区画守護者はペナルティとして通常の十倍、つまりは五十億枚の金貨が必要となる。
費用が掛かるからと言って復活させないでいると、その区画の
痛い出費に違いないが、区画守護者の存在には代えられない。それに、金貨さえ払えば宝玉も同時に復活する。資産は有り余る程あるし、何ら問題はない。
問題ないが、だからと言って死んで良い事にはならない。ここは
最悪の展開が起きないようにするべきだ。
だからこそのハラートでもある。
ハラートの防御能力は、守護者中随一。超位魔法を連続で叩き込まれても沈まない姿は、二つ名に相応しく揺ぎ無い。ユグドラシル基準からみても報告から別世界の
本来なら、ハラートはこのタイミングで外に連れて行くはずではなかったが、一緒に済ませられるなら御の字。後伸ばしにするよりか先にする方が良い為、それに越したことは悪くない。
NPC――それも区画守護者が都市外に出る。他の者が既に都市外に出れてる点から大丈夫だと思うが
「もしもの場合は、即座にハラートを都市内に戻すよ。それに、ハラートが提案してくれた事に、自分も応えたいんだ」
「ハラート自身が提案を? ……成程、承知しました。どちらにしても御身の心持は変わらぬご様子、されば私どもは王を支える為に動くのみですわ」
「……ありがとう、自分の我が儘を通してくれて」
ゲルダの返事は、慈愛の笑顔。
それを受けただけで、感謝の返しとして十分過ぎた。
献身的な愛とは、こう言う事を言うのだろうか。
娘の愛情を一心に受け、フォロウはワナワナと沸き立つものを感じ、ゲルダをまた抱き締めたい気持ちに駆られてくる。
彼女より背が低いせいで、逆に抱き締められる状態になるのが玉に瑕だが。
「いやぁ~、良かったでやんすね! あっしも感無量でやんすよ~!」
「うん! 自分も嬉しくって、たまらなくて……」
フォロウの言葉が止まり、声のした背後へ振り返った。
そこに居たのは黒獅臣。目元にハンカチを当て、泣いてもいない涙を拭っていた。
何故、こうもこいつは背後に立つのだ。
フォロウは頭を悩ませる。ゲルダも先ほどまでの笑顔が消え失せ、眉間に皺を寄せていた。
神出鬼没、大胆不敵、縦横無尽とはこの事か。後で合流と決めた手前、強くは言えないが中々もって酷い。転移は全然構わないし使ってくれていいが、普通に扉から入る事をしないのか、こいつは。
「……何時からいたの?」
「あふ? あっしでやすか? 残念ながらさっき転移で来たばかりでやんすから、内容はさっぱり……でも良い雰囲気だったんで泣いてたんですが、間違ってやしたか?」
「……黒獅臣、貴方ね。ワザとらしく涙を拭いても意味はないし、そもそもいきなり王の背後に転移するなんて、無礼極まりないわよ……。はぁ……、貴方には悩まされるわ……」
「あふふ~ん! あっしも罪作りでやんすね~! 悩んじゃうくらい良い男ってのはまさにこの事! あっふふ~ん!」
黒獅臣は片手を振り上げると花束を出現させ、それを撒き散らしながらフォロウとゲルダを中心に緩やかに踊る。
対して中心のフォロウとゲルダの顔は、無心の表情で固まるばかりだ。二人の表情はとても良く似ていており、その時ばかりは親子だと言われれば納得する表情と言えようか。
黒獅臣が原因で言われて喜べば、と言う事を除けばだが。
二人の表情は無い、笑顔ならば似つかわしく花は二人を飾っただろう。
黒獅臣が見つめる先は、まさにそれしかなかった。
……。
「……花びらが散乱してる理由は分かりましたが、黒獅臣殿は……何故手で拾い集めているのですか?」
「散らかした本人が片づけるのが筋だからです。王も喜んで許可してくれましたわ」
眉を顰めるハラート、冷ややかな目のゲルダ。視線の先には黒獅臣がしくしくと泣き、四つん這いで床の花びらを拾い集めていた。
ハラートが来る少し前まで黒獅臣は、延々と花びらをばら撒きまくり、フォロウとゲルダの足元が見えなくなるまで積もらせる。無表情で佇んでいた両名は遂に感情を宿らせ、黒獅臣に魔法を使わずに片づけろと叱咤の声で言いつけたのだ。
顔に表した感情は、言わずとも分かるだろう。
「あぅふ~ん……、喜んでもらえると……フリージア……、黄色い花びらでやんすのに……あぅふん……」
「限度を考えろって言ったよね? まったく、黒獅臣は……ほらそこっ! 全然片付いてないよ!」
姑が嫁の掃除具合を人差し指で確認し、埃を見せつけるが如く。フォロウは黒獅臣に指摘をしていく。
黒獅臣はしくしくとまだ泣き、尻尾を大きくゆっくりと振っていた。
「もう……黒獅臣は、何で突拍子もないことを突然やらかしますかね……」
「あっしがやりたいからやるんでやんすよぉ~。……やった後悔より、やらない後悔のほうが嫌ですから。まぁ、二つと比べてマシかマシでないかの違いでやすがね」
「……確かに、そうかもね……」
――どっちにしても、後悔は残る……か。
四つん這いで花びらを集めている黒獅臣の背中をフォロウは見つめる。
「……我が君は、ゲルダに話せましたか?」
「……うん、話せたよ」
「それは、良かったでやんすね」
「……ありがとう、黒獅臣」
振り返った黒獅臣の顔は、温かく優しい慈愛を含める笑みだった。
「黒獅臣には困ったものだわ。手腕は確かなのに、何故こうも愚行を重ねるのかしら……」
「……羨ましい」
「ん? ハラート。何か言ったかしら?」
「むっ!? いや、何でもありません! ……唯の独り言です」
「……そう? なら、いいのだけど……さて、御二方! そろそろ現場訪問ついて、話を進めさせてもよろしいですか!」
ハラートを他所にゲルダは手を高く鳴らし、行動の開始を報せる。
フォロウと黒獅臣はゲルダの方向に振り向き、互いに顔を合わせると頷き、行動を始める。
黒獅臣は立ち上がり
「相変わらずどういう原理でやってるのか、ちんぷんかんぷんだね……」
「あっふっふっふん。これは超悪魔的な108ある奥義の一つでやしてね? おいそれとタネを明かしちゃ
「煩悩の数と一緒だけどそれは偶然? それとも引っ掛けてるとか?」
「……ノーコメントでやんす」
「引っ掛けてたんかい!」
黒獅臣はクシャッと歪めた笑みを出す事で、その回答の答えとした。
「御・二・方! 御戯れはそれぐらいにしてください!! いい加減にしないと話自体無しにしますよ!!!」
「統括殿、声を荒げる貴女を見るのは初めてです……」
フォロウと黒獅臣は、慌てて早足で向かい。
ハラートに指摘されたゲルダは自身の発言に気づくと、眼鏡を整え、頬をほんのりと赤く染めていた。
場は静まり返り、燭台の揺らめきだけが空気を示す。
ゲルダを進行役に4人は輪になり、話を進めるべく彼女が最初に切り始めた。
「……では、王が現場に訪問する流れについてですが、先発隊だけではなく、我々に関係する検証も行う手筈です」
「私は王から詳しく聞いておりませんが、その内容とは?」
ゲルダの発言に、ハラートが手を上げ内容を尋ねる。
「王から賜った
「……成程、その事でしたか。恩恵の効果は心得ております。この身の在り方の必要性も……」
ハラートは
彼もまた、王域大都市アウルゲルミル騎士区画を守護する
彼だけの問題ではない。都市に存在する全ての者に関わる問題、責任が重くのし掛かるのは当たり前だ。
その表情を横目で見て、フォロウはハラートに声をかける。
「……ハラート。もしもの場合は直ぐに帰還してもらうから、異変が起きたら言ってね? 何よりも大事なのはハラート自身なんだから」
「お心遣い感謝します、王よ。ですが、ご安心ください。この身は、王と供にあります。我が王を残し帰るなど、何が騎士と言えましょうか? 最後まで私の全ては、我が王と供に在ります」
「ハラート、でも……」
「王よ、その心情を深く、我が心にて受け取らせて頂きます。ですが、私の心情もどうか受け取っては頂けないでしょうか? 王の騎士として、傍らにいると誓いを立てました。王に仕えてこその騎士、貴方の側こそが私の居場所なのです……」
「……っふふ、もう、ハラートったら……」
フォロウを優しく見つめるハラートを端から見れば、淡い輝きのようなものが幻視される。
あまりの頼もしさからか、視線の先の本人は嬉しいような恥ずかしいような、なんとも言えない表情を形作り、やり取りを見ていたゲルダは目元を緩ませ、人差し指で解くようにそこをなぞっていた。
暖かな空気が、輪を包む――
「いや、駄目でやんすよ?! 騎士団長殿、異変起きたら帰還しないとっ?!! 我が君も流されちゃ駄目でやんす! ゲルダもなーにお涙貰ってんですか!! しっかりしろォーいッ!!!」
――唯、一人を除いて。
黒獅臣の叱責を受け、フォロウとゲルダに稲妻が落ちた。
我に返った二人はハラートに対し己が身の安全、注意事項の徹底を言い聞かせる。
ハラートが了承するのに数分の時間が掛かったのは、流される者のツケと黒獅臣は思い苦い顔で二人を見守っていた。
……。
「<
ゲルダが黒い装丁の本を開き、唱えると魔法が発動された。
ユグドラシルで最もポピュラーで確実かつ制限なしの移動方法、空間を跳躍し瞬時に目的地へ到着を可能にする。ただし、この転移魔法で移動できる先は視認した場所にしか行けず、情報だけしか得てない場合の移動は不可能となる。
光が捻じ曲げられ吸い込まれるブラックホールのような薄い楕円形の闇が、空中に浮かんでいた。
「さぁ、準備は整いました。先発隊への伝達は、滞りなく済ませております。皆、王の御姿を拝見できると喜んでいますわ」
ゲルダは出現した
ハラートが前に進み出て、フォロウに深い礼を行う。
「先に私が入らせて頂きます。最後は黒獅臣殿が王の背後を追従する形で参ってください。では、統括殿また後程に」
「はい、ハラート。検証に朗報を、貴方に何もない事を祈っています」
「いってら~で、やんすよ」
ハラートが、
「ありがとう、ゲルダ。何から何まで済まないね」
「滅相もございませんわ、王の為ならば如何様にでも」
ゲルダを微笑みながら一瞥し、フォロウは黒い楕円形を真剣に見つめ吟味する。
(
転移失敗率0%、距離無制限。
ゲルダはアウルゲルミルから一歩も出ておらず、遠隔視だけで
では、魔法的に理解したとは何なのか?
魔法――普遍的で不確実なもの――とは、
この世界が
MPとは、大いなる世界からのものだとしたら、
(……っ?! まて、まてまてまて。本来の目的から脱線してるぞ……あぁ……この推測癖はなんとかならないものか……)
意識を潜孝状態から徐々に目の前へと移していく。
視線の先には、先ほどと変わらずにゲルダが微笑んでいるのが垣間見えた。
微動だにせずに、ゲルダは動かない。
自身の身体もビクともせず、動かなかった。
(……まただ。バルコニー扉前と同じく思考だけは鮮明になり、他は停止したかのように動かない……)
ほんの僅かだが、燭台の光の波が違ったからだ。
火から発せられる波長の間隔が、極僅かに、微細に動いている。
本当に時間が停止しているなら、あらゆる現象は一切動かず停止するはず、光でさえ免れない。光情報の刺激で通常は視覚しているのだが、これは魔法的な要因で可能になっているとしよう。でなければ見ることが出来ない、本当にインチキも良いところである。
眼を動かす、という事は出来ない。あくまでも固定したままの視覚だけだ。
この現状は、他ではなく。自身が起こしている、そうとしか考えられなかった。
では、どのようにして己が起こしているのか? 自身の――
どの特殊能力なのか? 考える、思考が鮮明、自己意識以外時の全鈍化、自身の身体が動かない、意識を身体に戻すと元に戻る――。
――あった。取得している特殊能力の一つ、”高速思考”に違いない。
本来ならばこの特殊能力は、魔法行使における再・詠唱時間短縮化の効果しか無かったがフレーバーテキストに確かこうあった――
『脳内処理を高めることにより絶対時間を操作するのではなく、自身の体感時間を操作する事でそれを飛躍的に上昇させる。この能力を持つものは思考による優位性を取得し、自身の意識化限定であるが固有時間を獲得する。さしずめそれは、自身の内部限定による絶対的猶予時間であり、限定的ではあるが時間の枠外側に居ると言えなくはない。この特殊能力を持つ者は、複雑な魔法詠唱の一部を内部処理により完了する事が出来る。更には、再詠唱を短縮分減らす事が可能。全ての詠唱を完了できないのは、実際の魔法における行使力の関係であり、一節でも口にしないと実在行使が発現しない為で、故に元の詠唱が短い魔法であろうとも、詠唱を0にする事は不可能である。実在の完結とは、どう在っても曲げられず自身の行動でしか伴わない』
――テキスト通りなら、複雑な心境になるが辻褄が合わない事はない。
唯の再・詠唱時間短縮効果の特殊能力が別世界で変容した? フレーバーテキストの大部分が適用され、今の現状になっているのか? 滅茶苦茶も良いところだぞ、これは。フレーバーテキストが別世界で適応されるなら、自他ともにもっとヤバいフレーバーテキストの特殊能力が在ったはずだ。それも全て適応されているのか?
フォロウは、意識を身体に戻し身体の自由が効くようになるとゲルダに顔を向ける。
徐々にゲルダの顔が変化していき、困惑の表情になった。
「……? あの、どうかなさいましたでしょうか?」
「いやっ、何もないよ。……外に行くからゲルダの顔を見て貯めとこうと思ってね」
「あら、そうでしたか! 照れてしまいますわ……」
ゲルダが口元に手を寄せる途中で、フォロウは意識を考える部分――脳へと移行していく。
すると、ゲルダの手の動きは喉辺りの中間でピタリッと止まり、行動は途中停止した。
(……やはり、発動と停止は自分で
任意発動可能。これだけでも有能である事は実感できる。
言うなれば、自意識下以外の
メリットの部分で見ればそうなるが、デメリットもある。
まず、
次に、視覚の固定化による弊害。これによって対策を講じてようとも、視覚外から妨害されたら意味がなくなる。
最後に、自身の肉体性能が低い事でこれを活かせない事だ。
体感時間上昇等は、近接
再び意識を身体に戻す、ゲルダは手を口元に当て小さく微笑んだ。
――いや、自分でもこの有用性は活用できるかも知れない。
でも、強い敵性体がいない現状でどう活用したらいいのか? という事になるのだが。推測時の実経過である経過時間が減る、それぐらいだろう。そう考えれば少し良いと思わざるを得ない。考えで誰かを待たせる必要がないからだ。十分可能性はある。
フォロウは微笑む、可愛く照れる愛娘に対して。
「よし! そろそろ行ってくる。黒獅臣も用意は良い?」
「バッチリでやんすよ! 御身も用意は万全でやんすか?」
「うん、大丈夫。……行こう」
この先に都市外の、未開の地が待っているのだ。臣下が開拓してくれた分、幾分かはマシだが不安が全くない事はない。
胸が高鳴り、鼓動が早くなる。
ゲルダ、黒獅臣、ハラート、現場の臣下たち、その存在が不安を打ち消してくれるような気がした。
――ありがとう、そばにいてくれて。
彼らの笑顔が自分に力を与えてくれる、そう感じずにはいられない。
「あっ、そうだ! ゲルダッ!」
「は、はい! なんでしょうか!?」
フォロウは入る直前で急停止し振り返り、その反動で黒獅臣は横へズッコケてしまった。
突然の呼びかけで、ゲルダの表情は驚きと困惑で戸惑っている。
「……扉の前で番をしてくれた騎士に、お礼を伝えといて貰えるかな? ありがとうって」
「……あぁ、その事でございましたか。承知しました。必ずお伝えします」
思い残しは無くなった。
――いざ行かん、新天地へ。臣下たちの元へと。
その二に続く
次の方が胸糞展開多いです。