OVER or LORD   作:イノ丸

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オリ主サイドその一
胸糞展開に注意してください。


1-5-1 命ノ価値

「手間取らせやがって……クソガキが……」

 

 剣に付いた血を払い。動かなくなったガキを蹴り上げ、背を向ける。

 馬の鳴き声。悲鳴。叫び声。怒号。焦げる臭い。すっかり聞き慣れ、嗅ぎなれたそれを首を振ることで邪魔くさく払う。気分転換をしようと思った矢先にコレだ。

 

 歩きながら、歯を鳴らす。

 

 玄関口で男女を発見し、邪魔な男を排除した後でお楽しみをヤろうとした時だ。

 ベリュース隊長もヤってた事、俺がヤっててもおかしくはない。むしろ必要な事だ。斬り殺した後はヤケに股座が反応するから、収めないといけない。

 慣れたものだ。

 最初は臆してたが、今じゃ躊躇なく剣を振りぬける。その後にヤることも問題なく、むしろ楽しいとさえ感じる。

 

 始めようとしたときに問題が起きる――ガキに殴られた。

 

 頭にキた。男女の(つがい)じゃなくて、夫婦だったとは。

 ガキは俺を壺で殴っておきながら、ガタガタと震えて「お母さんを放せッ!」って泣きわめき。ヤろうとした女は俺に組み付いてきて「逃げてッ!」と、抑え込んできやがった。イラつき勢い余って斬り殺した。勿体ない。まだ、挿れてもいなかったのに。本当に勿体ない、少し良い女だった。

 

 クソガキにはお仕置きが必要だ。女の死体に縋り付き、泣き叫ぶガキを玄関先に引きずり出して、剣を突き刺す。

 

 大人と違ってすんなり刺さる感覚は、少し癖になるほど刺し心地が良い。女の次に良いかもしれない、どっちにしても。

 だが、こいつはお楽しみの邪魔をしたクソガキ。楽には殺さない。

 

 肝臓だ。

 

 人体の血が集まる臓器を破壊すれば激痛が走り、大量出血で確実に死に至る。高度な治癒魔法、高級ポーションじゃない限りまず助からない。血の泡を出しながら、悶えてやがる。ざまぁみろ、クソガキは苦しんで死ね。

 

 あぁ……でも、どうすればいい? 変に期待した分、消化不良で疼きやがる。

 流石に動かない奴相手にヤる趣味は流石にない。どっかにはそういう奴じゃないと燃えない性癖がいるみたいだが、俺は幸運な事にソッチの趣味はない。そこだけは神に感謝だ。

 

 ……神、神か、神には感謝しても仕切れない。普通じゃ実感できない、生、って奴を感じさせてくれる。

 しかも自分には極力痛手が出ないやり方でだ。特に逃げ回ってる奴の背中を斬り付ける瞬間と来たらクるものがある。これは、老若男女問わずに来るものがアった。たまらなくイい。

 

 前の村での事が浮かび上がって来る……アレは良かった。

 選んだのは、若い女で……十八か十九ぐらい……か? まぁ、どちらでもいい。程よく脂肪が付いてて、抱き心地が良さそうな女で……同じぐらい柔らかく斬り甲斐がある良い女だった……。

 

 ――特に良かったのは赤が似合う、透き通るような白い肌。

 

 最初に斬る場所は背中じゃなく、脚。早くも遅いくも判らない相手を一定にするため、一番に斬る場所はソコしかない。脚を斬っちまうと庇う様に逃げるから、良い塩梅の速度に収まる。

 

 後は、じっくりと楽しむだけ。

 

 浅く斬っていき、徐々に深く斬っていく。緩急が大事だ、振れ幅が大事だ、上に、下に、右に、左に、噴き出させないように、滲ませるように、突いては駄目だ内臓を傷つける、叩いても駄目だ骨を折ってしまう、必要なのは白い肌に沿う様にあばら骨を撫でるように……斬る事だけだ。

 

 背中の布が何度も斬られることではだけるのが、最高にソソる。背骨の溝に血が集まって、白桃の割れ目に流れ落ちるのを見た時はそれこそ神を感じた。狂おしい程の命の脈動! 我々は神に愛されている! 愛されてるからには、愛さずにはいられない! だから……俺は……愛する行為をやめられなかった……愛しい彼女が地に伏せるまで。

 

 最愛って、こういうのを言うんだと思う。

 

 か細い呼吸を繰り返す彼女は愛おしい。血化粧を施された白い背中が美しい。血の気が失せた白い肌は陶器の様に輝いてた。背中からの失血が翼を描き、彼女は……羽ばたいて逝ったんだ。……そうだ! あの時ッ!!! 俺も、俺も同時に逝った!!! 初めてだった!!! 何所も触れずに出たことはッ!!!

 

 彼女との事は、今思い出しても脳を蕩けさせる。

 

 最高だった。

 最高だったから、下が張って歩き辛くなってきた。でも、最高だ。そうだ、次は仲間が追いかけてた姉妹にしよう。うん、そうしよう。先を越されてるが大丈夫。

 どっちかは残ってい――

 

 

「……お……母、さん……」

 

 

 ――蜜の様な思案が糞声の投入で台無しになる。

 

 動かなかったから、既に死んだと思ってたガキの声。

 

 ……クソガキ……萎えたじゃねぇか、何でいい時に邪魔をしやがるクソガキが……さっきもお前がいるから発散できなかったじゃねぇか、クソガキのクソが……クソガキ……クソガキクソガキ……最愛の蜜夢を糞で塗りやがって……クソガキ……バラバラに多々っ斬って……糞肥溜めに叩き込んでやろうか……クソガキ……クソが……。

 

 

 ……よし、二度とクソの声を出せないように次は喉を斬ろう。……うん、それがいい。その後に手足だ。

 

 

 俺こと、エリオンは、段取りを決め歩みを止めた。

 

 クソガキをバラす為に、振り返る。

 

 

 

 ――振り返って……振り……返って……心を……一瞬で攫われた。

 

 

 

 なんだ……? 端麗なんかじゃ済まされない彼女……いや、彼女なのか? フード付きの外套の下に貫頭衣と長スボンを履いている姿は男にも見える。ひょっとすると 彼、かも知れない。一体いつからそこに居た? いや、関係ない。どっちだろうと、どうでもいい。それぐらい、心を奪われた。

 

 子供を抱きかかえる姿は憂いを纏って、更に美しさを増している。

 

 柔らかそうな黒い髪。潤んだ瞳。完璧な形の潤った唇。小柄な身体。そして……シミもくすみのない透き通る白い肌。

 

 ヤバい、萎えたものが戻る。

 髪を引きちぎったらどれ程柔らかく離れるのか。瞳を舐めまわしたらどれ程甘いのか。整った唇に歯を立てて齧るとどれ程溢れるのか。小さい体を力一杯抱くとどれ程軋むのか。白い肌を赤く塗ればどれ程俺が出るだろう。

 

 子供の事なんかもうどうでもよくなった。彼女か、彼か、どっちでも良い。三つか、二つかの違いだ。あの人を前にしたら些細な事でしかない。

 脳がかつて無い程、あの人を求めている。下が痛くて歩きづらい。胸が高鳴り、呼吸が乱れる。俺は今、あの人に恋をしている。

 引き寄せられ、ゆっくりと近づく。あの人が何か言っていたが、脳がうまく処理できず、うまく返せなかった。許してくれ。肌が触れ合うぐらいに近づくから、その時にもう一度聞いてくれ。

 

 もう少し、もう少しだ。あと数歩であの人に触れられる。触れた後が楽しみで仕方がない。下が湿って仕方がなく、早く解放したくてうずうずしていた。

 

「――このっ――」

 

 声が聞こえた、染み渡り馴染む声。声まで素晴らしい。俺が声を上げさせたら、どんな声で鳴いてくれるのか、今から楽しみで仕方がない。

 

 手を伸ばす、変に力が入り小指が第一関節で強く曲がる。

 

「……何をしようとした?」

 

 手首を掴まれ、停止した。

 横から突然重く響くような声が投げ掛けられ、視線を動かす。

 そこに居たのは、黒い獅子を連想させる大男が無表情で俺を掴み、立っていた。

 

 

 ――俺はまたしても、萎えてしまった。

 

 

 大男は手を離さない、力強く掴み続けている。俺は動けず、大男の何とも言えない雰囲気で、たじろぐしか出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ね~ぇ~、ゲルダったら! お父さんってなんで言ってくれないの? 恥ずかしがらないでいいじゃないか!」

 

 王列会同の間、椅子にフォロウは座っている。

 自分の娘ことゲルダと思いの丈をぶつけ合って少し経った後、ゲルダに問題が起きた。いや、問題って程でもなかったが、ゲルダが元の冷静な装いに戻ってしまった事である。ひとしきり泣いて落ち着いた為であろうか? その事について、今現在抗議を申し立てている最中だ。

 

「……いえ、恥ずかしがっておりません。ぇえ、恥ずかしがっておりませんわ。おりませんとも! しかしながら、王と臣下の立場は変わっておりませんので、悪しからず返させて頂きます」

 

 椅子の傍らに居るゲルダはそう答えた。

 

 ――これである。

 

 ほこりを払い、髪を整え、眼鏡を定位置に戻し、凛とした立ち姿で立っている。

 顔には、絶望の色は全くない。もしろ、生き生きとした希望溢れる顔がそこにはある。喜ばしい事は確かだ、認めよう。でも、頑なな態度を取ることは認めたくない。折角、打ち解けたと思っていたのにこれでは元の木阿弥……元とは違うな、改善はしている。もっと仲良くしてもいいと思うのだが、何が彼女を突き動かしているというのか。

 

「……へぇ~? あんなに可愛く甘えてくれた、ゲルダちゃんが見れないのは少し悲しいな~? パパ悲しい」

「……勘違いした私に非がありますが、まだ仰られるようでしたら私にも考えがあります。それに、お父様か、パパかどっちかにしてください! ……これからのお食事を療養食に変更させて頂きますね?」

「ごめんなさい。本当にごめんなさい。それだけは、ご勘弁を」

 

 食事を引きに出されてしまったら、強く出られない。ぐぅ、さすが王佐だ。

 料理の美味さを知った後で条件にされるとは、同じ人造人間(ホムンクルス)なのに酷な手を切る。残念だが、ここらで手打ちと言ったところか、関係は進展したんだしこれで良しとしよう。なに、急いではいない。ゆっくりと進んでいけばいい、時間はあるのだから。

 

 フォロウがそう考えていると、ゲルダが咳を一つ行う。

 頬を赤め、眼を右往左往させ、手を組み人差し指をこすり合わせている。

 

「えぇと、ですね? 私も創造主様の事をお、お……父様……とお呼びしたいのですが、その、まだ準備が出来てないと言いますか……。申し訳ありません。お時間を頂けますか? ……お願い致します」

 

 卑怯! 圧倒的に卑怯だ! これは胸に来る!

 

 普段冷たい印象を持たれる美人が、頬を赤め可愛らしい一面を見せてくるなんて、他の男だったら一発で落ちてるぞ。自分の娘で良かった。そうでなくても、顔の力がなかなか入らず眉を顰めたり、口を結んでるのに口角が上がったり、喜怒哀楽が入り混じったよくわからない形相になってきた。

 

 あぁ、胸がキュンキュン疼く。世の中の父方は、こんな思いを受けているのか?

 

「……い、いいよ。ゲルダが良いと思うタイミング構わない……さ」

「ありがとうございます! 御心がこの身に沁みますわ」

 

 笑顔が眩しい、温かい。

 可愛らしく手を合わせている姿をフォロウは、微笑ましく見ていた。

 

 愛おしい。自分の娘もそうだが、臣下たち全てにそう感じる。

 臣下たちは優秀には間違いない。でも、その精神には大きな隔たりがあると感じた。

 人間は段階的に成長と共に知識を蓄え、自身を構築していく。彼らにはそれは無く、完成された形で創造された。十が成熟とすれば、一から、二と、三と、順当に経験と知識を得るはずが、最初からの十の力と知識を持って成熟している。

 

 彼らには一から九の経験が無い状態に近い。

 

 数値的には何も変わらないだろう、上辺から見える部分では。

 でも、現実となって身近で見て分かった。彼らには一から十までの段差が無い、もしかすると一すら無いのかも知れない。過去があるから人間は己の足で立っていられる。過去が無い人間は現状に縋るしか出来ない、臣下は間違いなく現状(自分)に縋る状態だ。

 

 死ねと言ったら……間違いなく彼らは死ぬ。歓喜に震えて心臓に刃を突き立てるだろう。

 

 踏み止まる過去が無い。記憶なんかじゃない、それは記録だ。歩んできた自身と他者との触れ合いで感じ憶えて来た道、感億と言うべきか。それが無い為、容易く命を捧げてしまう。

 

 彼らの過去を作ってあげたい、踏み止まらせる過去を。

 

 時に喜び、時に怒り、時に哀しみ、時に楽しむ事を感じさせたい。記録じゃない、記憶として、感情と共に歩ませてあげたい。それが、別世界で彼らの忠義に返せる一つだと、信じている。共に歩むとはそういう事だと、自分は信じたい。いつの日か、自身の為に生きられるように。

 

 ゲルダは手を解くと眼鏡を上下に動かし、真面目な顔へと移り変わる。

 

「……さて、話を本来のものにさせて頂きます。黒獅臣から先発隊が調査中の現場に御身が向かわれる、と通達を受けていますが、お間違いないでしょうか?」

 

 うっかりしていた、ここに来た理由の一つは慰安訪問に行く為。

 ゲルダに会うのも大事だが、先発隊も、もちろん大事な事だ。

 

 フォロウは椅子から立ち上がると、ゲルダの正面に立つ。

 

「間違いないよ。黒獅臣とハラートを供連れに行く。身を粉にして働いてくれている臣下たちの顔を見たいし、検証も兼ねてるから、王城でゲルダにも手伝って欲しいんだ」

「検証内容をお聞きしても宜しいでしょうか?」

「都市外で滴る黄金の腕輪(ドラウプニル)のギミックが機能するかどうか」

「……その為にハラートも同伴なさるのですね。でも、大丈夫でしょうか? 区画守護者と連動している滴る黄金の腕輪(ドラウプニル)はアウルゲルミルを護る要と言っても過言でもありません。都市内ならまだしも、都市外では不確定要素が多いと思われますが?」

 

 ゲルダは右手の腕輪を不安げに触る。

 その輝く黄金の腕輪こそ、王域大都市アウルゲルミルを強固にしてる絶対たる雫の一つ。

 

 

 世界級(ワールド)アイテム、滴る黄金の腕輪(ドラウプニル)

 

 

 ユグドラシルの装備アイテムは(ランク)が存在している。

 内包データ量の大きさで区分され、一番下の最下級から順番に、下級、中級、上級、最上級、遺産級(レガシー)聖遺物級(レリック)伝説級(レジェンド)、最高レベルの神器級(ゴッズ)

 当然、上位に入るほど制作難易度は上がっていき、最高位の神器級(ゴッズ)などは100(カンスト)レベルでも持てない人が居るほど難しい。

 

 通常アイテムではないが、世界級(ワールド)神器級(ゴッズ)の更に上と言っても言い過ぎではない究極のアイテム、その総数200。

 世界を冠するその名は伊達ではなく、一つ一つがゲームバランスを崩壊させかねないほどの破格の効果を持ち、この効果を防ぐには同格の世界級(ワールド)を所持するか、ワールドチャンピオンの特殊技術(スキル)を用いるしか方法がない。

 世界の基となった世界樹から落ちた葉がこの世界級(ワールド)アイテムであり、現存した九つの世界がユグドラシルと言う訳で、バランスブレイカー過ぎると運営に訴えられたが『世界の可能性は、そんなに小さくない』の名言という迷言を残し、結局修正されることは無かった。世界の力は小さくない。良い言葉だが、頭がおかしい性能には変わりなかった。

 

 滴る黄金の腕輪(ドラウプニル)も例に漏れず、その効果はぶっ飛んでいた。

 

 前提条件として、この世界級(ワールド)アイテムはPC(プレイヤー・キャラ)は装備出来ず、可能になるのは拠点で制作したNPC(ノン・プレイヤー・キャラ)しか装備出来ない。どう足掻いてもPCには装備出来なかった。所持しても効果は得れず、宝の持ち腐れにしかならない。

 

 拠点NPCに腕、もしくは指に装着させ、初めて恩恵が齎されるNPC専用装備の世界級(ワールド)アイテム。

 それが、滴る黄金の腕輪(ドラウプニル)

 

 齎される効果はギルド拠点内限定になるが、都市内に居るPC及びNPC全てに余すところなく滴る黄金は満たされる。世界級(ワールド)アイテムを所持してる、という効果は得られないが、それを抜きにしても拠点内ではある程度なら同じ世界級(ワールド)アイテムの効果を阻害出来た。これだけでも、破格の性能である。

 

 事はそれだけでは終わらない、滴る黄金の腕輪(ドラウプニル)は雫を滴り出す。

 

 現実世界(リアル)で安置期間一ヶ月ごとに、対となる宝玉と8個の同じ重さの腕輪を元型たる滴る黄金の腕輪(ドラウプニル)から滴り出す。これを同じく拠点NPCに装備させ、宝玉を安置させる場を設置すれば、更なる効果を都市全域に齎してくれる。

 流石に、滴り出された雫たちの効果は一定ではなく、無作為(ランダム)に振り分けられており、超有益な効果が一つだけとか、微妙な効果が複数個、逆に此方が不利になる効果が出る……等々、狙っている効果が全くでないという事もザラ。その中から有益な効果を複数個あるものを選ぶのは本当に苦労したが、補って余りある効果を都市に齎してくれた。

 

 効果は――

 

 HP(ヒット・ポイント)上限上昇大、MP(マジック・ポイント)上限上昇大、物理攻撃力上昇大、魔法攻撃力上昇大、物理命中率上昇大、魔法命中率上昇大、物理防御力上昇大、魔法防御力上昇大、物理ダメージ上昇大、魔法ダメージ上昇大、被物理ダメージカット上昇大、被魔法ダメージカット上昇大、素早さ上昇大、移動速度上昇大、総合耐性上昇大、属性攻撃上昇大、属性耐性上昇大、状態異常効果上昇大、状態異常耐性上昇大、肉体ペナルティ耐性上昇大、全能力値(ステータス)上昇大、HP持続回復上昇大、MP持続回復上昇大、近距離・中距離・遠距離攻撃間隔短縮大、攻撃回数確率上昇大、クリティカルヒットダメージ上昇大、クリティカルヒット確率上昇大、被クリティカルヒット確率低下大、被クリティカルヒットダメージ低下大、魔法再・詠唱時間短縮大、能力値ダメージ上昇大、能力値吸収上昇大、攻撃時無属性付加大、被ダメージ時無属性反射大、不可視化効果上昇大、特殊技術(スキル)使用回数上昇大、特殊技術(スキル)再使用時間短縮大、特殊技術(スキル)効果上昇大、アイテム使用時無消費確率上昇大、攻撃系魔法強化上昇大、防御系魔法強化上昇大、召喚系魔法強化上昇大、精神系魔法強化上昇大、補助系魔法強化上昇大、状態異常系魔法強化上昇大、幻術系魔法強化上昇大、信仰系魔法強化上昇大、蘇生系魔法強化上昇大、創造系魔法強化上昇大、召喚強化上昇大、召喚数上昇大、支援系強化上昇大、治癒系強化上昇大、拘束系強化上昇大、探知系強化上昇大、強化系強化上昇大、転移系強化上昇大、行動阻害無効、精神異常無効、幻覚異常無効、体調異常無効、視覚異常無効、能力値ダメージ無効、能力値吸収無効、生命力吸収無効、毒・麻痺・石化・出血・病気無効、時間操作無効、武器・防具・アイテム破壊無効、一定間隔で特定数弱体(デバフ)解除、無制限飛行、無制限転移……等々。

 

 ――他にもあるが戦闘に関するだけでも、PCとNPCが得られる効果は数多くある。この効果を受けた存在がどうなるか、想像はたやすいだろう。この効果は元型たる滴る黄金の腕輪(ドラウプニル)が奪われない限り、半永久的に効果が掛かり続ける。

 

 厳選するのに三年以上掛かったが、滴る黄金の腕輪(ドラウプニル)の効果も合わさり、王域大都市アウルゲルミルの護りは盤石で揺ぎ無いものと相成った。

 

 運用初期時代。

 滴る黄金の腕輪(ドラウプニル)を狙う輩も後を絶たず侵攻されたが、結局全員が王城ウォーデンに辿り着くこと無く、その命を散らしていった。滴る黄金の腕輪(ドラウプニル)の効果を侮り、ギルドを舐めた行いには当然の報いである。

 

 滴る黄金の腕輪(ドラウプニル)の効果は何も味方だけに齎されるものではない。都市内にいるPCとNPC全てに効果が及び敵対側の存在も例に漏れず、全てに滴る黄金の腕輪(ドラウプニル)の効果は齎される。それが良き悪きに関わらずにだ。

 

 味方には絶大な別枠の強化(バフ)効果を、敵側には反転して強烈な弱体(デバフ)効果が降りかかる。

 

 勿論、別枠なので通常の強化(バフ)弱体(デバフ)も同然に掛かってしまい、これだけでも始末に負えないエグさが解るだろう。

防ぐ手段は同格の世界級(ワールド)を所持するしか方法がない。

 

 防げてもそれは別枠の弱体(デバフ)効果なので、此方の別枠強化(バフ)効果を打ち消す事は出来ない。

 此方の強化(バフ)効果を打ち消す為に世界級(ワールド)アイテムを妨害の中使ったとしても、打ち消した瞬間に新たに強化(バフ)効果が掛かる為意味がなく、使った後に世界級(ワールド)アイテムを所持してる事が丸判りとなってしまうので、集中砲火であっという間にお陀仏と言う訳だ。

 

 そうでもなくても、一定人数の侵攻が検知された場合滴る黄金の腕輪(ドラウプニル)は都市を空間隔離し、此方の有利になるよう設定した転移先を敵側にも強制執行する。連続使用は出来ないが、一度でも使用できれば効果はてきめん。世界級(ワールド)効果な為、此方は都市内なら転移無制限、飛行無制限。対する相手は隔離され、転移を妨害されるばかりか強制転移、更には上空に飛行制限がかけられる。この状態では仲間同士で連携なんて取れるはずがない。

 

 哀れ敵はバラバラに分断、狩る側だと思ったのが逆に狩られる立場となり、世界級(ワールド)持ちは効果を受けない為一人残された後、最終的に仲間と同じく倒される。

 世界級(ワールド)持ちは特に念入りに叩きのめし世界級(ワールド)アイテムを美味しく頂いた。それをやった途端、世界級(ワールド)持ちがぱったりと来なくなってしまったのは残念でしかない。

 

 奪われた勢力が広めなければもっと世界級(ワールド)アイテムを集められたはずなのに、それが出来なくなってしまったからだ。本当に、残念でしかない。

 

 滴る黄金の腕輪(ドラウプニル)の効果が揃った後、他勢力の侵攻は<キングダム・オブ・キングス>に取ってイベントの一環と成り果てた。

 日に日に減っていく侵攻者たちを逆に嘆くこともした。

 たまに来た侵攻者たちに歓喜し、強制転移無しで団体行動させた上で叩き伏せた事もした。

 誰が多く倒せるか競い、優勝者には景品を授与したりもした。

 区画守護者と戦わせ、それを観戦したりもした。

 

 懐かしい思い出の数々、メンバーと構成員の思い出が過ぎていく。

 滴る黄金の腕輪(ドラウプニル)は、王域大都市アウルゲルミルと同一と言っていいぐらい重要な世界級(ワールド)アイテムに他ならない。

 

 

 フォロウは、腕輪を心配そうに触るゲルダに優しく諭すように話しかける。

 

「だからこその検証だよ。新天地にて、滴る黄金の腕輪(ドラウプニル)の効果は不明な点も多い。堅城の青銀たるハラートを同伴させるのも、もしもを想定しての事だし、安全が保障されてる調査現場なら問題ないよね?」

「それは……そうですが。もし、ハラートが離れて恩恵に何か不備があれば、それば由々しき事態ですわ。私たちは宝玉と腕輪を己の命と同義としております故、心配でならないのです」

 

 区画守護者の命は、宝玉と腕輪で連動しており、宝玉が機能停止した瞬間に担当してる区画の効果が失われる。

 容易く宝玉の機能が停止されることはないが、停止すれば区画守護者は問答無用で即死してしまうので、こればかりはまかり通らない。

 そうならない為に、区画守護者は侵攻された際は宝玉が安置してある機関場所へ転移配置される。区画守護者が宝玉の近くに居れば、宝玉の防衛機能が大幅に向上されるので、倒されない限りは宝玉の破壊はほぼ不可能に近いが、区画守護者が倒された場合は宝玉の防衛機能は停止するので、注意が必要だ。防衛機能は宝玉のみで区画守護者には適応されない。

 

 倒された場合は通常の拠点NPC復活と同じくユグドラシル金貨で復活できるが、復活の際にNPC専用の効果が乗らず、区画守護者はペナルティとして通常の十倍、つまりは五十億枚の金貨が必要となる。

 費用が掛かるからと言って復活させないでいると、その区画の滴る黄金の腕輪(ドラウプニル)の効果は徐々に減衰し、いずれ機能は停止する。宝玉と守護者の関係は滴る黄金の腕輪(ドラウプニル)で刻まれた一蓮托生の運命共同体に等しく、切っても切れない間柄。両方存在するからこそ意味がある。

 痛い出費に違いないが、区画守護者の存在には代えられない。それに、金貨さえ払えば宝玉も同時に復活する。資産は有り余る程あるし、何ら問題はない。

 

 問題ないが、だからと言って死んで良い事にはならない。ここはユグドラシル(ゲーム)ではない、彼らは生きている。死なせてはいけない。

 最悪の展開が起きないようにするべきだ。

 

 だからこそのハラートでもある。

 ハラートの防御能力は、守護者中随一。超位魔法を連続で叩き込まれても沈まない姿は、二つ名に相応しく揺ぎ無い。ユグドラシル基準からみても報告から別世界の強さ(レベル)はかなり低いので、ハラートが傷つく可能性は限りなくゼロ。かすり傷すら付かないだろう。

 

 本来なら、ハラートはこのタイミングで外に連れて行くはずではなかったが、一緒に済ませられるなら御の字。後伸ばしにするよりか先にする方が良い為、それに越したことは悪くない。

 NPC――それも区画守護者が都市外に出る。他の者が既に都市外に出れてる点から大丈夫だと思うが滴る黄金の腕輪(ドラウプニル)と連動している為、どうも不明確は否めない。ハラートには検体扱いで大変申し訳ないが、検証の為に付き合ってもらわなければならない。

 

「もしもの場合は、即座にハラートを都市内に戻すよ。それに、ハラートが提案してくれた事に、自分も応えたいんだ」

「ハラート自身が提案を? ……成程、承知しました。どちらにしても御身の心持は変わらぬご様子、されば私どもは王を支える為に動くのみですわ」

「……ありがとう、自分の我が儘を通してくれて」

 

 ゲルダの返事は、慈愛の笑顔。

 それを受けただけで、感謝の返しとして十分過ぎた。

 

 献身的な愛とは、こう言う事を言うのだろうか。

 娘の愛情を一心に受け、フォロウはワナワナと沸き立つものを感じ、ゲルダをまた抱き締めたい気持ちに駆られてくる。

 彼女より背が低いせいで、逆に抱き締められる状態になるのが玉に瑕だが。

 

「いやぁ~、良かったでやんすね! あっしも感無量でやんすよ~!」

「うん! 自分も嬉しくって、たまらなくて……」

 

 フォロウの言葉が止まり、声のした背後へ振り返った。

 そこに居たのは黒獅臣。目元にハンカチを当て、泣いてもいない涙を拭っていた。

 

 何故、こうもこいつは背後に立つのだ。

 フォロウは頭を悩ませる。ゲルダも先ほどまでの笑顔が消え失せ、眉間に皺を寄せていた。

 神出鬼没、大胆不敵、縦横無尽とはこの事か。後で合流と決めた手前、強くは言えないが中々もって酷い。転移は全然構わないし使ってくれていいが、普通に扉から入る事をしないのか、こいつは。

 

「……何時からいたの?」

「あふ? あっしでやすか? 残念ながらさっき転移で来たばかりでやんすから、内容はさっぱり……でも良い雰囲気だったんで泣いてたんですが、間違ってやしたか?」

「……黒獅臣、貴方ね。ワザとらしく涙を拭いても意味はないし、そもそもいきなり王の背後に転移するなんて、無礼極まりないわよ……。はぁ……、貴方には悩まされるわ……」

「あふふ~ん! あっしも罪作りでやんすね~! 悩んじゃうくらい良い男ってのはまさにこの事! あっふふ~ん!」

 

 黒獅臣は片手を振り上げると花束を出現させ、それを撒き散らしながらフォロウとゲルダを中心に緩やかに踊る。

 対して中心のフォロウとゲルダの顔は、無心の表情で固まるばかりだ。二人の表情はとても良く似ていており、その時ばかりは親子だと言われれば納得する表情と言えようか。

 

 黒獅臣が原因で言われて喜べば、と言う事を除けばだが。

 

 二人の表情は無い、笑顔ならば似つかわしく花は二人を飾っただろう。

 黒獅臣が見つめる先は、まさにそれしかなかった。

 

 

 

 ……。

 

 

 

「……花びらが散乱してる理由は分かりましたが、黒獅臣殿は……何故手で拾い集めているのですか?」

「散らかした本人が片づけるのが筋だからです。王も喜んで許可してくれましたわ」

 

 眉を顰めるハラート、冷ややかな目のゲルダ。視線の先には黒獅臣がしくしくと泣き、四つん這いで床の花びらを拾い集めていた。

 

 ハラートが来る少し前まで黒獅臣は、延々と花びらをばら撒きまくり、フォロウとゲルダの足元が見えなくなるまで積もらせる。無表情で佇んでいた両名は遂に感情を宿らせ、黒獅臣に魔法を使わずに片づけろと叱咤の声で言いつけたのだ。

 

 顔に表した感情は、言わずとも分かるだろう。

 

「あぅふ~ん……、喜んでもらえると……フリージア……、黄色い花びらでやんすのに……あぅふん……」

「限度を考えろって言ったよね? まったく、黒獅臣は……ほらそこっ! 全然片付いてないよ!」

 

 姑が嫁の掃除具合を人差し指で確認し、埃を見せつけるが如く。フォロウは黒獅臣に指摘をしていく。

 黒獅臣はしくしくとまだ泣き、尻尾を大きくゆっくりと振っていた。

 

「もう……黒獅臣は、何で突拍子もないことを突然やらかしますかね……」

「あっしがやりたいからやるんでやんすよぉ~。……やった後悔より、やらない後悔のほうが嫌ですから。まぁ、二つと比べてマシかマシでないかの違いでやすがね」

「……確かに、そうかもね……」

 

 ――どっちにしても、後悔は残る……か。

 

 四つん這いで花びらを集めている黒獅臣の背中をフォロウは見つめる。

 

「……我が君は、ゲルダに話せましたか?」

「……うん、話せたよ」

「それは、良かったでやんすね」

「……ありがとう、黒獅臣」

 

 振り返った黒獅臣の顔は、温かく優しい慈愛を含める笑みだった。

 

「黒獅臣には困ったものだわ。手腕は確かなのに、何故こうも愚行を重ねるのかしら……」

「……羨ましい」

「ん? ハラート。何か言ったかしら?」

「むっ!? いや、何でもありません! ……唯の独り言です」

「……そう? なら、いいのだけど……さて、御二方! そろそろ現場訪問ついて、話を進めさせてもよろしいですか!」

 

 ハラートを他所にゲルダは手を高く鳴らし、行動の開始を報せる。

 

 フォロウと黒獅臣はゲルダの方向に振り向き、互いに顔を合わせると頷き、行動を始める。

 黒獅臣は立ち上がり指パッチン(フィンガースナップ)を一つ弾かせると、床に残っていた花びらは残らず消失した。

 

「相変わらずどういう原理でやってるのか、ちんぷんかんぷんだね……」

「あっふっふっふん。これは超悪魔的な108ある奥義の一つでやしてね? おいそれとタネを明かしちゃ御飯(おまんま)が喰いっぱぐれるってもんでやんすよ」

「煩悩の数と一緒だけどそれは偶然? それとも引っ掛けてるとか?」

「……ノーコメントでやんす」

「引っ掛けてたんかい!」

 

 黒獅臣はクシャッと歪めた笑みを出す事で、その回答の答えとした。

 

「御・二・方! 御戯れはそれぐらいにしてください!! いい加減にしないと話自体無しにしますよ!!!」

「統括殿、声を荒げる貴女を見るのは初めてです……」

 

 フォロウと黒獅臣は、慌てて早足で向かい。

 ハラートに指摘されたゲルダは自身の発言に気づくと、眼鏡を整え、頬をほんのりと赤く染めていた。

 

 場は静まり返り、燭台の揺らめきだけが空気を示す。

 ゲルダを進行役に4人は輪になり、話を進めるべく彼女が最初に切り始めた。

 

「……では、王が現場に訪問する流れについてですが、先発隊だけではなく、我々に関係する検証も行う手筈です」

「私は王から詳しく聞いておりませんが、その内容とは?」

 

 ゲルダの発言に、ハラートが手を上げ内容を尋ねる。

 

「王から賜った滴る黄金の腕輪(ドラウプニル)に関してね。彼の地ならいざ知らず、新天地では王とて全て把握しておられないわ。都市を守護する一柱のあなたなら、この意味が解るわよね?」

「……成程、その事でしたか。恩恵の効果は心得ております。この身の在り方の必要性も……」

 

 ハラートは籠手(ガントレット)に包まれてた右手の親指を無意識に擦り、顔を険しくさせる。

 

 彼もまた、王域大都市アウルゲルミル騎士区画を守護する滴る黄金の腕輪(ドラウプニル)の雫を授かりし者。ハラートが死ねば宝玉の防衛機能は働かなくなり、恩恵もいずれ無くなる。己の価値を噛みしめ、尚自覚したことだろう。

 彼だけの問題ではない。都市に存在する全ての者に関わる問題、責任が重くのし掛かるのは当たり前だ。

 

 その表情を横目で見て、フォロウはハラートに声をかける。

 

「……ハラート。もしもの場合は直ぐに帰還してもらうから、異変が起きたら言ってね? 何よりも大事なのはハラート自身なんだから」

「お心遣い感謝します、王よ。ですが、ご安心ください。この身は、王と供にあります。我が王を残し帰るなど、何が騎士と言えましょうか? 最後まで私の全ては、我が王と供に在ります」

「ハラート、でも……」

「王よ、その心情を深く、我が心にて受け取らせて頂きます。ですが、私の心情もどうか受け取っては頂けないでしょうか? 王の騎士として、傍らにいると誓いを立てました。王に仕えてこその騎士、貴方の側こそが私の居場所なのです……」

「……っふふ、もう、ハラートったら……」

 

 フォロウを優しく見つめるハラートを端から見れば、淡い輝きのようなものが幻視される。

 あまりの頼もしさからか、視線の先の本人は嬉しいような恥ずかしいような、なんとも言えない表情を形作り、やり取りを見ていたゲルダは目元を緩ませ、人差し指で解くようにそこをなぞっていた。

 

 

 暖かな空気が、輪を包む――

 

 

「いや、駄目でやんすよ?! 騎士団長殿、異変起きたら帰還しないとっ?!! 我が君も流されちゃ駄目でやんす! ゲルダもなーにお涙貰ってんですか!! しっかりしろォーいッ!!!」

 

 

  ――唯、一人を除いて。

 

 

 黒獅臣の叱責を受け、フォロウとゲルダに稲妻が落ちた。

 我に返った二人はハラートに対し己が身の安全、注意事項の徹底を言い聞かせる。

 

 ハラートが了承するのに数分の時間が掛かったのは、流される者のツケと黒獅臣は思い苦い顔で二人を見守っていた。

 

 

 

 ……。

 

 

 

「<転移門(ゲート)>」

 

 ゲルダが黒い装丁の本を開き、唱えると魔法が発動された。

 ユグドラシルで最もポピュラーで確実かつ制限なしの移動方法、空間を跳躍し瞬時に目的地へ到着を可能にする。ただし、この転移魔法で移動できる先は視認した場所にしか行けず、情報だけしか得てない場合の移動は不可能となる。

 

 光が捻じ曲げられ吸い込まれるブラックホールのような薄い楕円形の闇が、空中に浮かんでいた。

 

「さぁ、準備は整いました。先発隊への伝達は、滞りなく済ませております。皆、王の御姿を拝見できると喜んでいますわ」

 

 ゲルダは出現した転移門(ゲート)の近くで佇んでいる。

 ハラートが前に進み出て、フォロウに深い礼を行う。

 

「先に私が入らせて頂きます。最後は黒獅臣殿が王の背後を追従する形で参ってください。では、統括殿また後程に」

「はい、ハラート。検証に朗報を、貴方に何もない事を祈っています」

「いってら~で、やんすよ」

 

 ハラートが、転移門(ゲート)に歩み行くと吸い込まれるようにその姿が消えていった。

 

「ありがとう、ゲルダ。何から何まで済まないね」

「滅相もございませんわ、王の為ならば如何様にでも」

 

 ゲルダを微笑みながら一瞥し、フォロウは黒い楕円形を真剣に見つめ吟味する。

 

転移門(ゲート)……ユグドラシルで何十回と使用した魔法だけど、改めて見るとインチキも良いところだな……)

 

 転移失敗率0%、距離無制限。

 ゲルダはアウルゲルミルから一歩も出ておらず、遠隔視だけで転移門(ゲート)を発動させ、現場への道順(ルート)を繋いだ。そこが実際には、どこの何という場所か知らずに。つまり、見ただけでそこがどんな場所なのか魔法的に理解して行使している。

 

 では、魔法的に理解したとは何なのか?

 

 魔法――普遍的で不確実なもの――とは、MP(マジック・ポイント)から練り出される力。MPから構築された魔法は、不条理を捻じ曲げ現実行使を成立させている。現実行使を成立させてる処理は、一体どこで行っている? 自身の脳ではない、場所の詳細がないからだ。構築段階で含まれているのか? いや、構築段階で情報は含まれていない、持っていないからだ。根本的なもの……MPなのか? MPだとしたらどうやってその情報が含まれている? どこからその情報が来ている? そもそもMPとは何だ? 自然に回復し補充される魔法の源。純然たる力の本筋はどこから来ている? 食物に含まれ、摂取するから得られるのか? だとしたら、飲食不要である臣下の魔法行使が説明できない。存在するだけで得られるものだとしたら、どうだろうか? 元居た世界では得られず、別世界のここで得られた事――もしかして。

 

 この世界が大元()を提供しているのか?

 

 MPとは、大いなる世界からのものだとしたら、ユグドラシル(ゲーム)の存在が確立しているのも、魔法という幻想能力も、この世界が実現させているのか? だとしたら一体何故実現させる? この世界になんの利がある? 他世界の、ユグドラシル(ゲーム)からの情報を実現させて何が得られるというのか? 一部分の……ギルド拠点を丸ごと巻き込んでまで得られる何かとは、何なのか――。

 

(……っ?! まて、まてまてまて。本来の目的から脱線してるぞ……あぁ……この推測癖はなんとかならないものか……)

 

 意識を潜孝状態から徐々に目の前へと移していく。

 視線の先には、先ほどと変わらずにゲルダが微笑んでいるのが垣間見えた。

 

 微動だにせずに、ゲルダは動かない。

 自身の身体もビクともせず、動かなかった。

 

(……まただ。バルコニー扉前と同じく思考だけは鮮明になり、他は停止したかのように動かない……)

 

 時間停止(タイム・ストップ)ではない、時間停止対策は個人でも万全に整えてある。それに、この状態は時間停止とは違う様に感じられる。

 

 ほんの僅かだが、燭台の光の波が違ったからだ。

 火から発せられる波長の間隔が、極僅かに、微細に動いている。

 

 本当に時間が停止しているなら、あらゆる現象は一切動かず停止するはず、光でさえ免れない。光情報の刺激で通常は視覚しているのだが、これは魔法的な要因で可能になっているとしよう。でなければ見ることが出来ない、本当にインチキも良いところである。

 

 眼を動かす、という事は出来ない。あくまでも固定したままの視覚だけだ。

 

 この現状は、他ではなく。自身が起こしている、そうとしか考えられなかった。

 では、どのようにして己が起こしているのか? 自身の――人造人間(ホムンクルス)から派生した――特殊能力から来てるのか? 一体どの能力だ? ”魔法適性特化調整”? ……これは違うか、魔法詠唱者(マジックキャスター)の能力を飛躍的に上昇させるが、”肉体適性虚弱”という弱点を取得してしまう。これは、肉体能力に対する能力値低下と被物理ダメージ増加が挙げられ、人造人間(ホムンクルス)として一方面に特化調整した欠陥とした内訳になっている。どちらも、今を示す事柄に結びつかない。

 

 どの特殊能力なのか? 考える、思考が鮮明、自己意識以外時の全鈍化、自身の身体が動かない、意識を身体に戻すと元に戻る――。

 

 ――あった。取得している特殊能力の一つ、”高速思考”に違いない。

 

 本来ならばこの特殊能力は、魔法行使における再・詠唱時間短縮化の効果しか無かったがフレーバーテキストに確かこうあった――

 

 『脳内処理を高めることにより絶対時間を操作するのではなく、自身の体感時間を操作する事でそれを飛躍的に上昇させる。この能力を持つものは思考による優位性を取得し、自身の意識化限定であるが固有時間を獲得する。さしずめそれは、自身の内部限定による絶対的猶予時間であり、限定的ではあるが時間の枠外側に居ると言えなくはない。この特殊能力を持つ者は、複雑な魔法詠唱の一部を内部処理により完了する事が出来る。更には、再詠唱を短縮分減らす事が可能。全ての詠唱を完了できないのは、実際の魔法における行使力の関係であり、一節でも口にしないと実在行使が発現しない為で、故に元の詠唱が短い魔法であろうとも、詠唱を0にする事は不可能である。実在の完結とは、どう在っても曲げられず自身の行動でしか伴わない』

 

 ――テキスト通りなら、複雑な心境になるが辻褄が合わない事はない。

 

 唯の再・詠唱時間短縮効果の特殊能力が別世界で変容した? フレーバーテキストの大部分が適用され、今の現状になっているのか? 滅茶苦茶も良いところだぞ、これは。フレーバーテキストが別世界で適応されるなら、自他ともにもっとヤバいフレーバーテキストの特殊能力が在ったはずだ。それも全て適応されているのか?

 

 フォロウは、意識を身体に戻し身体の自由が効くようになるとゲルダに顔を向ける。

 徐々にゲルダの顔が変化していき、困惑の表情になった。

 

「……? あの、どうかなさいましたでしょうか?」

「いやっ、何もないよ。……外に行くからゲルダの顔を見て貯めとこうと思ってね」

「あら、そうでしたか! 照れてしまいますわ……」

 

 ゲルダが口元に手を寄せる途中で、フォロウは意識を考える部分――脳へと移行していく。

 すると、ゲルダの手の動きは喉辺りの中間でピタリッと止まり、行動は途中停止した。

 

(……やはり、発動と停止は自分で操作(コントロール)出来る……先程までのは、無意識に発動したって事か)

 

 任意発動可能。これだけでも有能である事は実感できる。

 言うなれば、自意識下以外の時間停止(タイム・ストップ)と言ったところか。時間停止(タイム・ストップ)の様に、停止した時間の中で自分だけが行動できる訳ではないが、消費も無く、相手は即座に対策ができず、自分は落ち着いてゆっくり思考し対策を練れる。

 

 メリットの部分で見ればそうなるが、デメリットもある。

 

 まず、時間停止(タイム・ストップ)の様に自由に行動できる訳では無いので、行動での優位性が持てない。

 次に、視覚の固定化による弊害。これによって対策を講じてようとも、視覚外から妨害されたら意味がなくなる。

 

 最後に、自身の肉体性能が低い事でこれを活かせない事だ。

 

 体感時間上昇等は、近接職業(クラス)が持ってた方が有効活用出来るのは間違いない。交戦時に相手の攻撃の流れが鈍化して見れる優位性は計り知れない、喉から手が出るほど欲しいはずだ。かと言う自分の構成は後衛職業(クラス)に偏ってあり、それに加えて種族的特殊能力の弊害で接近戦等は御法度もいいとこ。素早さだけは低下してもそこそこ早いが、近接戦闘なんて始まる前から終わるのが目に見えている。武器はお遊びで持ってるに過ぎない、自分の強みはそこじゃないからだ。

 

 再び意識を身体に戻す、ゲルダは手を口元に当て小さく微笑んだ。

 

 ――いや、自分でもこの有用性は活用できるかも知れない。

 

 でも、強い敵性体がいない現状でどう活用したらいいのか? という事になるのだが。推測時の実経過である経過時間が減る、それぐらいだろう。そう考えれば少し良いと思わざるを得ない。考えで誰かを待たせる必要がないからだ。十分可能性はある。

 

 フォロウは微笑む、可愛く照れる愛娘に対して。

 

「よし! そろそろ行ってくる。黒獅臣も用意は良い?」

「バッチリでやんすよ! 御身も用意は万全でやんすか?」

「うん、大丈夫。……行こう」

 

 転移門(ゲート)へと歩みを進める。

 この先に都市外の、未開の地が待っているのだ。臣下が開拓してくれた分、幾分かはマシだが不安が全くない事はない。

 胸が高鳴り、鼓動が早くなる。

 ゲルダ、黒獅臣、ハラート、現場の臣下たち、その存在が不安を打ち消してくれるような気がした。

 

 

 ――ありがとう、そばにいてくれて。

 

 

 彼らの笑顔が自分に力を与えてくれる、そう感じずにはいられない。

 

 

「あっ、そうだ! ゲルダッ!」

「は、はい! なんでしょうか!?」

 

 フォロウは入る直前で急停止し振り返り、その反動で黒獅臣は横へズッコケてしまった。

 突然の呼びかけで、ゲルダの表情は驚きと困惑で戸惑っている。

 

「……扉の前で番をしてくれた騎士に、お礼を伝えといて貰えるかな? ありがとうって」

「……あぁ、その事でございましたか。承知しました。必ずお伝えします」

 

 思い残しは無くなった。

 転移門(ゲート)へと、自身の身体を預ける。

 

 

 

 ――いざ行かん、新天地へ。臣下たちの元へと。

 

 

 

 

 




その二に続く
次の方が胸糞展開多いです。

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