OVER or LORD   作:イノ丸

8 / 9
その二、續きです
胸糞展開に注意してください。


1-5-2

 転移門(ゲート)を通る時、変わる境界の違和感は不思議となかった。

 

 肌に当たる空気が変わり、光の相違で目の前が一瞬眩む。過ぎ去ったものを取り戻す様に瞳が光を取り込み、映像を構築していく。

 

 太陽の光が、照らす。

 

 前には頭を下げ跪く五人と横にはハラート佇み、歩くフォロウに追従する形で黒獅臣が続く。

 

 背景には、青い空と焼け落ちた村の残骸が広がっていた。

 

 まだ、焼けた臭いが残っている。

 

 不快感を漂わせる臭いだった。

 

 

 

 フォロウは、ゆっくりと見渡す。最初に目に入ったのは跪く人物たち。

 

 粗末な装いで汚れている。五人の格好はそれに尽きた。

 装備の力は魔法で確認するまでもなく低く、頑丈さの欠片もない。肉体能力に優れないフォロウでも易々と引き裂けるであろう布は、質も悪ければ状態も良くなかった。破れた部分を縫い合わせ、穴がある場所には他の布を宛がい塞ぐ。金を持っていない者が装う為に着てるだけ、という印象を抱かせる姿。

 

 五人の内、真ん中の男が顔を上げる。

 

 粗末な装いには不釣り合いな、鋭い剣を思わせる顔がそこにあった。強く、此方を貫く眼光。装備との調和性が取れてない顔は、浮浪というより戦士を思わせる。張った身体に纏うものとしては相応しくない、ワザと纏わない限りは。

 

「隊長を務める己が、五人を代表して申し上げます。王よ。調査現場にご足労頂き、感銘を深く心に受けざるを得ません」

 

 彼らが先発隊、別世界における新天地の調査を担当する五人。

 隊は何組か存在するが、盗賊から得られた情報を報告してくれた隊でもある。彼らは特に抜きんでていて、有益な情報を届けてくれた。優秀な人材。一言訂正するならば、人材、に、人、じゃない者も入ってる事。優秀な者材、とでも言った方がいいだろうか。

 

 フォロウは、隊長格の男に微笑み答える。

 

「出迎え、ご苦労様。調査の途中、急な来訪でさぞ驚かせた事でしょう。対応に心から礼を伝えさせて下さい、ありがとう」

「勿体無き御言葉! 相応しく返せるように己と含め五人、より一層の精進を持って務めさせて頂きます」

 

 燃える瞳、残りの上げた四人の眼も同様に熱い。

 未開の地で不安もあったろうにそんな素振りを一切感じさせない、意志の力強さも垣間見せる。

 

 フォロウが羨ましいと思わせるほどに。

 

「その忠義、有難く受け取ろう。時間を取って、済まないね。調査の続きをお願いします」

「とんでもございません! 王の関してならば何用にも優ります! では、任務に戻らせて頂きます!」

 

 五人は立ち上がり、隊長は号令を発するとそれぞれ散開、調査を再開した。

 素早い身のこなし。惚れ惚れと見とれる無駄のない動きは、職人の技に近く。観る者を魅了するには輝きが強かった。

 

「……皆、強いな」

「その強さは、王が与えて下さったからです」

 

 ハラートが微笑み、フォロウに近づく。

 

「猛者である彼らも一枚板ではありません。遭遇した出来事に一喜一憂があればよいですが、一喜すらない場合が殆どです。彼らには、今まさに一喜が訪れたとでも言えましょうか」

「ふふっ、ハラートは本当に世辞が上手いね」

「世辞などは、言いません。全て事実に違いありませんので」

「……それが、うまいって事だよ」

 

 フォロウは、ハラートを見つめる。

 顔には陰りなどない、都市外で滴る黄金の腕輪(ドラウプニル)の雫を装備する区画守護者であるハラートには、どこにも苦悶の相は出ていない。

 

 フォロウの視線に、微笑み返すだけだ。

 

「ところで、大丈夫? 身体に不調は? 異変はある?」

「特にありません。都市外に出てますので恩恵が無いのは当たり前ですが、不調や異変などは何所にもありません。……そうですね、不調や異変ではないですが……一つ妙な感覚があります」

「どんな感覚なの?」

 

 ハラートは、右手を擦り顔を険しくさせる。答えに悩んでる、とでも言えようか。不確かなものをフォロウに伝えて良いかどうかを決めかねていた。

 

 決心が付いたのか、言葉を発する。

 

「……なんと申し上げていいか……こう、細い一本の線で繋がってると申しましょうか。都市内に居た時には感じなかった、宝玉を離れた地で感じる……と。曖昧な答えしか出来なく、申し訳ありません」

「……そうか。いや、何もなかったなら良かったよ。答えてくれてありがとう」

 

 繋がっている、つまりは都市外に出ても区画守護者と宝玉の関係は崩れないという事か。

 なかなか持って興味深い。現実化による影響からだろうか? 拠点NPCという性質上、元より出れない扱いなのでどこか弊害があると思っていたが、どうやら違ったようだ。ひとまず、今ハラートには問題はない。

 

 次は都市内の恩恵、その効果の確認。

 区画守護者が出られると分かっても、効果が失われてしまったら元も子もない。

 

「よし、次は都市内の恩恵についてだ。早速ゲルダに聞かないと……」

「それは、大丈夫でやんすよ」

 

 声が聞こえ、背後を振り返る。こめかみ辺りに人差し指と中指を当てる黒獅臣が見えた。その様子から察するに、遠くの人物と通じているのだろうと考えさせる。

 

 <伝言(メッセージ)>に間違いない。

 

「ゲルダ曰く、ハラート担当の効果に不調はなく、都市内の効果も揺らぎもなく正常だと……良かったでやんすね。区画守護者が都市外に出ても問題ないと実証されたも同然でやんす」

「……そうか、成程。問題ない、か。ありがとう、黒獅臣」

「どういたしまして、でやんす。これで検証は、終わりでやんすか?」

「いや、もう一つある。……ハラート」

「はい、用意は出来ております」

 

 ハラートが呼び声に礼を持って答える。

 

「ゲルダに招集配置を発令させ、都市外で転移が発動するか確認する。通常なら発動しなさそうだけど、区画守護者は性質上分からないからね」

「承知しました。私は何時でもお応え出来ます、私の主に全てを預けておりますゆえ」

「……ありがとう。黒獅臣、まだゲルダと通じてる?」

「恙無く。……始めてもよろしいですかな?」

「頼む」

 

 黒獅臣が伝言(メッセージ)を飛ばしてる間、ハラートを注意深く観察する。

 顔には微笑みを絶やさず、此方に返してくれる騎士の姿が目に映った。眩し過ぎて、眼を背けたくなる程に胸が痛くなった。

 

 数秒が経過し、彼の姿が突然かき消える――成功したのか?!

 

 フォロウは、急ぎ<伝言(メッセージ)>を発動させる。

 

「ハラート大丈夫? 問題ない?」

『……はい、問題ありません。無事、騎士区画の宝玉の間に転移されております』

 

 息が漏れた。滴る黄金の腕輪(ドラウプニル)は問題なく機能している。

 大収穫だ、これは大きな意味を持つことになる。区画守護者が都市外に出ても大丈夫という事は、とても大きい。通常転移ができない状態でも、この転移なら使用できるからだ。都市内に縛り付ける必要が無く、各々の特色を活かした活動が可能になる。いざという時は、強制的に都市側から呼び戻せば良い、万々歳だ。

 

 安心からか、目尻が下がっていく。

 

「そうか! 無事で良かった。じゃあ、転移直後で悪いけど、またこっちに来てもらって大丈夫かな? 転々で申し訳ないけど……」

『とんでもない! 承知しました、直ちに。……む?……っ……申し訳ありません……叶いそうにありません』

「……どうしたの? 何があった?」

 

 頭の中で響くハラートの声は、重く苦渋の色を滲ませる。伝言(メッセージ)の先の姿は身を震わせ、拳を強く握り締める様を考えさせた。

 

『……宝玉の間から出る事が出来ません。部下は問題なく出入り出来るのですが、私だけが何かに阻まれてどうする事も……中では転移も不発に終わる始末。申し訳ありません。この失態、如何様な処罰もお受けします』

「……ハラートだけ……そう、ふむ……気にしなくていい。もしろ、良くやったと言うべき事。褒められこそすれど、責められる謂れはないよ」

『勿体なきお言葉、転移可能になれば直ぐに御身の下まで参上させて頂きます。暫し、お待ちください』

「うん、頼むよ」

 

 伝言(メッセージ)が切れ、顎に手を置き考える。

 

「……黒獅臣、ハラートが原因不明の行動阻害を受けた。招集転移の影響と考えるけど、どう思う?」

「そうでやんすねぇ~……」

 

 黒獅臣は、鬣をゆっくりと解きほぐし考えを巡らせる。

 深い金の瞳は空を仰いだ後、フォロウにゆるりと向けられた。

 

「……思うに、ユグドラシル(ゲーム)の名残のようなものかと。招集転移は、都市に侵攻した敵対者に向けた緊急処置の様なもの。滴る黄金の腕輪(ドラウプニル)から宝玉の間を守護せよと、強制力が働いた結果と思いやす」

「……強制力か。部下には影響が無かったようだけど、区画守護者のみの影響と考えても良いのか……」

「付け加えるなら今回の騎士団長殿だけ、と。本来ならば侵攻が検知された瞬間、迎撃の為に部下も配置に付きますが、今回は意図的に発動させたもの。都市には実際は何もない為、部下には影響が無く、騎士団長殿だけに強制力が働いたと考えるのが妥当。多分でやすが、他の区画守護者も招集転移すれば同じ模様に陥るかと」

「……じゃあ、そう易々と使用は出来ないって事か……」

 

 出鼻を挫かれたとは、この事か。

 良い結果が続いてた分、落下の速度は高さに比例し、落胆も大きい。

 贅沢かもしれない。そもそも、招集転移はこの事を想定して作られてはいなかった。現実化に伴いうまく合致することなど、元々あり得ない。ここまでうまくいった、そう落とすのが良いだろう。

 

 何も必要に駆られた訳じゃない。調べる事が重要だった。そして、判明したことが大事なのだ。

 普段の移動には通常の転移を用いれば良く、招集転移で戻らなければいけない訳じゃない。緊急時に使える、と分かれば良い。いざとなれば使えると、知っているのといないとでは、気持ちの持ちようが違ってくる。

 

 今がその状態に近い。解明は、不明と言う恐怖を払拭する。

 

「……ま、使えると解って安心したよ」

 

 僅かばかりの安心から、胸の突っ掛かりの幾つかが降りる。楽になったという訳だ。

 

 ふと、視線を流す様に左から右へと動かしていく。

 村だった残骸が幾つも目に入り、かつての名残が残る燃え跡に胸の部分を嫌に締め付けられた。

 焼き尽くされた村。それすなわち、人災による被害。

 転移してから鼻の奥に感じる不快感の正体は薄々解っていた。生き物を下処理せず、そのまま毛もろ共焼いた硫黄を漂わせる臭い。家畜でないとしたら――住人しかいない。

 焼き跡の下に、少なからず眠っているのだろう。過去に居たものが。

 

「黒獅臣、ここには一体何人の村人が暮らしてたんだろうね……」

「……確認できたのは、約80体でやすね」

「……そんなに……よく確認できたね……」

 

 黒獅臣が腕を上げ、人差し指を建物に指す。

 村の中心。屋根は焼け落ちてたが壁だけは石造りだった為、焼けずに残っていた大きな建物だったもの。あの大きさなら、この世界独自の信仰の場だったかも知れない。もしくは、単純に村人が集まる憩いの場。談笑が響くことはない。今はだれもいない、朽ちた残滓、在ったという事だけ。

 示したという事は、眠っているのだ。その数の村人が、そこに。

 

 指した方角をフォロウに確かにしたら、黒獅臣は手を下ろすとゆっくりと口を開く。顔には、何も感情を宿らせていなかった。

 

「……鳥が(たか)ってました。建築上の御かげでしょうか、遺体は焼けておらず良い具合に温まったのでしょう。斥候――先発隊が来た時には大部分が啄まれた後でした。死因は共通して、斬り付けられた事による失血、もしくはショック死が該当と視られます。これは、老若男女問わず全員でした……赤子も例外ではありません」

「……なんて、むごい……どうして……そんな事が出来るんだ……」

 

 目を閉じ、顔を歪ませる。内容の酷さに無意識に手を握り締めた。

 

「……何ででしょうね? 流石に分りかねます、分かりたいとも思いませんし。少なくとも状況現場から、襲撃者の一部は楽しんで行ったでしょうね」

「……何故、そう思うの?」

「殺すのに、何度も斬る必要がないからです。追い立てる為に軽く斬り付けたとは違う、執拗に急所を避けた手口。傷跡にブレはなく、慣れた熟練さを感じさせます。同じ遺体が3体、内2体が女性で――残りが年端も行かぬ子供でした」

「――」

「……他にも乱暴された女性、少女、少年。裂けた後がありましたから確認は容易でした。どれも村中心ではなく、外れにバラけて放棄されています」

 

 淡々と語っていた。いつもの飄々とした物言いなどない。遠く、どこかを見て話す悪魔の顔は、深い影を落としていた。それは暗く、深い陰りだった。

 

「……まるで、見てきたように語るね」

「見てきましたから。報告にあったものは、事前に全て――この眼で確認済みです」

 

 金の瞳は、光を返さない。虹彩が光を求めず、遮ってる様にも感じる。

 燦燦と降り注ぐ光が、彼だけを通り過ぎて行ってしまったのだろうか。日向に居て日陰。芯まで光が通っていない。

 

「……民家の焼け跡には、確認出来てないものもあります。判別が出来れば、ですがね」

「……ごめんね。辛い思いをさせた――」

「いえ、辛くはありません」

 

 即座に返答される、落ち着き払った抑揚。

 

「辛いどころか、何も感じなかったんです。斬殺、刺殺、絞殺、焼殺、どの死体を見ても動揺も無く、変わらなかった。どれも全て一緒だったんです。区別も種別も無く、唯の死体だと――」

 

 言葉は出ない。出なかった。出なかったが、黒獅臣から目が離せない。

 口は閉じたまま。フォロウは目を開き、悪魔を見ていた。

 

「……悪魔だからでしょうね。冷静でいられた。情に左右されてないのに、冷静とはおかしな話、笑えます。私が(あっし)で居る時も揺れ動かず、平静で在り続けるのと近いモノ……」

 

 振り向く。フォロウを直視し笑う悪魔が見える。

 

「……それが崩れるとしたら――私は”黒獅臣”ではいられないでしょう。フォロウの前だとしてもね」

 

 

 衣服が靡く。再び、不快感が鼻に臭いを届けた。

 

 

 

 ……。

 

 

 

 歩いている。目標など無い、只歩いている。

 周りには炭化した残骸が風が吹く度、残り煤を舞わせていた。手を差し出す。煤が付くと指同士でこすり合わせて、滲ませる。指先が煤黒くなった。意味のない行為、何の結果も伴わない。

 

 フォロウは、唯汚れた指先を見つめていた。

 

 先ほどの黒獅臣との会話は、切り上げた。心が沈み、耐え切れなかった。

 黒獅臣は、笑っていた。微笑を浮かべ、此方を向く相はいつもと違い、空虚で、がらんどうだった。

 

 今は、一人で歩いている。

 

 ――中央には行かないでください。一部、中身が収まってないですから。

 

 去り際に、忠告を受けた。

 黒獅臣は見たのだ。事前に全て、収まってないものも全部、余すところなく。

 

 一人になりたかった。だから、一人で歩いている。

 

「何も感じなかった、か……」

 

 感じないとは、どういう事だろうか。

 悪魔だから、感じなかったのか。広く言うなら、異形種だから、感じなかったのか? だとしたら、同じ異形種の自分(フォロウ)も同様なのではないのか? 黒獅臣だけじゃない。実際に目にする自分は、果たして揺れ動くのだろうか。己が心は。

 

 ――嫌な、悪寒がする……。

 

 ガシャン。

 足に何かが当たり、壊れた音がする。

 

 水を貯める壺だろう。不注意から、蹴飛ばし壊してしまった。溜め息をつく。何をやってるのだ、と、悩ましげに見る。平がる水辺の先に何かがあった。

 

 それは人形。

 

 余った布同士で縫い合わせた歪な手作りだが、暖かみのある確りとした丈夫な遊び道具、手芸物。

 拾い上げると、ぐしゃりと、水が滴り落ちる。

 

「……おままごと用の……女の子の人形……」

 

 大事に使っていたのだろう。布が幾重にも縫い合い、補強されている。女子用と判るのは、人形の服がスカートを穿いてたから。何の変哲のない、ごく普通の、でも特別な、我が子へ大切に作った唯一つの物。人形のお友達、そういうものだろう。

 

 パゴンッ――。

 残骸が崩れる音が聞こえる。

 

 振り向いてしまった。こんな時の結果などありきたりで、当たり前の出来事が在る筈なのに、振り向いてしまった。

 

 家の支柱。炭化した柱が根元から折れ、大きく後に音を静寂へ木霊させる。

 塊が見えた。二つ重なった、大小の二つの塊が先にある。

 

 歩く。何も考えてない、唯歩く。

 

 人形の水滴が足跡のように、後に続く。

 炭化した木材が足裏で砕ける感触がする。変に感覚が鋭い。

 

 パキッ、ベキキッ、バッキン、コンッコッコン――。

 

 聞こえる音は耳障り、足早に駆けてしまいたくなる。でも、駄目だ。早くなったら、確認するのが早くなる。引き返せば良い。でも、駄目だ。ここでやめて、後悔したくない。どちらにしても後悔するなら、より少ない方が良い。そう想いたい、思いたくない。

 

 遂に足が止まる。既に視線に入っている物体をより定かに視るために。

 

 案の定、大小の塊はかつての人だったもの。極低確率の不正解を望んでいたのか、虚しくなる。当たり前の事なのに。

 

 強く抱きしめていたのだろう。くのじに曲がり、重なってる形は一つと言ってもいい。焼かれて溶け合い、混じり合っていた。床の跡は他とは違い、ややマシに焼けていて中心から囲むように広がっている。だが、マシなだけだ。全部焼けている。特別無事な部分など無く、炎は飲み込んだ。判別すら出来なくさせる勢いで焼き尽くしたのだ。

 

「これじゃ、何も判らない……人形の持ち主かどうかも……」

 

 人形を持ち上げる。僅かに残っていた水分が悲鳴のように、地面へ落ちていく。落下地点に極小さな水たまりを作り出した。

 水たまりに鈍い光が現れている。手に取り見ると反射してたのは金属製の小さな櫛で、幼子の髪を解かすのに使われてたのが分かる品だった。大小の塊の近くに櫛がある――小さい方は女の子で間違いないだろう。近くに放置してあった人形もおそらくこの子のもの……。

 

 屈み、慎重に近づく。親子の塊を壊さないように間に人形と櫛を置いた。

 これで大丈夫。大事なお友達と櫛も離れずに一緒に居られる。これで良い。

 

 見つめる。人形が見つめ返えす感じがした。

 

 立ち上がり、不意に胸に手を置く。

 

 

 ドクン、ドクン、ドクン――。一定のリズムを刻む鼓動が聞こえる。

 

 ドクン、ドクン、ドクン――。大小の塊を見ても鼓動は乱れてない。

 

 ドクン、ドクン、ドクン――。何も変わらぬ、鼓動が聞こえる――何も、変わっていなかった。

 

 

「っ……戻らなくちゃ、皆が心配する――」

 

 顔に苦いものを浮かべて、背を向けた。

 今度は、足早に去っていく。手は心臓の音を伝え続けている。何も変わらず、平静の鼓動を伝え続けていた。

 

 心がざわつくのに、至って冷静な状態だった。何も。変わらない。

 

 崩れる音が辺りに響いていた。

 

 

 

 ……。

 

 

 

 村の中心近くまで戻り、皆を探す。集まってるのが確認できる、待たせてしまったろうか。歩みを進めて、先程の経緯を振り返った。

 

 自分は、冷徹なのか。

 親子の塊を見ても激しくブレがなかった。心のざわめきに反して、身体は正常を示している。不快感がした。臭いだけはなく、今度は内心まで滲み出す靄のような感覚。

 

 なんだろうかこれは、なんだこの感情は、当てはまる言葉が浮かばない。

 もっと単純だったはずだ。今までの自分は感情を上手く出せてた、留まることなく自然のみたいに。それが出来なかった。人と認識できなかったから動揺しなかったのか、去った今ではもう分らない。

 

 皆を見る。先発隊五人が集まり、険しい表情で何か話し合っていた。黒獅臣も先発隊に交じり話に参加している。

 

「何かあったの……?」

 

 声をかけた全員の表情は芳しくない。フォロウの顔を見ると驚き戸惑い、意を決したのか重い口を開く。

 

「……村を襲った者たちを補足し、俯瞰していたのですが――」

 

 応えてくれたのは粗末な服を着た長髪の彼女。先発隊五人の内の一人の隊員で杖を持った姿から魔法詠唱者(マジックキャスター)と確認できる。

 他には弓を持ったポニーテールと戦棍(メイス)を握るボブカットの男二人、短剣を拳握りで待機するサイドアップテールの女性、最後は短髪の剣を連想させる隊長の男。

 

 五人は顔を見合わせ、黒獅臣に視線を送る。答えに迷い、どうしたらいいかと縋るように。

 

「見て頂いた方が早い。ご覧になってください」

 

 黒獅臣は長髪の彼女に指示を促す。口を結び、目を瞑った彼女は魔法を唱える。

 

 空中に映像が浮かび上がった。

 土煙を上げ、馬を駆る鎧姿の者たちの姿が見えた。剣を振り上げ、揺らしながら迫り向かっている。

 

「襲撃者です。この先には新たな村が在って、このままだとこの村と同じ結果に……」

 

 目を開けた彼女が告げたのは同じ惨劇の予告だった。この場で行われた虐殺が間違いなく執行されると、襲撃者の掲げる剣が物語ってると暗に教えてくれている。猶予はもうない。広域に切り替わった画面で、村との距離は遠くない事は分かった。

 

「王よ……許可を頂けるなら……出陣の許しを……頂けないでしょうか」

 

 弱々しく声を上げたのはボブカットの彼。畏れ多いと思っているのか、祈るように頭を下げ戦棍(メイス)を握っていた。

 

「先の村人は我らの民ではありません……ありませんが……見殺すのはあまりに惨過ぎます故……御慈悲をお与え下さい……私たちならば、容易に殲滅出来ます……どうか、寛大なる処置を――」

 

 留め金が外れたように、他の隊員も哀願を開始する。顔を歪ませ、無辜の民を救う許可をどうかお与え下さいと必死にフォロウに訴えかけてきた。次々に投げ掛けられた言葉は、襲撃者がどのように村人を惨たらしく殺すかを詳細に事細かく、知り得た情報を元に教えてくれる。握り締めてる拳は余りにも強く食いしばっていた。

 

 どうすればいい?

 どうすればいいんだ?

 許可を与えたらいいのか?

 助けた後はどうする?

 流れの者として振る舞うのか?

 

 殲滅と言うからには根絶やしにするのだろう。それは駄目だ! 相手の勢力が解らないうちに内に此方の武力をひけらかす真似は出来ない。彼らに任せてあげたいが、隊員の情の高まりが強すぎる。断言する。彼らはこの村で起こった惨劇を知ってるが故に力を抑えられない。助けた後はどうする? 事故処理は? 全て彼らが出来るのか? 盗賊とは訳が違うんだぞ。村一つと下手したら国が絡む案件。気安くは動けない。下手すれば――村一つでは済まない。

 

 ――どうすればいいんだ……自分だけの悩める時間が在っても……答えが出ないなら意味が全くない……どうすれば良い……。

 

「やめなさい」

 

 酷く冷淡な、それでいて響く声が周りに広がる。黒獅臣の声だ。

 

「……愚かな。この場とはいえ、王の御前で、何たる無礼かわきまえないのか? 直訴も結構だが、首を撥ねられる覚悟もあるのだな?」

 

 空気が凍った。隊員全てが沈黙したが、手にはまだ力が残り拳を震えさせている。

 

「……黒獅臣殿、貴方はこの状況になるのは分かってたはず。何故ですか! それなら、何故促されたのだ!」

 

 隊長が声を張り上げる。悲痛にもにた叫び如き発しに他の隊員も目に力を宿らせた。

 

「王にご確認をして頂くのが、ここまでご足労して頂いた者の務めでしょう? それがどこがいけないと?」

「そういうのではない! 今は無辜の民が襲われんとして――」

「……なにか、勘違いしてませんか?」

 

 金の瞳が大きく開かれる。ゆっくりと隊員たちを見渡し、舐るように視線を動かしていく。

 

「あなた達の任務は何だ? お前たちの寄る辺はどこだ? 貴様たちの支配者は誰だ? 答えろ。身分をわきまえず頭が高いままで華々しく無礼すら許されると思っていたのか? 今すぐ答えろ。答えない口なら、私が直々にその口抉り取るぞ」

 

 黒獅臣が手を上げると、その手の爪は禍々しいまでに鋭く伸び、鋭角さを増していく。爪の数は五本。丁度隊員の数と一致していた。指が鈍い音を立て曲げられ、爪先は彼らの方へと伸びている。

 

 喉に落ちる音が聞こえた――隊員たちの緊張の現れだ。

 

「……私たちの任務は、先住民に知られず調査を行う事です」

「続けて答えろ。寄る辺はどこだ?」

「……私たちの寄る辺は、偉大なる王が統治する王域大都市アウルゲルミルです」

「最後に答えろ。頭を垂れる絶対たる支配者は誰だ?」

「……そこに居わす、統一王フォロウ様で在らせられます」

「分かっているならいい。なら、解るな? すべき事が」

「……御意」

 

 下ろされ、手の形態が元に戻っていくと黒獅臣は姿勢を正す。

 隊員たちの瞳に光は無い、力強い光は失われ、拳を作っていた握力も弛緩してしまって解けてしまった。

 

 画面はまだ展開されたまま光景を映し出している。畑に作業していた村人の背中に襲撃者の凶刃が振り下ろされ、鮮血が舞い散った。悲鳴が上がり、煽られ馬が鳴き声を上げ、怒号が飛び交い、逃げまとう人々、襲撃者の蛮行が行われている。

 

 フォロウは、食い入るように眺めていた。

 

 酷く、心を騒めかせる。

 喉がつっかえ、息をするのも苦しくなる。

 手を握る力が増していき、爪が手の平を食い込ませている。

 足の指が引き絞り、地を反発するように張っている。

 

 高鳴りが胸に手を当てなくても判る。身体全体に響かせる力強く早く鼓動は伸縮を繰り返していた。

 

 

 ――あぁ、そうか。彼らもこの様な慟哭を受けてたのだな。

 

 ――覚悟を……決めた。

 

 

「聞け、臣下たち。今から厳命を与える」

 

 全員がフォロウを見る、黒獅臣も例外ではなく驚きからか姿勢を崩してしまっていた。

 

「先発隊の任は破棄、新たに与える任は遊撃隊として自分の指揮下に入れ。外枠から囲むように展開し、不逞の輩を生け捕りにしろ絶対に殺すな、アウルゲルミルに送れ。黒獅臣は自分と共に赴き、旅人を装い村を救助する。急ぐぞ、もう始まっている」

「お待ちくださ「黙れ」」

 

 黒獅臣が異を唱えようとした瞬間、フォロウは言葉で叩き伏せた。

 顔にはいつもの微笑みなど全くなく、少年の装いなど感じさせなかった。纏う空気は静電気を放ってるようで、臣下たちの肌をピリピリと刺激し強張らせている。動く事は死を意味する。黒獅臣だけは、顔を強張らせフォロウを真っ直ぐに見ていた。

 

「異は認めない、厳命と言ったはずだ。その耳は飾りか?」

「ですが、御身が向かわれる必要はありません! 他の者でも向かわせれば――」

「諄いぞ。厳命と言ったはずだ! 時は一刻を争う。次、同じことを繰り返すならば、その口抉り出すぞッ!」

 

 黒獅臣は驚愕し、口を重く閉ざす。先ほど自分が隊員に言った言葉をそのまま彼にフォロウが言い放ったからだ。小さく返答の意をフォロウに伝えた後、後ろに下がる。

 

「……時間は無い――遊撃隊、分かっているな?」

「!!! 御意!!! 心得ております!!!」

 

 先発隊改め、遊撃隊は歓喜に湧き立ち最敬礼を行う。

 王自ら助けると仰ってくれた。それがどれを意味するか必然と解る。襲撃者は間もなくその身を持って悔いる事になるのだと。感情が高鳴りすぎて危うく人の形態を崩してしまいそうになる隊員もいたが、絶対たる王の前で無様な真似は出来ない。鋼の精神で姿を保った。頭を垂れるべき王の前で無様は晒せない。

 

「<上位道具創造(クリエイト・グレイター・アイテム)>」

 

 フォロウの装いが一新された。フード付きの外套、貫頭衣、長スボンという簡素な装いに変わり、旅人が纏う装備といった物。

 魔法を使う高揚感に一瞬引き込まれそうになったが直ぐに払う。酔ってる場合ではない。意識は既に行動を起こす為、完了していた。フードを深く被る。

 

「黒獅臣、ゲルダとハラートへの<伝言(メッセージ)>は任せた。先に行く。後に続け! 臣下たちよ!! 無辜の村人を救うのだ!!!」

 

 歓声が巻き起こり、臣下たちは感情の嵐を引き起こした。黒獅臣だけを残して。

 

 苦虫を嚙み潰したような顔をした悪魔がそこに居る。

 最早止められない勢いは濁流。何もかも巻き込んで突き進むのみで統制も何も在ったものではなかった。覚悟を決めるしかない、変わりゆくあの人(フォロウ)を見ると感じ得ないと言った心が今、彼を執拗に痛めつけた。どうか、どうか、あなただけはそのままでと願うが聞き届けてくれる者などいないだろう。

 

 

 悪魔の願いなど、神が叶えてくれるはずなどないのだから――。

 

 

 

 ……。

 

 

 

 村の外れにフォロウは転移した。周囲を見渡し、誰もいない事を確認したら村へと駆ける。

 何とか隊員を村に送り込めずに済んだ。これなら此方の情報を漏洩せずに済むだろう。気がイラ立ち、荒々しい行いに黒獅臣や隊員へ申し訳ない念が出てきたが感じてる場合ではない。今は村の事が先決だ。

 

 生で聞く悲鳴が鼓膜を殴打する。村の至る所で襲撃者が人々を襲っていた。

 

 村外周の襲撃者は隊員が無力化してくれるから心配ない。問題は村内部の襲撃者の対処、その無力化。出来るだけまとまってくれれば即座に対処出来、黒獅臣が加われば散らばっている者たちの対処も容易に片付く。

 

 前方に全身鎧の襲撃者が村人に剣を振り上げてるのが見え、魔法を詠唱する。

 

 <魔法無詠唱化(サイレントマジック)睡眠(スリープ)

 

 眠りへ誘う魔法が襲撃者へと掛かり、抵抗など無く睡眠へと陥る。剣を落とし、横倒れになり寝息を立てる襲撃者に村人は訳も分からず立ち竦んでいた。襲おうとした者が突然眠りに落ちる、当然の困惑だ。

 

 村人に声を掛ける事無く、通り過ぎる。声を掛ける時間すら惜しい現在では、村人の一人一人に丁寧に促している余裕はない。目に付く襲撃者は片っ端しに<魔法無詠唱化(サイレントマジック)睡眠(スリープ)>で無力化していく。

 

 次々と襲撃者を昏倒させても悲鳴は止むことはなく、それが尚フォロウを焦らせた。

 

 早く、早く早く、早く早く早く! 自身に<加速(ヘイスト)>を掛け、移動速度を増加させる。曲がり角の先に叫び声が聞こえる。早く行かなければ助けれない! 子供の泣き声だ。胸を引き裂かれる悲痛な声、早く助け出さなければ! もう直ぐ曲がり角を超えられる。勢いでフードが捲れてしまった。

 

 

 

「手間取らせやがって……クソガキが……」

 

 

 

 間に合わなかった。子供を蹴り上げた襲撃者は背を向け歩き出している。

 喉が詰まる、息が止まる、身体が強張る。子供は地面に血の海を生み出し、動かない。死んでしまっ――待て、まだ微かに動いている?!

 血の海に入り、子供を抱きかかえる。今ならまだ治癒魔法で助けられるかも知れない。安心感からか、不用意に動かしたのがいけなかっただろう。子供が血と共に言葉を吐き出す。

 

 

 

「……お……母、さん……」

 

 

 

 抱きかかえている腕が途端に重くなった。その身体には力が入っておらず、口からは涎と血の混じった液体がゴポリと地面に落ちていく。完全に――子供は物言わぬ体となってしまった。

 フォロウの先程までのかき乱していたものが急に無くなり、平静に変わる。子供の亡骸を前にしても乱されることはなく、冷静に見ていられた。これは先程まで生きていた子供の死体だと。

 家の中では両親と思われる男女の死体も在ったが、どれも全て心をかき乱すのには不十分になってしまった。

 

 

 ――喪失感がする、何かが失った感覚がする、平静という殻の中に自分が押し込まれてる気がする。

 

 

 奥底にある何かがざわついて仕方がなかった。

 

「何だ……おま……あんたは……誰だ?」

 

 声が聞こえた。襲撃者の声、この子供を殺した輩の声に間違いない。

 

「……聞きたいことがあります……何故、殺したのですか……」

「何故って? 殺さなくちゃいけないからだよ……その子供は俺の邪魔をしたからな……」

 

 歩く音が聞こえる。こちらに近づいてくる襲撃者の足音だ。

 

「……殺されなくちゃいけない邪魔を子供がしたと? 答えてください……それ程の事をこの子がしたのですか?」

「ああ、そうだ……その子供は俺のお楽しみを邪魔したからな……全部始末しちまったから、どうしようかと思ってたんだよ……次は仲間が襲ってる姉妹にしようかと思ってたが、居てくれて良かった……あんたで解消させてくれよ……気持ち良くさせるからさ……」

 

 

 ――害虫(ゴミ)が。

 

 

 こいつに生きる価値なんてない。これだけの非道をしておきながらまだ何かをしようと言うのか。吐き気が込み上げてきて堪らなく気持ち悪い。

 不快感から何かが奥底からせり上がってくる。

 自分の身体から突き破って来そうになる何かを必死で抑える。にじり寄ってくる害虫(ゴミ)に嫌悪感を隠し切れなくなってきた。このままではこいつを――殺したくなってくる。

 

「……へへ……白い肌だなぁ……こんな所に来た悪い子は……俺がお仕置しなきゃいけないよなぁ……へへへ……」

「――このっ――」

 

 手が近づいてくる。汚らしい害虫(ゴミ)の手がフォロウに伸ばされていた――

 

 

 

「……何をしようとした?」

 

 

 

 ――突然、大男が現れ襲撃者の手を掴む。突然掴まれたことで襲撃者はたじろぎ固着している。

 

 フォロウは、大男を見た。

 体躯は二メートルを超え、鬣を思わせる漆黒の髪と髭、胸を大きく開く衣服の中は盛り上がるほど主張した赤銅の肌、無表情で襲撃者を見る瞳は金色の色彩、その顔は野性的な精悍さを思わせ他の者を威圧させるだろう。

 

 逞しく盛り上がった腕から延びる手で襲撃者の腕当(バンブレス)を強く握り離さない。

 

「……もう一度聞く、何をしようとした?」

「な、何ってどうでもいいだろう! その手を放しやがれ! 邪魔だ大男!」

「……理解できないのか? 仕方ない――」

「何を言って……ぐぎゃぁぁぁぁぁッ!!!」

 

 腕当(バンブレス)が勢いよく拉げ、襲撃者が悲痛の声を上げる。余りの痛さからか体勢を崩れ落ちてしまいそうになったが、掴まれてる腕だけが動かずその支えで辛うじて倒れずに済んだ。しかし、状況は変わっていない。掴まれた腕から伝う様にゆっくりと血が滲み落ちていき、襲撃者はあまりの痛さから息を乱し身を震わせていた。

 

「正直なところ、分かっているので聞かなくてもいいんだがな。でも、アレだ。実際にその口で聞く事で意味のある事もあるだろう? 詰まる所、そういう事なんだよ……理解出来たか?」

 

 襲撃者が弱々しく返答をして立ち上がろうとしたその時、隠し持った短剣で大男の喉に突き立てる。兜で見えないが、その眼は血走っていただろう。力一杯に振りかぶった短剣は狂うことなく殺すために大男の首に軌道を描いていた。

 

「糞野郎がぁ!!! よくも俺の腕をっ!!! 死にやがっ……は……ぁ?」

 

 震えている。襲撃者が短剣を持っていた腕が小刻みに揺れていた。

 大男の喉に刺さったと思われた刃は一ミリも刺さっていないどころか薄皮一枚も破れてはいなかった。何度も、何度も何度も何度も刃を突き立てようとも皮膚すら到達せず、肉や骨に届かない。気味悪さからでたらめに振り回した短剣は変に力が入ったせいか、パキン、と折れてしまい。刃が地面にカラカラと虚しく転がった。折れた短剣を襲撃者は握り締めている。持っていた帯剣の存在を忘れる程の衝撃だった。

 

「……無駄だよ。粗末な刃ではいくら突き立てても傷つかないし、痒み程度も与えられない。……満足したか?」

 

 

 ボギンッ。

 

 

 大男が捻りを加え、ついに襲撃者の腕をへし折った。

 悲鳴が上がる。村人ではない、襲撃者の悲鳴だ。ブラブラと僅かな皮と肉で繋がった腕をなんとか必死で繋げようと奮闘する襲撃者の姿が滑稽で仕方ない。嗚咽を交え、何故自分だけがこんな目にと呪いの言葉を呟いている。本当に――無様でしかない。

 

 大男が兜を掴み、ゆっくりと襲撃者を持ち上げていく。男性一人を軽々と片手で持ち上げるとは凄まじい膂力だ。襲撃者は苦しさから無事な手で殴りつけるがビクともしていない。

 

 兜がゆっくりと拉げていく。

 

「……何の罪のない村人を虐殺し、自身の欲を満たすために他者を虐げる。それだけでは飽き足らず、御身にまで手を出そうとした罪は唯の死では生温い――」

 

 逃げ出そうともがくが大男はビクともしない。

 

「――このままゆっくりとお前の頭を握り潰す。大丈夫、力の調整は得意だ。お前が斬り殺してきた者たちにしたみたいにな? ……では、苦しみもがいて死んでいけ」

 

 ついに襲撃者は反抗事態が無意味と悟り、力なく腕を垂れ下げる。それでも握り潰されていく力が衰える事はなく、増していくに順って喉の奥から苦痛の声を捻り出し、地面に尿を垂れ流す。兜の形は原形を留めておらず、上部が手の形に沈んで歪んでいた。もう直ぐ、頭の原形さえも無くなっていくだろう。

 

 

「もう、いい。やめろ――黒獅臣」

 

 

 大男――黒獅臣は襲撃者の兜から手を放し、地面へと解放する。人間……いや、人間形態の黒獅臣をフォロウは見つめる。顔は無表情で変わらず、今なお襲撃者に向けられたままだった。

 

「……何故、御止めになったのですか? この様な下種に生きる価値など無いに等しいのに」

「聞きたい事があるからだ。<大治癒(ヒール)>」

 

 襲撃者の損傷が瞬時に完治し、困惑から此方に怯えた視線を送る。フォロウはお構いなしに次の魔法を発動させた。<人間種魅了(チャームパーソン)>、魅了の状態に掛かった襲撃者は立ち上がり、フォロウに向かって友人の様に話しかけてくる。

 

「ありがとう、友よ。傷を治してくれて嬉しいよ」

「どういたしまして。ところで仲間が追ってる姉妹について教えてくれないか?」

 

 虫唾が走る思いだったが、情報を得る為にフォロウは我慢し友人のように振る舞う。

 

「ああ、いいとも。友の頼みなら断れないからな。あっちの村外れの先に向かっていったよ」

「ありがとう……では、もう眠ってろ。<睡眠(スリープ)>」

 

 襲撃者がゆっくりと地面に倒れ、寝息を立てる。

 黒獅臣が襲撃者に手を伸ばし、掴もうとしていた。

 

「もういいと言ったはず、捨て置け。まだ、襲撃者たちは居る。それの対処を優先させろ」

「……分かりました。後ならばよろしいので?」

「駄目だ。そいつはベリアールの下へ送る。殺さないのであれば処置後好きにして良い」

「……成程、枢機卿の管轄へ――分かりました。伝達をしておきます」

 

 フォロウは黒獅臣と向き合った。変わらず無表情のままで感情を表していない顔を見つめる。

 

「自分は村外れの先に逃げた姉妹を助けに行く。黒獅臣は、村の襲撃者たちの無力化をしてくれ」

「御身の御傍を離れる訳にはいきません。姉妹を助けてから二人で無力「黒獅臣……」」

 

 言葉を遮り、黒獅臣を見上げる。その顔は真に迫った哀しみの表情。

 

「お願いだ……! 少しでも早く助けたい。王じゃなく、フォロウとして頼む。お願いだ、助けてあげて……!」

 

 

 ――卑怯だ。そんな事を言われたら私は断れなくなってしまう。

 

 

 黒獅臣の表情が溶けていき、微笑みを表していく。

 

「……分かりました。分担して無力化していきましょう。フォロウは姉妹を助けた後、此方に合流して下さい」

「ありがとう、すぐ終わらせる。村の中央で落ち合おう」

「承知。では、後程!」

 

 黒獅臣が駆け出そうとした瞬間に、後、とフォロウが付け加える。

 

「口調、戻していいよ。なんか、調子狂うし……ね」

「……あふふっ……分かりやしたよ。フォロウは仕方ないでやんすね」

 

 笑い合い、互いに背を向け駆け出す。

 迷いはない。姉妹を助ける為フォロウは向かい、黒獅臣は村の襲撃者を無力化する為に。

 

 

 フォロウは知らない。村外れの先に襲撃者など生温い存在が居る事に知る余地もない。唯、駆けて、姉妹を助ける事に夢中で、気付かない。その先に、死の支配者(オーバーロード)が居る事に――。

 

 

 

 ……。

 

 

 

(アレは何だ!? 何故ここにアンデッドが来た!!?)

 

 村外れの先を進み、姉妹が襲われている時に異常が現れた。

 介入しようとした瞬間、転移門(ゲート)が出現する。村外れとはいえ臣下が来るとは聞いていなかったため、咄嗟に木々の陰に隠れ様子を伺った。転移門(ゲート)から現れたのはアンデッド。しかも唯のアンデッドではない。骨の身体を纏う装備はどれも魔法で調べずとも解るこの世界では常軌を逸した物、一般人の前で易々と晒していいものではない。

 

 襲撃者が次々、倒されていく――即死魔法と雷撃魔法……この世界の位階ではどれも上位に当てはまる魔法、過剰攻撃(オーバーキル)も良い程の。

 

(クソッ! なんだアイツ! 気安く殺しやがった! 何も少女の前で殺す事はないだろうが!)

 

 憤りを感じたが、グッと抑え考える。

 落ち着け、あれはユグドラシルプレイヤーか? 何故ここに来た? 姉妹が襲われてるところを見て、助けに来たのか? そして、助けるために襲撃者を殺したのか? 考えなしに問題が起こるような行為を行ったのか? 悪印象を与える事必至なアンデッドの姿のままで? 難解過ぎて、答えが出ず頭から煙が出そうになる。

 

 アンデッドが死体から何かを生み出そうとしている。あれは――死の騎士(デスナイト)!?

 

 取るに足らない存在だがこの世界では意味が違ってくる。アレ一体だけで襲撃者たちどころか村人全員皆殺しにしても十分すぎる程のアンデッドモンスター。使役者たるアンデッドが何か指示を与えると死の騎士(デスナイト)は咆哮を上げ村へ駆け出して行った。このままでは不味い事になる……。

 

 すぐさまフォロウは黒獅臣に<伝言(メッセージ)>を発動させる。

 

「黒獅臣、聞こえる? そっちに死の騎士(デスナイト)が向かった」

『はい、聞こ――死の騎士(デスナイト)でやんすか? 何故、ここにそんなモンスターが?』

「村外れの先にアンデッドが現れ、そいつが生み出した。こいつも襲撃者同様無力化して欲しい」

『無力化と言いましても……そもそもアンデッドは状態異常が効かないのが多くて……倒すのは駄目なんで?』

「駄目だ。装備の具合から見て、同郷の可能性が極めて高い。使役モンスターが消滅したらどう思う? 確認の為に村へ向かう事が確定してしまう。出来るだけ長引かせて欲しい、自分はその間に話し合いを試みる」

『……オススメしません。同郷とは言え、アンデッドモンスターをけし掛ける輩ですよ? まともな精神状態とは言えませんし、フォロウの職業(クラス)構成上で前衛職業(クラス)よりだったら危険過ぎます』

「安心して、魔法を使ってる点から魔法詠唱者(マジックキャスター)であることは確定している。同じ魔法詠唱者(マジックキャスター)なら戦闘になっても長引かせるのは可能だ。とにかく任せた」

 

 <伝言(メッセージ)>を切り、アンデッドの魔法詠唱者(マジックキャスター)を見る。禍々しい姿に緊張からか汗が一筋落ちた。

 

 腕を振り、<上位道具創造(クリエイト・グレイター・アイテム)>を解除し装備を元に戻す。

 意を決した。

 木々から出て、姉妹とアンデットの場所へと躍り出る。アンデットと目が合う、目といっても骸骨に眼球はなく眼窩には揺らめく光が在るだけ。

 姉妹とアンデッドの間に立ち、姉妹に背を向ける形でアンデットと向かい合う。互いの視線が交差し無言の睨み合いが始まった。

 

 

 

 奇して知らずか二つのギルドの頭領が偶然にも相まみえた。

 

 

 

 だからこそ、今、改めて問いかけられる――

 

 

 

 ――二つのギルドが織りなすのは協力か? それとも対立か?

 

 

 

 




フォロウ、覚悟完了。
そして、やっっっっっっと出会えた! 長すぎてすいません。
次回から、本格的にオリ主とモモンガ様とクロスします。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。