片翼の白猫
───遠くへ。そしてどこまでも。彼を守るためにも。
カツン、カツン。という階段を登る音が響き渡る。その度に心臓の鼓動が加速し、息が荒くなる感覚。
膝と脚は疲労で痙攣していた。銀色の長い髪は汗と埃で穢れ、白い陶磁のような肌は、戦いの中で生まれたであろう生傷や土に塗れている。身にまとっていた服装も所々解れており、何部分か切り裂かれていた。
「……!」
疲労からだろう。階段を踏み外し、僅かによろけるも、すぐにもう片方の足を出してギリギリ転倒を防ぐ。しかし、ただでさえ神経と体力をすり減らしていたというのに、ここで更に消耗してしまった。
「はあ……はあ……!」
無理矢理酸素を取り入れて二酸化炭素を排出する。それだけの動作だというのに身体の節々が痛む。鞭を打って足を動かすことに思考を総動員させ、階段を壁伝いになんとか登り切った。
薄暗い階段を駆け上がったというのに、差し込む光ひとつなく、目前に広がるのは禍々しいまでの具現化した闇の力。どこまでも広がる宵闇のような虚空。遠く離れていると言うのに、あまりに強大な力に押し潰されそうになる。
やるしかない。光の力だけでは目の前の強大な存在には手も足も出ないだろう。そのために、半ば強引に彼からこの剣を奪ってきたのだから。祈るように剣を構えて、謳うように詠唱を開始。
「……ルーンの、光よ」
光と闇は均衡を保たなければならない。いまアイリスの手に握られるは闇の力を放出する
アイリスの持つソウルのすべてをロウブレイクに注ぎ込む。変化が徐々に訪れ、その姿を変えていく。銀色の睫毛に縁取られた蒼色の右目は昏い金色へと色を変え、両目の瞳孔は猫のように鋭くなっている。衣装も所々黒色に染まり、髪の色は抜け落ちたような白。背中から生える翼も黒色で、朽ちた巨大な片翼。
本来であればなるはずのない姿になったアイリスは、自分自身が純粋なこの世界の存在でないことに心の底から安堵する。
「───ッ!!」
しかし、光と闇は本来相反するものだ。身体の中を荒れ狂う波のような激痛がアイリスを襲う。意識を繋ぎ止めるのも絶え絶えで、先ほどから襲いかかってくる疲労感も合わさり今ここで倒れそうになる。
「私が全てを終わらさないと……彼をこれ以上戦わせない為にも」
朽ちた漆黒の片翼を広げ、少女は空高く飛び立った。
ここまでかけるのに何年かかることやら。