遺跡の入り口でアイリス一行を待ち構えていたのは、返り血に染まったアキトであった。彼は先行して周囲の魔物を掃討していたようだが、その表情には隠しきれない嫌悪の色が浮かんでいる。
「こんな場所、好き好んで足を踏み入れたい奴の気が知れん……」
吐き捨てるような独り言を耳にし、アイリスは思わず問いかけた。
「ねえ、どうしてそんなに遺跡を嫌がるの?」
「ああ、そのことか」
アキトは数秒の沈黙の後、視線をアイリスへと向けた。その瞳はひどく冷ややかで、真剣そのものだ。
「教えない」
あまりに直球な拒絶に、アイリスは言葉を失い、思わずたじろいでしまう。しかしアキトは、彼女の反応を気にかける様子もなく言葉を継いだ。
「別に隠し立てするような理由じゃない。ただ、話したところで面白くも何ともないからな。……それより、ようやく『金髪』のお出ましだぞ」
相変わらずカイルを名前で呼ぼうとしないアキトの視線の先から、息を切らしたカイルが駆け寄ってきた。
「悪い、遅れた!!」
「……自分から時間厳守だと言い出したのは、どこのどいつだったか」
アキトが無造作に黒の剣の切っ先を突き付けると、カイルは慌てて両手を振って制止する。
「待て待て待て!それをしまえ、物騒だろ!」
「……ちっ」
あからさまな舌打ちを漏らしながらも、アキトは剣を引き、一向は薄暗い遺跡の深部へと足を踏み入れた。
遺跡の内部は、肌を刺すような不気味な静寂に包まれていた。暗がりに潜む魔物の気配にアイリスが身を強張らせた次の瞬間、アキトの剣が鋭く空を裂く。
「ふん!」
飛び散る鮮血が、剣の腹にどろりとした赤を刻み込む。暗闇の中で爛々と輝くアキトの蒼い瞳は、襲い来る魔物以上に冷酷で、恐ろしい。
カイルもまた自慢の槍を振るって応戦するが、アキトの圧倒的な戦闘力の前では霞んでしまう。「切り開く」という宣言通り、彼は魔物の群れを、あたかも道端の雑草を刈るかのように無慈悲に蹂躙していく。
アイリスがかつて死闘を演じたはずの難所さえも、彼は息一つ乱さず、逃げ惑う魔物すら容赦なく斬り捨てて突き進んでいく。
「……流石に、可哀想になってくるわ」
その一方的な虐殺とも呼べる光景に、アイリスは敵であるはずの魔物へ同情を禁じ得なかった。どちらが真の「怪物」なのか、その境界が曖昧に感じられるほどの光景だった。
そんな彼女の隙を突き、影から一匹のキャットシャドウが躍り出た。
「燃えて!バーンナップ!!」
アイリスは咄嗟に魔術を放ち、炎の渦で一掃を試みる。しかし、そこで彼女は信じがたい異変を目にすることになる。
「……えっ、元気になってない!?」
炎に包まれたはずの魔物たちは、苦しむどころか傷を癒し、以前よりも活力を増して立ち上がったのだ。困惑するアイリスに、逆転した勢いで魔物が飛びかかる。
「ふん!」
刹那、一閃。アキトの剣が周囲の魔物をまとめてルーンへと還し、彼女を危機から救い出した。
「……何をもたもたしている」
呆れたようなアキトの声に顔を上げると、彼の黒髪は返り血によってより一層深く、赤黒く染まっていた。
「アキト、髪が……」
「……ん?ああ、これか。通りで頭が重いと思った」
事も無げに言ってのける彼の無頓着さに、アイリスはただ戦慄するしかなかった。
それから数時間が経過した頃。探索を続けていた一行は、古びた宝箱を見つけた。カイルからは「不用意に開けるな」ときつく釘を刺されていたものの、好奇心に抗いきれなかったアイリスがそっと手を伸ばしてしまう。
しかし、その中身は財宝ではなく、宝箱に擬態した凶悪な魔物だった。
「あうあう……っ!」
抵抗する間もなく、アイリスは再び魔物の触手に捕らえられ、闇の奥底へと連れ去られてしまったのである。