アイリスが自力でミミックを退け、ボロボロになった服を整えてからしばらくの時間が経過した。
薄暗い遺跡の迷宮を、心細さに震えながら歩き続けていたアイリスだったが、前方から聞き覚えのある騒がしい声が響いてきた。
「お、帰ってきたんだな」
「遅いわよ、アイリス! それにアキトも!!」
曲がり角を抜けた先で待っていたのは、カイルと、なぜかそこに居合わせているキャトラだった。
「ごめんなさい、ちょっと───」
「……おい」
アイリスの言葉を遮るように、アキトが短く、鋭い声を漏らした。返り血を浴びたままの彼は、その眼光だけで周囲を威圧している。
「カイル、どうしてお前はこんな所にいる。先に行けと言ったはずだろう」
アキトの冷ややかな視線がカイルを射抜く。
「いや、それがな、よくわからん石板を見つけたから、お前らに報告しようと引き返してきて……!」
カイルが必死に弁明しようとした瞬間、アキトの手にした黒の剣が閃光のように横に薙がれた。カイルのすぐ鼻先を鋭い剣風が通り抜ける。
「なにしやがる!」
「手が滑っただけだ。だが、悪いとは思っていない」
アキトは端正な顔立ちに薄く冷徹な笑みを浮かべた。その圧倒的な威圧感は、もはや味方というよりは魔王のそれに近い。
「行くぞ、時間が惜しい」
アキトはそう吐き捨てると、案内を促すようにカイルの背中をなかば蹴飛ばすようにして歩かせ始めた。
「わかった、わかったから蹴るな!」と嘆くカイルに、かつての威厳ある冒険者の面影は微塵もない。
「キャトラ、私たちも行きましょう」
「いえっさー! ついていくわよ!」
アイリスとキャトラは、小競り合いを続ける二人の背中を追いかけた。
「……これがその石板か」
「そうだ。ったく、蹴られ損だぜ……」
辿り着いた広間の中心には、古びた石板が鎮座していた。カイルはまだ痛む腰をさすっている。
「男だろう、情けない声を出すな」
「お前が手加減しねえからだろうが!」
「記憶にないな」
そっけない態度で憂さ晴らしを終えたアキトは、石板を覗き込み「ふむ……」と独り言を漏らす。しかし、数秒後には。
「……さっぱりわからん。何が書いてあるんだ、これは?」
至極真面目な顔で首を傾げるアキトに、アイリスたちは思わず脱力した。
「今日の晩飯の献立じゃないの?」
キャトラが冗談めかして近づくと、アキトは背後に忍び寄っていたキャットシャドウの群れの中に、無造作にキャトラを放り投げた。「ぎにゃぁぁぁ!」という悲鳴が遠ざかるが、アキトの表情は変わらない。
「あんた、本当に悪魔ね……」
「悪魔か、悪くない響きだ」
数分後、息を切らして戻ってきたキャトラを横目に、アキトは再び石板を睨みつけるが、やはり自力での解読は早々に諦めたようだ。
ここでようやくアイリスの出番だった。彼女が一歩前に出て、見事に古文書の記述を読み解くと、カイルたちは驚きの声を上げた。
「……邪魔だ。次が来るぞ」
手柄を誇る間もなく、石板の仕掛けに引き寄せられた魔物たちが現れる。アキトはそれを事務的に、かつ容赦なく黒の剣で切り伏せていった。
アイリスは飛び散るルーンを必死に回収し、カイルは猪突猛進するアキトを追いかけていく。
「待てアキト! 一人で突っ走るなって!」
騒がしくも、どこか不思議なまとまりを見せる一行の様子に、アイリスはふと微笑んだ。
「ふふ、今日も平和……なのかな? あうあう……」
ふとした拍子に漏れた独り言。すると、前方で剣を振るっていたアキトが、振り返りもせずに口を開いた。
「アイリス……その口癖、出すタイミングが違わないか?」
「し、知ってるけど!っていうか私の独り言聞かないで!!」
思わぬ指摘に顔を赤くしながらも、アイリスは一行の背中を追って、遺跡のさらに奥へと駆け出した。
手に入れたものが全て過ちでも……