───すごい。アイリスは心の中でそう呟く。体の底から力が溢れ出す。本当に今の攻撃が自分から放たれたものなのかと疑いたくなってしまう。
しかし、同時にこうも思う。この形態は不完全であり、時間はそうも長くは持たないと。
『───!!』
再度雄叫びをあげてアイリスに凄まじい勢いの突進を繰り出すドラゴン。
「カリダ・ルークス・プーラン・ルーチェンム!!」
剣を指揮棒のように動かし魔法陣を形成、極太のレーザーをドラゴンに向けて放つ。一瞬怯んだ様子を見せるも、そのままアイリスに向かって噛みつこうとして───
「たぁ!」
『ぐぁぁぁ!?』
一瞬で頭上に移動したアイリスが、ドラゴンの顔を切り裂いた。
「負けない……!」
ドラコンが怒り狂ってブレスを放ちますが、手を目の前にやり障壁を貼るとその攻撃を防ぐ。
ブレスが止むとすかさず剣を構え、ドラゴンの顔近くまで跳躍。剣を眉間へ突き刺す。
『ギィャァァァァァ!!?』
剣を眉間から引き抜き、続けて顔、首、胴体、と切り裂いていく。その度にドス黒い色をした血液が辺り一面に飛び散る。ここまで攻撃すれば後は、暫くは動かなくなるだろう。身体の中のソウルを練り直そうと、息を整え始めたその時だった。
『グゥォォォ!!』
「───!?」
一瞬の気の緩みだったのだろう。背後から近づく尻尾に気付かず、身体を拘束されてしまう。凄まじい圧に体がミシミシと悲鳴をあげていた。
「……ぁ……が……!」
視界が明滅する。麻痺したように体が痺れ、思考がうまく回らない。
このままではまずい。アイリスの華奢な身体でいつまでもこの状況であれば確実に死に至る。なんとかしなくては───。
「───しっ!!」
意識を手放しそうになったその時、赤い閃光と共に現れた何者かが、アイリスを拘束していた尻尾を切り飛ばした。
解放されたことで身体の自由を取り戻すも、先程まで締め付けられていたせいで身体の感覚が戻らない。咳き込みながら深呼吸をなん度も繰り返す。
「よく耐えたな」
「アキト……」
髪が要所要所で黒く染まったアキトがアイリスの横に着地した。時間が掛かる、そういうだけあって、今のアキトからは凄まじい力を感じる。
そんなアキトはアイリスを見やりながら小さく息を吐いてから続けた。
「詰めが甘い」
「……あうっ、だ、だって───」
「敵を倒すまでは気を抜くな。常識だろ」
正論による正論で泣きたい気持ちになったが、アキトの言う通りここはまだ戦場だ。気を抜いている場合ではない。剣を杖代わりにして立ち上がり、尻尾から夥しい量の血液を撒き散らすドラゴンへと向き直った。
「……いけるか?」
アキトは碧い瞳をアイリスに向ける。アイリスは剣を強く握りしめ、大きく首肯した。
「ええ、勿論」
「ならついてこい、一気にカタをつける!!」
アキトが黒の剣にありったけのソウルを流し込むと、赤紫色の刃が形成された。空気が振動し、
「……ん!」
アイリスもレクス・ルークスにソウルを流し込むと、黄金の刃が生成された。
「いくぞ!」
「ええ!」
アイリスとアキトは跳躍するとドラゴンの顔に目掛けて己の技を放つ!
「レティセンス───」
「アーク───」
身体の中のソウルと気力を刃に込めて全力の一撃を放つ。
「リベリオン!」
「スラッシュ!」
黒と白、光と闇の斬撃がドラゴンの頭を斬り飛ばした。司令塔を失った肉体はそのまま闇となってその場に留まる。
「……ふぅ」
一息つくと、体に迸っていたソウルが霧散し力がどっと抜けてその場に座り込んでしまう。
「はあ……はあ……!!」
荒い息を何度も吐いてなんとか呼吸を整える。スカートが土に汚れて茶色くなっているが、今はそれどころじゃない。あの形態は今のアイリスには荷が重すぎたのだろう。
ふと視線をアキトに向けると、彼もまた元の姿に戻っていた。しかし、アキトもまた肩で息をしており、あの形態は慣れていないのだろう。
「大丈夫か、アキト。あと、アイリスも。よくやった」
一部始終を見ていたカイルはアイリスたちの元に駆け寄る。その時だった。
「カイルさん!避けて!!」
「……あん?……ってなんだ、こいつ体が溶けて……」
ドラゴンの肉片が溶け、闇となりカイルを飲み込んだ。
「……っ!?ぐっ……!?」
カイルを飲み込んだ闇は瞬く間に大きくなり───アキトをキャトラを、そしてアイリスを飲み込む。
「わわわわ!?体が……!?」
「……っ!」
やがて完全な黒が訪れる。
……。
…………。
「……よう、アキト。アイリス」
カイルがアキトの名を呼ぶ。その声は普段と同じように聞こえて。どこか苦しそうにも聞こえて。
「なんだ」
相変わらずの様子に思わず苦笑した声を漏らすカイル。
「まったく、大変なことになっちまったな。どこまで続くんだかこの闇は……まあ仕方の無いことか。冒険にアクシデントは付き物だからな……」
「……」
「……なんてな。悪かったな巻き込んじまって」
カイルは明るく取り繕うとしているが、今も体を蝕み続けている闇に争い続けているせいか、息も絶え絶えだ。
「カイルさん!アキト!私の声、聞こえますか!?」
「……その声、アイリスか。君こそ大丈夫か!?」
「少し待ってください!今光を……」
確か、呪文は───。
「───カリダ・ルークス・プーラン・ルーチェンム……」
なぜ自分がこの呪文を思いついて口に出せたのかはわからないが、今はそれでよかった。
「不思議な子だ。詠唱を聞いているだけなのにどこか安心するような……」
闇が、晴れる。
「おかえりなさい!みなさん!!」
この先の末路を知っているアイリスはとてもじゃないがカイルの方を向くことはできなかった。今もカイルは必死に闇と戦っており、息も絶え絶えだろう。
「ねえ、こっちこっち!外に繋がってるみたいよ!!」
キャトラはアイリスたちを呼ぶ。
「行きましょう!みんなで、一緒に!!」
「よかった。レクス・ルークスが彼女の手元に戻ったみたいで」
天空大陸崩壊のあの時。均衡を取り戻すために、《始祖のルーン》を使用したアイリス。
「ごめんなさい。ソウルも何もゆかりもない世界に飛ばされたあなたを、また辛い目に合わせてしまうことになるなんて」
代償は大きく、本来未来で目覚めるべきはずのアイリスは異なった異世界で新たなる器を得て転生してしまったのだ。本来あるはずのなかったシステムのバグ的な要素なのだろう。見つけ出すのにはなかなか骨が折れた。
「だけど、私はあなたの記憶の一部でしかない。だから、ここから先はあなたが物語を作るの」
───私の総ての力と引き換えに───この世界の均衡を取り戻します。
「本来の自分を取り戻せば、あなたはきっと───」
───〈カリダ・ルークス・プーラン・ルーチェンム〉───
「誰にも、負けないから」
───さようなら。