毎日疲労困憊状態で家に戻り、ベッドにダイブする日々を送っていたアイリス。
しかし、一週間ほどでこの生活にもなれ、アキトとの訓練に勤しんでいた。
「やぁ!」
「踏み込みが浅い」
「っ!」
アイリスが突き出した剣は宙を切り、そのままガラ空きの胴体に剣が振るわれる。
しかし、それはもう慣れた行動パターンだ。アイリスは咄嗟に体を捻り、剣を盾にしながら大地を蹴る。
「ほう」
そのまま後方は跳躍。距離を取ってから剣を構えて再突進。
「やぁ!はぁ!!」
スキルを一切使わない猛攻でアキトを責め立てるも、アキトは繰り出した技に一つ一つに的確なカウンターを繰り出してくるため、まるでダメージが入っていない。
「たぁ!」
「足元がお留守だ」
「っ!?」
再度突き技を放とうとするも、足元を払われ前のめりになって倒れる。
「あうっ!?」
恐る恐る目を開けてアキトを見やると───
「───これで、チェックメイトだ」
鬼のような形相でアイリスを見下ろしていた。
飛行島から降り、アストラ島の海辺にやってきていたアイリスは剣を天高く掲げていた。
スキルを用いた剣術訓練に入ったアイリスは、私って魔術師でしたよね?とぶつくさと文句を言いながら剣にソウルを流し込んでいた。この技はアイリスが周囲の生物に少しずつソウルを分けてもらい、完成する技だ。
「───はぁ!」
剣を祈るように顔の前に持ってきてから上段の構えを取り、そのまま周囲の生物からソウルを分けてもらう。そして、剣の中に溜まったソウルを収束、加速させて全力の斬撃を放つ!
膨大なソウルを剣に纏わせるゆえに先端以外にも熱を持たせ、結果として放たれた一撃は地上を薙ぎ払う光の波となって射線上にある干上がらた。射程距離は大体一〇〇m程度だろうか。我ながらすごい威力だと自画自賛していると、それを見てアキトが小さくため息を吐いた。
「時間をかけ過ぎだ」
「……返す言葉もありません」
確かにこの技は凄まじい一撃なのだ。放てれば、の話ではあるが。
生物にソウルを分け与えてもらうのに三〇秒、剣に収束させるのに三〇秒、臨界点に到達した光を放つのに一〇秒───実に、七〇秒ほどの時間がかかるのである。アキトにそう言われるのも無理はないだろう。
「でも、これが完成すればこれから攻略の役に立つと思う。アキトもそう思わない?」
アキトが何気なく払ったバスターソードが海面を割った。距離は大体アイリスと同じくらいだろう。威力は流石にアイリスの光の剣よりは落ちているも、取り回し的にはアキトのバスターソードの方が上だ。
「何か言いたいことは」
「……ありません」
言いながら剣を担ぐように持つアキトを横目に、肩で息をするアイリス。
「ま、本来のお前の職業は魔術師なんだからそこまで肩を落とす必要はないさ」
「なら魔術書の一つくらい読ませる時間が欲しいのだけれど……」
「ああ。さっき俺の意表をついたからな。今日から剣術の時間を減らして、そういう時間を設けるつもりだ」
アキトの言葉に肩を落とす。どうやら鍛錬から離れて遊ぶ時間などはないらしい。
「まあ、今のお前ならブリキや猫どもの相手は余裕だろ」
「どうしてそんなことを確信もって……?」
「あいつら、俺の訓練に耐えられないとかで逃げ出したからな」
本当ならば自分だって逃げ出したいのだ。しかし、わざわざ時間を割いてまでアイリスを鍛えてくれてるのだ。どんなに嫌だとはいえ、それはアイリスの良心が痛む。
「それにあいつらこうも言ったからな。赤髪に黒髪は不吉な予兆だと」
「不吉な、予兆?」
「ああ。かつてはるか天空に存在したと言われる、大陸を襲撃した闇の軍勢の中に、そんな奴がいたらしい」
そう呟くアキトの顔はどこか曇っていた。「お前のせいで俺は迷惑被ってるんだよ」と言いたげだ。
「そういえば、なんでアキトの前髪の一部って黒いの?」
「一度ヘレナに染められた。似合うから染めろと」
「かるぅ……」
「一度その部分だけ切ったら大泣きされたから、そこから仕方なく染め続けてる」
そう呟くアキトは遠い目をしていた。
疲れているんだろうな、アイリスはそう思うのであった。
アイリスが飛行島に戻ってなおもアキトは鍛錬を積んでいた。
黒の剣とウィングソードを手にし、剣を振るう。刹那、真横から飛んできた巨大な刃物がアキトを襲う。
「ちっ!」
剣を交差して刃からの攻撃を防ぐが、勢いを殺しきれずそのまま壁に叩きつけられる。
「かっ!」
肺から空気が抜ける。視界が明滅し、立つのもままならなくなる。
再度巨大な刃がアキトに振るわれる───寸前、動きが止まった。
「アキト!」
眼球運動だけで声のする方を見ると、ヘレナが慌てたような表情でこちらにやってきていた。
ここの施設は外部から出ないと仕掛けを止めることができない。この様子を見るに、アキトの様子をずっと見ていたヘレナが仕掛けを止めたのだろう。
「余計なことを……訓練の邪魔をするな」
「それは訓練でもなんでもないわ。今のあなたのそれは自殺行為よ」
ヘレナの言葉は正しい。アキトが今行っているそれはただの自殺行為だ。
「どうしてそこまで強さを求めるの?」
「強くなければ、意味がないから」
目を閉じれば思い出す。フォレストクイーンも。謎の竜も。そして黄金の瞳を宿した怪物も。自分一人では勝つことができなかった。
カイルがアイリスがいて初めて勝利を掴み取ることが出来た。なら、自分一人なら勝つことが出来ただろうか。答えは否だ。
「せめて、アイリスだけは守れるくらいに強くならないと」
「なにかしら?」
「……なんでもないよ。それで、いつまでここにいるんだよ」
「ご飯くらいはしっかり食べなさい。強さに固執するあまり、日常生活を蔑ろにするのは論外」
「……わかったよ」
「わかったら、ほら」
アキトの襟首を掴み、ズルズルと引き摺り始めるヘレナ。
「なにを───」
「昨日もそう言って食べなかったじゃない。だから今日は宿舎に無理矢理戻します」
「ちゃんと戻るから」
「ダメ。ちゃんとご飯を食べるところを見るまでお姉さん、諦めないから」
ヘレナとしばらく睨めっこをしていたアキトだったが、やがて諦めたのかため息を吐いてから手をひらひらと振った。
「……わかったよ。自分の足でそっちに行く。だから襟から手を離してくれ」
「わかればいいの」
アキトの襟首から手を離し、アキトの背後に回るとそのまま背中を押して歩き始めるヘレナ。アキトは一瞬、何か言いたそうな表情を浮かべたが、すぐに諦めたように大きなため息を吐いた。