「ふぎゃ〜っ」
それは自分でも思ってみないほど、小さな声であった。
身体中の力を振り絞ったつもりであったのに対して。
眩しくて目を開けていられなかった。
ただギュッと目を瞑って、叫んだ結果が、その小さな声だった。
「女の子でございます!」
「お姫様でございます!」
「おめでとうございます!」
何人もの声が響く。
ちょっと待て、お姫様って…どこのお姫様よ?
男の子に生まれても困るが…あっ、困らないか。
っじゃなくて、どこの国よ?
気軽に誕生に臨んだが、その結果、大いに狼狽える事になった。
一般市民で良かったのに、お姫様なんて責任重大じゃないか…。むしろ一般市民が良かった…。
そんなことを考えている内に、眩しさに慣れてきたので目を開けてみる。
30歳前後と思しき女性2人の顔が目に飛び込んでくる。
産湯に浸けられて頭の先から足の先まで洗われながら、狼狽えるままに手足をバタつかせ、声を上げる。
が、どんなに混乱していようが、困った顔は見ることが出来なかった。
当たり前である。産まれたばかりの赤ん坊が手足をバタつかせながら声を上げているのである。微笑ましい以外の言葉が見当たるはずはない。
産湯に浸かった時、私を抱いていた女性が声を上げる。
「あら、姫さま、左手の薬指に指輪が…」
女性は指輪をはずそうとしてみるが、はずれない。
指に対して小さいわけではない、その指輪がはずれない。
女性は仕方なく、そのまま私のからだを綺麗に洗った。
綺麗に洗われて丁寧に拭かれた後、若い女性に抱かれた。そして、自分の意志とは関係なく、乳房に吸い付いていた。
…これが吸啜反射か…
しかし、出産直後では母乳が出る訳はなかった。
お腹は空いてないんだけどなぁ…。そんな事を考えながら、いつの間にか眠っていた。
「ふぎゃ〜」
「はいはい、アテナ、おっぱいの時間ね」
私はアテナと名付けられた。
アテナ…
ここは日本ではないな、じゃあ何処なんだろう…。(でも喋ってる言葉は日本語みたいだけど)
出産から数日経って、母乳は少しずつ出るようになっていた。
岩のようにガチガチになった乳房を貪った。
まだ記憶に残っている、紘一郎と千夏の姿を思い浮かべながら。
げっぷをさせられて、ベッドに横たえられた。
ふと思い出して、手足を何とか動かし、顔を横に向けて左手を見る。
薬指にはまっている指輪を観察した。
小さな指にはまっている小さな指輪だが、それは紘一郎と揃いで買った結婚指輪だった。
もう10年選手の結婚指輪、それが生まれた時から指にはまっている事の意味は…?
と、考え始めた、その時…
ブリブリブリブリッ!
大きな音が鳴った。
「あらぁ、アテナ、今度はオムツね」
女性…いや、母は不慣れな手付きでこそあれ、嫌な顔一つ見せずにオムツを換える。
うん、まぁ、母親ってそういうものだけど…
精神年齢一応36歳の身としては、オムツを換えられるなんて恥ずかしい事この上なかった。
早く大きくなりたいな…
この人生では何を経験するだろうか、とか、そんな事はどうでもよかった。
ただ、下の面倒を人に見られない年齢に、一刻も早く到達する事だけが願いであった。
コンコン…
「入るぞ」
明るい男性の声。以前にも聞いた声だ。
父親かな…?
顔をまじまじと見てみる。
若い。下手をすれば20歳にもなっていない、あどけない顔だ。
母の顔も見てみた。
何処をどう見ても女子高生位にしか見えない。
そう言えば自分が産まれた時「お姫様でございます!」と、女官らしい女性が言っていた。
父は王なのか王子なのか…
などと考えていた時にその答えが聞こえてきた。
「父王の決定だ。2週間後に誕生祝いのパーティーを開くぞ」
…父はまだ王子か。若いもんな。
「私も参加してよろしいの?」
「当たり前だ。アテナにも少しだけ出席してもらうからな。」
…私も出るのか。まぁ、誕生祝いだからな。主役ってことか。
どうも気乗りしなかったが、どうせ自分で逃げたり隠れたり出来ない事はわかりきっていたので、しぶしぶ諦めた。
赤ん坊ってのも難儀なものだな…
そう思いながら眠りについた。