咲 -Saki- 千里山伝説   作:暁刀魚

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本文牌早見表

一~九 萬子
①~⑨ 筒子
1~9 索子
東南西北
白發中

「1」23 チー
「2」22 ポン
1「11」1 暗槓
1111  明槓
「1」111 加槓


――Prologue――
『千里山に咲く桜』プロローグ①


 四月、全国各地の高校では、学校を代表する二大行事の一つが執り行われていた。もったいぶった言い方ではあるが、平たく言えば『入学式』である。

 それはここ、千里山女子高校でも変わらない。

 千里山女子は私立大学の付属高校ではあるものの、中等部が敷設しているわけでもなく、その顔ぶれは新しいものが多い。

 新鮮な希望があふれる状況は、ここにも変わらず存在するのだ。

 

 ある所では同窓の生徒たちが貼りだされたクラス分けの紙に一喜一憂し、またある所では、ガチガチに緊張した一人の少女が、その保護者に笑われながら落ち着かされている。そしてまたある所では、松葉杖をつきながら登校してきた生徒が、周りをざわつかせていた。

 

 今年はタイミングが悪いのか、千里山女子に植えられた桜は開花の様子を見せてはいない。

 大きく流れる無色の風は、春の陽気を伴って、辺りに初春を感じさせるものの、季節の分かれ目を思わすような、ツンと差す冷気もまた、辺りに少し、散らばっていた。

 

 ――少女たちには夢がある。

 ――それは幾つかの軌跡を伴い、おのが手でそれをつかむ。

 

 ――運命を操る歯車が、誰かに時に微笑むように、翻弄される世界の中で、少女は一人、上向いた。

 

 そこにいたのは、垢抜けない様子の中に理知的な女性をかいま見せる、少しばかり癖の強い、特徴的な髪型の少女。

 

「ここが――千里山女子」

 

 その名は、少女中には深い印象とともに刻まれていた。

 

「私はこれからここで、麻雀を打つんや!」

 

 少女の名前は、二条泉。

 後に千里山女子麻雀部のレギュラーメンバーとして、全国の舞台を踏む少女である――!

 

 

 ♪

 

 

 得意なこと。

 苦手なこと。

 

 何事かと問われれば、自己紹介のテーマである。入学式――主に長い長い演説じみた意味のない講話の集合体のことを差す――も無事終了し、それぞれの教室に分かれて全員が一度顔を合わせたところだ。

 担任となった教師の挨拶を聞いた後、それぞれの顔と名前を合わせるために、こうして自己紹介の時間が取られた。

 

 その中で担任は自己紹介のテーマとして、得意不得意を選んだ、好き嫌いではなく、得意不得意、おそらくその担任なりのメカニズムが在るのだろうが、少女たちはそれぞれ、あまり類を見ない質問に頭を悩ませていた。

 

「杉谷純子、得意なことはえっと……計算? 苦手なことは早起きです」

 

 今も、答えがまとまりきらなかったのだろう、一人の少女が恥ずかしげに会釈をして、席に座る。

 その少女は泉から見て斜め前、丁度これから、となりの少女が自己紹介をしようかというところだ。

 

 その少女に、泉は少し、興味を惹かれていた。

 理由はまずひとつに、同い年とは思えない程度に、その少女が大人びた雰囲気をしていたこと、そして入学式を終えてコレまで、唯一記憶の片隅に印象が残っていたことがあげられる。

 加えて少女は客観的にも整った容姿を持つ美少女で、辺りと比べるとそれが余計に引き立っているのだ。

 

 日本人らしい流れる水のような烏の濡羽色は、少し癖があるものの流れるように腰へと広がり、若干の気だるげを感じる目つきと相まって、憂いのある女性に思える。メリハリのあるボディと、泉よりだいぶ上らしい身長は、どちらかというと美人と評すべき容姿をしていた。

 

 そして、その少女の行動も、泉は思わず興味を惹かれた。

 右足をかばうように立ち上がり、その右足は、一瞬辺りにカツンと、音をひびかせる。

 靴は学校指定の何の変哲もない上履き、辺りが静まり返っていたとはいえ、そんな音がするとは思えない。

 

 不思議な人だ、なぜだか始めて会った気がしない――そう思いながらも、泉はその声音に、ゆっくりと耳を傾けた。

 

 

「――千里山第一中出身、瀬野(せの)円依(まどい)、得意なことは麻雀、苦手なことはリハビリです」

 

 

 その時泉の瞳は、大きく大きく開かれることになる。、

 

 

 ♪

 

 

 千里山女子は三十回を越える上、ここ最近は十一回連続を誇る全国出場経験、優秀な指導者や人材を有する、激戦区と言われる大阪の中でも、特に有名な強豪校である。

 高校生麻雀を語る上で、欠かせない高校の一つだ。

 白糸台に千里山、姫松臨海といえば、一種の枕口上とでもいえよう。

 

 そんな千里山だから、麻雀部への入部希望者は実に三十人を超える。全国トップクラスの人材までもがその中には含まれる。

 

「円依、ミーティングが始まるから、はよーせんと監督にどやされるで」

 

「あ、うぅううん、ちょっと待ってよ、今急いでるからさ」

 

 懸命に“松葉杖”をつきながら、隣で急かす泉に答える瀬野円依、この二人もそんな麻雀部の入部希望者が一人である。

 

 円依と泉は、千里山女子で初めて出会った間柄だ。

 学校が始まってから数日、それほどの短い期間にも、二人はうまく、友情を築いていた。

 

 まず第一にあの自己紹介の後、泉達の担任は、円依には足の障害があるということを明かし、困っている時の助力を求めた。その最もたる人物として、隣の席の泉を指名したのだ。おそらくは自己紹介の中の共通点にピンときたのだろう。

 そのように、接点というか、接する機会があったのがそもそもの理由、泉は人一倍に責任感のある少女で、また熱意のある少女だった。

 

 “得意なことは麻雀”。

 何気ない一言だが、それは泉を驚かせ、また泉に円依という少女を意識させるきっかけとなったのだ。

 

 千里山女子は前述のとおり、北大阪という激戦区においても類を見ない“本物の”強豪校だ。地方を牛耳る親分、ではなく、全国に手を伸ばす修羅、それが千里山女子である。

 当然、千里山女子に通う女子生徒は、麻雀に興味がある、麻雀をやっているというものは大半だ。――新入部員総勢三十余名、学年の二割が麻雀部へ入部したことになる。

 

 その中には、麻雀に対してそれなりのプライドを持つものもいただろう。聞くところによれば、隣のクラスには全中への出場経験のある生徒もいるらしい。――生憎さほど成績は良くなかったのか、泉と面識はなかったが。

 

 よって、得意なこと“麻雀”はあまりにもあまりな、宣戦布告ともとってしまえた。

 それでもそんな事を言ってのけるものは、学年内でも二人だけ、――そう。

 

 一人は件の瀬野円依。

 もう一人は後の千里山女子レギュラー、二条泉ただ二人だけだったのだ。

 

『私は円依、よろしくね?』

 

 声をかけた円依は、関西人らしくないイントネーションで、親しげに微笑んでみせた。

 

『私は泉、えっと……』

 

『円依、でいい。瀬野って苗字、呼び捨てにすると言い難いものね?』

 

 言いよどむようにした泉の様子を、覗きこむようにしながら、何でもない風に円依は言った。

 見透かしたような一言が、泉の心境に鐘を鳴らした。

 

『私も、泉でええよ、だから――よろしゅうね、円依!』

 

『こちらこそ、よろしくね? ――泉』

 

 心得たふうに二人は言葉をかわし、それが最初の邂逅だった。

 

 ――そして現在、丁度見学を兼ねた体験入部の期間が終わり、今日から千里山女子の部活動もスタートだ。

 よって円依も泉も、麻雀部へと足を急いでいた。

 

 ミーティング、及び部活が始まるまであと五分、円依の足では、どうにも重い場所に、麻雀部はあった。

 

 

 ♪

 

 

 結局そのままもたもたとしていた二人は、遂にしびれを切らした泉が自分が背負ったほうが速いという判断をし、嫌がる円依をムリヤリ背負うと、全速力で部室を目指した。

 結果、

 

 ――千里山女子といえば麻雀、北大阪の麻雀部といえば千里山女子、という風潮もあってか、千里山女子の麻雀部はとにかく規模が大きい。昔使われていた旧校舎の一棟をそのまま維持し、部室棟ならぬ麻雀棟として使用しているのだ。他にも文化部がここには詰めているが、一棟の七割は麻雀部が貸しきっていた。

 

 結果、その内の一室、ミーティング室に滑り込んだ泉の、勢いよく扉を叩きつける音が、響き渡った。

 複数の麻雀部員がそこには集められ、ただ今会議の真っ最中だ。

 

「セ、セーフですかぁ!?」

 

 息を切らしながらも、何とか声を上げる泉、円依は既に背中を降り、泉の抱える松葉杖を抜き取ると、懸命に泉の背中をさすっていた。

 

「アウトや」

 

 突然の乱入者を、遅刻した部員と認識したのか、集まった生徒の視線を先ほどまで集めていた女性――麻雀部の監督だ――が答える。

 泉は落胆した様子で肩を落とした、円依が慌てて泉のとなりへよる。

 

「……事情は聞いとる、さすがに千里山の端と端を松葉杖で十五分以内に移動しろとは言わへん、こっちも想定内やし、はよう後ろにつきーや」

 

「は、はい……」

 

 それでも、騒がしくはしないように、と注意を付け足した監督――愛宕雅恵の言葉を、二人は受ける。

 何とか形で息をしながら、泉がそれに答えた。円依も併せて答えると、集まる視線を押して二人は列に加わった。

 

 それは、壮観というしかない情景だった。

 全国の強豪千里山女子、部員数は百名ほどにも登ろうかというところだ。全国の舞台を目指す最良の場所には、それを阻む、それこそ敵として戦うよりも辛い人間が多くいた。

 ――そんな中で彼女たちは琢磨する。

 

「今年の千里山女子の目標は全国優勝一択や、ここ二年、千里山女子はあの白糸台はじめ、全国の強豪に苦しめられてきた。去年なんか散々なもんや」

 

 ちょうど今は、そんな彼女たちを鼓舞するための講説を、監督は行なっていたらしい。三年生は背筋をただし、二年生は決意を秘めて、一年生は緊張を高めていた。

 監督の声がより一層はり上がる。

 

「せやけど! 今年は違う、前年度のエースが三年生になり、更には三年生が成長し新しいエースも生まれた、現状うちの戦力は歴代千里山でも随一といってえぇ、故に――」

 

 全国優勝と書き込まれた黒板を指していた腕を、グッと握りこむ、それだけでもう威圧が生まれた。

 

「一年生にしてみれば厳しいかも知れへん、けどそれは二年生も三年生も同じ事、座れる椅子は狭いんや、あぐらをかいてる事はできへん、コレより県予選へ向けた練習を行う、全員気張っていくように!」

 

 言い終わると、それぞれの生徒が移動を始めた。一部は部屋を出て、また一部は『今年はやけに気合入ってんなぁ』、『せやなぁ』と会話をしながらその場に残った。

 泉と円依は、残念ながらその場に残されるメンバーの一人だった。

 

 

 ♪

 

 

 それから、改めて二人で説明を受け、それぞれ一年が主に闘牌を行う部屋へと案内された。そこから、二人の部活動が始まるのだ。

 一年はとにかく人数が多い上に対局数が他の学年よりも少ない、部室の掃除など雑用をイッテに任されるためだ。

 自然と監督などへのアピールの場は少なくなる。

 一年は純粋な実力勝負、基礎の基礎ができていなければ、満足に強者と戦うこともかなわない。それを計るための措置といえた。

 

 とはいえ、その中でも強者と弱者はわかれる。自然とインターハイが終わるころには、それも大分明確化し、二軍へと手をかけるものも出てくるのだが……

 それでも世の中には、どうしようもなく傑出した天才が存在する。

 それは例えば元千里山のエース、春季大会では中堅を務める“江口セーラ”などに言えた。

 

 そして今年の一年にも、そんなバケモノが、存在したのだ。

 

「ロン! 7700です」

 

 一人は二条泉だった。安定した闘牌は周囲を圧倒し、平均トップ率は脅威の三割台。今もムダのない打牌から、筋を引っ掛けて(※1)の出和了りだ。オーラスの北家、これで泉は周囲に二万点差をつけての勝利だ。

 

 ―泉捨て牌―

 九一東⑧9八

 南六①②(立直)西四

 

 

 ―泉手配―

 ②③④④⑥⑥⑦⑧5(赤)6788 ⑤(和了り牌)

 

 序盤は染め手一通(※2)を見ながらヤオチュー牌(※3)を切り、六巡目、面子になりうる赤牌がきたことで六萬と八萬、及び役牌の南を落としタンヤオへ移行、結局立直をかけて打ちとっている。

 ちなみに聴牌は一筒手出しの時点である。その後二筒の二枚目(既に場には二枚出ている)を引き、入れ替える形での手出し引っ掛け立直に出たのだ。

 

 立直で他家をオロしつつ、その裏を書く形で引っ掛け、直撃を受けた他家はラス転落、泣くに泣けない状況である。

 

「……ツモ、6000オール」

 

 別の卓で静かに和了り宣言をする、バケモノのもう一人は瀬野円依、時折見せるおかしな打ち筋、まるでわかりきったかのように手を作る手作りの手腕。それによって安定感はかけるものの“部全体の”トップ率が、三割五分をマークしていた。

 先ほどの泉と同じく、こちらも彼女の特性がよく出たオーラス東家、ラス親である。

 

 ―円依捨て牌―

 678一九北(ドラ)

 ⑤⑤(赤)4八⑥④

 七七七

 

 ―円依手配― 

 11124999東東西西西 3(和了り牌)

 

 その捨て牌は異様の一言、七対子を狙っていた結果、手が染まり三暗刻もついたと考えれば納得はいくが、それにしても序盤の面子落とし(678全て手出しである)、ドラの北を自摸切り、五筒二枚の対子落としなど、不可解極まりない手出しが多い。

 まるで最初からわかっていたかのように、手配を手繰って見せたのだ。

 

 円依の配牌もまた異常である。

 一七七九4678⑤⑤(赤)西西西 東(自摸)

 

 配牌三向聴、けしていい手ではない。また同時に絶対にあのような手になる配牌でもない。

 本来であれば染めるにしても使うはずの牌は四索を残して全て落とし、その四索も別のタイミングで重ねずに自摸切りしている。

 別に円依は索子に手が固まるような自摸をする“チカラ”はない、極々単純に、“結果としてそうなった”のだ。

 結果オーライといえば聞こえはいいが、結局のところ、その結果は、まるで円依が創りだしたかのように移るのだった。

 

 ――余談であるが、この和了りで二万点差をつけていたトップをまくり円依は逆転トップへ躍り出た。

 

 

 こうして、二人は共にメンバー選抜のランキング上位へと駒を進めた。

 千里山に、始まりを告げる桜の華が、歌うようにも狂おしく舞い降りた。




1、筋は両面の待ちのこと、例えば七索、八索の両面待ちである場合、六九索が筋に当たる。筋を読むことで他人の待ちを予測できる。引っ掛けはその筋をたとえば四七待ちの手で捨て牌に一を置くことで筋である四を通るように見せかける戦術。

2、染めては混一色、清一色のような一色の数牌(混一色の場合は字牌も入る)だけで面子を作る役。打点はあるが防御が薄い。一通は一気通貫。1~9で三つ面子を作る役、染める必要はない。どちらも鳴くと喰い下りになりとりあえず点数が下がる。

3、感じで書くと?九牌、メモ帳では漢字を認識してくれないのでオールカタカナ表記。タンヤオを作るときに必要のない一と九と字牌のこと、一九字牌ともいう。

※関西弁色々ごめん状態です。
※魔改造要素は主に長野勢です。
※本作の準決勝と第二回戦副将戦は原作副将戦直前というギリギリの状況で書かれているので、基本的には独自設定です。
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